第6話
カールの衝撃的な言葉に、ハインリヒはしばし固まっていた。
「あのーハインリヒ様？」
「カール、今の、意味が分かって言ったのか？」
ハインリヒはやんわりと聞いた。
「それが、よくわかりませんで」
「よくわからないのに聞いたのか？」
「実は……」
カールは昨晩のことをハインリヒに説明したのだった。ハインリヒはまたもや口を開けている。
「やれやれ、困った赤ちゃんだなあ。トーっていうのは、王妃にとっては儀式の相手の男のことだ。儀式で男が増えれば、蛇がいっぱいくると思ってるんだろう」
「儀式、儀式って、あの、ぎ、儀式ですか」
カールの頬が赤くなっていた。
「そう。まあ赤ちゃんの言葉は無視していい。王妃と儀式がしてみたい意欲があるってのなら別だが」
「いえ、いえいえ、ないです。ないです」
カールはあわてて手を横に振っていた。
「そうだ。また王妃が移動したら困るだろうし、この際寮にでも移ったらどうだ？ 他の仲間もいて楽しいぞ。水蛇様がひっついてるエルバートもいるし」
「そうですね。移動します」
―ミカエル、カールが寮に移りたいそうだ。手配頼む。すぐ頼む
ハインリヒはとりあえずミカエルに頼んでいた。
こうしてカールはその日のうちに寮への移動が決まったのだった。
「えーカール君寮に行っちゃうの？」
夕方ミカエルから話を聞いたゆりは驚いていた。
「騎士様にあそこに住んでもらうのなんだか悪いような気がするけど、いいのかな」
ゆりの部屋で一緒にいたシスが言った。
「シスは寮に行ったことあるの？」
ゆりが聞いた。まるで知っているかのような言い方である。
「実はあるの。前にエルに連れて行ってもらったんだ。夜は数人集まれば飲み会だから、楽しいって。それから寮の人の料理が最高においしいんだって。だからエルもあそこにずっといたいって
言ってた」
「えーそうなんだ。私も食べたい」
ゆりは料理の話に食いついていた。
「あそこにいれば同世代の戦士達と仲良くなれますよ。ここにいるより楽しいでしょう」
とミカエル。
「そうね。楽しそうだね」
その後カールがゆりの所に挨拶に来た。
「たまに顔を見せてね」
「はい。お世話になりました」
まさかゆりは自分のせいとは知らず、カールを見送ったのだった。
「王妃、ねえ、カールを恋人にする気じゃないですよね？」
ミカエルがゆりに聞いた。
「え？ まさか。カールは若い恋人を作ったらいいじゃない。カールを恋人にしたら女王様に怒られるわよ。それよりも〜ミカミカ、ミカミカに好きって言われたい」
ゆりはミカエルの腕をつんつんしていた。
「ミカエルに言われるんじゃだめなの？」
シスが聞いた。
「ミカミカに言われたい」
「どっちでも一緒ですよ」
とミカエル。
「違うもーん。違うんだもーん」
ゆりはミカエルと手をつないでうねうねしている。
「一人で二度おいしいってやつだね。よかったね」
シスが微笑んで言った。
「僕もミカミカに会いたいなあ。僕はミルミルにしか会ってないや」
「蛇さんは本来、出てこないものなんですよ」
「それを出しちゃう母様がすごい」
「私って言うか、私の金蛇ちゃんたちだけどね。残念ながら私の力じゃないんだなあ」
「金蛇ちゃん達ともっと一杯仲良くなりたいんですけどねえ。なかなかなれないですね」
ミカエルは残念そうだ。
「そうね。最近金蛇ちゃん達おとなしいみたい」
ノックの音が聞こえて、ユリウスが顔をのぞかせていた。
「ユリウスー！ おめでとー！」
ゆりはミカエルの手を離して、ユリウスに駆け寄っていった。
「王妃、もう聞いちゃいましたか」
「聞いちゃったよ。また妊娠したんでしょ。おめでとう」
「はあ、まさか二度目があるとは……」
ユリウスは恥ずかしそうだった。
「おめでとう」
シスが言った。
「おめでとう。体を大事にな」
とミカエル。
「ありがとうございます。それでは、王の所にも行ってきます」
「また来てね」
ユリウスは去って行った。
「カーラさんも元気だし、お茶を飲んだ彼女達の妊娠率もいいし、私の彼女達は一度は妊娠できたし、王妃、私の夢はあと一つですよ」
ミカエルが言った。
「なあに？」
「だれにも気兼ねせずに王妃といちゃいちゃしまくりたいです」
「それくらいならすぐかなうじゃない」
シスは気楽に言っていた。
「もうシス行った行った」
ゆりはシスを部屋から追い出した。
「神様とばっかりやってたらほんといじけますからね」
「わかってるよーまあ、いずれ」
「若い内がいい〜」
「いずれね」
ゆりはミカエルに抱きついて背中をぽんぽんたたいていた。
「ところで、この世界に避妊薬ってある？」
「ないです。王妃が妊娠中の今しましょう」
「やだー」
「もー」
ミカエルは去って行った。
この一族は性欲が薄いからまだこれで済んでるんだろうなあ。性欲が普通にあったら、もっと大変だったかもしれない
などと思ったゆりだった。
神の国である。
カサンドラの神殿の外にある大木の木の枝に、鳥が二羽止まっている。一羽は白い猛禽類、もう一羽は、金色の猛禽類だった。
グレンとゆりがひっついた時に産まれた卵は、美しく成長していた。今や立派な成鳥である。
先に産まれたシロと仲良く枝に止まっている。二羽とも賢いので、よくお使いを頼まれているようだ。
「立派になったねえ」
地上から鳥達を見上げていたのはクーリーフンである。
そこにだっと駆けてきた獣がいた。ハンターである。ハンターは二羽が止まっている大木に飛びつき、鳥達は驚いて飛んで行ってしまった。
「がううう」
「君は小さいままだね」
ハンターは産まれた時からさほど変わってはいない。
「大きくなりそうだけどね」
「ハンター！」
力の神バリアスがやってきた。
「力がちょっと戻ったね」
クーリーフンがバリアスを眺めて言った。
「そうかな。まだまだだけどね。じゃあねーハンター行こう」
バリアスは走って行き、ハンターもついていった。バリアスとハンターは最近いつも一緒である。バリアスはハンターのことを相当気に入ってるらしい。
クーリーフンは微笑ましげに思い、バリアスとハンターを見送っていた。
カサンドラの神殿からガーベラが出てきた。
「あら、何してるの？」
ガーベラは色気ムンムンである。神殿の中ではサントスがぐったりしているに違いない。
「神殿に戻ってもいい？」
クーリーフンが聞いた。
「いいわよ」
クーリーフンはガーベラを連れて行き、ガーベラの神殿に戻った。
「実はさ、アシュラン様が、あっちのお母さんに会いたいんだって」
「アシュランが？ なんで？」
ガーベラは髪をかき上げて聞いた。
「さあ、知らないよ」
「別に急がないって言ってたんだけど、やっぱり早めがいいかなあ、とか言ってた。僕もいつもお母さんを監視してるわけじゃないから、お母さんが伝えといてよ。それか、目の前でかわって」
「ふーん、まあいいけど、今って人間界は何時ごろかしら」
クーリーフンは棚においてある手鏡を持ってきて手をあてていた。
「えーと、あそこは今から夜かな」
「じゃあ明日にしようっと」
「お母さんは遊ばなくていいんだよ？」
「遊びたいもーん」
ガーベラは子供のように言っていた。
さて次の日、ゆりがイシュタールとソファで並んで話していると、ゆりがふっと目を閉じてしまった。
「王妃？ 寝ちゃったんですか？ 話がつまらなかったのかな？」
イシュタールがそう思っていると、ゆりがぱっちり目を開けた。ゆりに別の誰かが来ていたので、イシュタールははっとし、次に「うわっ！」とソファから飛び退いていた。
「もー逃げなくてもいいじゃない」
「やっぱりガーベラ様、突然どうしたんですか？ 心臓に悪いんですが」
イシュタールは真っ赤な顔をしている。
「遊びにきちゃったの」
「そうですか。では私はこれで」
ガーベラは去って行こうとしたイシュタールの服をひっぱっていた。
「さよならのチューして」
ガーベラは唇を突き出している。
「できません」
「なんでよ。ダーリン冷たいわよ」
「私はサラディン様に恩がありまして……」
「つまらないんだから」
ガーベラはイシュタールの手を軽くつねっていた。
「御子様達が喜びますよ、会ってあげてください」
「先に誰かと遊びたいーハザーク様の所に行くもんね。連れて行ってよ」
「わかりました」
イシュタールはさっさとガーベラを連れていき、ハザークはガーベラが来たとは全く思わずに、ガーベラと仲良くなったのだった。
「あー楽しかった。それじゃ子供達と遊びましょう」
ハザークの部屋から出たガーベラは、自分で塔を降りて行った。そこで金髪の短い髪の男に出会った。
「やあゆりちゃん」
「こんにちは」
すれ違ったのはディーンである。
（初めて会う人ね。……人？）
ガーベラは首をかしげながらも城に入って行った。
一方神の国に突然飛んだゆりは、クーリーフンに出会っていた。
「あれ？ なんか突然来ちゃったような」
「用事があってね。来てもらったんだよ。アシュラン様が君に会いたいみたいでさ」
「アシュラン様が？ ……あまり会いたくないなあ」
「拒否はできないの。さ、行こう」
クーリーフンは手を出している。
「えー」
ゆりはいやいやながらもクーリーフンに雲の上の神殿へと連れて行かれたのだった。
神の国は本日も晴天であるが、暑くはない。春のような過ごしやすい気温である。
どんなに日射しを浴びようとも、肌のトラブルがなさそうなのが女神のうらやましいところである。ゆりはふわふわの雲の上に降りた。
「じゃあ行ってらっしゃい。僕行くね」
「はーい」
クーリーフンは飛んで行った。
一体どんな話だろう？
ゆりは光輝く神殿の中に入っていった。そして、奥にあるアシュランの間に行こうとして、ハロルドに出会ったのだった。
「あ」
「あら、こんにちは」
「何してるんだ？」
「あなたのお父様に呼ばれたの」
「お父様？ アシュランか？」
ハロルドは驚き、続いて眉をひそめていた。
「何の用で？」
「さあ」
ゆりは首をかしげた。
「用件が終わったら来い」
「はーい。じゃあ後でね」
ゆりはハロルドとは別れて、アシュランの間の入り口にある分厚い布をめくってみた。
「アシュランいる〜？」
ガーベラになりきって聞きながら中に入ると、アシュランは椅子に座り、床を眺めていた。床にはどこかの景色のようなものが映っている。アシュランはそれを消してゆりを見た。
「あのー私に用があるって聞いたので来たの」
「用？ ああ、お前の方か」
ゆりはアシュランに近づいた。相変わらずアシュランは神々しくて顔はよく見えないくらいである。
アシュランは上を向き、「うーん」とうなっていた。
「実は、話そうか話すまいか迷っている」
「はあ」
「どうしようかな……」
アシュランは腕を組んで考えるような仕草をしていた。
「…………」
ゆりは立ったままアシュランの言葉を待っている。
アシュランはぱっと右手をあげて何かをした。
「結界を張った。ちょっと他に聞かれたくない話なんでな」
「一体なんでしょうか」
ゆりはドキドキしている。
「最近、お前の国に聖地から神官が行ってるだろ」
「神官？ ああ、クーガ様？」
「そうだ。実は、あいつは見かけはすごく若く見えるのだが、もうすぐ1000歳になる」
「せん？ 千？ あの方そんなに長生きしてるんですか？」
ゆりは目をぱちくりさせていた。
「そうなんだ。それで私はやつに、1000歳になる時に誕生日の贈り物をやると約束してしまった。ところが、あいつの願いは、『普通に老いて死ぬこと』らしいのだ。
私はあいつが1000歳の誕生日にそれを願われたら、かなえてやらなければならない。どうにかやつの望みを変えたい。お前、なんとかしてくれ」
「…………」
ゆりはぽかんとした顔付きになった。
「いや、なんとかしてくれと言われましても……」
何かと思えばいきなり無茶な要求である。
「私に一体どうしろと？」
「お前ならあいつを変えられるかもしれないだろう？ 実はそう思ってあいつをあそこに行かせるように仕向けたんだ」
「えー？ あのクーガ様は月に一度来るだけなんですよ。しかも一時間くらいしか一緒にいないんですよ？」
「それでもなんとかしてほしい。お前なら何かしてくれそうな気がする」
「そんなこと言われましても……なんで誕生日の贈り物をあげる約束をしちゃったんですか？ 誕生日の贈り物なんですから、物とかにすればよかったのに」
「仕方がないだろう。もう約束しちゃったんだ」
「本当にクーガ様は老いたいって思ってるんですか？」
「本人からはっきり聞いたわけではないが多分な」
「じゃあ違うかもしれないじゃないですか」
「1000歳になる時に願いを言うと言われてるが、多分そうだ。違うならありがたいが」
「クーガ様はどうして老いないんですか？」
「それは多分私の血だろうな」
「え？」
「あいつは私の息子だ」
「えーーーー！」
ゆりは驚いて顔を後ろにのけぞらせていた。
「あいつの母親は人間だ。あいつは小さい頃に母親とも離されて、辛い思いもしただろう。神の国に引き取るわけにも行かず、聖地にいさせるしかできなかった」
「いっそのこと妖精にして神の国で育てたらよかったんじゃないですか？」
「そうしたいとも思ったが、当時は無理だった。ヒルデリアの機嫌が最高に悪かったからな。今は、あいつはそんなことはこれっぽっちも望んでいないから、言っても了承しないだろう。
なんとか生きていたいと思わせたいんだが……」
「クーガ様に彼女とかいないんですか？」
「いない。あいつはまるで女に興味を持たないんだ。ハロルドやラーズを虜にしたお前の魅力でなんとかしてくれ」
「いや、なんとかしてくれと言われましても……二人とは状況が違います。いっそのことガーベラにくどいてもらってください。妖精の恋人とかならいいと思いますが」
「いろいろしてはみたんだ。前にダーナに会わせたが、あいつはダーナにもその気にならなかった。アリアスの娘達でも無理だった。とにかくどんな女にもその気にならないんだ」
「隠れて彼女がいるかもしれないんじゃないですか」
「いない。断言してもいい」
「そんな人私にも無理ですよ」
「いいからやってみろ」
「何をやってみるんですかあ」
ゆりは泣きそうな声である。
「あいつの望みが変わったら、あの石の箱を満タンにしてもいい。とにかく頼む」
「石のためでも無理です。というよりも石のためにそんなことしないです」
「いいからやれ」
有無を言わせぬ感じである。
「クーガ様は不老不死なんですか？」
「それはわからん。なにせ、神と人間の間の子供はクーガが初めてなのだ。他にはいない」
「もし願いをかなえても、徐々に老化するんでしょう？ すぐおじいちゃんになるわけじゃないですよね」
「せっかく若いままなんだからわざわざ年をとらなくてもいいだろう。生への執着がわけば、若いままでいたいと思うはず。お前がそう思わせろ」
「えー……」
ゆりはまるで自信がなさそうだった。
「それでいつ1000歳になるんですか？」
「今年の末だ。13の月２２日」
「こ……今年……なんでもっと早く言わないんですか！」
「いろいろあるんだ。とにかくよろしく頼む」
「はあ……もし失敗しても私に怒らないでくださいよー」
「わかってるわかってる」
アシュランは手でもう去ってもいい仕草をしていた。
「あ、そうだ。ハロルドには言うなよ」
「誰かに相談させてくださいよ！」
ゆりは切れ気味である。
「わかった。だが、あいつに相談しても無理だと思う」
ゆりはため息をつきつつアシュランの間を出て行った。
神様と知り合うって、大変なんだな……
ゆりは身にしみて思いながら、ハロルドのところに移動した。
神様のお気に入りになるということは、どんな無茶なことでも引き受けろということのようである。
ハロルドは神殿の外にある雲の上にいた。ダーナと話をしているようである。ゆりが行くと、ダーナがにこやかに微笑んでくれた。
「じゃあね」
「あ、ちょ、ちょっと待って！」
ゆりは先ほどのアシュランの話を思い出して、ダーナを呼び止めた。
「ハロルドはちょっと離れてて」
ゆりはハロルドから少し離れた所にダーナを連れて行った。
「どうしたの？」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、聖地に、神官のクーガがいるでしょ？ ダーナ、前に会ったことがあるわよね？」
「クーガ？ ああ、あの子ね。あるわよ。アシュランに頼まれてね」
「くどいたの？」
「なんとか女に興味を持つようにしてくれって言われたんだけど、あの子全然私にも興味をもたなかったわ。私の力も通じなかったのよねえ。アシュランの血のせいかどうかわからないけど」
ダーナは思い出すように言った。
「うちの子達もだめだったわ。普通に話はするんだけど、それ以上は無理だったわ」
「そうなんだ。ありがとう」
「ガーベラも頼まれたの？ まあ無理だと思うけどがんばって」
「ありがとう」
ダーナは神殿に入っていき、ゆりはハロルドに近づいた。
「アシュランの用はなんだったんだ？」
「二人になってから話すわ」
「じゃあ神殿に行くか」
雲の上にはもうすでにペガサスが待機していた。二人はペガサスに乗り、ハロルドの神殿へと行ったのだった。
そして誰かに聞かれたらまずいから、と奥の寝室に行った。ゆりは窓を開けて外の空気を中に入れた。
「あー空気がうまい」
ゆりは思いっきり深呼吸している。
「何言ってるんだ？」
ゆりは窓を閉めた。誰かに聞かれたらまずいからだ。
「それでアシュランに何を言われたんだ？」
ハロルドは椅子に座り、長い足を組んでいる。
ゆりは向かいにある椅子に腰を下ろし、意を決したように言った。
「あなたの腹違いの弟について頼まれたの」
「腹違いの弟？」
ハロルドは眉を動かしている。
「人間が母親のー」
「クーガか？」
「そう。クーガ様。もうすぐ1000歳になるんだって」
「もうそんなになるのか。それでクーガがどうしたんだ？」
「ハロルドはクーガ様に会ったことある？」
「会ったことはあるが仲良く話したことはない。アリアスはたまに会ってるようだがな。腹違い同士気が合うらしい。所で、私は呼び捨てであいつに『様』をつけるのはおかしいだろ」
「ハロルドは恋人だからいいの」
「ん？ お前いつクーガに会ったんだ？」
ゆりが知っているような口ぶりだったので、ハロルドはそこに驚いている。
「つい最近会ったの。神様のありがたい話を聞かせてもらってるの」
「はあ？ なんでだ？ あいつは聖地にいるんだろ？」
「そうなんだけど、たまに来てくれるの。聖地から蛇の国まで瞬間移動できるんだからすごいよね」
「それで？ クーガがどうしたんだ？」
ハロルドは嫌な予感を抱いているのか不穏な表情である。
「クーガ様は老いない自分に不満があるらしいから、そこをなんとかしてくれって無茶なことを言われた」
「……そりゃ無茶だな」
「多分、アシュラン様もいろいろやってみたんだろうけどね。もう手は尽くしたって感じだったわよ」
「ふーん……」
ハロルドは横を向いていた。
「クーガ様のお母さんはどこの国の人なの？」
「それは私からは言えないな。あいつが産まれた時はかなり大変だった。ヒルデリアは家出しちゃったからな」
「家出？ どこに家出したの？」
「しばらく海の神殿の方に行ったまま帰ってこなかった。ヒルデリアの怒りがその国に行かないように、クーガはすぐに聖地で引き取られて、聖地の神官に育てさせた。あれからヒルデリアは
聖地にあるアシュランの神殿にも行ってないな。まさか人間の女がアシュランの子供を産んでしまうとは、アシュランも思ってなかったんだろうがなあ……あれからもうそんなに経つのか」
「そりゃ、ヒルデリア様が怒るのも当然よねえ」
「クーガも気の毒といえば気の毒なやつだがな。普通の人間のように生きたいと思ってるのなら、そうしてやったらいいと思うが」
「まあ、そうかもねえ」
「お前が口を挟むべきじゃないと思うぞ」
ハロルドはずばりゆりに言った。
「私は何も挟みたくないわよ。アシュラン様が頼んできただけで」
「困ったやつだ。まあいい。あいつのことはもういいからやろう」
ハロルドは立ち上がっていた。
「えーそういう気にならないわよー」
「考えたって無駄なことは考えるな」
「そう言われたってー」
ハロルドがゆりを抱きしめようとしたとき、「マンマー」と子供の声が聞こえてきた。入り口の布がもぞもぞ動いている。
「マンマー」
ゆりがぱっと布をめくってあげると、背中に翼がある小さい男の子がいた。
「えーランス君？ かわゆいー！」
ゆりはランスロットをだっこした。
「マンマー、マンマー」
「立っておしゃべりできるようになったの？ かわいいわねー」
金髪のくせ毛はくりくりしていた。なんともかわいらしい子供である。
「将来クーリーフンみたいになるのかしら」
「それはだめだ。こいつは戦う神だからごつくならないと」
「えーやだあ」
「やだじゃない。それにしても、ランスロット、一人できたのか？」
ハロルドが聞いた。
「パッパ」
「ラーズが連れてきたんだろう」
「ラーズいるの？」
ゆりの頬がちょっとピンクになったことにハロルドはめざとく気づいていた。ゆりはランスロットをダッコしたまま寝室を出て行こうとしていたので、ハロルドが引き留めていた。
「こらー行くんじゃない」
「ラーズがそこにいるのかなと思って」
「いてもほっとけ。ランスロット、ラーズのところにいけ」
「マンマ」
「ガーベラとは後で好きなだけくっつけ、今はだめだ」
「ぶー」
ハロルドはほっぺを膨らませているランスロットをゆりの腕から離して、下に降ろしていた。
「いけいけ」
ハロルドはランスロットの背中を押している。
「ハロルドったら、ランス君、またね」
ゆりが手を振ると、ランスロットはかわいく手を振ってくれた。ハロルドには「べー」と舌を出している。
「こいつめ」
ランスロットはさっさと出て行った。
「ぷぷっかわいいー」
「かわいくない。あいつすっかりラーズになつきおって」
「いいじゃない。それじゃ私もこれで」
ゆりはどさくさに紛れて出て行こうとしたが、ハロルドに手を掴まれていた。
「お前はだめだ。今から愛し合うんだろ」
「えー、だって、さっきの流れでとてもそういう気分には……」
「あいつのことはお前には全く関係ない。ほっときゃいいんだ」
「ほっときゃいいと言われても頼まれちゃったしーそれにそろそろ帰る時間かも？ またね、ハロルド、今度ね」
ゆりは目一杯手を振り、さーとカーテンを開けて出て行った。
「まったく……」
ハロルドはため息をつき、先ほどのゆりの言葉を思い出していた。
「まさかクーガがあの女に興味を示すことはないと思うが……逆はあるかも」
ゆりの気は多すぎるので、ゆりの方が興味を持つことはあるかもしれない。
「全く……余計なことをしてくれるもんだ」
ぶつぶつ言っているとゆりが戻ってきた。と思ったら、ゆりではなくガーベラだった。どうやら本当に戻る時間だったようだ。
「ねえ、アシュラン、何の用だったか聞いた？」
「くだらん用だった」
「どんな用？」
「さあな。お前はさっきまで人間界で遊んでたんだろ。どうせ」
「ええー？ そんなことないわよー」
「全く、困ったやつらだ」
ハロルドはぶつくさ言っていた。
人間界に帰ったゆりは城の中にある広間にいた。気づいた時には竪琴を持っていたのでゆりははっとした。目の前には子供達とムサカが座っていた。
「これって、まさか……」
「ベツベツマーいっちゃったねえ」
ミシェイラが言った。
「いっちゃったね。また会いたいね」
とシス。
「今回は、曲が終わった後だよ。お母さん」
ラギの言葉にゆりはほっとした。
「そうなんだ。よかったあ」
ムサカ一人がぽかんとした顔付きである。
「えーと、たまに３人目の私が出てくるんですけど、気にしないでください。ムサカさん」
ゆりが言った。
「ベツベツマーは、お歌も竪琴もジョーズなんだよ」
ミシェイラが言った。
「ジョーズ。すっごくジョーズ」
レーヌも続いている。
「王様はいないの？」
広間にラクシュミはいなかった。
「途中までいたよ。お客さんが来たので、仕方なく行っちゃったんだ」
シスが説明した。
「そうなんだ」
「あ、パパ呼ぶの忘れてた」
ミシェイラがようやくハザークのことに気づいていた。
「ベツベツマー来たら呼んでっていわれたんだった。パパにあやまろー」
ミシェイラは移動してしまった。
「内緒にしとけばいいのに」
とシス。
「じゃ、私はこれで戻ります」
ゆりは竪琴を抱えて立ち上がった。
「部屋に送ってあげる」
ゆりはナナミに部屋に送ってもらった。
広間では、ムサカ一人が未だぽかんとした顔付きである。３人目のゆりの竪琴も歌も、素晴らしかったせいだろう。
「王妃様があんなにも竪琴がお上手とは……いやはや驚きましたな」
「いえいえ、上手なのは３人目のお母さんだけです」
ラギが言った。
「３人目だけが……なぜそんなことが？」
「いろいろありまして……いずれ話しますね」
さっきのゆりはガーベラだといっても信じないだろうと思ったラギは、今は言わないことにしたのだった。
そしてミシェイラに「パパ呼ばなくてごめんね」と謝られたハザークは、ガーンとショックを受けていた。
「ごめんね。泣かないで」
「泣かない。大丈夫だ」
「今度は絶対覚えてるからね」
ミシェイラは去って行った。
「ガーベラは、我のことはなんとも思ってないのかも……」
ガーベラと愛し合ったことを知らなかったハザークは、ガーベラが自分に会いに来てくれなかったと思い、そのことにショックを受けていたのだった。
神の国で聞いたクーガのことがゆりの心にずーんと響いていた。
クーガは人間のように老いたいと思っているらしいが、アシュランは今のままでいてほしいと思っている。
（こういう問題に口を出したくないなあ。あーもう、どうしたらいいんだろう？ 本当に老いたいと思っているのかどうかそこから確かめる必要があるだろうし、ある程度仲良くならないと
そんなこと聞けないし、今年中にいろいろ話して説得なんてできるの？ いや、無理でしょう。今年はもう半分くらいきちゃってるのにい！）
ゆりはすでにあきらめムードである。
だが、頼まれたからには何かしたい。
（アシュラン様の期待が重い〜〜〜〜〜）
その夜、いろいろ考えていてなかなか眠れなかったゆりは、真夜中、ようやく眠りについた。そして、気づいたら目の前に金色の輝きがあった。
「え？ あれ？ ハロルド？」
ゆりは、暗い部屋で、神の輝きでガーベラの豊満な胸を見て、ガーベラになっていることに気づいた。
ガーベラは裸である。
「ガーベラと仲良くなったの？」
ゆりは全く嫉妬は感じずに聞いた。
「いいや。これからお前と仲良くなるんだよ」
ハロルドはがばっとゆりの上に覆い被さった。
「え？」
「てっとり早くここで交代させたんだ。こうでもしないとお前はすぐどっかに行くからな」
ゆりは何か言おうとしたが、ハロルドはゆりにキスしていたのでゆりは何も言えず、両手でハロルドの背中をがりがりかいていた。
「痛いだろ」
「だって、い、いきなりすぎて、びっくり」
「あれからラーズと会っただろ」
「え？ あ、あれからって？」
ゆりの声が裏返っている。
「お前は全く、私に会いに来いって言ってるだろー」
「違うわよー今日は会ってないわよ」
「今日の話じゃない。もういい。今日はやりまくる」
ハロルドは、女神の長い足をがばっと広げていた。
「ひええええええ」
ゆりは問答無用でハロルドに抱かれたのだった。
３度もするとゆりはぐったりしていたが、ハロルドはゆりの体を寝転がしたまま、さっさと服を着ていた。
ゆりが体を動かすと、ハロルドは右足をゆりの体の上にがっとかぶせてどこにも行かせないようにしていた。
「そのままでいろ」
「今日の愛の時間は終わりでしょ？」
「ここでは終わりだ」
「ここでは？」
「向こうで続きをやる」
「……はあ？」
「お前にひっついて向こうに行ってやる」
「いえいえ、行ってやらんでいいです！」
ゆりはハロルドの足をどかせようとしたが、まるで重い丸太でも乗っているかのようにぴくりとも動かない。
「行くったら行くんだ」
「私、寝起きはひどいですから！」
「今日は我慢する」
「我慢しなくていいですう」
ゆりは泣きそうな声である。
「あ、私、子供達と一緒に寝ていたかも」
「ほー本当だろうな」
ハロルドは精悍な顔をゆりに近づけて聞いた。青い鋭い瞳に見つめられたゆりは、「いや、一人だったかな」と素直に白状していた。
「あんなにしたのにまだするのお？ もう十分したよー」
「まだ一回くらいはいける」
ゆりは小声でぶつぶつ言っていた。
「あん？」
ハロルドは怖い顔で上からゆりを見下ろしている。
「いえ、軍神様はさすが絶倫だなーっと感心した次第で……」
「うれしいだろ？ こんなに愛されて」
「最高にうれしいです」
ゆりは顔を引きつらせて言っていた。
「んじゃ、これを持ってくれ」
ゆりはハロルドのサンダルを持たされて、ずっと右足で体を固定されている。
「……ずっとこのままで？」
「うむ」
「別に手をつないでるだけでもいいと思うけど」
「ラーズとのことを素直に白状したらな」
「……おやすみなさい」
ゆりは逃げの作戦に出たようだ。目を閉じてしまった。
「まったく、ふざけた女だ」
そのうちゆりは本当に眠ってしまったのだった。
朝である。太陽の神アリアスは、とっくに空をかけて行っただろう。
今日も輝きに満ちた朝が始まるのだが、ゆりは目を開けたくなかった。
（目を開けるのが怖いーーーー）
どうやら夢での内容を覚えていたようである。
ゆりの手は何かを持っている。指で探ってみると、サンダルのようである。
（やっぱりハロルドのサンダル！ ってことは、横にいるかも）
ゆりはそろそろと目を開けて、横にいたハロルドと目を合わせていた。
「……おはようございます」
「おはよう」
ハロルドは微笑んでいたが逆に怖かった。
「今日はどうやって移動するのが注意していたんだが、面白い仕組みだ。途中私の意識が途切れた」
「そーですか」
ハロルドはゆりが持っていたサンダルを受け取ってベッドの下にぽいとほっていた。
「じゃあやるか」
「やるかって、誰か来たらどうするんですか？」
「そうだなあ。結界でも張って……」
「ぎゃっ！」
ゆりは寝室の入り口から顔をのぞかせている侍女に気づいて悲鳴をあげていた。
ハロルドは侍女の顔を見て、
「しばらくだれも入らないようにしてくれるか？」
と聞いていた。
「はい！！」
侍女ははじけるように返事をして去って行った。
ゆりは口を開けている。
「結界を張ろう」
「……ばれる。みんなにばれるううう！」
「もうみんな知ってるんだろ？ さっさとやろう」
ハロルドはゆりの寝間着をばっと脱がして、ばっと覆い被さっていた。
朝っぱらから私は一体何をしているんだろう……
などと思いながら、ゆりはハロルドに抱かれたのだった。さすがに一回で終わり、ハロルドはまた服を着ていた。
「じゃあな。ラーズとばかり仲良くするんじゃないぞ」
「はーい」
輝く神は消えて、静寂と、体の中に快楽の余韻が残った。
「あー絶対みんなにばれてそう。部屋から出たくないいいい」
服を着替えて部屋の扉を開けると、外に侍女が５人も待機していた。
侍女達はにやにやした顔付きである。
「すいません。黙っていられなくて」
ハロルドを見た侍女が、申し訳なさそうに言った。
「ハロルド様の生声を聞いてしまって、もう、天にも昇る気持ちです！」
侍女は興奮した様子である。一生神に会うことができない人間の方が世の中には多いのだ。
「よかったね。うんうん」
ゆりは侍女の肩をぽんぽんとたたいて、食堂に向かった。侍女を怒る気なんてゆりには全くない。
「私も声が聞きたかったーどんな声？」
「男らしくてーもううっとりするような声でした。青い瞳もステキで」
「いいなあ。いいなあ」
侍女達はきゃいきゃい盛り上がっている。
王様もハザーク様もあまり前戯しないけど、ハロルドもたいして前戯しないなあ。それでも感じる私って一体……慣れって怖い……
清々しい朝、そんなことを思いながら食堂に向かう王妃なのだった。
つづく
十二部
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