第41話
秋の夜である。肌に感じる風は冷たい。街の酒場は盛り上がっているだろうが、ここは住宅街なので、辺りは静まりかえっていた。
空にはまん丸の月が浮かんでいる。満点の星空である。
「後何年この夜空を見ることができるだろうか」
（あの頃は本気でそう思っていたな……）とヴィラは星空を見上げながら懐かしく思いだしていた。
あの頃自分は七十歳ほど、大人になって20年ほどが経っていた。大人の重圧は年々増していた。
道半ばで無念の死を迎えた先輩達の分も、自分達はがんばらねばならなかった。
自分は百歳を超えることができるのか？ せめて一人は子供を作らなければ申し訳ない。
若者達はだれもが同じ心境だっただろう。力が強い者にはさらに、重圧がのしかかった。
ミカエル、フリット、イシュタール達は、さらに苦悩していたことだろう。子供ができないかもしれないとイシュタールは嘆いていたに違いない。それでも彼らは、
王の前では平然と過ごさねばならなかった。時には笑って王に接していただろうが、心の底では、なんともいえない不安がうずをまいていたに違いないのだ。
その下に位置していたヴィラやジュノーはまだましだったかもしれないが、言葉にならない恐怖と日々戦っていた。
あれから30年以上が過ぎ、ヴィラは今百歳を超えている。国の中の雰囲気も変わった。自然に笑う人々が普通にそこらにいるのである。笑顔で酒を飲む人々がいる。
この国に死の影は見えなくなった。それどころか、今を楽しむ余裕すらある。
一人の女性の愛がこの国をここまで変えたのだが、当の本人は、まるで自分のおかげとは思ってはいない。面白いものである。
―そろそろ城にいこう
ジュノーから連絡が来た。
―わかった
とヴィラは返した。
「今夜はどんな面白い夜になるのやら」
ヴィラはそんな期待を胸に、城に移動した。
「残ってるのは我々だけなんですから、今夜こそ、蛇同士仲良くしましょう！」
ゆりの顔を見るなり、ジュノーは燃えていた。
「うんうんそーだね」
儀式の部屋にいたのは蛇の目のゆりである。今日用意されていたのは緑の下着である。侍女達はヴィラとジュノーの蛇の色を知っていたのだろうか。ゆりはさっそく緑の
下着の上に薄い緑のネグリジェを着ていた。下着で待っているにはちょっと寒い。
「私達だけ失敗なんてショックですよ。今日は金蛇ちゃんも元気ですよね。起きてます？」
「多分」
「寝ちゃいやですよ」
ジュノーがゆりを抱きしめていたらヴィラがやってきた。
「今日は綺麗な月ですよ」
「ほんと？」
窓に近づこうとしたゆりをジュノーが抱きしめたまま行かせなかった。
「体が冷えちゃうからだめです。布団でぬくぬくしましょう」
「うん」
ジュノーとゆりはベッドにあがっていた。
「ヴィラもいらっしゃーい」
ヴィラは苦笑しながらベッドにあがっていた。
「あとねジュノーの蛇様だけなの。今日は出てきてくれるかな？」
蛇同士がうんぬんよりも、両方のゆりの興味は実はそこである。ジュノーの蛇様がどんな性格なのか、が一番気になっている。
「シャナーンとイシュタール殿はどんな性格でした？」
ジュノーが聞いた。
「楽しい蛇様だったよ。ヴィラの蛇様も出てきて。抱っこして」
ゆりは両方の手を握っている。
「蛇様か、ちょっと怖いけど、ヴィラはあんまり性格は変わらなかったんだろ？ 私もそうは変わらないんじゃないかな」
ジュノーは自分を安心させるように言っている。
「蛇様が覚醒しなくても、蛇同士は交われると思うんですけど」
ヴィラが言った。
「それはそうかもしれないけど、せっかくだし……ね」
ゆりは二人の手を離して、もぞもぞとネグリジェを脱ぎだした。
「かわいい下着ですねえ。でも脱ぎましょう」
ジュノーはゆりの下着を脱がすのを手伝っている。
「今日もかわいいなあ」
ジュノーはゆりの肌をなでながら胸に触れた。
ヴィラはゆりの顔を自分の方に向かせて口づけた。
「ねえ、蛇様〜」
ゆりはヴィラを見上げている。
「呼ばないでください」
「呼びたい」
ジュノーはゆりのお腹をなでなでしていた。
「赤ちゃんよしよし、元気に産まれておいで」
「何人産んでも王妃は変わらないですね。子だくさんだってことを忘れるほどですよ」
とヴィラ。
「儀式のおかげもあると思う。あれの後は体が元に戻ってるし、神様からいろいろもらったりもしたし、私って運がいいよね」
「強運ですよ。王妃は」
ヴィラが言った。
「我々にとっては幸運の王妃様ですよ」
ジュノーも続いた。
はっと黒目のゆりが気づいた時には、部屋の中は真っ暗だったので、どちらがヴィラでどちらがジュノーか全く分らなかった。
「えーと、蛇同士って、もうした？」
裸だったのでゆりが聞いた。
「まだですよ。ヴィラが変な攻め方をしたんで、あっちの王妃は逃げちゃいましたよ」
とジュノー。
「変な攻め方？」
「私はただ、愛してるって普通に言ってほしいだけですよ。神様は横に置いといて、王の次でいいんで愛してるっていってください」
ゆりはぽかーんとしている。昔、自分が誰かに言ったような台詞である。
「なんか変ですよねこいつ。これが肌の蛇ってやつ？」
ジュノーは不思議がっている。
「いや、最近のヴィラはたまにこんな感じなの」
「じゃあ、ふっきれちゃった？ タガが外れたとでもいうのかな？」
「二人きりの時くらいいいじゃないですか。儀式ではこんなこと言いません」
「私もいるんだが」
とジュノー。
「私は二人のこと、愛してるよ」
ゆりが言った。
「本当はしたいくらい好きです？」
「う、うん」
ヴィラはゆりの体を横にして、背中からゆりにひっついていた。
「あーおい……」
ヴィラは興奮した下半身を太ももの間に差し込んで、二人の性器がこすれるようにひっついて、腰を動かしている。
「あ……」
「動くと入っちゃいますよ？ 動かないで」
ジュノーに向けられたゆりの顔は真っ赤である。やがて、下半身に放たれる感触があった。
「これだけでも気持ちいいですか？」
「うん」
ゆりは足をもぞもぞさせている。
ジュノーはヴィラの体に蛇の鱗の模様が浮かんでいるのを見た。
「ヴィラなのか蛇さんなのか、どっち？」
「半々？」
ヴィラ自身定かではないようだ。
「半々、奥深いなあ。肌の蛇って」
「あの時みたいに奥でいきたいなあ……」
ヴィラがゆりの後ろでつぶやいている。
「私が嫉妬深くなるからだめ」
「王妃に嫉妬されたい。また赤い月に他の女を抱かないでって言われたい」
ヴィラはまるでよっぱらってるようである。
「えー王妃そんなこと言ったんですか？」
ジュノーは驚いている。
「そのおかげでヴィラは彼女を孕ませたのよ」
「ははっ何のおまじない？」
ジュノーは呆れたように笑っていた。
「言ったってどうせ聞かないじゃない」
「聞くわけないです。私にも大人の付き合いがありますし」
「じゃあ言う意味ないでしょ」
「王妃に嫉妬されることに意味があるんですよ」
「二度と言っちゃだめって言ってたくせに」
ゆりは口をとがらせている。
「言ったかな。覚えてないですねえ」
ヴィラの指がゆりの下半身をまさぐっていた。
「でも……私も言われてみたいな。王妃に本気で嫉妬されたいな」
ジュノーはゆりに顔を寄せて、ゆりの耳を唇で含んだ。
「く、くすぐったい」
「気持ちいい？」
ヴィラはゆりの体の中へと指を忍ばせたまま、ゆりの肩に口づけている。
「あ……」
ゆりの腰が動いていたので、ジュノーは布団をめくっていた。
「そっちに感じちゃったんですね。王妃の気、綺麗なピンクになっちゃってますよ。私もすごく興奮してきた。まずは、口でしてほしいな」
ジュノーは体を起こして、ゆりの口元に自分の下半身を寄せていた。
「赤い月以外は彼女を抱かないって約束したらしてあげる」
ゆりが言うと、ジュノーは「約束しますよ」と即座に答えていた。
ゆりは舌を出して、ジュノーの下半身の先端をなめて、口に入れていた。
「ああ、気持ちがいい……」
ジュノーがあえぐように言った。
「見せつけるようにそんなことをして、あなたは本当に悪い女だ。また、お仕置きしてやらなきゃ」
「また？ 王妃、ヴィラにどんなお仕置きをされたんですか？ ヴィラの蛇さんって実は危ないやつなんじゃないの？ ああ、もしかして、
あなたにこんなことを最初に教えたのはヴィラなんだ？ ヴィラはゆりちゃんの最初の男、だもんな」
右腕だけだった蛇の鱗が、ジュノーの全身に広がっていた。
「変な言い方しないで。実際にはヴィラに最初にしてないもん」
ゆりはつい口を離して抗議している。
「最初の男って、いい響きだなあ」
とヴィラはやはりどこかおかしい。
「私も続きは太ももでしよう。そのかわり、金蛇ちゃんはしっかりいただくよ」
ジュノーは体を横にしてゆりを正面から抱きしめた。
「ジュノーの蛇さん？」
「んーさあ」
「ジュノーの隠れた性癖を教えて」
ゆりはそれがどうしても知りたくなった。
「隠れた性癖？ 何か隠してたかな？ ヴィラはなんか隠してた？」
ジュノーはゆりとひっついて腰を動かしながら聞いた。
「さあ、あっ王妃ちゃんを縛って動けなくして好き放題したいって思ってたかな。でもそれはこの前かなえたから隠れてないか」
ヴィラはぼそぼそ言っている。
「えっゆりちゃんを縛ったの？ それで無理やりされた？ 本当はされたの？ ねえ！」
「さ、されてないよ。されてない」
「本当？ 好き放題されたんだろう？ 本当は体の奥にねじこまれたんじゃないの？」
「いやいやそこまでは。ヴィラはもういいからジュノーはどうなの？」
ゆりは面倒になったので強引に話を変えている。
「私は隠してないよ。かわいい下着を着たゆりちゃんが大好きさ。抱いてる妄想をするだけで興奮できる。妄想上、私達の子供は10人以上は産まれてる」
「はあ」
「それを言うなら、俺だって、子蛇が五十匹は産まれてる」
「本当ならへびっちが大喜びだな。ゆりちゃん、ちょっと足を広げて。入り口で、出してあげる」
ジュノーはゆりの足を広げて、下半身をぎゅっと押しつけていた。
「いい子だね。指で中に入れてあげるよ。妊娠中じゃなかったら、これだけで妊娠しちゃうね」
「なんかもうわけがわからない。蛇さんなのか、交じってるのか、ヴィラの蛇さんはこの前と性格が違うし」
ゆりはかなり混乱していた。
「あの時は他の男にやられまくるんじゃないかと本気で心配したんだよ。一度やっちゃったからもう押し切られるんじゃないかと思って。それに、君が俺たちに
会いたがったんだよ」
「だって、そりゃ会いたいよ。彼女しか知らないみんなの顔を、私だって見たい。知りたいよ」
ゆりはせつなげに言った。
「かわいいね。今夜は満月だっけ。あれが赤いと妄想しよう。そろそろ本気で、かわいい蛇ちゃんを口説こう」
ジュノーはゆりのおでこをなでた。
「ずっとディラン殿がうらやましかった。俺たちよりも、もっと深い所であなたとつながってる気がして……おいで、もっと、もっと深くつながろう」
ジュノーもヴィラも、瞳が蛇の瞳に変わっていた。ゆりはぞくぞくしながら、二人の背中に腕を回していた。
その頃、子供ドルイドは大人になってシャナーンに会っていた。
「夜中にすいませんね」
とドルイドはちょっと申し訳なさそうである。
「いえ、楽しいですよ」
とシャナーン。今夜は学校の校庭を借りている。ハインリヒ達が暴れた後はすっかり修復されていた。シャナーンは用意していた二本の剣の内の一本を
ドルイドに渡した。二人は鞘を抜いた。
「では」
「はい」
二人は剣を合わせた。
城のゆりは、二人に散々指で愛撫されて、肌の蛇はキラキラ輝いていた。
「好き……好き……本当に好きなの」
ゆりの瞳は涙でうるうるしている。
「愛してますよ」
「愛してます」
ヴィラの胸に金蛇が移っていた。
「ママが近くに来てくれたよ。うれしいかい？」
ヴィラは子蛇に話しかけていた。ヴィラの右腕にいた子蛇がちょっと動いているが、暗いのでゆりにはさっぱり見えていない。
ジュノーの腕にいた子蛇ももぞもぞ動いていた。
「子供が呼んでるよ。おいでおいで」
ジュノーはぎゅっとゆりを抱きしめた。するとジュノーの胸にも金蛇が移っていた。子蛇達は喜んでる風である。
「ごめんね。ママと仲良くさせて。あっちのパパには内緒でな。ヴィラの子蛇は絶対パパにチクりそうだな」
ジュノーは笑いながら言った。
「うーん、それは勘弁してほしいな。頼むから内緒で。ディラン殿に殺されるかもしれないから」
「動いてる。蛇が動いてる」
ジュノーは自分の蛇が動くのを見て感動している。
「綺麗だもんなあ。今夜こそは、思う存分愛し合おう」
ジュノーはうっとりと言った。
「感動だ。感動する。生きてる。生きて……彼女ととうとう！」
ジュノーの気は高ぶっているようだ。ゆりはぼんやりジュノーを見ている。金蛇の様子は見えるのだが、緑の蛇の方が暗くて見えない。
「どっちかろうそくの火をつけてくれる？」
ゆりは蛇達がどのようにからまってるのかが見たかったのだが、ジュノーに「だめ」と言われた。
「君は見ちゃだめ」
「どうして？」
「君は俺にちゅーして」
「みたいのに」
ジュノーからゆりに口づけている。
「どちらの相手もするなんて、私って器用だな。ヴィラはすっかり動かなくなった」
ゆりがヴィラを見ると、ヴィラは座り込んだままうなだれていた。
「ほら、抱きついてちゅーして」
「うん」
ゆりはジュノーの背中に腕を回して唇を寄せた。
「かわいいなあ。あったかくて、ほんとかわいい」
ジュノーはぎゅっとゆりを抱きしめていた。
ヴィラは、蛇同士の行為の方に気をとられている。
ようやく、これでようやく過去の男達に並ぶことができたのだ。今までどうしても不可能だった行為である。うれしかったが、別の感情もわいた。
君は王妃と一緒で決して自分だけのものにはなりはしないのだ。明日にも君は別の蛇とひっついているのかもしれない
このまま返さなかったらどうなるのだろう。やはりメス蛇は男の肌では生きられないのだろうか。君はこのままここにいたら、弱って消えてしまうのか？
それはヴィラの思いなのか、ヴィラの蛇の思いなのか、ヴィラ自身にも分からない。
「まあ、そんなことは、できるわけもないが」
ヴィラがぼそりとつぶやき、ゆりは「え？」と顔を向けた。
「いえ、あなたの悪い金蛇ちゃんは、世の理をひっくり返したんですよ。肌の蛇に、意識を持たせてしまった。本当はいけないことなんですよ。暴走してしまう
ところなんだけど、うまいこと制御できてるのは、あなたと付き合いが長いせいかな？ それともあなたののほほんとした性格のせいか。あなたがもし本当に
悪い女だったなら、我々はきっと、おしまいですよ」
「ゆりちゃんの金蛇だからこんなに愛しいんじゃないか。美しいだけの蛇に興味なんかない。かわいくて面白くて、蛇は、ゆりちゃんの心そのものだよ
だから、惹かれて出てきたんだ」
「……そうだな。それもそうだ」
ヴィラは納得したのかちょっと笑っていた。
「愛欲の女神様は神の国でも一人の男だけのものになりはしないんだ。人間界でも、独り占めするのは無理に決まってるよな」
そのつぶやきは、ちょっと寂しげでもあった。
一方ドルイドとシャナーンはひとしきり剣を合わせた後、休憩中である。シャナーンはあのことを話すかどうか迷っていたが、やはり話すことにした。
「今、王妃の肌に、金蛇が二匹出ているんですよ」
「え？」
「あなたと愛し合った、あの金蛇がに――」
ドルイドは目の前からさっと消えてしまったので、シャナーンはびっくりしていた。
「あ、まずい！」
シャナーンはあわてて城に飛んだ。
―すいません、王妃との夜は終わりました？
今夜はゆりはジュノーとヴィラと会うということを知っていたシャナーンは、思念をすぐ飛ばしていた。
―え？ 今一回仲良くしたところ
ジュノーから思念が返ってきた。
―ドルイド様がそちらに行くかもしれません。すいません！
―え！？
「ど、ドドッドドルイド殿がここにくるかもって」
ジュノーがあわてた様子でいうと、ゆりはびっくり仰天していた。妖しい気分は吹っ飛んでいる。
「え？ 大人ドルイド？ なんで？ 」
「シャナーンが金蛇のことを言ってしまったようで。ドルイド殿は金蛇に会いたいんじゃないですか？」
「え、え！」
金蛇はゆりの肌に戻ってきていたが、男二人との場面をドルイドに見られるのはさすがにいやである。
「ふ。ふふ、服、服を着なきゃ！」
ゆりもあたふたしだした。
「その前にちょっと肌を拭きましょう」
ジュノーはパンツをはきながらあわててタオルを出してきた。
「ぷっなんか、浮気が夫にばれたようなそんな場面？」
ヴィラはジュノーの慌てように笑っている。
「ヴィラ、笑ってる場合じゃないぞ。ドルイド殿は、結構力をもってるんだからな。シャレにならない。シャナーン、ドルイド殿を足止めしてくれ！」
ジュノーはシャナーンに思念も送っていた。
ドルイドはゆりの寝室にすっ飛んできていた。
「あれ？ 体が勝手に……」
ドルイド自身の意思ではなかったようだ。
「またお前か？ 全く、ゆり様はいないから、今日は王様と一緒なんだよ。帰ろう」
ドルイドは移動しようとしたが、足は全く動かなかった。
「おいー」
シャナーンがやってきた。
「ドルイド殿、落ち着いてください」
シャナーンはかなり慌てた様子である。
「私は落ち着いているんだけど……こいつがどうも……」
ドルイドは困った様子である。
「王妃はもうちょっとしたら来てくれるので、ちょっと待っててください」
「え。ここに来るんですか？」
「落ち着いて、待っててくださいね」
シャナーンはドルイドを落ち着かせようと必死である。
儀式の部屋では大慌てである。
ゆりはタオルで肌を拭いて下着を着てネグリジェも着ていた。
「あ、ドルイドに肌を見せてって言われたらどうしよう。これだと全部めくらなきゃいけないしガウンの方がよくない？」
「そうですね」
ジュノーはクローゼットから白いガウンを取り出して、ゆりは着替え直していた。
ヴィラはゆりに近づいて、「なんかいたずらしたくなってきた。首にキスマークつけていいですか？」などと聞き、
ジュノーとゆりの二人に「だめ」と言われていた。
「お前まだ蛇さん出てるの？ ひっこませろ」
ジュノーは手でヴィラを払っている。
「そういうわけじゃないが、この状況がおかしくて、別に、我々がドルイド殿に遠慮しなくてもいいと思うが」
「ドルイド殿にとっては久々の彼女との対面なんだぞ」
「金蛇達も今会うのはきまずいと思うがなあ」
「そういってもドルイド殿もたまにしか出てこないんだから、約束して会うってわけにもいかないだろ？ 王妃、あっちの王妃に変わって瞬間移動で部屋まで
行ってくださいね」
「わ、わかった。後は任せたわ」
ゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
「王妃、シャナーンはどうします？ いてもらった方がいいですか？」
ジュノーがゆりに聞いた。
「えー……別に怪しいことにはならないと思うけど、ドルイドと二人で大丈夫じゃないかな？」
「わかりました」
「ドルイド様、王妃がまもなくいらっしゃるんで、私はいきますね」
シャナーンがドルイドに言うと、ドルイドは、「できたらいてください」と言っていた。
「私が暴走しないように見守っていてくれませんか？」
「は、はあ、ぼ、暴走……」
「自分でも自信がなくて……」
シャナーンも自分が原因なのでドルイドと一緒にゆりを待っていた。やがてゆりが横の部屋からこちらに歩いてやってきた。
ゆりの気はピンクの余韻が残っているので、シャナーンはどきどきしている。
「こんばんは。いきなりだからびっくりしちゃった」
蛇の目のゆりは明るく言った。
「すいません。金蛇のことを聞いて、いてもたってもいられなくなって……」
ドルイドは申し訳なさそうに頭をかいている。ドルイドの後ろでは、シャナーンがゆりに頭を下げていた。
「私の蛇は、ずっと金蛇に会いたかったようなんです。それで」
「いいよ。会わせてあげる」
ゆりはガウンの上半身を開いた。ドルイドは目をぱちくりさせている。ゆりは自分のお腹を見てぎょっとした。なんと金蛇がいない。どこかに隠れたようである。
（ちょっと、出てきなさいよ！ こうなったら全部脱ぐからね）
ゆりはこうなったらしょうがないと、ガウンを脱いでばさっと下に落とした。肌を覆っているのはブラジャーとショーツだけである。
「どこにいる？」
ゆりは二人の前で回転していた。
「あ、背中にいます」
とシャナーンが指摘した。
「背中？」
二匹の金蛇はゆりの背中にそろって移動していたのだった。
ドルイドがよろよろとゆりに近づいた。
「本当に金蛇だ。本当に……」
ドルイドの瞳からは涙が流れている。ドルイドはゆりの背中の蛇をなでていた。
「前とちっとも変わらない。それにしても、どうして隠れたんだい？」
ドルイドはゆりの背中に顔を引っ付けて聞いていた。後ろにいたシャナーンの背筋は寒くなっている。と同時に、ゆりも背中にぞぞっとするものを感じていた。
「本当に久しぶりに会えたのにうれしくないの？ それとも後ろめたいことでもあるのかな？」
（こ、こ、怖い……）
背中に舌の感触を感じて、ゆりはちょっと前に歩いていた。
「彼氏ができたから私が怒ると思ってるんだ？ この時代じゃ無理だと聞いたような気がしたけど、違ったのかな。もしかしてハインリヒも？ 他の男はともかく、
ハインリヒは殴ろう」
シャナーンはそれとなく横を向いていた。ゆりはぶるっと背中を震わせている。
「ああごめん、これじゃ風邪を引いてしまうね。はい」
ドルイドは、ガウンを持ってゆりに着せていた。ドルイドなのかドルイドの蛇なのか、ゆりにもシャナーンにも分からなかった。
「肌の蛇は転生すると思う？」
ドルイドがゆりに聞いた。
「これぞ執念というやつか。いや、愛かな。愛の一念で奇跡を起こせた。自分に拍手を贈りたい気分だ」
「ドルイド……」
ドルイドはゆりの目元を手で覆った。その手が外れたとき、ゆりの目はめいいっぱい見開かれていた。目の前にいたのは、以前自分と愛し合った、
黒髪のドルイドだったのである。
ゆりの頬をぽろぽろ涙が流れていた。
「ありがとう。あなたは達は本当に素晴らしい奇跡をくれた。感謝してもしきれない。ありがとう」
「ドルイド！」
ゆりはドルイドに抱きついていた。今このとき、ゆりの左目は蛇の目だったが、両方のゆりが同じものを見ていた。
「ドルイド……」
ゆりの目から止めどなく涙があふれている。
「会いたかったよ。ドルイド」
「ゆり様、もう泣かないでください。私はずっと、あなたの笑顔だけを見ていたい。あなたと愛し合うことはもうないにしても、あなたが変えたこの国で、
あなたの命を感じながら生きられることは私の喜びです。この国を守るために、私も戦える。いずれは、誇り高き戦士の一員となって、この国を守ります」
「ドルイド……もう、涙でドルイドの姿がよく見えないよ。しっかり目に焼き付けたいのに」
ゆりは涙を何度も拭いていたが、涙があふれて止まらなかった。後ろではシャナーンももらい泣きしている。
ドルイドはゆりのおでこにちゅっとキスしていた。そしてすぐ近くで微笑んでいる。よく知っていたあの顔で。
「この顔はこれが最後です。転生した恋心は小さいドルイドの中に封印します」
「もう大きくならないの？」
「大きくなってもこのように近くによったりはしません。もう二度とこのようには」
ゆりはぎゅっとドルイドに抱きついていた。ドルイドも優しくゆりを抱き返して、やがて消えてしまった。
ゆりはそのまま泣き崩れてしまい、シャナーンがゆりに近づいてゆりの背中をなでた。
「ドルイド殿は金蛇に会って、王妃にこれで終わりだと言って去ったらしい」
儀式の部屋でまだいたジュノーは、シャナーンから説明を受けてヴィラに伝えていた。
「そうか。何度も王妃を泣かすとは、罪な人だな。転生しても王妃は自分のものにはならないのに、ドルイド殿は、それでも幸せなのかな」
ヴィラにはドルイドの気持ちが分からなかった。
「幸せさ。自分の子供達には会えたんだ。それだけでも十分幸せだよ」
「そうか、そう思っているのかもな」
思いかけずドルイドのことがあり、二人は金蛇と仲良くなれた喜びはすっかり忘れていた。
「なんだかすごくディラン殿に会いたい」
ヴィラが言った。
「子蛇がそう思ってるんじゃないか？ やっぱり今夜のことをチクる気だ」
「え？ それだけはだめだからな」
ヴィラは本気であせっている。
「ちくっちゃえ、ちくっちゃえ」
「お前だってレイアス殿に会ったときまずいだろ」
「そうかな。じゃあやっぱり内緒だな」
などと二人は話し、その部屋から去って行った。
『目的は達した。私はもう満足だ……』
ドルイドは自分の蛇の言葉を聞いた気がした。もう二度と、肌の蛇が体を動かすことはないのかもしれない。
私は……シス様にかこつけて、やっぱりゆり様に会いたかったのかな？
ドルイドは今はそうも思えていた。
私はもう消えた方がいいのかもしれない。小さいドルイドにとってはその方が……今度もしガーベラ様に出会ったら……そう頼もう
などと思いつつまどろんでいたドルイドは、夢の中、小さいドルイドに出会っていた。小さいドルイドは笑顔でこちらに手を差し出している。
小さなかわいい手である。ドルイドはその手を握りしめた。
「今までありがとう。ドルイド」
大人のドルイドは礼を言った。
「ぼくたちはいっしょだよ。これからもずっとずっといっしょだよ」
小さいドルイドが言った。
「うん。そうだね」
ドルイドは小さいドルイドの笑顔を見て、自分も笑っていたのだった。
朝が来た。
「ドルイドちゃん、今日はいい天気になりそうよ♪」
ドルイドの母親カレンが陽気に寝室にやってきた。
「起きてちょうだい」
布団をめくったカレンは、大きな疑問符を頭に浮かべていた。布団の中で寝ていたのはドルイドよりも遙かに大きな少年だったのだ。
しかも真っ裸である。
「？？？？」
その大きな少年が目を開けた。
「おはよう。ママ」
「ママ？」
「ママ……あれ？ え？」
少年は自分の手足を見て、「わっ」と驚いていた。
「え？ え？ どういうことなの？ 私のドルイドちゃんはどこ？ あなたはだれ？」
カレンは困惑しているようだ。
「その気は、ドルイドちゃんに似てるけど、どういうことかしら」
「えーと……ハ、ハインリヒを呼んでくれる？」
少年は困った顔で言った。
すぐハインリヒが飛んできた。ハインリヒはカレンをとりあえず追い出して、少年と二人っきりになった。ドルイド少年は服がなかったので、大人のだぼだぼの
服を着ていた。
「お、お前、ドルイドか？ どういうことだ？ 随分小さいし、今は朝だぞ！？」
ハインリヒは戸惑いつつ言った。ここにいる少年はドルイドだった。しかし大人ではない。しかも小さい四歳のドルイドですらない。
20から30歳くらいの少年である。
「ごめん、ハインリヒ」
ドルイドは女の子のような声でとりあえず謝っていた。
「一体どういうことなんだ！？」
「私は小さいドルイドと融合してしまったようだ」
「はあ？ 融合？」
ドルイドは夢の中、小さいドルイドと出会ったことを思い出していた。
『ぼくたちは、ずっといっしょだよ』
これはそういう意味だったとは。
「もしかしたら、もう小さくならないかも」
「じゃあ小さいドルイドはどこに行ったんだ？」
「心の中で一緒になった」
ドルイドがそういうと、ハインリヒは口を開けたまま、ばたりと横に倒れてしまったのだった。
つづく
11部
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