第５５話
神の国でガーベラとグレンの神気から生まれた鳥の雛は、サントスとネル、鳥のシロがお世話をしていた。
「ガーベラの神獣はどの子もかわいいなあ」
サントスはとてもうれしそうである。
「また真っ白なのかなあ。楽しみだねえ。シロ」
ネルが木の枝に止まっているシロに声をかけると、シロは顔を揺らしていたのだった。
人間界では、アナスターシャの用意が着々と進んでいる。シスが手紙を書いているという話を聞いたハインリヒは、自分も過去の女王やディランへの手紙を書き、
ドルイドは過去の世界に生きている母親に手紙を書いた。
今のドルイドにとっては母は二人ということになる。ドルイドは過去の時代の母親のことも、今でも申し訳なく思っている。
「陛下にも書けよ」
ハインリヒがドルイドに言った。
「うーん、なんて書いたらいいんだろう。未来で生まれ変わって元気で生きてますでいいのかな？」
「いいんじゃないか？ ディランにも書けば？ 私を追って未来にやってきたって」
「冗談じゃない」
ドルイドは鼻で笑っている。
「私の息子だからお前はそこそこ強いんだからな。それにハンサムだろ。私に感謝しろ」
「やだねー」
「生意気な」
少し成長したドルイドはこの姿に慣れたようだ。ハインリヒも今のドルイドの姿に慣れたが、まだ小さいドルイドが恋しくもある。
（まあいいか。新しく生まれる子供に期待しよう）
ハインリヒは小さいドルイドのことは半分あきらめている。
「アナスターシャ様がとうとう過去に行くのか……過去から代わりに誰かやってきたりして」
ドルイドはそんな想像をしていた。
「私以外にそんな物好きがいるかねえ」
ハインリヒは自分で言っている。
「いないかな」
「もしお前が元気であの時代にいたら、ここに来たか？」
「うーん……来ないかもね。いや、絶対来ないかな。子蛇を見たいとは思っただろうけどなあ。一生ここで暮らすとなると躊躇するだろうな」
ドルイドもいくらゆりが好きだからといっても、ゆりとは赤い月は一緒には過ごせないのである。あの時代で子蛇の無事を祈っていた方がいいと、元気ならば思ったことだろう。
「今はこの時代に存在しているけど、ハインリヒには言ってなかったっけ。あの時代で死んだドルイドは、転生したけどまた早死したんだ。いろいろあったから、あの頃とは考え方もちょっと違うかな」
「新しい人生を楽しめばいいじゃないか」
「そうしてる」
「強い女が欲しいが、強い女が来るともめるから無理だろうなあ。王妃ともめそうだしな。お前、私がこっちに来た後は、女と付き合ったりしたのか？」
「内緒」
ドルイドはつーんと横を向いていた。
「どうせだれとも付き合ってないんだろ」
「うっさい」
「ドルイドちゃんは奥手だからなあ」
ハインリヒはにやにや笑っている。
「そういうこと言うと話し相手になってやんないからな」
「わかったわかった」
「ディランにはハインリヒがうっとおしいと書いておく」
ドルイドは新しい便せんを取っていた。
「おーい」
「そうだ。アゼル殿下にも書こう。ハインリヒがうっとおしいって」
「書くな」
アナスターシャが過去に持っていく手紙は相当な量になりそうである。
ハザークの部屋には、アナスターシャとナナミが今日もやってきている。
「ハザーク様、やっぱり私のこと思い出しません？」
アナスターシャはしつこく聞いていた。
「思い出さないなあ」
「私ハザーク様に会ったらなんて言えばいいんですかねえ」
「うーん。別に何も言わなくていいんじゃないか？」
「聞かれたらどうするんです」
何度もその状況をシミュレーションしてみたが、どれがいい返答か悩むところである。
「アーねえは絶対パパに泣きついたと思うよ。100回くらいは」
ナナミが断言するように言った。
「そんなに泣きつかないでしょ」
「いや、泣きつくと思う」
「そんなに泣きつかれたら何か覚えてそうだがなあ」
とハザーク。
「私の時代にはハザーク様は亡くなったことにしときます？」
「ま、それでいいかもな」
「パパのひひひひひ孫あたりが生きてることにしといたらいいんじゃない？」
ナナミが言った。
「ひひひひひひひ孫？ じゃあそうする」
「ひひひひひ孫よ」
「ひひひひひひひ孫でもいいじゃない」
「もうどうでもいい」
ハザークは投げやりになっていた。
その頃ゆりは、城の横手にある厩舎に来て、プリモをなでなでしていた。アナスターシャはプリモを連れて過去に行きたいようである。相変わらず、プリモは牛のような面白い模様をしている。
「プリモはどっちがいいのかなあ。アナスターシャと一緒がいい？」
「ヒヒーン」
プリモはいなないた。
「恋人もいないみたいだからいいかなあ」
ラギは何度もプリモを普通の馬とくっつけようとしたのだが、プリモは相手が気に入らなかったのだった。
馬との子供はどうなるのか、翼はあるのかないのか、ラギは実験したかったのだが、実験できなかった。
プリモは、自分は優雅なペガサスだとでも思っているのかもしれない。
「相手がペガサスじゃないとその気にならないのかなあ。でも、ペガサスはそこらにいないからねえ。できたら過去で恋人を作ってね」
「ヒヒーン」
プリモは返事をするようにいなないていた。
「あのブラシもちゃんともっていかなきゃね」
ハロルドにもらった翼を整えるブラシのことである。専用のブラシはやはり気持ちいいようだ。
ゆりはプリモをなでて気を紛らわしていたが、心の中では、ハロルドにびびっている。
「あれはしょうがないと思うのよねえ。話せばわかると思うんだけど……」
その時心の中で声が聞こえた。
『ごめーん、ハロルドがうるさくて、ちょっと代わってくれる？』
「え？」
ゆりはそのまま意識をなくしてしまった。
そしてその頃王の間では、ラクシュミがピンチに陥っている。
羊の国から使者が二人やってきていたのだが、「前に聞いた王妃の素晴らしい歌をもう一度聴きたい」というのである。
「どうかお願いします。私は王妃様の歌声にすっかり魅了されてしまいまして、一曲でもいいですから」
中年の使者は、拝むように言っていた。ラクシュミも、横にいたフリットも困った様子である。
―ゆりは今部屋か？
―多分部屋だと思いますが
―誰かに部屋に閉じ込めておくように言っておけ
―はい
「すまないが、王妃はちょっと風邪を引いていて、歌どころでは」
ラクシュミが使者に話していると、「王様〜」と陽気な声が聞こえてきた。なんとゆりが王の間にやってきたのである。
「げっ」
「あ、王妃様、今王妃様の話をしていたんですよ」
使者が喜んで言った。
「風邪は大丈夫ですか？」
もう一人の若めの使者が聞いた。
「大丈夫です。元気よ」
ゆりが元気に答えたので、ラクシュミは頭を抱えていた。フリットも頬を引きつらせている。
「羊のお方、こんにちは」
ゆりは使者にお辞儀をしていた。
「王妃様、どうか、再び歌を聴かせていただけないでしょうか。あれから忘れられなくて」
「私も、話を聞いてどうしても王妃様の歌を聴いてみたくなってしまって」
こうなってはもうごまかせそうにない。ラクシュミがどうしようかと思っていると、
「いいですよ。天気もいいし、お庭に行きましょう。それじゃ王様またねー」
ゆりはラクシュミとフリットに手を振り、使者達と一緒に王の間を出て行ってしまった。
「……今のゆり、変じゃなかったか？」
ラクシュミがぽつりと聞いた。
「変でしたねえ」
とフリット。
「ガーベラかな？」
「え？ 今のガーベラ様でした？」
フリットは驚いている。
「でなければ、歌を聴かせるわけないだろう」
「ですよね。ちょっと様子を見にいってもいいですか？」
「すごいタイミングできたなあ。私も行きたいなあ」
フリットはぼやくラクシュミを置いて庭園に移動した。
フリットが庭園に移動してみると、東屋のベンチに座る使者達の前で、ゆりは高らかに歌っていた。
（あ、こりゃガーベラ様だ）
フリットはその歌を聴いてすぐそう思った。
使者達はうっとりした表情をしている。
そして歌が終わると拍手をしていた。気をよくしたガーベラはご機嫌で歌を三曲も続けて歌っていた。
（サービス精神が旺盛な女神様だなあ）
フリットは感心していた。
「すっばらしい。王妃様は素晴らしい歌姫だ！」
「本当に、心が洗われるようです！」
使者二人はゆりを絶賛している。
「あらやだ、恥ずかしい。そんなにほめていただけるなんて。私実は竪琴も」
「王妃、もうそのへんで」
フリットはあわてて遮っていた。
「え？ でも」
「この後予定がありますし、ね」
「そう？ ならもう一曲だけ。これは歌わせて。草原に、ふく、風は〜♪」
フリットはガーベラを連れていこうとしていたが、ガーベラは強引に歌い出してしまい、使者達は4曲目に目を輝かせていた。
歌が終わると使者達は満足げに城を去って行った。
「今度彼らが来たらどうしたらいいんですか？」
使者を見送った後、フリットはガーベラに聞いていた。
「だってえ、王妃様として何かしたくて」
「次が怖いですよ。使者が増えそうで」
「あまりうまくならないようにとちったりしたんだけどねえ」
「さっぱりわからなかったですよ。それで、今日はどうされたんですか？」
フリットは普通にガーベラと話しているのを自分でも不思議に思いつつ聞いた。
「今日は……ちょっとね。ちょっとしたら帰るから、フリットと遊びたい」
ガーベラはフリットと腕をからめている。
「王が会いたがってますよ」
「じゃあ王様に会いに行きましょう。素敵な〜あなた〜妻がやってきたわよ〜〜〜♪」
ガーベラは歌いながら王の間に入って行った。
（ガーベラ様って、やっぱり性格は王妃に似てるな）
フリットはガーベラの歌声を聞きながらそう思ったのだった。
こちらは楽しそうだったが、神の国に行ったゆりは、あまり楽しくなかった。目の前にはハロルドがいて、ゆりはハロルドの前で尋問でもされている気分で座っている。
ここはペガサス牧場にある建物の中である。
「お前は毎度私との約束をなんだと思ってんだ」
ハロルドは怒っている、というよりも呆れた顔つきである。
「仕方なかったの。グレンに、『会いたかったハニー』とか言われちゃって、それなのにハロルドに会いに行くなんて、私にはできなかった」
「あの顔で何がハニーだ」
「ごめんね。ダーリン」
「だれがダーリンだ」
「怒らないでよー」
「全く、お前って女は、本当に神格とか気にしない女だな。あいつと私では神格はこーんなに違うんだぞ」
ハロルドは両手を大きく広げている。
「気にしないところが私のいいところなの」
ゆりは自分で言っていた。
「それにそういうの気にしてると、ガーベラになれないんじゃないかなあ」
「ガーベラでも一応気にしてるぞ」
「そうなの？」
「お前がいなかったら、ガーベラもグレンを恋人にはしてないだろう」
「私がいなかったら、ハロルドもガーベラの恋人にはなってないんじゃない？」
ゆりが最もなことを言い出して、「……そうかもな」とハロルドは自分でも思ってしまった。
「まあ、そういう話はともかく――」
その時「ヒヒーン」とペガサスがいななく音が複数聞こえてきた。外で何かあったようなので、ゆりはハロルドと建物の外に出た。
「あっ！」
牧場にハンターがやってきて、ペガサスがあっちいったりこっち行ったりと暴れている。
「こらーバリアス、ここにハンターを連れてきちゃだめだろう！」
一緒にバリアスもいたので、ハロルドが怒っていた。
「ごめーん。ハンターおいでー」
ハンターはまだペガサスを追っていたので、ハロルドがハンターを捕まえていた。
「触らせてーかわいいー！」
ゆりはハンターの頭をなでなでした。
「ガウ」
「毛ふわふわ〜尻尾蛇もやっぱりかわいい。ちょっとは大きくなったかな？」
ゆりはハンターの尻尾蛇もなでている。蛇は口を開けていた。
ハンターは生まれた時よりは大きくなっているようだが、まだ顔はでかい猫のようだ。金色の毛がみっしりついている。手足は大きいので猫ほどかわいくはないが。
「豹の赤ちゃんっぽい？ 豹くらいまで大きくなるかしら」
「なるんじゃないか？ ほら」
ハロルドはハンターをバリアスに渡した。
「ばいばーい」
バリアスはハンターを抱っこしたまま走って行った。
「さすが力もちね。バリアスも大きくなった？」
「少しはな」
ハンターがいなくなり、ペガサス達も落ち着いてきた。
「そういえば、サラディンのところの双子は最近どうなの？ ちょっとは落ち着いた？」
「少しはましになったらしいぞ。相変わらず火は吹いてるらしいが、あちこち焼いたりってのは減ったらしい」
「そうなんだ」
「お前、夜こっちに来い」
「え？ 夜？」
「ひっつくなら夜の方がいいしな」
「えーでも私の希望でってわけには……」
「ガーベラに代わらせる」
（変な裏技覚えちゃったなあ……）
とゆりは思った。
「嫌ならそっちに行ってもいいが」
「いえ、こっちに来たいです！」
「じゃあそうしろ。おい！ ガーベラ！ 戻って来い！」
ハロルドはゆりの耳元で叫び、ゆりの意識は人間の方に戻っていた。
ゆりがはっと前をみると、ラクシュミとラギ、シス、レーヌにミシェイラが並んでいた。しかも自分は竪琴を持っている。
ここは城の中の広間のようだ。
「え！」
5人とも自分に注目していたが、ゆりに戻ったと知ると、ラギが「なんだ」とつまらなそうに言った。
「ベツベツマーは？」
とミシェイラ。
「代わっちゃった」
とラギ。
「えーん」
レーヌにいたっては泣き出してしまった。
「何も泣かなくても……レーヌ、せっかくだからママの竪琴を聴いたら？」
「やだあ」
レーヌは部屋を出て行ってしまった。
「じゃ、私もこれで」
そそくさとラクシュミも去って行った。
「ひどい。私の立場は一体……」
「今回は本当にちょっとだったね」
ラギが言った。
「そうだねえ。でもきっとまた会えるよ」
とシス。
「マーまた代わってね」
ミシェイラも広間を出て行った。
「いいもーん。一人で弾くもーん」
ゆりはやけになって竪琴を弾き出し、悪いと思ったのかシスとラギは座って聞いていたのだった。
神の国では、ガーベラがハロルドにぶーぶー言っていた。
「ちょっとお、いきなり何するのよう」
「いいじゃないか。夜にまた代わってくれ」
「勝手すぎる。代わってあげない
「もうあっちの了承ずみだ」
「もー彼女に優しくしなきゃだめよー」
「優しいさ」
「あ、そーだ。いい竪琴が欲しい。ラメーンにもらってきてよ。すてきなやつ」
「竪琴？ わかった。じゃあ後で持ってく。夜絶対代われよ」
ハロルドはペガサスで去って行き、ガーベラは自分で恋人のところに移動したのだった。
夜である。
城にいたゆりは、ハロルドは思ったよりも怒ってなかったのでほっとしていた。
「もうちょっとほとぼりが冷めてから会いたいんだけどなあ。あっちとこっちは同じように夜なのだろうか？」
ゆりには謎だったが、とりあえず早めにお風呂に入ってベッドの上でぶらぶらして過ごしていたら、意識が飛んだ。その次の時には、ゆりの手には高さ40センチほどの竪琴が握られていた。
「やったーちゃんときたー。子供達〜ベツベツマーがきたわよ〜♪」
ゆりにやってきたガーベラは、竪琴をもったまま歌いながら部屋を出て行ったのだった。
一方、気づいたゆりは寝転んでいた。
「ん？ あれ？ ここはガーベラのところかな？」
ゆりはてっきり直接ハロルドの寝室に行くのかと思っていたが、ガーベラは自分の寝室で代わったようだ。ハロルドもいなかった。
「ってことは、ハロルドの所に行かなくてもいいかも？ でも後が怖いからやっぱり行かなきゃなあ」
ゆりは起き上がり、女神の髪を整えた。
（そうだ。綺麗な星空を見てから行こう）
ゆりは神殿の外に出た。満天の星空である。「ホーホー」とふくろうか何かの鳴き声が聞こえてきた。ガーベラの神殿を見ると、神殿から光があがっている。
夜の方が神々しくみえる。
「すてきな星空ね」
（ティカは元気にしてるのかなあ）
星の男の子のことが思い出された。
（あっちでもみんなに大事にされてるといいなあ。ガーベラとオルガもそろそろ仲直りすればいいのに）
そんなことを思っていると、なんだか甘い匂いが漂ってきた。
「ん？」
ケーキかクッキーでも焼いている時のような匂いである。
「え？ どこで焼いてるの？」
ゆりは匂いの元をたどろうとしたが、ガーベラの神殿のすぐ側に建物などない。周りは木やら草やら花ばかりである。
だが花の匂いではない。
「？？？」
ゆりはきょろきょろしていたが、次第に眠くなってきた。目がとろーんとしている。
「眠い。すごく……ねむ……」
猛烈に眠くなったゆりはその場にへたり込み、草の上に横たわって眠ってしまったのだった。
「遅い」
その頃ハロルドは自分の神殿でいらいらしていた。時間指定などはしていないが、まさか真夜中ってわけはないだろうと思っている。だが、真夜中になってもゆりはやってこない。
「まったく、いらいらする女どもだ」
待つのに疲れたハロルドは、ガーベラの神殿までペガサスでひとっ飛びした。
「ガーベラ！」
ハロルドはガーベラの神殿の中に入ったが、中にはだれもいなかった。
「くそっどこに行った！ あ、もしや……」
ハロルドはガーベラの神殿から出て、再びペガサスに乗った。
次にハロルドがやってきたのはラーズの神殿である。
（もしもここにあの女がいたら……もうあの女に会うものか。ここまでコケにされてばからしい）
内心（いないでくれ）と思いつつ、ハロルドはラーズの神殿に勝手に入って行った。すると入ってすぐの所に女が立っていた。
ハロルドははっとしたが、神の輝きではない。女といっても妖精である。
「ごめんなさーい」
といいながらあわてて妖精は去って行った。
「なんだ？」
ハロルドは神殿の奥まで行き、寝室に行った。ラーズはうつ伏せになって眠っている。
「おい、起きろラーズ！」
ハロルドはかまわずラーズを起こしていた。
「おい」
しかも足でラーズの体を揺すっている。
「ん？ なんだ？ ハロルド、どうしたんだ？」
ラーズは迷惑そうな顔を向けた。
「ガーベラを知らないか？ 私と約束していたのに来ないんだ」
「ガーベラ？ 知らないぞ」
ラーズは頭をかきつつ体を起こした。
「さっき女がいたぞ。やったんだろ」
「はあ？ また夜這いかな？」
「ガーベラはどこに行ったんだ」
「知らないよ。ラクアの所じゃないのか？」
「ラクア〜？」
「どうしたの？」
クーリーフンが眠そうな顔でやってきた。今夜はこの神殿で寝ていたようである。
「クーリーフン、ガーベラがどこに行ったか知ってるか？」
「お母さん？ 今夜はハロルドに会うって聞いたよ。だから僕はここで寝ていたんだ」
「会ってないし、ガーベラの神殿にもいない」
「そうなの？」
ラーズもクーリーフンも首をかしげている。
「ハロルドがあまりに怒ってたから逃げちゃったんじゃない？」
クーリーフンが言った。
「え？」
「怒るなよ。ガーベラがかわいそうだろ」
ラーズは理由も聞かずに言っていた。
「怒ってない」
「怒ったろ」
「ちょっとしか怒ってないぞ」
ハロルドは記憶を探りつつ言った。
「ハロルドがその顔と体格で怒ったら怖いだろ。たとえちょっとでも怖いぞ」
「今更あれくらいでびびるか。それに私との約束を破ってグレンとひっついてたから愚痴っただけだ」
「……約束したのはどっちのガーベラ？」
ラーズはそこで疑問に思ったようだ。
「あっちのガーベラだ。今夜約束してたんだ」
「えーいいな。私も会いたい。一人だけずるいぞ」
「だから会えてないんだ。まさかグレンと一緒か？」
ハロルドははっと閃いた。
「また情にほだされるようなことを言われて断れきれなかったとか」
「情にほだされるようなことって？」
「『会いたかったハニー』と言われて断れきれなかったと言ってた」
ハロルドは真顔で言ったのだが、ラーズとクーリーフンの目は点になっていた。
「会いたかったハニー？ ハニー？ あの顔でガーベラにハニーとか言ってるのか？ ギャハハハ」
ラーズは笑っていた。
「あの気難しそうな顔で『ハニー』はないだろ」
ラーズは笑いすぎて目元に涙が浮かんでいる。
「ラーズ、そんなに笑っちゃグレンがかわいそうでしょ」
さすがにクーリーフンは笑わなかった。
「だって、あの顔で」
「顔は関係ないよ」
「おい、クーリーフン、グレンの神殿に行ってガーベラがいるかどうか見てこい」
「えー僕が？」
「私が行ってもしガーベラがいたら、大変なことになるかもしれんが」
「行ってきます」
クーリーフンはさっさと出て行った。
「全く……」
ハロルドは口をへの字にしている。
「まあまあ、怒るなって、もしグレンといたとしても、彼女を怒らないでやってくれよ」
ラーズはハロルドの肩をぽんぽんとたたいていた。
「私にも男のプライドってものがあるんだ」
「そんなものがなんになる。我らの生に比べれば、彼女の生なんてほんの一時にすぎないんだぞ。あの時怒るんじゃなかったと、千年も二千年も後悔したくないだろ？ ま、酒でも飲んで待ってよう」
ラーズはハロルドと別の部屋に移動して、ちびちびと酒を飲み出したのだった。
クーリーフンが帰ってきた。
「随分遅かったじゃないか」
ハロルドは眉をひそめて聞いた。
「いろいろ回ってきたんだ。グレンの所にはいなかったよ。ジンラのところもサントスのところもいなかった。神殿に戻ってみたけどいなかった。でも神殿の輝きはそのままだから、お母さんはどこかで元気にいるよ」
「どこかってどこだ」
とハロルドが聞いた。
「ラクアとサラディンのところは方向が別だから行ってない。どっちかかな。その二人ならサラディンが濃厚かな。最近サラディンと仲が良いみたいだし」
「私と約束してるのに、なんでサラディンといるんだ」
ハロルドがぐわっとクーリーフンに近づいた。
「さー朝になったら行ってみるからさー」
「もー帰る。朝報告に来い！」
ハロルドは怒って帰ってしまった。
「やれやれ」
クーリーフンは大きなため息をついている。
「彼女大丈夫かなあ。ハロルドはプライドが高いから、あまり邪険に扱わないほうがいいと思うが……」
ラーズはゆりの心配をしていた。
「あっちのお母さんもそんなにばかじゃないと思うけどね。だって今までハロルドにいろいろ嫌がらせされてるし」
クーリーフンは、ゆりのお尻をみてしまったことをつい思い出していた。
「何があったんだろう？ お母さんが分からなかったら、あっちに聞きに行った方がいいのかなあ」
クーリーフンは面倒そうに言っていた。
朝になった。自分のベッドで目覚めたゆりは、むくりと体を起こしてのびをした。
「あーよく寝たー……」
のびをして、ゆりは首をかしげていた。
「あれ？ 昨日は、神の国に行ったっけ？ 神の国でどうしたっけ？」
ゆりは神の国に行ったような気がしたのだが、そこから先の記憶がさっぱりなかった。
「ねえ、あなたは覚えてる？」
ゆりはもう一人の自分に聞いてみた。
―……？ わからない。神の国に行ったことは行ったよね？ そこから何があったっけ？
もう一人のゆりもわからないようだ。
「えーあれ？ ハロルドに会った？ 会ってない？ あれえ？ もしかしたら会ってないかもしれない？」
ゆりの顔が青ざめている。
―確かに会ってないかも？ じゃあ何をしたんだろう？
「どこに行ったかも覚えてない！」
ゆりは記憶を探りまくったが、さっぱり思い出せない。
「えー！ えー！！！！ ハロルドに会わずに何したの？」
ゆりはハロルドの怒った顔を想像しつつ、しばらく座り込んでいたのだった。
つづく
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