第５２話


『人間達よ、夜空を見よ。あの真っ赤な赤い月を――

あの月が出ている間は最も子供ができやすい時である

赤い月が出ている間は、何にもまして子作りを優先するがいい

人間の世が続くかどうかはお前達にかかっている』


大昔、神々の長アシュランは、最初の人間達にこんな言葉を与えたそうである。それ以来、人間達は赤い月の間は子作りの時期だと認識し、その間の戦いなどは決してしないようにした。

どの一族にとっても子孫繁栄は最優先事項である。子供が産まれなければ一族は廃れるからだ。


「どうして月は赤くなるんだろうねえ？」

この日シスとラギは神話の本を読んでいて、シスは不思議に思ったようだ。今は赤い月の最中、4日目である。ラギは神話の本が大好きなので、本棚にはずらりと神話の本が並んでいる。

この本の中の神々が時々この城にやってきているのだから不思議なものである。

「さあねえ、アシュラン様の魔法なのか、それとも自然に月が赤くなってるのか、謎だよね」

ラギはそう答えた。

「月の女神は男嫌いなのにね」

とシス。

「そうだね。面白いよね」

「ラギは今年も赤い月が始まる日をぴったりあてたね。すごいよ」

ラギは月の神官からのお告げがあるより前に、毎年赤い月が始まる日を当てているのだ。

「１００年前からの赤い月が始まる日や月の満ち欠けを調べたらわかったよ。でも、どうして月が赤くなるのかはわからない。ある本によれば、赤い月も最初の三日くらいが一番子供ができやすいらしいよ」

「へーそうなんだ」

「まあ、今年はお母さん達には妊娠は関係ないけどね。もう妊娠してるから」

「そうだね」

二人はくすりと笑った。本当は、ゆりに赤い月も関係ないのだが。

「神話の本を読むほど、お母さんが神の国に行けてるのが不思議だよ。アシュラン様に石の箱をいただいたりさ。僕はハロルド様にはお会いしたいけど、アシュラン様は怖くてお会いしたくないなあ」

ラギが言った。

「そうだね。僕も。アシュラン様のお顔を見るなんてできないよ、きっと。そういえば、この前サラディン様がきちゃったんだったよね。サラディン様には悪いけど、今考えると笑っちゃうなあ」

シスはにやにやしている。

「そうだよね。僕も思い出すと笑っちゃうよ。サラディン様はほんと気の毒だったけどね。サラディン様はちゃんと人間の言葉をしゃべってたよね。前にダーナ様がやってきたときには、話さなかったよね。

人間の言葉を話せる神様と、そうじゃない神様がいるのかな？」

ラギはそこを疑問に思ったようだ。

「そうだったね。ダーナ様もそうだけど、最初にガーベラ様が母様に降りた時も話さなかったね。ダーナ様も最初のガーベラ様も、あれはあれで神秘的だったけどね」

「確かにね。人間の言葉をべらべら話して『私はガーベラよ』とか言われるよりは、何も話さない方が神様っぽいよね。ああ、次はジンラ様にお会いしたいなあ。ジンラ様がお母さんのベッドにこないかなあ」

ラギはそういう期待をしていた。

「ジンラ様は、お母さんがガーベラだと知っても怒らないといいねえ」

シスとラギはそういう会話をしていた。


赤い月も中盤である。

城の中に男は少なく、人もまばらである。その間は番兵もいない。侍女も最低限である。仕事よりも子作りが優先なので、戦士による街のパトロールなども昼間だけである。


「あーちょっと休憩させて」

ハザークの部屋に、疲れた様子のディーンがやってきた。ディーンはカーライル用の長椅子に寝そべった。

「しかし、俺も丸い性格になったなあ。やっぱり長年漂ってたせいか？　以前ならば、好みじゃない女は絶対抱かなかったからな」

ディーンはぼそぼそ言っていた。

「好みじゃない女なんているのか？」

ハザークが聞いた。

「そりゃいるぜ。昔はさ、女の外見重視で中身はどうでもよかった。それに他人の女がよくみえてさー。でも俺のものになったら興味がなくなるんだよね」

「女を散々泣かせたばちがあたったんじゃないか？」

ハザークが呆れた様子で言った。

「バチにしては強烈だったからな、すっかり丸くなっちまったわ。ところでさ、へびっちって男がいるんだろ？　どんな男？」

ディーンが話題を変えた。

「ハザークの侍女達に声をかけたら、みんな『私にはへびっちさんがいるから』っていうんだぜ。あの侍女達、分身してるんじゃないよな？　ちゃんと５人いるよな？」

「ちゃんと５人いる。へびっちは特殊な蛇で、王妃の蛇紋が生んだ子供だ」

「……は？」

ディーンは口をぽかんと開けた。

「へびっちについては理解させるのは難しい。人になれる蛇なんだが、いろんな力が働いて、最速で成長して人になれた蛇だ。だが、王妃の蛇紋の子供蛇なので、ただの蛇でもない」

「蛇紋の子供って……人間の肌にいる蛇ってどうやって子供を作るんだ？」

「肌から出て交わったらしい。王妃の恋人達の肌にも子蛇がいるだろ？　みんな王妃の肌の蛇の子供だ。へびっちだけは特殊なんだ」

「いっぱいいるのか？」

「いっぱいいる。14匹だったかな」

「14匹も？　随分たくさんいるんだなあ……あ……あー！　ばあさま！」

ディーンはがばっと飛び起きていた。


それは大昔のことである。

「お前は女が原因で散々な目に遭うが、お前を助けてくれるのも女だよ」

親戚である占いが得意なばあさまはディーンにそんなことを言った。「ばあさま」といっても、見かけが老婆だったわけではない。人化できる長生きした蛇で、魔力が高い蛇だった。

「どんな女が助けてくれるんだい？」

ディーンはその時そう返した。

「その女はとんでもない子だくさんだよ。20人以上子供がいる女だよ」

「20人？　そんなに子供が産める女がいるのかな？」

「いなかったらお前は助からんよ」

「人が産める子供の数ったら、多くて５人くらいだろ？　蛇ならいるかもな。メス蛇じゃないのか？」

「うーん、そうなのかねえ。確かに人で２０人も子供を産むのは難しい。蛇かもしれんが、運良くそんな女が現れればいいねえ。その前にお前の素行が悪いのが原因だ。気をつけなさい」

「へいへい」

若かったディーンは、この言葉も言葉半分に聞いていた。

「その女がお前を助けてくれたら、お前はその女の子か孫をもらうことになるかもしれんよ」

「へー。俺は結婚はしないけどなあ。一人の女とずっとなんて無理だし」

「ま、占いは確定した未来ではないが、まずはお前の素行をだね」

ディーンはその時とっとと逃げていた。



ディーンがまるっきり動かなくなったので、ハザークは「大丈夫か？」と聞いていた。

「なあ、ゆりちゃんは、子供何人いる？」

ディーンはハザークを見て聞いた。

「８人。8人目は腹にいるな」

「それに蛇紋の子供を合わせたら……合わせて22だ。ばあさますげえ。占い通りだ。ゆりちゃんには20人以上子供がいるんだ」

ディーンはかなり驚愕した様子だった。

「占い？」

「子供が２０人もいなかったから、ばあさまの占いは半分外れたのか、それとも、これからゆりちゃんの子供が増えるのかなって思ったんだが……

当たってたんだ。すげえな。俺、ゆりちゃんの子か孫をもらうかもしれん」

「はあ？」

ハザークはぽかんとしていた。

「とりあえず、ゆりちゃんに手を出すのはやめとこう。うん、そうしよう」

ディーンは一人でうなずいていた。



赤い月は瞬く間に過ぎて行った。

ゆりの肌にいた金色の蛇達は、何度かラクシュミの肌に移動していた。そして最後の夜になりついに、金蛇達にとっては待ちに待った時がやってきた。

ラクシュミの肌に、金色の蛇が出現したのである。

「あ……」

暗闇の中、ゆりの目にもその雄々しく、大きな蛇が見えた。

「王様……！」

「あれほど恋しく思われたら、男としては応えないわけにもいかないだろうなあ」

ラクシュミが言った。

雄々しい一匹の蛇に、二匹の蛇が寄り添っている。やがて蛇達はからまりだした。

ゆりの目には涙がにじんでいた。

「すごくうらやましいなあ。私も蛇になりたい」

「この子達はお前の、いやお前達の分身だろう？　お前達を抱いてるのと一緒だろう」

「うう……うん……」

しばらくからまった蛇達だったが、やがて金蛇達はゆりの肌に帰ってきた。

「うれしかっただろうなあ」

「愛の力というものはすごいな。ついに、私の身にも変化が起こった」

「でも、王様は普段は変わったりしないよね。やっぱり」

「そうだなあ、お前が男とひっつくたびに妬いてたら、仕事にならないからな。赤い月の間だけがいいんだろうなあ」

ゆりはしばらくラクシュミに抱きつき、二人は何度も口づけをしあったのだった。


その夜のことである。

ラクシュミは気づくと暗闇の中立っていた。背後に誰かがいる。そのだれかは背中を合わせて自分の後ろに立っていた。

ちらりと横を見ると、銀色の長い髪が見えた。

（これは、私か？）

後ろにいるのは自分自身なのか。ラクシュミはその人物の姿を見ることはなぜか怖くてできなかった。


『なあ、我らの妻達はかわいいなあ』


（え？）

相手の言葉に驚いてラクシュミが振り向くと、その人物はラクシュミから離れて行き、「さよなら」とでもいうかのように右手を少し挙げて、消えてしまった。

（あれは……いわゆる、赤い月の私というやつか？）


それがかなり不思議な出来事だったため、ラクシュミは目を覚ました後もしばらくベッドに座っていた。

ゆりが目を覚まして、「王様おはよう」と言った。

「ああ、おはよう」

「どうしたの？　もう赤い月は終わったよね？」

「ああ、実は、あの時の私とやらに夢で出会ったんだ」

「ええ？」

ゆりは飛び起きていた。

「ほんとう？　何か話した？」

「お前達がかわいいって言ってた」

「えーほんと？　やだーうれしいー」

ゆりは気味が悪いくらいににやにやして両手を頬にあてている。

「あ、そうだ。王様、王様の体に一匹の蛇が現れてね、私の蛇と仲良くしたんだよ」

「え？　ほんとか？」

ラクシュミはかなり驚いてる。

「ほんとよ。ああ、王様の蛇の子供ができないかなあ。できたらいいなあ」

「私の肌に……」

ラクシュミは自分のお腹をなでていた。今はその名残すらない。

「王様愛してるう！」

ゆりはぴったりラクシュミに寄り添った。

「お前やせたんじゃないか？　今日からはゆっくり休むんだぞ」

「うん」

「そっちに連れて行ってやろう」

ラクシュミはガウンを身にまとうとゆりの体にもガウンを着せて、ゆりを移動させた。

「じゃあな」

ラクシュミはゆりの頭をなでなでして去って行った。


（私の肌にも蛇が……なんだか不思議な気分だな）

ラクシュミが支度をして食堂に行くと、子供達はそろって朝食を食べていた。

「おはよう」

「おはようございます」

子供達はみな挨拶を返した。

「父様、私昨日ね、ベツトー様に言ったんだよ。『しばらく会えないかもしれないけど忘れないでね』って。覚えてる？」

アナスターシャが聞いた。

「まったく覚えてない」

「やっぱりね」

「ベツトーもーいないの？」

「いないねえ」

レーヌとミシェイラが話していた。

「つぎいつ？」

「来年よ」

「たのしみね」

「うん」

「お前達にとっては私は変わりないと思うが？」

ラクシュミがつい言うと、アナスターシャは、「赤い月の父様は優しいの。修行をさぼってもあんまり怒らないし」と言っていた。

「そうか。じゃあ今日からはビシバシ行かなきゃな」

「えー」

「ははは」

他の子供達は笑っていた。


（私の蛇とゆりの蛇が交わったのか……もし子供が産まれたら……だれにくっつけることになるんだろう？）

今現在子供達の肌には皆一匹子蛇がくっついている。

（ゆりはミカエル達ともそうしたんだっけ。みんなの子蛇が生まれたりして。怖いような、楽しみのような……）


「お父さんの気質がちょっと変わったような気がするなあ」

ラギが言い出してラクシュミはどきりとした。

「え？　どこが？」

とアナスターシャ。

「私もわからない」

ナナミも言った。

「僕もわからん」

とロイ。

「僕もわからないけど、いつもの赤い月後とは違うね」

シスが言った。

「私も自分ではわからんが……」

「なんとなく、赤い月のお父さんよりかな。少しだけですけど」

「赤い月と普段の私の気は違うのか？」

ラクシュミがラギに聞いた。

「かなり違いますよ。だから本当にベツトーって感じです」

「気まで違うとは知らなかった。世の中謎が多いな」

「ベツトーすき」

「すき」

ミシェイラとレーヌが言った。

「また来年な」

「「うん」」

二人は喜んでいる。

「ベツトーに約束したんだ。ケッカを大きくしてね、見せてあげるって」

「ケッカ？　結界か？」

「うん。１時間お部屋の中をケッカできたらうんとほめてくれるって」

「それは私もほめるけどな」

「ベツトーと約束したからトックンすんだ」

「がんばれーミシェイラーがんばって結界作ってー」

アナスターシャは小声でミシェイラを応援している。

「お前は気を抜くんじゃないぞ」

ラクシュミがくぎをさしていた。

「はーい」


（赤い月の私は子供達にも人気か。もし彼と話せたら……ゆりを愛してくれてありがとう、というかな、やっぱり。こどもが一杯いるのは、彼のおかげだからな）

ラクシュミの様子がぼんやりしていたので、ラギとシスは、（やっぱり今年はどこか違うね）と思念をかわし合っていたのだった。


つづく

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