第48話

神の国である。アマンザがジンラの神殿に入ると、赤い色彩が目に入った。火の神サラディンが椅子に座って酒を飲んでいる。

「サラディン様、こんにちは。双子が産まれたそうで、おめでとうございます」

アマンザがお祝いを述べると、サラディンは顔を向けて「ありがとう」と言った。サラディンは幾分疲れた様子である。サラディンが子育てに疲れているという噂は、とっくにアマンザの耳にも入っている。

アマンザは妖精の双子をまだ見ていなかった。どんな子供なのかクーリーフンに聞いて、ジンラと想像している。見た目厳しい感じのサラディンが子供相手に苦労している所を想像すると、

サラディンには悪いがそれだけで笑ってしまう。

そこにジンラがやってきた。ジンラの背中には小さい子供がひっついていた。ぶどうの妖精ライラである。

「サラディン、なんなら付き合うが」

「ああ、頼む」

アマンザはライラをジンラから離して、ジンラはサラディンの向かい側に座った。

「その子はおとなしいな」

ライラはにこにこしているだけである。

「おとなしいというか、まだ話せないからな。火の神殿は賑やかそうだな」

「賑やかというか、毎日うるさい」

サラディンが力を込めて言ったので、ジンラはつい、苦笑していた。

「自分の神殿なのに落ち着かなくなってしまった」

「まあ一時のことだろう」

ジンラはサラディンの杯に酒をついだ。

「あんな小さい子に接したことがないから、怒り具合がよくわからん」

「なるほど、私もそうだな。自分の子供に悪さをされたことがないからな。悪さをする子供を育てた神といったら、ハロルドやヒルデリアくらいかな」

「ヒルデリアにはもう話を聞いたが、優しく説いていればいずれはわかってくれると言われたが、つい怒ってしまって無理だ」

「ははは。私だったらどうするだろう。子供に怒ったことがないからなあ」

「一度やんちゃな子供を育ててみたいだろ？」

「まあ、そーだなあ」

ジンラはあいまいに返事をしていた。

「サラディンとこういう話をするのはなんだか不思議だな」

「そうだな。私も自分でも不思議だ」

神二人はしまいには笑っていたのだった。


人間界では年が終わり、新年が明けた。アナスターシャとナナミはそろって風邪を引き、新年そうそうベッドで寝ている。

「来年は私一人なのかなあ」

ベッドで寝転んだナナミはぼそっと言った。今年の内に、アナスターシャは過去の時代に行ってしまう予定である。

「ナナミはみんないるからいいじゃない。私があっちで寂しがってるよ」

とアナスターシャ。

「夢で会えたらいいのにね」

「そうだね。どうやって寝たら会えるかなあ。私があっちでディランと寝ればいいのかな？」

ナナミの子蛇はディランの子供なので、ナナミとつながりたいならディランと寝ればいつかはかなうかもしれない。

「夢でヴィラが来るんじゃない？」

「ぶっ」

アナスターシャは暇だったので、いろんな人に思念をまわしてうるさがられていた。ハインリヒにナナミとした話をすると、『大人の男と二人っきりで寝るなんてだめです』と

真面目に返されてしまった。

「じゃあ3人ならいいわけ？」

などとアナスターシャは聞いている。

『だめですよ』

「親子なんだからいいじゃない」

『蛇が親子なだけだからだめです』

「えートーなんだからいいじゃない」

『アナスターシャ様のトーじゃないでしょ』

「むうううう」

『女王様ならいいですよ』

「え、でも緊張しそう」

アナスターシャはさすがに尻込みしている。

「女王様と寝たら、レーヌに会えるかもね」

ナナミが言った。

「そうだね。でもナナミに会いたいーなんか方法はないかなあ」

暇だったのであれこれ考えていろいろな人に聞きまくっていたら、ラクシュミに「黙って寝てろ」と怒られてしまった。

「父様に怒られるのもこれが最後かも」

「いやいやまだ怒られるでしょ」

ナナミは横で突っ込んでいた。


今年は家族にとっては重要な年になりそうである。

ハインリヒは「アナスターシャに一緒に寝てほしいと迫られてタジタジになっているディラン」を想像しながらゆりの元にやってきた。

ゆりは恒例になったお年玉を侍女に配り、まったりしていた所である。

「おはようございます。王妃」

「おはよう」

ハインリヒはゆりに軽くキスした。

「初でした？」

「ううん、朝ミカエルとフリットとシャナーンがきた」

「4番目か」

「ドルイドは元気？」

「元気ですよ。子供時代を謳歌してますよ。なんだかうらやましいような気分ですね」

「ハインリヒも子供になりたい？」

「なりたい気もしますねえ。ところで、王妃の気質が元に戻ってきてる気がするんですが……」

ハインリヒはゆりを眺めて言った。

「わかる？　金蛇もちょっと薄くなっちゃってるの。神様効果が薄れてきてるみたい」

「そうですか」

「やっぱり一生じゃなかったんだ」

「まあいいじゃないですか。王妃はみんなの気をもらえるから」

「まあそうなんだけどね」

ゆりは気楽に思っていたが、その夜、ゆりはもう一人の自分と、金蛇二人と出会っていた。人になった金蛇二人はひどく不機嫌そうだったので、ゆりは「どうしたの？」と聞いた。

「このままじゃ消えちゃう」

「え？」

「赤い月の王様に会えない！」

「え？　なんで？」

ゆりは蛇の目のゆりと目を合わせている。

「どういうこと？」

「さあ」

「元に戻ったら私達も元に戻っちゃうじゃない」

「そうよ。一番見せたい人に見せられないじゃない」

「でも、興奮したら出てくるでしょ？」

「最高に綺麗な私達を見せたいの！」

「えー？」

「最高に輝いてて綺麗な私達を見せたいのに。これじゃ後ちょっとで消えちゃうじゃない」

「なんとかして！」

金蛇二人はゆりにせまってきて、黒目ゆりはのけぞっていた。

「なんとかしろと言われても……」

「ところで、今回子蛇はどうなってるの？　できそう？」

蛇の目のゆりが聞くと、金蛇二人はきっと蛇の目のゆりを睨んでいた。

「それどころじゃないでしょ。私達は消えかかっているというのに」

「そうよ。そうよ」

「一番そこが重要でしょ？」

と蛇の目のゆり。

「あの力をまたもらってきてよ」

「綺麗なままで王様に会いたいぃ！」

金蛇二人は駄々をこねるように言い出した。

「最初は怒ってたくせに」

黒目ゆりはぶつぶつ言っている。

「どっちにしろ、このままじゃ子供も無理だし」

「また力をもらったらどうにかなるかもよ」

「えー何がどうにかなるの？　本当にできるの？」

「わからないけど、今のままじゃ元に戻って終わりよ！」

「どうにかして！」

金蛇二人にやいのやいの言われて黒目ゆりは困惑している。金蛇達は蛇に戻ってしまった。

「どうにかって言われてもねえ」

「神様と仲良くなったらまた力がもらえるかもよ」

蛇の目のゆりが言った。

「今度はラーズと仲良くなろうよ！」

蛇の目のゆりの目が輝いている。

「あれって、何度ももらえるのかなあ」

「ハロルドとラーズ、どっちとする？」

（すごいやる気だ……）

黒目のゆりは、もう一人の自分のやる気に圧されていた。

「あなたがいやなら私がラーズとしちゃうわよーいいのかなーいいのかなー」

「ぐっ……」

黒目ゆりとしては、ハロルドに続いてラーズまでもう一人が仲良くなるってのも、なんだかもやっとすることである。

「でも、ハロルドを飛び越してラーズってのも、絶対ハロルドが怒りそうだし……」

「じゃあハロルドとしなよ」

「しなよって言われても……」

「ハロルド、なかなか感動的だったよ。うん」

蛇の目のゆりはうなずきながら言っていた。

「それよりも子蛇よ。今回できると思う？」

黒目ゆりは、蛇目のゆりに近づいて聞いた。

「さあ、できるならもう金蛇は妊娠中ってことよね？前回は、こっちに帰って4ヶ月くらいで産まれたんだっけ？　向こうではこっちもあっちも力が強かったけど、

こちらでは私の力は上がっても男達の力はすごいわけじゃないからなあ。結局男蛇達は自分の肌から出ることはなかったし……一度しかしてないし……どうだろうね」

「うーん……わからない」

ゆり自身、金蛇達が妊娠しているかどうかはさっぱりわからなかった。

「子蛇ができたらへびっちが喜ぶだろうね」

「そうだね」

黒目のゆりは、元気なへびっちを思い浮かべていた。帰って来た時に兄弟が増えていたら、それは喜ぶことだろう。

「今度神の国に行ったら、とりあえず聞いてみようかな」

「早く行けたらいいね」

「赤い月まで行けなかったらごめんなさい」

黒目ゆりが金蛇達に言うと、金蛇達はつーんと横を向いてしまった。


今年の１の月は寒かった。何度かうっすらと雪が降り、ゆりも男達とラブラブモードにはなれてない。寒いのに服を脱ぐ気にもなれなかった。

会うたびに皆に「風邪を引かないでくださいね」と言われていた。ゆりはなかなか神の国に行けず、イシュタールに頼んで双子の火の妖精達の情報を聞いている。

双子は火を吹きまくっているようで、神の国に行っても会いに行けそうにない。サラディンは子供がいる生活に慣れたのか、最初よりは余裕が出てきたようだ、とイシュタールは言っていた。

仲良くしてほしいものである。


１の月が終わるころ、ゆりは夢の中で金蛇にまた「なんとかしてくれ」とせっつかれていた。

一番愛しい男に一番綺麗な自分を見てほしい、という気持ちはよくわかるが、そのために他の男と仲良くならなければならない、というのもいいのやら悪いのやらよくわからない。

（そりゃラーズもハロルドも大好きだけどねえ、ここでそういうことするのもなあ……）

ゆりとしては微妙な気分だが、自分の蛇の願いを無視すると、後々面倒なことになりそうでもある。

（金蛇達はいろいろがんばってくれたし、願いはかなえてあげたいけどねえ）



ゆりはとうとう瞬間移動もできなくなった。やはり力は弱まっているようだ。


ゆりが神の国に行けたのは二の月に入ってからだった。城のまわりはうっすらと雪が積もり、寒い夜だった。蛇のルーもゆりの布団の中に入り込んでいた。

神の国に行くと暖かかったので、ゆりは辺りを歩き回り、太陽の暖かさに触れた。

「さて、いきますか」

ゆりはハロルドの元に飛んだ。

移動先はペガサス農場だった。大きな翼のペガサスたちがくつろいでいる。

「かわいい」

ゆりは小さめのペガサスの頭をなでた。

ハロルドはペガサスの翼にブラシをかけていた。

「ハロルド〜」

「あ、来たのか」

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど、今いい？」

「ああ」

ゆりはハロルドに近づいて、周りをきょろきょろ眺めた。周りにはだれもいない。

「神の国は暖かくていいわね。あっちは今寒くて、来月にはぬくくなればいいんだけど」

「北の方は今年大変らしいぞ。そっちはまだましだろう」

「そうね。それで話って言うのは、あの、前にその、私の体があなたと仲良くなったでしょ？　それで、私の体に変化が起きたわけ。一族の気を帯びるようになったの。知ってた？」

ゆりは小さめの声で聞いていたが、顔は真っ赤である。

「一族の気？」

「今まではみんなの気をもらって一族の気を帯びていたんだけど、あなたと仲良くなってから私自身の気を帯びるようになってたの。それが最近薄れてきてるの」

「ふーん？」

「神様と仲良くなったら、力があがる効果があるんでしょ？　あれって、一度きりのことなのかしら？」

「あまり気にしたことがない、というか、同じ女と何度もしたことがないからわからんが、多分一度だけじゃないか？」

「そうなの？」

「お前は戦わないんだから、別に力は関係ないだろ？」

「そうなんだけど……」

（じゃあもう一度ハロルドとしてももう無理ってこと？　ラーズと試してみるしかない？　だめなら諦めるしかないわ……）

「教えてくれてありがとう。それじゃ今日はこれで」

ゆりはぺこりと頭を下げてさっときびすを返した。

「おい」

ハロルドは素早くゆりに触れて、ゆりと一緒に移動していた。移動してきたのはラーズの神殿の近くである。

「げっなんでついてきたの？」

ゆりはハロルドを見て驚いている。

「ラーズに何を頼む気なんだ？」

ハロルドは横目でゆりを見た。

「え、別に……」

「何を頼む気なんだよ」

ハロルドはゆりの耳を引っ張っている。

「連れて行ってやるからこい」

ハロルドはゆりを引っ張り、ゆりは「いやーやめてー」と叫びながらラーズの神殿の中に入らされていた。中にいたラーズ、サーラ、クーリーフンは驚いている。

「どうしたんだ？」

「ガーベラがお前に用があるらしいんでついてきた」

「はあ」

「サーラいこう」

クーリーフンはささっとサーラの体を抱っこしていた。

「ガーベラばいばーい」

「ばいばーい」

ゆりは半泣きで手を振っている。

「さあ、何の用なのかいえよ」

ハロルドは不機嫌そうにゆりを見ている。

「う、うううう、ハロルドの前で言えるわけないでしょ！」

「やっぱりそういう用件か！」

ハロルドは手に持っていたブラシをばんと床にたたきつけていた。ブラシは跳ねてラーズの方に飛んできたのでラーズはよけている。

「だってしょうがないでしょ。ハロルドとはもう無理だっていうんだから」

ゆりはハロルドと離れつつ言っている。

「一体何の話なんだ？」

ラーズが聞いた。

「ほら、ラーズに言ってみろよ」

ハロルドは顎をしゃくっている。

二人の間には妙な緊張感が漂っていたのでラーズは、「そうだ、サラディンとの間に子供ができたの君の時だろ？」と言い出した。

「え？　あれお前なのか？　いつの間にサラディンとまで仲良くなったんだ？」

ハロルドは驚いている。

「えーその、つい……」

「ついじゃないだろ」

「まあいいじゃない。ハロルドの子供はダントツで多いんだから、そんな怒らなくても」

ゆりはそろそろっとラーズの側に移動していた。

「なんで君は子供が産まれる確率が高いんだろうな」

ラーズは首をかしげている。

「きっと、子供が産まれるには、時と場所とか、いろいろあるのよ」

「お前って女は、妖精にうつつを抜かしていたかと思えば……サラディンと仲良くなってるとは」

ハロルドはぶつぶつ言っている。

「え？　妖精って？」

ラーズがゆりを見た。

「あれは違うもん。ただお礼を言ってただけだもん」

「迫ろうとしてたろ」

「迫ってないです。それなのに人間界に行かせちゃうなんてひどい」

「ふん。まあいい、ラーズの用を私も聞くからな。言ってみろ」

ハロルドは椅子に座って腕を組んでいた。どうあっても去って行きそうにない。

ゆりはここで言いたくなかったが、もう２の月である。後がなかった。

ラーズはきょとんとしている。

「私に用ってなんだい？」

「あの、その……あっちの私で、ラーズと仲良くなりたいです」

ゆりは真っ赤な顔でめちゃくちゃ小声でぼそぼそっと言っていた。

「え？」

「今の、聞こえた？」

「聞こえたけど……」

ラーズはハロルドを見た。ハロルドはぶすーとしている。

「なんか訳があるの？」

「うん。実は、あっちの私の力をあげたい理由があって……ハロルドとああなった後、私自身の力があがってたの。その力が薄れてきて、どうしても後２ヶ月くらいでもいいから

あの状態になりたいの」

「ふーん」

ラーズは瞬いている。

「あれって……一時だけのものなのか？　私は一生続くのかと思ってた」

ラーズがハロルドに聞いた。

「さあ、私はその後の女については気にしたことはない。いろんな神の相手をする女なんて今まで皆無だったからな。ラーズとしたらまたそうなれるとは限らないぞ」

「同じ神と何度かしたらどうなるんだ？」

「それも試したことはない……ん？　いや、あったかな？　大昔……また力があがったかな？　どうだったか忘れた。とりあえず、私としろ」

ハロルドが言い出して、ゆりは口を開けた。

「もうラーズに頼んだから」

「私として何もなかったらラーズとすればいい」

「ええー」

「えーじゃないだろう。先に私とするべきだろ」

「今更言われてももうラーズに頼んじゃったし」

ゆりは半泣き状態である。

「いっそのこと、二人で行く？」

ラーズが笑いながら言い出して、ゆりは「いやー！」と叫んでいた。

「この際、一晩で二人の神の相手をした女として歴史に残ってみたらどう？」

「残りたくないです！！」

ゆりは力を込めて答えたのだった。


つづく

十一部

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