第３４話
神の国である。夜、オルガが目覚めると、枕の横に袋が置いてあった。中には伝言貝が一つ入っている。
オルガは耳に伝言貝を当ててみた。声の主はサラディンである。どうやら緊急な用件らしい。
オルガは支度をすると、火の神殿に向かった。
サラディンはオルガの顔を見て喜んでいた。
「待っていたぞ。オルガ。我が友よ！」
サラディンはオルガの両肩をがしっとつかんでいる。
「え？」
サラディンに「我が友」などと初めて言われたオルガは、体をそらせている。
「さては息子でも産まれたのか？」
オルガはサラディンにうれしいことでもあったのかと思ったようだ。
「いや、違う。恐ろしいことがあったんだ。それを誰かに聞いてほしかったんだが、相手はオルガしか思いつかなかった。私の話を聞いてくれ」
サラディンはオルガを奥の部屋に促して、二人で椅子に座ったのだった。
サラディンは酒の用意をしてくれたが、オルガはその話が早く聞きたかった。
「それで、どんな恐ろしいことがあったんだ？」
オルガは身を乗り出して聞いている。
「今朝のことなんだが……いや、神の国では昨晩か？ 目が覚めたら、私は人間界にいたのだ」
「人間界？」
オルガは瞬いている。
「そうだ。しかも、女性のベッドに寝ていた」
「酔っ払っていたのか？」
オルガは笑いたそうな顔付きである。
「私もそう思ったんだが……オルガは酔っ払って人間の女性のベッドで寝ていたことがあるか？」
「ない」
「だろう？ 私も長いこと生きてきて、あんなことは初めてだったので本当に驚いてしまった」
オルガはその状況を想像してみた。確かにサラディンにとっては恐ろしいことだろうが、相手の女性の方が恐ろしかったに違いないと思っている。
「その女性もいたのか？ どこの女性のベッドで寝ていたんだ？」
「お前も会ったことがあるだろう。前に、癒やしの泉に二度も入ってた黒髪の、イシュタールの恋人である女性だ」
「ああ、彼女か」
オルガはゆりの顔を思い描いていた。
「気づいたら彼女と同じベッドにいたんだ」
「はあ」
「しかも彼女とは赤い紐でつながれていた。彼女は赤い紐をつけておまじないをして寝たら私が現れたと言っていたのだが……
今考えると、あの紐は私のもののような気がするのだが……私の腰紐が見当たらないし……」
サラディンは首をかしげつつぶつぶつつぶやいている。
「私は自分で赤い紐を誰かに結んだような気がするのだが。私が彼女に結んだのだろうか？ しかしなんのためかさっぱり分からないし……」
「かなり混乱しているな」
「当然だろう。こんなこと、初めてだったんだから。もしイシュタールにばれたら、イシュタールは私を軽蔑するかもしれない」
サラディンは本気で心配していた。
「なぜ人間界に行ったんだ？」
「それもさっぱりわからん。私はガーベラといたんだ。それがいつの間にかそんなことになってて、その前のことはあまり記憶がないし、そんなに酒を飲んだ覚えもないんだがなあ」
サラディンは両手を組んで首をかしげまくっていた。
「それで、彼女の反応はどうだったんだ？」
「彼女はおまじないが成功したせいだ、とか言ってた。一緒に彼女の子供も寝ていてな、子供達も驚いていた」
「おまじない、どんなおまじないか知らんが、すごいな」
「そこで頼みがある。彼女に話を聞いてきてくれないか？ 本当に彼女のおまじないでそうなったのか。もしかしたら、彼女は私の立場を守ろうと、
とっさにあんなことを言ってくれたのかもしれない。詳しく話を聞かねば、おちおち夜も眠れん」
「はあ、自分で聞く気はないのか？」
「本当は彼女が脅えていたらどうする？ お前が相手なら、素直に本当のことを話してくれるだろう」
オルガは気乗りしなかったが、サラディンが「どうしても」というので引き受けることにしたのだった。
（確かに奇妙な話だ。目が覚めたら人間界なんて、しかも女性のベッドにいたとは……あの女性か、あの子供、レーヌは、大きくなったかな）
オルガはレーヌの顔を思い出していたのだった。
人間界では、サラディンがゆりの寝室にいたことを、ゆりはシスとラギに口止めしていた。だが、ラクシュミにまで内緒にするのもまずいと思ったので、ゆりはラクシュミにだけ
告白していた。
ラクシュミは、「サラディン様も気の毒に……」とサラディンに同情している。
「ゆり、気をつけないとだめじゃないか。気を抜いてると、いずれまずいことになるんだぞ」
「わかってるんだけど、記憶がなくて……」
「酒でも飲んで酔っ払っていたんだろう」
「うーん、そうなのかな？」
記憶がないのでそうなのかもしれないとゆりは思った。
（赤い紐を結んでいた理由はさっぱりわからないけど……でもうれしげに自分で結んだような気もするし。うーん、悩むことが多すぎる。肌の蛇のことはどうしよう！）
ゆりはハインリヒと顔を合わせるのが怖かった。
「うーん、うーん……」
うなりながら城の廊下を歩いていたら「王妃」と声をかけられた。声の主はハインリヒである。
「おはよう。ハインリヒ」
ゆりは笑顔で挨拶をした。ゆりは今日は金蛇がいないのがばれないように、首の周りに花柄のスカーフを巻いている。
「過ごしやすい季節になったわね」
「そうですね」
「じゃあね」
「あ、ちょっと待ってください」
ハインリヒはゆりの側までやってきて、指で首の周りのスカーフをよけていた。
「な、なに？」
「蛇が移動したんですってね」
「え？ 知ってた？」
「ミカエルに聞きました。移動するってことは、肌から出ることもできるんじゃないんですか？」
ハインリヒの瞳がキラーンと輝いている。
「え、ど、どーだろう。わからないけど」
ゆりは引きつった笑いを浮かべていた。
「午後予定を空けますんで、試してみましょう」
「ええ？ 今日？」
「今日ですよ。３時ね」
「３時はおやつの時間……」
「別室でおやつを食べてもいいですよ」
ハインリヒは笑顔であるが、どう理由をつけてもあきらめそうになかった。
「わ、わかったわ。体を洗って待ってる」
「いい子いい子」
ハインリヒはゆりの頬をなでて去って行った。
フリットのことがばれたらどうなるんだろう。まさかフリット蛇も自分でばらさないでしょうね……
よっぽどばかじゃない限り、フリット蛇も自分からハインリヒに喧嘩を売ったりはしないはずである。
フリット蛇……『隠れ魔王』ってあだ名をつけよう
あんなに本体との性格に差があるなんて……でも考えてみれば、フリットは私が王妃様だから、あんな風に「優しいお兄さん」的立場で接してくれていたのかもしれない。
彼女に見せる顔は、もっと違うのかもなあ……
だれしも外向きの顔というものがあるものである。王や王妃に対する態度と、自分の家族に対する態度は皆少なからず違うだろう。
そう考えると、私は長い間フリットの一面しか見ていなかったのかもしれない
などとも思えてきたのだった。
午後、ゆりは体を洗ってから自分の部屋にいた。大勢いる恋人達をどうすれば平等にできるのか、悩ましい所である。
髪をタオルで拭いていたら、ミルキダスが部屋にやってきた。
「ちょっと王妃の顔が見たくなって……」
「ミルキダスはこの後暇なの？」
「え？ はい、ラギ様に会いに行こうかと」
「もうちょっとしたらハインリヒが来るんだけど、ミルキダスも一緒にいて」
「え？」
「一緒にあっちに、ね」
ゆりは別室の方を指している。ミルキダスはそちらに顔を向けて、頬を赤らめていた。
「え、でも、ハインリヒ殿は、王妃と二人きりの方がいいんじゃないですか？」
「ミルキダスも来て欲しいの」
「しかし……」
「王妃様命令で来てちょうだい」
「え？」
ミルキダスはのけぞっている。
「嫌だったらいいんだけど、嫌じゃなかったら」
「嫌なわけはないですよ。ハインリヒ殿は怒らないでしょうかねえ」
「最近二人きりになったところだから、怒らないわよ」
「では、体を洗ってからまたきます」
「うん、先に別室にいるかもしれないけど、ちゃんと来てね」
「はい」
ミルキダスは去って行った。
「王妃様命令か、そういや、昔ミルキダスを儀式に強制参加させたんだっけ」
ゆりはその時のことを懐かしく思いだしていた。
「ミルキダスには強気になっちゃうなあ。金蛇ちゃんも、ミルキダスを好きになってくれるといいな」
時間ちょっきりにハインリヒがやってきた。
「ミルキダスも誘っちゃった」
「えー」
「この前二人きりだったからいいじゃない」
「……誰かに見られたいんでしょ。仕方ないですねえ」
「そういうわけじゃないけど」
「ま、いいですよ」
ミルキダスがやってきて、３人は別室に移動した。
「考えたら、数日前に儀式をやったばっかりよね。ミルキダスもそうその気にはならないでしょ？」
ゆりはハインリヒに服を脱がされながらミルキダスに聞いていた。
「そうですが、私は王妃の綺麗な肌を見るのも好きなので」
「今の王妃は貴重ですからね」
ゆりはすっかり裸にされた。
「蛇が移動したんですね」
ミルキダスはゆりのお腹をみていた。
「どうして一匹だけ移動したんだろう？」
ハインリヒもゆりのお腹を見つめている。
ゆりは「さあ」とはぐらかしていた。
「肌を移動できるなら、私の肌にも来れるかな？ おいで、そしてまた愛し合おう」
ハインリヒはゆりの肌の蛇をなでている。
「とりあえず、王妃は興奮してください」
「う、うん」
ハインリヒは次に自分の服を脱いで、上半身だけ裸になってからゆりに口づけた。
ミルキダスはすぐ横で、微笑ましげにゆりを見つめている。まるで遊んでいる子供を見守るかのように穏やかな表情である。
ハインリヒの指がゆりの肌をまさぐり、胸をなでた。
「おいでおいで、私の肌に、ほら、おいで」
ハインリヒは意地でも金蛇を移動させる気のようだ。ゆりの胸を愛撫して、肌をひっつけてみたが、そう簡単には蛇は移動しなかった。
「王妃、もっと興奮してください。集中して」
「う、うん」
「ミルキダス、協力してくれ」
ハインリヒはゆりの足を開かせている。
ミルキダスはゆりの下半身へと身をうずめ、ハインリヒはゆりに口づけながらゆりの胸をなで回した。
ミルキダスの舌がゆりの陰部を刺激しだした。
「あ……」
「今日は、最初にこういうことができてうれしいです。指も入れていいですか？」
「いい」
となぜかハインリヒが答えている。
ミルキダスに下半身を愛撫されながらハインリヒに胸の先をぎゅっとつままれて、ゆりは快楽を感じてびくびくと足を揺らしていた。
「気持ちいいですか？ 気が綺麗なピンク色になってますよ」
「気持ちいい……」
「一杯あふれてきましたよ。かわいいな」
ミルキダスは言いながらも指を体の奥へと侵入させている。
「ん……んん……ああん……」
ゆりが腰をくねらせている。やがて、金色の蛇が輝きを放ってきた。
「おいで、おいで、おいで」
ハインリヒはゆりの体を抱きしめた。と同時にミルキダスは離れている。
「おいでおいで、早くこっちへおいで……来た！ ようやく、ようやくまた会えたね」
ハインリヒの肌に、二匹の金蛇がそろって移動している。ハインリヒの肌には金蛇と黒蛇、四匹もの蛇がうねっていた。
「すごい……」
ミルキダスは思わず声をもらしている。
ハインリヒの瞳が蛇の瞳に変っている。ハインリヒはゆりに顔を寄せた。
ゆりはどきっとした。
「ありがとう。ありがとう」
ハインリヒの瞳に涙がにじんでいる。
え？ 魔王様が泣いてる？
ゆりは驚きつつも、それほど感極まっているんだ、と思い、ゆりもつられて涙ぐんでいた。
蛇達の交わりは、フリットの時とはかなり違っているようだった。ハインリヒとはしばらくぶりに愛し合えた恋人同士といった感情なのかもしれない。
ハインリヒはゆりの体を抱きしめて、時折ゆりの肌にキスしていた。
「ああ……再び愛し合えるなんて……王妃、私の肌で、私の蛇が王妃の蛇を抱いてるんですよ。気持ちがいい。すごく……そういえば、私の肌でするのって初めて
だったかな？ 以前は王妃の肌でしかしてなかったような……どうだっけ」
ハインリヒの瞳は瞳孔が縦長の蛇の目のままである。すぐ側でずっとその顔を見ているゆりはどぎまぎしている。
「ねえ、蛇様？ それともハインリヒ自身？」
ゆりはどうしても聞いてみたくなった。
「蛇は金蛇の相手で忙しいんじゃないのかな？ ああ……やばいなこれ……王妃……脱がしてください。もうはちきれそうだ」
「え……あ」
ハインリヒの下半身は興奮状態になっていた。
ハインリヒは待ちきれなくなって自分でズボンを脱いで裸になっていた。
「同時にしたら気持ちいいだろうな。仕方ない。ギリギリのところで」
ハインリヒはゆりの腰を持ち、互いの下半身をこすり合わせるように動いた。
「あ……ちょ……」
「動いたら入っちゃいますよ？ ああ……気持ちいい……いい……いい！」
ハインリヒはそのまま果てていた。
「はあ……メンバーチェンジしたいところだけど、金蛇は限界みたいですよ」
ハインリヒはゆりと肌をくっつけた。金色の蛇はゆりの肌に帰ってきたが、また蛇の位置がかわっていた。
「王妃、どんな気分ですか？」
「なんだか、疲れた感じ？ でもぞくぞくしてる」
「感動しましたよ。王妃、愛してます」
ハインリヒは本当にうれしそうにゆりにちゅっとキスした。
「自分の肌ですると結構きますね」
「そう？」
ゆりはミルキダスを見た。ミルキダスは途中からすっかり傍観者になっている。
「ハインリヒ、気、ちょうだい。ミルキダスともああなりたい」
「一気に無理しないほうがいいですよ」
「だけど、いつまでこの状態かわからないし、勢いってものもあるし」
ゆりはハインリヒから気を奪い、気力を回復させていた。
「よし、回復、ミルキダス〜」
ゆりはミルキダスに抱きついた。ハインリヒはちょっとぐったりして横になっている。
「王妃……」
ゆりからキスしていると、ミルキダスもゆりの背中に腕を回してキスしてきた。
私がこんなに好きなんだから、金蛇だってミルキダスのことが好きなはず。そうじゃなきゃ、私の蛇のはずないもん
ゆりはミルキダスの右腕に胸をよせている。
「あ……」
ミルキダスが変化に気づいた。右腕に、金色の蛇がべたっとひっついている。
「成功した」
ミルキダスはどきどきしている。
『……ユルシテアゲル』
「え？」
「なあに？」
「いえ……何も……」
ミルキダスの心臓は激しく動いている。
金蛇が移動しても、赤い蛇はまったく動こうとはしなかった。しまいには、金蛇は赤蛇に頭突きしている。
「あ……なんか怒ってる？」
金蛇が腕から移動しようとした時、赤蛇はようやく後を追って金蛇にひっついていた。
「……蛇たちもいろいろありそう」
「そうですね」
次第にミルキダスの顔が真っ赤になっていた。蛇達の交尾が始まったようだ。
「やばい……」
ミルキダスの体のほうも興奮状態になっていた。
「手でしてあげるね」
ゆりはミルキダスのズボンのベルトをはずして、ズボンを少し脱がし、下着もずらしていた。ゆりはミルキダスの下半身に手をそえている。
「あ……ああ……王妃……ああ……」
ミルキダスは変化しながら達していた。
金蛇がゆりの肌に戻ってきた。ゆりは興奮が冷めた後の、なんともいえない疲労感を感じていた。
ミルキダスはゆりの頬にキスした。
ゆりの肌を寝転んでみていたハインリヒは、
「……もしかして、誰かと先にやった？」
とゆりに聞いた。ゆりはぎくりとした。
「え？」
「肌を離れるたびに蛇の位置がかわってる。一匹誰かとやったんじゃないんですか？」
ハインリヒはじろりとゆりを見ている。
「え？ まさか」
「白状しなさい。後でばれた方が怖いですよ？」
ハインリヒは怖い目でゆりを見あげているる。ゆりはついミルキダスの背中に回っていた。あきらかに怪しい。
「王妃」
「ごめんハインリヒ」
「だれです」
「うーん……」
「ヴィラ？」
「いや、その……フリットです」
「フリット？」
「意外ですね」
ミルキダスが言った。
「でもフリットは知らないの。だから問い詰めないで」
「なぜ知らないんですか？」
「フリットの蛇様に言い寄られちゃった」
ハインリヒもミルキダスも口を開けている。
「王妃ぃ〜」
「フリットの蛇様、フリットとは性格が逆で、びっくりしちゃった」
「それでフラフラと行ったんですか？」
「まあなんというかそんな感じです、はい」
ゆりの様子がおかしかったのか、ミルキダスはぷっと笑っていた。
「笑い事じゃない」
「フリットには内緒にしといてね。知らないんだから」
「フリット殿は大丈夫なのかな？」
ミルキダスはフリットの心配をしていた。
「大丈夫じゃない？」
「全く……ああ、あの時しとけばよかったー！ なんでしなかったんだ。私のばか！」
ハインリヒは悔しがっていた。
「まあまあ」
「まあまあじゃないですよ。この先全員の蛇とする気なんでしょ？」
「できれば。だって、誰かとやってないとか、やだし」
「また子供ができるかなあ。できたらいいなあ」
「それはわからないけどね。過去の時みたいにみんなの蛇はこっちに来られないみたいだし、前よりも疲れる感じ。なんかいろいろ違うのかな？」
「まあとりあえず、再び愛し合えてうれしかったですよ」
ハインリヒは寝転んだまま言った。まだ起き上がる元気がないようだ。
「私は、感動しましたよ。私の蛇も、感動して泣いてるでしょう。きっと」
ミルキダスは心底うれしそうだった。
なんだかしみじみと、よかったな、って感じ。金蛇ちゃん、ありがとう
ゆりは肌の蛇をなでながらお礼を言っていたのだった。
その夜は、ゆりは一人自分のベッドで寝ることにした。
ラギからは、「まさか続けてはないよねえ？」などと茶化されている。
「あんなことが続けざまにあったんじゃたまらないわよ。赤ちゃん、今日はママと寝ようね。昼間トーたちとひっついたから、今日はもういいよね？」
ゆりは赤ん坊に話しかけてから目を閉じた。
それからどれくらい経ったのか、トントンと肩をたたかれて、目をあけると金色に輝く男がいたので、ゆりは「うわっ」と驚いていた。
横にいたのはラーズである。
「ラーズ、い、一体どうしたの？」
ゆりは体を起こして聞いた。
「んー？ なんだか以前と違うな。やっぱりハロルドが来たんだ。それでしたんだ？」
ラーズはゆりを間近で眺めて言った。ゆりはどきりとしている。
「え？ な、何を？」
「儀式」
「してないよ」
「でも愛し合ったんだろ？」
「えーと、半分」
「半分？ 半分しか入らなかったの？」
「いや、そういう半分じゃなくて……」
ゆりは困った様子である。
「ハロルドとするの、大変だったんだろ？」
「実は私は二重人格で、もう一人の私がハロルドとしたの」
ゆりはあまり言いたくなかったが、ここは素直に告げることにした。
「え？ じゃあガーベラになってるのはどっちなの？」
「ガーベラの時は、二人が交じってるみたいなの」
「へーそうなんだ。なぜ君はハロルドに抱かれなかったの？」
「なぜっていうか、私も突然でおびえてたし……いろいろ感情は複雑で」
その時ラーズがはっと窓の方を見た。
「誰か来た」
「え？ ハロルド？！」
ゆりは布団をひっかぶってしまった。
その誰かは少しバルコニーにいたが、やがて部屋にすっと入ってきた。
「オルガじゃないか」
「ラーズ？ ここで何をしているんだ？」
え？ オルガ？
布団をひっかぶっていたゆりは、少しだけ頭を出した。確かにラーズの横に黒っぽい色彩のオルガがいる。
ハロルドじゃなくてよかったけど、なんでオルガ？
「ここ、神の出現率高いな。聖地の神官もびっくりだな」
ラーズは笑っていた。
ゆりは布団から出てきて正座し、「オルガ様こんばんは」と挨拶していた。
（こんなことなら化粧をして寝るんだった）
などとゆりは思っている。神様二人にすっぴんをさらすのも恥ずかしい。
「突然やってきてすまない。ラーズはどうしているんだ？」
「彼女をくどきにきてた」
ラーズは単刀直入に言っていたので、ゆりの口がゆがんでいた。
「ラーズはガーベラしか抱かないって言ってなかったか？ しかも人間には興味がないかと思ってた」
「そうなんだが、今回は例外なんだ」
「彼女はハロルドが気に入ってる女性だったような……」
「実はハロルドと取り合ってる」
「は？」
オルガは驚いた様子である。
「ラーズ様ったら、冗談ばっかり」
ゆりは笑って言っていたが、「冗談じゃないよ」とラーズに訂正されてしまった。
「それで、オルガは何の用なんだ？」
「彼女に話があるんだが、ラーズの前では話せない」
「私は聞きたいな。どんな話？」
「うーん……」
オルガは困った様子である。ラーズはベッドに座っている。どうやっても出て行く気がないらしい。
「この話は、ガーベラには知られたくないんだが」
「わかった」
「……最近、かわったことがなかったか？ 朝起きたら神がいたとか」
オルガはゆりに聞いた。
「あ、サラディン様のことですか？」
ゆりはぴんときた。
「そうそう、サラディンに、なぜここに来たのか気になって眠れないから、詳しく話を聞いてきてほしいと頼まれた」
「ん？ 待って、何の話？」
ラーズがゆりに聞いた。
「実は今朝、起きたらここにサラディン様がいて……」
ゆりは仕方なく話した。
「ええ？ ここに？」
「サラディンは突然人間界に飛んだので驚いたようだ。君にすまないことをしたと思っているようなんだが」
「サラディン様のせいじゃないんです。私がサラディン様を引き寄せてしまったようで……」
「引き寄せた？」
「その、寝る前に、子供達と遊びで、おまじないをしていたんですよ。『素敵な人がきてくれますように』って。そしたら、サラディン様がやってきてくださって、
私も子供達もびっくりで……」
ゆりはサラディンに言ったのと同じことを言っていた。
ラーズは何かに気づいたのか不審な目を向けていたのでゆりの頬は引きつっている。
「おまじない？ サラディンもそう言ってたが、神を引き寄せるなんて聖地の神官でも難しいと思うが」
「きっと、私にサラディン様の加護がついてるせいですよ」
「赤い紐を結んでいたのはなぜだ？」
「その記憶は私にもないんですが、私が結んだのかも？」
「サラディンの腰紐だったらしいんだが」
「腰紐？ 私にもさっぱりわからないんですが、おまじないのせいですかね？」
ゆりは全部「おまじない」のせいだと主張していた。どう説明しても怪しい話になってしまうのでもう仕方がない。
「彼女、ガーベラに魂が似てるだろ？ そのせいか、いろんな神様を引き寄せちゃうんだ。サラディンもそれで引き寄せられたんじゃないか？」
ラーズがゆりの横で助け船を出した。
「神の国と人間界だぞ。簡単にぱっと移動できる場所ではないが」
「だが実際に移動しちゃったんだろ？」
「うーん」
オルガは顎に指をあてている。どう説明しても、オルガが納得できる理由にはならなかったようだ。
「すいません。二度とあんなことはないようにしますので」
ゆりは正座して謝っている。
「そうか。わかった。邪魔をしたな」
「わざわざありがとうございます」
オルガは姿を消した。
サラディン、やっぱり気にしてたんだ。そりゃそうよね……グレンの時のようには説明できないし……
と思いながら横を見ると、ラーズが横目で自分を見ている。
「なぜサラディンがここにきたのかな？」
「う……」
ゆりはこの日３度目の告白をすることになってしまった。
「あんなに約束したのにー」
ラーズは口をとがらせている。
「ごめんなさい。でも、次に行った時に、ラーズの元に移動しようと思ったんだけど、できなかったのよ。多分ラーズが神の国にいなくて。その次の時は濃厚なことが多すぎたんで、
あっさりと温泉に入りたいなあと思ってしまって。ラーズのところにいったら絶対するって思ったから」
「そりゃするよ。でもそう言ってくれれば軽く終わったのに。いや終わらなかったか。でも、サラディンと仲良くしたんじゃないのかあ？ それで一緒にひっついて寝てたんだろう？」
ラーズはゆりの耳を軽くひっぱっていた。
「してないよ。サラディンとはまだそういう関係じゃないもん。多分」
「多分？」
「サラディンといたのはいたんだろうけど、楽しかったなーって感情の記憶があるだけで、何をしたのか思い出せないの。でも、そういうことはしてないと思う」
「本当かな。オルガは？」
「オルガもそこまではしてないよ」
「二人のことは好きじゃないの？」
「好きよ。でも側でお話するだけで楽しいっていうのもあるの。ラーズの顔を見るだけでも幸せだから、毎回手を出していただかなくてもいいんだけど」
ゆりは最後の方は小声になっている。
「やだ、手を出したい。君は私とするの好きじゃないの？」
「好き」
「じゃあいいじゃない。抱くのは私の愛の証なんだよ？ じゃあ今はどういう気持ち？ 私に優しく抱かれたい気持ちはある？」
「え？ 今は、こうしてるだけで胸も心もいっぱいで……」
ゆりは頬を赤く染めてしどろもどろである。ラーズはぷっと笑っていた。
「私も半分しちゃおうかな？」
「え？ だめ」
「どうして？ 私ももう一人の君としたい」
ラーズは面白そうな顔付きである。
「その……ガーベラの時に、愛してほしい。とりあえず」
「ふうん。まあいいよ。じゃあ今度こそね」
ラーズはゆりの頬にちゅっとキスした。ゆりの頬がさらに赤くなっている。
「かわいいねえ。私も突然人間界に来るってやつやってみたいな。今度試させて」
「え」
「じゃあね」
ラーズは去って行った。
「まさかのあちらから希望？」
（……ごめんね。怒らないでね）
ゆりはもう一人の自分に謝っていた。
ハロルドに続きラーズももう一人の自分と仲良くなったんじゃ、さすがに寂しい気分になりそうだ。なら、自分もやってしまえば、と言われそうだが。
微妙な距離だからいいってのもあるのよねえ。仲良くなりすぎたら、そのうち飽きて終わり、みたいになりそうだし、
ハロルドもラーズも、私を珍しがってるってのもあるんだろうな
さすがのゆりも、「私は神様を魅了している！」と鼻高々にはなれなかった。自分はガーベラのように、一生男神を魅了することなどできるわけもないのである。
「あまり図に乗らないようにしなきゃ。有頂天になってると、もうガーベラになれなくなっちゃうかも」
ゆりは自分の横に、さきほどいたラーズの幻影をみていた。今も、ラーズのいい匂いがふんわりと残っている。
「まさかオルガとラーズが鉢合わせなんてねえ。オルガのことは、王様に言わなくていいかな。しかし、来たのがハロルドじゃなくてよかった。あの二人が鉢合わせなんて、
考えただけでも怖いわ」
ゆりはそれだけは心底ほっとして、ベッドに寝転んだのだった。
一方、神の国に帰ったオルガは、サラディンにさっそく話していた。サラディンが期待するような新情報はなかったが、ゆりが全く脅えていないこと、むしろ申し訳なく思っている、
というのはサラディンに伝わっていた。
「しかし、人間の『おまじない』ってすごいんだな。驚いた」
とサラディン。
「そうだな。おまじないというか、魔法なのかな？ 彼女もサラディンを指名して呼んだわけではないようだが。まあ、貴重な体験をしたと思っていればいいんじゃないか？」
「貴重というか、奇妙な体験だったが、まあ彼女が怒ってないならよかった。聖地に苦情でもいれられたんじゃ、私の立場がないからな」
「それはないだろう」
オルガは笑っていた。
確かにたまに聖地に苦情がくることがあった。主な苦情は、パティウスについてだが。
「人間界でそのおまじないが流行ったらどうする？ また移動するのは嫌だぞ」
サラディンは本気で心配しているようだ。
「さあ、今のところ被害者はサラディンだけだから大丈夫じゃないか？」
オルガは笑っている。
「オルガも経験してみればいい。心底驚くからな」
「だろうな」
「流行らないように」
サラディンは祈っていた。
オルガはサラディンの神殿から外に出た。神の国は、もう夜が明ける時刻である。
脳裏に浮かんでいるのは、先ほど出会ったゆりの顔である。今はおまじないよりも、ラーズがあそこにいたことの方をオルガは気にしていた。
「うーん、二人の神が取り合う女性とは、驚いたが……彼女の様子も変わってたし、本当のことに違いない。しかしラーズが……」
オルガはラーズは一途な男だと思っていたので、かなり驚いている。神が取り合う女性というのも珍しいが、ごくたまにそういうこともある。
大抵は未婚の女性なのだが、今回は既婚の女性で、しかも大勢の子供もいるのだ。
（夫も大変だ。まああの国は恋愛関係は特殊らしいが）
ゆりにはイシュタールという恋人もいるのだ。女性が男好きで恋人がいっぱいいる、という感じではない。なにせ、ラーズは女に言い寄られてほいほい女に乗る男ではないことは
オルガは知っていた。そのラーズがはっきり「くどいている」と言っていたのだ。ラーズはオルガに「ガーベラには黙っていてほしい」と頼むこともなかった。
（ラーズも何を考えているのやら。そういや昔、ハロルドが太陽の巫女を先に奪ってアリアスともめたことがあったな。あれも取り合いになるのか？
昔はハロルドも悪いやつだったからな。今は随分落ち着いたが、今後二人はもめるのかな？ しかしもめたらガーベラが知ってしまうだろうし……）
オルガはガーベラのことが心配になってきた。
今オルガはガーベラに距離を置かれている。しばらくは無理だろうと思っていた。
（まあ、そのうちにクーリーフンに探りを入れてみるか。あ、レーヌの顔を見てくるのを忘れてしまったなあ。まあ、またでいいか）
オルガは宙に舞った。
東の空から明るくなってきた。昼間活動する妖精達が出てくる時刻でもある。
（起きたら人間界か、サラディンはしばらくぐっすり眠れないかもしれないな……）
それだけには同情し、オルガは自分の神殿に戻ったのだった。
つづく
１１部
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