第４話
これは夢なのか、それとも？
過去の女王ヴィラルージュが眠りに落ちて後、女王の意識は違う場所にあった。
薄暗い場所だったが、バババｯと周りにろうそくの灯りがついて中を見渡すことができた。
円形の室内闘技場のような場所である。客席には４０人ほどの男女が座り、ワーワー声をあげている。闘技場自体はそんなに大きなものではない。
女王は闘技場の真ん中にいた。近くにアナスターシャとアゼルがいるのが見えた。
「姫、アゼル」
女王は二人に近づいて行った。
「女王様、ここはどこでしょうか？」
アナスターシャが聞いた。
「さあなあ」
アゼルもアナスターシャも不安だったのか女王に寄り添っている。
客席の歓声がぴたっと止まった。３人の近くに虎のような仮面をかぶった者が現れた。顔の上半分だけに仮面をかぶり、真っ白なタキシード姿である。
「ようこそいらっしゃいました。３人のゲストに皆様拍手を！」
声は男の声だった。よく通る声である。背もすらりと高かった。仮面の後ろは肩までのうねった金髪である。
「そなたはだれじゃ？」
女王が聞いた。
「私は今宵の進行役でございます。ジョーカーと呼んでください。今宵、それぞれの騎士達が決闘を繰り広げます。観客達と一緒に、どうか楽しんでいってください」
仮面をつけたジョーカーは３人にお辞儀をして言った。
「なんだか思っていたのとは違うようだのう」
女王は首をかしげている。
「母様がもらったカードとはかなり違いますね」
アナスターシャが言った。アナスターシャはジョーカーと名乗った男のおしりから何かが伸びているのを見た。虎の尻尾がはえている。虎の一族には尻尾はない。
あれはつけ尻尾だろうか。
「では騎士達の入場です！」
ジョーカーの言葉に闘技場の扉が開いて、４人の騎士が中に入ってきた。
「スペード！ スペード！」
「ハート！ ハート！」
「クラブ！」
「ダイヤー！」
観客達の声援が飛ぶ。騎士達の服やマントにはそれぞれスペードやダイヤの模様が入っていた。観客達は分かれてそれぞれの騎士を応援しているようだ。
４人の騎士が女王達の前に並んだ。スペードとクラブは男の騎士、ハートとダイヤは女の騎士である。
「これから４人の騎士達の総当たり戦が始まります。お三方はだれが一番になるか、予想してください。予想が外れたからといって悪いことが起こるわけではありませんので、どうぞ気楽に選んでくださいね」
ジョーカーが言った。
騎士達は、それぞれ自分を選べというようなジェスチャーをしている。
スペードの男は細身の剣士、クラブの騎士は筋肉隆々ででかくて長い槍のようなものを持っている。ハートの女騎士は杖、ダイヤの女騎士は剣を二本腰にさしていた。
「３人同じ者を選んだ方が？」
女王が聞いた。
「別々でもかまいませんよ。さ、お早く」
「母様、なんだか怖いよ」
アゼルは突然のことにまだ頭がついていっていないようである。
「私は、ダイヤの騎士にしまーす！」
アナスターシャが我先にと言った。ダイヤの女騎士はアナスターシャに手を振っている。
「なら私は、ハートの騎士にしようかのう」
女王が続いた。
「え、ええーじゃあ僕は、クラブの騎士にしようかなあ」
とアゼル。
「ではそれぞれの客席で応援をお願いします」
ジョーカーに促されて、３人は一段高い客席に、他の客と共についた。４カ所に分かれた客席には、豪華な服を着たカップルがいる。王と王妃のようだ。
（なんか変なカードだなあ。それともただの夢だったりして）
アナスターシャはダイヤの席についた。
ジョーカーが隅によけ、戦いが始まった。
まずは、男の騎士二人は向き合ってそれぞれの武器で攻撃しあった。女性二人はそろって男達を攻撃しに行った。これは総当たり戦なので、二対二で戦わなければならない
というわけではないようだ。
女騎士二人が攻撃してきたので、男騎士二人は争いをやめて、女騎士の攻撃を避け、反撃に応じた。
「おおー！」
客席からは声があがっている。
「これって、３人に狙われたら不利じゃないですか？」
アナスターシャが横にいた客席の女性に聞いてみた。客席の人達は一般市民のような服装である。若い人もいれば、中年の人もいる。
「３人で一人を狙うってことにはならないんだよ。客席からブーイングが起こっちゃうから」
「ブーイングって？」
「ブーブー引っ込めってやつよ。そうなると仕切り直しになっちゃうの」
「へー」
ハートの騎士は様々な魔法で攻撃し、ダイヤの女性は二刀流だった。器用に両手の剣で攻撃している。二人とも男の騎士達に素早い攻撃を繰り出している。
「すごーい。あの人達は実際の人物なんですか？」
「実際にいる人物のコピーみたいだよ」
「コピー。すごいなあ」
４人での戦いが繰り広げられていたが、最初に膝をついたのはダイヤの女騎士だった。女騎士の顔になんとクラブの騎士の槍が刺さり、ダイヤの女騎士は消えた。
「ぎゃー！ 死んじゃった！」
「大丈夫だよ。紙だからすぐ元通りになるよ」
「本当ですか？」
「本当本当」
続いてスペードの騎士が消えて、ハートの騎士は、どうやら魔力がなくなってしまったようだ。槍を突かれて消えてしまった。最後に残ったのはクラブの騎士だった。
「クラブ！ クラブ！」
クラブの客席からは歓声が上がっていた。
クラブの騎士は声援に応えるように右手をあげている。
「負けちゃった……」
アナスターシャの予想は外れてしまった。客席からは「あーあ」という落胆の声がもれている。
「見事クラブの騎士を予想したおぼっちゃんには、王様から賞品が授与されます」
ジョーカーが真ん中にやってきて言った。
アゼルはクラブの国王の元に行き、何かをもらっていた。
「あれ、何をもらってるんですか？」
「さあ、なんだろうね」
「いいなあ。これで終わり？」
「いや、本番はこれからよ」
「まだ何かあるの？」
クラブの騎士がクラブの国王に向かって降りてこいというようなジェスチャーをしていた。
クラブの国王は立ち上がり、マントを脱いで闘技場へと降りた。
国王は黒髪で、ひょろっとした中年の男である。
「では続いて、クラブの騎士とクラブの国王による戦いです。目をよーく開いてご覧ください」
ジョーカーが客席に向かって言った。
クラブの国王は武器を持っていなかった。
「何も持ってないわよ。どうやって戦うの？」
アナスターシャは身を乗り出している。
「大丈夫。あの人強いから」
「強い？ そうなの？」
クラブの国王と騎士が向かいあった。騎士が槍を構えて国王に向かっていく。国王は右手をふっとあげた。騎士の体の周りに魔法の膜か何かが周り、騎士はそのまま消えてしまったのだった。
「国王！ 国王！」
クラブの客席からはどよめきが上がっている。
「あの王様は魔法使い？」
「だね」
「すごい。つよーい」
「さすが国王様、貫禄の強さです。皆様拍手を！」
ジョーカーの言葉に４つの客席から拍手が起こっていた。国王は皆に両手を振っている。
クラブの国王は、客席に向かって右手を出した。そこにいたのは女王ヴィラルージュである。
「クラブの国王からのお誘いですが、客人、国王と戦われますか？」
ジョーカーがヴィラルージュに聞いた。
「私も戦ってもよいのか？」
女王が聞いた。
「もちろんです。戦われるのなら、お召し替えを！」
客席にいた女性達が、女王をどこかにつれて行った。
アゼルはあわてて女王についていっている。
アナスターシャはぽかんとして座っていた。
「女王様が負けたらどうなるの？」
アナスターシャは横の女性に聞いた。
「さあねえ。あなたたちにとっては夢だから、大丈夫じゃないかなあ。わからないけど」
「大丈夫かなあ。あの国王様はだれなの？」
「さあ、それは内緒」
アナスターシャはそわそわしていた。女王の側に行くべきか、ここにいた方がいいのか迷っているようだ。
「あのーここって何なんですか？」
「ここ？ カードの世界？」
「どうして私達は入れちゃったんだろう？」
「たまにはこういうこともないと、退屈じゃない？」
「退屈？ あなたたちが？」
「そう」
（母様がもらったカードには罪人がいたけどなあ。このカードは違うのかな？ わからない）
アナスターシャが一人で迷い込んだのならもっとあせるだろうが、女王にアゼルもいるのでまだ気楽だった。いざとなれば女王がなんとかしてくれるだろうと思っている。
女王が闘技場に戻ってきた。動きやすいズボン姿で、軽そうな鎧も身につけている。客席の皆は拍手をしていた。
「女王様やる気なんだ」
アゼルがアナスターシャの側に戻ってきた。
「姉様、どうしよう。母様絶対戦うっていうんだよ」
「いいんじゃない？」
アナスターシャはお気楽に言った。
「負けたら怖いですよ」
「女王様強いから、きっと大丈夫」
「大丈夫なのかなあ」
女王は武器を選ぶように言われて、剣を選んでいた。
「見たところ、客人は出産後で力も回復途中ですね。客人の勇気に敬意を表して、絶頂期にまで姿を戻させていただきます」
ジョーカーが言うと女王の体の周りに光りの渦ができた。
女王はわずかに若返っていた。気力も満ちている。
「これはありがたい」
「その代わり、一族の力は封印されます。今回は二回戦、まずは武器による戦い、続いて、魔法による戦いです。国王様も武器を選んでください」
クラブの国王も片手剣を選んでいた。
「この試合、勝ち負けで何かがあるのか？ 」
女王はジョーカーに聞いた。
「あなた様が負けた場合は、カードにあなた様のコピーをいただきます。クラブの国王に仕える王妃として。あなた様が勝った場合にもコピーをいただきます。
その場合はクラブの女王として。その時は彼が夫としてあなたを支える立場になります」
「どちらにせよ相手は彼と決まっておるのか？ 誰かに仕えるなど、たとえ私の分身だとしてもごめんじゃ。どうせなら女王として残りたい」
「なら勝つ他はないでしょう」
女王は男を眺めた。相手の男は美男子でもないし、貫禄もない。先ほどの魔法は度肝を抜かれたが、頬もくぼんでいるし、見た目はひょろっとして頼りなさげな感じである。
だが、人を見た目で判断するのは危険である。
「ふうむ。あまり夫にしたいタイプでもないのだが……まあいい。だが、勝ち負けに関係なく、無事帰ることはできるのだろうな？」
「それはお約束しましょう」
「わかった。始めよう」
女王はクラブの国王と向き合った。
（魔法はすごかったが、剣の腕前はどうか）
女王は一応剣の訓練は受けている。クラブの国王がそちらからどうぞ、というようなジェスチャーをした。
「見くびりおって」
女王の方が先に動いた。
「女王様って剣でも戦えるの？」
客席ではアナスターシャが興奮気味である。
「僕、母様が戦うのを見るのは初めてですよ」
アゼルが言った。
女王が男に剣を振った。男は剣で受け止めている。
「はっ！」
女王の流れるような剣捌きを男はかわしていたが、少し遅れ気味であるかのようだ。
「そなた、剣の腕はいまいちであろう？」
「…………」
男の方は何も話さない。ただ、剣を受け続けている。
「母様がんばれー！」
「女王様がんばって！」
アナスターシャとアゼルは前のめりになって女王を応援している。
剣がぶつかり合う金属音が場内に響いている。
やがて、女王の剣の速さが勝り、男は剣から手を離してしまった。男の剣は地面に落ちて、女王の剣先が男ののどに当たり、男は両手をあげていた。
「客人の勝利です！」
ジョーカーの声があがった。
「おおー！」
客席から声援が飛んだ。
女王は男を睨めつけている。男はにっと笑っていた。元々剣での勝負は捨てていたのかもしれない。
「そなた名前はなんというのか？」
女王が剣を下げて聞いた。
男は口を動かしたが、声は出なかった。
「ホバート？ ソバート？」
男が軽くうなずいている。
「ソバートか。私はヴィラルージュ」
「続いては魔法での戦いです。双方武器を預けてください」
二人は剣を預けて再び向き合った。
「声は出せないのに魔法は唱えられるのか。それともここからは別か？」
男の低い声が聞こえてきた。
「！」
女王の周りに魔方陣のようなものが出現している。女王は素早くバリアを張り、高い魔力でそれを破壊していた。
クラブの国王、ソバートは笑っていた。続いて男の手から飛んでいたのは火の玉である。
女王も呪文を唱えている。
だが、何も起こらなかった。
「ん？」
「客人、一族の力は封印されておりますよ」
ジョーカーの声が聞こえてきた。
「あ、そうか。一族特有の魔法はだめか。ならどうするか」
女王が得意とする魔法は、一族特有の魔法が多いのである。
女王はバリアで火の玉を避けている。女王は火の玉攻撃を避けながらも鋭い光の筋を男にいくつも投げつけた。
だが、男の周りにもバリアが張られているようだ。光の筋は男の周りの見えない壁に当たって消えてしまった。
「やはりか、こうなったらどちらの魔力が持つか、持久戦か」
地面の土が突然ぼこっと盛り上がり、女王の足をすっぽり包んでしまった。
「！？」
「母様！」
アゼルが悲鳴のように言った。
「ぐっ」
女王が足を動かそうとしても動かせない。土の塊は膝までもりあがり、女王の足を半分包み込み、捉えてしまった。地面に女王のバリアはなかったのだ。
場内に風が起こった。風の太刀が女王の体の周りで回っている。どうやら、男は降参を促しているようだ。
「私は負けん！」
女王は瞳を輝かせ、その場から宙へと移動していた。足にはいていたブーツは土に包まれたままである。
風の太刀は女王を追うように上に上がっていく。
「絶対に負けん！！」
女王は風の太刀を自らの魔力を以って男の元に返した。
「おおっ！」
男は戻ってきた風の太刀を避け、風は室内の壁に突き刺さり消えていた。
女王は瞬間移動で男のすぐ側まで移動した。男の周りには強力なバリアが張られている。
「く……ぐぬ……」
女王は自分の拳に魔力を集中させて、そのバリアを破ろうとしていた。
女王は拳が焼けるような激痛を感じていた。だが、引き下がる気はないようだ。
男はその場で魔力を集中させている。
「うおおおおー！！！！」
女王の気合いが勝ったのか、やがて拳はバリアの中にめり込み、その拳は男の左頬をぶんなぐっていた。男の体が横に飛んだ。
その瞬間、男は右手をあげて何かしようとしていたが、手を下ろして、そのまま地面に横になっていた。
「はあ……はあ……」
女王は右手をなでていた。右手は肩のところまで、バリアを強引にやぶった衝撃で、焼けただれたようになっている。
アゼルとアナスターシャは女王の負傷に悲鳴をあげていた。
女王は男の反撃を予想していたが、男はその気はないのか、ジョーカーに右手をあげていた。ジョーカーが中央にやってきた。
「国王様は降参されました。客人の勝利です！」
「はあ……」
女王はほっと肩を落としていた。
クラブの国王は立ち上がり、女王の右腕をなでていた。女王の手から激痛は消えた。
「ありがとう」
男はまたにっと笑っていた。女王に殴られた頬ははれている。
「最後になぜ反撃しなかった？」
男は微笑んだまま答えなかった。
「皆様、クラブの女王の誕生です！ 盛大な拍手を！」
客席から拍手が起こった。アゼルとアナスターシャも拍手をしている。
「そして、これにて引退される国王様へも盛大な拍手をお願いします」
クラブの国王は客席に手を振っていた。
「ありがとうございます。お元気で！」
「ソバート様ありがとう！」
「お元気でー！！」
客席からは感謝の声が飛んでいる。
（やはりこの男は罪人ではないようだ）
そう女王は思った。
「さようなら。ソバートさん」
「さようならー」
（さようなら？ 彼は夫としてカードに残るのでは？）
客席からの声を聞きながら、女王もアゼルもアナスターシャも、そのまま意識を失ってしまった。
女王が目覚めた時には朝だった。
（なんとも不思議な夢を見てしまったような……）
女王は体を起こし、右腕をなでた。右腕には傷跡などはないが、痛みの痕跡が残っている。
（夢の中で右腕は焼けただれ、それをあの男が治療してくれた。やはりあれは夢ではなかったのか）
アゼルはまだ眠っている。アナスターシャがいないと思ったら、なんとアナスターシャはベッドの下で眠っていたので女王はほっとした。
女王は枕元に置いていたカードを手に取り、広げてみた。
クラブのカードのキングのカードはあの男のままだが王冠はなく、クイーンが王冠をかぶっていた。
「おおー」
女王はクイーンのカードを手にとって眺めている。銀色の髪のクイーンは、女王の顔をしていた。
女王が朝女王の間に入ると、騎士達が早速カードのことを聞いてきた。
「何か変わったことはありました？」
「あったとも。しかし、なんとも泥臭い戦い方をしてしまった。もっとスマートに戦いたかったが……」
女王は昨夜の戦いを反省していた。
「あれはないであろう」
「詳しく話してくださいよ」
「いやじゃ」
「陛下ー」
「話さん」
アゼルは優勝した騎士を当てたご褒美か、目覚めた時に、紫色の花を一輪手に持っていた。アゼルはその花をアナスターシャにあげた。
「いいの？」
「はい」
「ありがとう！」
アナスターシャは喜んで、その花を自分の部屋に飾った。
「僕は不思議な体験ができただけで満足ですよ。母様のあんな姿が見られるなんて」
アゼルは朝から興奮している。
「女王様かっこよかったなあ。私も剣の腕を磨こう。拳の腕も磨こう」
アナスターシャには女王の勇姿が刺激になったようである。
（しかし、あのクラブの国王、気になる男であったが……一体どういう素性の者だったのだろう？）
女王は、戦った男のことが気になっていた。もしかしたら、実在した人物ではないか、とそう思ったのである。
（気になるのう……）
騎士達がぼそぼそ話しているのが耳に入ってきた。
「何の話か？」
「昨晩死にかけていた騎士ダンテなんですが、なんと持ち直したんですよ。もう無理だと思っていたから、街では奇跡だって言われてるんです。ほんとよかったですよ」
「ダンテ？」
「大人になって長い間病に伏せってましてね。陛下は彼に会ったことはないでしょう」
「そうか」
「騎士としての能力は高かったんですがね。元気になるといいんですが……」
その日は夢の影響か、ちょっとぼんやりして過ごしていた女王だったが、夕方女王に謁見を申し込んできた者がいた。
「朝噂をしていたダンテなんですが、どうしても陛下に謁見したいと言いまして。病み上がりだからだめだといっても、どうしても一目だけでもと。『クラブの女王にお会いしたい』と
言えば会ってくれるはずとか、わけのわからないことを言っているんですが……」
「クラブの女王？」
女王は個室でダンテに会うことにした。
ダンテは若い騎士だったが、青い短髪で、青白い顔付きの男だった。見るからに病み上がりっぽい。
「病だったそうだが、歩いても大丈夫なのか？」
「ええ、少し休めば元通りになるでしょう」
「そうか、よかった。それで私に話とは？」
女王はあえて自分からカードのことは言わなかった。
ダンテは椅子に座り、「どうか、あのカードを譲ってください」と言い出した。
「あのカードとは？」
「覚えておられるのでしょう？」
「では、そなたはダンテではないな。ソバートか？」
「はい、こんなハンサムの体に入れるなんて、驚きましたよ」
ダンテ、いやソバートは戸惑ったようにあごをなでていた。
「一体そなたはどういう素性の者だったのだ？」
「私は、ここから遙か北にある、鵺の一族の者でした。ある時大きな地震が起きましてね。私は魔力が高い魔法使いでして、地震で崩れかけた建物をしばらく保ち、大勢の人を救いました。
その時私は魔力をすべて使い果たして死にました。その後神様に会いましてね。『お前はとても良いことをした。すぐに生き返らせることは無理だが、望みがあれば聞こう。早めに転生
したいか？』と聞かれまして……私はその時気が動転していたのか、すぐ大人になって恋がしたい、などと言ってしまったんです。私はあまりに女性に縁がなかったもので恋に憧れていたんです
よ。その時神は『そうか。ではちょっと私の遊びに付き合ってくれ。その後望みをかなえてやる。恋をするなり好きに生きればいい』とおっしゃって……気づいたらカードの中にいたわけです。
それで今は晴れて、この体をもらったというわけで、本当のダンテは気の毒でしたが」
「ほー面白いこともあるものだな。ではあの客席にいた者達は？」
「私が助けた人達の一部です。騎士の４人はそれぞれの国での実力者だとか」
「そうだったのか……その実力者にも勝ったのだから、そなたの力はすごいではないか」
「魔法の研究ばかりしてましたからね。記念にカードをください」
「ちょっと待っていておくれ」
女王は自室にあったカードを持ってきて男に渡した。男はカードをケースから出して、クラブの王を眺めた。
「おお、ありがとうございます。カードの私は美しい女王の夫となることができて、幸せでしょう」
「このカードはどうなるのだ？」
「さあ、わかりませんが、私はうれしいです」
ソバートはうれしそうな顔でカードを眺めている。
「そなたの魔法力はすごかったが、鵺の一族は雷の魔法が得意と聞いたことがある。なぜ雷魔法は使わなかったのだ？」
女王が聞いた。
「雷魔法は一族特有の魔法に分類されるようで、多分使えなかったでしょう。使えたとしても、美しい女性を丸焦げにする趣味はありませんで。それではありがとうございました。これにて失礼します」
ソバートは立ち上がり、女王に礼をして去って行こうとしていた。
「こらこら、もう行くのか？」
「はい、陛下も忙しいでしょうし」
「私はそなたのことがもっと知りたい」
「しかし、過去の私はもう過ぎたことですから」
「カードの私の夫となったのだぞ？ 気になるではないか」
「夢だと思って忘れてください」
ソバートはさらりと言っている。
「そなた、そんなだから女に縁遠いのじゃ」
なぜか女王は怒りだしていた。
「はあ？ 何か私が失礼を？」
ソバートはまるっきり分からない様子である。
「そなたのことが知りたいと言っておるのに、あ、そうか。若い体に生まれ変われた事だし、さては若い娘と恋をする気満々なのだな？」
「いや、そういうわけではないですが……」
ソバートはちょっと困った様子である。
「どーせ私はもうとうが立っておるし」
「そんなことはないですよ。それに昨晩はほれぼれするような戦いぶりでした。まさか魔法の戦いでぶん殴られるなんて思いませんでした」
ソバートは頬をなでている。
「やはりカードは返しておくれ」
女王は手を出していた。
「え？ どうしてですか？」
「そなたこそ、昔の姿はもう過去のことであろう？」
「そうですが……やはり何か怒ってます？」
「仮にも私の分身はそなたを夫としたのだろう？ 一度でもそなたと交わらねば私の気がすまん」
「……は？」
ソバートはぽかんとしていた。
「そなたに夜とぎを申しつけたい」
「陛下には、夫がいらっしゃるのでは？」
「私は恋愛関係は自由にしておるので、そういう縛りはない」
「いやしかし……」
ソバートは瞬きする回数が多くなっていた。
「元気になったら夜とぎを申しつけたい」
女王はソバートの側により、カードをぱっと奪ってしまった。
「返してほしくばその時にな」
女王がにやりとしている。
「……はあ」
ソバートはかなり恥ずかしげに頬をかいていた。
「病み上がりなのだから帰って休むがよい」
「そうします。あの……先ほどのことは本気で？」
「本気じゃ」
「元気になったら本当に来てもいいんですか？」
「いい。あ、そういえば、私は産後であったか。お互いに元気になったらしよう」
「そうですか。忘れないでくださいね。では、今日は失礼します。カードの私も、陛下にはタジタジになってそうですね」
ソバートはくすりと笑って去って行った。
女王はカードの箱を指で回していた。
「神か……あれはどの神の趣向なのだろうなあ……まあ若返れたし楽しかったが……カードの私は若かったな。若いままか、よいなあ」
女王は若返った自分の感触を思い出し、今ならばあれほどは動けないだろうと若い自分に嫉妬したりもしたのだった。
一方、女王と別れたソバートは、かなりドキドキしながら廊下を歩いていた。
まさかこういう展開になるとは思っていなかったのだ。
「うーん……私にあの女王様のお相手なんてどう考えても無理だと思うが、なにせ経験もあまりないし……うまくできる自信はまるでないし」
ブツブツ言いながら歩いていたソバートだったが、いつまで経っても城の入り口に行けなかった。
「あれ？ 迷った。……自分の家にちゃんと帰ることができるのだろうか」
ここは初めての場所である。ソバートにダンテだった時の記憶もなく、どこも初めての場所だった。
「ダンテ？ 元気に歩けるようになったんだ？ よかったね」
かわいげな風貌の騎士が声をかけてきた。フークスである。
「顔が青いけど大丈夫？ 家まで送ろうか？」
「お願いします！」
ダンテ、いやソバートはこれはチャンスと連れて帰ってもらうことにした。
こうして、女王の御代に変わり種の騎士が一人加わった。彼に昔ほどの魔法力が宿るのかどうかはまだ分からない。
「病み上がりなんだから無理しないようにね」
「はい、ありがとうございます」
ソバートはフークスに感謝して、自分の家に戻ったのだった。
そして不思議なことがもう一つあった。
アナスターシャはその夜、夢の中でラクシュミやゆり、他の弟、妹達に出会うことができたのだ。
「アーねえ！」
抱きついてきたのはナナミである。
「ナナミ、みんな！」
「これ何？ 夢？」
ラギは驚いている。
「夢かな？」
シスもきょろきょろしていた。周りには紫色の花が咲き乱れていた。
「アナスターシャ、元気でやってるの？」
ゆりもアナスターシャを抱きしめた。
「ねー」
「ねーだ！」
ミシェイラとレーヌもアナスターシャにひっついた。
「すっごく元気よ。あのね、面白いカードの話があってね」
アナスターシャはここぞとばかりにカードの話をみんなに聞かせていた。
「へー、楽しそうだねえ。カードにいるのは罪人だけじゃないんだ」
ラギは興味を引かれたようだ。
ロイは不思議そうにアナスターシャをつつき、アナスターシャに手をたたかれていた。
「いて！」
「アーねえ、ちゃんとはみがきしてる？」
ミシェイラがアナスターシャに聞いた。
「してる。父様みたいなこと言わないでよ」
とアナスターシャ。
「歯は大事だ」
ラクシュミが言った。
「そっちは変わったことはない？」
「こっちはムサカ様がすごくてねえ。僕達いろいろ教えてもらってるんだよ」
シスが言った。
「カールもムサカ様も元気だよ。へびっちも」
「私結局へびっちに会えなかったなあ。いつ会えるんだろう。そうだ。アゼル君の手にいる子蛇を見せてもらったよ。それからアナベルちゃんの肌にも子蛇がいるんだよ。
へびっちの子蛇はみんな元気だよ」
「そう。私の孫蛇は一杯ね」
蛇の目のゆりが言った。
アナスターシャは過去でのいろいろなことを皆に話して聞かせた。アナスターシャが元気そうで、ゆりもラクシュミも安心した顔付きである。
しばらく話していると、周りにあった花が徐々に消えていた。
花が完全に消えると、皆の意識は散った。家族の出会いはそれで終わったのだった。
「アナスターシャ！」
ゆりははっと目を覚ました。
ゆりが王の寝室に行ってみると、ラクシュミは起きていた。
「王様、夢を見たの。アナスターシャがいてね」
「私も見たぞ」
「本当？」
子供達に聞いてみると、みんなも見たと言っていた。
なんと家族全員が同じ夢を見たようだった。
「不思議な夢ねえ」
ゆりは首をかしげている。
「家族愛の奇跡？」
「アーねえが元気そうでよかった」
ナナミは喜び、
「そうだね。泣いてなくてよかったよ」
「うん」
シスとラギもほっとしていた。
そして過去では、アナスターシャも夢での記憶があった。
部屋の方に行くと、昨日もらった紫色の花の花びらが落ちていた。
「夢の中で咲いていた花に似てる。これのおかげかも？ きっとそうだわ」
アナスターシャはアゼルの顔を見るなり、
「アゼル君、ありがとう！ あのお花のおかげで家族に会えたの！」
とうれしそうに報告していた。
「花のおかげで？」
「うん。お花のおかげだよ。ありがとう！」
アナスターシャはアゼルの両手を握りしめていたので、アゼルの顔は真っ赤になっていた。
「みんなに会えてうれしかった」
「よかったですね」
「うん。よかった！ ムサカさんもカールも元気だって」
「そうですか。よかった」
二人のことを聞いて、アゼルも喜んでいる。
「女王様にもこのことを話したい」
「じゃあ食事の後、母様に話しましょう」
「うん」
アナスターシャは食後、女王にムサカとカールのことを話した。
「じいは元気か。そうか」
女王もうれしそうである。
「あのお花のおかげで姉様が家族に会えただなんて、本当に不思議な体験でしたね」
アゼルが言った。
「そうだのう」
カードの不思議はまだ続いていたが、女王はソバートのことは二人には秘密にしていた。
「そういえば、女王様が戦いに勝ったらなんたらかんたらって、虎の仮面の人が言ってなかったですか？」
アナスターシャが聞いた。
「そういえば言ってましたね……カードに何か変化はありましたか？」
「何もないぞ。あのカードは、私が大事に保管しておく」
「遊ばないんですか？」
アナスターシャが聞いた。
「あれでは遊ばない。二人とも、カードのことは忘れよ。な」
アナスターシャとアゼルは目を合わせたが、それっきりカードのことは聞かなかったのだった。
つづく
12部
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