第29話
神の国である。ジンラの神殿の近くで、大きな布をしいてかわいい女神達が座っていた。
ルティアナ、キュリア、ネルの三人である。近くの木ではもっと小さい妖精達、ぶどうの木の妖精のライラと、その後生れた緑の妖精の二人が遊んでいる。
その下では、大きな金色の毛並みの犬が尻尾を振っていた。
緑の妖精はダーナが生んだ妖精なのだが、この二人は雰囲気がよく似ていた。男の子の方は女の子の側にいたいのか、ジンラの神殿の側にいることが多いようだ。
「男の子はなんて名前だっけ？」
ルティアナが聞いた。
「リーフ君よ」
キュリアが答えた。
「ライラちゃんにリーフ君か、かわいいねー」
ネルが何かに気づいておいでおいでと手招きしていた。少し離れた木の陰に、土人形のようなものが立っている。こちらも妖精である。
土人形は、おずおずと近づいて来ていた。
「あの子まだ土に入っているのね」
キュリアが言った。土の妖精ソルは恥ずかしがり屋で、土の中に入っていることが多いのだ。
「でもたまに出てくることもあるよ。あの子面白い力があるのよ。手から雷を出して花を咲かせるの。だから本当は土雷の妖精って言うんだって
アシュラン様が言ってた」
ネルが言った。
「手から雷？ すごいね。ヒルデリア様みたいじゃない？」
「土雷の妖精なんてかっこいい。あの子ヒルデリア様の孫みたいなものだから、力を受け継いでるのかな？」
とキュリア。
「ところで、私は切実に妹か弟が欲しい！ キュリアはずるいよー同じ時期にお母さんとひっついたのに、この差はどういうこと？」
ほのぼのしていたら、突然ルティアナが主張しだした。
「えへへ、ごめんねー」
キュリアはにやにやしている。
ハロルドとガーベラの子供は、キュリア、ジェイク、バリアス、そしてラーズとのミックスであるランスロットである。ルティアナにはうらやましくてならないのである。
「まあまあ、火の神殿も変わった妖精がいて賑やかだからいいじゃない」
とキュリア。
「確かにね」
ネルはライオネル似の妖精を思い浮かべて言った。
「もっと賑やかになりたいの！ お母さんもハロルド様とばっかり仲良くならないで欲しいわ」
ルティアナは口をとがらせていた。
大きな白い鳥が飛来してきて、何か袋を落として行った。開けてみると、中にピンクのサクランボが一杯入っていた。
「シロありがとう」
シロは空を旋回して、飛んで行った。
「お母さん、サラディン様とだって仲良くなってるんでしょ？」
ネルがサクランボを食べながら聞いている。
「そうだと思うんだけどねえ。こうなったらお母さんに直接頼んでやる〜〜」
とルティアナは燃えていた。
農園から歩いてきたジンラは女の子達に気づいた。女の子達は楽しそうだ。ここにいる子達は皆、最近生まれた子供達である。人間の年で10年ほどで、神の国はかなり賑やかになった。
子供が大勢いると、やはり世界が違ってみえる。子供達の笑い声を聞いているだけで、こちらも癒やされる。
（子供の当たり周期にでも入っているのかな？）
ジンラもハロルドもサラディンもオルガも、一万数千年一人きりの神として存在していた。自分を手伝う妖精達はいるが、時折孤独も感じていただろう。
子供と一緒にいる楽しさを知ってしまった今となっては、もうあの生活には戻れない。
バリアスがいなくなった時ハロルドは激しく落ち込んでいたが、ジンラももしアマンザがいなくなってしまったら、ハロルド以上に落ち込んで、神として今後の長い生を生きていくことも
嫌になってしまうだろう。
ジンラは微笑ましげに女の子達を見ながら、自分の神殿に向かったのだった。
その後、ルティアナは本当にガーベラに訴えていた。ガーベラは、「はいはい、がんばるわね」と答えている。
（サラディンとはたまに仲良くなっているけれど、儀式以降は淡々とした感じなのよねえ……サラディンとは付き合って間もないのに、もう熱々って感じじゃないなんて……）
元々サラディンは夜はあっさりしたタイプである。熱々の儀式の後遺症か、今はさらにあっさりしている。たまには子供以外で熱くもとめられたいものだ。
「あ、そうだ」
ガーベラはにやりとしていた。
（前にサラディンに媚薬を飲まそうとしたんだっけ。今度こそ飲ませてしまおうかしら。そして熱々で盛り上がりたい！）
「お花を摘んで来ましょう♪」
ガーベラはるんるんで花畑に向かった。
人間界である。
衝撃の儀式の失敗の夜から一晩経ち、ゆりの心も浮上している。瞬間移動もできるようになった黒目のゆりは、朝、念願の、子供達と追いかけっこをして遊んだ。
「あー感動、こんなにぴたりと思った場所に移動できるなんて！」
ゆりは大喜びである。紫の実の時以上に瞬間移動がしやすいのである。
「すごいね。僕よりも飛べるじゃない」
とラギも驚いている。
「その力はずっとなのかな？ それとも一時だけ？」
シスが聞いた。
「さあねえ、一時だけじゃない？ まさか死ぬまで続いたりしないと思うよ」
「じゃあ、消えたらまた神様と仲良くなったらいいんじゃない？」
ラギは笑顔で言った。
「子供はそんなこと言わないの」
「いいじゃん。一つ神様用の塔を作ろうよ。一番上はハロルド様、その下がラーズ様で、その下がジンラ様、その下はサラディン様で、一階はライオネル様用の部屋にするの」
「は？」
「僕らで考えていたらちょうどイシュタールが来てさ、是非サラディン様の部屋も作ってくれって。ライオネル様はもちろんロイの希望だよ」
「何も聞こえない」
ゆりはラギを無視して飛んで行った。
「あの子達一体何を考えているのかしら。全く」
子供達を探してあちこち移動していたゆりは、二階の廊下で若い戦士達にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい！」
「いえ」
ぶつかられた方の戦士はゆりの首を見て頬を赤く染めていた。
「マーはやく！」
という声が聞こえてきて、ゆりは「ごめんねー」と謝って子供達を追いかけていった。
「王妃様、すごく魅力的な人だな。あんなくっきりとした蛇がいるなんて」
「ミカエル様やシャナーン様が熱をあげてるはずだよなあ……」
密かに王妃様ファンが増えていたが、ゆりは知らないことである。
午後、ゆりは男達に集まってもらい、肌の蛇を見せることにした。個別で見せるのが面倒になったのである。一人ずつよりも、この方がいやらしさもないと思ったのだ。
男達は仕事の合間にそろって儀式部屋にやってきた。タオルに身を包んだゆりは、「ジャジャーン」とタオルを広げていた。
「おおっ」
「すごい！」
「金蛇が二匹もいる！」
ヴィラ以外の男達は見るのが初めてだったので、皆一様に感動し、驚いていた。
ハインリヒは絶句といった表情である。
「神様に愛されるとこんな効果があるんですね」
ジュノーが言った。
「一族の力が濃くなるみたい？ いつまでかはわからないけど」
「すごく綺麗ですね」
とフリット。
ゆりは恥ずかしかったのでタオルで体を覆っていた。
ミカエルはゆりの横に座り、ゆりの手をそっと握っていた。
「王妃、今回はすいませんでした」
「え？ 何が？」
「恋人として、もっと我々が王妃をその気にさせてあげていたらよかったなあと、私は後悔しましたよ。まさか、ハロルド様が王妃に何もしないなんて、王妃もショックだったでしょう」
「え？ いえ、別に……」
「神はきまぐれですから、気にしない方がいいですよ」
フリットは優しく言っていた。
「私全然気にしてないよ」
とゆり。
「最高にかわいい格好だったのに……」
ジュノーはまだそこを気にしていた。
「あ……ごめんね。みんな盛り上がってたのに、なんだか……」
ゆりは申し訳ないような気分になった。
「王妃、かわいくおねだりする練習をしましょう」
ミカエルが真顔で言い出した。
「はあ？」
「食べ物をねだる時はかわいく言ってるんでしょう？ そういう感じで誘わないとだめですよ」
ゆりはぽかんとしている。
「あの、みんな、私が儀式ができなかったのがショックなのか、ハロルドと何もなかったのがショックなのか、どっちなの？」
ゆりは男達を見回して聞いた。
「もちろん、何もなかったのがショックです」
とミカエル。
「えー？ そうなの？」
「そうですよ。我らがかわいい王妃なんですよ。ガーベラでしようだなんて、失礼ですよ」
とジュノー。
「私は王妃が元気なら、どちらでもいいですが……」
とフリット。
「ハロルド様は、王妃が愛おしすぎて手が出せなかったんですよ」
シャナーンが言った。
「もう一人の王妃は愛おしくないのか？」
ジュノーが突っ込んでいる。
「両方愛おしいに決まってます。あ、もしかしたら、一晩で両方愛するのはもったいないと思われたんじゃないんでしょうか」
シャナーンはそうに違いないとばかりに言っていた。
「それはあるかも。次のお楽しみだと思ってるのかもしれないですよ。王妃」
ミカエルの目が輝いている。なぜ輝いているのかゆりにはさっぱり不明だった。
「ハロルド様はあんなに王妃のことを愛しているんだから、またいらっしゃるだろう」
とイシュタール。ミルキダスは男達のやりとりに口を挟まず、ヴィラは横を向いてぷっと笑っていた。
どうやら、今日は誰かの蛇が覚醒する、なんてことにはならないようだ。
ゆりの左目が蛇の目に変わった。
「みんな、私はハロルドにまたがってないからねー誤解しないでね」
「何を言ってるんです。またがるくらいの気で相手をしなきゃだめですよ」
逆にミカエルにはたしなめられていた。
「でもハロルド様を誘惑できたんだからよかったですよ。今日はこれからあちらの王妃を慰める会に移行しますんで、王妃も参加してください」
「どんな会？」
「もちろん、裸で慰める会ですよ。あわよくば、女蛇もくるかもしれないじゃないですか」
「そうなんだ。楽しそう。あ、そーうだ♪」
蛇の目のゆりは何かを思いついてにんまりしていた。
黒目のゆりが気づいた時には、真っ裸でベッドの上だった。しかも、両脇にパンツ姿の男がいる。
「ええ！？」
「今日は王妃を慰める会なんで、いっぱい感じてくださいね」
ミカエルは何かぬめっとしたものをゆりの肌にぬっていた。
「え？ あれ？ それ……」
「ガーベラ様にいただいたんですって？ 内緒にしているなんて水くさいですね」
反対にいたジュノーが言った。
「え？ なんで知ってるの？ まさかあっちが？」
どうやら塗られているのはラーズにもらった物のようである。蛇の目のゆりは、「ガーベラにもらった」と言ったのだろう。
「あちらの王妃は散々気持ちよくなって交代したところなんですよ」
とハインリヒ。
「王妃も気持ちよくなりましょうね」
ハインリヒはゆりの足を広げて、指で興奮剤を体の中に入れていた。ぬめぬめしたものが体の中に入ってくる・
「あ、ちょ……うぐ……」
ミカエルがゆりにキスしている。ジュノーはゆりの胸をなでていた。
「ん……ん……んー！」
ハインリヒの指が体の中で動き、ゆりは早々に感じてしまっていた。
「ちょっともう……いきなりやだあ……」
「かわいい。王妃、今日は感じまくってください」
とハインリヒ。
「ジュノー様そろそろ」
シャナーンが訴えて、ジュノーとシャナーンが入れ替わっていた。
「ああ王妃……」
シャナーンはゆりの胸をなでて、金色の蛇に口づけている。
両方の胸をなで回されて、ハインリヒに指でされたゆりは、また腰を浮かせていた。
「ちょ、それもうだめ。気持ちよすぎて変になっちゃうから！」
「もっと変になってください」
とハインリヒ。
「だめだったら……」
ゆりはシャナーンの瞳が蛇の目になっているのを見た。シャナーンの肌のところどころに紺色の蛇の模様が見える。
蛇様なのか。シャナーン自身なのか……わかんないけど、ぞくぞくする！
「気持ちいいですか？ 王妃」
「うん……」
ゆりの体からはすっかり力が抜けて、もう男達のなすがままだった。
シャナーンはゆりに口づけた。ミカエルはゆりの胸の先をなめている。
「このまま入れたら気持ちいいだろうになあ」
ハインリヒはすっかり愛液があふれた場所を指でなで回しながら言っていた。
ゆりの匂いも官能的だったが、男達の変化も以前とは違っている。
「変化もすごくなってきたなあ……」
シャナーンの変化に気づいたイシュタールは横のミルキダスを見て、「わっ」と驚いていた。ミルキダスも変化している。肌のところどころに鱗の模様が出ていた。
「ミルキダスなのか？ 蛇さんなのか？」
「私です。王妃が綺麗なんでつい……」
「仲間に入りたいような、怖いような……」
蛇の覚醒がまだのフリットはつぶやいていた。
「ヴィラも蛇さんがでたんだろ？ ジュノーも？」
イシュタールが聞いた。
「私は力が上がっただけなんですよね。シャイなのかも？ ヴィラはどんな感じ？」
「別に変わりはない。あ……」
ヴィラはゆりの変化に気づいた。
ゆりがシャナーンと舌をからめる濃厚な口づけをしている間、ゆりの肌に変化が現れていた。金色の二匹の蛇とは別に、肌のところどころに銀色の鱗が出ていたのである。
「女蛇が降りてきましたね」
ヴィラが言った。
「儀式になるな。どうしよう。帰った方がいいかな」
イシュタールは迷い顔である。
「いればいいじゃないか」
フリットが言った。
「布団が焼けるかもしれないし……」
シャナーンから顔を離したゆりは、「だれも降りてないわよ」と言った。
「誰か来てますよ」
とジュノー。
「だれも来てない。気のせいよ」
ゆりは言い張っていたが、体には銀色の模様が出ている。
「どうかしたんですか？」
ミカエルが聞いた。
ゆりはちょっと考え込んで、ミカエルをちょいちょいと呼んでいた。ミカエルが耳を寄せた。
「実はね、この近くにいい蛇霊神がまったくいないの。だから儀式をしてもしょうがないの」
ゆりはぼそぼそと言った。
「そうなんですか？ まあ、無理ならいいんですよ」
ミカエルは微笑んでいる。
「でもそれじゃわたくしのプライドが許さないから、来てないったら来てないの」
「わかりました。だれも来てないことにしましょう」
ミカエルが言った。
「こらー」
ゆりは即座に反応している。
「儀式にならないんじゃだめでしょ」
「別にいいですよ。今日は王妃を慰める会ですし、蛇が呼べたらラッキーくらいでしたし」
「ええー！」
「楽しんで帰っていただいたらいいじゃないですか」
とハインリヒ。
「ええー？」
「だって、王妃はまだ足りないでしょ？」
「うー……あれはもう使っちゃだめ。変になっちゃうから。今日は夜王様と過ごすから、跡はつけないでね」
「わかりました」
「みんな女蛇に甘いんだから……」
ゆりはぶつぶつ言っていたが、やめたいとは言わなかった。
「ミカエル〜」
ゆりはミカエルに抱きついていた。
「王妃〜」
ミカエルは抱き返している。ゆりは散々ミカエルとキスして、その後ハインリヒにひっついていた。
「また来年きてもいいですよ」
ハインリヒはゆりの耳元でぼそぼそと言った。
「なんのことかわからないわ」
「そうですか？」
「あなたの名前も忘れちゃったし……」
とかいいながらゆりはハインリヒに体を密着させている。
（乙女か！）
とゆりは女蛇に突っ込んでいた。
『うるさいわね。あなたにはわからないの？ ミカエルにはハインリヒとのことは知られたくないっていう、この女心を』
（はいはい）
「ところで、なんか、前とシャナーン違ってない？」
ゆりはシャナーンの腕をなでながら言った。
「あ、あっちの赤蛇も違ってる！ 力が濃くなってる。私に気に入られようとがんばったのね？」
ゆりの中の女蛇はちょっと感動していたので、ゆりは（そんなわけない）と思ったがつっこまなかった。
ゆりはミルキダスを呼んでいたのでミルキダスはベッドに近づいた。
「赤蛇君、かわいい」
ミルキダスはどう反応していいやらわからない様子で突っ立っていたので、ジュノーが（のれのれ）とジェスチャーしていた。
「私のためにがんばったんでしょう？」
「は、はい」
ミルキダスはとりあえず肯定していた。
「いじらしい男ってかわいいから好き。赤蛇君も来て」
「はあ」
ミカエルとハインリヒがベッドから降りて、ミルキダスとフリットが上がっていた。
「青蛇君ももっと出てきて」
ゆりはフリットに言っている。
「王妃ももっと気持ちよくなってくださいね」
「うん♪」
今日の女蛇は男の選り好みはせず、とりあえずみんなとひっついていたので、ゆりはそれにほっとしていた。
男達がそれぞれ変化しても、イシュタールは興奮を抑えようとしているのか、変化しなかった。
部屋の中は妖しげな匂いが充満していた。少しいるだけでくらくらするほど甘美な匂いである。男達の体は否応なしに興奮し、
ゆりは男達に手と口で奉仕を続けていた。ゆりも興奮剤の余韻もあり、かなり感じまくっている。女蛇は今日は嫌がってないようだ。
「イシュタールも変化して」
ゆりはイシュタールの下半身をなでながら言った。
「王妃、でも……」
「布団を焼いてもいいから」
「おうひ……」
イシュタールの胸に、もう一匹赤い蛇が現れた。
「冷やしてやる」
フリットが片手をあげると、イシュタールの周りの空気が下がっていた。男達がフリットに注目している。フリットの肌に、いつの間にか青い鱗の模様が現れていた。
「フリットの蛇さんも出てきた？」
ゆりが聞いた。
「私自身ですよ。ゆりチャン」
フリットが言った。
「いや、蛇さんだよ」
ゆりはフリットに抱きついた。フリットはゆりの髪をなでなでしている。
「私に言われて力が強くなるなんて、なんていじらしいのかしら」
女蛇はかなり感動しているようだ。
「私のもいつか出てくるのかな？」
ミカエルは自分の肌を見たが、そういう変化はない。
「ミカエルは無理しないで。そのままでいいのよ」
ゆりが言った。
「私の蛇には会いたくないんですか？」
「ミカエル本人の方が好きだからいいの」
とゆり。
「はあ」
（あれ？ 女蛇は何か恐れてる？）
―ミカエルの蛇に何かあるの？
ゆりは女蛇に聞いてみた。
『今のミカエルが好きなの』
―ふーん……
「私、もう行くね。今日はとっても感動したわ。また来てあげてもいいわ」
女蛇は最後まで偉そうに言い、やはり呪文も何も言わずに去って行った。
部屋の中の興奮度は一度下がっていた。ゆりは失神せずに、この状況にかなり恥ずかしく思っている。ミルキダスがゆりの体に大きなタオルをかけた。
「ありがとう。ねえ、私、儀式の時はどうして体に精液をかけさせてるんだと思う？」
ゆりは今頃になって疑問に思っていた。なぜか儀式の時はそうしたいと思ってしまうのである。男達は普通の姿に戻っていた。
「きっとおまじないなんですよ」
ハインリヒが言った。
「おまじない？」
「強い子供が産まれるおまじないですよ。本当は中でもらうものですけど、王妃はそれをしたくないので外でもらってるんでしょう」
「そうなのかな？」
「そんなおまじないがあるのか？」
ミカエルがフリットに聞いた。
「おとぎはなしにあったかもな」
とフリットが言った。
「それって王族限定とかそういう感じのやつなのか？」
ミカエルがハインリヒに聞いた。
ハインリヒは服を着ながら、
「そういうわけじゃない。本当は、蛇つきの男が妊婦に施すおまじないなんだ。七晩、蛇つきの男が妊婦の元に通う。そうして生まれた子供の魔力は通常より高いようだ」
と言った。
「蛇つきの男？ なんかそういう話読んだことがあるかな？」
イシュタールは記憶を思い起こしていた。
「おとぎ話にそういう類いの話はいろいろありますね」
とジュノー。
「蛇つきの男は何のためにおまじないをするの？」
ゆりが聞いた。
「さあ、何のためなんでしょうね」
「実際に、おまじないをされて産まれた子供とか、いるの？」
「いますよ。私」
ハインリヒが自分を指している。
「え？」
「母が私を妊娠中にそういうことがあったそうなんですよ。父に蛇がついてたらしく、母は妊娠中なので嫌がったらしいんですが、『おまじないだから』って言って母を説得したそうですよ。
父はいろいろ古い言葉も話してたそうなので、蛇つきだったのは間違いないようで、産まれた私の魔力は父以上に高いので、おまじないの効果はあったのかな、と」
「へー……」
初めて聞く話だったので、ゆりは驚いていた。
「この話、話したのは初めてですよ」
「そうなんだ。ハインリヒの力の秘密にはそういうこともあったんだ」
「……部屋のすみに何かいますよ？」
ミルキダスが言った。
ベッドとは反対側の部屋の隅っこに、黒いものがいる。男達とゆりがそれをじーと見ていると、黒いものはひょこっと近づいて来て、ちょっとこちらの様子をうかがっていた。
「蛇霊神ですね」
ヴィラが言った。
「弱そうですが」
とジュノー。
黒っぽい蛇霊神で、見るからに弱そうな小さな蛇である。体に入れてもあまり力があがるとも思えない。
蛇はもうちょっと近づいて来た。ゆりを気にしているようだ。
「体に入れて上げますか？」
フリットが聞いた。
「そうだね。蛇ちゃんにもいろいろいるんだもんね。おいでおいで」
ゆりが手招きすると、黒い蛇は喜んだように鎌首をもたげて、ぴょんとベッドに飛び乗り、ゆりの中にするりと入った。
「あ、これで儀式完了」
ゆりはそういうと、目を閉じてベッドに寝転んだのだった。
その後、ミルキダスとフリットがゆりの体を運んで、洗っていた。
ミルキダスはフリットを気にしている。
「なんだ？」
フリットが聞いた。
「いえ、大丈夫かなと、さっき、肌の蛇が出てきていたから」
「大丈夫だ。きっと、私の蛇は私と似た性格のやつなんだろう」
「そうですか」
「綺麗になった」
フリットはゆりの体をタオルで拭いた後、ゆりの胸にちゅっとキスしていた。
一方部屋では、服を着たミカエルが、「自分の蛇が気になる〜」とぼやいていた。シャナーンはすでに消えている。
「私も力が強くなりたいなあ。一人だけ何もないなんて」
「私も何もないが」
とイシュタール。
「お前はすでにいろいろあったろ」
ヴィラはハインリヒを見ていた。
「なんだ？」
ハインリヒが聞いた。
「おとなしかったですね。あなたの蛇」
「喧嘩でもふっかけてほしいのか？」
ハインリヒは不敵に笑っている。
「そうじゃなくて、王妃の蛇を見ても出てこなかったから言ったんですよ」
ハインリヒの蛇達が金蛇に一番思い入れがある蛇に違いないが、ゆりが見せてもさほど反応しなかったので、ヴィラは疑問に思ったようだ。
「感動の再会は二人きりの方がね、いや、４人きりか。じゃあな」
ハインリヒは消えた。
「ヴィラの蛇ってどんな性格だ？ 体を乗っ取られる心配はないのか？」
ミカエルがヴィラに聞いた。
「さあ、私の蛇は、そう私と性格は変わらないみたいですよ」
「ふーん、ミルキダスは結構変わってたけどなあ。私の蛇もきっといいやつだと思うんだが」
「出てこないなら出てこないでいいんじゃないですか？ 私も出てこないし」
とジュノー。
「仲間はずれは寂しいじゃないか」
「まあ、それはそうですけどねえ……」
「なあ、もし私の蛇が出てきたら、へびっちのことをどう思っているか聞いてくれ」
イシュタールは皆に頼んでいた。
ゆりは夕方には目を覚ましていたが、髪はちょっと伸びただけだった。
「なんか半端！」
お腹がぐーと鳴っていた。
「おなかすいた。久々の儀式で疲れちゃった。今日はしみじみと盛り上がった感じだったな。あの女蛇さん、ちょっと丸くなったかも？ あ、そういえば蛇さんの匂いは毒だっけ？
匂うのかな？」
ゆりは自分の肌のにおいを嗅いでみたが、石けんの匂いしかしなかった。
「大丈夫かな」
「おーうひ」
横を見るとベッドの側にハインリヒが立っていたのでゆりはびっくりした。
「いつからいるの？ びっくりしたー。ねえ、今日はあの女蛇の危ない匂いはしない？」
「そういえば、今日はさほど匂わなかったですね」
「そうなんだ。ミシェイラにくさいっていわれないかな？」
「王妃、今晩は王と過ごすんでしょう？ 明日は私が予約を入れますから」
「え？」
「夜、こっちに来てくださいね」
「夜？」
「夜。肌越しに妻に会わせてあげてくださいよ」
「妻？」
「金蛇は、我らの蛇にとっては妻ですよ。儀式じゃなく、二人で会いたいんです」
「確かに、会わせてあげたい気はするけど……昼じゃだめ？」
「明日は仕事ですもん。体には入らないからいいでしょ？」
「うん……ミカエルには絶対内緒だからね」
「わかってますよ。じゃあ約束ですからね」
ハインリヒは消えた。
「妻かあ……すごい多重婚。金蛇達って、それぞれ相手が決まってるのかしら。それとも、どちらもみんなとひっついていたのかな？」
それはゆりにも分からない。
「今日はしょぼい蛇しか入らなかったけど、今まで通りの儀式ができてよかったかな」
ゆりはそれにほっとし、ベッドから降りたのだった。
つづく
１１部
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