第47話
神の国、ガーベラに入ったゆりがサラディンと仲良くなった翌日、火の神殿にあるつぼの炎は丸くなっていた。
「お父さん、ツボの火が変よ」
とルティアナは不思議そうに炎を眺めている。
「丸くなってるー面白い」
ルティアナは丸い炎に触ってみたりしていた。
「本当だな。何かが起こるのかな。もし子供が産まれるなら、男、男を頼む」
サラディンは炎に向かって祈っている。
「女の子でもいいなあ。妹がほしい！」
「私は息子が欲しい」
「この際二人産まれて〜」
ルティアナは陽気に言っていた。子供が産まれるかどうかは不明だが、サラディンもルティアナも、炎が気になって仕方がないようだ。
丸い炎は大きくなったり小さくなったりと、まるで呼吸でもしているかのようである。
いよいよ暦は今年最後の月に変わった。梅雨が明けて、イシュタールは人間界に帰ってきている。今年も残り五日になった朝、ミシェイラにせがまれてゆりは石の箱を開けた。
「やったあ！」
とミシェイラは歓声をあげている。ゆりは「ん？」と箱の中をまじまじと眺めた。箱の中の石は26個である。
「ええ！？」
なんと赤い石が二つ増えている。
「ええー！ どういうこと！？ いつ増えたんだろう？」
サラディンと仲良くした次の朝、ゆりは一応箱の石を確認したのだが、石は増えなかったのだ。
あれから火の神が産まれたんだ？ サラディンおめでとう！
赤い石が二個増えたということは、あれがきっかけで神様ができたに違いない。箱の石は半分のマスが埋まり、ゆりは朝だったがシスにイシュタールを呼んでもらった。
そして、火の神様が産まれたかもしれないということを話したのだった。
「え？ 本当ですか？ なんとめでたい。そしてついに、王妃はサラディン様と仲良くなったんですね！？」
イシュタールはうれしそうである。
「え？ あ、あの、ガーベラの時ね」
ゆりはサラディンと仲良くなった話はだれにもしていなかったので、ちょっと恥ずかしそうだった。
「ねえ、どんな子供が産まれたのか、火の妖精に聞いてみてくれない？」
「わかりました。さっそく帰って聞いてみます！」
イシュタールは大喜びで城を離れた。
産まれたのは男か女か、どちらにせよ、サラディンは大喜びしているんだろうなあ……
ゆりは喜んでいるサラディンとルティアナを想像している。そして子供達の顔を見回しながら朝食を食べた。
一方、自分の屋敷に帰ったイシュタールは、すぐにろうそくの火をつけて妖精を呼び出した。だが、妖精はなかなか出てこなかった。
顔なじみの妖精3人目の名前を呼び、ようやく妖精が出てきた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。何かありました？」
妖精はなんだか忙しそうである。
「私はとくに、あの、虫の知らせみたいなのを感じまして、そちらに何かあったのではないかと思ったんですが」
イシュタールはゆりのことは言えなかったので曖昧に聞いてみた。
「実はこっちは今大変で、あ、そうだ。イシュタールさんは子供がいましたよね。子守りできますよね？ 時間があったらちょっとこっちに来てください。お願いします！」
「え？ はあ」
イシュタールはミカエルにすばやく思念を送ってそのまま神の国に移動した。
「え……ええ！？」
火の神殿に移動したイシュタールは、すぐに異変に気づいた。神殿の中が明らかにおかしい。壁は黒ずみ、布はあちこちやぶれ、妖精達は神殿の中を困った様子でうろちょろし、
子供の泣き声やら金切り声が聞こえる。
「こ、これは一体……もしやバーナードが暴れて？」
「サラディン様に妖精の御子様ができたんです。その御子様が暴れてまして」
「え？ 妖精なんですか？」
「はい、しかも二人同時に」
「ええ！？ うわっ！」
廊下にたちまち炎が満ちて、イシュタールはあわてて迫ってくる炎から逃げて部屋の中に移動していた。
荒れ狂う炎は廊下を過ぎて行った。
「あーびっくりしたーえーと、男の妖精が二人ですか？」
炎が過ぎ去るのを眺めて、イシュタールが聞いた。
「いえ、男と女の二人です」
「男と女」
「ぎゃああああああ！！！」
「びえええええええ！」
子供の叫び声が近づいて来た。二人の子供と一緒にサラディンがやってきた。サラディンはイシュタールに気づいた。
「あ、イシュタール来てたのか」
「…………」
サラディンは明らかにやつれた様子だったので、イシュタールは口を開けたまま声がでなかった。
サラディンの右手は子供の右足をつかみ、左手はもう一人を抱えていた。二人とも暴れまくっている。
「あーあの、御子様がお生まれになったようで、おめでとうございます」
子供がぎゃーぎゃー泣きわめいて騒ぐ中、イシュタールは一応お祝いを述べた。
「はー子供の世話がこんなに大変だとは思わなかった。バーナードはまだかわいいものだった。この二人ときたら」
「ぎゃああああああ！！！！！」
「びえええええええ！」
「うるさい！」
サラディンが怒ると二人の子供はぴたっと声をあげるのをやめて、やがてそろってぎゃーぎゃー泣き出した。
「うわああああああああんん」
「ママーママ！！！」
「ママじゃない。あちこち焼きおって、少しはおとなしくしてろ！」
「やだあああ！ やだああああ！」
「だっこしましょう」
あまりに子供がかわいそうだと思ったイシュタールは、逆さになっている男の子の方を受け取って抱っこした。
「いい子ですねーいい子いい子」
二人は赤ん坊の時期を脱したくらいの子供である。立って歩くのはまだといった感じである。男女といっても、まだあまり見かけに差はなかった。二人とも燃えるような真っ赤な髪のショートヘアである。
イシュタールがあやすように抱っこすると、子供はにこっと笑って、ぼーと火を吐いていた。その炎の大きさたるや、恐るべしである。
イシュタールは目をぱちぱちさせている。もし半妖精でなかったら、顔は黒焦げであろう。
「バーナードよりもすごいだろう？」
「確かに」
ルティアナがやってきた。
「あ、イシュタールきてたんだ。いっぺんに二人も妖精ができたんだよー。すごいでしょ」
ルティアナはサラディンと違ってうれしそうである。
「それでお名前は」
「名前は――」
イシュタールの腕にいた子供がふっと消えてしまった。
「あれ？」
「あ、まずい！ どこに行った？！」
サラディンはあわてて子供の気を探っている。
「困ったことにこんなに小さいのに大移動ができるのだ。昨日も雲の上の神殿に移動して部屋を一つ丸こげにした」
「あらら……」
「みつけた！ ジェラルド工房だ！」
サラディンはルティアナに女の子を渡してふっと消えた。
「なんだか、大変みたいですね」
「こんなに小さいんだもん。悪さするよねー」
ルティアナはのんきに女の子の頬をつついている。
「ねーねー」
「ねーねーだって、かわいい！」
妖精達は疲れた様子だった。双子に相当手を焼いてそうである。
工房の釜の炎に移動した男の子は、工房の外にあった森を、なんと焼いてしまった。動物たちはあわてて逃げだし、大変な騒ぎである。サラディンはラクアに頭を下げたりアシュランに頼んだりして
炎を鎮火した。
工房の外はすっかり見晴らしがよくなってしまった。工房にいた妖精やジェラルドは苦笑するしかない有様である。
子供は焼ける森を見てもきゃっきゃと喜ぶ始末である。全く物の善悪が把握できていないのだ。
「サラディン、もうだめだ。この子達の力は封印しよう」
アシュランはとうとうそういう提案をした。
「しかし、火の妖精が力を封印されたら、二人はただの子供になってしまうが」
とサラディン。
「ただの子供でいいじゃないか。他の神々から苦情が来まくってもいいのか？」
「そうだな。封印してくれ」
ジェラルド工房の近くでは逃げ遅れてやけどを負った動物たちがキュリアに治療されていた。それを見たサラディンは、そう決断するしかなかった。
「大体お前が自分の妖精を制御できないのだから悪い」
「すまん」
サラディンも返す言葉もなかった。
二人はサラディンの子供だからか、妖精にしては強い力をもっていた。分別がつくまでは、その力はない方がいいだろう。
双子はアシュランに力を封印されて、火の神殿に戻ってきた。
「アシュラン様とジェラルド様、怒ってた？」
ルティアナが聞いた。
「いや、怒ってはいないが、この子達の力は封印してもらった。大きくなって、火の怖さが分かるまでは」
「そうかあ。しょうがないねえ」
とルティアナ。
火を出そうとして出せなかった男の子は、ついには泣き出していた。
「あーん、あーん」
つられて女の子の方まで泣いている。
「ママーママ！」
「あ、火が出せないなら、ガーベラがだっこしても平気かな？ ルティアナ、ガーベラを呼んでこい」
「はい」
ルティアナは神殿を出て行った。
「やれやれだ……」
サラディンは双子を妖精に渡し、疲れたように椅子に座っていた。
男の子の名前はフラム、女の子の名前はスカーレットである。
「まさか、今更子育てをする羽目になるとは……」
座ったサラディンはぶつぶつ言っている。
「何もこんなに小さい子供が産まれなくてもいいのに」
「もう少ししたら、意思の疎通ができるようになって、かわいくなりますから」
イシュタールが言った。
「早くそうなって欲しいものだが」
「こういう時期も、後には貴重になりますよ。落ち着いたようなので、私はこれで帰りますね」
イシュタールが言った。ガーベラの顔を見るのもなんだか恥ずかしい。
「そうか。またな」
「はい」
イシュタールは人間界に戻り、ゆりに報告した。
てっきり火の神様が一人と思っていたゆりも、妖精の双子が産まれたと聞いてびっくりである。
「サラディン大変そう。でも双子だなんてねえ。ロイとナナミみたいで面白いよね」
火の神殿の惨状を見ていないゆりは、わくわく顔である。
「次に行く時が楽しみ。バーナードもいるし、火の神殿は賑やかになったねえ」
サラディンが聞いたら、「全くだ」と返すに違いない。
火の神殿にはガーベラとクーリーフンがやってきた。
「ようやく抱っこできるわねえ」
ガーベラは双子を交互に抱っこした。今までは、危ないからと止められていたのだ。
「サラディンの子供だからか、すごい力だったみたいだね」
とクーリーフン。
「早く育ってほしいものだ」
「そのうちいろいろわかってくるわよ。ね」
ガーベラが女の子の頬をぷにぷにつつくと、女の子はきゃっきゃと笑っていた。
やがて二人は疲れたのか眠ってしまった。
「ようやく平穏が訪れた」
あの二人が産まれてからというものの、朝から晩まで神殿にはギャーギャー声が響いていた。とりあえず双子は火で悪さをすることはできなくなったので、妖精達も
サラディンも、その夜は安心して眠りについた。ところがである。夜中、見回りの妖精が二人を確認しにいくと、ベッドから二人の姿は消えていた。
妖精は驚いてサラディンを起こしている。
「這って出て行ったのか？」
二人はまだ歩いて移動することはできなかったのだ。
神殿にいた妖精やルティアナも起きて二人を探したが、二人は神殿の中にはいなかった。
「どこにいったんだ？」
「お父さん、気で探せないの？」
ルティアナが聞いた。
「力を封印されてるから、なんとも探しにくい。まあ、外に危険はないと思うが……」
「川とかに落ちたら危険じゃない？」
ルティアナが言った。
「川までは結構な距離だぞ？」
「そうだけど」
「水はやばい」
サラディンは川なども調べてみたが、夜に子供が二人で川まで這っていったとも考えられなかった。
「うーん、やはり神殿の近くを探そう」
サラディンは火の神殿まで戻った。そこらにいた風の精に聞いてみても、子供は見ていないという。
獣顔のプータローがバーナードを抱っこしていた。
「パパーパパー」
「バーナードまで起きてしまったのか？」
バーナードがぼっと火を吐いた。その火がトカゲの形をしたかと思うと、トカゲはバーナードから離れて床をささっと這っていった。
「？」
火トカゲは広間にあった大きなツボを這い上がっていき、ツボの中に入ってしまった。サラディンは火が昇るツボの中をのぞいてみた。
「あ！ いた！」
なんと双子は火のツボの中に入り込んで眠っている。
「ええーこんな所に入ったの？」
ルティアナも驚いてツボをのぞきこんでいた。
「どうやって入ったの？」
「どうやったんだろうな？」
結構大きなツボなので、小さい子供が中に入るのは大変である。
「全く……あーほっとした。妖精達に伝えてくれ」
「うん」
ルティアナは広間を出て行った。サラディンは双子をツボから引き上げようとしたが、火の側の方が落ち着くのかもしれないと朝までそのままにしておいた。
翌朝、雲の上の神殿では、アシュランが自分の間に行くと、おつきの妖精がとんできた。
「サラディン様が至急の用があるようです」
「サラディンが？」
アシュランが広間の棚にある水晶を念じると、そこにサラディンの顔が映った。
「どうかしたのか？」
『どうかしたのかじゃない。お前昨日双子の力を封じただろう？』
サラディンは困った顔付きである。
「ああ」
『これを見ろ』
サラディンが腕にいた子供をアシュランに見せた。子供はボーボー火を吐いている。
「あれ？」
アシュランは想像だにしない物を見て驚いている。
「どうやったんだ？」
『私がしたんじゃない。朝起きたらこうだ』
「なぜだ」
『しるか。お前の力が衰えているんじゃないのか？』
「ばかなことを言うな」
アシュランは腑に落ちない顔付きである。
「まさか子供が自分で封印を外したわけでもあるまいに……妖精にそんな力はあるわけないし……」
『どーすんだ。これ』
「うーん。私の封印は完璧なはずなんだが……」
『どこが完璧だ！』
「朝まで何か変わったことはなかったか？」
『別に何も……あ、この子達、火のツボの中で寝てたぞ』
「ツボで？ もしかして火の精霊が邪魔をしたのか？ 全く……」
『そうなのか？ じゃあどうする？』
「どうしよう」
とっさに名案が出なかったアシュランは顎に指をあてている。
「うーん……大人になるまで小瓶にでも閉じ込めておくか」
『フラム、あのおじちゃんの所に行って暴れるか？』
サラディンが腕にいた子供に問いかけると、フラムは意味が分かっているのかどうか目を輝かせている。
「冗談だ。だが、とりあえず火の神殿には閉じ込めよう。後で行く」
アシュランはそう言って水晶を閉じた。
アシュランは火の神殿の周りに双子は中から出られないように結界を張った。
「一応これで大丈夫だ」
「一応って……」
「仕方ないだろう。精霊に邪魔しないように言ってくれ」
「無理だ」
精霊は神の家来という位置にはいなかった。精霊は神、妖精とはまた別であり、神の命令でも聞かないものなのだ。
「あとはお前がしつけろ。な」
アシュランはサラディンの肩に手を乗せている。
「わかった」
「じゃあな」
アシュランは去って行った。
「しつけ……私がやらなきゃだめか？」
ルティアナに聞くと、ルティアナはうなずいていた。バーナードと違って双子はサラディンの実の子供である。やはり親がしつけるべきであろう。
「よし、わかった」
サラディンは双子をソファに座らせて火の怖さをとくとくと説いてみたが、全く通じない様子で、二人は座ってるソファを燃やしてしまった。しかも燃えてなくなる様が面白いのか、
笑っている。
「だめだこりゃ。あ、そうだ。ヒルデリアに子育ての極意でも聞いてこよう。そうしよう」
サラディンはそう思いついて、双子を妖精に任せて神殿を出て行こうとした。すると、神殿の入り口の前にガーベラが立っていた。
「あ、サラディンおはよう。どこかに行くの？」
「え、いや……」
「お父さん、ヒルデリア様のところに行くんだって」
神殿の中からルティアナが出てきてサラディンはぎくりとした。
「ヒルデリア？」
「子育ての極意を聞きに行くとか言って」
「子育ての極意？」
ガーベラは横目でサラディンを見ている。
「子供のしつけについて聞きたいだけだ。他意はない」
「ふーん、じゃあ行ってきたらあ？」
ガーベラはさーと神殿の中に入った。
サラディンも回れ右して神殿に戻っている。
「出かけないの？」
「また今度な」
ガーベラはひそかにぷっと笑っている。
その頃ガーベラの神殿ではクーリーフンが数を数えていた。
「アマンザ、ライラ、キュリア、ジェイク、バリアス、ランスロット、サーラ、ユリアナ、イオナ、ニイニ、ネル、ソル、ライサ、フラム、スカーレット、15人かあ……」
ゆりがガーベラの時にできた子供の数である。ゆりが何かしら関わった子供を入れるともっと増える。ここ十数年で神の国も随分賑やかになった。
それまではずっと穏やかな日々が続いていたが、今は子供がいるおかげか、変化と驚きに満ちた日々である。
一万5千年を超える生を生きるクーリーフンにとっても、そうなのだ。ガーベラの恋人達が子供に見せる顔は、今まで見ることがなかった顔だった。
その顔を見るだけでも面白い。中でも一番変わったのは火の神殿であろう。
「もっと増えるかなあ。期待してるよ。お母さん」
クーリーフンは、人間界にいるゆりの顔を思い浮かべながらつぶやいていたのだった。
つづく
十一部
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