第51話

暦は3の月に入った。気温はじょじょにあがり、庭園の風景も日に日に色鮮やかになっている。今年の赤い月は６日からである。

ゆりの恋人達は新変化をして初めての赤い月である。ゆりとしては「彼女達にあの姿をみせたくない」、といったところだが、そういうわけにはいかないだろう。

ゆりはあれから金蛇達と夢で出会うことはなかった。出会ってもお礼を言われるのかどうかは微妙だが、しばらく力が強くなってきっと喜んでいるだろう。


この日城の庭園にやってきたハインリヒは、東屋にディーンがいるのを見かけて近づいて行った。ディーンの足下には大きな蛇がいる。

「こんにちは。ディーンさんは久しぶりの赤い月ですよね。相手は決まったんですか？」

ハインリヒが声をかけると、ディーンはハインリヒに顔を向けた。

「それがさ、いっぱい誘われちゃって、どうしようかと思ってるんだよ。人にも蛇にも誘われてる」

「ははは。だれが一番なんですか？」

「さー一番ってのはないなあ。ところでさ、先月儀式があったろ。あれ楽しそうだなあ。今度あったら俺も混ぜてくれないかなあ」

ディーンはハザークにはだめと言われたが、懲りずに言っていた。

「だめですよ。参加するのは王妃の恋人だけですから」

「ゆりちゃんの恋人になったらハザークが怒りそうだからなあ。恋人にならずに儀式に参加したい」

「そんな無茶な。そういえば、ディーンさんは儀式でくる女蛇と顔なじみじゃないんですか？」

「あ、そうかも。じゃあ気まずいかもね」

ディーンは頭をかいていた。

「もしかして仲良くした女蛇がいたとか？」

「人化する蛇はプライドが高いから落としにくかったんだよね。だからそういうのはないかな。あっちは俺のことは『坊や』呼ばわりだったしね。ゆりちゃんって不思議な人だよね。

俺が見たどんな女の子とも違う。外見だけじゃなく、中身も興味深いんだけどなあ」

「だめですよ」

「ディーン様〜！」

女性が３人ほど東屋に走り寄ってきた。王の侍女達である。

「ディーン様、赤い月のご相談があります！」

「私も！　ディーン様の赤ちゃんが欲しいですう！」

「私だって！」

女性達は必死な様子だったのでハインリヒは東屋から離れた。王の侍女達も最近はさらに着飾って楽しそうである。一方ディーンは女達の剣幕に押され気味である。

（がんばってみんなの相手をしてあげてください）

ハインリヒは苦笑しながら去って行ったのだった。


赤い月が近づくと、戦士達もそわそわして落ち着かなくなってくる。特に若手はそうである。男も女も数人集まると、話題は赤い月のことについてである。

「エルは今年どうするんだ？」

砦の食堂にて、エルバートは他の若手戦士に聞かれていた。

エルバートの相手セリアは、昨年めでたく妊娠していた。したがって、世間の常識では赤い月は関係ない。

「セリアさんと過ごしますよ。セリアさんのお腹をずっとなでなでしてます」

エルバートはうれしそうである。

「えーセリアさんは怒らないのか？」

「怒らないですよー」

「ふーん」

「赤ちゃんの想像をするだけでうれしい」

エルバートはほんわかした表情である。

「ところでカーライル様はまだ帰らないの？」

「あっばか！」

隣にいた戦士があわてて言ったものの、その言葉はすっかりエルバートの耳に入ってしまったようだ。

「カーライル様……」

とたんにエルバートの表情が沈んできた。

「あ、やべ、それじゃ」

言った戦士は逃げるように去って行った。

「大丈夫だ。へびっち君と一緒に帰ってくるさ」

戦士がなだめるように言っている。

「大丈夫です。たとえ二度と会えなくても、カーライル様のお言葉を胸に刻んで生きていきます」

エルバートの目元には涙が浮かんでいた。

二人が過去に行ってから半年以上も経ってしまった。へびっちはいつか帰ってくるにしても、カーライルは帰ってきてくれるのか、エルバートは、（むこうでの暮らしの方がいいに決まってるだろうし、

過去で永住されるかもしれない）と思っていたのだった。

「大丈夫だって。カーライル様もエルに会いたがってるよ」

「いいんです。もし会えなくても、恨みません。絶対、恨みませんから」

エルバートは友人にではなく、遠い場所にいるカーライルに言っていたのだった。



過去の世界である。こちらはすでに景色は春である。巨大なバリカの庭園も、青々とした葉っぱが茂り、ちらほらつぼみをつけている。

女王は女王の間に姿を見せるようになっていた。医者からはまだ養生するように言われているが、養生も飽きたようである。

「姫をこちらに呼ぶ日取りを決めた。六の月三日にする」

女王は上位の騎士達を呼び、そう宣言した。

「六の月三日といえば……」

ディランが懐かしげな声を出した。

「そう、ゆり殿をこちらに呼んだのがその日であった。縁起が良いであろう？」

「はい」

ディラン達は、広間の中央に目を向けた。突然過去に飛ばされてゆりもシスも仰天していた。あれからもう１８年もの月日が経っているのである。

「懐かしいなあ……」

フークスがつぶやいた。

「本当に……」

ルークも目を細めている。

「あの時は、私には全く関係ないことだと思っていたんだけどなあ」

上位の騎士ではなかったルークだが、ゆりに相手に選ばれて、今でも周りには一目置かれている。

「シス様も大きくなってるでしょうねえ」

ディランが言った。

「ではその日、へびっちもあちらに帰るんですね」

レイアスが女王にたずねた。

「それがよかろう。あちらでも心配しておるだろうし、へびっちの具合はどうじゃ？」

「かなり元に戻ってますよ。まだ僕の肌から外には出ていませんが」

「さようか。あと三月ある。まあなんとかなるであろう」

「はい」

「ディランが夢でこのことを伝えられればよいが。ただ、こちらは六の月でも前回は未来は十の月であった。ちと向こうでの時間はずれるかもしれんの」

「そうですね。日にちがぴったり一緒かどうかはわからないですね」

「まあ、会えたら準備はしておいてほしいと言っておいておくれ」

「はい」

一同は解散し、女王も広間を出て行ったので、ディランとフークスは、懐かしげにゆりの事を話していた。

そこに王子アゼルがやってきた。

アゼルの顔はにやけている。

「あ、いらした。カーライル様、アナスターシャ様のことで聞きたい事があるんですが……」

アゼルが近づいてくると、ディランは苦笑いしていた。アゼルは見るだけで、カーライルがいるかどうかすぐに分かっている。今はディランにいるのである。

「殿下、カーライル様もたじたじになってますよ。姫がいらしてから直接聞いたらいいじゃないですか」

カーライルはアゼルのアナスターシャの質問攻めにあっていたのだった。カーライルは今もカールの元には戻っていないのだ。

「これはもう絶対、カールは何かしてる」とカーライルは感づいている。



カーライルもアゼルにいろいろ聞かれても、親じゃあるまいに、アナスターシャの好みなどしらない。

ただ、アナスターシャの性格は母親譲りだ、とこれだけは断言できた。

「いてもたってもいられないんだよ。6の月が楽しみすぎて、でもへびっちとカーライル様とお別れするのは寂しい。ハザーク様も二人のことを気にしていらしたよ」

「そうですか。なかなか説明できないのも辛いですね」

とフークス。

「アナスターシャ様とずっと一緒に過ごせるのが楽しみすぎてさ」

「殿下はずっと姫に会いたがってましたからねえ」

「寂しいけど楽しみで、複雑なんだ〜」

アゼルはにやにやしながら去って行った。あの様子では、楽しみの方が強いようだ。


「まあ、楽しみがあるのはいいことだね」

フークスも去って行った。


―どうもあの子はアナスターシャのことを美化しすぎているような気がする。本物を見てがっかりするんじゃないか？

カーライルがこんなことをディランに言い出していた。

「がっかりなんてしないですよ」

―そうかな？　幻滅するんじゃないかと心配だが。ところでカールのやつ、絶対未来に行く準備とかしてるだろ。あいつも何考えてるんだ。全く……

「カールはカールなりにいろいろ考えてますよ。見守ってあげましょう」

―ため息しかでない


ディランは笑いそうになるのを堪えていた。



「はっくしょん」

未来では、アナスターシャがくしゃみをしていた。その隙にヴィラはアナスターシャの剣をからめとって奪っている。

「はい、負けですね」

「今くしゃみしちゃったでしょ。ちょっとは待ってよもう！」

「戦場で待ったはないです」

ヴィラはアナスターシャに剣を返していた。ここは闘技場である。離れた所では他の若者達も訓練中だ。シスとロイとナナミは闘技場の内側をうろうろ飛び回っている。力を持続させる修行である。

ロイはただ飛ぶのは暇だったので、シスと追いかけっこをしていた。ナナミは二人にはちょっと劣るので、一人で飛んでいる。アナスターシャは剣の修行中である。

「女王様って剣の修行とかいる？　父様は全然しなかったって言ってたよ」

「なんでもしといて損はないですよ。体力がないと女王様にもなれないでしょう」

「そうかなあ」

「アーねえがんばー」

宙を浮いているナナミが声援を送っていた。

「そういえば母様がさあ……」

アナスターシャは小声でごにょごにょ言っている。

「なんですか？」

ヴィラが耳を傾けて来た時、「隙あり」とアナスターシャは剣を突き出していた。その剣はヴィラにすんなりかわされている。

「ああ！」

「真面目にやりますよ」

「ぐうう」

アナスターシャは悔しそうな顔でヴィラと剣を打ち合っていた。アナスターシャの性格も相変わらずである。



そして六日の夜、赤い月が夜空に浮かんだ。

「ユリウス、今年はがんばろう。な」

ユリウスの屋敷ではジェナサイトがユリウスににじり寄っている。

「お、おう。がんばる。今年はがんばる」

ユリウスは口では言いながらもかなり逃げ腰である。

「そろそろ俺の気にも慣れたろ？」

「お、おう……」

前よりも気が強くなったジェナサイトにユリウスはかなり困っていた。昨年は一度も抱き合えなかったほどである。あれからユリウスはジェナサイトに近づく努力もしていたのだった。

普段は仲良くすることはできるのだが、どうも赤い月となると違うらしい。

「しのごのしてると、ジェナ、とられちゃうよ〜？」

と息子にはっぱをかけられたせいもあるが、ユリウスとしても、大好きなジェナサイトと仲良くなりたいという気持ちはあるようだ。

「こうなったら、私が逃げようとしたら強引にやれ」

ユリウスはジェナサイトにこうまでいい、ジェナサイトに引かれていた。

「強引にやれと言われても」

「いいからやれ。本人がいいと言ってるんだからいいんだ」

「いやーそういうわけにもいかないだろう」


そういうやりとりもあり赤い月を迎えたのだが、ジェナサイトはやはり、強引にユリウスを組み敷くようなことはできない。また変なトラウマにでもなるのも困る。

「気をらくーにしてベッドで寝転んでろ。目を閉じて」

「お、おう……」

「さっきから『おう』ばかりだな」

「今寝転ぶぞ。今……」

ユリウスはベッドにそろそろとあがり、寝転んで目を閉じた。

「よし、どーんとこい」

ジェナサイトがベッドに乗り、ユリウスの上にまたがった。

「いやーん」

黄色い声があがった。

「どっからそんな声を出してるんだ？」

「今のは私じゃない」

「いや、お前だろ」

「違う！」

ジェナサイトがユリウスのガウンに手をかけた。

「きゃあ」

「やめとくか？」

「いや、やれ！」

「相変わらず面白い女だなあ……まあそんな所もかわいいけどな」

ジェナサイトはにやにやしながら言っていた。

「うるさいぃ」

ユリウスはちらりと目を開けてまた閉じている。

（いい男すぎて直視できない！）

ユリウスは本気でそう思っていた。


このカップルも相変わらずである。



城では初日の夜だというのに興奮は最高潮に達している。ゆりの肌にいる金蛇は最初から輝いていたので、ラクシュミは「綺麗だなあ」と金蛇をほめていた。

二人が一つになった時、いつの間にかゆりの肌にいた金蛇達はラクシュミの肌の方に移動していた。しばらくの間金蛇達は移動したままだったが、ラクシュミは何もきにせずにゆりを抱いていた。

快楽の渦に飲み込まれながらゆりは、（なんだか金蛇達がうらやましいなあ）とも思ったのだった。


朝気づくと、ゆりの肌には二匹の金蛇がいた。ラクシュミも普通の姿に戻っている。

「ねえ王様、昨晩、王様の肌に金蛇達が移動したでしょ？」

「来てたな」

「何か言われた？」

「言われた」

「なんて言われたの？」

「秘密」

「えー？　どうして？」

「風呂でも入るか」

「だっこ」

ゆりはラクシュミに抱きつき、ラクシュミはそのまま風呂場に移動して、二人でぬるめのお湯に入った。ゆりはラクシュミにぴったりくっついている。

「王様の中にいる蛇は、金蛇と交わったのかしら？」

「どうだろう。そうかもな。私にもよくわからないな」

「赤い月の王様は……王様の中の蛇様？」

ゆりはどきどきしながらも、とうとうこんな質問をしてみた。

ラクシュミはきょとんとした顔付きであったが、やがてにやりとした。

「もしそうだったら何か変わるのか？」

「何も変わらないよ。愛してる」

「お前達は年々魅力的になるから困ったものだ。今回は私の中でもちょっとした変化があるようだ。十日経つ頃にはさて、どうなってるかな」

「えー何の話？」

「まだ内緒だ。昨晩あんなにしたのにまだ元気そうだな。子供達に顔を見せた後、またするか」

「うん！」

「本当に元気だな」

ラクシュミは笑っている。

「元気〜元気いっぱい！」

「ははは」

ラクシュミは声を出して笑い出した。


赤い月はまだ始まったばかりである。



つづく


１１部


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