第２２話
翼が生えた赤ん坊は神の国で大人気である。神の国では赤ん坊は珍しいため、女の妖精や女神たちは、ランスロットを見つけては抱っこしていた。
ちょっと前まで赤ん坊だったバリアスは、抱っこしたい時期を過ぎてしまっている。
「どんな大人になるのかしら？」
「美男子系かしらねー？ 楽しみねー」
赤ん坊がどんな大人に育つのかも皆興味津々だった。
「本当にかわいい！ ずっと見ていたい！」
キュリアはかわいい弟にデレデレである。ランスロットは今日はハロルドの神殿で眠っていた。この場にはハロルドもいる。
ランスロットはうつぶせで眠っている。頭にちょこっとだけ髪がはえているのがかわいらしい。
「ふふふ、本当にかわいいね。しかしバリアスの夢が本当になっちゃうなんてね、すごいな」
とジェイクが感心していた。翼がはえた兄弟ができる、というのはバリアスが言ったことである。
「この子男だよね？」
バリアスが聞いた。
「そうよ。男の子よ」
とキュリアが答えた。
「夢では翼がある女がいたような……」
バリアスはぶつぶつ言っている。
「女？」
ハロルドが聞いた。
「うーん、なんかいっぱいいたからよくわからんや、まあいいや」
バリアスはさほど気にせずに、神殿を出て行った。入れ替わりにサーラが飛んできた。
「あのね、この子サーラの弟よ」
サーラはキュリアに言った。
「私たちの弟でもあるのよ」
「そうなの？」
「ラーズはどうしたんだ？」
ハロルドが聞いた。
「ラーズはガーベラに会うって」
「ふーん……（もしや？）」
ハロルドは何か怪しんでいた。
人間界蛇の国である。
「え？ ハロちゃんのお礼が葉っぱなの？ 今回はしょぼくない？」
とハーブを見て悪態をついたのはアナスターシャである。確かにカニやイカ、ブタラに比べるとハーブは地味にみえる。
「そんなこといってると蛇に変えられちゃうよー」
とナナミが言うと、「今のなしなし」とアナスターシャはあわてて手を横に振っていた。
「あ、ハロルド様が」
ロイが窓の外を指さすと、「ハーブ好き！」とアナスターシャが叫んでいた。
「これ食べるん？」
ミシェイラは葉っぱの匂いをかいでいたが、レーヌは口に葉っぱを入れて、「にがっ」と出していた。
「お風呂に入れると気持ちいいんだよーさっそく今晩試そう！ でもこんなに一杯あるから、干しておいたほうがいいかな」
「ベランダに干しておいたら？」
ラギや侍女のミラに手伝ってもらい、ゆりはハーブを小分けにしてベランダに干した。
希望者に配る予定である。
アナスターシャは、「あ、もしかして、ハロちゃんの石像に翼がはえてるかも！？」と思いついて博物館にいってみたが、石像に変化はなかった。
元々赤ん坊は布にくるまれて背中は覆われているので、翼があっても見ることはできないのだが。
「でもさ、やっぱり、お礼が葉っぱってしょぼいよね？」
アナスターシャは、博物館に一緒にきたナナミに小声で言っていた。
「アーねえはしつこいね。母様が喜んでるんだからいんじゃない？」
とナナミ。
「そうかなあ」
「ちなみに、アーねえだったら何がほしいの？」
「私？ うーん、そりゃまあ、魔法力、簡単に結界を作って楽に維持できる力が欲しい！」
アナスターシャはいまだに結界の修行が苦手なのだった。
「ははは、大丈夫、将来シスにいとミシェイラが手伝ってくれるって」
ナナミはアナスターシャの肩をぽんぽんとたたいていた。
「ナナミもちょっとは結界習いなさいよ」
「私には向いてないみたいだから」
ナナミはてへっと笑っている。
「もーずるい！」
アナスターシャは頬をふくらませていた。
「ちなみに欲深いと神の国にいけないってラギにいが言ってた。アーねえは一生行けないね」
ナナミは憎らしげに言っていたのだった。
子供達は「ハロちゃん」に会いたがっていたが、再び会うことは、かなりむずかしいだろう。
（あの子、どんな大人になるんだろう？）
ゆりもいろいろ想像している。ラーズ系の顔になるのか、ハロルドの方に似るのか、どちらにせよ、将来女性たちにキャーキャーいわれそうである。
この日、ゆりはキラキラになっていたので部屋にこもり、自分のベッドで昼寝をしていた。
唇に何かが触れる感触がしてゆりは目をあけたが、目の前には鮮やかな色彩のラーズがいたので、ゆりはてっきりガーベラになってると思っていた。
「子供を生んでくれてありがとう」
ラーズの優しい声が聞こえた。ラーズはその後いろいろ言っていたが、眠気がまさってしまい、ゆりはそのまま寝てしまった。
そして気づいたら夕方だった。
（ラーズの夢をみたような……そういやあの時ラーズってばハロルドの身体を凶器とか言ってたな。今思うと笑える……）
ゆりは思い出し笑いをしながら身体を起こした。
そして、枕の横に木でできた何かがあるのを見た。
「なんだろう？」
小物入れのような大きさのもので、そんなに大きくはない。平べったい円状になっていた。木の表面はなめらかですべすべしている。
蓋をあけると、中に何かどろっとしたものが入っていた。ふわりと花のいい匂いがする。
「あ、ガーベラの神殿で見たやつに似てるかも？ 気持ちよくなるもの……あれ？ ラーズが来たのかな。夢じゃなかった？ 寝てる顔を見られた！？」
ゆりは真っ赤になっていた。
「何か言われた気がするなあ……思い出せないわ。でもラーズってば何を考えてるんだか。そーだ。来年の赤い月にこれを使おう。ふふっ」
ゆりは想像するだけでにやにやしていた。さすがに今のラクシュミ相手に使うってのもなんだし、男達相手に使うのもかえって危険だろう。
「ただでさえ興奮しちゃうのにさらに興奮しちゃうかもー楽しみー」
ゆりはもらった興奮剤を机の引き出しにしまったのだった。
ラギは神の国から来たハーブの種類が何か調べている。5種類くらいのハーブが混じっていて４つはわかったが、残りの一つはわからないようだ。
夕食の時間、ラギはその報告をしていた。今は家族全員が食堂にそろっている。ラクシュミは一人お酒を飲んでいた。
ラクシュミがいると上の子供達は料理の食べ方にも気を遣っている。
「そういえば、前にカーライル様も王様のために薬草をくれたよね。カーライル様ならわかるかも。あの二人はいつ帰ってくるんだろう」
ゆりはまだへびっちにトラブルが起こっているとは知らなかった。
「そうだよね。あれから結構経ったよね」
とシス。
「そのうちに帰るだろう。お前は元気に待ってりゃいい」
ラクシュミはゆりの頭をなでなでして去って行った。
（あれ？ 今晩誘われなかった。キラキラなのに！）
ゆりは子供たちに、「私まだキラキラしてる？」と聞いてみた。
「キラキラだよ。きれいだよ」
とシス。
「王様にはキラキラ光線がきいてないみたいなんだけど、どうしたんだろう？」
ゆりはつい子供たちに聞いていた。
「お母さんのキラキラはしょっちゅうだから慣れたんじゃない？」
とラギ。
「え？ そうなの？」
「マー花だしてよ」
ミシェイラが言った。花は今はもう出てない。
「確かに最近キラキラしすぎてるかもしれないけど……なんかショックだな……」
ゆりはずーんと落ち込んでしまった。
「母様どうしたんだろう？」
シスがこっそりラギに聞いた。
「これは妊婦の憂鬱ってやつだよ。妊娠中の女性は感情の浮き沈みが激しい時があるって」
ラギはこっそり言った。
「そうかあ」
シスは納得している。
ゆりがあまりに落ち込んでいたので、ラギはその後ラクシュミに言いに行った。
その後、部屋でぼんやりしているゆりの所にラクシュミがやってきた。
「ゆり、どうかしたのか？」
「どうもしないよ」
「私がそっけないといじけてるのか？ 実は今日疲れることがあったんで早く寝たかったんだ。私はお前がキラキラしてようがしてまいが愛してる」
「王様……ごめんね」
ゆりは子供たちの誰かがラクシュミに言ったんだろうと察していた。
「面倒くさくてごめんね」
「３日後は満月だ。その時一緒に寝よう」
「王様……うん！」
ゆりはうれしそうだった。
ラクシュミは、へびっちのことをゆりに内緒にしていたために、あまり顔を合わせて話をしたくなかったのだった。
（しかし、神の国で遊んでもそれとこれは別なんだな。未だによくわからんな……）
性欲は満たされているはずだが、ゆりにとってはそれでいいというわけではないらしい。いくら恋人が増えようが、ラクシュミから抱かれたいようである。
ラクシュミからの愛という柱があり、他の男達への愛があるのである。柱が崩れれば、ゆりの中のすべては崩れてしまうのかもしれない。
（神よりも魅力的って、あの時の私はすごいな。普段の私が性欲が薄くてよかった、私が浮気性だったら、多分こんな展開にはなってないんだろうなあ）
ラクシュミはそんなことを思いつつ、自分の寝室に移動したのだった。
一方３日後と言われたゆりは、完全に機嫌を直していた。やはり妊娠のせいか気分の浮き沈みが激しいのかもしれない。
「３日後かあ……今日もらったあれ、やっぱり使っちゃおうかなあ。どうしよう」
ゆりはにやにやしながら布団に入ったが、昼間昼寝をしたために、眠気はおそってこなかった。
（眠ったらまたハインリヒの元に飛んだりして……まあ王様にひっつくのも邪魔だろうからいいけど）
どのくらいぼんやりしていたのか、真っ暗闇の部屋の中に突然光が満ちて、ゆりはびっくり仰天していた。その光が人の姿をとり、ゆりは「げえ！」とかわいくない声をあげていた。
「げえってなんだ」
現れたのは、長身で筋肉質の神、ハロルドである。
「こんばんは」
ゆりは身体を起こして引きつった笑いを浮かべていた。
「ハーブありがとう。さっきもお風呂に入れたの。気持ちよかったよ」
「今日ラーズがきたろ」
「ラーズ？ 来たみたいだけど、私寝てたからあんまり話してない」
ラーズと聞いてゆりの頬がつい赤くなっていたので、ハロルドは途端におもしろくなさそうな顔をしていた。
「一つ言っとくが、ラーズに先を越されるのだけは我慢がならないからな」
ハロルドは腰に手をあててちょっと身をかがめていた。
「先って何が？」
「お前を抱くことに決まってるだろ」
「は……はあ！？ 何言ってるの？」
ゆりは身をよじって驚いている。顔は真っ赤だった。
「そんなことあるわけないでしょ！」
「あいつはその気だぞ」
「まさか、ラーズが何か言ったの？」
「言ってないがわかる」
「適当なこと言わないでください。神様はガーベラの恋人なの。私の恋人じゃないもん。神様だってそういう気持ちでしょ？」
「いや」
「いや！？」
「そりゃ確かに最初はお前に全くそういう気は起きなかったが、お前の中身があってこそのあっちのガーベラだからな。外見が違ってもいける」
「いや、いけるとか言われても……」
「やってみなきゃわからんがいけると思う」
「いや、いけなくていいですから」
「ラーズだってその気に決まってる。もしラーズとしたら、ほんと怒るからな」
「しないしない」
ゆりはばからしいとばかりに横に手を振っている。
「もしラーズとしたら、この城のブタラと中身を取り替えるからな」
ハロルドは真面目な顔で言っていた。
「…………」
ゆりはつい頭の中でその場面を想像していた。
「この姿でラーズとしなきゃいいんでしょ？ しないから大丈夫。大体ラーズが私にその気になるわけないし」
「なってもしないって約束だからな」
「はいはい。そんなことを言いに来たの？」
ハロルドはゆりの身体をじろじろ眺めていた。
「何？」
「今日も着てるのか？ 王妃の正統な下着」
「はあ？」
ゆりはぽかんとしている。下着のやりとりは蛇の目のゆりとハロルドのやりとりだったので、こちらのゆりは知らなかった。
「前回は人間の下着に驚きすぎて帰ってしまった。お前が嫌ならあっちのお前とする」
「いきなり話がそっちに行くの？」
「ああ」
「……（したいならどうぞ）」
ゆりはもう一人の自分に語りかけてみたが、（いや、いい、いい）ともう一人の自分は出てこなかった。
（たまにはそっちで対処して）
（えー……）
黒目のゆりは頬をかいた。
「ハロルド、あのね、知らないと思うけど、人間の女性は、妊娠中は男と交わらないの」
ゆりは真面目な瞳でハロルドを見つめて言った。
「え？」
「だからハロルドともできないのよーあきらめてね」
「……本当か？ じゃあお前は子供が生まれるまで何年もしないっていうのか？」
「実は王様とはしてるけど、王様はそっとするベテランだから大丈夫なの」
「……そうか。わかった」
ハロルドはあっさり納得していた。
「ねえ、せっかくだから添い寝してほしいな。私の赤ちゃん、誰かに添い寝してもらうと安心するみたいなの」
「添い寝？ 冗談だろ」
ハロルドは鼻で笑っている。
「じゃあさようなら」
ゆりは寝転んだ。ゆりはちょっとどきどきしている。
神様に嘘をついてしまったことになるが、この国の女性は妊娠中は交わらないようなので、半分は嘘ではない。自分に限っては嘘だが。
ゆりが目を閉じていると、横にもぞもぞと誰かが入ってきた。ハロルドである。
「添い寝してくれるの？」
「あー」
「ありがとう」
ゆりは横からハロルドに抱きついて眠りについた。やがてゆりの寝息が聞こえていた。
（本当に寝てるし、我ながらバカらしい……）
ハロルドは目を開けたまま天井を向いている。
するとなにやら小さい声が聞こえてきた。
「……ナリタイ」
（ん？）
「……ツヨクナリタイ……ツヨクナリタイパパ」
「……こら起きてるだろ」
「ばれた？」
顔を向けたゆりの左目は、蛇の目になっていた。
「パパ、強くしてー」
ゆりはぎゅっと抱きつきながら言っていた。
「だれがパパだ」
「パパって赤ちゃんが言ってる」
「嘘つけ。寝ろ」
「いけず〜〜〜」
蛇の目のゆりはしょぼーんとした顔でハロルドに抱きついていたのだった。
翌朝、ゆりの部屋にやってきた侍女は、驚愕の場面を見てあごが外れるほど驚いていた。
ゆりの横に金髪のたくましい美丈夫が寝ているのである。しかもゆりは、ハロルドの腕枕で寝ているではないか。
（も、もしかして、あれが噂のハロルド様！？ やだ！ 石像のまんまだわ！）
侍女はそっと部屋を出て行き、仲間の侍女を呼びに行った。
（ほんと？ ほんとに？）
（しっ そっとよ。そっと）
（緊張する！）
３人の侍女がゆりの寝室をのぞきにきた。金髪の美丈夫はまだ眠っている。
３人は寝室から離れてゆりの部屋の隅っこに集まった。
（鼻血でそう）
（すごいわ！ 心臓ばくばくだわ！）
（かっこいい！）
３人は大興奮状態である。
（もう一度）
（姿を焼き付けましょう）
３人がもう一度寝室に行くと、ハロルドは起きていた。３人を見て、ちょっとばつが悪そうに頭をかいている。
目を開けたハロルドに３人は頬を上気させていた。
青い瞳、精悍な顔立ち、長身で筋肉質な体つき、乙女心をわしづかみにするには十分すぎる外見である。
しかも外見だけではない。ハロルドの強さは、神話の本に書かれまくっている。
去って行こうとしたハロルドに、侍女の一人が勇気を出して言った。
「ハロルド様、お願いします。握手してください」
「私も！ 握手してください！」
「お願いします！」
３人は真っ赤な顔で手を出している。
ハロルドはちょっと躊躇していたが、３人に近づいてそれぞれ握手をして、去って行った。
「ぎええええええええ！！」
「ぎゃああああ！」
「きゃあああー！」
「え？ 何？ 何！？」
３人の嬌声にゆりは驚いて飛び起きていた。寝室では、３人の侍女が泣きながら座り込んでいる。
「ど、どうしたの？ 何があったの？」
ゆりの心臓がばくばくしていた。
「「「王妃様の侍女でよかったー！」」」
「ええ？」
ゆりにはわけがわからなかった。
「えー！ ハロルド様がいたの！？」
子供達が寝室に来た時には、ハロルドはもちろんいなかった。
侍女から瞬く間に話が広まってしまい、ゆりは少々困っている。
「また持ち帰っちゃったの？」
とシス。
「いや、そういうわけじゃ……」
「私もみたかったよー」
「私達も一目みたかったですわー」
シスやアナスターシャの侍女達はうらやましげに言っていた。ハロルドを見た侍女３人は、大興奮で仕事も手につかない様子である。
「ほんとすてきでしたー！」
「大きな手で」
「ハンサムでしたー幸せー」
これが神様を見た正常な人間の反応らしい。
「ハロちゃん元気って言ってた？」
ナナミが聞いた。
「そういやハロちゃんの話は聞かなかったなあ」
「じゃあハロルド様は何しにきたの？」
アナスターシャに聞かれたゆりは、返答に困った。
「ところでこのこと、王様はやっぱり知ってるよね」
「当たり前でしょ。それでハロルド様何をしに来たの？ 次は私たちにも会わせてよね」
「ミーはクーに会いたい」
ミシェイラが言った。
（王様にはなんて言おう……）
ゆりは気が重かった。
ハロルド朝までいてくれたんだ。添い寝してもらってうれしかった？
ゆりはお腹をなでて心の中で聞いてみた。返答はないが、赤ちゃんはなんだか喜んでる気がした。
ゆりはそろりと王の間に行き、ラクシュミの様子をうかがってみた。
「ゆり、二日後の約束は却下でいいか？」
ラクシュミには笑顔で言われてしまった。
「えええー」
ゆりはうるるんとしている。
「冗談だ。だが、絶対ハロルドと鉢合わせはいやだからな。頼むぞ」
「はーい。でもハロルドとは何もしてないのよ。添い寝してもらっただけで」
「添い寝……」
「赤ちゃんは添い寝が好きだから」
ゆりはのほほんと言っていたが、ラクシュミはちょっと呆れた様子である。
（ハロルド、どこまでゆりが好きなんだ……まあこれだけ子供を生まれちゃあなあ……）
キュリア、ジェイク、バリアス、今回の子で、ゆりがガーベラで生んだ子供は４人である。
ハロルドがゆりを好きにならない方がおかしいし、ガーベラのゆりでないと興味がないというのなら、その方が所詮神といっても女の外見しか見てはいないのか、
と神にがっかりするくらいである。ゆりを気にかけるハロルドの方が好感がもてるというものである。
「あ……」
ゆりの身体がよろけてきたので、ラクシュミはあわてて立ち上がり、ゆりの身体を支えた。
「ゆり」
ゆりは目を閉じている。
ゆりのお腹から、白いふんわりしたものが出てきた。
「あ」
それは赤ん坊の形をしていた。
赤ん坊ははいはいして床を移動している。赤ん坊はでかい蛇に近づくと、床におしりをつけて、蛇の胴体を持ち上げていた。しかも楽々持ち上げている。
ラクシュミも番兵二人もぽかんとしている。
「もしかして、ハロルドが何かしてくれたのかな？」
赤ん坊はでかい蛇を持ち上げて、ひょいとほおっていた。
「絶対そうだな」
ラクシュミはゆりを支えたままうなずいていた。
子供たちが呼ばれて来たときには、赤ん坊はゆりの中に戻ってしまっていた。目覚めたゆりも驚いている。
「赤ちゃんが怪力？ 本当に？ ハロルドが何かしてくれたのかな？？」
ゆりは首をかしげている。
「ハロちゃんのお礼なんじゃない？」
アナスターシャが言った。
「うーん」
「お母さん、ハロルド様と一緒に寝てたんでしょ？ もしかして、ハロルド様の気を奪ったんじゃない？ そのせいかもよ」
ラギが言い出した。
「え？」
「そういえば、ゆりの気が違うな、キラキラの時の気に似てる」
とラクシュミ。
「ええ！？」
「じゃあ、母様が毎晩ハロルド様の気を奪ったら、すごい子供が産まれるんじゃない？」
アナスターシャが興奮した様子で言った。
「すごい子が産まれそう。母様がんばって」
とナナミ。
「いやいや、がんばれない。無理だから」
「赤ちゃんのためにがんばって」
「無理ですー」
考えてみれば、人間のまま神様にひっつきまくっていたのは昨晩が初めてである。
なんと、私ってば神様の気も奪えるなんて……でもしょっちゅう添い寝なんて無理だし
「まあ、今回限りの奇跡ってことで」
「ええええー」
子供たちからはブーブー言われてしまった。
「神様もそんなに暇じゃないのよ」
「母様が頼めば来てくれるんじゃない？」
とナナミ。
「無理なの」
王の間にイシュタールが入ってきて、子供達がそろっていたので驚いていた。
「イシュタール、どうしたんだ？」
ラクシュミが聞いた。
「明日休みなので、神の国にちょっと行ってこようかと思ってます」
「そうか」
「イシュタール、ハロちゃんの様子を見てきて」
アナスターシャが頼んでいた。
「ハロちゃん、ここで生まれた赤ちゃんですか、もし可能だったら様子を見てきますね」
イシュタールは去って行った。
「イシュタールから気をもらったらどうなんだろう？ 何か変わるかな」
シスが疑問に思った。
「イシュタールの気質は一族のものとたいして変わらないからな。他の男と一緒だろう」
ラクシュミが言った。
次の日、イシュタールは火の妖精に手伝ってもらって、火の神殿に行っていた。
今回イシュタールが神の国に来たのは、妖精の石についての情報を仕入れるためである。イシュタールはとりあえずサラディンに挨拶しにいったが、ちょうどサラディンとルティアナが広間にいた。
「ご無沙汰してます」
「おお、イシュタール、元気だったか」
「こんにちは」
ルティアナはにっこり微笑んでくれた。
二人とも変わらない様子である。広間の隅にイシュタールと火の妖精の子供バーナードがいた。こちらも外見はたいしてかわってない。バーナードは床にいる赤い蛇と一緒に火をふいている。
「バーナードは相変わらずですね」
「ああ、いつになったら火を吹かなくなるんだか」
「バーナードは弟みたいなものだけど、妹が欲しい。妹。父様、妹」
ルティアナはサラディンに訴えている。
「しつこい、私だってほしい。私はお前の弟が欲しい。息子がみたい」
「聞いてよ。ハロルド様のところは４人目ができたのよ。しかも、４人目の子には翼が生えてるの。すっごくかわいいのよ。私もあんな弟なら欲しいな」
「翼なんて邪魔だろ」
「でもかわいいじゃない」
「かわいくなくていい」
二人は言い合っている。
「あの子はハロルドだけではなくラーズの子供でもあるらしいんだが、どうしたらそんな子供ができるんだ？ さっぱりわからん」
サラディンはニイニの時に続き、今回もさっぱりわかっていないようだ。
「あの、そのお子様のお名前はなんていうんですか？」
イシュタールが聞いた。
「ランスロットだ」
「ランスロット様……」
「金の槍が現れたらしいから神の国の守りの力があるんだろう。アシュランは喜んでいるだろうな。それで今回はどうかしたのか？」
サラディンはようやくそのことを気にしていた。イシュタールは妖精の石のことを聞き、火の妖精に話を聞くことになった。
「妖精の石ですか。妖精が気に入った人間にあげる力の結晶なんですよ。何度か使うと消えてしまうんです。大概子供にあげることが多いかな？」
「私もその石を作ることができますか？」
「うーん、どうでしょう。人間界ではあまりそういう力を多用しない方がいいかもしれないですよ」
「そうですか。実は水の妖精さんの石が欲しいんですが、頼んだらいただけますかねえ」
イシュタールが欲しいのは水の妖精の石だった。
「直接頼んでみたらどうですか？ 近くまで連れて行ってあげますよ」
火の妖精は、水の妖精がいそうな場所の近くまで連れて行ってくれた。少し歩くと、キラキラと光る水面が見えてきた。大きな泉の真ん中には、荘厳な神殿が建っている。
（もしかして、あれはラクア様の神殿？ なんか緊張するな）
泉には水の妖精達がいた。妖精達は大人の女性たちで、３人いた。顔は３人ともよく似ている。水色の長い髪の綺麗な女性たちである。
「こんにちは」
イシュタールはそっと近づいていった。
「こんにちは」
「あのー」
イシュタールは妖精達に石が欲しいと頼んでみた。
「妖精の石？ いいわよ。じゃあ素敵な歌を歌ってちょうだい」
「私は、そうね、ダンスがいいわ。踊ってちょうだい」
「私は……上手な口づけをしてくれたらあげる」
「え……」
イシュタールは思わず硬直していた。どれもイシュタールにはかなりハードルが高いものである。
（うーん、どうしよう……）
ちょっと困った様子のイシュタールに、妖精達は笑っていた。
「じゃあ、歌います」
イシュタールは蛇の国でよく聞く歌を歌ったが、ものすごく真っ赤な顔で歌っていたので、妖精達は目をぱちくりさせていた。
「それで、ダ、ダンスは、あんまりうまくないので……というかほとんど踊れません」
「じゃあ私が踊ってあげる」
妖精の一人がイシュタールの側に立って手を取った。
「まあ熱い手ね」
「すいません、緊張してまして」
「はい、足を動かして。回って〜」
イシュタールはほとんど妖精に動かされていたが、やはり手が熱かったのか、踊りも早々に終わっていた。
「じゃあ最後は私ね、上手な口づけをして」
３人目の妖精がイシュタールの側に立った。
（上手な口づけって……唇を合わせるだけで上手にならないよな。やっぱり……どうしよう……）
どこまでしたものかとイシュタールも困っている。取り合えず顔を寄せようとしていると、「何をしてるんだい？」と声がかかった。
イシュタールは驚いて身体を離している。泉の上にいたのは、神々しい輝きを放つ神だった。水の神ラクアである。
「あらお兄様、こちらの方と遊んでいたんですよ」
「上手に口づけてくれたら妖精石をあげる約束をしたの」
妖精達はあっさり言っていたので、イシュタールはかなりどぎまぎしていた。
「真面目な男をからかっちゃいけないよ」
ラクアは笑っている。
「うふふ。これで許してあげる」
妖精はイシュタールに近づいて身をかがめさせ、頬にちゅっとキスしていた。
「はい、妖精石」
妖精はイシュタールの手に、ごつごつした透明な結晶を渡した。１０センチくらいの大きさのものである。
「ありがとうございます」
「誰かにあげるなら早くしたほうがいいわよ。あなた火の妖精だから、溶けてしまうかも」
「わかりました。本当にありがとうございます！」
イシュタールはお辞儀をして、あわてて去って行った。
イシュタールが人間界に帰った時には、石はちょっと小さくなっていた。イシュタールはあわててそれをナナミの元に持って行った。
「これが妖精石？ ありがとう！ さっそく使ってみよう！ でもどうやって使うんだろう？」
「そこまで聞きませんでした。すいません」
「いろいろ実験してみるね」
ナナミは、アナスターシャ、シス、ラギを呼んでゆりの部屋でさっそく水を凍らせてみることにした。
ナナミは妖精石を手にもって水を凍らせる呪文を唱えてみた。
「あ！」
水の表面はうっすらと凍っている。
「すごっ！」
「やったね」
「すごいよ！」
子供達は驚き、ゆりは拍手している。
「でも氷ってほどじゃないわね。ハインリヒだったら完璧に凍るんじゃない？」
ゆりが言った。
「今日はハインリヒは城にいないよ」
とシス。
「ハザーク様は？」
「さっきミシェイラとレーヌの３人で寝てたよ。エルバートなら水魔法得意だけど、エルも今日は仕事みたいなんだよね。上級戦士はだれも城にいないや。兄さんがんばってみたら」
ラギが言った。
「えー僕できるかなあ」
「はい、私水で試したいことがあるの。やらせてやらせてー」
アナスターシャが手をあげた。アナスターシャは石を握りしめて、「えい！」っと両手をあげた。コップの中のジュースは、コップから上に上がっていた。
「すごい！」
ゆりが感心している。だがその液体は、宙にあがったと思ったらじゃばっと落ちた。テーブルの上はべちょべちょになっていた。
「うーん、おしい！」
「なにもおしくないよ」
ラギが突っ込んだ。
「私もやりたい！」
ナナミは新たにコップに水を注いでいる。結局氷を作ることはできず、水を移動させる遊びになってしまったが、これはこれで楽しそうだ。
ゆりとラギはそれを眺めていた。石は子供が握るたびに小さくなり、一時間ほどでなくなってしまった。
そしてその後、ゆりは子供達と部屋の掃除をしたのだった。
イシュタールは城に行った後は自分の屋敷で休んでいた。神の国でのことを思い出すだけで赤面しそうである。
―イシュタール、楽しかったよ。ありがとう！
しばらくして、ナナミからイシュタールの元に思念が届いた。
―氷はできましたか？
―あんまりできなかったけど、水の魔法で遊んだの
―そうですか。よかったですね
―できたらまたもらってきてね
―すいません。ちょっともう無理です
精神的に疲弊したイシュタールは断っていた。
―わかった。ありがとう。じゃあね
ナナミはしつこく頼みはしなかった。
―あ、そうだ。翼が生えた赤ちゃんは、ランスロットという名前になったそうですよ
―ランスロット？ わかった。みんなに伝えるね
ナナミは一応兄弟達とゆりに伝えたが、「ここではハロちゃんでいいよね」と付け加え、
「そうね」とアナスターシャも同意していたので、結局城ではランスロットは「ハロちゃん」と呼ばれることになったのだった。
つづく
１１部
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