第42話
―シャナーン、何も昨晩ドルイド殿に言わなくてもいいのに……
シャナーンに愚痴っていたのはジュノーである。おかげで、蛇同士が愛し合った余韻もへったくれもなかった。
―本当にすいませんでした。まさかすぐにドルイド様が移動してしまうとは思わなかったものですから。邪魔する気はなかったんですよ
―本当だろうね〜
―本当ですよ
ドルイドがゆりの部屋から消えてゆりは泣き崩れてしまい、シャナーンはゆりが落ち着くまでゆりの側にいた。陽が昇るころ、シャナーンは自分の屋敷に帰っていた。
そして今ジュノーに愚痴られている。
―ドルイド様をどうしても金蛇に会わせてあげたかったんです。ドルイド様にはいつ出会えるかわからないものですから、つい昨晩言ってしまったんですよ。
王妃はドルイド様と二度も別れを経験したことになってしまって、切ない夜でした
―まったくもーこっちは奇跡の夜だったってのに
―すいません
シャナーンはヴィラにも謝罪の思念を送っている。
昨晩は切ない夜だったが、同時に怖い夜でもあった。シャナーンはドルイドが初めて怖いと感じた。
もしドルイドの子蛇がついていなかったら自分も攻撃されたかもしれない、とシャナーンは思っていた。
（ハインリヒ様は本当に殴られるんだろうか。ハインリヒ様にも先に謝ったほうがいいかな？）などとシャナーンがハインリヒに申し訳なく思っていた頃、ドルイドの体に異変が起きていた。
そしてその異変にハインリヒは大ショックを受けている。
「ドルイド……私のかわいいドルイドー！！」
ベッドでは困った様子のドルイドが座っている。ハインリヒはショックながらもドルイドの母親カレンにドルイドがこうなったいきさつを簡単に説明していた。カレンは奇妙な面持ちで聞いていたが、
やがて納得したのか、「とりあえず、この子がドルイドちゃんで間違いないんですね？ やっぱりハンサム。そしてステキだわ。今のドルイドちゃんにあう服がないわ。さっそく買ってこなきゃ」
などと陽気に言っていたので、ハインリヒは逆に驚いていた。
「カレン、大丈夫？」
「大丈夫です。そりゃ驚きましたけど、母親の願いはいつでも、子供が無事大きくなってくれること、なんですよ。ここまで大きくなったドルイドちゃんを見られてよかったって気持ちもあって、
ちょっと寂しいけど、ほっとした気分でもあるんです」
「はあ……」
ハインリヒは拍子抜けした顔付きである。
「ハインリヒ様はピンとこないと思いますけど、ドルイドちゃんは、上級になれる可能性を持った数少ない子供なんですよ。もし何かあったらみんなに申し訳ないって毎日のように思ってましたから」
「そ、そう……」
「男の子の方が体が弱いっていいますから、本当に心配だったんです。だから、育った姿を見ることができてうれしいです」
「うーん、困惑してるのは私だけか……」
ハインリヒ一人が大ショックを受けたままらしい。
「それにしても、過去の世界での友人が生まれ変わって息子になるなんて、なんて素敵な運命なんでしょう！」
そこも初めて聞いたカレンは驚きまくっている。
ドルイドははしゃいでいるカレンを見つめていた。現世での母親は緑の髪の女性である。過去の世界での母親は黒髪だった。
前世でも、前、前世でも、ドルイドは親不孝のまま死んでしまった。この世では、母親を泣かせることはしたくない。
「ママ、大好きだよ」
ドルイドはカレンに両手を出していた。
「ドルイドちゃん」
カレンはその両手を握りしめた。
「ママもドルイドちゃんが大好きよ」
「もうちゃんは恥ずかしいよ」
「ドルイド様！」
「いや、様はおかしいでしょ」
などと二人は結構和気藹々と話していた。その後ハインリヒの他の彼女達がやってきて、ドルイドは母親達と買い物に出かけていった。
ハインリヒ一人が取り残されたようにぼんやりしてしまっている。
「うーん、あのドルイドとはちょっと違うな。やっぱり小さいドルイドが混じっているのか？ 小さいドルイド、かわいかったのになあ。もう会えないなんて、私はこんなにショックを受けているのに、
彼女達のだれもショックを受けないなんて」
やはり子供を無事成長させるというプレッシャーは母親の方が強く感じているのかもしれない。
他の彼女も、「ここまで大きくなってよかったじゃないですか」などと言っていた。
ハインリヒは小さいドルイドが5歳、10歳、15歳になる様を見ることができなかったのがショックなのだが、だれも同じ気持ちにはなってくれないようだ。
「あー、今日はもう仕事したくない。でも王に報告はしなきゃだめだよな。それとも、明日になれば元通り小さくなってたりして……」
などとハインリヒは希望を抱いていた。
ドルイドが街に出たものだから、ドルイドが大きくなったという話はどこからともなく広まってしまった。その話は子供達が通っている学校にまで伝わっている。
「ドルイド君が成長しちゃった！？ 一体何歳になったっていうんだ？」
驚いていたのはミカエルの子供ラリーである。
「20歳以上らしい」
「20歳以上！？」
「本当なのか！？ 僕らと同世代になったってこと？
ラリーだけではなく、ヴィラの息子ヴィンセントやジュノーの息子クリスもショックを受けていた。ラリー達は父親達に確認の思念を送り、父親達も「一体何があったんだ？」と混乱中である。
ハインリヒがカレンの屋敷でぼんやりしている間に噂は広がりまくり、ミカエルからハインリヒの元に「何があったんだ？」と思念が来た。
「もう知ってるの？ 早いなあ」
―ドルイドが成長したって？ 元に戻るんだろう？
「さーわからん」
―なんでそうなったんだ？
「私が聞きたいくらいだ」
―ハインリヒ、ドルイドが20歳くらいに成長したんだって聞いたが、城に連れてきてくれ
会話の途中にラクシュミから思念が来た。すっかり城にまで伝わっているらしい。
「は、はい」
ハインリヒはあわてて返事をし、今度はシャナーンから「あのー、ドルイド君が20歳くらいになったのは本当ですか？ もしかしたら昨晩のことが原因かも。私のせいです。すいません」などと思念が送られてきた。
「シャナーンのせいってどういうことなんだ？」
ハインリヒはシャナーンに問いただしている。シャナーンは昨晩のことをハインリヒに説明した。
だが、それが原因でドルイドの年齢が飛んだとも考えにくい。やはりドルイドの心の中で、何か変化が起きたとしか考えられない。
この日の午後、ドルイドは新品の服を着て城に行くことになった。すでに城の子供達も噂を知っており、ドルイドを待ち構えている。
「こ、こんにちは」
ドルイドを見たシスは、
「ドルイド、本当に大きくなったんだね。どうして大きくなったの？」
とうれしそうだった。
「あ、大人ドルイドの時と気が違う気がする」
ラギはめざとくそこに気づいている。
「私にもうまく説明ができないんですが……」
ドルイドは恥ずかしそうだった。
「前世の記憶はそのままなの？」
シスが聞いた。
「はい」
「大人になった時の記憶も？」
「はい」
「じゅあもう勉強しなくていいんだ。いいねえ」
とアナスターシャがうらやましそうに言っていた。ナナミは「かっこいいね」などと言っている。
「今度僕と遊ぼうね」
とロイ。ミシェイラとレーヌはここにはいない。
「じゃあ、王に会ってきますんで」
ハインリヒはドルイドを促して王の間に入った。
前世の記憶のままラクシュミに会うのは初めてだったので、ドルイドはかなり緊張していた。
ラクシュミの横にはザメハやフレイもいた。ドルイドを見て目を輝かせている。
「おおー立派に成長しましたな。大人姿をみたいと思っておったんですが、今後はどうなるんですかな？」
ザメハはじろじろとドルイドを眺めている。
「どうなんでしょうねえ。私としては、子供に戻ってくれてもかまわないんですけど……」
ハインリヒはまだ小さいドルイドが恋しいようだ。
「陛下、長らく挨拶もできず、申し訳ありませんでした。ドルイドです」
ドルイドは、騎士時代のようにラクシュミに礼をしていた。
「ドルイド、ずっと会いたかった。かなり変な運命になってしまったなあ。とりあえず、この時代にようこそ、かな。ハインリヒはショックだろうが、子供時代はまだまだ長い。
今後はゆっくりと大人になればいいな」
「はい」
「明日にも小さくなるかもしれませんが」
ハインリヒはどうしてもドルイドに小さくなってほしいようだ。
「ゆりにも姿を見せてきたらいい」
ラクシュミはそう言っていたが、ドルイドはちょっとゆりに会いづらかった。
「だれも私の気持ちを共有してくれない。王妃は喜ぶのかなあ」
王の間から出たハインリヒはぶつぶつ言っていた。
「ハインリヒ、ちょっとゆり様には会いにくいんだが」
ドルイドは困ったように言っていた。
「ああ？」
ハインリヒは投げやりである。
「パパ、そんな顔しなくてもいいだろ」
「小さいドルイドーーーー！」
「往生際が悪いな」
ドルイドは横を向いてついぼそっと言っていた。
「お前な！」
「昨日ゆり様と涙ながらに別れた所なんだよね。それで今日会うってのもなんだか恥ずかしいなあ」
「し・る・か！ とっとと会ってこい」
ハインリヒは面倒くさそうにゆりの部屋の前まで瞬間移動して、ドルイドをゆりの部屋に入れていた。
ゆりはすでに子供達から話を聞いていたが、目の前のドルイドを見て目をまん丸に見開いている。
一杯泣いただろうゆりの目は赤くなっていた。
ドルイドは申し訳ない気持ちである。
「ゆり様……」
「今のドルイドはどういうドルイドなの？ 前世の記憶はあるの？」
ゆりはまず聞いていた。
「はい、小さいドルイドと、大きなドルイドがまじった感じというか……なぜかこういうことになってしまいました」
「ずっとこのままなの？ それともたまにその姿とか」
「多分、ずっとこうかと思います」
「そうなの。カレンは大丈夫だった？」
「はい、ハインリヒだけショックを受けてます」
「そうなの。何歳くらいなんだろう。シスより幼いくらいかな？ まだ大人には20年くらいあるから、これからは子供時代を満喫してね」
ゆりは笑っていた。
「ありがとうございます」
ゆりの左目が変わった。
「ドルイド、これからはゆっくり大人になってね」
蛇の目のゆりはそう言って微笑んだ。
ドルイドはゆりの部屋を出た。ハインリヒはゆりの部屋の外で腕を組んで待っていた。
「パパ、大きくなったから、学校に行けるよね」
「学校？ 勉強しなくてもいいんじゃないのか？」
「でもいきたい。そうだ。せっかくだからこの国のいろんな所をみてみたい。小さい姿ではあの街から出たことなかったし、大きな姿では夜しか活動できなかったから。僕行ってくる。夕方帰るから」
「あ、おい！」
ドルイドはさっさと瞬間移動してしまった。
「僕？ ああ、やっぱり小さいドルイドもいるんだ？ あーもう複雑すぎる！」
ハインリヒはぶつぶついいながらドルイドを追っていた。
一方、ドルイドと別れたゆりは、椅子に座ってぼんやりしている。
昨晩黒髪のドルイドの顔を見て別れをしたので、子供ドルイドを見ても悲しくはなかった。
もうドルイドと自分達の関係は終わったのだ、とそう思っている。
「まさかちょっと大きくなっちゃうなんて、かわいい盛りをすっ飛ばしちゃっていいのかなあ。まああの姿もかわいいけどねえ」
青い髪のドルイドはハインリヒに比べると優しい顔立ちだった。背丈はシスと同じくらいあったかもしれない。いずれは、あの大人ドルイドの姿になるのだろう。
「せっかくだから子供時代を満喫して、楽しい人生を送ってほしいな」
と思っていたら、侍女がやってきた。ラクシュミが呼んでいるから休憩室の方に来てほしいそうである。
ゆりは歩いて休憩室に行った。
ラクシュミはゆりの顔を見ると、自分の横に座るように促した。
「ドルイドに会ったか？」
「うん」
ゆりは昨晩のドルイドとのやりとりのことはラクシュミに言ってなかった。
「不思議なことだな。折り入ってお前に頼みがあるんだが」
ラクシュミはゆりの手を握りしめて言ったので、ゆりはちょっと身構えていた。
「なあに？」
「ドルイドのことなんだが、ドルイドはアナスターシャにやってくれ」
「え？」
ゆりは目を見開いていた。
「ドルイドがあの姿から大人になるとしたら、アナスターシャの相手にちょうどいい」
「もうそんなこと考えてるの？」
「お前には今から言っておかないと、ドルイドが大人になるのを待ってたら悪いと思って」
ラクシュミは真剣である。
ゆりはぷっと笑っていた。
「王様ったら。私はドルイドが大人になって自然に恋をしてくれたらいいと思ってるよ。私はそれを母親のように見守るよ。大丈夫だよ」
「本当か？ おい、もう一人のゆり、お前はどう思ってるんだ？」
ラクシュミはゆりの左目を変えて確認していた。
「私がドルイドに手を出すわけないでしょ。そんなこと考えてないわよ」
蛇の目のゆりは、幾分怒ったように言ってさっと消えてしまった。
「そうか。それならよかった」
ラクシュミは心底ほっとしている。
「王様ったら、私をなんだと思ってるの。シャナーンより若い子には手を出さないわよ」
「他には手を出してもいい」
「出さないってば」
などと言っていると、ノックの音がして、ナナミが中に入ってきた。
「ねえ、父様、私、ドルイド君と結婚する〜」
ナナミはにこにこしながら言っている。
「ん？ すまんが、ドルイドはもうアナスターシャの予約が入った」
ラクシュミはナナミに言った。
「ええー？」
「同世代の一番強い男は、アナスターシャとくっつけないとな」
「アーねえは、過去に行くでしょ。過去で強い男を一人連れてくればいいじゃない」
ナナミは簡単に言っていた。それを聞いたラクシュミは、「それもいいな」などと言っている。
「だが、ハインリヒのような物好きがもう一人いるかな？」
「一人くらいいるんじゃない？」
「過去には長い間いる予定だから、一人くらいは釣れるかな？」
「王様、魚釣りじゃないんだから」
横でゆりが突っ込んだ。ラクシュミにすれば、あの時代からこの時代に来ようと思うこと自体、奇跡らしい。もし自分だったならば絶対来ないと断言していた。
「まあ、そうなったらドルイドはお前の相手でもいいが」
「ドルイドがいないところで話を進めちゃって……」
ゆりはぶつぶついいながらも、ナナミとドルイドのカップルを想像している。ナナミは黒髪でアナスターシャよりは自分に近いので、自分を綺麗にした感じの大人になるだろう。
（二人が大きくなって、愛し合って、子供ができたりして、その子供を私が抱っこしたりして、仲が良い二人を近くで見守る私……）
「いいかも」
幸せそうなドルイドを勝手に想像して、ゆりの目頭は熱くなっていた。
（ナナミがドルイドを幸せにしてくれるんならそれもいいなあ）
「ナナミ、素敵な女の子になってドルイドの心を射止めるのよ〜」
「母様、泣いてるよ」
「泣いてない。目にゴミが入ったの」
ゆりは両手で涙を拭いていた。
「ところで、明日にもドルイドが小さくなったらどうするの？」
ゆりが聞いた。
「その時はその時だ。ドルイドがいなくなるわけじゃないからな。10や20の年の差は気にしない。ところで、ナナミはラリーやヴィンセントに興味はないのか？」
ラクシュミはナナミに聞いた。
「ドルイド君の方が強いもん」
ナナミは事もなげに言っている。ラクシュミも「そうだな」と返答していた。どうやら今の時点でそれは決まりのようだ。
「強さだけじゃなく、他のところも好きになってちょうだい」
とゆり。
「顔も好きだよ。青い髪も好きだし。私は強い男の子供を産まなきゃだめなんだよ。この国を守らなきゃならないから」
「その通り」
ラクシュミはうなずいている。
どうやらすっかり父親の考えが浸透しているようだ。
「ラリー、ヴィンセント、クリス、がんばっ！」
ゆりは他の子供達をつい応援していた。
大人の思惑は知らず、ドルイドはハインリヒと一緒にあちこち移動し、最後にとある泉にやってきていた。
「ここはまだあるんだ。うれしいなあ。ここ、湧き水が出てて、六の月には夜綺麗なんだ」
「知ってる。メピカが飛んでるんだろう？ 川の近くも飛んでるけどな」
「ここが一番たくさんいるんだ。過去の時代で見たのは何千年も昔なんだなあ……不思議だな……」
ここは昔、ドルイドがゆりを連れてきた場所でもあった。懐かしい思い出である。
「妹を連れてきたこともあったんだ」
「そうか」
過去の女王の城の側にあった噴水も、自分の屋敷も今はない。時の流れというものは無情ではあるが、今は、ドルイドも穏やかに受け止めている。
ここに住む人は変わっても、自然はそのままである。
「遺跡とかもなくなっちゃったんだな。あれ、重要な遺物だったんじゃないの？」
とドルイド。
「アヴィールの遺跡か？ 確かに今あそこは森になっちゃってるな」
「あそこも好きだったんだけどなあ」
過去、ドルイドやハインリヒがいた時代には、国の東南にアヴィールの遺跡というものがあった。そこには木彫りの巨大な蛇や、石を並べて蛇にみたてた置物などが並べられていた。
ザクート王の時代よりももっと古い時代に作られた物らしいが、あの時代の観光の名所のようなものだった。学校の授業で行ったこともある。
「遺跡の地下には宝があるんだ、って噂があって、地下への扉を探したろ。結局見つからなかったが」
「そうだっけ」
「何度か一人でも行ってみたんだが、不思議な場所だったんだよなあ。ユーモラスな蛇の置物が好きだったんだ、今度散策してみようかな」
「あそこ、今でかい熊がいるからな。狼もいるし、一人でちょろちょろ行くなよ」
「うん。ところで、ハインリヒは金蛇とまた愛し合ったんでしょ？」
ドルイドが突然その話題を出してきたのでハインリヒはびっくりしていた。
「え、まあ」
「よかったね」
ドルイドが微笑んでいたのでハインリヒはほっとしていた。その時ハインリヒの頭の上から水がじゃばっとかかった。
「うわっ！」
「殴るのはやめてこのくらいで勘弁してあげる。早く着替えないと風邪をひくよ。ははは」
ドルイドは笑ったまま消えてしまった。
「こらー！ いたずら小僧め！ はっくしょん！」
ハインリヒは体を震わせて、城へと戻った。
ハインリヒが部屋で着替えているとカレンから思念が来た。
―ハインリヒ様、今夜はパーティーですよ。ドルイドちゃんが大きくなったお祝いをしましょう
「私は全くそういう気分じゃないので、パスで」
―そうですかあ？ 気が変わったら来てくださいね
そう言われたが、全く行く気にはなれなかった。
「むしゃくしゃする。ミカエル、今晩酒を一緒に飲んでくれ」
一人で酒を飲みたい気分じゃなかったハインリヒはミカエルを誘っていた。
―二人はいやだ。なんかされそうだから
ミカエルから思念が届いた。
「するか！」
―フリットとイシュタールも誘おう
「いいが、そのメンバーやばくないか？」
なにせ校庭で4人で暴れたのは最近の話である。
―この際情報交換もかねてみんな呼ぶか。ってわけで、ヴィラ、客間の用意をよろしく
ミカエルは酒の誘いついでにヴィラに用意を頼んでいた。
―なんでうちなんですか？
―たまにはいいだろ。酒は用意するから。久々にミモザさんに会いたいし
―会わなくていいですよ
ミモザはヴィラの母親である。ヴィラの母親はまだ生きていてヴィラと一緒に住んでいる。昔ヴィラの母はミカエルの父にすごく憧れていたようで、母はミカエルに会うと、
「ミカエル様の顔を見るだけで昔に戻ってドキドキするの」と少女のようなことを言い出すのだった。ヴィラにとってはうっとおしい話である。
―ジュノー、そういうわけでお前の屋敷で頼む
ミカエルは次にジュノーに頼んでいた。ジュノーは「いいですよーうちの母に何か買ってあげてくれます？ 喜ぶので」とミカエルに返していた。
―わかった
こうしてジュノーの屋敷で男達による飲み会が催されることになった。クリス、ヴィンセント、ラリーはついでに３人で集まって、クリスの部屋で飲んでいる。
ラリーとヴィンセントはライバル同士だったが、二人よりも上のドルイドが急に現れて、意気消沈していた。子供の潜在能力は、親の能力を超えることはあまりないのである。
「がんばろう」
「がんばろうな。僕達」
「うんうん」
３人は目を潤ませて酒をちびちび飲み出した。
そして広い客間には男達がそろっていた。ミカエルは花束と酒をジュノーの母に渡している。
「お久しぶりです。相変わらず綺麗ですね。ミレーヌさん」
ミカエルが笑みを浮かべて言うと、ジュノーの母ミレーヌは「あら、うれしいわ〜」などと喜んでいた。
「どうもありがとう。ますますミハエル様に似てきたわねえ。私とミモザはミハエル様派だったのよ〜」
「知ってます」
「あらん」
「もうその辺でいいですから、あっちに行っててくださいね」
ジュノーは母親を客間の外に出していた。
当時ミカエルの父ミハエルと、ヴィクターは王妃のお気に入りの座をかけて争っていて、女達は分かれて応援していたのだった。結果ヴィクターが負けて丸坊主になったのだ。
「ミハエル様は母世代には憧れの人だったみたいですからね。当時は恐れ多くて声をかけられなかったみたいですよ」
ジュノーがにやにやして言っていた。ジュノーとヴィラの母はフリットの母ロアンナと同世代である。力はロアンナよりはかなり劣っていたので、今息子達が上級に入っていることをとても喜んでいる。
「おかげでヴィクター将軍には未だに根にもたれてるけどな」
とミカエル。
「うちの母も昔話が始まると長いですよ。昔の方が大変だったけど、今になればいい思い出みたいで」
とヴィラ。
「自分の青春がつまってるからな」
ジュノーが続いた。
「自分の全盛期は輝いて見えるんだろう。うちの母も昔話が始まるともう、うるさいくらいだ」
とフリット。ミカエル、ミルキダス、イシュタール、シャナーンの母親はすでに亡くなっている。今この場で父親が残っているのはシャナーンだけである。
「ハインリヒの両親はなんで亡くなったんだ？ 病気か？」
ミカエルがハインリヒに聞いた。
「父は病気、母は私を産んだ後、体が弱って亡くなった」
「そうか」
「あんなに子供を産んでまだ元気な王妃を見ると、体はどうなってるんだろうと不思議になる」
「体が丈夫なのも王妃の良い所だ。フレイ様がよくいってる」
フリットが微笑んで言った。
「確かに、私は体が丈夫な王妃が好きだ」
とミカエル。
「あのー話を変えてすいません。ドルイド殿が大きくなったと聞いたんですが、どのくらい大きくなったんですか？」
ミルキダスはハインリヒに早く聞きたかったようだ。
「そうだ、それを聞いてくれ！」
ハインリヒの愚痴が始まったのでシャナーンは隅っこで申し訳なさそうにしていたが、次に肌の蛇の話になり、二巡目はだれが最初に金蛇と仲良くなるかという話になった。
「フリットは抜け駆けしたから最後ね」
ハインリヒが言うと、「私の記憶にはないのでそれは聞けない」などとフリットは返していた。
「記憶になくても抜け駆けは抜け駆けだろ」
「それを言うならハインリヒは、七千年も前に抜け駆けただろう」
とフリット。
「確かに」
とイシュタールが笑っていた。
「あれは抜け駆けとは言わない」
「子供だっているんだから満足だろ？ 遠慮してくれてもいいと思うが」
「だれが遠慮するか」
二人は言い合いだして、残りの男達はフリットとハインリヒの言い合いを珍しげに眺めていた。
「フリット殿、ちょっとおかしくないですか？」
とジュノーが指摘した。
「珍しく熱くなってるな」
とヴィラ。
「場所変えた方がいんじゃないの？」
ミルキダスが言い出したが、ミルキダスの口調も変である。
「フリット殿は、昔のミカエル殿っぽいですね」
ヴィラが言った。
「え？ 私はああだったかな」
「やけに熱くなってましたよ。最近はおとなしいですね」
「私も大人の落ち着きがでてきたんだろ」
「王妃の相手に神様まで参戦してきたんで、尻込みしてるだけでしょ」
ジュノーが言った。
「気持ちはわかりますけど、ミカエル殿がおとなしいと面白くないですよ」
「うるさい」
「ミカエル、前みたいに決闘でもするか？」
イシュタールがミカエルの肩に手をかけて言った。
「するか」
フリットとハインリヒはテーブルの上をどけて腕相撲を始めている。今回は平和的な対決になりそうだ。
「私達もしよう！」
イシュタールはどうしてもやりたそうだ。
「ええー絶対負ける」
「やろうー」
イシュタールはミカエルに強引に相手をさせて、ジュノーとヴィラに、「そっちもやれ」と言っていた。
「え？ なんで？」
とジュノー。
「いいからやれ」
「はあ」
こうしていつの間にか腕相撲大会が始まり、ジュノーとヴィラも訳が分らないまま対戦していた。
ハインリヒはシャナーンを見て、「お嬢ちゃんには無理かな」などと言い、シャナーンはむっとしてミルキダスを誘っていた。
「やるだけ無理だと思う」
ミルキダスははっきり言っていた。
「そうですかねえ」
二人は右手を握り力を込めた。いきなりミルキダスの手にびりっと衝撃が来てひるんだ隙に、シャナーンは一気に力を込めてミルキダスを負かせていた。
「勝った！」
「え？ せこっ！ ずるっ！」
ミルキダスは抗議している。
「ずるくないです」
「ずるいだろう。じゃあもう一回」
「嫌です」
「ずるー」
別室にいた３人の子供達は、こっそり親達の様子を見に来ていた。そして腕相撲で対戦している男達を見て、
「楽しそう」
「仲よさそう」
などと言っていた。
腕相撲大会はイシュタールが当然のように優勝した。
「優勝者には酒を一瓶贈呈」
ハインリヒは酒をイシュタールに渡していた。
「え？ 王妃の相手の順番を決めてたんだろ？」
イシュタールはぽかんとしている。
「いや、全然決めてない」
「勝ったんだから私が最初に王妃（の足）を愛でる」
イシュタールは譲らなそうだったので、ハインリヒは「まあいいだろ」と言っていた。
「なぜハインリヒが仕切るんだ」
フリットは不満そうだ。
「イシュタール殿もなんか変だよな」
ジュノーがヴィラにぼそっと言っていた。
「蛇さんが出てるんじゃないか？」
「やっぱそうかな？ ミルキダスとシャナーンも出てるよな」
「そうだな」
「私は出てる？」
「さあ？」
二人はお互いを見つめて、首をかしげている。
ミカエルの肩がトントンたたかれた。横を見ると息子のラリーがいたのでミカエルは驚いている。
「お父さん、お父さんは王妃様のお気に入りなんでしょ？ いいの？」
「え？」
「もっと勝負しないと！」
「坊主、王妃の今のお気に入りは私だ」
ハインリヒが自分を指している。ラリーはガーンとショックを受けていた。
「お父さん、街の噂は本当なの！？」
「え、いや、違う。ハインリヒは、王妃のお腹の赤ちゃんに気に入られてるだけだ。城に住んでるって理由で」
ミカエルは反論している。
「仲が良いのは事実だ」
「私だって王妃と仲は良い」
「お父さんハインリヒ様に負けないでよ！」
ラリーが言った。
「お父さんも負けないでよ。お父さんが負けたら僕達の心が折れるじゃないか」
ヴィンセントもヴィラに言っていた。
「え」
ヴィラの頬も引きつっている。
「なんでもいいからハインリヒ様に勝ってよ！」
「そうだよ。なんでもいいから」
「なんでもいいからと言われても……」
「お父さんもがんばって」
クリスも応援している。
ミカエルもヴィラもジュノーも困り顔である。
「カードなら勝てるかも？」
ミルキダスがぼそっと言い、続いてカード大会が始まったのだった。３人の子供達は周りで応援している。
「もう帰れ、帰って寝ろ」
ミカエルは面倒くさそうに言っていた。
「いやだ。お父さんが勝った所を見るまでは帰らない」
ミカエルの言葉をラリーは頑として聞き入れず、ヴィンセントとクリスも、「ハインリヒ様が負ける所を見るまではいる」と言い張っていた。
どうしてもハインリヒに負けてほしいようである。
「ソフィアとオルバが来てなくてよかった。私は帰る」
フリットはさっさと去って行き、続いてシャナーンも去り、ミルキダスも、「お邪魔しました」と去って行った。
「あ、言い出しっぺのくせに！」
カードゲームでも今日のハインリヒは強かった。
―ハインリヒ、面倒だからもう負けろ
―そうですよ。負けてくださいよ
―そうだそうだ
３人はぶーぶー言っていたが、ハインリヒは「いやだ」と負ける気配はなく、その後４人はミカエルが勝つまで二時間もカードをやる羽目になったのだった。
その間、イシュタールはソファに寝転んですっかり眠ってしまっていた。
翌日、ハインリヒは恐る恐るカレンの屋敷に行ってみた。ドルイドは、昨日と同じ少し育った姿である。ハインリヒはドルイドを見て、がっくりきていた。
「ごめんねパパ。弟か妹が産まれるみたいだから、そっちをかわいがってね」
ドルイドは苦笑しながら言っている。
「僕今日は学校に行くんだ。クラスは先生と相談するんだ」
「そう。うれしそうだなあ。そんなに学校に行きたいの？」
「うん。今日は図書館とかにも行くんだ。いろいろやりたいことがあるんだ」
「ふーん。まあ、いきなり疲れないようにな」
「うん」
「学校、私も行こうか？」
「ママと行くから、パパは仕事に行けば？」
ドルイドの中身は子供のようにも見えるし、そうでないような気もする。その場面場面で大人ドルイドよりの時と、子供ドルイドよりの所があるようだ。
ハインリヒは「まあ、がんばれ」と励まして去って行った。
「ああ、なんだか複雑だなあ。ディランと話がしたい。ヴィラと一緒に寝たら会えるかも？ でもやだな」
変な噂が立ちそうなので、それは我慢したハインリヒだった。
つづく
１１部に戻る
目次