第40話
「うーん、過去か……」
アナスターシャに度々言われるせいではないが、ハザークは大昔、自分はアナスターシャに出会ったのではないか、ということを思い出そうとしていたがさっぱり思い出せなかった。
ハザークはこの長い歴史で王族の娘など大勢見てきたが、「未来からやってきた娘」となるとかなり珍しいような気がしていた。しかも、アナスターシャは結構長いこといる予定のようだ。
過去の自分と何度も話をしたのではないだろうか。ただ、大昔のハザークは、今のハザークとは別人といっていいほど性格も違っている。昔の自分ならば、部屋に子供がいることもよしとは
しなかっただろう。過去でアナスターシャと何度も会って世間話をした、とは考えられない。だが、過去の自分は未来のことが気にならなかったのだろうか。
気になっていろいろ質問しなかったのだろうか。アナスターシャは嘘がつけない子供である。過去の自分は遙か未来にも自分がいると知ってショックを受けたりはしなかったのだろうか。
（さっぱり思い出せない。あの子とは挨拶しかしなかった可能性もあるな。しかし十年ほどいるのなら、一年に一度くらいは会ってもいいと思うが、そもそもあの子は本当に過去に行くのだろうか？）
今はまだそこもわからない。結局この話がなくなる可能性もあるのだ。
「うーん」と何度もうなっていたら、侍女が気にして顔を向けていた。
「アナスターシャの記憶がさっぱりない。あれだけ変わった性格をしている娘なら、ちらっとでも覚えていてもよさそうなものだが、無理か……」
ハザークはぼそりと言っていた。アナスターシャがかなり素っ頓狂な娘ならともかく、あれくらいなら常識の範囲内であろう。
「ハザーク様はへびっちさんのことも覚えていらっしゃらないのでしょう？ 過去の女王様が、あまり会わせないようにされていたのかもしれませんよ」
「そうだな。へびっちのこともしらん。あれほど変わった蛇もいないが。だが、あの時代はまだ、人化できる蛇もちらほらいたのだ。我と親しくはしていなかったが。だから、さほど珍しいとは
思っていなかったのかもしれない」
「そうですか」
「へびっちが早く戻ってくるといいな」
「はい」
侍女は微笑んでいた。
過去の時代である。
カールの体を借りたままのカーライルは、女王ヴィラルージュに対面している。女王はびしっとした女王の服ではなく、ウエストも締め付けずにゆったりした白い服を着ていた。
飾り物も化粧もわずかである。場所は王の間ではなく別の小部屋であるが、それなりに豪華である。
「このような格好ですいませんな。医者より、正装着はまだ禁止されておりまして」
女王は申し訳なさそうに告げた。化粧をしていなくても、女王の美しさと気高さに変わりはない。凄まじい気も、今は衰えているといっても、相手を圧倒するには十分なほどである。
「何も気にしてはいない。だいぶ元気になられたようでよかった」
「おかげさまで。未来から借りた巻き貝の話はご存じですか？ 巻き貝の歌を聴いていたらよく眠れまして」
「それは知らんが、眠るのは良いことだ」
カーライルはまじまじと女王を眺めていた。女王の血色もいいし、体調も回復しているようである。
今は女王は結界を作ってはいないが、城の周りに薄い結界がはられている。それは女王以外の者の力である。
女王が寝込んでいても国がゆるぐことはないのである。
「カーライル殿も、数奇な運命ですね。ゆり殿がおられる未来には、数奇な運命が集まっている。そう思われませんか？」
死後に運命などというものがあるとはこれまた奇妙な話ではあるが、カーライルにとっては、まさしく数奇な運命である。
「そうだな。私が未来に現れたのは王妃は関係ないが、今ここにいるのは王妃が関係しているからな」
「カーライル殿はどうして長い間さまよっておられたのです？」
女王が聞いた。
「さあ、さまよっていたという認識はないのだが……もしかしたら、途中蛇霊神にでもなっていたのかもしれない。過去で死んだ私は、この時代ではどこかをさまよっているのかもしれないな。
ややこしい話になってくるが……」
この時代では霊のままどこかにいるのか、蛇霊神にでもなっているのか、カーライルにも記憶にないことだった。
「それで、今日は何か私に話があると聞いたのだが」
今日は女王がカーライルを呼んだのだった。
「実はハザーク殿のことなのです。来年未来のアナスターシャ殿をこちらに呼び寄せる予定なのですが、ハザーク殿にどう紹介すればいいのやら悩んでおるのですよ。姫には十年ほどはこちらで
いてもらうつもりなのですが、その間全く会わせないわけにもいかないですし……未来にはハザーク殿の子孫がいらっしゃることにしたほうがいいのかどうか」
「そうだな。あの子は素直すぎるから、いろいろボロが出そうだな。なにせ未来のハザークときたら、親バカを極めてるからな。子供がちょっと変わったことをすると手をたたいて喜んでるくらいだ。
ミシェイラというハザークの血が入ってる子がいるんだが、その子への溺愛ぶりといったら、今のハザークがみたら全くの別人だと思うだろうなあ」
カーライルは笑っていた。
「想像できるか？ あのハザークが、子供とままごとをして遊んでいるところを」
ヴィラルージュは斜め上を向いてちょっと想像していた。
「怖すぎて想像できませんね。しかし、ハザーク殿の血が入った御子ともなれば、それはハザーク殿も喜んでおられるでしょう」
「今はかわいい盛りだ。ハザークもあの子のためならなんでもしてしまいそうだ。王妃は赤い月前にハザークと仲良くなって王と赤い月を過ごしたのだが、なぜか王とハザークの血が混じった子供が産まれ
たらしい。不思議な子だが、その血のせいか、あの兄弟姉妹の中では将来が一番有望でもある。一族の濃い血を一番継いでいるといえるからな」
「なるほど」
「末のレーヌは女王の子蛇がついたおかげで、基礎魔法力はうんとあがった。あの子は赤い月以外の子供だったのだが、ラギのように魔法力が全くなかったわけではなかったようだ。
長女のアナスターシャの時は王妃は巫女になりたてだからさほどいい蛇霊神もこなかったようだ。未来では子供達の修行に大勢人をさくことはできないからな、ここで修行するのはいいことだと思う。
是非、ビシバシ鍛えてやってくれ。ここの王子を見れば良い刺激にもなるだろうしな」
「そのように考えております。未来のためになると信じて」
「あの子のことだから寂しくなるとハザークに泣きつく恐れがあるな。未来のこともベラベラしゃべってしまいそうだ。念のためハザークには催眠術でもかけておくか。
アナスターシャが過去から未来に帰る時に、アナスターシャとへびっちのことは忘れてもらおうか。思い出す時はいつにしよう。私が未来に戻ってから術をといてやればいいか」
カーライルは顎に指をあてて考えながら言った。
「嘘をつけばぼろが出てしまうとは思うのですが、あんなにも長い間生きておられるなどハザーク殿も想像もされていないでしょうし、忘れた方がいいのでしょうか」
「まあアナスターシャのことをしばらく忘れても、ハザークの人生にたいしたことはないだろう。アナスターシャにも人の生死については何も話さないように言っておいた方がいいと思うが、さすがに
未来でそれくらいは教えているだろう」
「カーライル殿はいつまでここにいらっしゃるおつもりですか？」
「アナスターシャがここに来る時には帰るつもりだ。へびっちもその頃には肌の移動くらいはできるだろう。元通りになって、となるともっとかかるかもしれんし、未来でも気をもんでいるだろうしな。
ある程度回復すれば、未来に帰っても大丈夫だろう。あ、そうだ。女王が王妃にあげる予定の魔石、あれをその時もらってもいいか？ へびっちが回復するためにあれを使おう」
「それはいい考えですね。ディラン達に魔石に気を入れておいてもらいましょう。カーライル殿がいなくなれば、カールも寂しく思うことでしょうな」
「あまり長居をすると、カールが余計なことを考えそうだからな。カールのやつハインリヒにも憧れていたようで、未来のこともいろいろ聞いてくる。未来にきたいと言いそうで危ない危ない」
カーライルが困ったように言うと女王は笑っていた。
カーライルは女王と別れた後にカールに体を返した。するとカールが、「実は申し訳ないんですが、しばらくフークス様の体の方に移っていただけないでしょうか？」などと言ってきた。
―フークス？ どうせなら下っ端騎士の方がいいと思うが
「フークス様からの提案なんです。私も上司の提案を断るわけにもいかないですし」
―ふーん。そうか。私はかまわんが……
カールはさっそく、違う場所に飛んでいた。場所は城の中の一室である。フークスは書類を書いている最中だった。
「フークス様、話通り、カーライル様をよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
フークスはその話を知っているようで、カーライルは今度はフークスに移った。
「居心地がいいといいんですが」
とフークス。
―よろしく頼む
カーライルは返した。
「ではよろしくお願いします」
頭を下げて、カールはあっさり去って行った。
―……あいつ、なんだか変じゃないか？ 前は、他の男に行くのはやめてほしいと言われたのに……
こんなにあっさり渡されると、逆に気味が悪いとカーライルは感じている。
「私がカーライル様と話がしたかったんですよ。ところで、カーライル様はずっと私がすることを見ているわけではないんですよね」
―用がない時は寝てる感じだ。一日見張ってるわけではないから安心してくれ
「わかりました。ところで、未来のイカとカニの話を詳しく教えていただけます？」
フークスはカーライルにそんなことを聞いていた。
カーライルと別れたカールは、騎士達の鍛錬場に飛んでいた。そこで受付の仕事をしていた女性に近づいている。
「ねえ、仕事が終わったら話があるんだけど。来てくれないかな」
「え？ カール、え？ 私と？」
「うん、場所は……」
場所と時間の指定をしてカールは去って行った。
「カールが初めて話しかけてくれたー！！」
女性の方は有頂天だった。
夕方、女性が指定された酒場の個室に行くと、他にも女性が三人もいた。しかも、自分と同じカールの熱狂的ファン達である。みんなで勝手にカールを取り合っているので、四人の仲は悪い。
ちなみにその中の二人は決闘もしている。カールファンは他にもいるのだが、この四人はいつもカールを巡って喧嘩をしている。
「え？ どういうこと？」
女性は三人の顔を見回して聞いた。
「カールが私達四人を呼んだみたいなのよ」
「どうしたのかしら。もう近づくなって言われるのかも？」
「えー……」
女性達が戸惑っていると、カールがやってきた。
「あ、もうみんな来てるんだ。待った？」
「あのーカール……」
「その……」
（これはカールから引導を渡されるに違いない）と女性達は思っていた。
「まずはお酒を頼もう。何を飲む？」
「ちょっと待って、お願いだから怒らないで。もう、困らせるようなことはしないから」
一人ががばっと立ち上がって言った。
「ちょっと離れた所で見てるだけにするからあ」
女性達は泣きそうである。
「え？ 怒ってないよ。今日は私から君たちにお願いがあって呼んだんだよ」
「お願い？」
「とにかく酒を頼もう」
カールは微笑んで女性を座るように促した。
女性四人はうろうろ視線を動かしている。四人は何の話かと思念を送り合っていた。
酒と簡単な料理が運ばれてきた。ここは騎士達もよくくる酒場である。若い女性にも人気がある酒場で、店内もしゃれた作りになっているし、女性向きの料理も多い。
「ここは女性に人気がある所だって聞いたんだ。君たちもよくくるの？」
カールは酒を飲みながら聞いた。
「ええ」
「私はたまに……」
女性達は静かだった。だが思念は賑やかである。カールがなぜ四人を呼んだのか、推理しあっている。
カールは酒を半分ほど飲んで、杯をおいた。
「じゃあ、君たちも気になってるだろうから話すね。実は私は、来年の赤い月は、女性と過ごそうと思っている」
「え」
四人ともガーンとショックを受けた顔付きだった。それぞれ相手が自分ではないとショックを受けているのだろう。
「あ、あ、相手はだれなの？」
「うわーん」
「ぐすんぐすん」
二人は泣き出してしまった。
「相手はだれなのか教えてカール」
「ちなみに言ったらどうなるの？」
「決まってるでしょう。けっ」
横にいた女性がその女性の口を即座に塞いでいた。
―ばーか決闘なんて言ったら名前を言うわけないでしょ！
―だ、だって！
「けっ？」
「けっ、けっ、結構なお祝いをするつもりよ。ほほほ」
女性はごまかしていた。
「今決闘と言おうとした？ 君決闘が好きだね」
カールは苦笑している。カールを巡って決闘したのがこの女性である。
「決闘なんて、でもカール、まさか、そんな弱い子を選んだわけじゃないんでしょ？ なら決闘して私が負けたっていいじゃない。負けたら引き下がるから」
女性は開き直って言っていた。
「相手はまだ決まってない。正直女性はまだいいと思っていたんだけど……やりたいことができて、そのためには、女性のあしらい方も覚えなきゃならない。そのためには赤い月も経験する
必要があると思うんだよ」
「やりたいことって？」
「君たちは、僕の趣味知ってるだろう？」
「博物館巡り」
「歴史研究」
「剣の稽古も好きよね」
「休日でも鍛錬してる。それを見るのが好きなの」
「カールって努力家なのよねーステキ」
「私は未来に行きたい。カーライル様が見ていた未来を、この目でみたいんだ」
「未来？」
「ええ！？」
女性達は四人とも、目をまん丸に開いて驚いている。
「まだ陛下の許しは得ていないし実現するかもわからないけど、とりあえず、女性への対処の仕方は学ばないとならない。そこで、私は君たちの中の誰かと赤い月を過ごしてもいいかな、と
考えてるんだ」
「え」
「ええ？」
「えええ！？」
「ええー！！」
女性達はこれに一番驚いていた。
「ただし、来年だけの話なんだ。だから、納得した上でこの話を受けてもらわないとならない」
「はい！ 私、私は来年だけでもいい！」
一人が立ち上がった。
「私だって！」
「私だって来年だけでもかまわないから選んで」
「私も！」
次々と立ち上がり、四人の間に火花が散っていた。
元々熱狂的カールファンである。この機会を伸ばしてたまるものか、と目が燃えている。
「こうなったら、決闘しかないわね」
「そうね。四人で勝ち抜き戦、勝った者がカールと赤い月を過ごす権利を得る」
「上等」
「カール、もし私が負けても、『がんばったね』って言ってくれる？」
四人の中で一番魔力が弱い女性は、せつなそうにカールを見ていた。
「ちょ、ちょっと待って。決闘はなし、それは困る」
カールはあわてて四人を座らせていた。
「来年だけでもかまわないって言ってくれるなら、四人相手でもいいよ。赤い月は10日あるし」
「えー私達全員？」
「カールは赤い月初めてなのに、大丈夫？」
「わからない。ぶっつけ本番は心配なので、それまで練習したい。その相手もしてほしい」
「え……」
「これは女性にとってはかなりひどい話だと思うんだ。だから、よーく考えてほしい。私は女性に対して愛だの恋だのという感情はまだもてなくて、君たちに対しても、正直うっとおしいと
思ってた。私は自分の目的のために、君たちを利用しようとしているんだ。それを踏まえた上で結論を出してほしい」
カールは正直に言っていた。確かにこれほどひどい話はない。この時代、愛だの恋だのという感情も、赤い月には重要な要素である。
だが、皆が皆、そういう感情を持って相手と過ごしているわけではない。魔力が強い女性が、魔力が低い男に恋をする、などということは稀なのである。皆自分に釣り合った相手を選ぼう
とするもので、できるならば自分よりもランクが上の相手を選びたいと思っている。相手に対する憧れを愛にすり替えている場合だって多いのだ。
「カール、未来に行けなかったらどうするの？ ずっとこの時代にいる場合は、来年以降どうするの？」
一人が聞いた。
「わからない。とりあえず来年のことしか考えられない。一年だけで、私は君たちの前からいなくなり、二度と会わないかもしれない。帰ってくるかもしれないし、帰って来ないかもしれない」
「私、それでもいいよ。だって、カールと赤い月を過ごせるんでしょう？ 変化したカールを見ることができるなら、それでいい。それだけで一生生きていけるもん」
「私も」
「私だって！」
「もしかしたらカールとの子供ができるかもしれないし……」
結局四人とも引き下がらなかった。
「ありがとう。そしてごめんね」
カールは四人を見回して謝っていた。
カールはその後屋敷に帰り、妹達にそのことを打ち明けた。妹達はぽかんとしていた。
「お兄ちゃん正気なの？ 何もあの迷惑四人組を相手にしなくてもいいじゃない」
「お兄ちゃんって、目的のために手段を選ばない人だったんだね」
二人はこんなことを言っていた。
「正直自分でも驚いてるくらいだけど、女問題を抜かして未来に行くことは、多分無理だろうし……」
カールはごにょごにょ言っていた。今になって、大丈夫かな？ という気が自分でもしていた。
「迷惑女達をあしらうのはいいけど、あしらうって、相手をしてやるってことじゃないと思うけど……他にも女はいろいろいるんだし、この際女を誘惑する方法とかも覚えたら？」
ソラが言った。
「そうよね。お兄ちゃんが本気で誘惑すれば、お姉さんがただって本気になるわよ」
とレナ。
「だけど、来年のみになるかもしれないし、正直他の女を選んでる時間もない。やらなきゃいけないことはたくさんあるからね。せっかく私を好きだと言ってくれてるから、もう
あの四人でいいかと思って」
「まあ、他の女を選んだら、それはそれでもめるだろうけど……でもあの四人にその気になれるの？ お兄ちゃんだって初めてなんでしょ？ 最初だけは、大人の女性に教えてもらうのが
いいと思う」
「そうよね。最初だけでも、素敵な女性と経験してよ。そうじゃなきゃ私達だって納得できない。相手があの四人じゃ」
カールのファン四人組には結構迷惑をこうむってる妹達は、納得できないようだ。
「しかし、そんなこと言えないよ。だれにも頼めない」
ソラとレナは目を合わせた。
「じゃあ、私達が巫女様に頼んであげる」
「え？」
「そうね。やっぱり相手はそれくらいじゃないとね」
「ええ？ 巫女様って……無理だろう。上の連中ともめたくない」
カールはかなりあわてていた。
「だから、秘密裏に私達が頼むの。大丈夫。妊婦にとっては、人化した蛇様と交わるのは縁起がいいって言うじゃない。お兄ちゃんには蛇の血そのものが入ってるんだから、縁起がいいって」
「お兄ちゃんは将来の騎士長候補なんだから、巫女様だって鼻が高いってものでしょ」
「いやー、ちょっとそれは……」
「あの四人じゃその気になるの難しいと思うよ。だっていままで散々迷惑だって思ってきたんでしょ？ それに三十年たっても、五十番以内に入るかどうか、わからない連中じゃない」
「そうよ。今までときめきのかけらすら感じなかった連中なのよ。巫女様ならお兄ちゃんだってその気になれるだろうし、一度だけでも相手をしてもらうのよ」
妹達は真剣な表情でカールに迫っていた。
「しかし……」
「じゃなきゃ協力しない」
「邪魔するわよ」
「う……」
カールはたじろいでいた。
「私達がうまいこと頼んで日にちを決めてあげる」
「お兄ちゃんは何もしなくていいから」
「はあ……」
（相手が断る可能性もある。多分断るだろう）
巫女には恋人も数人いることだし、子供の戯れ言だと思って断るだろう。カールはそう思っていたのだが、妹達は速攻で行動に移し、次の日には巫女の許可も取ってしまった。
―お兄ちゃん、話はつけたから。今夜10時、巫女様の寝室に行ってちょうだい
―え。ええー！ まじで話を持っていったのか？
これにはカールも動揺している。
―まじよ。花束とか、私達で用意しておくから。9時には絶対に屋敷に帰ってきて
―ちょ……
思念は閉じられてしまった。
「ま、まじか……」
訓練所にいたカールは、へたりこんでいた。
夜屋敷に戻ると、巫女への贈り物の花束やら、カールの服やら用意されていた。
「早く体を清めてきて」
「そ、そのことなんだが……」
「早く！」
なぜか妹達の方が燃えている。カールは仕方なく体を洗ってきて、妹達に髪を整えてもらった。
「お兄ちゃんはお前達の将来が怖いよ」
「お兄ちゃんを応援してるんじゃない」
「これも妹の愛よ」
「ちなみに、お前達、将来の相手とか、もう考えているのか？」
カールは恐る恐る聞いていた。
「もちろん。強い男以外眼中にないわよ」
「なるべく強い子供を産まなきゃ。カーライル様とも約束したしね」
「ほんと頼もしい。涙が出そうだ」
カールは妹に言われるまま正装着を着させられて、ばしっと背中をたたかれた。
「いってらっしゃい」
「がんばってね」
カールはもう、巫女の元に行くしかない状況だったので、腹をくくって移動していた。
（妹にこんな話をまとめられるなんて、兄としてかなり情けないと思うんだが……）
カールは城の中にある巫女の部屋の寝室へと移動した。だれにも会わないように、直接寝室に行く約束になっていた。部屋から寝室に行くと、部屋の中にはいくつか灯りが灯り、
緑色のガウンを着た巫女がベッドに座っていた。
「エレノア様……あの……このたびは……」
カールはかなり緊張し、カチンコチンになっている。部屋の中にはいい匂いが漂っていた。
「こんばんは。カール。こうしてあなたと話すのは初めてね」
エレノアがカールに近づいた。
エレノアが近づくと、匂いが強くなった。どうやらこのいい匂いはエレノアの香水か何からしい。
「それ、私に？」
エレノアはカールがもっている花束を見て言った。
「は、はい、どうぞ。そしてすいません。失礼な申し出をしまして」
「ソラとレナから聞いたわ。あなたカーライル様と一緒に未来に行きたいんですってね」
「は、はい、ずっとかどうかはわかりませんが……とにかく、未来の世界を見たいんです。もちろん、未来の役にも立ちたいです」
「確かに、あなたは魅力的すぎるし、女達が騒ぎすぎる傾向にあります。女性に対する対処の仕方も学んだ方がいいと思いますよ。私が相手でいいのかしらって
気もするけど、いいかしら？」
「え、え、エレノア様は、とても魅力的ですよ。今も胸がどきどきして……」
カールは初めて間近でエレノアに対面して、胸のドキドキが収まらなかった。エレノアも、かつて儀式を不安がっていた彼女ではない。今は、巫女として自信に満ちていた。
大人の女性の色気さえ身につけている。
「よかった。じゃあ仲良くしましょう。あなたは三十年後には確実に20番以内の騎士に入るだろうと、ディランが言ってましたよ。あなたには、陛下は期待していらっしゃいます。
そんなあなたと仲良くなれるなんて、私もうれしいわ」
「ほ、本当にそう思ってくださいますか？」
「ええ」
エレノアはガウンの紐を外して、ガウンをするりと下に落とした。カールの目はエレノアの胸からお腹にいる青い蛇に釘付けになった。
「美しい……」
「いらっしゃいカール」
エレノアは裸のままベッドに歩いて行き、カールは導かれるようにふらふらと後をついていった。
日が昇るころ、カールは屋敷に帰ってきた。気配を感じた妹達は、速攻でカールの元に移動している。
「お兄ちゃん、どうだったの？」
「成功した？」
「もしかして、寝ないで待ってた？」
カールが聞いた。
「だって、心配だもん」
「そうよ。眠れないわよ」
「エレノア様は、とても素敵な方だった。優しくて」
カールはうっとりした表情で言っていた。
「それで、成功したの？」
「うん」
「やった」
妹二人はガッツポーズをしている。
「じゃあちょっと寝かせてくれ」
カールは移動してベッドに倒れ込むように眠ってしまった。
その頃別の場所では、レイアスが食堂に行くと、ディランとエレノアがいたのでびっくり仰天していた。
「え？ いつの間にそんな仲になったんですか？」
レイアスは驚いている。
「違う」
とディラン。
「へびっち様にどうしても会いたくなって、朝から来てしまったのー」
エレノアはお酒を飲みながら言っていた。
「そ、そうなんですか？ びっくりしたー」
レイアスはさっそく服をはだけて前を見せていた。
へびっちはレイアスの肌にひっついたままである。大きな蛇にぐるりと囲まれるように、へびっちは丸くなっていた。蛇の色も、少しずつ元の色を取り戻している。
「へびっち様、おはようございます」
エレノアはその蛇を見つめながら挨拶をしていた。
「ありがとう。もう服を着ていいわよ。実は昨日カールに会ったんだけど、カールの顔にいる蛇って、へびっち様に似てるんです。そう思いません？」
エレノアは突然そんなことを言い出した。
「カール？ ああ、そうですか？ 似てますかね？」
「似てるんです」
ディランもレイアスもきょとんとしている。蛇の顔に差があるだろうとは思っているが、ハザークほど蛇の顔の差は彼らにはわからない。
「僕にはよくわからないですが、カールはもてますからね。カールの蛇も美男子蛇なんでしょうね。だとしたら美男子同士似てるのかも？」
とレイアス。
「もしかしてカールに手を出す気なんですか？ フェニックスたちが妬きますよ？」
ディランはからかうように言っていた。
「えーまさか。彼はまだ大人になったばかりじゃないですか。まだ五十位以内にも入ってないですし」
エレノアは笑いながらごまかしている。
「あと30年もすれば、もっといい男になりそうですけどねえ」
「そのうち彼は上にいけるでしょう。いろいろ努力もしていますからね。あの年で100人稽古に挑戦中ですよ。たいしたものだという評判ですよ」
とディラン。
「へーあれやってるんだ。僕は30人ほどでやめちゃったなあ……」
レイアスが言った。「100人稽古」とは、引退した騎士達と一対一で戦うというものである。別に勝たなくてもいい。それぞれに稽古をつけてもらうというものであった。相手のサインを100人分
もらうと、女王からおほめの言葉ももらえるし、記念のバッジや酒などももらえる。騎士のＯＢ達が考えた遊びのようなものだが、中には意地が悪い者もいて、100人分のサインをそろえるのは
なかなか難しい。
「ディランは100人分のサインは集めたの？」
エレノアが聞いた。
「はい、大人になってすぐにしましたよ。サインを集めるのに5年はかかったかな。すぐサインをくれない人がいて何度も通ったりしてそんなにかかったんだっけ。
ちなみにハインリヒは全員負かせると言って、あえて大人になってすぐはせずに、七十歳でやったんですよ。三ヶ月ほどで全員負かせてました」
「ははは、さすがハインリヒ様。ドルイド様やフークス様もしたんですか？」
レイアスが聞いた。
「えーと、ドルイドは人見知りするたちだからやってないんじゃないかなあ。フークスもしてないんじゃないかな。まあ遊びだからみんなやってたわけじゃない。その代わり、あの二人は
訓練場では目立ってたようだが」
「そうなんだ〜」
食事が運ばれてきて、エレノアも一緒に食べていた。
「今カーライル様がフークスにいるんだが、話が面白すぎてつい聞き過ぎてしまうと言ってた」
ディランが言った。
「カールがよくカーライル様を離しましたね」
レイアスが言った。
「カーライル様がいると都合の悪いことでも考えてるんじゃないのか？」
ディランが意味ありげに言うと、エレノアはちょっと目を泳がせている。話を知らないレイアスは、「なんだろう。わからない」と首をかしげていた。
―カールが未来に行きたいと言ってること、ディランも知ってるんでしょう？ 陛下が許してくださると思います？
エレノアは思念でディランに聞いてみた。
―どうでしょう。あれほど熱意がある者もいないでしょうし、ただ未来の女性がもめて迷惑がかかるのでは、とは思われるでしょう
―そうね。魅力的すぎるのも困ったものですね
―カールはその話をあなたにしたんですか？
―ええ、昨日聞いて、応援してほしいと言われました
―そうですか
ディランはそれ以上詳しくは聞かなかった。
「あ、フークスが今から来たいそうだ。フークスもへびっちに会いたいらしい」
ディランが言った。
「じゃあもう脱いでます」
レイアスは最後のパンを食べると再び前をはだけていた。
フークスがやってきた。フークスはエレノアを見て驚いている。
「あれ？ どちらと？」
「違います。私もへびっち様に会いたかったんですよ」
とエレノア。
「そうですか。カーライル様がへびっちの様子が見たいというので、朝の内にきちゃったよ」
「カーライル様、どうせなら僕に来ません？ 数日でいいですから、イカとカニの話を詳しく教えてくださいよ」
レイアスが言っている。
「なぜ皆イカとカニの話をまっさきに聞きたがるんだ？ 他に重要な話がありそうなものだが」
フークスにいるカーライルは不思議がっていた。
「だって想像できなくて、ねえ兄さん」
「はい、私も聞きたいですよ。神様の話とか。ゆり様はハロルド様に気に入られてるそうじゃないですか」
「え、それは私も聞きたいですわ」
エレノアまで前のめりになっていた。
「そのうちにな。今はそういう時間はない。仕事だろ？」
カーライルはレイアスの肌にいるへびっちを見ている。
「がんばれへびっち。肌から出られるようになれば、未来に戻ることができる。帰ろうな。へびっち」
カーライルは語りかけるようにつぶやいた。
「カーライル様、へびっちの未来の恋人はどんな人なんですか？ それとも蛇ですか？」
レイアスが聞いた。そこはまだ知らなかったようだ。
「それについては、秘密だ」
とカーライル。
「えーどうしてですか？」
「ま、いいじゃないか。じゃあな」
カーライルは引っ込んでしまった。
「あの様子、結構すごい女性が相手だったりして」
レイアスはそう感じていた。
「ゆり様の次にすごいといったら、だれだろう？ わからないなあ」
とディラン。
「あ、すいません。エレノア様の前でこんな話を」
レイアスはぺこりと頭を下げていた。
「別にいいです。私のお腹の中には、へびっち様の子蛇がついてる赤ちゃんがいるかもしれないんですもの♪ うふふ。私も未来のゆり様の話が聞きたいです。近いうちに
私の部屋に来てください。フークス」
エレノアはフークスに頼んでいる。
「はい、カーライル様はいろんな事に興味があって話を聞いてるようで、いろんな話が聞けて面白いよ。未来のドルイドだけど、たまに大きくなってるらしいよ。でも一部の者しか
顔を見たことがないから、幻の男だってみんなに言われてるらしい」
「ハインリヒとどんな話をしてるんだろうなあ。ドルイドのやつ、過去の愚痴でも言ってるんじゃないか？」
ディランは笑っていた。
仕事の時間もあるので、フークスとエレノアは瞬間移動で去って行った。
「ん？」
レイアスはお腹に何かを感じたような気をした。レイアスの肌に緑の鱗の模様が徐々に現れた。
「兄さん、気をくれ」
「ん？ ああ」
ディランはレイアスに近づいてお腹に手をあてていた。レイアスは時々こういう状態になるので、ディランは今では驚くこともない。
「へびっちの様子はどうだ？ どのくらい回復したかわかるか？」
ディランは聞いてみた。
「三割ほどかな」
「三割か」
「だが、対話はできるようになったぞ。へびっちは一杯子供ができて喜んでる。今日はアナベル様の子蛇を見せてあげよう」
「そうか。それは喜ぶだろうな」
女王が産んだ赤ちゃんは「アナベル」と名付けられた。そちらは順調に育っている。
「子蛇達はそれぞれの場所で育っていくんだな。私も自分の子蛇に会いたくなってきた。ヴィラ殿についた子蛇もだが、もう一匹の方にも会いたいんだがなあ……
どうして会えないんだろう？」
ヴィラと夢がつながることがあっても、フリットとディランの夢がつながることはなかった。
「もう一人の方は兄さんを親だと思ってないんじゃないの？ もしくは、もう一人の方の蛇が子蛇をかわいがりすぎてるから、会わせたくないのかも」
「え？ そ、そうなのか？」
「かもね」
レイアスは蛇の鱗の模様が肌に浮かんだまま、不敵に笑っていた。
17年前のこと、男達の肌にいた蛇は、二匹の美しい金色の蛇に恋をしてしまった。今までだれも聞いたことがない恋物語である。
肌の蛇は一族の強さの証、それだけではなかった。
恋をした蛇達は、彼女達に会いたい一心で、自我を持って動き出したのだ。
しかも金色の蛇は、愛の証を、彼らの子供を産んだ。
まさか子供が産まれるなんて、きっと蛇達も思っていなかっただろう。
感謝の言葉を言いたくても、彼女達は遙か未来、二度と側に行くことはできないと思っていた。
しかし、出会いはかなったのだ。
彼らは心の底からのお礼を、彼女達に言ったことだろう。
彼らの子供達も頑張っているのだ。彼らもかんばらないわけにはいかなかった。
なんとしても、この命を守りたい。守らなければ、彼女達に合わせる顔もない。
「彼女達を好きなのは我々だけじゃないんだ。愛し合える環境にあった我らは幸運だった。子供が苦しんでいるのにただ見ているだけなんてできない。
子供を助けるために奇跡を起こさなければならないのなら、いくらでも起こそうじゃないか」
「何度も言うが……自分を犠牲にするってのはやめろ」
ディランの肌にも鱗の模様が出ていた。
「お前一人ががんばることはない。へびっちは、我らにとっても子供のようなものなんだから」
弱ったへびっちを守ろうとしたレイアスは、へびっちに自分の生命力を与えすぎて、一時自分の身が弱る事態に陥ったのだ。
ディランがそれに気づいて食い止めたのだった。
「わかった。もう無茶はしない。へびっちにも嫌がられたし」
「へびっち、嫌になったらこっちに来いよ」
ディランはレイアスのお腹を見て言っていた。
「嫌だ、回復するまでここにいてもらう」
「じゃあお前も元気でいなくちゃな」
「わかってる」
レイアスは唇をとがらせていた。
当の本人へびっちは、親蛇の愛情をありがたいと思ってるのか、それとも重たいと思っているのかはわからない。まださほど動けないために、
否応なしにずっと親蛇に囲まれてる状態でいるのだった。
つづく
11部
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