第28話

（ゆり、がんばれ……）

（王妃、がんばってください）

（こっちまで緊張してくるな）

（眠れない……）

（ドキドキわくわく……）

ラクシュミもゆりの恋人達も、上の子供達も、ゆりが気になって眠れない夜だった。儀式はきっと成功するだろう、とだれもが思っていた。


だれもが眠れない夜が開けた。今朝ばかりは、ゆりの侍女も寝室にはやってこなかった。

（まだハロルド様がいらしたらどうしよう！）

と城の一室では侍女達がキャーキャー言っている。


朝の食堂では、子供達に、ラクシュミもいた。シスとラギは、早めに食堂にやってきていた。どうにも落ち着かないようだ。

「儀式はどうだったんだろうね」

ナナミが言った。

「誰か、ゆりの部屋を見てこい」

ラクシュミは子供達を見回して言った。

「え？」

「いいのかな？」

「まさか、もうハロルドはいないだろう。ナナミ、お前が行け」

ここは女の子の方がいいだろうと、ラクシュミはナナミを指名した。

「はーい、じゃあ行ってきます」

ナナミは瞬間移動した。


ナナミはとりあえず、ゆりの部屋の方に移動して、寝室をちらりとのぞいてみた。

ベッドの上にはゆりしかいないようだ。

「母様？」

ナナミはベッドに近づいた。ゆりが目を開けた。

「あ、おはよう」

「おはよー」

ゆりは頭をかきながら起き上がった。かけていた布団がぱらりと落ちて、ゆりの上半身が露わになった。

ナナミはゆりの体を見て、「わーお！」とつい驚きの声をあげていたのだった。


ナナミ一人が食堂に戻ってきた。

「一人だったか？」

ラクシュミはまず聞いている。

「父様、母様、すっごいよ」

ナナミは興奮した様子である。

「何がすごいんだ？」

「えへへ、内緒」

「なんだ。気になるだろ」

「何がすごいの？」

ラギも目を輝かせている。

「支度してくるってー」

「ハロルド様はもういないんでしょ？」

シスが聞いた。

「母様一人だったよ」

「何がすごいの？」

「うふふ」

ナナミは笑っている。

「早く来ないかなあ」

ラギがそわそわしていると、ゆりがやってきた。

「みんなおはよう」

「あ！」

ラギが真っ先に声をあげていた。

「ゆり……」

続いてラクシュミである。

「え？　なに？　母様どこか違うの？」

アナスターシャはゆりを上から下まで眺めている。

「え？　まじでわからないの？　姉様大丈夫？」

ラギは興奮した様子でアナスターシャに言った。

「母様、すごいよ！」

シスは感動した様子である。

「何？　何？」

ロイもきょろきょろしている。

ミシェイラは、「マーつよくなったね」と言った。

「母様強くなったの？　そういえば、ちょっと違う？」

アナスターシャはようやく気づいていた。

「かなり違うぞ。ゆり独自の一族の気を帯びてる。これは感動ものだろう」

ラクシュミは感動したように自分の妻を眺めていた。

「え？　私独自の気？」

ゆり自身はわからないようだ。

「しかも……」

「首に何か見えるよ」

ロイはゆりの近くまで来て言った。

「母様の体にでかい蛇が二匹いたよ！」

ようやくナナミが言った。

「ええー？」

「これって、蛇紋？」

ゆりが聞いた。

「普通に出てるな。蛇紋っていうか、普通の蛇として出てるようだ」

「そうなんだ。どういうことなのかな？」

「お前達、もう行け」

ラクシュミは子供達に言った。

「お母さん、儀式は？　成功したんだよね？」

肝心な話がまだだった。

「儀式は失敗しましたー」

ゆりは明るく言った。

「ええ？」

「失敗したの？」

「行け」

促されて、子供達は食堂を出て行った。

「ゆり、どうしてこうなったんだ？」

ゆりは椅子をラクシュミの側に持って行って座った。

「本当に儀式はしてないのか？」

「うん。ハロルドが怖すぎて、儀式どころじゃないっていうか、最終的には優しかったけど」

「儀式はできず、抱き合ったのか？」

「ううん。神の国でしようなって言われて、たいして何もされてない」

ゆりは普通に報告していたので、ラクシュミの方が驚いていた。

「本当なのか？」

「うん、私はね」

「ん？」

「もう一人の私がハロルドに抱かれたみたいで……それで体に変化が現れたのかなあって、神様に抱かれるといいことがあるって、前にラーズが言ってたの」

「はあ？　向こうは抱かれて、お前は何もされてないのか？」

「うん」

「おい、ゆり」

ゆりの左目が変わった。

「今の話本当か？」

「うん。私だけしちゃった」

「どうしてそんなややこしいことになったんだ？　さては、お前がねだったんだろ？」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……向こうはびびりまくってたから。王様、この蛇すごいよね？」

「すごいぞ」

「私、本当に一族の気を帯びてるの？」

「ああ、アヤコにもらう実を食べたみたいになってる。神と交わると、一族の気質があがるのか？　そのせいで、体の中にひそんでいた蛇が表に出てきたんだな」

「一族じゃなくてもあがるんだ？」

「今は赤ん坊がいるし、みんなからもらった気も帯びているからな。黒目のゆり」

ゆりの瞳が両方黒くなった。

「ゆり、とりあえず、昨晩はよくがんばったな。疲れただろう？　食事を食べたら、部屋でゆっくり休むんだぞ」

「うん、ありがとう王様」

ラクシュミは、ゆりの頬をなでて、優しくゆりにキスし、去って行った。

侍女が食事を運んできた。何か聞きたそうな顔をしているが、ゆりも何を話していいやらわからない。

「儀式、失敗しちゃったの」

それだけ伝えると、侍女は、「そうですか。また次がありますよ」と言った。


王の間には、気になったゆりの男達が勢揃いしていた。

「儀式にならなかったらしい」

ラクシュミが言うと、男達は驚いていた。

そして、「黒目のゆりの方はハロルドには何もされなかったらしいが、もう一人の方はハロルドと仲良くなったようだ」と話すと、さらに驚いていた。

「どうしてそんなことに……」

「大方もう一人の方がねだったんだろう。ゆりはショックを受けているかもしれないので、あまり押しかけてがやがやいわないようにな」

ラクシュミの目にはゆりがショックを受けているように見えたようである。

男達は一様に複雑な表情だった。


―ハロルド様は王妃に欲情しなかったのかな？

ジュノーはヴィラに思念を送っていた。

―今さらそれはないと思うが？


自分達の愛する王妃がハロルドに何もされなかったことに、男達はちょっとショックを受けていた。「何もしないのなら、なぜ来たんだ」と聞きたいくらいである。

「かわいい格好で待っていたのに……」

ジュノーも残念そうだ。

「あの、抱くだけが愛情表現ではないと思いますよ」

シャナーンが言った。

「王妃がおびえていたから、手が出せなかったんですよ。きっと」

「そうだな。今更ガーベラ様と比べるってのもおかしいし、ハロルド様が王妃を愛していることは間違いないだろう」

フリットが続いた。

男達は遠慮してゆりの元に行かなかったが、侍女から、「王妃様が元気がないです」と報告を受けたラクシュミは、ヴィラに、

―ちょっと理由を聞いてくれ

と頼んでいた。


午後、ヴィラがゆりの部屋に行くと、ゆりは暇そうにソファに寝転んで足をぶらぶらさせていた。

「王妃、すごいですね」

ヴィラは間近でゆりを見て驚いている。

「みんな来ると思ったのになんでこないの？」

ゆりが体を起こして聞いた。

「王妃が疲れているだろうから、押しかけないようにって言われたんですよ」

ヴィラはゆりの横に座った。

「そうなんだ」

「……どうしたんですか？　元気がないですね」

「そう見える？」

「はい。ハロルド様に何もされなかったこと、ショックだったんですか？」

「え？　あ、あっちのことも聞いたの？　別にそれはショックじゃないよ」

「そうなんですか？」

「うん。みんなにあれだけ期待されていたのに儀式ができなかったから、時間が経ってくると、私ばかだったなって思っちゃって。もっと、その気満々で迎え入れていたら、いい雰囲気になって、

女蛇も降りてきたかもって。巫女として、失格だったな」

今となれば、なぜあんな風にハロルドと会ってしまったのか、昨日の自分に説教したいくらいである。昨日は全く冷静になれなかった。

「王妃……そんなことないですよ。相手が相手なんですから、緊張するのも当然ですよ」

ヴィラはゆりの肩をなでた。

「それに、女蛇を待ち構えるって、むずかしいですよ」

「うん」


私ってほんとばかだな。生娘じゃあるまいに、せっかくハロルドが儀式の相手をするって言ってくれたんだから、その気で待ってればよかったんだ。あんなこと、もうないかもしれないのに……


そう思うとゆりの目がじんわりと潤んできた。

「王妃、泣かないでください」

ヴィラはゆりを軽く抱きしめた。

「母として、儀式が、私がこの子にしてあげられる最大のことなのに……」

「そんなことはないですよ。それにこの先儀式は何度でもできますよ。我々だって、ずっと王妃と儀式がしたくて待ってるんですよ？」

「うん、そうだね」

ゆりは涙を拭いた。

「ところで、さっきから気になってるんですが……」

ゆりの首に、金色の蛇の胴体のようなものが見える。

「これ？　すごいよ。みたい？」

「もちろん」

「じゃあちょっとあっちで」

ヴィラはゆりを別室に連れて行った。

「驚くよー」

といいながら、ゆりはブラウスを脱いで、キャミソールも脱いでいた。そして、胸を覆っている物も下にずらしていた。

ゆりの上半身には二匹の金色の蛇がいた。蛇は胸から首にうねり、背中に回っているのが一匹、もう一匹は胸からお腹にかけて斜めに降りている。

「これは、すごい……」

ヴィラは目を見開いている。

「すごいでしょ？　普段からこれなんてさ」

ゆりの体を見ていたヴィラの瞳がなんだかゆらゆらしている。

「ヴィラ？」

「なんかやばい」

ヴィラは自分の頬に触れている。やがて、ヴィラの手に、緑の鱗の模様が薄く現れているのが見えた。

「ヴィラ……」

ヴィラはゆりをがばっと押し倒して、唇を覆っていた。

「んぐ……」

ヴィラはゆりに激しく口づけると、唇を離した。ヴィラの瞳は蛇の瞳になっている。

「あの……もしかして……ヴィラの蛇様？」

「悪い王妃チャン」

ヴィラは意地悪げに目を細めていた。

「王妃ちゃん？」

「我慢してたのに、もう我慢しきれない。俺に会いたかった？」

「うん、会いたかった」

「これはかなりまずい。今度の儀式で、みんなにむちゃくちゃにされるよ？」

「ヴィラがいるから大丈夫」

ゆりが自信たっぷりに言うと、ヴィラはゆりの頬を両手で挟み、「ばか」と言った。

ヴィラがじっとゆりを見ている。ゆりも目をそらさずにヴィラを見上げていた。


ヴィラがぶるっと顔を振るっていた。肌に出ていた模様は消えて、瞳も戻っていた。

「あれ？」

ゆりの上にまたがっていたヴィラは、不思議そうにゆりの上からどいていた。

「今、何かありました？」

「ヴィラの蛇様に会っちゃった」

「ええ？」

「それでばかって言われちゃった」

ゆりはうれしそうだ。

「はあ？」

「どうしよう、儀式になったら全員の蛇が覚醒しちゃうかも？　とりあえず個別に攻めた方がいいのかなあ」

ゆりはちょっとうきうきである。

「あの、王妃……なんでそんなにうれしそうなんですか？」

ヴィラはかなり戸惑っている。

「だって、ヴィラの蛇様にずっと会いたかったし、せっかくだから全員の蛇様に会ってみたいじゃない」

「あんな事件があったのに……」

「大丈夫よ。ミルキダスの蛇様もいい蛇様だったし、ヴィラの蛇様は、ステキな蛇様だったよ」

「ばかって言われたのに？」

「愛を込めて言われた」

「はああ……」

ヴィラには意味不明だったようだ。

「それに、彼とはずっと前から知り合ってる、そんな気がするの」

「私にはよく分からないですが……」


どうやら、ヴィラの気質もちょっと強くなったようだ。

「大丈夫かな？　なんか心配になってきた」

ゆりの体の蛇に他の男達がどういう反応を示すのか、ヴィラは不安に思いながらもゆりと別れたのだった。


ヴィラと別れた後、ゆりはすっかり元気を取り戻し、ハザークに会いに行こうと思った。

次の瞬間、ゆりはぱっと移動していた。目の前にハザークがいてかなり驚いている。

「え、ええ？」

「王妃！」

ハザークも驚愕して立ち上がっていた。

「ハザーク様、私、今、瞬間移動した？」

「ああ王妃……なんかすごいな」

ハザークはゆりの周りを回り、感嘆している。

「瞬間移動できたよ。すごいよ」

ゆりは飛び上がらんばかりに喜んでいる。

「そうだな。すごいな」

「やったあ！」

「よしよし」

ハザークはゆりを軽く抱きしめていた。

「ハザーク様、私、儀式できなかったんだ」

「聞いたぞ。気にすることはない。神は目が肥えすぎているんだから、その気にならなかったとしても当然のことだ。王妃は魅力的だぞ」

ハザークは優しくゆりを慰めていた。ラクシュミに何か言われたのかもしれない。

「向こうの王妃はきっと強引にハロルドにまたがったんだ。王妃はそんなことできないものな」

ゆりの左目が変わっていた。

「ハザーク様、私、強引にまたがってないけど？」

「いいんだ。わかってる」

「いや、わかってないと思う」

「しかし女に恥をかかせるなんて……黒目の王妃は随分自信をなくしているんだろうな。かわいそうに。王妃」

ハザークがゆりの左目に触れると、ゆりの両目が黒く戻った。

「今からかわいがってやるぞ。今晩は、王もかわいがるって言ってたぞ」

ハザークは、優しい瞳でゆりを見つめていた。

「そうなの？」

「我は、王妃をすごく抱きたいと思ってるぞ。何度だってしたいぞ」

（何か誤解してる？）と思ったが、ゆりは黙っていた。


こうしてゆりはハザークに愛されて、夜は夜でラクシュミに優しく愛された。ゆりの肌にいる蛇は、興奮するとさらに輝きを放っている。

「すごいな。なんて綺麗なんだろうな」

ラクシュミは喜んでいる。

「王様、私も」

蛇の目のゆりが表に出てきた。

「今日はもう十分した」

ラクシュミは満足した感じで寝転んでしまった。

「ひどい！　」

「お前はハロルドとしたんだからいいじゃないか」

「えーそういう問題じゃないでしょ。もー王様もハザーク様もひどいよ」

「明日な、明日。私は昨日寝てないんだ。寝かせてくれ」

ラクシュミは目を閉じてしまった。

蛇の目のゆりは頬をぶっと膨らませて、いじけて眠ったのだった。


つづく


１１部


目次