第７話
気温が上昇し、そろそろ長袖が暑くなってきた。今日は暖かかったので、子供達もゆりも、半袖の服を着ている。
「オニーチャン、コーリちょうだい」
カーライルがハザークに呼ばれて塔にやってくると、ミシェイラとレーヌにさっそくこうせがまれたのだった。
「すてきなオニーチャンコーリつくって」
「……用ってこれか？」
カーライルが聞くと、ハザークはうなずいている。
「オニーチャン」
「オニーチャン♪」
「おじさんって呼ぶと作ってくれないわよ」とゆりに言われて、二人ともカーライルのことを「オニーチャン」と呼んでいた。
「まだそんなに暑くないだろ」
「コーリたべたいー」
「レーちゃんも」
カーライルはミシェイラとレーヌに服を引っ張られている。
「これお願いします」
ゆりは料理用のボールを差し出していた。中には黄色い液体が入っている。
「なんだそれ」
「アイスクリームが食べたいんです。カーライル様を呼ぶって言うから今混ぜてきたんです。お願いします」
ゆりは笑顔で言った。
「去年の夏はカーライル様がいらっしゃらなかったんで、本当に寂しかったです。今年はお願いします。好きなお酒、勝手に持って行っていいですから」
「やれやれ」
テーブルにジュースが入ったグラスとボールを並べてカーライルが呪文を唱えると、それらの液体はほどよく凍ったのだった。
「わーい。ありがとうございます！」
「ありがとー」
ナナミもやってきて、ゆりと子供達は冷たくておいしい食べ物を味わったのだった。
「アイスうまい」
「うまっ」
「おいしー！」
「おいしいねえ」
「男の子連中はどこにいるの？」
ゆりが聞いた。
「ムサカ様と学校に行ったよ。ムサカ様が子供達に会ってみたいって」
ナナミが説明した。
「へー。ハザーク様、あーん」
ゆりはスプーンですくったアイスをハザークの口元に持っていった。ハザークは口を開けて食べている。
「……甘くてうまいな」
「おいしいでしょ？」
「おいしいー」
「つべたい」
「ひゃっこい」
「カール君、寮に行っちゃったんですよ。寮生活について何か聞きました？」
ゆりがカーライルに聞いた。
「ああ、仲間がいるから楽しいようだぞ。夕食がおいしいとか言ってた」
「やっぱりおいしいんだ。いいなあ。今度頼んで配達してもらおうかなあ」
ゆりはスプーンでアイスをほじりながら言っていた。
「オニーチャンダイスキー」
「ダイスキー」
甘いおやつのおかげで、カーライルは子供達に大人気だった。
さて、シス、ラギ、ロイと一緒に学校に行ったムサカは、子供達に「過去の王族の人だ！」とありがたがられ、拝まれたりしていた。小さい子供達からは「魔法を見せてください！」
とせがまれて魔法を見せてあげたりし、大きい子供達には魔法力を高めるコツなどをレクチャーしたりもしていた。
そして四十代の子供達の魔法の授業を見学したムサカはつい手を出したくなり、宙に浮く子供達に緊張感を持たせるために地面に炎の渦巻きを出現させ、子供達を半泣きさせていた。
ロイは逆に喜んで参加し、シスとラギは呆然とした顔ではたから眺めている。
それを校庭で見たドルイドは、（相変わらずむちゃくちゃするなあ）などと思ったのだった。
「なあドルイド君、ムサカ様って何歳なんだい？」
ドルイドの横にいたヴィンセントが聞いた。
「えーと……何歳だろう？ 300くらいかな？ もっと？」
「女王様のお父さんの親戚とかなんだろう？」
「女王陛下の、お父さんの、兄弟？ いや違うな。女王陛下の、お父さんの、兄弟の、親戚関係だったかな？ どうだっけ？」
「若い頃はモテモテでかっこよかったんだろうね」
「若い頃は知らないからなあ」
なにせ、ドルイドが過去の時代で子供だった頃からムサカはあの姿だった。あれから老いた感じもない。年齢も気にしたことはなかった。
「とにかくすごいよなあ。過去の時代の人ってすごいんだなあ」
子供達はみな尊敬の眼差しをムサカに向けている。
（みなが尊敬するじい様から逃げ惑っていた昔が懐かしい……）
ムサカをみるとつい大人ドルイドの意識が強くなってしまうドルイドだった。
おやつを食べて、ミシェイラとレーヌ、ナナミはハザークの部屋から出て行き、カーライルも去って行った。
蛇の目のゆりはハザークに「仲良くしましょ」と迫っている。
「……実は今そんな気がない」
ハザークは乗り気にならなかった。
「え？ どうかしたんですか？」
「別に何も」
といいつつハザークはため息をついて横を向いていた。明らかに何かありそうである。
「へびっちのことを心配してるんですか？」
「違う」
「じゃあどうしたんですか？」
「女と男の関係は、感情がないとつまらんもんだな……」
ハザークがぼそりと言った。
「はあ。そりゃ、そうですね。だれのことを言ってるんですか？」
「おとつい、ガーベラが来たろ。我にはちらりとも会わずに行ってしまった。ちょっと悲しかった」
「ガーベラ？ ガーベラはハザーク様のこと好きですよ」
「いや、そんなことない」
「あれ？ イシュタールが、ガーベラをハザーク様の所に連れて行ったって言ってましたよ。ガーベラはその後子供達に竪琴を弾いたり歌を歌ったりしたんでしょ？」
「？」
ハザークはきょとんとしている。
「私はそう聞きましたよ。ハザーク様ったら、ガーベラだって気づかなかったんでしょ」
ゆりはハザークをつんつんつついている。
「え、あの日……仲良くしたのはガーベラなのか？ 本当か？ 王妃じゃなかったのか？」
「ガーベラだったんですよ。これですっきりしました？ じゃああっちにいきましょう」
ゆりはハザークの手を引っ張っていたのだった。
学校ではムサカがハッスルしているころ、ハインリヒは遺跡があった場所にいた。この上にあった木はあらかたよけられている。昔あった蛇の置物などはない。
でこぼこの土の上に大きな石の塊などが無造作にあるだけである。
「うーん」
ハインリヒがあごをなでながらうなっていると、ジュノーがやってきた。
「おー綺麗になりましたね」
「問題はここからなんだが……」
「ここ、地下を掘ったらどうなるのかな？ 何か出てくるのかな？」
「掘ったら……掘ったらどうなるんだろう？」
二人は首をかしげている。
「いっそのこと、強引に掘っちゃったら？」
「ディーンさんに聞いてみようかな」
夕方、ちょうど城にいたディーンにハインリヒがそのことを聞いてみた。
「あはは、あのね、あの秘密の地下は、あの下にあるわけじゃないんだよ。掘っても何も出てこないんじゃないかな」
ディーンは笑って答えた。
「えー、そうなんですか？」
「わかりやすく言うと、呪文を唱えると、別の空間に行く扉が出てくる感じじゃないかな？」
「蛇の置物も何もないですが、入り口はやはりあそこなんですか？」
「それはそうだと思うよ。置物はなくても、まあ大丈夫じゃないかなあ」
「うーん。どうやったら呪文がわかるんでしょうかねえ」
呪文は始祖達の本名である。おそらく、彼らの親戚ぐらいしか名前を知らなかったのではないだろうか、と思うが、その名前をどうすれば今の時代わかることができるのだろうか。
「運良く導き手に会えればいいけどね。まあいずれなるようになるだろうさ。うちの親戚の名前だけは思い出したよ。忘れないように書いておいたから、あと九個だね」
「なんて名前なんですか？」
「それは今言えない。この前思い出したんでうっかり口に出したら、なんとじいさまの霊が出てきちまって、怒られちゃったよ。あれはびびったわ」
「えー」
「平謝りだよ。今思えば他の人らの名前をあの時聞けばよかったんだけど、その時はびっくりしすぎてそれどころじゃなくてさ。あの人らの力ってすごいね。いやー怖い怖い」
ディーンはぶるっと体を震わせている。
「ってわけだから、口には出せないんだ。まあ、いずれは、全員の名前が分かってあそこの謎もわかるよ。きっとね」
「私が生きてる内だといいんですが……」
なんとしても、生きている間に遺跡の謎を知りたいものである。
その夜は、ハインリヒはドルイドと一緒に夕ご飯を食べた。母親達も今のドルイドの姿にすっかり慣れてしまったようだ。
その夜のドルイドは疲れた様子だった。
「どうしたんだ？ 魔法でも使いまくったのか？」
ハインリヒが聞いた。ドルイドの魔法力はかなり低下してみえた。
「ムサカ様がいらっしゃって、いろいろ相手をさせられた。相変わらず元気だね」
ドルイドは苦笑いしている。
「そうなのか。ははは。この時代の子供じゃムサカ様には物足りないだろうな」
「ねえ、ムサカ様って、何歳だっけ？」
ドルイドが聞いた。
「さあ、300くらい？ 100年前からああだったが……100年前に250歳なら、もう350は超えてるな」
「それにしてはお元気ですねえ」
一緒に食事を食べていたカレンが言った。カレンはドルイドの母としてムサカに挨拶をしている。
「元気すぎだよ。まあ、見習いたい元気さだなあ」
悠々自適な老後を暮らせるのにあえて未来に来るという道を選んだムサカに、ハインリヒはかなり尊敬の念を抱いていた。昔からすごいじいさまだと思っていたが、
今もそれは変わらないのだからたのもしいものである。
「絶頂期はもっとすごかったってことなんだろうな」
「ムサカ様、いろいろ実験してるから今度見せてあげるって言ってた。絶対怖い実験に違いない」
ドルイドは百パーセント確信するように言ったのだった。
その夜は、月が綺麗な夜だった。くっきりとした三日月が上空に浮かんでいる。綺麗な星空だが、少し森に入れば獣が徘徊しているこの世界では、うっかり夜の散歩もままならない。
盛り上がっているのは街の中の酒場くらいで、そのほかはしんと静まりかえっている。城の中も静かなものだった。一つの部屋をのぞいては。
今宵、ムサカの寝室では困ったことが起きていた。
困った顔で座っているムサカの横には、白いおぼろげな姿をした子供がいた。そして、先ほどから何かを訴えている。
―トーになって
「…………」
―トーいっぱいへびいっぱい！
子供は何やら思念で話しかけてきている。
「困りましたなあ……」
ムサカははげた自分の頭をなでている。同じベッドでは、ゆりが横を向いてぐっすり眠っていた。夜中、何かの声で起こされたムサカは、横にゆりが寝ていたので驚いたのだった。
部屋にゆりが入ってくるのも全く気がつかなかったからである。
―へびいっぱいほしいの。マーとナカヨシネ、ネ♪
子供が訴えていることがムサカにはなんとなく理解できた。
「わしはもう年寄りでしてなあ。王妃様と仲良くできないのですよ」
ムサカはやんわりと言ってみた。
―ウソ
「本当ですぞ。ほら、どこから見ても年寄りでしょう」
―ダイジョーブ
「大丈夫ではないのです」
―ゲンキ
「うーむどうしたものか……」
ムサカは仕方なく、ハインリヒを思念で起こして呼んでいた。
夜中にたたき起こされて、何事かと思ってムサカの部屋の寝室に来たハインリヒは、ベッドで眠るゆりと白い赤ん坊を見て、「げっ」とたじろいでいた。
「王妃……」
「赤ちゃんに訪問されてしもうた」
ムサカは赤ん坊を膝に乗せている。
「赤ちゃんは儀式をしてほしいようだのう。蛇が一杯ほしいと言っておるが」
―トーイッパイヘビイッパイ
「はあ、それでなんで王妃はここに来ちゃったんですか？」
ハインリヒは一応聞いてみた。
「わしをトーにしたいらしい」
「ぶっ！」
思わずハインリヒは吹き出している。
「赤ちゃんむちゃくちゃすぎますよ。さあ、もう寝ましょう」
ハインリヒが手を出しても、赤ちゃんは移動しなかった。
―トーニナル？
赤ん坊はムサカに聞いている。
「おじいちゃんにならなれますぞ」
―トーダヨ
「トーにはちょっとなれませんなあ」
―ナンデ？
「わしはもう年寄りでしてそういうゲンキはですねえ……ハインリヒ、早急に儀式をしてあげた方がよいのではないか？」
「はあ」
「もう帰りなされ。若いトー達がいっぱいいるではないですか。きっと近いうちに儀式がありますぞ」
―トーイッパイヘビイッパイダヨ
「大丈夫大丈夫。ほらもう寝なされ」
ムサカはゆりの側に赤ん坊を寄せた。
「今夜は私と寝ましょうか。ねえ赤ちゃん」
ハインリヒがやんわりと言った。
―コッチガツヨイ
赤ん坊はムサカを指している。
「こっちはおじいちゃんですからもうトーにはなれないんですよ」
―ブー
赤ちゃんは怒っているようだ。
「必ず近いうちに儀式をしますからねー。行きましょうね」
―ブーブー
「にっこり笑ってくださいよ」
ハインリヒは赤ん坊をゆりの上に乗せてゆりを抱き上げた。
「では失礼します」
「ああ、おやすみ」
ハインリヒはゆり、赤ちゃんと消えた。
「……さすが噂通り、ゆり殿の側は驚くことが多いのう……」
ムサカは苦笑して再び寝転んだのだった。
朝になった。ゆりは自分のベッドで寝ていたので、昨晩ムサカのベッドに忍び込んだことなどまるで知らなかった。知れば恥ずかしさのあまり真っ赤になるに違いない。
「あーよく寝たわ」
ゆりは食堂でも子供達とたわいもない話をした。ミシェイラとレーヌはちょっと寝坊して遅れているようだ。ここにはいなかった。
「ところでお母さん、気はもらわなくても平気なの？」
ラギが聞いた。
「気？ そういえば、今の所まだ平気かなあ。自分で作ってる感じなのかな？」
「欲しくなったらカールからももらえるね」
とシス。
「そうね。でも、あなたたちもいるから大丈夫じゃない？」
「ムサカ様からもらえるんじゃない？ 気強いし」
ナナミが言った。
「恐れ多いわよ」
とゆり。
そんなことを話して自分の部屋に戻ると、部屋ではハインリヒが待っていた。
「おはよう」
「おはようございます。今晩空けといてください」
「今晩？」
「いいですね？」
「うん」
ハインリヒはキスもせずに出て行ったのだった。
ハインリヒは昨晩ゆりを自分の寝室に連れて行ったのだが、ハロルドが来たらどうしようなどと考えてしまい、ゆりの寝室に戻したのだった。
（まさか、ムサカ様を寮に入れるわけにはいかないし……早い内に儀式をしないとまずいな……今晩、全員で王妃をせめるしかない）
ハインリヒは男達に連絡し、準備を整えることにしたのだった。
ゆりの部屋にラギとシスがやってきた。今日の予定を聞くと、シスとロイ、ナナミがムサカに魔術の稽古をつけてもらえるようである。
ゆりは「見学したいな」と言い出していた。
「どんなことをしているのか見てみたいな」
「聞いてみるね。……ムサカ様、今日はすいませんって」
シスが思念でムサカに聞くと、断られてしまった。
「そうなの？ 残念」
「母様がいると恥ずかしいって」
「何が恥ずかしいの？」
「母様がかわいいからだよ」
「まあシスったら」
ゆりはシスの肩をぽんとたたいている。
「ただ邪魔だからじゃない？」
ラギはかわいげもなく言っていた。
「ラギは見学するんでしょ？」
「うん！ 見てるだけで楽しいんだ」
「あ、そう」
ゆりは口をとがらせている。二人は出て行き、かわりにミシェイラとレーヌがやってきた。
「マーケッカイ見せてあげる！」
「見せて見せて！」
ミシェイラは、ゆりとレーヌの周りに結界をはって見せてくれた。
「すごい。すごーい！」
「えへへ、すごいでしょ！」
ミシェイラは得意げに胸をそらせている。
「すごいね。王様に見せてあげたら喜ぶわよ」
「ベツトーにみせるんだもんね」
「あの時の王様も大喜びするわよ」
「マーあのねあのね、レーちゃん神の国にいったんだよ。黒い髪のトーにあったよ！」
「え？ ほんと？」
レーヌの言葉にゆりは驚いていた。
「うん。大きくなったねっていってた」
「よかったねえ」
「ミーはクーに会いたい！」
「こんど一緒にいこうね」
レーヌが言うと、
「うん！」
ミシェイラは大きくうなずいていた。
「オルガ、黒い髪のトーの側に行けたの？」
ゆりがレーヌに聞いた。
「オネーチャンが連れて行ってくれた」
「オネーチャン？ ガーベラかな？ オルガと何を話したの？」
「歌を歌ってもらった」
「そうなんだ」
「トー歌うまいもんね」
「そうよね。私も普通に黒い髪のトーの歌が聴きたいわあ」
巻き貝の歌は聴くと寝てしまうので、寝ずに最後まで聞きたいものである。
二人は部屋から去って行った。
ゆりはレーヌと出会ったオルガを想像していた。
オルガは大きくなったレーヌを見て驚いたのかもしれない。
「オルガとガーベラは元通りになってるのかな。仲良くしてるといいなあ」
などと思ったのだった。
さて過去である。この日の朝、女王はなんだか微妙な顔付きだったので、ディランが「何かありましたか？」と聞いた。ディランは女王と自分の娘、アナベルをダッコしている。
アナベルはもうすぐ一歳になる。早いものである。少しづつ言葉を発するようにもなった。ディランはアナベルにデレデレである。
「実は、すごく変な夢を見てしもうた」
「またカードの夢ですか？」
ディランが聞いた。
「いいや。ムサカの夢じゃ。あのじいやが、未来でゆり殿と仲良く手をつないで歩いておった。なんか恋人になっちゃったとか言って」
「はあ？」
ディランは大きく口を開けていた。
「いやー驚いた」
「陛下、変な夢を見ないでくださいよ。カールならともかく、ムサカ様がゆり様の恋人になったらびっくりすぎますよ」
「見てしもうたのだからしょうがない」
「やめてくださいよ。びっくりどころの話じゃないですよ」
ディランは心底嫌そうである。
「まあ、ああ見えてまだじいやは若いからのう」
「いやいやいやいや」
「おはようございます」
フークスがやってきた。
「何の話ですか？」
フークスが、微妙な顔付きのディランを見て聞いた。
「陛下が不気味な夢を見たんだ」
「不気味はムサカに失礼であろう」
フークスがディランに手を出して、アナベルはフークスの腕に移った。
「未来で、ムサカ様がゆり様の恋人になった夢をみたっておっしゃるんだ」
「それは不気味ですね」
フークスが言った。
「だろう？」
「まあまあ、本当のムサカはまだ若いぞ。まだ200ちょいくらいだし。私が見たのも老体の方ではない。若い方で」
「……はあ？」
ディランは大きく首をかしげていた。
「200そこそこってどういうことです？」
「ディランは知らなんだのか？ 私がまさかよぼよぼのじいさまを未来に送るわけなかろう。見かけがああだから『じいや』と呼んでおるが本当はもっと若い。
ムサカは先王である私の父の弟なのだからな。ムサカは若い頃に恋人を亡くしてしまって、それ以来魔法であの姿になってしもうたのじゃ。恋人のことを愛していたのであろうのう」
「……フークス知ってた？」
ディランは驚愕に目を見開いている。
「その話は聞いたことあるよ。でも、ムサカ様はずっとあの姿だから、私も老人だって認識してた。みんなもそうだよ」
「300歳はとっくに超えてるのかと思ってた……だからあんなに魔力がお強いのか……」
ディランは今更ながらに納得していた。
「ハインリヒは知ってるのかな？」
「有名な話だから知ってるんじゃない？ といっても、200歳超えているんだから本当のムサカ様は中年の男性くらいなのかな？ まさか未来で愛に目覚めちゃったらびっくりしちゃうけど」
「……はあ……」
ディランはぽかんとした顔で返答していた。
「私も中年のムサカ様は見たことないなあ。本当は髪はふさふさなんですかねえ？」
フークスが女王に聞いた。
「私は一度見たことがある。髪はふさふさであったぞ。カールがかかっておった」
「想像ができない……」
ディランは眉を思いっきりひそめて首をかしげまくっていたのだった。
未来にいるハインリヒもドルイドも、ムサカのそんな話はまるで知らなかった。ムサカの年齢を気にしたことがなかったせいか、すっかり見かけ通りの老人だと思い込んでいるのだろう。
ハインリヒは、とりあえず男達全員に、「今夜王妃をその気にさせて儀式を起こさせる。今日が無理なら明日も！」と意気込んだ思念を送っていた。
―王妃には言ってないんだが、お腹の赤ちゃんが、カールとムサカ様をトーにしようとしている
ハインリヒの思念に、男達はそれぞれの場所で「ぶっ！」と吹き出していた。
―うそだろ！
ミカエルが真っ先に思念を返した。
―昨晩、赤ちゃんがムサカ様にトーになるように迫ったんだ
―ひえー……
―まあ、一番強いですもんね……若かったら真っ先にトーになってほしいですよね……
ジュノーがぼそっと言った。
―お二人が王妃の魅力の虜になるのも時間の問題かもしれない
などと言ったのはシャナーンである。
―こらこら、やめろ
ミカエルが反応していた。
―カール君はともかく、ムサカ様は勘弁してください
とジュノー。
―だから何が何でも蛇を入れて赤ちゃんを満足させなくちゃならない
―こりゃ大変だ……
ヴィラがつぶやいた。
―今夜がだめなら明日。明日がだめならあさって？ 我々の精力がもつかな……
イシュタールはそこを心配していた。
―なんとしても今夜決めたいな
とハインリヒ。
―がんばればなんとかなるだろう
ミカエルが返した。
―じゃあくじで順番を決めよう
とフリットが言った。
今夜無事儀式が起きるのか。男達にとってはまさに勝負の夜である。
その頃ゆりは、部屋で一人竪琴を奏でていた。
「あー来月クーガ様に会ったときどうしよう……どうすればいいのかさっぱりわからないわ。とりあえず、賛美歌は完璧にしておこう」
と男達の気持ちは全く知らず、何度も賛美歌の練習をしていたのだった。
つづく
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