第33話
昨晩まったく眠れなかったゆりは、昼寝中だった。夢の中、金髪の二人の女と、二人のゆりがいる。
黒目のゆりは寝転んで背中を向けていた。
「まずいわ。リヒリヒに怒られる」
人化した金蛇の一人が困った様子で座っていた。
「ハインリヒとの時はどうして行かなかったの？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「あの時は、そこまでの気はなかった。肌から出る気もなかったし、昨日はつい。大体あなたが興奮しすぎるから悪いのよー」
金蛇は寝転んでいるゆりを見ていた。
「こうなったら、ばれる前にハインリヒの蛇と仲良くなったら？」
蛇の目のゆりが提案している。
「でもその後は全員の蛇と仲良くならなきゃ。まだ覚醒してないジュノーとイシュタール、ミカエルはどうしたらいいかなあ」
蛇の目のゆりはぶつぶつ言っていたが、黒目のゆりは寝転んでいるままである。
「ちょっと、いつまでいじけてるのよ」
「だって、青い蛇は私のだって言ったのに」
黒目のゆりは背中を向けたままつぶやいていた。まだ気にしているようだ。
「仕方ないでしょ。私達は赤い月を一緒に過ごせないんだから」
「大体あなたが悪い。私達がこうならなければ、あんなことにはならなかったんだから」
金蛇はびしっと蛇の目のゆりを指していた。
「え？ 私？ でも出られてうれしいんじゃないの？」
「私達はここぞって時に出るものなの。ずっと出てるもんじゃないの」
「そうなの？ まあしょうがないじゃない」
「それよりリヒリヒはどうするの？」
もう一人の金蛇が聞いた。
「こちらから誘惑しちゃえば？」
蛇の目のゆりは気軽に言っている。
二人の金蛇はじろりと蛇の目のゆりを見ていた。
「リヒリヒとはともかく、他の男とはしないから」
「え？ なんで？」
「フリットはまあ面白い性格してるからいいけど、ヴィラとミルミルの蛇はいや」
「えーどうして？ ヴィラの蛇ステキな蛇様だったじゃない」
蛇の目のゆりにとっては意外である。
「彼らが好きなのはあなたたち、私達じゃないもん」
もう一人の金蛇が言った。
「どっちも一緒じゃない」
「誘惑なんてしないもんね」
二人はぷんと横を向いている。
（自分の蛇が一番面倒くさいかもしれない）
と蛇の目のゆりは思った。
「もしかしたら子供ができるかもしれないじゃない。その時フリットとハインリヒ蛇の子供だけが出てきたんじゃ、困るわよー。子蛇が増えたら、へびっちが喜ぶわよ」
黒目のゆりは「へびっち」の言葉に反応して体を起こしていた。
「へびっち、ちょっとは元気になってるのかなあ」
「なってるわよ」
「へびっちが帰った時に、兄弟が増えてたら喜ぶわね」
「そりゃ喜ぶでしょう」
黒目のゆりがじーと金蛇をみると、金蛇達はびくついていた。
「こっちが興奮したら、そっちだってその気になるんでしょ？」
「子供はできるかどうかはわからないわよ。あっちの世界とは違うし」
「でもあなたたちの力は上がってるし」
「寿命が縮むわよ？」
金蛇の一人が言った。
「え？」
「前回と今回で、１００年は縮むかもね」
「ええ？ そんなに？」
黒目のゆりは驚いている。
「だってそれほど特殊なことだもん」
「……本当だと思う？」
黒目のゆりはもう一人の自分に聞いた。
「嘘でしょ。だって前回もそんなに変わってないし」
「それほどのことだって言ってるのよ。今度もうまくいくとは限らない。お腹に赤ちゃんがいるのに死んじゃうかもしれない、ってこと
だって、長い歴史でだあれもそんなことしてないんでしょ？ 何度も成功する保証なんてないでしょ」
「それはそうだけど……」
「男達に変な希望をもたせないでね」
「王様が一番なんだから。王様に会えなくなるなんていやよ」
金蛇達は両方どろんと蛇に変わった。
「……私達の蛇って、結構いろんなことを考えてるんだね」
黒目のゆりはそこに驚いていた。
「じゃあ、どうする？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「どうしよう」
結局結論は出ないままだった。
昼寝から目覚めたゆりは、ラクシュミに会いに王の間に行ったが、ラクシュミは休憩室の方だったので、そちらに瞬間移動してみるとうまく行けた。
休憩室の中に入ると、ミカエルもいた。
「王妃、あのディーンって蛇、王妃に悪さをしてないでしょうね」
ミカエルがゆりの顔を見るなり聞いた。
「してないよ。子供達が遊んでもらってるよ」
ゆりはラクシュミの横に座ってラクシュミの手を握っていた。
「ならいいですが……首に蛇がいないですね」
ミカエルはゆりの首を見て気づいたようだ。
「蛇はお腹に移動したんだ」
ラクシュミが言った。ラクシュミは朝、ゆりに会っている。
「動くんですね。もしかして、肌から出てきたりします？」
「どうかな」
とゆり。
「王妃の蛇に今度こそ好きって言われたいなあ」
「ミカエルって……かわいいねえ」
昨晩のフリット蛇と比べて、ゆりはミカエルを本気でかわいいと思っていた。
「かわいい？ かっこいいでしょ？」
「うん、かっこいい」
「私は仕事にいきますね。王妃、またね」
「うん」
ミカエルはゆりの肩に少し触れて去って行った。
「ねえ、王様、実はフリットの蛇様が外に出てきて会ったの。今はフリットは普通に戻ってて、その時のことは覚えてないみたい」
ゆりはラクシュミにその話をすることにした。
「ミルキダスみたいになったのか？」
「ミルキダスみたいなんだけど、肌にはちゃんと蛇もいて、普通のフリットっぽかったの。でも、途中からちょっと強引になって、私の金蛇がフリットの肌に移っちゃったの。フリット蛇の目的はどうも
金蛇と交わることだったみたい」
ゆりは（金蛇に怒られそう）と思いながらも告白していた。
「そうなのか。こっちでもそういうことができたのか」
ラクシュミはゆりの体を眺めている。
「うん。私もびっくりしちゃった。フリットの蛇たちも、相当力があがってるのかな」
「子供が欲しい一心なのかもな。ハインリヒをうらやましいと思うのもしょうがない」
「王様、私の金蛇達は、王様が一番好きだって言ってたよ」
それだけは伝えてあげたかった。
「そうか。どうせ赤い月の私が好きなんだろ？ お前と同じで」
「うん」
「……じゃあ他の男達とはどうするんだ？」
「うーん、どうしよう。ミカエルの蛇さんはまだ出てないし、あまり刺激するのもねえって思うし」
「特殊なことだからな。だが、話を知ったら、ミカエルの蛇も出てくるかもな」
「どうかなあ。まあもうちょっと考えてみる」
「そうか」
ラクシュミは穏やかに受け止めていた。
夜になった。ゆりはすぐにハインリヒとどうこうという気にもなれなかったので、夜中移動しないように念のため、シスと一緒に寝ることにした。
「今日はお兄ちゃんが一緒に寝てくれるよ。よかったね」
ゆりはお腹をなでて話しかけて、自分のベッドでシスと並んでいたのだが、ラギまでやってきた。
「だって、また誰かくるかもしれないから」
ラギは変な期待をしているようだ。
「そうそう来てたまるものですか」
「一応隙間をつくっとく？」
シスは笑いながら言っていた。
その夜ゆりはぐっすり眠り、気づいたらガーベラの神殿だった。
「あー来ちゃったんだ……」
ラーズとも約束してたし、ハロルドとも約束してたけど、正直今日は濃厚なのは遠慮したい。あっさり、動物たちとたわむれたりして遊びたい
しばらくラブラブな日が続いていたので、ゆりはそう思ってしまった。
「二人には会いたいけど話だけで終わらないだろうし、どうしようかなあ」
と悩んでいたら、クーリーフンがやってきた。
「あれ？ いつきたの？」
「今よ。ラーズって今日は神の国にいる？」
「ラーズ？ ラーズは今日はおいといて、火の神殿に行かない？ ルティアナがさ、お母さんとお風呂に入りたいとか言ってたよ」
「お風呂？ いいわねえ。でも、ラーズとハロルドと約束しちゃったから、どうしよう」
「黙ってりゃわからないよ。次に会えばいいじゃない」
「そうかな。絶対黙っててよ」
「うん」
「じゃあ火の神殿に行ってくる」
ゆりはすっかりその気になって移動した。
火の神殿に入るとルティアナがいた。
「ルティアナ〜」
「あーお母さん」
二人は手でタッチしていた。
「ルティアナ、一緒にお風呂に入りましょう」
「うんお父さんも誘おう」
「あ、なら、アシュランのお風呂に入りに行く？」
「今日はここのお風呂がいいな。お母さんがくるといいなあと思って、最近毎日お風呂を掃除してるから」
「え？ そうなの？ ありがとう。じゃあここで入ろうね」
「うん」
ルティアナはうれしそうにサラディンを誘いに行った。
「ルティアナってかわいいわねえ」
ゆりは通りがかった妖精に言っている。
「神様なのにお風呂を掃除するだなんて、なんていい子なのかしら」
ゆりは感動していた。
こうして、ゆりはサラディン、ルティアナとお風呂に入ることになった。ゆりは女神の髪があまりぬれないように、石の上に丸めておいてある。
「ルティアナは最近面白いこと、何かあった？」
ゆりが聞いた。
「この前女の子たちでいろいろお話したよ。ソル君とか、リーフ君とか、ライラちゃんとか、いろんな妖精もやってきてね、かわいかったなあ」
「へーそうなの。女の子ではだれと遊んだりするの？」
「そんなに遊んだりはしないけど、キュリアかな」
「そう」
そこに、遠慮がちに女の妖精がちょっと顔をのぞかせた。
「ルティアナ様、お友達がいらしてますが」
「え？ そうなの？ じゃあ行かなきゃ。お母さん、ゆっくり入ってね」
「うん」
「これ、のどが乾いたら飲んで。ね」
ルティアナは、お風呂の近くに置いてあるトレイに乗せられた水の瓶と杯を指していた。杯は二つおいてある。
「ありがとう」
「じゃあね」
ルティアナはお風呂を出て行った。結局いつぞやのようにサラディンと二人になった。
「お友達かあ、いいわね。サラディンは、一番のお友達はだれなの？」
「お友達？ さあ、オルガになるか？」
「オルガ、最近ここに来た？」
「最近は来てないかな」
「そう。せっかくルティアナが用意してくれたからお水飲もうっと。サラディンも飲みましょうよ」
ゆりはお風呂から上半身を出して水と杯を引き寄せていた。杯に水を注いでみると、ただの水ではないのか、ピンク色だった。
「はい」
ゆりはかまわずにサラディンに杯を渡している。
「色がついてるな」
サラディンは杯の中を見ている。
「お花の水かも？」
「お花の水ってなんだ？」
「まあなんでもいいじゃない。ルティアナが用意してくれたんだし、普通の飲み物よ」
ゆりは水を飲み干した。甘くて苦くて変な味だった。
「う、なんだこれ」
サラディンは眉をしかめている。
「体に良さそうな味よね」
「変な味だが」
サラディンは文句をいいながらも杯を空にしていた。
お風呂の入り口の向こう側では、ルティアナが壁にへばりついて二人の様子をうかがっていた。
（やったー！ のんだー！ 熱々ムードにな〜れ〜♪）
ルティアナは大喜びである。そう、ルティアナはクーリーフンにもらった薬を、瓶に入れておいたのだった。
「なんだろう。なんだかうきうきしてきちゃった。歌を歌いたくなっちゃった」
ゆりはうふふと笑っている。
「また変な歌を歌い出すのか？」
とサラディン。
「サラディンのサはサルビアのサ〜♪ サラディンのラはラベンダーのラー〜♪ サラディンのディは……ディは、ディ？
サラディンは素敵な火の神よ〜♪ ほら、い、ち、に、い、さん♪」
ゆりはノリノリで歌っていたが、「ディ」で始まる言葉がとっさにでてこなかったようだ。
お風呂の外では、ルティアナが口を両手で押さえて笑いをこらえていた。
「ぷ……くく……」
（お母さん、その歌何？）
ルティアナは笑いをこらえるために必死である。
「サラディンも歌って」
「うむ」
（うむって、お父さんも歌うの？）
ルティアナは驚いている。
「ガーベラのガは、ガラガラ虫草のガ〜♪」
サラディンは低い声で歌い出した。
（ガラガラ虫草って何？）
「ガーベラのベは、ベリウスバリ草のベ〜♪」
（その草も何？）
「ガーベラのラは、ラジオスムラウス草のラ〜♪」
（なんで草で統一するの！？）
「く……くく……」
笑いを抑えきれなかったルティアナは、だっと走って行き、神殿の外で「ぎゃはは」と大笑いしていた。
「あーおかしい。おかしすぎるー！」
ルティアナは心を落ち着かせて、またお風呂に近づいてみた。二人はまだ歌を歌っているようだ。
（楽しそうだけどあんまりうまくないのが笑える。おかしいなあ。あの薬で良いムードになると思ったんだけど……でもこれも良いムードといえないこともない？）
二人はうれしそうに歌っているので、仲良くなってるともいえるかも、とルティアナは思った。
「きょう〜はたのしいいっちにっちだ〜♪」
「それ♪」
「ぷっ」
ルティアナはしっかりと口を手で押さえた。
（それって、おかしすぎる。くくっ）
ルティアナはお腹も押さえている。
「あっなったっとわったしっがであったのは〜♪ うんめいの導き、あっかいいと〜♪」
「ジャジャン♪ 赤い糸ってなんだ？」
音頭をとりながらもサラディンが聞いた。
「赤い糸っていうのはね、ある人間の国の話で、恋人達は、運命の赤い糸で結ばれてるとか、そういう言い方をするのよ」
「運命樹の弦がつながってるってのなら聞いたことがある。赤い糸の方が手軽だな」
「そうね。後で赤い糸で小指を結んでみる？」
「うむ」
「うふふ」
「赤い糸か、やっぱり赤だな」
サラディンが言うと、ゆりは、
「赤は情熱の赤〜♪ でも焼いちゃいやよ〜あなた〜♪」
と歌っている。
「焼くものか〜♪」
とサラディンは続けていた。
「ぷっ」
（だめだ。腹がよじれるくらいおかしい。お父さんの顔を見られないのが残念。もう退散しよう）
二人は結構仲良くなってるので、ルティアナはその場を離れていた。これ以上ここで笑っているとばれそうである。
ゆりとサラディンは体を拭いて、お風呂からあがっていた。
服を着て二人で寄り添ったままふらふら廊下を歩いている。鼻歌を歌いながら歩いていたので、それを見た火の妖精は、（随分ご機嫌だな）と思っていた。
二人はそのまま奥の部屋に引っ込んだ。サラディンは部屋の中をごそごそ探している。
「糸はないが、赤い紐ならあった」
サラディンがぶっとい紐をゆりに見せた。
「随分太いわねえ。小指に結べるかしら？」
ゆりはサラディンの小指に結んでみようとしたがちょっとむずかしかった。
「手首でいいんじゃないのか？」
「そうね。じゃあ手首に結びましょう」
二人はお互いの手首に赤い紐を結んでいた。
「運命って感じでいいわね」
とゆり。
「運命か。うん、いいな」
サラディンはふわふわ体を揺らしている。
「なんだかすごく眠い」
「私も」
「じゃあ寝よう」
「同じ夢が見られるかもね。うふふ」
二人はベッドに上がり、仲良く並んで眠ってしまった。
神殿の広間では、ルティアナがにやにやしている。
「今頃は熱々よねーきっと♪ うふふ〜しかし、さっきの歌、思い出すだけでまだ笑える。ぷっ」
ルティアナはまだ笑っていた。
人間界である。目覚めたゆりは、目の前に赤い色が見えたので瞬いていた。
「ん？」
視線をそろりとずらすと、なんとサラディンの顔がドンとある。
「え？ あれ？」
ゆりはがばっと起き上がった。その衝撃でゆりの横で寝ていたシスが目を覚ました。ちなみに昨晩は、はじからラギ、シス、ゆりと寝ていたが、広いベッドの奥の方に３人が寄って寝ていた。
ゆりの手前側にサラディンが寝ているのである。体を起こしたシスは、ベッドに赤い色彩をみて、目をこすっていた。
「あれ？」
「……やばい、あれ？ なんで？ 全く記憶がない」
ゆりは頭に手を当てて、青ざめながら小声で言っている。
「あれ？ こちら、サラディン様？」
シスはラギを揺すり、ラギも目を覚ましていた。
「なんだろう？」
ゆりは自分の左手首に赤い紐がぶら下がっているのを見た。その先をみると、なんとサラディンの右手首につながっている。
「なんでこんなことになってるの？」
ゆりは小声でいいながら紐をはずそうとしたが、硬く結んであるのか全くはずれない。
「ハサミ、ハサミをもってきて」
ゆりは小声で二人に頼んでいる。二人はぼーとサラディンを眺めていた。
「サラディン様ってかっこいいね」
「うん。いい男だねえ」
二人は初サラディンを見てぼんやりしていた。
「は、さ、み」
ゆりはいつぞやのように右手でチョキをつくっている。
「ん？」
サラディンが目を覚ましてしまい、ゆりはぎょぎょっと腰を浮かせていた。
「うん？ ここはどこだ？」
サラディンは体を起こして、ゆりと子供達を見た。
十秒ほど両者は見つめ合っていた。サラディンはぽかんとした様子である。それはそうだろう。
「お、おはようございます。サラディン様」
ゆりはとりあえず、正座をして朝の挨拶をしていた。
ゆりはサラディンを見つめたままちょいちょいシスをつついている。
「お、おはようございます。サラディン様」
「おはようございます」
シスとラギも正座をして頭を下げていた。
「……おはよう。ここはどこだ？ 私はなぜここにいるのだろうか？」
サラディンは手を動かして、自分の手首に紐がぶら下がっているのに気づいた。その紐はゆりの手首にぶら下がっている。
青ざめたゆりは、
「ふ、不思議なこともあるものですねえ」
などと言っていた。
（あ、最初からごまかす気だ）
とシスとラギは察している。
首をかしげていたサラディンだったが、「すまない」と謝っていた。
「どうやら酒を飲み過ぎたらしい。まさか、女性の寝室に潜り込むなど……あってはならないことだ」
サラディンが申し訳なさそうに言っていたので、ゆりはあわてて「ち、違います。サラディン様は全く悪くありません！」
と言っていた。
「実は昨晩、昨晩、お、お、おまじないをして寝たんです。手首に赤い紐をつけて、呪文を唱えるおまじない、ね！」
ゆりはたどたどしく言いながら子供達を見ている。
「え、は、はい、そうです」
「そうなんです。おまじないです」
子供達はゆりに合わせていた。
「この国に伝わるおまじないで、子供達が、『ためしてみようよ、お母さん』とかいいだして、私が『そうね。いいわね』などと言いましてですねえ」
ゆりは汗だらだらである。
「赤い紐を手首にまいて、垂らしておくんです。『素敵な人がやってくるように』って言って寝るんですよ。そうしたら、サラディン様がやってきたんです。
すごい、おまじないの効果！ すごすぎる！」
ゆりは自分でも何を言ってるのかわからないくらいあわてている。
「本当にすごいです！」
「僕、サラディン様に会えて感激です！」
「いつもイシュタールからサラディン様のすごい所を聞いてます」
「いつもイシュタールがお世話になっています」
シスとラギは、なるべくサラディンを怒らせないようにヨイショしていた。実際目の前にすると、グレンとは比べものにならないくらい、サラディンには貫禄がある。まさに王様といった感じなのだ。
「イシュタール？ あ、ここは蛇か、お前あの時の……」
サラディンはようやくゆりの顔に見覚えがあると気づいたようだ。
「そうです。加護をいただいた、あの時の私ですよ。お久しぶりです。実はすっごくお会いしたかったんです！」
ゆりはうれしそうに言っていた。
「なんだかさっぱりわけがわからないが、私が女性の寝室にやってきてしまったのは事実。本当にすまない」
サラディンは真面目なのか、自分のせいだと思っているようだ。
「謝る必要はないです（悪いのはお母さんなのに）」
「僕達、すごくサラディン様を尊敬してますから！（悪いのは母様だから！ 謝らないでください！）」
ゆりは子供達の心の叫びが聞こえたような気がした。
「とりあえずこれを焼いていいか？」
サラディンは紐をもっていた。
「あ、ちょっと待ってください。真ん中で切らないでください。二度とサラディン様に会えなくなりそうで悲しいです」
「ん？」
「その、端っこの方で切っていただけるとうれしいです」
「はじっこ」
サラディンは自分の手首についてる紐の一部を焼いていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ゆりはうれしそうに紐をたぐり寄せている。
「それでは私は失礼する。どうも騒がせてしまって申し訳ない」
サラディンはようやくベッドから降りた。
「いえいえ、こちらはむしろ喜んでいるくらいですから」
「今日は来ていただいてありがとうございます」
「ありがとうございます」
子供達はお礼を言っている。
「ではな」
サラディンはすっと消えた。
「すごい。瞬間移動で神の国に帰ったのかな？」
「サラディン様ってすごくステキな神様だなあ」
子供達は感激している。かなりの精神力を消耗して疲れたゆりは、その場にごろんと横になっていた。
「それで、どうしてこんなことになったの？」
シスが聞いた。
「お母さんって、学習能力ないの？」
ラギにはこんなことまで言われている。
「うう、記憶にない。まったくない。どうしてサラディンといたんだろう？ さっぱりわからん！」
「もう一人のお母さん」
シスが呼びかけて、ゆりの左目が変わった。
「お母さんは何か知ってる？」
「いや、わからない。でも、なんだか楽しい気分だったことは確かよ」
「ふーん」
「お酒を飲み過ぎたんじゃない？」
「そうなのかな？ これ、サラディンの服の腰紐じゃない？」
ゆりは赤い紐を眺めていた。
怪しい媚薬の効果はすっかり切れていたようだ。今回は媚薬を二人で半分こしたせいかもしれない。
神の国では夜だった。サラディンが自分の神殿に戻り、奥の寝室にいくと、ガーベラが起きて寝転んでいた。
「サラディン、どこに行っていたの？」
「え、その……ちょっと散歩に行ってた」
「散歩？」
「ああ」
サラディンはベッドに座ってちょっとむずかしい顔をしている。
「どうしたの」
ガーベラが聞いた。
「ガーベラといい気分だったような気はするんだが……」
「うん？」
（それから後の記憶はないな。彼女には私の加護がついているからそれで引き寄せられた？ それとも彼女はすごい魔法使いか何かか？）
気づいたら人間界なんてことは今までなかったので、サラディンは首をかしげるばかりだった。
「ねーサラディン、仲良くしましょうよ」
ガーベラは後ろからサラディンに抱きついていた。
「ああ。もちろんいいとも」
サラディンはガーベラを抱きしめた。
（あんなことがガーベラにばれたら軽蔑されるかもしれない）
そう思ったサラディンは、いつも以上に頑張ってガーベラの相手をしたのだった。
一方、人間界では、シスとラギの「神様の塔」予定の上から３番目にサラディンが浮上していた。
「次はジンラ様だよ」
ラギに言われた黒目のゆりは赤い紐を握りしめたまま、「うるさい」と言っていたのだった。
つづく
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