第18話


『へびっち。死ぬな、死なないでくれ……』

『なんとか姿をとどめてくれ……』

『死ぬな……』

少しでも油断すると消えてしまいそうな存在を、なんとかつなぎ止めようと男達は必死だった。

『なんとしても元の状態に戻してやりたい』

『元気にして未来にかえしてやらなければ……』

本体と肌の蛇の意識は完全に一致していたといえる。彼らも、今表に出ているのがどちらなのか定かではないほど、二つの意識は混じり合っていた。

へびっちはかろうじて姿を保っているが、元の姿に戻れるのかどうかは、だれにもわからなかった。


緊張と混乱の一夜は明けた。女王の部屋には静寂が戻っていた。産まれた赤ん坊は元気に別室にいる。

朝方、女王が目を覚ました。

傍らには息子であるアゼルとハザークがいた。

「子供は無事か？」

「無事ですよ。女の子ですよ」

「女の子か……」

女王はほっとした表情になった。

国の中は、王女が無事産まれたというニュースでお祝いムードである。

「母様、まだ身体が弱っているから、もうしばらく眠っていたほうがいいよ」

アゼルが言った。

「……何か重要なことがあったような気が……」

女王の瞳が宙を見つめている。

「ハザーク様」

「眠れ、もうしばらく」

ハザークが女王を眠らせた。女王の身体は、薄い青い膜に包まれている。治癒の魔法がかかっているのである。

アゼルの瞳から涙が流れていた。赤ん坊はひとまず安心である。へびっちを思っての涙だった。

「あの赤ん坊には産まれながらに蛇がひっついていた。王族では珍しいな」

ハザークが言った。ハザークには、へびっちが赤ん坊を助けた話は伝えてはいない。

赤ん坊には金色の子蛇がひっついていたのである。

『あの子蛇は、僕の子蛇と兄妹なんですよ！』そうアゼルも言いたかった。だが、未来のハザークのことを思うと、言っていいものかどうかがわからない。

へびっちは、自分の子供を守りたかったのだ。だから命をかけた。そう思うと涙が出てくる。

「ハザーク様、今度は、僕が妹を守らなきゃね。もっともっと強くなって」

「そうか。まあ何にせよ、二人とも無事でよかった」

「はい」

アゼルは涙をふいていた。



一方カーライルは、あの後も「先祖返り」という言葉が気になっていた。

本体であるカールを巻き込んで「先祖返り」について会話をしている。カールは、すっかり葉っぱだけになっているバリカの庭園のベンチに座っていた。人はまばらであるのでカールの独り言を

気にする者はいなかった。

今日は大抵の人々は自宅や酒場で宴会といったところである。

「先祖返り……たまに聞く言葉ですね。たとえば、赤い月に暴走する者などは、『先祖返りがすぎる』などと揶揄されたりしますね。生まれつき肌に蛇の鱗の模様があったり、

蛇の目なども、『先祖返り』などと言われたりしますね」

―そうだな。未来でも、蛇の目がある者は珍しくはない

「赤い月の変化というのは、やはり先祖返りの一種なのでしょうか？　私は恥ずかしながらまだ変化したことがないのですが……」

カールはちょっと恥ずかしそうだった。

―未来では、肌の蛇の意識が表に出る事件があって、赤い月には肌の蛇の意識が表に出るのではないか、という話になっていたが……肌の蛇に一族の力の源がある、というのならば、

それが解放される赤い月にはだれもが先祖返りを起こしている、ともいえるが……あれは子作りのための変化であるし、私が知りたいのは、普段でもそういうことができるのかということだ

「たまに、普段に変化している連中もいますよ。宴会の席などで、ですが」

―それは余興だろ？　たとえば戦などでそういうことができれば、というようなことを息子が話していたような……

「あ！　そういえば、我が家には、代々伝わっている宝箱がありますよ。もしかしたら、何かヒントが書かれた本でも入っているのではないでしょうか？」

カールが閃いたように言い出した。

―へー宝箱、そんなものがあるのか

「封印されているので私は中を見たことはないんですが、屋敷に帰ってみましょう」

カールは瞬間移動した。


カールの屋敷では、カールの双子の妹達が、酒を飲んで盛り上がっていた。

水色の腰までのストレート、水色の瞳のかわいらしい少女達だが、そろってお転婆、いや、元気そのものの少女達である。二人の名前はソラにレナ。どちらも魔法力はかなりすごい。

カーライルもこの二人の将来は楽しみにしたいくらいである。

「お兄様にカーライル様、一緒にお祝いしましょう！」

「お兄様は王女様をもうごらんになったのですか？　かわいらしいんでしょうね！」

かなり飲んだのか、二人は踊りそうなほど陽気だった。

「用があって帰ってきたんだ。我が家に伝わる宝箱があったろう？　ご先祖様が封印したとかいう、あれ、あれを開けてみたいんだけど、

お父さんとお母さんの許可がいるかな。やっぱり」

「宝箱……」

「ど、どうしてあれを開けたいのですか？」

ソラとレナの表情がなぜかこわばっている。

「ご先祖様が何を残したのか気になったんだ。有事が起こるまでは開けないようにって箱の外には書いてあったと思うけど……」

ソラとレナは顔を合わせて、神妙な顔付きになった。

「実は、私達あの宝箱を開けてしまいました」

「お母様達には黙ってて。お願い」

「宝箱を開けて……えええー！！！！」

カールはかなり驚いていた。

「開けちゃったって、いつ？」

「かれこれ３年くらい前かしら。どうしても気になって」

「中に何があるのか気になってしょうがなかったんです。私達がもっと魔力が強くなったら、また封印しておきますから、母様には黙っててください」

「お願い」

二人はカールに手を合わせている。どうやらこの屋敷では、父よりも母が怖いらしい。

「３年も前に！？　びっくりしたけど、これで私が開けても後ろめたいことはないか。すぐに中を見てみよう」

カールは別室へと瞬間移動した。ここは代々の肖像画やら宝石やらが保管されている部屋のようだ。妹達が木製の棚を開けて宝箱を取り出した。宝石箱よりは大きいくらいの箱である。

蓋には水色の宝石がはめ込まれていた。

蓋を開けると、薄い日記のような本が一冊に、大きな石がはめ込まれたネックレスが入っていた。

宝石のように輝きを放つ綺麗なものではない。真っ黒な石なのだが、なんだか気になる石である。

カールは青い表紙の本を開いた。


『僕が開発した魔法をここに記す。有用ならば使ってくれてかまわない。ただし、この魔法はかなり危険な魔法だ。万人が使えるものではないし、ヘタしたら禁術の一種に分類されて

しまうかもしれない。なので、公にはせずに、僕はひっそりと僕の子孫に伝えることにした。僕の兄弟は数人いるので、きっと誰かの血筋が続いてくれるだろう。それを願って』

本の最初のページにはこう書かれていた。

「これを書いた方の名前がないですね」

カールは本の最後のページなどをめくってみたが、名前は見当たらなかった。

―これはカールの字のような気がする。あいつはシャイだったから名前をかかなかったのかも？

文字を見ると、この時代の文字と所々違うのである。ちょっと昔の文字が混じっている。カーライルの息子、カールが活躍していたのはあのザクート王の先代の時代である。

あの時代、文体に古代語が混じっていることもあったのだ。

「カール様がこれを？　一体どんな魔法が？」

「私達知ってます。いくわよーレナ」

「はいな！」

ソラがレナに向かって呪文を唱えた。レナの魔力が一段あがり、なんと肌に水色の鱗のようなものが浮かんでいる。

カールは驚きすぎて本を落としそうになっていた。

ソラがなにかの呪文を唱えると、レナの身体は元に戻った。

「「こんな魔法です♪」」

二人は笑顔で言った。

「ばかっ！　いきなり何するんだ！　危ないって書いてあっただろ！？　お前達はまだ子供なんだぞ！　それなのにだめじゃないか！」

カールは兄らしく妹達に怒っていた。

「知らない魔法があったら、使ってみたいのが人のサガですわ」

「私達だってしょっちゅう使ってないですし」

「当たり前だ！！」


―まあまあ……


カーライルが表に出てきた。

「結局さっきのはどういう魔法なんだ？」

「個人の潜在能力を一時あげる、みたいな魔法です」

「術をかけられている時って、記憶がないんですよ。だからこの方は危険だっておっしゃっているんだと思います」

「記憶がない？」

「はい。私達、何度か試しにやってみたんですけど、術がかかっている間の記憶はなかったんです。この魔法はかけるよりも解く方がむずかしいって本にも書いてありましたわ。だから

万人向けではないって、かかった人によっては暴走しかねないって」

「それを躊躇なくするとは……全くとんだお転婆だな」

「つい」

「えへへ」

二人は頭をかいていた。

「しかし先ほどの姿……あ、何か思い出してきた……」

カーライルは記憶をたぐり寄せていた。



カーライルの息子カールは、自分で魔法を開発するのが趣味だった。水魔法のいくつかは、そのまま伝わっているくらいである。

友人を使って魔法の研究などもやっていた。

ある日、カーライルはカールに出会った際、「相変わらず人体実験でもしてるのか？」と聞いたことがあった。

「人聞きが悪いですね。僕は魔法の可能性を探っているだけですよ」

「それくらい女にも熱心になったらどうだ？」

「それは父さんに任せますよ。今考えてる魔法はすごい魔法なんですけど、今の時代では、まあ使う場もないでしょうね、それでも形にして残したい」

「水魔法か？」

「いえ、先祖返りのような魔法です」

「先祖返り？　また危険そうだな」

「危険なんですよ。だから友人達が逃げちゃって……」


そんなことを話したが、魔法のその後は聞かなかった。



「あの時言ってたのがさっきのか。一時的に身体の奥底に眠っている力を引き上げる魔法か。この時代ならば使う場はないが、未来ならば使えそうな……だが危険そうだな」

カーライルは魔法について書かれた文章を読みながらぶつぶつ言っていた。

「相当な魔力もいるのだろうなあ」

「カーライル様、この方は、この魔法を戦で使えないかと考えていらっしゃったんですよ」

レナが言った。

「戦？」

「こちらがどうしようもなく不利になった時には、術者が大勢に魔法をかけるんです。一時的に味方は強くなりますが、長時間はもたないので、最後、ここぞという時にしか使えないと本には書かれてました」

「ほう」

「術をかけた術者は、この魔法を解かなければならないんです。それがむずかしく、相手が多ければ多いほど、高度な術になります。この魔法を将来使うことができる者もいないかもしれない。

そこで、この方は魔法をこのネックレスに封じたんです。本によれば、一度だけ、大人数に魔法を使うことができる、と書いてありました」

「魔法をネックレスに……これは魔法の石か何かか」

「そうみたいです」

「あいつどこでこんなものを手に入れたんだ？」

カーライルはネックレスを手にとっていた。

「本には骨董市で偶然みつけたとありましたよ」

「骨董市！？」

「本来ならば王家に差し出すべき貴重な品だが、私がみつけたのだし、私がもらっておこう、と書かれてました」

「お茶目な方ですね」

「……これ未来でも、使えるかな？」

カーライルはぽつりと言った。

「使えるのではないですか？」

「これが役に立つのならば、この方も喜ばれますね」


未来……未来の世界で息子の魔法が……本当に使えたとしたらすごいことだ

へびっち、お前が私を過去に連れてきたのは無駄ではなかったのだ、そう思いたい


『この魔法をこの石に封じておく。おそらくは１００人程度の味方の力を引き上げる効果があるだろう。３０分からもって一時間、必ず戦の終盤に使うこと。魔法を解放する呪文は――デラード』


「解放という意味か」

子孫にむけたネックレスを、まさか自分の父親が手にすることになろうとは、カールも思っていなかったに違いない。


その後、母親が帰ってきたので、カールに促されて、双子はそろって宝物の封印を解いたことを謝っていた。

ところが、その母親自身も、昔その封印を解いてしまったと告白した。双子が解いた封印は自分がほどこしたものだというのである。

「お母さんまで！」

カールは驚いていた。

「私もどうしても魔法が使ってみたくなってね、使ってみたの。その相手があなたたちのお父さん。あの時はあの人建物を破壊しだして大変だったわ。赤い月が近かったから、そのせいだって

みんなには説明しといたんだけどね」

母親は茶目っ気たっぷりに言っていた。

「やだー母様ったら」

「うふふ」

ソラとレナは笑っている。

「笑い事じゃないと思うけど……」

カール一人が頬を引きつらせていた。

「宝箱にあった宝石と本なんですが、カーライル様が未来の時代にもっていってもいいですよね？」

「いいんじゃないかしら。魔法は私達が本に書いておけばいいし、宝石については、ここだけの話にしておけばいいでしょうし、きっとカール様がカーライル様の魂を呼んだんだわ。

そうに違いないわ！」

母親は感動していた。

「まるでおとぎはなしのようね」

「すごいわ！　感動するわね！」

ソラとレナも同様である。


妹二人の性格が、母親似なのは間違いない。


つづく

１１部

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