第５４話

赤い月が終わり落ち着いた頃、ハインリヒは、去年から気になっていた旧遺跡の森をどうにかする計画を実行していた。

森の木伐採は町の人々に頼むとして、その前に熊やらイノシシやらの駆除も必要である。そればかりにかかりきりになるわけにもいかないし一人では限界があるので、

戦士達が１０人ほど協力して行っていた。同時に森に入る道も作っている

「やってるやってる」

ディーンは遺跡の周りの伐採を見学に来ていた。

「遺跡の真上だけ綺麗にするなら楽だと思ったんだが、大がかりにやってるんだねえ」

遺跡はそんなに巨大なものではなかったので一月もあればすむかと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。

「伐採した木を移動するにも道を作らなきゃならないですからね」

側にいた戦士が言った。木こりやら木材やら、全部瞬間移動で運ぶというのも大変そうなので、道を作ることにしたようだ。その木材は町に運ばれて、家を建てるのに使われるのである。

「楽しみにしてるよ、がんばって」

声援を送ってディーンは去って行った。


「王妃、とれたての熊肉ですよ〜」

「ありがと〜〜」

熊狩りのおかげで、城にも何度か熊の肉が届けられた。ラクシュミは食べないが、ゆりや子供達は熊の肉を食べている。

「意外においしいよね」

とシスがいうほど、熊の肉は柔らかくておいしかった。しかも臭みもない。町でも普通に食べられているようだ。

「名人に加工してもらってるってハインリヒが言ってた。熊が同盟国じゃなくてよかった。闇市とかで羊の肉売ってないかなあ」

ゆりはまだ羊があきらめきれないようだ。

「王妃様が闇市って……」

ラギはぷっと笑っている。

「羊ちゃん、食べちゃだめですよ。マー」

ミシェイラに言われて、ゆりは「はーい」と返事をしていた。

「遺跡がどうなるか楽しみだねえ」

とシス。

「本当にね。姉さんは綺麗な遺跡に行けるね。いいなあ。僕も行きたいよ」

とラギ。

「僕は熊狩りに参加したい。いいよね？　ね？」

ロイは熊と戦いたいようである。


遺跡の話題は新聞に載っていたので、子供達も楽しみにしていたのだった。


食後、アナスターシャはシスを呼び止めていた。

「父様がさ、過去に持っていきたいものをまとめておけって言うんだけど、何か持っていった方がいいものってあるかなあ？」

「うーん……別にこれといってないんじゃない？」

シスは首をかしげて答えた。シスの時はいきなりだったので、何かを持っていく暇もなかった。

「あ、そうだ。過去のみんなに手紙をかかなきゃ！」

ゆりがはっと閃いた。

「女王様にも手紙を書かなきゃね。今から書こうっと」

ゆりは食堂を出て行った。

「手紙か。そうだ。僕も書かなきゃ。じゃあね」

シスも消えた。

「ナナミ、プリモを過去につれて行っていいと思う？」

アナスターシャはナナミに聞いていた。

「いいんじゃない？　だってプリモ、アーねえがいない間に死んじゃうかもしれないんでしょ？」

「うん」

神の国で生まれたプリモだが、あと何年生きるのやらだれにもわからない。アナスターシャがいない間になくなる可能性もあった。

「プリモもアーねえと一緒にいたいよ。きっと」

「だよね。だよね。寂しくなったらプリモに慰めてもらうんだ」

「とうとうオスの天馬はこなかったなあ。残念だなあ」

プリモの子供がみたかったラギは残念そうだった。

「でも、本当に今年姉さんは過去に行けるのかなあ。ディランは何も言ってなかったんでしょ？」

ラギがナナミに聞いた。ナナミはディランと夢で会えたのだが、そういう予定はさっぱり聞かなかったのだった。

「うん。だけど、会った時間はちょっとだったからねえ」

「やっぱりいやになったんじゃない？」

ロイが笑いながら言っていた。

「それならそれでいいけど、心の準備があるんだから予定が知りたい」

とアナスターシャ。どうやら過去に行く日が近づいてきているので、びびってしまっているようだ。

「ごめんね。私も聞きそびれちゃって、次に出会ったら真っ先に聞くからね。もしかしたら秋くらいになるんじゃない？　すぐじゃないから言わなかったのかもよ」

とナナミ。

「そうかなあ。どきどきするう。ヴィラ、ディランから予定を聞いてきてー」

アナスターシャはヴィラに頼んでいた。ヴィラもそうしたいのはやまやまだろうが、こればかりは運である。


部屋に戻ったゆりは、ディラン達や女王様に手紙を書いていた。手紙の内容は、娘のことをよーく頼むと、そればかりになってしまった。

「あー手が疲れた。手紙って苦手。あ、そーだ。伝言貝、一つもらえないかなあ。あれに伝言を入れて過去に持っていってもらいたい。一つ中身消しちゃおうかな」

ゆりは今まで何個か伝言貝をもらっていたが、伝言の上書きの仕方がわからなかった。それに人間が使えるのかどうかもなぞである。

「ガーベラで伝言を入れたらいいんだ？　ちょっと誰かに頼んでみようかな」


その夜一人で眠ったゆりは、目が覚めたらグレンの顔が真上にあったので驚いた。

「え？　あれ？」

「ガーベラ様」

グレンはうれしそうである。ゆりはきょろきょろ周りを見た。

「ここ、グレンの寝室？」

ゆりはガーベラに入っている。ガーベラはグレンのベッドで寝転んでいたようだ。

「そうです。あなたに会いたくて、変わってほしいってガーベラ様に頼んだんです」

「ええー？」

「こうでもしないと、なかなか二人きりになれませんし」

「グレンったら」

グレンは顔を近づけて、ゆりにちゅっとキスした。

「ガーベラ様」

グレンは舌をからめてきたので、ゆりはしばしグレンと濃厚な口づけをかわしていた。

そして、キスしながらもはっとした。

（そういえば、次に来たらハロルドに会う約束をしてたんだっけ。でも、今こんな状況でグレンとさよならなんてできないし……それにガーベラに頼んでまで私に会いたかったなんて

言われると、なんだかうれしい）

「ああ、ガーベラ様、愛してます」

グレンは熱烈に抱擁してきた。今日のグレンはものすごくデレデレモードなので、ゆりはうれしいやら戸惑うやらである。

「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら？」

「なんですか？」

グレンはすぐ近くで聞いた。

「あのね、伝言貝って、人間にも使える？　実は人間の私が伝言したい人がいるの」

「あれは神のものですから、誰かが手伝えば、可能ですよ」

「じゃあ、ガーベラで伝言した方が早いかしらねえ。グレンは伝言貝もってる？　一つもらっていい？」

「いいですよ」

グレンは寝室から出て行って、青っぽい伝言貝を一つ持ってきた。

「伝言は相手を特定したい場合は、相手の顔を思い浮かべてください。不特定多数の場合はそのまま入れてください」

「ありがとう。ちょっと一人にしてくれる？　恥ずかしいから」

「はい。でも、どこにもいかないでくださいね」

「うん。終わったら呼ぶね」

グレンは出て行った。

ゆりは深呼吸をして、伝言貝に話しだした。

10分ほどして、ゆりはグレンを呼びに行った。

「終わったよー」

「ガーベラ様」

グレンは寝室に戻り、二人は熱々の時を過ごしたのだった。



さてその頃人間界では、ゆりにやってきたガーベラは、ハザークの寝室にやってきていた。

「ハザーク様、愛し合いましょ〜」

「王妃」

最近のゆりは瞬間移動もできたので、ハザークはガーベラだとは思わずに、ガーベラを受け入れたのだった。



神の国、グレンの神殿では、ゆりはグレンの熱烈ぶりにたじたじになっている。

「グレンは、ガーベラとしてる？」

ゆりはつい聞いていた。

「してますよ。たまには」

「そうなの？　ならいいけど、ガーベラにおあずけでもくらってるのかと思っちゃった」

「ふふ……せっかくベッドが大きくなったので、あなたに来ていただきたかったんです」

「そうなの？」

「ガーベラ様、愛してます」

グレンは三度目の挿入をしていた。

「今日のグレンはすごく熱烈」

「愛してるんです。それに二人きりだからうれしくて」

「そうね。そうね」

「気持ちいいですか？」

「うん、気持ちいいよ」

「私も、体が溶けそうなほど気持ちいいです」

二人で盛り上がり離れた後もいちゃいちゃひっついていると、二人の神気がくるくるからまって、ぽーんと何かが落ちてきた。

「わっ」

気づいたグレンはあわててそれをキャッチしている。

「あ、また卵だわ」

「卵ですね」

落ちてきたのは白い卵である。前回と同じような、にわとりよりも大きめの卵である。

「また何か生れるのかな」

「なんだろう」

喜んだゆりははっとした。


やばっ！　ハロルドにばれる！！


卵の殻が割れて、中から黒っぽい雛が出てきた。雛は「ピーチク」言っている。

「今回はギョロギョロじゃないんだ。今は夜だし、エサはどうしよう？　またサントスに頼む？」

「そうですねえ。あ、シロにまかせましょう」

「シロ？　近くにいるの？」

「待っててください」

黒い雛は「ピーピー」鳴いている。グレンは出て行ったのでゆりは服を着た。

「おなかすいた？　ちょっと待っててね」

ゆりは雛をちょんちょんとなでた。

「ピーピー」

雛は必死にくちばしを開いている。

「よしよし。もうちょっとだよー」

グレンが戻ってきた。

「シロにエサをもってくるように頼んできましたよ」

「えーシロ賢いねえ」

しばらく待っていると、本当にシロがエサをもってやってきた。虫かなにかをくわえている。シロが雛に餌をあげると、雛は喜んで食べていた。

「おいしい？」

「ピー♪」

「きっとこの子もかわいくなりますよ」

グレンはゆりを抱きしめて言っていた。


グレンの愛はうれしいけど、ハロルドの怒りが怖い……ハロルドにばれないようにって、無理か……絶対ばれそう


ゆりの顔はちょっと青くなっている。だがもう今となっては仕方がない。

ゆりはハロルドのことはあきらめて、巻き貝を握ったまま人間界に戻ったのだった。


人間界に戻ったゆりは、ハザークの部屋にいたので驚いた。

「王妃、昨日は楽しかったな」

ハザークにこう言われたゆりは、（あ、ガーベラがきたんだ）と気づいたが、「うん」とうなずいたのだった。今回は、さほどキラキラにはならなかったので、神の国に行ったことはばれなかったのだった。



神の国では、グレンの娘ライサは黒い雛を見て大喜びしていた。

「わー今度はどんな鳥になるんだろう？　サントス様とネル様にみせよう！」

ライサは雛をカサンドラの神殿に持っていった。

「えー？　また生まれたの？　かわいい！　キュリアにも知らせてあげよう！」

ネルも喜び、その日のうちにはキュリアも知ることになり、当然キュリアからハロルドに話が伝わってしまった。

「お父さん、お母さんがまた神獣を生んだんだってー鳥の雛よ〜また真っ黒なの」

「神獣？　ガーベラとだれの神獣だ？」

「ライサがもってきたって言ってたから、グレンじゃない？」

「グレン……あの女め！」

「え？」

「なんでもない」

ハロルドはむすっとした顔でペガサスに乗っていった。そしてすぐにガーベラに会い、問いただしている。

「もーハロルドったら神獣一匹にそんなにムキにならなくても……」

ガーベラはハロルド相手に面倒くさそうな顔付きだった。

「神獣にムキになってない。私との約束を破ったから怒っただけだ」

「彼女だって言ってないじゃない。私かもしれないじゃない」

「いーや、あっちの時だろ」

「なんでよ」

「あっちに決まってる！」

ハロルドは言い切っている。

恋する男は勘がいいらしい。ガーベラはため息をついた。

「あのね、昨晩はしょうがないの。グレンがいる所で変わったんだもん。それなのにハロルドに会いに行ったら、グレンがかわいそうでしょう。グレンは彼女に会っても仕事中のことが多いんだから。

いいじゃないのよー」

「お前……そういうこともできたのか？　なら今すぐ変われ、直接文句をいってやる」

「やだーめんどくさい男は嫌われちゃうわよー彼女に怒るつもりなら会わせないからねー」

ハロルドはむっすーとしている。

「怒らない怒らない。ほらー笑ってー」

「笑えるか！」

ハロルドは怒って行ってしまった。

ゆりが恐れた通り、ハロルドには速攻でばれてしまったようである。



つづく


戻る


目次