第23話
「聞いてくださいよ、ゆりちゃん、王妃がハインリヒばかりひいきするんです。ひどいと思いません？」
ミカエルは、自分の横にいたピンクのブタラをなでながら話しかけていた。ピンクのブタラは薄手のピンクの服を着ていた。仕立屋の特注品である。
「ミカエル、ゆりちゃんって呼ぶのやめて」
とゆり。ここはゆりの部屋である。
「だって、王が『ゆり』って呼んでるし、この子私になついてるんですよね。最近ブタラを食べるのがちょっと悪い気がしてるくらいですよ」
とミカエル。
「王様、まだ『ゆり』って呼んでるんだ」
「王は本気でこの子をかわいがってますよ」
普通は『ブタラと一緒にしないで』といじける所だが、ラクシュミは嫌みはまるでないようなので、ゆりも怒ってはいない。
ゆりはミカエルの足に寄り添っているブタラを眺めた。ブタラはほっぺをミカエルの足にすりすりさせている。確かになついている。
「ところで、別にハインリヒをひいきしてるんじゃないのよ。なんだかわからないけど、ハインリヒの所に行っちゃうの。多分近いところにいるからじゃない？ ミカエルがそこらにいたらきっと行くと思う」
「いっそのこと最初から王妃と寝たいんですが、ここは誰かきそうで危険だしなあ……別室はここに近いから危険だし、そうだ！ 前に儀式で使った部屋で寝ましょう。二人で」
ミカエルははっと思いついていた。
「あのハート部屋で？ うーん……フリットも一緒ならいいわよ」
「二人がいいーハインリヒとはいっつも二人でしょ」
「ハインリヒの所には寝てから行ってるから、いつも何もしてないもん」
「しょうがないですねえ。じゃあ今晩約束ですよ」
ミカエルはゆりの頬にちゅっとキスして、歩いて部屋を出て行った。ブタラのモモも一緒についていった。このブタラ、ゆりにはあまり寄り添ってこない。子供と男が好きなようだ。
男もだれでも好きなわけでもないようだ。
「好みも私と一緒か……」
ゆりはハロルドの言葉を思い出していた。ラーズと人間姿でいちゃついたら、ブタラと中身を取り替えるといわれたのである。
（ブタラになっても少なくとも食べられることはなさそうだけど……モモちゃんの方は喜んで王様やミカエルにすりすりしてそう。王様に寄り添っても気づいてもらえないかも）
などと思ったゆりだった。
ゆりは王様との夜の約束も無事済んだので、結構ご機嫌である。ゆりの侍女達は、寝室にハロルドがいたせいか、かなりそわそわしている。
「長年王妃様の侍女をしている私はまだ一度もハロルド様にお会いしてないんですが……」
とミラには恨めしげに言われてしまった。
「そのかわりクーリーフンには会ってるからいいじゃない」
とゆりはミラをなだめている。
ラーズもゆりの部屋に来たようだが、だれの目にもふれなかったようだ。こんなに神様が現れる場所は世界的にはそうないだろう。聖地の次くらいにすごいかもしれない。
密かに噂が流れているのか、王妃様の侍女の空きができると、応募が殺到しているらしい。
「神様とばっかりひっついてるのもなんだし、そろそろ儀式でもしたいかも。ねえ、赤ちゃん」
ゆりは自分のお腹をなでた。ハロルドに添い寝してもらうとは、なんとも幸運な赤ちゃんである。
その頃北の方にある街で巡回中だったヴィラの元にミルキダスから思念がきた。
―今日時間がある？ 話があるんだけど
―なんだ？
―昨晩、ルーク様に夢で出会って……
それでヴィラは何の話か理解した。ミルキダスもへびっちのことを聞いたに違いない。
―今晩屋敷に来てくれるか？
―わかった
（ミルキダスも知ったのか。ジュノーにはどうしようかなあ。やっぱり王妃が知る時に話した方がいいか。今晩はとりあえずミルキダスと二人で）
今朝も、ヴィラはラクシュミに出会ったのだが、ラクシュミはまだゆりにへびっちのことを言いにくいようだった。
昨晩ミルキダスがルークと出会った時には、ジェナサイトはいなかった。今朝ミルキダスがジェナサイトに聞いたら昨晩は眠るのが遅かったらしく、それで夢に来られなかったのかもしれない。
ミルキダスが夢でいた場所は今回も酒場である。広くはない庶民がよく行くような酒場、マスターもいない場所で、ミルキダス、ルーク、人化したルークの蛇に子蛇までそろっていた。
ルークの蛇はルークに背を向けている。彼はルークと決して目を合わせようとはしない。ルークも彼には気を遣っている。彼は膝に子供を乗せていて、子供の方は時々膝から降りて
あたりをちょろちょろしていた。
何度みてもミルキダスにとっては不思議な光景である。ミルキダスの中にいる蛇の彼もこれに加わったらおもしろいのだが、今の所、ミルキダスと分離して出てきたりはしていない。
魔力の差なのかどうか、ミルキダスにも不明である。
ルークは彼を気にしながらも、へびっちのことをミルキダスに話した。ミルキダスは全く知らない話だったので、心臓がバクバクするほど驚いていた。
「それでへびっちは大丈夫なんですか？」
「大丈夫ですよ。へびっちはレイアスの肌で、ちょっと動くようになったようです。だけど離れて人になるまでにはまだ時間がかかりそうなんです」
「そうですか」
ミルキダスはゆりの顔を思い浮かべていた。とりあえず、ゆりが泣き叫ぶことにはならないようでほっとしている。
「王女様の肌にはへびっちの子蛇がひっついていたんです。金色の蛇が。そちらも元気です。本当に、我々はへびっちに感謝してるんですよ」
ミルキダスは少し微笑んで、ルークに背を向けている彼を見た。
「彼らもとてもへびっちのことを心配してました」
彼らにとっても、きっとへびっちは特別なのだろう。
「カーライル様も元気に過ごされてるみたいだ。カーライル様の子孫がいて、その彼にくっついてるらしい」
「へー」
夜、ミルキダスはヴィラの屋敷で昨晩のことをヴィラに話していた。ヴィラは、へびっちの新情報に胸をなでおろしている。
「まあ何にせよ、へびっちがちょっと元気になってよかった」
「本当に。早く帰って来られればいいなあ。カーライル様もちゃんと一緒に帰ってきてくださればいいけど」
「そうだな。早くへびっちに会いたいよ。いつの間にか、へびっちは自分の息子のような感じもしてるんだよなあ。ジュノーの方がその思いが強いかもしれないが」
「ジュノーはきっと泣くんじゃないかな」
「だろうな」
二人はへびっちの無事を祈りつつ、酒を飲んだのだった。
その頃城では、約束通り、久しぶりのハート部屋でゆりはミカエルとフリットといた。
「おやすみなさい」
この日は昼寝もしなかったので、ゆりは速攻で寝てしまった。
「本当に寝ちゃった……」
とミカエルは残念そうである。
「添い寝をしにきたんだろう？」
フリットは微笑んでいる。
「まあそうだけど……お前昼間あっちの王妃と別室にいたろ」
とミカエル。
「いた」
「なんかした？」
「内緒」
「こいつめ、ああ、あっちの王妃も出てこないし残念だなあ」
ミカエルとフリットはゆりを挟んで、しまいには目を閉じた。
さてその時、ゆりは神の国に行ってしまっていた。
「最近頻繁にこれてるなあ。そうだ。この前のことラーズに聞いてみよう」
ゆりはラーズの元に飛んだ。
同じ時、ゆりの身体の方はもぞもぞ動いていた。
（ハザーク様のところに行こうと思ったんだけど、すでに誰かいたんだ）
今回はガーベラの方が代わりたかったらしい。
（移動するのも薄情かも。でも遊びたい）
ガーベラはフリットにひっついた。するとフリットの手がガーベラの頭をなでなでした。
「フリット……」
「寝たんじゃないんですか？」
「目が覚めたの。ねえフリット、ゲームしましょ」
「ゲーム？ こんな夜にですか？」
「夜しかできないの。声をだしたら負けなゲームよ」
「はあ」
フリットがなんのこっちゃと思っていると、ゆり（ガーベラ）の身体がもぞもぞと下に移動していた。そしてフリットのズボンに手をかけている。
「え、あの」
「しー声を出しちゃ負けよ」
「…………」
ゆり（ガーベラ）の手はフリットのズボンを下ろして、フリットの下半身を露出させていた。そして下半身に手を寄せている。
少し触るだけで、フリットの下半身は反応していた。
「王妃……」
「もう負けね」
ガーベラは興奮状態にある身体を口に入れていた。
「……あ……はあ……」
フリットは声をもらしていた。巧みに口と手で奉仕されて、フリットは早めに達していた。薄い布団が剥がされていた。
「王妃ーフリットが先なんてひどい」
ミカエルが眠ったままいるわけもなく、途中から目をさましたようだ。
ゆり（ガーベラ）はまだフリットの身体に触れたままである。一度達したものの、フリットの下半身はまだ元気に上を向いていた。
「ミカエルは服を脱いで待っててね」
「いきなりそういう気になったんですか？」
「うん。次はゆっくりやろーっと」
ゆり（ガーベラ）は身体をあげてフリットの胸に身体を寄せた。だが手はさわさわとフリットの下半身をなでている。
「王妃……ちょっ……もう……」
「ゲームはフリットの負けだからね。３ヶ月他の女に触るの禁止」
「え……」
「わかった？」
「はあ……あの……もうげ、限界なんですが……」
「うん」
ゆり（ガーベラ）は自分のショーツをぬいで、スカート部分をたくしあげてフリットの上にまたがっていた。
「入れた気分になれるかな？」
ゆり（ガーベラ）は太ももで挟んで巧みにフリットを導いている。
「……はあ……ああ……いい……くっ……」
フリットが達すると、ゆり（ガーベラ）はフリットの上からどいていた。
「次ミカエルー」
ゆり（ガーベラ）はミカエルに抱きついていた。
「見てるだけで興奮してきましたよ。せっかくなので私ともゲームしてくださいよ」
「いいよ」
「王妃、服を全部脱いでください」
フリットがゆり（ガーベラ）の服をたくしあげている。
ゆり（ガーベラ）は裸になり、フリットに身体を愛撫されながら、ミカエルに口で奉仕していた。
「……はあ……やばいくらいに気持ちいいですよ……」
ミカエルも早めに達していた。
「これ、勝てる男はいないでしょ」
「ミカエルは４ヶ月間他の女に触るの禁止ね」
「フリットよりも長いですが」
「ミカエルの方が女に触りそうだもん」
「王妃とこうしてるほうが気持ちいいですよ」
熱気に満ちた夜は更けていった。
朝目覚めたゆりは自分が裸だったので驚き、フリットとミカエルも裸だったのでさらに驚いていた。
（これは一体……私はガーベラになってたはずだし、あっちの私も一緒にガーベラだったはず。もしやガーベラが来たの！？）
フリットに身体を抱きしめられた。
「おはようございます」
フリットは情事の後の顔って感じで微笑んでいた。
「お、おはよう……」
ゆりはどぎまぎしていた。
「王妃、こっちおいで」
ミカエルに腕を引っ張られた。ミカエルの方も昨晩はいろいろあってかなり疲れたが幸せ、という顔付きである。
「もうちょっと寝ましょう」
「……さ、昨晩の私、どうだった？」
ゆりはどきどきしつつ、聞いてみた。
「昨晩の王妃、すごくねちっこくてステキでした」
（ねちっこい……）
ゆりの顔は引きつっている。
「王妃といると、男で産まれて幸せだって思えますよ」
フリットが言った。
二人ともうれしそうだし、ここで昨晩はガーベラだと暴露しそうものなら興ざめなので、ゆりは黙っていることにした。
（ガーベラったら……でもまあ、ガーベラもミカエル達と儀式をしたんだから、恋人だと思ってるんだよね、きっと。やばい、裸の男達に囲まれてたら興奮してきた）
ゆりの気がみるみるうちにピンクになってきた。
「王妃、気がピンクになってますよ」
ミカエルがゆりの頬をつんつんつついた。
「え。だってしょうがないでしょ。ミカエルの今の顔が、超好きなんだから」
「昨晩あんなに気持ちよくなったのに」
「あれ？ そういえば、昨晩の王妃、ピンクになってたかな？ いい匂いはしてたが」
フリットが言い出した。
「あ、そういえば、ピンクじゃなかったかも？」
とミカエル。
「そうなの？ たまたまじゃない？」
（ガーベラのせいでピンクにならなかったのかも？）とゆりは思った。
「……王妃、昨晩我々とゲームをしたでしょ。何のゲームだったか覚えてます？」
フリットに聞かれてゆりはどきりとした。
「ゲーム？」
「ええ」
「覚えてるよ。フリットを愛してメロンメロンにした。そうでしょ？」
ゆりはフリットをじっと見つめた。フリットはやがて微笑んだ。
「そうですよ」
ゆりはフリットの胸にちゅっとキスした。
「好き」
「私の方が好きですよ」
「やばい、儀式がしたくなってきたわ」
「我々は当分無理ですよ。10日くらい我慢してください」
ミカエルがさすがに言っていた。
あっちでもこっちでもいろいろあったんだなあ。キラキラになってなくてよかった
ゆりは神の国でのことを思い出していた。
ゆりはガーベラになって最初にラーズに会いに行った。前回会った時に何を言われたのか気になったからだ。
滝の近くにいたラーズは、ゆりが会いに来ると喜んでくれた。
「あの時いいセリフを言ったんだけどなあ。やっぱり聞いてなかったんだ」
ラーズはちょっとショックを受けているようだ。
「ごめんね。もう一度聞かせて」
「こっちでも愛してあげたいって言ったんだよ。日取りを決めてくれたら来るからって」
「え」
「前にも言ったと思うけど、本気だよ」
ラーズは微笑んでいた。
「……ありがとう。ラーズってほんと優しいのね。気持ちはうれしいけど……」
「優しさじゃないんだよ。好きだから抱きたい。もうガーベラの許可はもらったからガーベラに遠慮しなくてもいいんだよ」
「え？……」
ゆりは固まっていた。
「ガーベラの、きょ、許可をもらった！？」
「うん」
なんつー許可だしてんの！ ガーベラ！
ゆりは心の中で絶叫していた。
ラーズはゆりに近づいて、耳元でささやいた。
「ゆり」
「ぎゃあああ！」
ゆりは思わず後ろに飛び退いていた。
「な……名前を知ってるの！？」
「知ってるよ」
「ら、ラーズ……」
まじだ。マジでせまられているー！
ゆりは真っ赤な顔でラーズから距離を取っていた。
「わ、私はあっちでは神様とはそんなことは無理なので……」
ゆりはしどろもどろである。
「でもハロルドはしょっちゅう通ってるんだろ？」
「え？ ま、まさか！ 通ってないし、してないし」
「本当に？」
ラーズはかなり意外そうな顔付きだった。
「じゃあ今ならハロルドの先を越せるんだ？」
ラーズの目が輝いている。
ブタラコースやめてー！！！
ゆりはまたもや絶叫していた。
「わ、私はガーベラとして、ラーズに愛されたいの。あっちでそんなことしたら、もうガーベラになれなくなっちゃうかもしれない。いや、きっともうなれない」
とゆりは言ってみた。
「え、そ、そうなの？」
「うん。だから、こっちでかまってね」
「君は欲がないねえ。神様と寝たくないの？ いいことがあるのに」
「え？ いいこと？」
ゆりの耳がぴくりと動いた。
「あ、知らなかった？ でも別に知らなくていいかあ」
ラーズは意地悪げに横を向いている。
「え、神様と愛し合ったら何かあるの？」
ゆりの方はかなり気になっている。
「試してみたらわかるよ」
「えーあ、わかった。加護の力とかそういうやつでしょ？」
「違うよ」
「違うの？ 守りの力とかそういう感じのものじゃないの？」
「さあねえ」
「あれ？ ラーズはその力を人間に与えたことあるの？」
「今から熱烈に愛し合おう。その後に教えてあげるよ」
「別に知らなくていいもん」
ゆりはぷんと横を向いていた。
「私これから行くところがあるの。じゃあラーズまたね、その、贈り物もありがとう」
「使った？」
「使ってない」
「使いたかったら呼んで」
「はいはい」
と受け流し、ゆりは真っ赤な顔のまま去って行った。これ以上ラーズといるとやばい展開になりそうだ。
あーびっくりした！ まさかあんなことを言われるなんて……
神様と愛し合ったらって話、前にアシュランが言ってたことじゃないのかなあ？
ゆりはハロちゃんに会いたかったのでハロルドの所に移動してみた。ちょうどハロルドとジェイクが神殿から出てきたところに出くわした。
「ガーベラ、顔が真っ赤だが、どうしたんだ？」
ハロルドはゆりに近づいて聞いた。
「え？ そう？ その、この前はありがとう。えーと、ランスロットはいる？」
「ああ、中だ。私は用がある。じゃあな」
「いってらっしゃい」
ゆりは二人を見送った。
神殿の中に入ると、ランスロットをだっこしたキュリアとバリアスがいた。
「あ、かわいい。だっこさせてー」
ゆりはキュリアからランスロットを渡してもらった。
ランスロットは上は布をまいたような感じの服を着ている。背中に翼があるので普通の服は着られないのだろう。生まれた時とあまりかわらない。頭にちょっと毛がついただけの赤ちゃんである。
「癒やされるー」
「ほんとかわいいですよね」
とキュリア。
「いつおおきくなるかな？」
バリアスが聞いた。
「さあねえ、私達が大人になる方が先でしょ？」
キュリアは笑っている。
バリアスはうーんとうなっていた。
「早く一緒に遊びたいのね」
ゆりはソファに座り、ランスロットを膝に乗せた。そしてぷっくりとしたおててに触っている。
おとなしい赤ちゃんである。ランスロットは目を開けているが、何も言葉は発しなかった。
「泣いたりする？」
「あんまり泣かないですねえ」
「あーとかうーとかは？」
「笑ったりはしますよ」
「そう」
「実はまた夢みたの」
バリアスがぼそっと言った。
「今度はどんな夢なの？」
キュリアが聞いた。
「また戦う夢。今回のは前のより近いかも。パパ大変かもね」
「そうなの？」
「僕も大変かも。その時は、またママよろしくね」
バリアスはゆりを見た。
「えーまたいなくなるの？ やめてよー」
ゆりが言った。
「まあ、まだわかんないけどね」
バリアスはそれだけ言うと居間を出て行った。
「バリアスって、雰囲気が変わったわね。やんちゃだけの子供だったのに」
「そうですよね。前回の戦いの時からかなあ。ライオネル様には相変わらず遊んでもらってるみたいですよ」
「そうなの」
戦いとは穏やかじゃないけど、まあ、天下の軍神がいるし、大丈夫だよね
ハロルドが誰かにやられるところなんてまるで想像できなかったゆりは、気楽に思っていた。
そんな感じで後半はランスロットとキュリアと過ごして、ゆりは人間界に戻ってきたのだった。
ラーズにはどきどきだったが、人間界に戻ってからもどきどきという感じである。
この日の夕方、蛇の目のゆりが出ていると、フリットがやってきた。
「王妃、ちょっと話があるんですけど、いいですか？」
「いいよ。なあに」
フリットはゆりの横に椅子を持ってきて座った。
「昨晩は、本当に王妃だったんですか？ 気がピンクじゃなかったのでどうにも気になってるんです」
ちょうど二人だったのでフリットはすぐに切り出していた。
「もし王妃じゃなかったらだれ？」
「こっちの王妃でもないし、もしかしたら、遠い所にいるお方かな、と」
ゆりは目をぱちくりさせている。
「もしガーベラだったらうれしい？」
「うれしくないですよ。好かれてもいない女にあんなことされたくないです」
「フリットったら、私達3人ともフリットのことがこんなに好きなのに」
「やっぱりガーベラだったんですか？」
フリットは予感があたったことに驚いているようだ。
「違うよ。3人目の私よ。だからガーベラじゃないの」
「はあ」
「3人ともフリットのこと好きなの」
「じゃあ、昨晩のこと喜んでもいいんですか？」
「うん。昨晩はどうねちっこかったの？」
ゆりがおもしろそうに聞いた。
「すごく熱烈にいろいろしてくれましたよ。3人目の王妃とはあまり面識がないので、お話から始めたかったんですが……」
「ふふっ3人目は子供達に大人気だからねえ。今度会えたらお話したらいいじゃない」
「はあ……」
「王様には内緒よ。妬いちゃうから。王様は3人目の前では少年みたいになっちゃうみたいなの」
「そうですね」
フリットは苦笑した。その時、フリットの元にヴィラから思念が来た。今夜屋敷に来てほしいとのものだった。
フリットはゆりを見た。ヴィラの話はゆりがらみが多いからである。
「どうしたの？」
「いいえ、何も。それじゃこれで失礼します」
「うん。またね」
フリットは去って行った。
この日の夕食後、ラクシュミは子供達全員とゆりに食堂で待ってるようにと伝えた。
ラクシュミはへびっちのことをゆりに伝えることにしたのである。
「へびっちが、過去の女王が生まれた赤ちゃんを助けようとして、瀕死の状態に陥ったらしい。今はレイアスの肌で回復中だ。だから、しばらく帰ってこられないんだ」
ラクシュミがそう告げると、子供達はえっと目を開き、ゆりの表情はこわばっていた。
「ヴィラとミルキダスの夢が過去とつながって、この話を聞いてきたんだ。女王の出産は難産だったらしい。女王も今は回復中だ」
「……侍女さんたちには知らせたの？」
ゆりはこわばった顔で聞いた。
「さっきハザークに伝えて、ハザークに任せた」
「そう。悲しむだろうな……」
「お母さん、大丈夫？」
子供達は心配してゆりを見ていた。
「うん」
「あーん、へびっちに会いたいよう」
ミシェイラが泣き出して、つられてレーヌも泣いていた。
「大丈夫よ。へびっちは無事帰ってくるから」
ゆりは二人に近づいて頭をなでた。
「赤ちゃんを助けるなんてへびっちはすごいな。さすが僕らの、弟？」
「兄っぽいけどね」
シスの言葉にラギが付け加えていた。
「僕らの誇りだよ」
「うん、うん」
ゆりはうなずいていた。
ゆりを心配して、子供達がゆりを部屋まで送ってくれた。ラクシュミも今夜は寝室に来るようにと言っていた。
ゆりの部屋に行くと、ヴィラが待っていた。ヴィラがいたので、子供達はゆりをヴィラに任せて去って行った。
ヴィラはゆりを椅子に座らせた。
「王妃、大丈夫ですか？」
「うん。さっき聞いたばかりでびっくりしてる。ディランと会ったんでしょう？ 彼は大丈夫だった？」
「彼は王妃にすごく申し訳なさそうでしたよ。今はレイアス殿の肌で元気でいるようなので」
「うん。ジュノーには言ったの？」
「彼らにはこれから話すんですよ」
「そう」
「王妃、一人で泣かないでくださいね」
「うん、大丈夫。だってあんなことがあったってへびっちは元気で帰ってきたんだもの。きっと大丈夫」
ゆりは自分に言い聞かせていたが、堪えきれなくなり、涙が流れていた。
「ハザーク様は侍女さんたちに話したのかな。明日、様子を見に行ってみなきゃね」
ゆりが落ち着くまで、ヴィラはそばにいてくれた。
その後ヴィラは男達にへびっちのことを話したのだが、やはり一番ショックを受けたのはジュノーだった。
へびっちの顔が思い出されて、ジュノーはなんともいえない悲しい気分になった。
自分の屋敷に戻ってからも、ジュノーはへびっちのことばかり考えていた。眠ったのは横になって随分経ってからだった。
ジュノーは気づくと真っ白な空間にいた。一人ではない、近くに子供が一緒にいる。あたりは霧で包まれたように真っ白だった。
「あ、子蛇君か」
その子供の肌にはうっすらと緑の鱗の模様が見えた。子蛇君はジュノーの手をひっぱっている。
引っ張られるままに進んでいくと、霧の向こうに誰かがいた。
「レイアス殿？ いや、レイアス殿の、蛇さんの方か」
レイアスっぽい外見だが、肌に鱗の模様が見えるし、瞳も蛇の瞳をしていた。
子蛇君はレイアスに近づいて何か話している。
レイアスはジュノーに顔を向けた。
「すまない。へびっちはまだ、元に戻ってない」
「元気は元気なんだな？」
「ああ」
レイアスはジュノーの手を取り、自分のお腹にあてさせた。
そこに、何かを感じた。
「そこにいるんだな。へびっちが」
レイアスはうなずいている。
「もっと元気になったら返す。そうレディ達に伝えてくれ」
「わかった」
レイアスはジュノーの手をぎゅっと握っていた。
へびっち、早く元気になれよ
ジュノーは心の中で祈っていた。
霧がもっと濃くなってきた。出会いは一時で終わってしまった。
朝、ジュノーが自分の屋敷の食堂に行くと、ヴィラが朝食を食べていた。
「なんだ来てたのか」
「ああ」
「泣いてたとでも思ったのか？」
「ああ」
ヴィラはうなずいていた。
「へびっちはもう家族の一員みたいなものなんだよなあ。ずっといないから、なんだかみんな落ち着かない。夢でレイアス殿に会った。
正確にはレイアス殿の蛇の方だが、へびっちに触れさせてくれた」
「え？ 本当か？」
ヴィラもこれには驚いている。
「ああ。みんなに心配されてあいつは幸せだな。それに幸運だ。運の良さは王妃譲りかもな」
「そうだな」
「その運の良さで今回も帰ってくるだろう」
ジュノーはへびっちに触れた右手を眺め、目をまん丸くした。自分の右手にうっすらと蛇の鱗の模様が見える。ヴィラもそれに気づいた。
「あれ？ 子蛇はいるかな？ いるよな？」
ジュノーはあわててシャツを脱いでいる。
「お腹の方にいるぞ」
ヴィラが指さした。子蛇はジュノーのお腹、ジュノーの蛇の近くに移動していた。
「本当だ。随分移動したんだなあ。あ、右手だけ変わってる」
ジュノーの右腕だけに蛇の鱗の模様があるが、そのほかは変わらなかった。
「何かあったのか？ レイアス殿の蛇さんに何かされたとか。お前の気もちょっと濃くなってるかも」
ヴィラが指摘した。
「本当か？ 彼には手を握られただけだがな」
「触発されたんじゃないか？」
「かな？」
ジュノーにはよくわからなかった。
「王妃の恋人達がいろいろ変わってるから私の番が来たのかな。そのうち私の蛇が現れたりするのかな？」
「暴走はやめてくれよ」
「ははは」
ジュノーはしばらく自分の右手を眺めていたのだった。
つづく
11部
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