第４４話
新酒の時期が過ぎて、もうすぐ梅雨の時期がやってくる。
各町の人々は梅雨が長くても大丈夫なように、家の修理をしたり、農作物を刈り入れたり、と、準備に大忙しである。
そんなある日のこと、城の西にある森の中では、ロイがドルイドと追いかけっこをして遊んでいた。逃げるロイをドルイドが追いかけているのだが、
楽しいお遊びとはほど遠い。見つけたらドルイドは容赦なく攻撃し、ロイは逃げまくっていた。ロイは一時間も経たない内にへろへろになっている。
現時点では魔力、体力、総合的な部分ではドルイドに分があるようだ。
「ロイ様、子供同士なんですから、遠慮なく攻撃してきてください」
ドルイドはうれしそうな顔で言っているのだが、ロイが攻撃する暇が全くない。ロイが攻撃してもドルイドはあっさりかわしている。
大人だったときの知識、経験がドルイドの総合力を高めているようである。
「あうーつかれた〜」
ロイがへたり込んだ所にドルイドがやってきた。
「すきあり」
ロイが素早く出した手はドルイドによって押さえられてひねられた。
「いてっててっ」
「楽しいですねえ」
ドルイドは本当に楽しそうだ。
「もうわかった。僕の負けだよ」
ロイが降参して、ドルイドは手を離した。思えば、これだけ容赦なくロイの相手をしてくる者も今までいなかった。
「いやーいい遊び相手ができてよかったですねえ」
近づいてきたジュノーがにやにやしながら言った。
「ドルイド君はロイ様の相手にはうってつけですよ」
「うん。うれしいよ。僕達は今日から親友だ」
ロイは親指を立てていた。
「ありがとうございます」
ドルイドは笑顔で答えた。ドルイドは青い肩までの髪だったのだが、今はすっきり短くなっていた。まるで別人のようである。優しい顔立ちだが、ロイとの遊び方を見ている限り、攻撃的な一面もみえる。
なかなか頼もしい。
「次はシス様ですよーシス様はお兄さんなので、ロイ様とドルイド君二人に追いかけてもらいましょう」
ジュノーはこれまた容赦ないことを言い出して、
―ええー！
「よーし、いくぞー」
「おー」
再び追いかけっこが始まったのだった。
城ではゆりとミカエルが向かいあってトランプで遊んでいる。あの怖い思いをした例のトランプである。子供達がだれも遊んでくれないので、ゆりが遊んでいた。カードの絵の子供達が喜びそうだと
思っているからである。遊んでたのはこの国にもあるポーカーのようなゲームである。
「はい、王妃カード４枚そろい」
ミカエルが広げた５枚のうちの４枚は王妃様カードである。
「ワンペア、私のまけー」
ゆりは５のペアが一つできただけだった。
「どうしても、スペードの王様は捨てたくなっちゃう」
「本当に夢に出てきたんですかあ？」
ミカエルもゆりの夢の話は聞いたが、どうも信じ切れていないようだ。
「時間が経つと、夢だったかもしれないって思えて来ちゃった」
「私なら、このハートの王妃様に出てきてほしいかな」
ミカエルはハートの王妃カードを手に持っていた。胸が大きくて、肉感的な美人である。
「出てきてもいちゃいちゃできるわけじゃないわよ。私はスペードの騎士様にまた会いたい」
スペードの13はゆりのお気に入りカードである。
「浮気者なんだから。ところで、あれから蛇同士、誰か成功しました？」
ミカエルがカードを集めながら聞いた。
「ううん。ただ一緒に添い寝しただけかな。一人ずつだとイシュタールやミルキダスなんてそこまで押せないみたい。一度目みたいにみんなの蛇様も前面に出てこなかったし、
ミカエルの蛇さんはまったく出てこないし、ハインリヒやフリットもそこまで押せ押せって感じにもなってなかった。ハインリヒはドルイドのショックからまだ立ち直っていないみたいだしね」
二度目は一人ずつと過ごしてみたが、一度目のように、とはならなかったのだ。ゆり自身、ドルイドのことがあって、そういう気分になりきれないというのもあるのかもしれない。
「ああー子供はできますかねえ」
「わかんない」
「できなかったら王妃が私の子供を産んでください」
「王様に相談してください」
ゆりは微笑んで言った。
「ミカエルもなんだか疲れてるね。まあ、みんなも疲れてるよね」
ゆりはミカエルを眺めて言った。
「疲れてますよ。戦の練習がありましたからね。まだ本調子じゃないんですよねー」
5日前に長時間魔力を使い続ける練習日があった。戦の模擬訓練である。今回は大規模なもので、上の戦士達の大多数は参加し、子供達は見学した。
魔法を使いつつ、剣も振るわねばならない。日頃の体力訓練がものをいうのである。訓練は二つの組にわけて行われた。
「紅組が勝ったんでしょ？ 運動会みたいで楽しそう。私も行きたかったなあ」
「運動会……まあそんな感じかもしれないですが。戦ってしょっちゅうあるものじゃないから、そのために訓練を続けなきゃいけないってのが大変なんですよねえ」
「しょっちゅうあっちゃいやよ」
「しばらくないといいですねえ」
「永遠になくていい」
あんなものをやりたがる者の気がしれない。
「ま、龍はこの前麒麟とやってたから、当分ないと思いたいですけどね。龍の王様は来年代替わりするみたいですよ。それを聞いた王は、『私も早く隠居したい』なんて言ってました」
「隠居したら、王様と街ブラデートできるかなあ」
「アナスターシャ様とシス様ががんばったらできますよ」
自分達が若い間に実現してほしいものである。
城からかなり離れた距離にある、国の東南に位置するうっそうと茂る森の中に、人化したディーンの姿があった。太陽の光も届かないほど葉が茂っているので、辺りは薄暗い。
道もないので一般人は来そうにない場所である。
「うーん……この辺りだと思うんだが……」
ディーンが辺りを歩いていると、近くにぱっと人が現れた。ヴィラである。
「ああ、誰かと思ったらディーンさんでしたか。ここら辺は熊がいますよ」
「やあ、昔この辺りに遺跡があったんだけど、知らない？」
ディーンが聞いた。
「遺跡？ ああ、本で読んだことがありますよ。かなり昔に地震か何かで崩れちゃったみたいですよ。今じゃ森になっちゃってますが」
「そうなんだ。まあ大昔のものだもんなあ……どうもありがとう」
といってディーンは消えた。
その一時間ほど後、ディーンはハザークの塔にやってきていた。ハザークの部屋に入ると、ミシェイラとレーヌ、そしてピンクの塊がいた。ブタラのモモである。
モモはディーンに気づくと、とことこ歩いて側に近づいてきた。
「やあ、えさちゃん、今日も食われずに元気か」
ディーンはモモの頭をなでている。「えさちゃん」などと言われても、モモは細い尻尾をふりふりしている。
「お兄ちゃんだ。あそぼ」
ミシェイラとレーヌも近づいてきた。
「また今度なーだっこだけしてやるよ」
ディーンはミシェイラとレーヌの両方を抱き上げてぐるぐる回っていた。
「きゃははー！」
子供達は喜んでいる。
「寒くなってきたから風邪を引くなよ」
「うん」
「お兄ちゃん好き！」
ディーンが二人を降ろすと、二人は「ばいばーい」と言って部屋を出て行った。ブタラのモモだけはついていかずに床で寝転んでいる。
「ここにくるなといってるのに、くるんだ」
ハザークはモモを横目で眺めながらぶつぶつ言っていた。
「うまそうな尻をしてるよな。ところでさ、ハザークはアヴィールの遺跡、昔行ったことある？」
ディーンはソファに座っていた。
「アヴィールの遺跡？ なんか聞いたことがあるような」
ハザークは首をかしげている。
「重要な遺跡だろ。昔行ったことないの？」
「……あったかもしれない。それがどうかしたのか？」
「ちょっと思い出して行ってみたら、今はすっかり森になってた」
「へーそうか。最近話題を聞かないと思った」
「街からも離れてるし、変な場所にあったからな。大昔のものだししょうがないっちゃしょうがないが……ちょっと確かめたいことがあるんだよなあ。なあ、カーライルっていつ帰ってくるの？」
「カーライル？ さあ」
ハザークは首をかしげた。
「一体どこにいるの？ 国外？」
「いや、過去だ」
「過去？ 過去って？」
ディーンは目を丸くしている。
「七千年代の過去に行ってる。まあ来年には帰ってくると思うが」
「どうやって行ったんだ？ 今はそんなすごい魔法使いなんていないだろ？」
「ややこしい話なんだ。我は話す気はない。シスかラギあたりから聞いてくれ。カーライルに会ってどうしたいんだ？」
「あいつなら遺跡のことを覚えてるかなと思ってさ」
「その時代のやつならここにいるぞ。そいつなら知ってるんじゃないか？」
「え？」
夕方、ハインリヒが呼ばれてハザークの塔にやってきた。
「私に用があるって聞いたんですが」
「ああ、あいつが用があるとさ」
へびっち用のソファにディーンが座っていた。
すでにモモはいなくなっている。侍女はお茶の用意をして去って行った。ハインリヒは椅子をディーンに向けて座っていた。
「君、過去の時代から来たんだってね。君の時代、アヴィールの遺跡は残ってた？」
ディーンが聞いた。
「アヴィールの遺跡？ 残ってましたよ。私の時代では子供の遊び場で、何度も行ったことがありますよ」
「じゃあ地下に入ったこともある？」
「地下？ いいえ。地下に入れるんですか？」
ハインリヒは瞬いている。
「入れるよ」
「でも、いくら探しても地下への入り口なんてありませんでしたよ？」
「蛇の大きな石像みたいなのがあったろ？ あれには全部名前があるんだよ。名前を全部言ったら地下に行けるんだ。何も伝わってないんだな」
「ええー！ そんな話聞いたこともないですよ？」
ハインリヒは思わず腰を浮かしていた。
「大人達のだれも知らなかったですよ」
「うーん、あえて伝えなかったのかな？」
ディーンは顎をなでている。
「秘密の場所だから大勢に行かれちゃ困るだろうし、だから内緒にしていたのかもな。地下には宝があってさ、俺の宝も一個あるんだ。まだあるのかなーって思ってさ」
黙っていたハザークだったが、やがて「あ」とつぶやいた。
「何か思い出した。我が子供の頃、やつに連れられて行ったことがあるかもしれない」
ハザークはようやく昔のことを思い出していた。
「面白い顔の蛇を見た」
「そこだ」
「本当に地下があったなんて。子供の頃に知りたかったなあ。ああ、地下に入ってみたかった！」
ハインリヒは興奮していた。
「あの森をなんとかすればなにかの痕跡でもあるんじゃないか？ その前に誰かが地下に入ってたらもう何もないかも知れないけどな」
「宝があったんなら、もうすでに誰かがとってしまってるんじゃないか？」
ハザークが言った。
「なにせ、かなりの年月が経ってるからな」
「飾られている蛇の名前を全部言えば中に入れる仕掛けなんだが、あそこにはさらに地下があるんだぜ。ご先祖様達は凝った仕掛けをしたみたいだけどな。
その下は導く者が必要なんだ」
「導く者？」
ハインリヒが聞いた。
「そこに何があるのか俺も知らないが、長いこと伝えるために、導き手が数人残ってたはず。今もいるかどうかは知らんが、今は一族の空気が薄いから、もういないかもなあ。
蛇の霊なんだが、男に取り憑いて、妊婦に道を伝えてるらしい」
「なぜ妊婦なんだ？」
ハザークが聞いた。
「その子供が呪文を覚えるように、らしいぞ。地下二階に入るためにはその子供が必要だとか聞いた。一体どんなだいそれた宝がそこにあるのか、気になるだろ？ 気になって地下に入ったが、
俺にはその下は行けなかった。ばあさまに聞いても呪文を教えてくれなくてさ。君はあそこに入った事がないのか。カーライルなら何か知ってるかなあ」
「導き手は男に取り憑いて妊婦に道を教えているって言いましたが……その妊婦は、理解して呪文を覚えているんですか」
ハインリヒがぽつりと聞いた。
「さあねえ。妊婦がああ、あそこの呪文ね、と分かってたら、もうとっくの昔に誰かが地下に入ってると思うけど」
「我はそういう話は聞いたことがないがな。男に蛇が取り憑いて、女を抱きにくる話ならよく聞いたが」
「その中の一人が導き手かもな。こんなに時が経ってもあそこは不明なままなんてなあ。逆に面白いよな」
「あのー実は、私の父にそういうことがあったみたいなんですよね。父に蛇が取り憑いて、母と仲良くなったみたいなんです」
ハインリヒは神妙な顔付きである。
「へーそうなんだ。そりゃ幸運だったね。君は生まれたときから運がよいとか、防護力が強いとか、魔力が強かったりするんじゃないかな？
蛇の魔力によって、仲良くなったお礼も良くなるみたいだからね。その蛇がもし導き手だったら、結構なお礼をされてると思うよ」
「お礼……父以上に魔力が高いとはよく言われてましたが……蛇のおまじないの言い伝えはそういうところからきてるのかな？」
「じゃあ、ハインリヒが遺跡の地下に行ったら、何かがわかったりするのか？」
ハザークがディーンに聞いた。
「さあ、今の時点でその蛇が導き手かどうかはわからないし、これだけ時間が経ってるんだから、あの地下は空っぽの可能性は高いよな」
ディーンは何でもないことのように言っていた。
「気になるなあ。ディランに地下に入ってほしい。そして中の様子を伝えてほしい」
ハインリヒはどうしても地下の様子を知りたいようだ。
「森になってしまった遺跡をどうにかしたら、何か痕跡でも残ってるんじゃないか？ 呪文がまだ有効ならば、宝石はもうないにしても、地下に入ることはできるんじゃないか？ 地下が崩れてなければ、だが」
ハザークが言った。
「まあ、そうだな。地下が丸々残ってたら、入れるかもな」
「十体の蛇の名前は覚えているんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「覚えてるよ。始祖10人の名前だから」
「え、いや、それならば言ってみたことがありますよ。当時研究者もいましたし、だめだったので、その名前じゃないということになってましたよ」
「あの人らは、本名と通り名が別だからね。本名はえらい長ったらしい名前でさ、呼びにくいから通り名があって、そっちが使われてたようだよ。本とかに載ってるのもそっちかな。
大昔は本名は家族にしか教えないとかいうしきたりがあったんだ。おれも通り名はディーンだが、本名は違うんだぜ」
「歴史書にも載っていないのなら、その名前を研究者も知りようがないですね」
ハインリヒは今になって知った事実に、衝撃を受けているような顔付きである。
「でも、ならなぜ、ディーンさんは始祖様達の名前を知っていたんですか？」
「それはばあさまに聞いた。本人が死んだらだれが名前を知ろうとかまわないらしい。ただし、絶対宝に触らないという約束で教えてもらったんだ。おれは入った時に、
自分の宝を一個入れておいたんだ。今までそれがあったらすごいよなあ」
「地下には何があったんだ？」
と言いながらハザークは、何かを思い出しかけていた。
「待った……何か、何かの記憶がよみがえってきたぞ。我は、昔やつと一緒に地下に入ったかもしれない！」
ハザークははっと気づいて言っていた。
「やつって、ザクート様ですか？」
ハインリヒが聞いた。
「そうだ。やつに抱っこされて、気づいたら地下かどこかに移動してたからよくわからなかったが、壁には蛇の絵みたいなのがあって、キラキラ輝いてた。あそこに行ったのは一度だけだった」
「そうそう、そこだ」
ディーンが指を一本立てている。
「では宝もみたんじゃないですか？」
ハインリヒの目が輝いている。
「宝……みたかな？ そこは覚えてない。壁のキラキラしか覚えてない」
「壁のキラキラが宝だよ。魔力が高まる魔法の石がいくつかあったはず。ちなみに俺の宝は、昔俺が見つけた『蛇の眼』っていう名前の宝石さ」
「それも貴重な宝石ですよね。ハザーク様が遺跡の地下に入ったってことは、ザクート様は呪文をご存じだったってことですよね」
とハインリヒ。
「そういうことになるな」
ハザークが答えた。
「ディーンさん、メモをとるので、呪文を教えてください」
ハインリヒは辺りをきょろきょろみている。紙とペンが欲しいようなので、ハザークが、棚の方を指さしていた。
「えーと、一人目が、デュップラスアミドスメルドスアル……アル……デュップラスアミドスメルドスアル……なんだっけ。二人目がデュップラスアミドスグラドスミ……だめだ。忘れた」
ディーンは額に手をあてている。
「とにかくみんな長ったらしい名前で、似たような名前もあったな。当時は覚えていたんだがなあ」
「……次にザクート様っていつ現れますかね？」
ハインリヒはペンを握ったままハザークに聞いていた。
「さあ」
それはハザークにも分からなかった。
ハインリヒは遺跡の秘密を聞いてかなり興奮していたので、この後ドルイドに会いに行き、遺跡のことを話していた。ドルイドもかなり驚いている。
「へーあそこはやっぱり、すごい場所だったんだな」
「地下に入れなかったのが残念だ！ ザクート様は知っていたのに本にも何も残していなかった。あそこにだれも入らせたくなかったのかな？」
「そりゃ子供がしょっちゅううろちょろ入ったら、宝なんてとっくの昔になくなっていただろうしね」
ドルイドが言った。
「あの時代には必要ないから、呪文は伝えなかったんだろう」
「あーもどかしい！ ザクート様に呪文を教えてもらって、ディランにあそこに入ってほしい！ 子供の頃からの謎を解きたい！」
ハインリヒは両手を握りしめている。
「とりあえず、あの森伐採しちゃったら？」
ドルイドはかわいい声で簡単に言っていた。
「伐採したら何かあるかな」
「さあ」
「王に許可をもらっちゃおうかなあ」
ハインリヒは結構その気になっているようだ。
「ところで、アナスターシャ様はいつ過去に行くの？」
ドルイドが聞いた。
「来年の赤い月以降だろうな」
「あっちのお母さんに手紙を渡してもらおうかな」
「いいじゃないか。陛下にも書くんだぞ」
「陛下にも書いた方がいいかなあ」
「そりゃそうだよ」
「なんて書こうかなあ」
ドルイドは頭を左右に揺らしていた。
「そういや、今のお前は過去のだれも知らないんだよな。ディラン達はこっちの情報を聞くたびにびっくりしてそうだなあ」
ディランのびっくり顔を思い浮かべているハインリヒだった。
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