第21話
ある日の午後、王の間の前を通りかかったイシュタールは、ナナミに呼び止められた。
「ねえ、イシュタールって妖精の石は持ってる？」
「妖精の石って何ですか？」
イシュタールはきょとんとして聞いた。
「火、水、土、風の妖精は妖精石ってのをもってるんだって。それをもらったら、魔法力が高まるらしいの」
「はあ」
「ハインリヒに聞いたらそう教えてもらったの」
「残念ながら持ってないですねえ」
「残念」
ナナミは去って行った。
「妖精の石、そういや昔絵本で読んだ気もするが……ハインリヒに聞いてみよう」
ハインリヒは今、闘技場にシス、アナスターシャと一緒にいるらしい。剣の稽古か何かだろう。イシュタールは夕方ハインリヒと城で会う約束をしたのだった。
ゆりも知らない話だったので、夕方、ゆりの部屋で話がされることになった。
その話を嗅ぎつけたナナミとアナスターシャもやってきている。
「本当にそんな石があるなら、１０個くらい欲しい！」
言ったのはアナスターシャである。
「私は水の妖精の石がほしい。それがあったら水の呪文が使えるかも」
ナナミは氷を作るのが目的のようだ。
「子供の遊びのようなものでしたよ。妖精がいそうな場所で子供達が『妖精さん、妖精さん』と呼びかけて、歌とか踊りを披露するんです。『気に入ったら石をください』
と言って、本当にくれる場合もあるって遊びです」
ハインリヒが説明した。
「へーじゃあイシュタールに歌を聴かせたらいいの？」
真顔でアナスターシャが言った。
「私は石はもってないです」
とイシュタール。
「ハインリヒは妖精の石をもらったことがあるの？」
ゆりが聞いた。
「ないですよ。めったに成功しないんですよね。でも、友人のだれかがもらったって言ってたな。本当か嘘かは知りませんが。その石も、２，３日で消えちゃうらしいですよ」
「なんだー永遠にあるわけじゃないんだ」
「残念ー」
子供達は残念そうだった。
「でも石がみてみたい。イシュタール、妖精に作り方を聞いてもらって出してみて」
とアナスターシャ。
「はあ、今度聞いてみます」
イシュタールは律儀に答えていた。
「妖精の石か、懐かしいなあ。私も実物が見てみたいな。できたら見せてくださいね」
ハインリヒが言った。
話は終わり、ハインリヒはゆりのお腹をなでて去って行った。イシュタールはゆりの頬にちゅっとキスして去って行き、ナナミは「どうしても試してみたい。湖の近くで試してみようかな。
姉さんも来てよ」とアナスターシャを誘っていた。
「歌でも歌うの？」
「うん。二人で歌おう」
「まあいいけど」
二人は湖や川の近くで歌を歌ってみたものの、妖精は現れず、石も手に入らなかったようである。
その夜、寝ているハインリヒの横にまたゆりがやってきた。
今夜も寝ながらである。
（なんで王の所じゃなくてここにくるんだろう。やっぱりお腹をなでたせいかな？ でもミカエルの所には行かなかったようだが。場所が遠いからとか？）
昼間、ミカエルが散々ゆりのお腹をなでても、夜ミカエルの元に行くことはなかったようだ。移動するにはミカエルの屋敷は遠すぎるのだろうか。
（まあいいけど……苦行に近い気もする）
ひっついてくるものの相手はぐっすり眠っているのである。寝ている間に冷える魔法を使うと風邪を引く場合があるので、今は使えないのだ。
（暑い……）
ハインリヒは今夜も寝苦しい夜を過ごすことになりそうだ。
一方、ぐーぐー寝ているゆりの意識は神の国に飛んでいた。寝ている間に場所を移動していることにも気づいてはいない。
ゆりはさっそく側にいたクーリーフンに土の妖精のことを聞いている。
「あの子たまに外に出てるみたいなんだけど、すぐ隠れちゃうんだよね。僕もまだ一回しか見てない。名前はソルだよ。おもしろい力があるってサントスが言ってたなあ」
「ソル君かあ、今から会いに行こうかな」
「あ、ちょっと待って、アシュラン様にさ、あなたが来たら連れて行ってあげてって言われた場所があるんだ。こっちを優先してよ」
「えーどこかしら？」
「あなたは絶対気に入ると思うよ、これもってね」
クーリーフンはゆりにでかい布を渡し、抱っこしてつれて行った。
神の国は夕暮れ時である。西の空が赤く染まっている。しばらく飛んで降りた場所には、石でできた建物があった。入り口には木の扉がついているが、天井はないようだ。
周りをかこっているだけのもののようだ。初めて見る場所である。周りには低木が生えている。
「何があるんだろう？」
「入ってのお楽しみ」
木の扉を開けて中に入り、ゆりはびっくり仰天していた。
中はもうもうと湯気があがっている。石でできたお風呂に湯がたまり、そこから湯気があがっているのだった。
なんと、お風呂である。
「えーえー！！ 何ここ、いつからあるの？」
ゆりはきょろきょろと中を見回していた。
「アシュラン様が最近作ったんだよ。お風呂の話とかしたの？」
「えーしたっけ？？ 覚えてないけど」
「入っていいってさ。よかったね。帰りは勝手に帰ってね」
ゆりは行こうとしたクーリーフンの手を握っていた。
「いっちゃうの？ 突然アシュランが来たりしないよね？」
「さあ、大丈夫じゃない。僕はこういう所は苦手だからいくよ」
「わかったわ。ありがとう。この後お礼に行ったほうがいいのかな？」
「僕が言っておくからいいよ」
「わかった」
クーリーフンは去って行った。
「それにしても、アシュラン様がお風呂を作ったなんて……予想外だわー。でも、お湯とかどこから運んでるんだろう？」
水道の蛇口があるわけではない。お風呂は丸く、灰色の石に混じり、綺麗な青い石が床やお風呂の中にしきつめられていた。横には脱いだ服を置く棚のようなものまである。
「なんだかいい匂いがするなあ……あ、なんか入ってる」
お湯のすみっこに草を束ねたようなものが入っている。
「薬草風呂！？ すごい」
ゆりは服を脱いで棚に置き、お湯の中に足を入れた。ちょうどいい温度だ。
「湯が冷めないのはなぜだろう？ あ、石が入ってる。太陽の石かな？」
お風呂の隅っこに石が３個ほど入っていた。あれが温度をキープしているのかもしれない。
「すごくいい匂いだし、気持ちいい」
お風呂は大人が十人は入れるくらいの大きさである。
天井はなく、空が見えた。星を見ながらお風呂に入るのも楽しそうだ。
「今度ルティアナも誘おうかな。一人はなんか贅沢ー空が見えるから開放感があるなあ。いいなあ」
ゆりは長い髪は浴槽の外に出して、肩までお湯につかり、しばらく温泉気分を味わっていた。
外にあるお風呂に入れるなんて贅沢だわーアシュラン様ありがとう！
「いい匂〜い。この草もらえないかなあ……」
寝そべるようにして目を閉じていたゆりは、目を開けて、そこに金髪の男の顔があったんで「ぎゃ！」と悲鳴をあげていた。
「びっくりしたーいつからいるの？」
「今来たんだ」
そこにいたのはハロルドである。
「え、あれ？ もしかして、クーリーフンに聞いたの？」
「そう。お前がきたら教えてくれと言っておいた。絶対ここにくると思ったからな。ところでお前アシュランに風呂を作れって頼んだのか？」
「え？ まさか。私はそこまでずうずうしくないわよ」
「そうか。いきなりこれを作らせてたからお前が言ったのかと思った」
「まさかあ。あ、そうだ。ピンクのブタラ、ありがとう」
「うまかっただろ？ 最高級のブタラらしいぞ」
「いや、王様が、このブタラはお前に似てる、とか言い出して、最初は私が変えられてると思ったくらいなんだから。それで、食べられずにみんなのペットになってる」
「ぷっぷぷ……」
ハロルドは横を向いて笑っていた。
「せっかくだからハロルドも一緒に入りましょうよ」
「今はいい。それよりも、しよう」
「何を」
「愛し合おう」
「ここお風呂。お風呂は神聖な場所だからだめ」
「神の国は、どこもかしこも神聖な場所なんだぞ。ほんとは」
「え、そうだっけ？」
「お前はどこででも平気だろ？」
ハロルドは嫌みったらしく言った。
「どこででも平気じゃないわよ。人を変態女みたいに言わないでくれる？」
「まあいい、じゃあ他の場所に行こう」
ハロルドはあっさり引き下がった。
「もうちょっとここにいたかったんだけど……」
「また来ればいいだろう」
ゆりは小声で（私はたまにしか来られないのにい。しょうがないなあ）とぶつぶつ言いながら湯から上がって身体をふいていた。
「聞こえてるぞ」
「ねえ、ここに入ってる草、ハーブ？ これが欲しい。何が入ってるか調べておいて」
「ハーブ？」
ハロルドは湯の中をのぞいていた。
「いい匂いでしょ？」
「そうかあ？ わからんが。分った。聞いとく」
「ありがとう」
「その代わりちょっと付き合え」
「うん」
ゆりは布でちょっとぬれた髪を乾かして、ペガサスに乗せられていった。
「お風呂の後の夜の散歩、気持ちいい」
夕闇が迫る空に、星が見えてきた。ゆりはてっきりハロルドの神殿につれて行かれると思っていたのだが、なんとなく方向が違う気がする。
（ペガサス牧場にいくのかも？）
と思ったが、それも違っていた。川や滝がある一角からちょっと離れた所にある神殿の近くでペガサスは降りた。ゆりは何度かここに来たことがある。
「え、え、なんで？」
戸惑うゆりをハロルドはペガサスから下ろして、神殿の中に入っていった。神殿の入り口には色とりどりの布がかかっている。
「おーい、ラーズはいるかあ？」
「ちょっなんでここに来たの？」
ゆりはハロルドに抵抗して出て行きたそうにしていたが、ハロルドの手はがっしりとゆりの腰に回っていた。
ここはラーズの神殿である。
部屋の中にはラーズにクーリーフン、サーラがいた。
「あーガーベラだ！」
サーラが側に飛んできた。
「あのね、ライラかわいいよ。トモダチよ」
ライラとはジンラとの間にできたぶどうの木の妖精である。
「ライラと仲良くなったの？ よかったねー」
ゆりはこの状況にどぎまぎしながらサーラに笑顔を向けていた。
「クーリーフン、サーラを連れてちょっとうちの神殿でも行っててくれ」
「はーい」
クーリーフンは理由も聞かずに、サーラをつれて行った。
「ちょ、いかないでー」
ゆりが声をかけたものの、クーリーフンは素早く出て行った。
「一体どうしたんだ？」
ラーズもさっぱりわけがわからない様子である。
「実は、私の子供に翼がはえた子供ができるらしい。普通なら多分できない。もしかしたら、ラーズに協力してもらったらできるかも」
「は？」
ゆりはぽかんとしていた。
「お前最近おもしろい子供を作ってるから、もしかしたらできるかなあと」
「一体何言ってるの？ 頭は大丈夫？」
ゆりはつい言ってしまい、ハロルドににらまれていた。さすがに神相手に言っていい言葉ではない。
「だって、ハロルドが変なこと言うからでしょ」
「別に変なことでもないだろ。どっちもお前の恋人だし、お前ラーズとグレンの時は喜んでやってたじゃないか」
「見たように言わないでよ！」
ゆりは真っ赤である。
「じゃあいやいややったでもいうのか？」
「ぐ……」
ゆりはハロルドに腰をつかまれたままだったので、どこかに逃げることもできなかった。
「ラーズとラクアの時も喜んでやってたろ？」
「ぐぐっ……でもハロルドはラーズに会うとむしろ怒ってるでしょ。大体翼がはえた子供ができるなんてなんの予言なの？ あたるかどうかわからないでしょ！」
「私だって嫌だが、子供を見たい誘惑には勝てないんだ」
ハロルドは目を閉じて言っていた。
「ばかじゃないの！？」
「お前な」
「ガーベラ、こっちおいで」
ラーズが見かねてゆりの身体を引っ張っていた。
「あんまりハロルドをばかにするようなことは言わない方がいいよ。君の身が心配だ」
「だってー今日のハロルドおかしすぎるんだもん」
「翼がはえた子供って、ハロルドの子供じゃなくて私の子供じゃないの？」
ラーズは苦笑しつつ聞いた。
「いや、私の子供だ。だって戦い系なんだぞ。お前の子供なら戦わないだろ。別に３人でからまなくていい。交互にやりゃいいだろ」
「ふーん、まあ私はいいよ」
ラーズはあっさり了承している。
「ええーいつもはラーズとからむだけで怒ってるくせにー。私はこんなのやだよー。あ、そうだ。本物のガーベラに頼んでみたら」
「いやだ」
「なんでよ」
「お前の方が子供が産まれる確率が高いし、私は最近あっちのガーベラとはしてないし、」
「え、そうなの。でも本物のガーベラでためしてみたら？」
ゆりはしつこく言っていた。
「お前の方がいいっていってるんだぞ？ 感動する場面だと思うが……」
「今この状況で感動するわけないでしょ」
「あーもう痴話げんかはいいから、やるなら早くやろう。先にやらせてもらうよ」
ラーズは会話を遮って、ゆりを奥に引っ張っていった。
「一度で交代しろよ」
ハロルドの声が聞こえた。
ゆりは寝室の布を引いていた。
「ラーズ、このまま逃げましょう！」
「逃げないよ」
「えーどうして？」
「私がこんなに君に会いたがってるのに、君ってばハロルドに最初に会いに行ったんだね。困った子だね」
ラーズは悲しそうである。
「ええー違うの。ハロルドの方が私を見つけて……」
「あんなに仲が良いところを見せつけられたら、妬けてきたよ」
「むしろ喧嘩してたんだけど……」
「長年の恋人がする喧嘩だよ。あれ」
「そんなことは……」
ラーズはゆりの身体を抱きしめて口づけた。
「まあいいや。ハロルドも待ってるだろうから、愛し合おう」
「逃げようよう」
ゆりはもう涙目である。
「ハロルドにも私達の仲の良さを見せつけてやろう」
ラーズはゆりの身体を抱き上げてベッドに乗せた。
しばらく時間が経ち、ハロルドは待ちきれなくなって寝室の布を横に引いた。
「おい、もういいだろ。代われ」
二人は裸で口づけをしあっている。ゆりの頬は上気している。ラーズがゆりの身体を離すと、ゆりはかなり名残惜しそうな顔付きをしていた。
「お前あっちに行ってろ」
「いやだ。ここにいる」
とラーズ。
「え、ラーズ……やだ……」
「他の男に抱かれて綺麗になってる君が見たいんだ」
「えー……」
「まあいい。しよう」
ハロルドはゆりの身体を四つん這いにしていた。ゆりの身体はすでにラーズにとろとろにされていたために、ハロルドはすぐに興奮した身体を挿入していた。
「あ……ああ！」
「ハロルドの身体って凶器っぽいな」
ラーズはハロルドの下半身を見てついぼそっと言っていた。
「うるさい」
ハロルドはゆりの腰をつかんで腰を動かしている。
ゆりはラーズの視線を気にしながらもあえいでいた。
「ラーズみないで」
「綺麗だよ」
ハロルドはちょっとむっとしていたのか、かなり乱暴に腰を動かしている。
「あ……あああん……」
「くっ……」
やがてハロルドが達して、ゆりの身体を離した。
「ガーベラはイってなかったから私の勝ちだね」
ラーズはにやっとして言っていた。
「は？ お前がいたから気が散ってたんだろ」
「そんなことない。でも、ガーベラ、綺麗だったよ。もう一回しようか」
ラーズはゆりの手を握っている。
「もう無理。もー許して」
ゆりは悲鳴をあげるように言った。
「じゃあ優しくかわいがってあげる。ハロルドも、あんな凶器をいれるだけじゃガーベラがかわいそうだよ」
「うるさいっての」
ラーズはゆりを抱き寄せて、優しく肌をなで回した。
「うーん、なんだかすごくばかなことをした気分だ」
結局子供もできず、ハロルドはうめくように言っていた。
「だからばかって言ってるでしょー！」
ゆりはキレ気味に言っていた。
人間界にいるゆりの身体は、突然さらに熱くなったと思ったら、妙な具合になっていた。
身体がさらにいい匂いを発散しだしたのである。さらに、ピンク色の小さな花がベッド周りに出現していた。
（神の国で絶対何かしてる）
ハインリヒはそのことに感づいていた。
（王妃も遊ぶならこっちで遊べばいいのにーいいなあ）
ハインリヒは悶々としていたが、やがて我慢できなくなってきた。
（もう無理だ）
ハインリヒはゆりの寝間着を上に引き上げて胸をあらわにした。
「王妃……」
ゆりの胸をいじくってたら、ゆりがぱっと目を開けた。
「きゃっだれ？！」
「王妃ー神の国で遊んでたでしょ」
「その声は、ハインリヒ？ また私きちゃったの？」
「神様とばっかり遊ばないでくださいよ」
「なんでばれ……ハインリヒってば、もう少しでやばいところだったじゃない」
ゆりが突然怒りだしていた。
「あーよかったー持ち帰らなくてよかったー」
ちょうど二人から離れた所で強制送還されたのだった。ゆりはかなりドキドキしながら（あの二人を持ち帰らなくてよかった）と思っていた。
どっちかもやだけど、どっちも持ち帰りなんてやだわ！！
「それでだれと遊んでたんですか？」
ハインリヒの両手はゆりの両胸に乗っかっている。
「……このことは内密にお願いします」
「無理です」
「お願いだからー」
「花が出てる時点で無理でしょ」
「えー花出てるのー？」
真っ暗だったのでゆりには見えていなかった。
一方神の国では、一人ベッドに寝転がったところで本家ガーベラが目を覚まして、この状況を見て唖然としていた。
「一体これは……」
裸のラーズとハロルドを見たガーベラは、「男同士なんてやめて！」と言い出して、「そんなわけないだろ！」とハロルドに突っ込まれていた。
ハロルドは服を着て「もう帰る」と帰って行った。
「なんでこんなことになったの？」
ガーベラがラーズに聞いた。
「ハロルドが翼がはえた子供が欲しいとかいって来たんだ。彼女はすごく嫌がってたけど、ハロルドと仲が良すぎて妬けたよ」
「それで３人で愛し合ったの？」
「交互にして、その後私が指で彼女を愛撫すると、ハロルドはすごくおもしろくなさそうな顔をしてた」
「結局子供はできなかったのね」
「そうだね。まあ毎回簡単にできれば苦労しないよ」
「私も愛撫されたい」
ガーベラがラーズにひっついた。
「ガーベラ」
ラーズはガーベラのの頬をなでてちゅっと口づけたのだった。
人間界では、ハインリヒがかなり興奮状態になっていた。
「もう我慢できない。入れたい」
「だめー」
「神の国ではしたくせにずるいですよ」
「あれはガーベラの身体だしー」
「ずるいずるい」
などと言っていたら、二人の間からふっと何かが上に出てきた。
「え？ 赤ちゃん？」
霊体のようなものだったのでゆりはそう思ったが、金色の輝きだった。でこぼこした塊のようなものだが、やけにふんわりして透けて見える。
「これ、赤ちゃんなんですか？」
ハインリヒは驚きのあまりゆりから離れていた。
「えー赤ちゃんじゃないかも？」
それは宙を漂っている。二人はベッドの上に座り、それを眺めていた。
金色の輝きに、青や緑、赤などの輝きが一瞬混じっていた。
「あ……もしかしてガーベラの赤ちゃんかも？」
「え？」
「これ、神気かもしれない。これがどうにかなったら赤ちゃんができるのかも」
「えー？」
「私と一緒にこっちにきちゃったのかなあ。どうしよう」
「あー分離する」
金色の塊が二つに分れようとしている。ゆりは両手でそれをひっつけようとしていた。
「がんばってー」
「それでひっつくんですか？」
「ニイニの時はうまくいったけどねえ。がんばれがんばれ」
金色の塊はひっつきそうでひっつかない。
「どうしよう。がんばってーハインリヒも励まして」
「がんばれー」
二人は声援を送りながら金色の塊を見守っている。金色の塊は薄くなったり濃くなったりを繰り返し、二人はハラハラしながらそれを見守っていた。
「神の国につれて行った方がいいんじゃないですか？」
「そう思うけど……今すぐには神の国に行けそうにないし……何かもう一押しが足りない感じなのかなあ。神気がもっとあれば……イシュタールは妖精だから無理だろうし……神気を帯びたもの
ならある。ちょっと私の部屋につれて行ってくれる？」
「はい」
「おいでおいで」
ゆりは金色の塊を腕に抱くようにして、ハインリヒに移動してもらった。金色の塊もうまいこと移動できた。
ハインリヒはランプの光をつけた。
「あれならどうだ。ラーズにもらった、ラーズの羽！ ほら、赤ちゃんになって」
ゆりは以前ラーズからもらって大事にしていた羽を金色の塊に近づけた。
だが、羽はそのまま下におちてしまった。
「ほら、これを取り入れてみて、がんばって」
ゆりはもう一度羽をもって塊に近づけた。
今度は羽は下に落ちなかった。金色の塊の中にとどまっている。
「がんばって、赤ちゃんになって！」
羽は金色の塊の中をくるくる回り出した。
「がんばってー！」
ハインリヒは無言ながらも成り行きを見守っている。やがて、部屋の中がぱっと輝き、小さい翼がある赤ん坊が出現した。
「やった！ やったー！」
ゆりは赤ん坊を自分の腕に抱きながら声をあげていた。
ハインリヒは口を半開きにしている。
「すごい、赤ちゃんだ。翼が生えてる！」
ゆりは大興奮である。
「ところで、この子はだれの子供なんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「えーと、ハロルド？」
「なんで疑問系なんですか？」
「ラーズの子かも」
「えーなんですか。それ、二人と遊んだんですか？」
「そんなことよりも、見て、この子、かわいいわよ」
「全くもう。しかし、いきなり目の前に赤ちゃんが現れるなんて……」
ハインリヒはゆりから渡された赤ん坊を抱っこしてみた。
赤ちゃんは目を閉じている。金髪が頭の上にちょんとついていた。
「男の子ですね」
「クーリーフンみたいになるのかなあ」
結局、ゆりとハインリヒは夜が明けるまで赤ちゃんを眺めていた。
赤ちゃんはずっと眠ったままだったが、太陽が昇るころ目を覚ました。
瞳は緑だった。
（ラーズの気の力かな？ ちょっとうれしいな）
赤ちゃんは翼を広げてみていた。
「もう飛べるの？」
翼をぱたぱた動かしているだけでまだ飛ぶことはできないようだ。
神の国では早朝、自分の広間にやってきたアシュランは、部屋の真ん中に黄金の槍が斜めに刺さっているのを見た。
「なんだこれ」
大理石の床に刺さっているのだから、かなり頑丈な槍である。
槍の刃先の付け根には７色の房がついていた。
人間界では、「マーがとうとうハロちゃんを産んだ！」と子供達は大騒ぎだった。ハロちゃんとは、ゆりの石像がだっこしている子供のことである。
「いや、この子は私が生んだんじゃなくて、ガーベラが生んだんだからね」
「ハロちゃん、かわいいー」
「こっちにおいでー」
子供達は赤ん坊を抱っこして回している。
「あくびした」
「かっわいいー」
「ハロルド様が迎えにくるのかな？」
「わくわくするー」
子供達は言いたい放題である。
「……ハロルドが来るの？ やだっどうしよう」
ゆりはあんまりハロルドに会いたくなかった。
だれが思念を回したのか、ミカエルやフリット、ジュノーも赤ん坊を眺めに来た。ラクシュミやハザークの腕にも赤ん坊は抱っこされている。
こうしてみんなに抱っこされてかわいがられた赤ん坊だったが、昼前にクーリーフンがやってきた。
「クー！！！」
ミシェイラはクーリーフンに会えたうれしさで飛び上がっていた。
「こんにちは」
クーリーフンはミシェイラの頭をなでなでした。
「まさかこっちで生まれてるとは思わなかった。赤ん坊は預かるね」
やはりそれが目的で来たようだ。
「どうしてわかったの？」
ゆりが聞いた。
「アシュラン様が気づいたみたい」
「そうなんだ。みんなにかわいがられるんだよー」
ゆりはクーリーフンに赤ん坊を渡した。
「クーまたきてねー」
「ハロちゃん、また来てねー」
「ハロちゃん、ばいばい」
「ハロちゃん、ばいばーい」
クーリーフンはにこりと笑って赤ん坊と共に去って行った。
「ハロちゃん、ずっと一緒にいたかったなあ……」
ナナミは寂しげである。
「みんなにはこの子がいるでしょ」
ゆりは自分のお腹をなでた。
「翼がある赤ちゃん産まれてこーい」
ミシェイラはゆりのお腹をなでながら言った。
「それは無理」
子供たちにとっては、驚きと喜びと、一抹の寂しさを感じる一日になったのだった。
神の国、雲の上の神殿で、ハロルドがわくわくしながら赤ん坊を待っていた。ようやくクーリーフンがやってきたが、クーリーフン一人だった。
「赤ん坊は？」
ハロルドが両手を出している。
「途中ラーズに出会ったんだけど、ラーズにひっついていっちゃった」
「何ー？」
「ラーズが連れてくるんじゃない？」
ラーズが赤ん坊を連れてやってきた。
「おおー抱かせろ！」
ハロルドが赤ん坊に手を出した。ラーズは赤ん坊を渡したが、赤ん坊はいやいやしてラーズの元にすぐ戻ってしまった。
「なぜに。アシュラン、この子何の神だ？」
ハロルドはアシュランに聞いた。
アシュランは金の槍を持ち、赤ん坊に近づけてみた。赤ん坊はきゃっきゃと笑っている。
「その槍はどうしたんだ？」
ラーズが槍を眺めながら聞いた。
「どうやらこの子の神器らしい。どういう神かと聞かれたら『槍の神』になるのかな？ 将来的にはハロルドの助けになる神には間違いないな」
「私よりだ」
ハロルドはラーズに言った。
「だけど私の力も入ってる。槍にも虹の房がついてるしな」
とラーズも胸を張っている。
「名前は決まったか？」
「ランスロット」
「ランスロット、かっこいい名前だな」
ラーズが言ったが、赤ん坊はぴくりとも反応しなかった。
「そういや、人間界ではすでにハロちゃんって呼ばれてたなあ」
とクーリーフン。
「じゃあハロにするか」
とアシュランが言い出して、「却下に決まってるだろ」とハロルドがかみついていた。
「人間界にいたことは秘密だからなーいいなーじゃあ鐘をならそう」
神の国に盛大に鐘が鳴り響いた。
「ガーベラとサーラに会いに行こうなー」
ラーズがにこやかに言った。
「その前にヒルデリアに見せてくれ。ランスロットはこっちで育てるからな」
とハロルド。
「それはこの子に決めてもらおう。なっランスロット」
ラーズが赤ん坊のお腹をくすぐると、赤ん坊はきゃっきゃと笑っていた。
ハロルドはランスロットをヒルデリアに見せに行った。
「槍使いの神かあ。結局、３人の子供ってことなのかな？」
ラーズがアシュランに聞いた。
「まあそうなんだろうな。お前達は仲がいいな。私は他の男がいるなんてやだがなあ」
とアシュラン。
「ラーズの力って混じりやすいのかも？」
とクーリーフン。
「私単独の子供も欲しい」
「楽しいからいいじゃない。翼仲間が増えてうれしいよ」
クーリーフンは微笑んでいた。
二人の神の力が混じった子供を見たみんなの反応は、「ニイニに続きまた！？」という感じだった。
ハロルドの子供たち、キュリアにジェイクは特に喜んでいたが、ランスロットはハロルドの神殿にずっといることはせずに、ラーズの神殿に入り浸っていた。
「まあどっちにいてもいいじゃない」
ガーベラはのんきなものだが、ハロルドは苦い表情である。
赤ん坊ができた翌日、ゆりがアシュランからもらった箱の石は２個増えていた。そして午後には、麻袋に入った大量のハーブがゆりの部屋に置かれていたのだった。
つづく
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