第３話
草原にあぐらをかいて座っていたのはドルイドだった。見渡す限りの草原で、草は風になびいている。上を見ると雲一つない青い空だった。
そのほかには何も見えない。ここは夢のようである。一人かと思ったら背中合わせに座って誰かがいる。
（うーん……振り向いていいのかな？）
ドルイドはちょっと迷っていた。後ろにいるのは、おそらくはドルイドと一番長い付き合いになるであろう者である。
（こんにちは〜と話しかけてみようかなあ。どうしよう）
ドルイドが迷っていると、視界に二人の子供がいるのが見えた。
「え？ 」
どこからやってきたのか、子供がこちらに走ってくる。一人は金髪の子供で、もう一人は紺色の髪の子供だった。
「え、ええ？！ あー！」
ドルイドは立ち上がり、両手を広げた。子供達はドルイドに近づいてきて、ドルイドを通り過ぎ、後ろにいた男の方に抱きついていた。
「えー」
二人の子供はおそらくはドルイドの蛇の子供達である。二人とも普通の人間と比べるとちょっと顔立ちも違うし、肌に蛇の鱗の模様もみえた。
ドルイドは初めてみる人化した子蛇に興奮している。
金髪の方はシスについた子蛇、紺色の方はシャナーンについた子蛇である。ドルイドは思わず後ろを見た。抱きつかれている男はドルイドに背中を向けていたが、そちらも今のドルイドと
背丈は一緒である。だが髪型は違っていた。紺色の髪で、首が隠れるほどの長さである。
（私が子供だから、蛇も子供なんだ。なるほど）
「ねえ、一人こっち来ない？」
ドルイドは子蛇達に言ってみたが、子蛇達はそろってドルイドに舌を出していた。
「あ、かわいくないなー」
（親も子も子供になっちゃったな。親蛇の男の顔がみたいが……この髪型、私よりも昔ドルイドの顔なのかも？）
今のドルイドは、ショートカットで男の子らしい髪型である。昔の自分と決別するためにそうしたのだが、どうにも決別できていないのだから困ったものだ。
金髪の子蛇がこちらを見て口をぱくぱく開けていた。
「ん？ なに？」
明らかに何かを言っている。
「い……く……いくじなし？ ひどっ」
ドルイドが言うと、子供はにやっと笑っていた。
「えー君たち私のことそんな風に思ってるの？ ショックなんだけど」
よくみると、親蛇少年は肩をふるわせている。
「もしかして笑ってる？ 笑ってるだろ」
（自分の蛇に笑われる私って一体……）
ドルイドがショックを受けていると、「おーい」と声が聞こえてきた。
「戻っておいでー」
と男の声が聞こえてくる。
見ると、もう一人男がやってきた。こちらは大人の男である。紺色の短いくせっ毛、目は大きいしぎょろっとしているが、どことなくシャナーンの面影があった。
「いたいた。おいで」
シャナーン蛇が手を出すと、紺色の髪の子蛇はシャナーン蛇に近づいて抱っこされていた。シャナーン蛇は子供を抱きしめて頬にちゅっちゅしている。
どうやらすごくかわいがっているようだ。
（シス様には蛇はいないから、迎えには来ないのかな）
辺りを見渡してみたが、他に誰か来る気配はない。自分の蛇は顔を見せてくれないので、ドルイドはシャナーン蛇の顔をじろじろ眺めていた。
「ねえ、自分の蛇の顔は、見ない方がいいのかな？」
ドルイドは、シャナーン蛇に聞いてみた。
「見ない方がいいね。見たら、取って代わられるかもよ？ ふっ」
シャナーン蛇は笑っている。
「それ以上ややこしい体になりたくないだろ？」
「確かにただでさえ二人いるようなものだからねえ」
「君もおいで。帰ろう」
シャナーン蛇は金髪の子供を呼び、二人を腕に抱っこして去って行った。
（親蛇に挨拶もなかったな。蛇同士は仲良くなる気はないか……）
ドルイドがシャナーンと子蛇達が去るのを眺めていると、ちょんちょんと肩をたたかれた。
ドルイドは反射的に振り向いた。親蛇少年はこちらを向いていた。やはり昔のドルイドを少年にしたような顔立ちである。
「あ、やばい、見ちゃった」
親蛇少年はにっと笑っていた。
この日は天気も良く、ラクシュミの機嫌もよかったので、ゆりは外に出してもらった。
城の西に流れる川辺を散策している。
ゆりが突然「川魚が食べたい」と言い出して、「魚釣りがしたい」という流れになったのだった。付き添ってきているのはエルバートとセリアである。
エルバートは釣り竿を持っている。
「セリア、元気だった？」
「はい。元気です。元気なんですけど、太ったんであまりみないでください」
セリアは恥ずかしそうである。ミカエルによれば、セリアはまた食欲がありすぎるらしい。
確かに太ったが、ちょっとぽちゃっとした程度、ゆりにすればたいしたことはない。
「大丈夫それくらい。健康妊婦が一番！ あ、魚が見える。あれをつりたい！」
ここは流れもゆるやかな場所で、ちょうど釣りに向いているのでエルバートが連れてきてくれたのだった。
「はい、どうぞ」
エルバートはえさをつけて釣り竿を渡してくれた。
「えい！」
ゆりは竿を降り、セリアも同じように釣り糸を垂らしていた。
「王妃様と釣りができるなんて感激です」
「二人できたりしないの？」
「釣りは初めてなんです」
「そうなんだ。お母さんは元気？」
「元気です。不気味なくらいに」
「ふふっ王様はしょっちゅうカーラのことを気にしてるよ」
「王様には申し訳なくて、あ、何かかかりました？」
セリアの釣り竿が引いている。
「がんばってー、あ、私も引いてる！」
ゆりもエルバートに教えてもらい、なんと３匹も川魚を釣ることができた。小さめだがゆりは満足である。
「やったー！ 晩ご飯」
「よかったですね」
エルバートもうれしそうだ。
エルバートとセリアは仲がよさそうで、ゆりもうれしかった。
釣りに一段落ついて、３人は大きな石の上に布を敷いて城から持ってきたおやつを食べた。
「エルはカーライル様に過去での話、聞いた？ カーライル様は女王様の逆子を直したのかしら」
ゆりはまだ、そういう話は聞いていなかったのだった。
「女王様の逆子は直ってたらしいですよ」
「そうなんだ。じゃあ水蛇様は、別に行かなくてもよかったんだ？」
「カーライル様がいなければ、カール様はこちらに来なかったですよ」
「あ、そうか。カール、同じ城にいても全然会わないの。元気にしてる？」
「カール様はとても人気がありますよ。とにかくすごい方ですよ。カール様は治癒の魔法も使えるんです。先日も、怪我をした木こりの傷を治してくださったんですよ。昔の遺跡があったところを
綺麗にするために木を伐採してるんですが、そこで怪我をした者がいまして、たまたま見に来ていたカール様が治してくださいました。治癒魔法は王族だけの魔法と言われてますから、
皆驚きました」
「へーすごいね」
「カール様の蛇すごいですよね。ファンクラブができちゃったみたいですよ」
セリアが教えてくれた。
「へー。確かにすごいよねー。来年の赤い月に向けてすごいことになりそうだね。カールは若いから、若い女の子達がチャンスかな」
ミカエル達の彼女は年齢的にカールと違うので、今回は恋人達の彼女の移動はないだろうとゆりは思った。
話題のカールは、今は城の北にある街の中にいた。ジュノーが街の中の店主や牧師、宿屋などの店主にカールを紹介して回っている。
「カールはあっちに彼女はいなかったの？ こっちに来るの、止められなかった？」
ジュノーが通りを歩きながら聞いた。ちなみにカールの手にはいろいろな贈り物が一杯だった。女の子達がカールにいろいろな物を渡してくるのである。いっぱいになったので、カールは大きな袋を
借りてその中に入れていた。
「こっちに来る前提で彼女を作ったので、大丈夫でした」
カールが答えた。
「ええー？ どうしてそんなことしたんだい？」
「赤い月は未経験だったので、とりあえず経験しなきゃと思って、女の子達に協力してもらったんです。女性に逃げてばかりじゃこっちに来るのは無理だと思いまして。それまではずっと逃げていたんです」
「へー協力してくれた女の子達もすごいな。よっぽど君のこと好きだったんじゃないの？」
「みんな応援してくれましたよ」
「じゃあ来年からがんばっちゃう気でいるんだ？」
「はい、がんばります」
「まじで？」
「はい。ですが、だれに声をかけていいやらわからないんです」
「だれでもいいよ。気に入った子に声をかけていいんだよ」
「ですが、相手がいらっしゃるでしょうし、決闘とかになると、陛下の私に対する心証が悪くなります」
カールは真面目に言っていた。
「だれも君に決闘なんて申し込まないよ。強い者に選ぶ権利がある。妊婦以外ならいいよ。とりあえず気に入った子がいたら教えてくれる？」
「はい、わかりました」
（ありがたい子が来てくれたなあ）
とジュノーは思っていた。
ゆりは釣りから戻り、自分の部屋でくつろいでいる。晩ご飯の魚も釣れたし、満足である。それに自然の中で過ごしてリフレッシュできた。
紅茶を入れていたミラが、くすりと笑っていた。
「どうしたの？」
「朝カール様と会ったんですけど、すごく珍しそうに私を見てたんで、耳を触らせてあげたんです。過去では猫の一族なんて見たことないみたいで。ほとんど一族の者の中で暮らしてたからって」
「そっか。そうだね。私の侍女はみんな珍しいかもね」
ゆりの侍女に純粋な一族の女性はいないので、カールにすれば珍しいのだろう。確かに、過去の時代では、城の中も街の中も、一族の者ばかりだったようだ。
「かわいいですねって言われました。若い男の子にかわいいですねって。でもカール様の方がかわいいですよね」
「よかったねーところで、ミラって何歳になるの？」
「内緒です」
「今年の赤い月は一人だったんでしょ？」
「はい。最近は、王妃様の話を聞くだけで胸一杯です」
「またまた。結婚したい人が現れたら結婚しちゃいなよー」
「いませんもん。私の生きがいは王妃様の恋愛話を聞くことなんですから、これを失うともう生きていけないです」
「またそんなことばかり言ってー」
ゆりは笑っていた。
トントンとドアをノックする音が聞こえて、ミラが出ると、扉の外にいたのはドルイドだった。
「王妃様、ちょっとお話したくて来ちゃいました」
ドルイドは照れた様子で言った。
「おいでおいでー」
ゆりはドルイドを招き入れて、ミラはドルイドのためにお菓子をとりに言った。
ドルイドが30歳くらいになってからここに一人で来るのは初めてである。
今のドルイドは髪は男らしく短くなっているので、印象が違う。
「これどうぞ」
ドルイドは小さな花束を渡してくれた。
「まあありがとう」
ゆりは笑顔で花を受け取った。ピンクのかわいい花である。
「僕が摘んで来ました」
「かわいい花だね」
今のドルイドは子供よりのドルイドのようだ。ドルイドはゆりの横の椅子に座った。ゆりは「学校は楽しい？」と学校のことなどを聞いてみた。
「楽しいですよ。自然といろんなことが分かってるんですけど、友達にいろいろ教えてあげたりしてます」
「そうなんだ」
「体を動かす授業が好きです」
「どんなことをするの？」
ゆりが聞くと、ドルイドは楽しそうにいろんなことを教えてくれた。どうやら体が突然大きくなった戸惑いなどはないようなので、ゆりは安心した。
ミラがジュースとお菓子を持ってきてくれた。
「ドルイドは甘い物は好き？」
「好きです。ラリーが、前に王妃様のクッキーを食べたって言ってましたよ。僕も食べてみたいな」
ドルイドはもじもじして言っていた。
「あ、ヘビクッキー？ 今度作ったらドルイドにもあげるね」
そういうと、ドルイドはすごくうれしそうな顔をした。
（ドルイド君超かわいい♪）
「実は僕、王妃様にお願いがあるんです」
「お願い？ なあに？」
ゆりは聞いてから紅茶を飲んだ。
「僕が大人になったら、僕と同衾してほしいんです」
ゆりは思わず紅茶をぶっと吹いていた。
「え？ なんて言った？」
「僕と同衾してください♪」
ドルイドは無邪気な笑みを浮かべて言った。後ろにいたミラは、タオルをゆりに渡し、ゆりは口元や胸元を拭いていた。
「ドルイドったら、だれがそんな言葉を教えたの？ ハインリヒ？ もうやあねえ」
ゆりは引きつった笑いを浮かべている。
「僕、大人になったら最初は王妃様と仲良くなりたいんです。だって前世の恋人同士ですし」
「ドルイドったら」
「僕と王妃様は前世の恋人なんでしょ？ 違うんですか？」
今度はきょとんとして聞いている。
「いや、違わないけど、でも今は年の差がありすぎるし」
ゆりは困惑の表情である。
「そんなにないですよ。ヴィクター将軍なんて、200過ぎて70くらいの恋人がいますよ。僕と王妃様なんて全然離れてないですよ」
「いやいや、ドルイドはさ、ほら、私の娘とくっつく可能性もあるしね、それに、ハ、ハインリヒも恋人だし、親子で恋人になるのはまずいでしょ？」
ゆりはしどろもどろである。
「お父さんは、僕が大人になる頃には王妃様の恋人を引退するから大丈夫ですよ」
「引退！？」
「はい！」
（いや、そんな笑顔で言われても……）
ゆりはミラに助けをもとめてみたが、ミラは横を向いて口元をむずむずさせていた。どうやら笑っているようだ。
「でも、世間の皆さんはどう思うかなあ。王妃様、お父さんについで息子もとっちゃうの？ とか言われちゃうし、ドルイドは若い女の子とひっついた方がいいんじゃないかな？」
「世間の皆さんは、みんな僕が王妃様の恋人になるって思ってますよ？」
「え？ 嘘！！」
「本当です！」
ドルイドは元気よく言った。
「まあ、そういう話は、とりあえず、ドルイド君が大人になってからにしようね。きっと心の中も変わると思うし、その頃には、アナスターシャとかナナミもかわいい大人になってる予定だし、
絶対そっちがよくなるよ」
「最初は、王妃様じゃなきゃやですもん」
「どうして？」
「どうしてもです」
ゆりは頬をぽりぽりかいている。ゆりの左目がかわった。
「ドルイド君ってば、どうしてそう思ったの？」
蛇目のゆりは笑顔で聞いてみた。
「僕王妃様のこと好きなんです」
「多分大きい方のドルイドの影響だよ。そのうち私のことなんてどうでもよくなるよ」
「じゃあずっと好きだったら、恋人にしてください」
「大人になってから相談しようね」
ドルイドはちょっと頬を膨らませている。
「じゃあほっぺにチュウしてください」
「ええ！」
「それか僕がします」
ドルイドは体を寄せてゆりのほっぺにちゅっとしていた。
「それじゃまた来ますねー」
ドルイドは去って行った。
「……やっぱり大人ドルイドの影響なのかなあ？」
蛇目のゆりは頬をなでながら首をかしげている。黒目のゆりに戻った。ゆりはドルイドがいないのに気づき、ミラを見た。
「あの後どうなった？」
「王妃様のほっぺにちゅうして去って行きました」
「えええー！」
ゆりは両方の頬をなでていた。
「ハインリヒにばれたら怒られるー」
「でも、確かに、前世の恋人同士が今生でも会えたなんて、すごいですものねえ。そりゃ、恋人になる運命としかいいようがないですよ。世間の皆さんだって、そりゃそうだって思いますよ」
ミラはうなずいている。
「あんなに綺麗に別れたんだよ。大人ドルイドが知ったら仰天するでしょう」
ゆりは慌てていた。
一方ドルイドは庭園に飛んでいた。
「あはは、これくらいはしないとね」
笑っているドルイドは、先ほどゆりの前にいた無邪気なドルイドとは表情が違っている。
「大人になるのが楽しみだ」
ドルイドは庭園から姿を消した。
夕食時、ゆりは昼間釣ってきた川魚の塩焼きを、一人で３匹食べていた。セリアが釣ってもらった２匹は、ラギとシスが食べている。
「今日は父様といちゃいちゃしないんだ」
ナナミが言った。ラクシュミは魚の匂いが嫌なので、いちゃいちゃの時は魚は食べないのだった。
「うん。今日は一人で寝るからいいんだ」
「母様よくお魚釣れたね」
シスは驚いている。
「エルが教えてくれたの。また行きたいなあ」
最近の夕食時の話題は、ムサカとカールのことである。子供達はムサカのすごさをゆりにいろいろ教えてくれるのだった。
「アーねえがいないと寂しいなあ」
ナナミは寂しそうだ。
「まだ数日だよ」
シスが言った。
「そうだけどさ、寂しいよ。ね、ミシェイラ」
「うん、ネーに会いたい」
「レーちゃんも！」
「元気でやってるわよ」
「せめて夢で会いたい。アーねえ、ディランをパパだと錯覚させる作戦で行くって言ってたよ」
「何それ」
ゆりが聞いた。
「アーねえの蛇のパパはフークスなんだけど、ディランになついてたら、ディランが子供だって錯覚するだろうから、そしたら夢でアーねえと私が会えるかもって」
「えー錯覚するのかしらねえ」
「まあ、絶対ないとは言えないだろうけどね」
とラギ。
「僕はフークスさんに呼んでもらえないんだよなあ。力がない子に入っちゃったから怒ってるのかな。それとも男の子に興味ないとか？」
ラギは首をかしげている。
「僕だってハインリヒに夢で会ったことないよ。まあ夢でまで会いたくないけど」
ロイが言った。
「僕は前、ドルイドとシャナーンに会ったよ」
シスの言葉にゆりはどきりとしている。
「私は子蛇全員と会いたい。みんなが勢揃いしたらすごいだろうなあ」
金蛇は子だくさんなので、楽しい夢になりそうだ。
さて過去の時代では、アナスターシャはディランになつき、「ディラン、だれもいない時は、パパって呼んでもいい？」などと言ってディランを驚かせている。
「え？ パパ？」
「パパ♪」
「パパ……フークスをパパと呼んであげたらどうですか？ 最近いじけてますんで」
「ディランがいいんだもん」
アナスターシャにかわいく言われてディランもたじたじである。
―姉様ー母様が呼んでますよ
―はーい
「女王様が呼んでるって。じゃあね、パパ」
「はあ」
アナスターシャは瞬間移動で消えた。
「どうして私にあんなになついてるんだろう？」
ディランは不思議そうである。
アナスターシャが女王の間に行くと、王女を抱っこした女王にアゼル、数人の騎士もいた。
「おお、姫、これを見ておくれ」
女王がアナスターシャに渡したのは、遊ぶカードである。
「今日商人が持ってきたのだが、変わった柄のカードであろう？ ゆり殿の話を聞いていたから、つい買ってしもうた」
「普通のカードの１０倍の値段でしたよ」
横にいた騎士が笑っている。
アナスターシャはカードを広げてみたが、ゆりが持っていたカードとは柄が違っていた。
「母様がもらったカードとは違うみたいですよ」
「さようか。残念だのう」
「でも番号は同じですね」
模様は同じようにスペード、クラブ、ハート、ダイヤで、カードの1から10まで描かれているのは、街の人っぽい服装の大人の男女である。11は騎士だが未来のカードとは人物が違う。
騎士は男二人、女二人である。クイーンは豪華な服を着た女性、キングは豪華な服を着た男性がそれぞれ違うキャラで描かれていた。そしてもう一枚、未来のカードにはないキャラがいた。
ジョーカーである。ジョーカーは顔の上部分に虎のような仮面をかぶっている人物で、片足立ちでポーズを取っていた。
「商人は、運がよければ面白い夢が見られると言っておった。姫、今宵、私と一緒に試してみようぞ」
「楽しそうですねえ。是非。アゼルも一緒に寝よう！」
「え、いーんですか？」
アゼルは真っ赤な顔でうれしそうである。
「最近殿下の表情はほんと豊かですねえ」
またもや騎士からチャチャが入っていた。
「危険はないんですかね？」
「危険、あるかのう。大丈夫だとは思うが」
「念のため別の者で試した方がいいのでは？」
「しかし、夢は一度きりであろうし、好奇心には勝てぬ！ 念のため姫達はやめておくか？」
「気になります」
「僕も」
「ま、大丈夫だろう。怪しい魔法の気配もないし」
女王はカードを手に取ってみたが、何も感じなかった。敵の罠か何かならばわかるはずである。別段まがまがしい感じもない。
「商人にぼったくられただけじゃないんですか？」
「さあのう。まあ、良いではないか。試しに今宵、３人で寝てみようぞ」
「楽しみですねえ」
「僕も楽しみです」
アゼルはカードよりも他のことを楽しみにしていそうだ。
こうして、夜、アナスターシャとアゼルは、女王の豪華なベッドで並んで寝ることになった。
「アゼル君、女王様、蹴飛ばしたらごめんなさい」
アナスターシャは自分の寝相が悪いのを思い出して言った。
「大丈夫です」
「広いから大丈夫であろう。では寝よう」
女王が真ん中で、アゼルとアナスターシャが両側に寝たので、アゼルはアナスターシャと添い寝という感じにもならなかった。
それでもアナスターシャが近くにいるのでアゼルはうれしそうである。
部屋の灯りが消えた。
「……あの、母様、眠れそうにないんで、まじないで眠らせてください」
「眠れ、眠れ、アゼル、眠れ」
古代語で女王は呪文のように言い、アゼルを眠らせた。アナスターシャはすでにすーすー寝息をたてている。
最後に女王も眠りについたのだった。
つづく
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