第57話
神の国、雲の上の神殿にある一室では、女神ガーベラが大きな鏡の前に座っていた。その鏡に映っているのは若い女性達が5人である。
ガーベラは、人間界にあるガーベラの神殿の神官達と対面中だった。
ガーベラはクーリーフンを使いに行かせるだけで自分自身はめったに人間界に現れることもない。こうして鏡で神官に会うことも一年に２，３回程度なので、女性達は皆うれしそうな表情だった。
他の神々も神官との関わりはそのくらいのものである。頻繁に神官と連絡を取り合っているのはハロルドぐらいのものである。
ガーベラは最近の神殿の様子を聞いたり、神官達の恋愛話などを聞いていた。ガーベラの神官ならば、恋の一つや二つしてほしい、とガーベラは思っている。
「どんどん恋をして綺麗になってちょうだい♪」
といった具合である。子供を産んでからも神官を続けている女性もいる。そして恒例の肌のチェック。いつもつるつるの肌でいて欲しいとのガーベラの要望もあり、ガーベラの神官達の肌は
いつも綺麗である。優先的にガーベラの美容液を使うことができるという特典のせいでもある。
一通り皆の話を聞いてから、そろそろお開きな雰囲気になったころ、神官達が目配せをして、小突きあっていた。
何か聞きたいことでもあるようだ。
「何かあるの？」
ガーベラが聞いた。
「あのー実は、私達気になっていることがありまして……ハロルド様のところの神官にガーベラ様が迫ったという噂は本当ですか？ きゃっ聞いちゃった！」
女性は口に手をあてていた。
「え？ ハロルドの所の神官？」
ガーベラは目をぱちくりさせている。
「この間、クーリーフン様が、その方に贈り物をしたそうなんです。それで情報を仕入れたところ、ガーベラ様がその方を気に入ってしまって、ハロルド様は神の国にいたその妖精の神官を
こちらに戻してしまったって」
「えー……」
ガーベラは全く知らない話だった。
「ど、どうなんですか？」
「本当なんですか？」
神官達は迫ってきそうな勢いである。
「えーそれは内緒よーうふふー」
ガーベラは笑ってごまかしていた。
「教えてくださいませー」
「彼とはちょっと話をしただけよ。ハロルドが誤解しただけよ」
ガーベラはそう言っておいた。
「本当ですかあ？」
「本当本当、じゃあ今日はこのへんでね。ばいばーい」
「あ、ありがとうございます！」
「ありがとうございます」
神官達はあわててお礼を言っていた。
ガーベラは鏡を閉じた。
「クーリーフンに話を聞かなきゃ！」
ガーベラは対面の間を出て行ったのだった。
「クーリーフンはどこだっけ？ どっかで楽器を演奏するとかいってたっけ。確かダーナの所」
神殿の入り口に向かっていたら、外からグレンがやってきた。
「ねえグレン、ダーナの所に連れて行ってよー」
ガーベラはグレンに頼んだ。
「ちょっと待っててください。報告がありますんで」
「わかった。外で待ってるわね」
ガーベラは雲の上でグレンを待った。
雲の上には男の妖精が立っていた。
「ペガサスを呼びますか？」
妖精はペガサスを呼ぶ笛を持っている。
「ううん。いいの。グレンに頼んだから」
「そうですか」
ガーベラは妖精に近づいて、じーと妖精の顔を眺めた。
「な、なんですか？」
妖精はどぎまぎしている。
「なんでもないのー」
といいつつ顔を見ていたので、妖精は恥ずかしそうだった。グレンがやってきた。ガーベラは妖精に手を振り、去って行った。
ガーベラはダーナの神殿でクーリーフンを見つけたが、ダーナ達が楽しそうだったので演奏が一通り終わるのを待って、クーリーフンと一緒に自分の神殿に戻り、先ほどのわけを聞いたのだった。
「ハロルドの神官のことを教えなさい。だれのこと？ だれに贈り物をしたの？」
「え？ ああ。スペードのこと？ お母さんには関係ないから黙ってた」
「なんで関係ないのよ！ 彼女がその人に興味を持ったんでしょ？」
「事情が複雑でねえ……」
クーリーフンは、ゆりがスペードに助けられたことを話した。
「偶然神の国で再会するなんて！ なんてロマンチックなのかしら！ 私もその人に会いたい。顔がみたい」
「みなくていいよー」
「みたいの」
「彼は聖地だし」
「ふーん、クーリーフン、私明日出かけるからね」
「聖地に行かなくていいよ」
クーリーフンはすぐに気づいていた。
「聖地に行くって言ってないでしょ！」
「ばればれだよ。お母さんあまり聖地に行きたがらなかったじゃない」
「だって、男に会ってもみんな倒れちゃうし……そーだ。私も人間に変身しよう」
「会ってどうするの？ 何かしちゃだめだよ」
「顔を見るくらいいいじゃない。そのスペードって人には何もしないけど、新しい恋人でも作っちゃおうかしら。私は最近自信をなくしているの。ハロルドには「お前とはやる気ない」と言われ、グレンには
「あっちとやりたい」と言われ、ラーズまでもその気になりまくっちゃってるし、しばらく彼女がガーベラでいんじゃない？ とまで思ってる。彼女の新鮮さにはかなわない！」
ガーベラは大げさに言っていた。
「一万を遙かに超えてるんだからしょうがないよ」
クーリーフンはずばっと返している。そのクーリーフンも、一万はとうに超している。
「彼女だってそれだけ長生きしたら新鮮じゃなくなるよ」
「とにかく聖地に行くんだから。もう決めたもーん」
「じゃあ僕も一緒に」
「ここにいて。ハロルドがもし来たら困るから」
「心配だなあ」
「ハロルドはもう怒ってないんでしょ？」
「あれはパティウスの仕業だって言っておいたから、彼女には怒ってないと思うよ」
「もし私の場所を聞かれたら、適当にごまかしておいて」
「本当に行くのお？」
「行くの♪」
次の日になってもガーベラは考えを曲げなかった。ガーベラはカサンドラに変身の薬をもらった。
「ガーベラが人間に変身したいなんて珍しいな」
「たまには息抜きよ」
人間界に行く方法はいくつかあり、頻繁に行き来している神は簡単に人間界に渡る力がある神である。ガーベラはゆりと体を入れ替えるのは最近簡単にできるようになったが、今回は事情が違うので、
雲の上の神殿にある人間界への魔方陣から渡ることにした。
ガーベラは魔方陣のある部屋に入ってカサンドラからもらった薬を飲んだ。なりたい人間の姿を思い浮かべると、一時その姿になれるのである。
ガーベラが変身したのはゆりの姿だった。もうこの姿以外の人間の姿を思い浮かべることはできないのである。ガーベラはゆりの姿で、青いワンピースを着ていた。サンダルではなく、茶色い革靴を
はいている。
「そーだ。目だけ変えよう」
姿はゆりで、瞳だけ両方青くなった。ゆりの姿になったガーベラは魔方陣を抜けたのだった。
聖地は快晴だった。春の陽気である。
人々がごった返している。皆神殿の前で列をつくっていた。聖地で一番大きな神殿、アシュランの神殿の側にやってきたようだ。神殿の前にはどでかいアシュラン像が建っている。
「クーガ様は今日はいらっしゃるかしら？」
「いらっしゃるといいわねえ」
女性の声が聞こえてきた。
（クーガ？ ああ、噂のアシュランの神官かあ）
クーガはアシュランが人間の娘に産ませた子供で、当初は神の国でも話題に上がったものだった。
（産まれたのはいつの話だっけ？ 1000年くらいは前だったような？）
ガーベラはアシュランの神殿の前を去って行き、坂道を下っていった。
「ハロルドの神殿はどこだっけなあ。馬車か何かで移動……あ、しまった。お金がない！」
ガーベラは普段お金を使わないので、まったくお金のことは頭になかった。
「お金がないと馬車に乗れないんだっけ。どうしよう」
きょろきょろしていたら馬車がやってきたのでガーベラは道の端に移動した。すると馬車は通り過ぎていった。
「ただじゃ乗せてくれないわよね。野生の馬とかいないかしら」
ガーベラはきょろきょろ周りを見ながら道を歩いて行った。道の横には木々が生えているが、馬の姿はない。
馬車が再びやってきた。先ほどの馬車が戻ってきたようだ。ガーベラはとりあえず手を振って馬車を止めた。
「あのーお金ないんですけど、ハロルドの神殿まで乗せてくれないかしら」
「いいですよ」
御者は親切にも言ってくれた。
「いいの？ もしかしてタダなの？」
「いいえ。よくここらでお金がない方がいらっしゃるので、そういう方はお乗せするように言われてます」
「そうなの。助かったわー」
ガーベラは馬車に乗り込んだ。4人乗りの馬車だが、一人神官らしき老人が乗っていた。
「こんにちは」
「どうも、こんにちは」
神官は頭を下げた後、ちらちらとガーベラを見ていた。
「あのーどちらに行かれるんですか？」
「ハロルドの神殿よ」
ガーベラはついハロルドに様をつけるのを忘れている。老人神官は「さようですか。よろしければ握手していただけますか？」と言っていた。
「はい」
ガーベラは神官と手を握っていた。神官はうれしそうだ。なにやら察したらしい。
「歌ってもいいかしら？」
「どうぞどうぞ」
ガーベラはご機嫌で歌を歌い、神官は目を閉じて聞いていた。
一時間ほど馬車で揺られて、ガーベラはハロルドの神殿にやってきた。でかいハロルド像の前には30人ほどの人が並んでいる。
「ここも盛況ねえ。私も並んだ方がいいかしら」
ガーベラはハロルドの神殿に入る列に並んだ。列に並ぶ人はわくわく顔である。
年齢は若者からお年寄りまで様々である。ここで一時間ほど並び、ガーベラはハロルドの神殿の中に入った。神殿の中は神気で満ちている。普通の人間ならば入るだけで、
神の気を感じることができるのだ。神殿の中央には等身大のハロルドの白い像があった。鎧姿のハロルド像は勇ましく、神々しい。
（スペードさんは、ひげがはえてるっと、ひげ……）
神殿の広間にいた神官は4人であるが、全員男でひげがあった。
（全員ひげがあるじゃない）
4人とも背が高く、年齢に差があるが、それぞれ強そうな感じにも見える。
（さっぱりわからないわ。こうなったら聞きましょう）
「あのー私スペードさんに会いたいんですけど、どなたがスペードさんかしら？」
ガーベラは、信者を案内しているひげの神官に聞いた。
「え？ スペード？」
「ひげが生えてる人だって聞いたんだけど、皆ひげが生えてるからわからなくて」
「あなたはどなたですか？」
「私は、えーと、えーと……実は、ガーベラ様の使いなんです」
ガーベラは男にこそっと耳打ちした。
「え？ 証拠はありますか？」
「証拠はないですけど、怪しい者じゃありません。それに私がもし怪しくても、スペードさんて強いんでしょ？ なら大丈夫です」
「はあ、そりゃまあそうですけど、なら、使いをやるんでちょっと待っていただけますか？」
「あ、いえ、姿を見るだけでいいんで、私が行きます。場所はどこですか？」
ガーベラは場所を聞いたもののさっぱりわからなかったので、神官見習いの男が案内してくれることになった。
「ガーベラ様の使いって本当なんですか？ ガーベラ様に会ったことあります？ 僕一度でいいからガーベラ様に会ってみたくて」
若い男だったが、ガーベラにあこがれがあるようだ。
「優しい神様よ」
「いいなあ。僕も声を聞いてみたいな」
「どうしてハロルドの神官になろうと思ったの？」
「体力があるって言ったら、問答無用でハロルド様の神官候補になっちゃいまして」
男は照れた様子で頭をかいていた。
「まあ」
「でもこの前ハロルド様にお会いすることができまして、感激しました！」
陽気な神官候補は背が高く、体つきもがっちりしていた。顔つきはエラが張っていて眉が太く、男らしい。
神殿の横道をあがったりくだったりして、木々に囲まれた開けた場所にやってきた。ここが鍛錬の場なのだろう。10人ほどが剣の稽古中である。
「手前にいるのがスペード様ですよ」
「どれどれ」
男達に指示を出している男がそうだった。
「ひげもちょっとだけなのね。もっとすごいひげが生えてるのかと思ったわ」
「呼んできましょうか？」
「いえ、いいのいいの」
ガーベラはしばしスペードを見ていた。スペードは精悍な顔つきの男である。
（すてきじゃない。あの人が助けてくれたんだ。ロマンチック〜〜〜〜♪ 手ーだしたいー我慢ー）
「あの人強い？」
「強いなんてもんじゃないですよ」
「そうなんだーいいわー、よしもう大丈夫。いきましょ」
ガーベラは神官候補の服を引っ張った。
「本当に声をかけなくていいんですか？」
「顔をみたかっただけだから」
「はあ」
ガーベラは男と来た道を戻っていった。
「あなたは本当にガーベラ様の使いなんですか？」
「そうよ。案内してくれたお礼に、ガーベラ様に会わせてあげましょうか？」
「えーまたまた」
「私、ガーベラ様と親しいから私が頼んだら会ってくれるのよ？」
「ははは、会えるものならそりゃ会いたいですよ」
男は笑っているが冗談だと思っているようだ。
「ちょっとこっちに来て」
ガーベラは男の手をつかみ、道の横にある林に男を導いた。
「どこにいくんですか？」
「人が通るところはまずいの」
「何をする気ですか？」
「いいこと」
「はあ？」
さすがに男もちょっと警戒してきた。ガーベラは道に見えないような場所まで男を連れて行き、手を離した。
「実は嘘をついたの。私ガーベラ様の使いじゃないの」
「じゃあだれなんですか？」
「私がガーベラなの」
「はあ？」
「よーく見てて、じゃーん」
目の前にいた女の姿が変わっていく。黒髪が金髪に、しかも姿形がまるっきり変わり、絶世の美女が現れた。
「わっ！」
男は驚き過ぎて後ずさり、木の根っこに引っかかりつまづいて転んでいた。
「大丈夫？ 私に会いたかったんでしょ？ よーく見て」
男は呆けたようになり、ガーベラを見上げていた。
「しっかりしてーほら、立って」
ガーベラは男の手をつかんで立ち上がらせようとしたが、男の足はがくがくしている。
「夢、そうだ。夢だ。僕は寝ているんだ」
男はぶつぶつつぶやいていた。
「夢じゃないって。ほら、だっこ」
ガーベラが男を抱きしめると、男はそれだけでふっと意識を失ってしまった。
「もーしょうがないわねーちゅっ」
ガーベラは気絶した男のほっぺにちゅっとキスして、男を座らせておいて去って行ったのだった。
聖地にあるガーベラの神殿が輝きを増した。
「あれ？ ガーベラ様がどこかに降臨されたのかも？」
「そうかもね。どこかしら？」
神官達が声を出したものだから、信者達もざわついてきた。
「ガーベラ様ー！」
「ガーベラ様！」
ガーベラの神殿が盛り上がっていると、なんとガーベラ本人がやってきた。
「はーい、きちゃった！」
「ガーベラ様！」
「きゃー！！！！」
「ぎゃー！！！！！」
この後ガーベラの神殿はおおいに盛り上がった。
夕方、ハロルドの神殿では、裏口から入ってきたスペードに、他の神官が声をかけた。
「リック見ませんでした？ スペード様のところに女性を案内したまま帰ってこないんですが」
「リック？ ああ、みたみた。女性といたが、少しいてどこかに行った」
「そうですか。どこに行ったんだろう？」
他の神官がやってきた。
「聞きました？ ガーベラ様の神殿に本人がやってきたそうですよ」
「え？ 珍しいなあ。いいな。見たいなあ。まだいらっしゃるかな？」
「もういらっしゃらないでしょう。他の神官達も詰めかけたとか聞きましたよ。スペード様はガーベラ様を見たことあるんでしょう？ 美人なんでしょうね」
「そりゃ美人だよ」
スペードが返した。
「やっぱ胸がすごいんですか？」
「すごい」
「想像しちゃうなあ」
男達が鼻の下を伸ばしていると、ふらふらしながら見習い神官が戻ってきた。
「リック、どこに行ってたんだ？」
「気絶してました」
「え？」
「夢を見ました。ガーベラ様に出会った夢で、白昼夢ってやつですかねえ。夢でもうれしいなあ」
見習い神官はぼんやりした様子である。
「ガーベラ様なら昼間本当に来てたらしいぞ。夢じゃないんじゃないか？」
「え？ じゃあ、あれは本当にガーベラ様だったんですか？」
「ガーベラ様に会ったのか？ うらやましい！」
男達が興奮してきた。
「僕が案内した黒髪の女性ですよ。目の前でガーベラ様になったんです」
「ええ！！」
これには神官一同びっくりした。
「あの女性が？」
「なんでリックときたんだ？」
スペードが聞いた。
「スペード様の顔が見たいとか言ってましたよ。それで案内したんですよ」
見習い神官が言うと、スペードが「え？」と驚いていた。
「やっぱり何かあったんじゃないですか？」
「教えてくださいよ」
「ないない。何もない。本当にない」
スペードはあわてた様子である。
「あやしいですよ！」
「僕は、ガーベラ様にぎゅって。ぎゅってしてもらっちゃった。柔らかくて……えへへへ」
見習い神官はふらふらになり、また腰を抜かしてしまった。
「おーいリック」
「あれ？ でも、あの女性、だれがスペード様かわからないって言ってたような気がしたけどなあ……顔を知らないってのもおかしいような」
最初にガーベラと話した神官は首をかしげている。
「なんかあやしいなあ。絶対何かあったに違いないと思いますが。顔を見たいってなんで見たいんですか？」
「知らない。何かあってほしいくらいだ」
スペードはそう言って去って行った。
「ああ。俺が案内していれば……リックにまかせるんじゃなかったー」
後悔したもののもう遅い。見習い神官のリックはしばらく皆にうらやましがられることになったのだった。
一方スペードは、
（カードの俺は、ガーベラ様に一体何をしたんだろう？）
とそちらにドキドキしていたのだった。
ガーベラは無事神の国に戻ってきた。
「結構楽しかったわ」
「何もしてないよね」
クーリーフンがガーベラの顔を見るなり聞いている。
「してないって。みんなの顔を見てきた。喜んでたわ」
「ハロルドが来たよ。夜変われって」
「えーいやー」
「面倒くさいからハロルドの側で変わってやって」
「やだって言ってるでしょ。今夜はラクアとラブラブしようと思ったのにい」
「明日ラクアとラブラブしたら？」
クーリーフンはハロルドを怒らせるのがめんどうくさいようだ。
「あ、いいこと考えた！」
神の国で日が暮れて後、ガーベラはハロルドの元に移動した。
「ガーベラ、今日聖地にいたろ」
ハロルドはあいさつより先に聞いていた。
「なんで知ってるの？」
「風の妖精が言ってた。聖地は盛り上がってたって。なんで行ったんだ？」
「別にいいでしょ。それよりも、黄金の腕輪をちょうだい」
ガーベラは右手を出した。
「黄金の腕輪？ いらないんじゃなかったのか？」
「そう思ったけど、やっぱりあったら便利かなって」
黄金の腕輪は、以前もめた原因になった神器である。
「いいぞ。やる」
ハロルドは違う部屋に行き、腕輪を持ってきてガーベラに渡した。
「これがあればどこにでも行けるんでしょ？」
「そうらしい」
「らしいって、使ったことないの？」
「女にしか使えない神器なんだ。それ」
「そうなの」
腕輪は薄い作りだが、結構重かった。さすが黄金である。ガーベラは左腕にはめてみたが、かなりの重さである。
「これ、日常的にはめるの無理じゃない？」
「そこまではしらん」
「まあいいわ。じゃあ代わってあげる。優しくね」
「ああ」
ガーベラは腕輪は棚の上においてベッドに寝転んだ。
ガーベラの目がぱちりと開いた。ゆりがやってきたのである。
ゆりは横にハロルドがいるのを知ると、
「あ、会いたかったダーリン」
と言っていた。感動した声というよりは、緊張した声である。
「怒ってる？ ダーリン」
「怒ってない。ダーリンはやめろ」
「本当に怒ってない？」
「怒ってない。あの夜はパティウスに眠らされたらしい」
「パティウス？ どうしてパティウスが？」
「オルガとの仲をとりもとうとしたようだ」
「へーいたずら坊主がそんなことを考えるなんて、いいところがあるじゃない。怒らないであげてね、ダーリン」
ゆりはほっとして体を起こしていた。
「もうどうでもいいからやろう」
ハロルドはゆりにがばっと覆い被さった。再び寝転んだゆりは、「ふあああ」とあくびをしていた。
「私安心したらすごく眠くなっちゃった。だって、カニに変身する夢をみたりして、よく眠れてなかったんだもの。あ、あのカニおいしかったわよ。あんなでかいカニがいるなんて、
今度はマグロとかお願い。ハロルドなら片手でマグロの一本釣りとかできそう」
ゆりは想像しながら言っていた。確かに、ハロルドならでかいマグロも簡単に釣れそうだ。
「次に子供ができたらどんな海産物でも調達してやろうじゃないか」
「え？ ほんと？」
眠そうなゆりの目がぱっちり開いていた。
「本当だとも」
「楽しみ〜〜〜でも、今日はとりあえず眠い。もーだめ」
ゆりは耐えられずに目を閉じてしまった。
「あ、おーい」
軽く頬をたたいてもゆりは起きなかった。相当眠かったらしい。
「全く……」
ハロルドは仕方なくゆりの横に寝転んでいた。
（マグロマグロ……マグロってなんだろう……）
ハロルドはイルカは知っているが、マグロは知らなかった。
（しかし、この女、相当海の食べ物に飢えてるんだな。他に欲しい物はないのか？）
なんとも色気がないものばかり贈っている気がする。
再び聖地の漁師達が活躍する日が来るのかどうか、それは神でさえ予測できないことだろう。
ハロルドはゆりの横で寝ていたのだが、ゆりが寝返りを打ってぴったりくっついてきたものだから、ゆりが人間界に戻った時に、ハロルドもやってきてしまった。
目覚めたゆりはハロルドがいるのを知ると、
「おはよーハロルドったら、朝から完璧なまでにステキ」
などとあからさまにヨイショし始めた。どうやら怒られるのを恐れているようだ。
「一体どういうわけで移動するのか謎だ」
ハロルドは冷静だったが、首をかしげている。
「せっかくだから神気もらっちゃえー」
ゆりはハロルドにくっついた。
「せっかくだから今やるか」
「え？ 朝っぱらから恥ずかしいじゃない」
「寝起きの顔はいまいちだしな。やめとくか」
ハロルドはゆりの顔を見てあっさり引き下がった。
「あ、ひどい。人間はこうなの。どんな美女だって寝起きはいまいちなの」
ゆりはむきになって言っていた。
「わかった。わかった。帰る」
ハロルドがおきあがろうとしたが、ゆりはぎゅっとひっついた。
「まだ離さない」
「帰るったら帰る」
「もうちょっとー」
ハロルドはゆりがひっついたまま起き上がっていたので、ゆりはハロルドの体に両手両腕を回してひっついていた。
そこに侍女がやってきた。侍女はハロルドにひっついたゆりを見ると、さっと寝室から去って行った。
「あ、やばい……」
ゆりはハロルドから離れて、
「それではごきげんよう」
と言っていた。
「ここでは神の権威も形無しだな……」
ハロルドはぶつぶつつぶやきながら去って行ったのだった。
ゆりはだっと寝室を出て行き先ほどの侍女を追いかけた。侍女を口止めしようとしたがすでに遅く、他の侍女に興奮してしゃべってしまったために、ハロルドがいたことが皆に
ばれてしまった。
「王妃様って本当にすごいですわ。あのハロルド様をここまで虜にしてしまうなんて！」
「本当に、王妃様は私達の憧れです！」
侍女達には尊敬の眼差しで見つめられ、
「ハロルド様って母様のこと好きすぎない？」
「ラーズ様の宝石に対抗してカニを贈ってくるしねえ」
「贈り物はラーズ様の方が勝ちでしょ」
「ハロルド様はその分母様に神気をあげて愛を示してる」
と子供達は言いたい放題だった。
（寝起きはいまいちって言われたけどね）
その言葉にちょっと傷ついたまま、ゆりは黙っていたのだった。
つづく
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