第３０話

ラクシュミと仲良くした夜、ゆりは夢を見ていた。神の国の夢ではない。

夢の中にはもう一人の自分と、白いぼんやりした子供がいた。そして宙を漂っている蛇が２匹いる。一匹は大きくて長い蛇、薄く鮮やかな七色に分れた蛇、もう一匹は細くて小さい蛇である。

子供は蛇に両手をあげている。

「蛇霊神だ。ラーズの時の蛇ってこんなに大きい蛇だったんだ」

黒目のゆりは宙を漂う蛇を眺めていた。

「こんなに小さくても蛇霊神になれるんだねえ」

蛇の目のゆりは黒い蛇霊神を眺めていた。

「蛇霊神は大昔に死んだ蛇なんだよね。この子も大昔に死んだのかな」

「力がある蛇しか蛇霊神になれないって思ってたけどね」

蛇の神というよりは、ただの蛇の霊というほうがしっくりくる。

「ナナミとロイの二人の蛇霊神ってすごいんだろうね。あの二人には一杯はいったもんね」

「そうね」

黒目のゆりは子供をだっこした。

「あなたは男の子？　女の子？」

性別はまだ分からないようだ。

「上にお姉ちゃんとお兄ちゃんがいっぱいいていいね。きっと楽しいよ」

子供は手足をばたつかせていたので、ゆりは下に降ろした。

蛇の目のゆりは子供と手をつないでみている。

「レーヌの名前は王様が決めたんだっけ。この子はだれが名前を決めるのかな？」

「王様はレーヌが自分で決めたって言ってたけど？」

蛇の目のゆりは笑っている。

黒い蛇が黒目のゆりの側でじーとゆりを見ていた。

「なあに？」

蛇は何か言いたそうな顔付きである。

「しょぼいって言って怒ってるんじゃない？」

蛇の目のゆりが言った。

「え？　そうなの？　ごめんなさい。つい……もしかして傷ついたの？　ごめんね。蛇霊神になれただけでもすごいもんね」

黒目のゆりがあわてて謝ると、黒い蛇は違うとばかりに首を横に振っていた。

何か声が聞こえてきた。


『何これ、これが蛇霊神？　こんなのいらないわ！』

『あっちに行ってちょうだい』

『必要ないわ』

『ごめんなさい。あなたはいらないの』


次々と聞こえてくるのは女性の拒絶の言葉である。

「これ、今までの巫女の声？」

蛇の目のゆりがそれに気づいた。

「今まで散々拒絶されたんだ。かわいそう」

と黒目のゆり。

「まあ、巫女にとっては、どれだけ良い蛇を入れるのが重要なことだろうからねえ。弱い蛇をいれたって、巫女の評価にはつながらなかったのかもね」

「そう。辛かったんだね」

黒い蛇はうなずいていた。

「来てくれてありがとうね」

黒目のゆりが優しく言うと、黒い蛇が口を開けた。口の中に何か玉のようなものが見えた。

「何かある？」

「何？」

二人のゆりが蛇の口の中をのぞき込んでいる。黒蛇は口の中のものを落とそうとしたので、二人のゆりがあわてて手を出していた。手の上に落ちたのは透明な水晶玉みたいなものだが、

直径３センチほどの小さいものである。

「なんだろう？」

「水晶？」

黒蛇がドロンと人に化けたので、二人のゆりは「わっ！」と驚いて尻餅をついていた。

目の前に現れたのは金色の髪の若い男である。眉が隠れるほどの髪はストレートでさらっとしている。整った風貌だが、自分に自信がありそうな目つきである。

黄色系の衣服で、二人のゆりが注目したのは、男の頬から首に見える金の蛇の鱗の模様だった。それがなければ一瞬神様かと思ったかもしれない。

「あー長かったー！」

男は両手を上にあげて大きく伸びをしていた。

「まさかこんなに長くかかるなんてよー参ったぜ。ようやく呪いが解けた。ありがとな」

男はとてもうれしそうである。

二人のゆりは口を半開きにしたまま男を見上げていた。ちなみに子供の方は男にはまったく興味がない様子で、虹の蛇を気にしている。

「……え、えー？　のろいって？」

黒目のゆりはきょろきょろ周りを見たが、先ほどまでいた黒い小さい蛇はいなくなっていた。

「昔よ、ある女を寝取ったらその女の恋人にえらい怒られちまって、あんな姿に変えられていたんだよ。だれも俺に気づかないし、だれも受け入れてくれなくて、ほんと辛かったわ。

もうすっかりあきらめていたんだ。これでようやく自由だー！　本当にありがとな、お礼にそれあげるわ。守り玉、子供が産まれたらもたせな。厄災から守ってくれるぜ」

男は黒目のゆりが持っている水晶を指した。

「あ、ありがとう」

「じゃあなー」

男の姿は消えてしまった。黒目のゆりは腰をぺたんとつけたままだった。驚きすぎて立てないようだ。

「あの人は、蛇霊神じゃなかったのかな？」

「そうみたい？」

「びっくりしちゃった」

「いい男だったなあ」

最後に言ったのは蛇の目のゆりである。

「ハザーク様を若くして、髪型を変えたらあんな風じゃない？」

「えーそうかなあ？　もっとかわいい感じだったよ。金髪だったから、一瞬神様かと思っちゃった」

「あはは、なんか雰囲気がある蛇さんだったねえ」


ゆりは起きてから、その話をラクシュミに聞かせた。夢のような話だが、目覚めたとき、ゆりはしっかり水晶玉を握りしめていたのである。

「あの人はどこにいったんだろうね」

「さあな、結局蛇の霊なのか？」

「さあ、名前も聞きそびれちゃったし……よくわからないわ」

ゆりは男のことが気になったが、もういないので、探しようもなかった。


朝、王の休憩室を掃除しようとしてやってきた二人の侍女の元に、男が現れていた。

「お姉さんたち、お願い、どっちか俺の相手をして、女断ちが長くてもう死にそう」

「はい？」

侍女二人は、突然現れた金髪の男に驚いていた。

「ねー、お願い」

「この人どなた？」

「さあ？」

二人の侍女は怪訝な表情であるが、怪しい男はこの城には入れない。しかも男の肌に蛇の鱗の模様がみえるのである。結構いい男である。

「ねー行こう」

男は一人の侍女の袖をちょっと引っ張っていた。

「私達お仕事なので……」

もう一人が言ったが、「でも、一族の方の相手をするのもお仕事では？」と侍女が言い出した。

「え？　でも、この人一族の人じゃないし」

「蛇の鱗があるし、一族の人ですよね」

「そーですよ。生粋の蛇ですよ」

と男は言っている。

「ほら」

「空いてる部屋に案内してくれる？」

「はい」

侍女はさっさと男を連れて行ってしまった。残された侍女は、ぽかんとしている。

「変な男だったわねえ」

一族の男は基本淡泊すぎるために、ああいうノリの男はかなり珍しいのである。


昼過ぎになり、ラクシュミの元にメイド頭がやってきた。王の侍女を束ねている一族の女である。

「王様、妙な男が城の中にいるんですが、ご存じですか？」

「妙な男？　いや、知らないが、どんな男なんだ？」

「金髪で、背はそこそこ高くて、顔は結構ハンサムらしいんですが、本人は一族の男だと言っているようなのです。その男が朝から侍女を５人も寝室に引っ張り込んでいるもので、

侍女達がもう浮き足立っちゃって、皆仕事も手につかないようで困っているんですよ」

「５人？」

ラクシュミはとりあえずそこに驚いていた。ラクシュミは城に結界をはってあるので、怪しい男など城にはいないはずである。いるとすれば神様しかない。

「まさかハロルドが？」

ラクシュミの背筋が寒くなっていた。

「いえいえ、違います。そんなばかな」

メイド頭はあわてて否定している。

「驚いた。今男はどこにいるんだ？」

「６人目と部屋にこもってます」

「うーん……無理矢理ってわけじゃないんだろ？」

「侍女を無理矢理手ごめにしているわけではないです。侍女達は、むしろ喜んでるくらいで」

「そうか」

だが、このままほってもおけない。ラクシュミは自分で行くのがいやだったので、ミカエルに行かせた。


三十分ほどで、ミカエルが男を連れてやってきた。男は確かに金髪である。普通の一族の男ではない。

「あ、お前、人化する蛇じゃないか？」

男を一目みて、ラクシュミはそう気づいた。

「どーもどーも」

男は適当に挨拶していた。

「王様にたいして失礼だぞ」

とミカエル。

「俺の王様じゃないし」

「どこから現れたんでしょうか？　変な男ですよね」

とミカエルも不思議がっている。

ハザークが王の間に現れた。ラクシュミが呼んだのである。

男はハザークを見て、「わっ」と横に飛び退き、ハザークの顔を見て、「あ、違った」と言った。

「びっくりした、姉ちゃんかと思ったわ」

「お前、だれだ？」

ハザークも初めてみる男だったようである。

「お前も知らないのか？」

ラクシュミが聞いた。

「全く知らんが……なんか妙な感じがする」

男はハザークの顔を横目でチラチラ見ている。

「お前、名前はなんというんだ？」

ラクシュミが聞いた。

「言わねえ。もう魔法をかけられたくねえ」

「魔法なんてかけない」

「絶対か？　でも、王様あまり魔力なさそうだから言っても平気かな？」

ミカエルがぺしっと男の頭をたたいていた。

「いてっ」

「お前、失礼すぎるぞ」

「だってよー」

男は頭をかいている。

「名前はディーンだ。よろしくな。王様と、家来達」

男はラクシュミを見て、次にミカエルを見ていた。

「本当になんて失礼なやつだ。お前、どこから来たんだ？」

ミカエルは頬を引きつらせて聞いた。

「いやー長い長い旅だった。あの巫女ちゃんが引き受けてくれなきゃ、俺は一生あのままさまよっていたんだろうな」

男は思い出すように目を閉じている。

「巫女ちゃん？　王妃のことかな？」

「ん？　あ？　なんかゆりが朝言ってたぞ」

ラクシュミは朝のことを思い出した。

「えーこいつ王妃に手を出したんですか？」

ミカエルが驚いている。

「そうじゃない。昨日儀式で降りてきた黒蛇だ」

「え？　黒蛇？　あの小さい細いやつ？」

「そう、小さい細いやつが俺だったんだよ」

ディーンは自分の胸をびしっと指していた。

「えー？」

「ディーン、ディーン……なんか聞いたことがあるような気がするが思い出せない」

ハザークは頭を押えている。

「お前俺の姉ちゃんに似てるわ」

ディーンが言った。

「姉ちゃん？　名前は？」

「ディラネイラ」

「あー！？」

「あ、もしかしてこいつ、お前の親戚じゃないか？」

ラクシュミが言った。

「え？　そうなの？」

ディーンも驚いている。

「我の母親がディラネイラだ」

「えー姉ちゃん子供がいたんだ？　びっくりだ、よろしくな、甥っ子よ」

ディーンは偉そうにハザークの肩に手を当てた。二人が並ぶとハザークの方が背が高い。

「なんか変なやつがでてきましたね」

ミカエルがぼそっとラクシュミに言った。

「お前、生きてるのか？」

ハザークは不思議そうに男を眺めている。見たところ、霊ではないようだ。だが、ディラネイラの弟が今まで生きているなどありえないことである。

しかも、今まで全く噂すら聞かなかったのだ。

「おう、生きてるぜ。っていうか、しばらく死んだようになってた。いや、ほぼ死んでた？　魔法で姿を変えられていたんだ。　あの姿で女に受け入れられたら魔法がとけるって言われて、

途中から蛇寄せの儀式なんてものが始まってそれにも行ってみたが、ずっと女に拒絶されて辛かったぜ。もうすっかりあきらめて、消えてる時期もあったな」

「なぜ元に戻ったんだ？」

「巫女ちゃんが受け入れてくれたからだ」

「巫女ちゃん？」

ハザークは先ほどのミカエルとラクシュミの話を聞いていなかったようだ。

その時ゆりが王の間にやってきた。

「侍女から何か聞いたんだけど、あーやっぱりあなただ！」

ゆりは男を見てやはりと言った顔付きである。

「えー生きてるの？　霊なの？　どっち？」

「生きてるよ」

「ゆり、彼はハザークの親戚らしいぞ」

「えー！！！」

ゆりはかなり驚きまくっている。

「ハザーク様、親戚に会えてよかったね」

ゆりは感動してハザークを見た。ハザークはあまりうれしそうな顔付きでもない。

「いつ呪いをかけられちゃったの？」

「さー、あの時は姉ちゃんに子供はいなかったよ」

「随分前だな。一万年近くも魔法をかけられていたのか？」

ハザークは同情するよりも呆れた顔つきである。

「そうなのか？　なんか、もうよくわからんわ。とりあえず女が抱けてうれしかった。久々に生き返ったぜ」

ディーンは満足げだった。

「だれを抱いたの？」

ゆりが聞いて、「王の侍女達です」とミカエルが答えた。

「え？　王の侍女！？　なんで？」

ゆりの左目が変わっていた。

「巫女ちゃんが手を出してほしかった？　気づかなくてごめんね」

ディーンはゆりに近づこうとしてミカエルに引っ張られている。

「そうじゃなくて、王の侍女に手を出さなくてもいいでしょ。他の女にして」

「まあまあいいじゃないか。侍女から苦情は来てないし、それとも何か？　お前が自分の男にしたいのか？」

ラクシュミがゆりに聞いた。

「違う違う。そうじゃないわよ」

蛇の目のゆりはハザークを気にしながらもあわてて手を横に振っている。

「なあ、他に人化する蛇はいるのか？」

ディーンがハザークに聞いた。

「霊ならカーライルがいる。今は出張中だが」

「カーライル？　あの水蛇もいるの？　昔あいつの彼女を寝取ろうとして、水責めにされたことがあんだよなあ……」

ディーンは頭をかいていた。

「寝取るのが好きなの？」

蛇の目のゆりが聞いた。

「あの頃は若かったもんでね」

「王妃、絶対にこいつと二人っきりにはならないでくださいね。王、この蛇、城におくのはまずいですよ」

ミカエルは危険を感じまくっているようだ。

「これからは自由にするよ。巫女ちゃん、おれに会いたくなったら狼煙をあげてくれ。城に来るからな。じゃあな」

ディーンは片手をあげて、すたすた王の間を歩いて去って行った。

「……狼煙ってどうやってあげるの？」

ゆりはつい聞いて、ハザークとミカエルににらまれていたのだった。


「まさかディラネイラの弟が出てくるとは……」

ハザークは信じられないといった顔付きである。

「お前が産まれる前にあいつは魔法をかけられたってことか。こんなに長い間魔法にかかってるなんて、当時の魔法使いはすごいな」

ラクシュミは当時の魔法力の高さに感心している。

「いやはや……本当に驚いた」

「王妃、ぜっっっったいに二人きりにならないでくださいね。あいつ、超絶倫ですよ。なにせ半日で６人もの女とやってたんですから」

ミカエルはただゆりのことだけ心配していた。

「えーすごいね。でも、ハザーク様の親戚が生きてるってのがすごいね。本当によかったねハザーク様」

「うーん、いいのか悪いのか、もうさっぱりわからん」

ハザークは驚きすぎてそういう判断もできないまま、去って行ったのだった。


王の間から去ったディーンは、庭園にいた。大きく伸びをして、久々に人になれた喜びを満喫している。

「あー、しかし、蛇の間って俺の意識は全くなかったんだよなあ。姉ちゃんの子供がいるのも全然知らなかったわ。姉ちゃんが死んだのも気づかないまま……

姉ちゃんは俺を探してくれたのかねえ。心配かけちまったかな。こんなに月日が経ったなんてびっくりだ」

ちょんちょんと腕をつつかれて、ディーンが横をみると小さい子供が二人いた。ミシェイラとレーヌである。

「おにーちゃん、だれ？」

ミシェイラが聞いた。ミシェイラには、ハロルドやラーズよりも若く見えたようだ。

「俺？　ディーンっていうんだよ」

「かっこいいね」

レーヌがにこにこして言った。

「髪さらさらね」

「クーのほうがいいよ」

ミシェイラが言っている。

「なにしてるの？」

レーヌが聞いた。

「自由を満喫中だよ。お兄ちゃん今まで縮こまっててすごく辛かったんだ」

「かわいそーね」

「そうだろ？　久々に人と話せてうれしいったらないぜ」

「よかったねえ」

「そーだ、変身みせてやろうか？」

ディーンがにっと笑って言った。

「へんしん？」

ディーンは東屋から出ると、どろんと地を這う蛇に変わった。金色の大きな太い蛇である。

「わー！　パパみたい！」

「すごい！」

二人は喜んでいる。

『のってもいいぜ』

声が聞こえてきて、二人は蛇にまたがっていた。すると蛇の胴体が上下にうねうね動いて、二人の体が上下に動いていた。

「きゃは」

「きゃははは！」

二人は大喜びである。大蛇はそのまま庭園を這って移動していた。

「たのしいー」

「きゃはは」

しばらく二人の笑い声が響いていたのだった。


その夜、ゆりはハインリヒと約束していたのだが、ディーンの登場ですっかり忘れて、つい王の寝室で寝てしまった。

翌朝、「王妃、約束って言ったでしょ！」とハインリヒに怒られて、ゆりは「ごめーんすっかり忘れてた」と言ってハインリヒに睨まれていたのだった。



つづく

目次

１１部


ディーン　　ハザーク様とは違って生粋の蛇、かなり女好きみたいね。