第53話

　今年も赤い月が終わった。ぼんやりした様子のラクシュミに、ミカエルが「どうかしたんですか？」と声をかけた。ここは王の間である。

「様子が変ですが」

「別になんでもない。お前は今年の赤い月、何か違ってたか？　皆変化の様子が変わったんだろ？」

「時々鱗のような模様が全身に出てたようですよ。彼女達も喜んでました」

「そうか」

「まだまだ驚くことは多いですね」

「そうだな」

「じゃあ王妃に会ってきまーす」

　といってミカエルは王の間を出て行った。


（あの時の私か……ゆりは最初から別だと思ってたものなあ。あの時の私は、赤い月に表に出られるのを楽しみにしているのかな？　いろいろ考えてしまうな）

　ヴィクターが王の間に入ってきた。

「王、私は今年もがんばりましたよ。まだまだいけます。王妃の恋人にもなれますよ」

　ヴィクターは元気はつらつとしている。

「そ、そうか。すごいな。私はヴィクターの年までがんばりたくないが」

　ラクシュミはついそう返していた。


　
ハザークの部屋では、レーヌとミシェイラが文字の勉強中である。ハザークが二人に文字を教えている。

「みて、クー」

　紙にはクーリーフンと書かれていたので、ハザークは「上手だ」とミシェイラをほめていた。

「へびっち」

　レーヌは「へびっち」と書いてある。

「それも上手だ」

「パパ、へびっちいつかえるの？」

　ミシェイラがハザークに聞いた。

「さあなあ」

「はやくあいたいよう」

「へびっちっていい男？」

　ソファに寝そべっていたディーンが聞いた。

「ん？　へびっち？　かわいいの」

「そっか。ミシェイラちゃん、将来俺と結婚しない？」

　ディーンは突然そんなことを言い出して、ハザークはぎょっとしていた。

「ミーはクーとけっこんするもん」

「レーヌちゃんは？」

「ケッコンってなに？」

レーヌは目をぱちくりさせている。

「この男はやめておけ」

　ハザークの言葉に、「わかったあ」とレーヌは答えていた。

「あ、ひどい」

「ひどくない」

　ハザークの側では、へびっちと侍女の子供蛇ロンロンがうねうねしていた。


　過去の時代である。こちらも赤い月が終わり、城の中の一室では、フークスが突っ立っていた。ここはかつてゆりが滞在していた部屋なのだ。ゆりの部屋はずっとそのまま保存されていた。

明日からアナスターシャのために、部屋の調度品は入れ替えられることになる。そのため、男達はこの部屋に別れを告げにやってきたのだった。

「懐かしいなあ……ゆり様の時は、まさかシス様までいらっしゃると思わなくて、メイド達が大慌てで、隣の部屋を整えたんですよ」

　フークスは独り言のように言っていた。今カーライルはフークスの中にいる。

「シス様は本当に熱心でかわいらしかったなあ。殿下じゃないですけど、アナスターシャ様がしばらくここにいらっしゃると思うだけで、私もすごくどきどきしてるんですよ。きっと私の蛇は、大喜びしてるんでしょうねえ。

かわいい娘といられるんですから。みんなには悪いけど、すっごく楽しみなんですよ」

　フークスはとてもうれしそうである。

「かわいい娘と１０年もいられるなんてうれしいなあ」

　部屋にディランがやってきた。

「フークス、来てたんですか。顔がにやけてますが」

「え？　そう？」

　フークスは両頬を押さえていた。

「殿下もフークスも、最近顔がにやけてますよ。全く」

「すまないねえ。かわいい娘のことを考えたらついねえ。ディランの子蛇にも娘がいたっけ」

「ナナミ様とはしばらく会えてないですねえ。間違えてナナミ様がいらっしゃらないかなあ」

「だめだよ」

「ま、いいですよ。私の方が子供が多いですもんね」

　ディランは自慢げに言って、フークスは「べー」と舌を出した。そこにレイアスがやってきた。

「あ、いたいた。聞いてくださいよ。へびっちがちょっと外に出ることができたんですよ！」

「え？　本当か？」

「やった！」

　二人は喜んでいる。

「すぐ肌に戻ったんですけどね。明らかに元気になってます」

「よかったね。へびっち」

「本当によかった。6の月には間に合うな」

「そうですね」

「ねえ、明日にはこの部屋は変えられてしまう、今夜はここで飲もうよ」

　フークスが提案した。

「いいですね」

　レイアスが言った。

「フークスはあまりにやけないでくださいよ」

　ディランが横目でフークスを見ていた。

　
　その夜は、この部屋で男達による宴会が催された。話を聞いた女王も途中から顔を出した。ゆりがやってきた時と比べて、男は二人も減っている。しかしその二人は未来の時代に生きているのである。

「あの日が懐かしく思い出されるのう……」

「本当に……」

「あのガーベラの絵画はそのままにしておきましょうよ」

　レイアスが言った。男達は絵画に目を向けた。ガーベラに口づけをされたのも、彼らにとってはいい思い出である。

「そうじゃな。ところでカーライル殿に話があるのだが、変わってもらえるか？　今日正式にカールからのう……」

「やめてくれ、聞きたくない」

フークスの表情ががらりと変わっていた。

「女王も断ってくれ」

どうやらカーライルは女王の話を聞く前にわかっているようだ。

「私もだめだと言ったんですが、カールめ、引退した騎士１００人の推薦状を一緒に提出してきのですよ」

「は？」

「あ、もしかして、カール、１００人稽古クリアしちゃったんですか？」

　レイアスが言った。

「さよう」

「あの年ですごいな」

　ルークは感嘆している。

「カールもやりますね。これだけ外堀を埋められてしまったら、もう許可するしかないですね」

　ディランは苦笑いしている。

「執念ですね。そんなに行きたがってるんだから、許可してあげたらどうですか」

　レイアスが言った。

「簡単に言うんじゃない。未来で苦労するに決まってるだろ」

「その苦労をしたくていくんですから」

　とディラン。

　カーライルは絶句している。

「カールは大人になったばかりですが、一通りの訓練も受けてますので、シス様方の教官にもなれますよ。ハインリヒの苦手とする癒やし系魔法なども得意ですし、そちらでも役に立てますよ」

　ディランはカールをよいしょしまくっている。

「カールの伸びしろは若手ではピカイチですからね。未来の王もありがたく思ってくださるんじゃないでしょうか」

　レイアスも続いた。

「しかしなあ。あ、そうだ。実践、実践はまったくしてないだろ？　訓練ばかりで」

　カーライルが閃いたように言った。

「実践は未来で積めばいいですよ」

　とディラン。

「えー」

「とりあえず、姫と交換という形でカールを行かせましょう。姫が未来に帰る時にはどうするか、それはカール次第ということで、ディラン、カールがちゃんと未来の役に立てるように、六の月までカールに

カリキュラムを組んでやっておくれ」

「こうなるような気がしたので、ユエル殿に頼んでおきました。すでにカールには特別訓練が実施されてます。カールは休みなしでがんばってるようですよ」

　ユエルはハインリヒの前に騎士長だった男である。

「なんと手回しのよい、これはもう、許可するしかありませんな。カーライル殿」

「はあ……」

　カーライルも最後にはやれやれと言った感じだった。


　翌日、カーライルはカールの元に戻ってきた。もう離れている理由もなくなったからだ。


―わざわざ苦労するために行くことはないのに……

　カーライルはまだぶつぶつ言っていた。

「すいません。カーライル様。私は、自分の力を試したいんです」

―未来では、そんなに魔法も使えないんだからな

「わかってます」

―絶対泣くぞ。知らんぞ

「はい」

カールの両親も妹達も、すでに了承している話のようだ。仲の良い家族が離ればなれにならなくてもいいのに、とカーライルは思ったが、本人達はあっけらかんとしたものだった。

「自分の力を試したいだなんて、カールも男じゃないですか。父親として誇らしいですよ」

「女性関係で他の方ともめなきゃいいけど、それだけが心配だわ」

「ま、なんとかなるでしょ。未来でがんばって子供を作ってね」

「私達もがんばるから」

「うん」

カールはうなずいている。だれ一人カールの未来行きを反対していないようだ。こうなってはもう、カーライル一人が反対しても、仕方ないことだった。

―わかった。もう何も言うまい

（6の月までに気が変わるかもしれんし）

　カーライルはそういう期待を抱いていたが、5の月に入っても、カールの決心は揺るがなかった。


「ヴィラ殿に会えない。困ったな」

　ディランは5の月に入ってもヴィラに夢で会えずに、こちらの予定が伝えられずに困っていた。

「今年こちらに来る予定だというのはあちら側も知っていることですから、最悪いきなりでもしょうがないんじゃないですか？」

　レイアスやルークはそう言っていた。

「心の準備くらいはさせてあげたいんだがなあ。お別れ会とか、したいだろう。やっぱり」

「ま、大丈夫だよ」

　フークスはにやにやしている。

「最近フークス様と殿下の顔が似てきたなあ。やっぱり親子ですね」

　レイアスはぼそりとディランに言っていた。


　フークスがうらやましいと思ったせいかどうかは謎だが、その夜、ディランは夢でナナミに出会った。

　以前出会ったときと比べると、ナナミは結構大きくなっていたので、ディランは一瞬だれか分からなかった。

「あ、ディランだ。かっこいい！」

　ナナミはディランを見ると駆け寄ってきた。輝く金色の瞳、黒髪の少女には、なんとなくゆりの面影がある。

「あ、もしかして、ナナミ様？」

「そうよ。ナナミよ！」

「ナナミ様……お会いしたかったです。私の子蛇は元気ですか？」

「大きくなったよー」

　ナナミは薄いピンクのネグリジェ風の寝間着を着ていて、袖をめくった。ナナミの右手に金色の蛇がいる。子蛇はナナミと共に成長していたのでディランはうれしかった。

「ああ、かわいい。かわいすぎる！　なんてかわいいんだろう！」

　ディランの肌に緑の鱗のもようが出てきた。

「あいたかったよー。パパ」

　ディランの感激ぶりに、ナナミは右手を動かしながら言っていた。

「素敵なパパ♪」

「かわいすぎる！」

　ディランはむちゃくちゃ感動して子蛇をなでなでしていた。

「危ない所に一人で行かないようにね。それから、食べ物にも気をつけて、それからでかい虫に刺されたりしないように、それから……」

　感動したディランは注意事項をナナミに述べていた。

　二人の姿が薄れてきた。

「じゃあねーまたねー」

「お元気で……」

　出会いは終わり、はっと目覚めたディランは大失態をしでかしたことに気づいた。

「しまった。来月の予定を言うの忘れてた！」

（なんてことだ。言えばみんなにばかにされそうだ）

　そう思ったディランは、ナナミに出会ったことは皆に内緒にしておいたのだった。





つづく

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