第１０話
朝が来た。今日も天気が良さそうであるが、朝っぱらからハザークは寝室でぐったりしている。というのも、夜ゆりがやってきて何度も攻め立てられたからだった。
途中ゆりが入れ替わったりするのだから困ったものである。
「王妃、こういう時にこそハロルドに頼んだらどうだ？」
ゆりはラクシュミだけではなく、ハザークからもこう言われていた。
「それとも恋人達とすればいいだろう。せっかくあんなにいるんだから」
「やです。ハザーク様としたいんだもーん」
いつもならば喜ぶところだが、この時はゆりが元気すぎたので、ハザークの喜びも半減だった。
「こういう時の恋人たちじゃないか」
「明日には元に戻りますもん。今夜だけですから。明日の朝滝に打たれますから」
「滝なあ……」
実はゆりが去って後、カーライルとハザークは滝の話をしたのだった。そしてハザークは少し不安になっている。
「王妃はゼルンダの滝に行ったことはあるのか？」
「ないです」
「そうか。一人で行くんじゃないぞ。男を数人連れて行くんだぞ。滝壺に落ちないように気をつけるんだぞ」
「わかってますよ。じゃあもう一回しましょうか」
「我はもう眠い。王妃も明日に備えてそろそろ寝た方がいいぞ」
「それもそうですね」
「送ってやるからな」
ハザークはさっさとゆりを瞬間移動させていたのだった。
それからゆりは眠りについて、朝を迎えたのだった。
ゆりと子供達が朝食を食べている頃、城の中にカールがやってきた。
カールはムサカに会いに来たのだが、ムサカは不在だった。通りすがりの侍女に聞いてみると、ムサカは昨晩は宿に泊まったらしい。
「どうして宿で？」
と聞くと、侍女は困った顔付きになった。
「わからないんですよ。実はムサカ様のお世話をしていた侍女が激しく落ち込んでいるんです。何か不手際でもあったのでしょうか」
「えー？ そんなことはないと思いますが、なんでしたら私がムサカ様に聞いてみますよ」
「ありがとうございます。助かります」
（そうだ、とりあえずハインリヒ様に聞いてみようかな）
カールはハインリヒの部屋に行こうと思ったのだが、つい、階段を上ってゆりの部屋に足を向けていた。
（その前に王妃様に昨日の非礼をわびたほうがいいかな。そうだな）
などと自分にいいわけをしている。カールは昨日なぜ自分がゆりに迫ってしまったのか、また今日も同じ気持ちになってしまうのか、確かめたかったのだった。
ゆりは部屋にはいなかった。カールはなぜかほっとする気持ちになり、くるりと振り向くと、廊下を歩いてくるゆりに出会った。
「おはよう。カール君」
「お、おはようございます」
ゆりはカールを見るなりまたもやラブラブな気を発動させていたので、カールは思わずのけぞっていた。そんなカールにゆりはぴたっとくっついていた。
「おはよう。いい天気ね〜」
といいつつゆりは迫りぎみである。目はギラギラである。
「あ、あの……」
「おーひ、何をやってるんですか？」
低い男の声が聞こえてきた。側にやってきたのはヴィラである。ヴィラはゆりを後ろに引いていたので、のけぞっていたカールは真っ赤な顔でそのまま廊下に尻餅をついていた。
「ごめんね。王妃は儀式の後遺症で男とみればだれかれかまわず上にのりたくなる病にかかっているんだ」
ヴィラは身も蓋もないことをずばりと言っていた。
「あ、そ、その……すいません。昨日私が変になってしまったので、ついまたなってしまうのか確かめたくなってしまって……」
カールは真面目に謝っている。
「昨日も誘惑したんですか？」
ヴィラはゆりを睨んでいる。
「つい……」
「ついじゃないですよ。君は王妃に免疫がないから早く行ったほうがいいよ。ごめんね」
ヴィラはゆりを引っ張って部屋の中に入れ、扉を閉めた。
「ヴィラひどい。あれじゃ私が痴女みたいじゃない」
といいつつ、ゆりはヴィラにひっついている。
「今の王妃は危険すぎますよ。男に会わないでくださいよ」
ヴィラはゆりにひっつかれていたが平然としていた。
「だってえ……」
「神の国で遊んだ後は絶対彼に会わないでくださいよ。ころっといってしまいますよ」
「ヴィラは平気そうね」
「これも慣れですね」
ジュノーとイシュタール、ミルキダス、シャナーン、ハインリヒがやってきた。
ゆりは男を一杯みて目を輝かせていたが、男達はゆりにメロメロではないようだ。やはりゆりに免疫ができているからだろう。それぞれゆりの事情は知っているようだ。
「今日の王妃はすごいけど、神の国で遊びまくった後の方がすごいかな？」
ジュノーは冷静に言っている。
「体がうずうずする。早く滝に行こうよ」
ゆりは欲望をこらえて言った。
「王妃、私は滝には行けないですが、応援してますからね。がんばってくださいね」
イシュタールはゆりの手を握りしめていた。
「うん。戻ったら一杯いちゃいちゃしようね」
「そうじゃないでしょ」
ヴィラに突っ込まれていた。
「ミカエル殿とフリット殿は先に滝に行ってますよ。王妃も準備をして行きましょう」
とジュノーが言った。
「うん」
ミラが入ってきて、ゆりの着替えやらタオルやらを持ってきた。
「王妃様、がんばってくださいね」
「うん。がんばってくるわ」
「誰かその滝の場所知ってる？」
ハインリヒが他の男達に聞いた。
「昨日行ってきました。私行けますよ」
とヴィラ。
「そう、じゃ、頼む」
部屋にラクシュミがやってきた。
「ゆり、気をつけるんだぞ」
「王様〜」
ゆりはラクシュミにひっついていきそうになっていたが男達に戻されていた。
ミルキダスはミラから荷物が入った袋を受け取り、イシュタールとミラ、ラクシュミを残して移動したのだった。
３度目の瞬間移動で、水が激しく流れる音が聞こえてきた。
滝に打たれる。
ゆりは頭の中で、お坊さんが修行か何かで滝に打たれている姿を想像していたのだが、目の前の滝は想像を遙かに超えていた。
50メートルはあろうという高さから、真っ逆さまに真っ白な濁流が流れ落ちている。水面には水煙があがり、滝に近づくのも危なそうである。
明らかにお坊さんの修行レベルの滝ではない。この滝に打たれるとしたら、とんでもない荒行である。
ゆりはぽかんと口を開けていた。
男達もしーんとしている。森の中、水が流れる激しい音だけが響いていた。
ゆり達に気づいてミカエルとフリットがやってきた。
「王妃、これがその滝ですよ」
滝の音がうるさかったので、ミカエルは大きめの声で言った。
「あのー滝に打たれるってどういうことなんですか？」
シャナーンが聞いた。
「滝の水を浴びるってことだよな」
とジュノー。
「ちなみに、ここは例の遺跡にわりと近い方向にあるんですよ。森の中すぎるので、釣り人も近づかない場所なんです、熊もいますし」
ヴィラが皆に説明した。
「あの水が神聖なんでしょうか？」
ミルキダスが聞いた。滝の音がうるさいので、皆声は大きめである。
「それならば、あの水をかけるだけで良いのでは？」
「そう思って、桶とたらいを用意しておきました」
滝から離れたところに、大きい桶とたらいが5個置いてあった。
「それでもいいのかな？ でも確かに、あの滝の下に行ったら死ぬかもしれないしねえ」
とゆり。あの水の勢いでは、多分ではなく、確実に死にそうだ。
ゆりは大きな布で体を隠してもらって服を脱いで、白い下着だけになった。下着といっても、病人が着るような横で縛るタイプの作務衣のような下着で、下もショーツの上にひざまでの
白いズボン状のものをはいている。
「よし、がんばる」
「がんばってください」
ゆりは大きなたらいの中に入って正座をし、男達は桶に滝の水をくんできて、ゆりの頭の上から水をかけていた。
滝の水は冷たく、ゆりは体をびくつかせていた。
「ああ、王妃、かわいそうに」
シャナーンは心痛な面持ちである。
「夏でよかったなあ」
ジュノーが言った。
「本当だよ」
とヴィラ。
ゆりはミカエルとフリットから交互に水をかけられた。
「王妃、何か変わりました？」
ミカエルがゆりに聞いた。
「うーん、変わったかな？ ううん、きっと変わったわ」
「本当ですか？」
「シャナーン、王妃にひっついてみて」
ヴィラが言い、シャナーンはゆりの側に寄った。
ゆりはシャナーンにぴったりひっつこうとしている。
「だめだな」
ヴィラが冷たく言った。
「やはり直接滝の水を浴びないとだめなのかな？」
とジュノー。
「それは危険すぎます」
ミルキダスが言った。
ゆりはシャナーンに顔を近づけてちゅーっとキスしだした。
ミカエルはゆりからシャナーンを引き剥がし、男達は皆困った顔付きになっていた。
「あのー無理にこんなことしなくてもいいのではないですか？ 我々以外王妃に近づかなければいいんだし」
ミルキダスが言った。
「まあ確かに、前回王妃が大変だった時と比べると、たいしたことないような気もするな」
ジュノーが言った。
「でも、毎晩やりまくりたくなっちゃうんだもん」
とゆり。
「我々とやりまくればいいじゃないですか」
ミカエルが言った。
「ほんと、そうですよ」
とハインリヒ。
「儀式があったのに元気ですねえ」
ヴィラはミカエルとハインリヒに感心している。
「普通に戻りたいの。王様も困るだろうし」
「うーん、こうなったら、王妃をダッコして、滝の近くまで行ってちょっとだけ水を浴びてみるか？」
フリットが悩みながら言った。
「そうするしかないですかねえ」
ヴィラが言っていると、真っ先にシャナーンが手を挙げていた。
「私がします。ぜったいに私がします」
譲りそうになかったので、男達は、「じゃ、頼む」とシャナーンに任せることにした。
シャナーンは上着を脱いでゆりを抱きしめたまま滝の下方近くまで飛んで行った。近づけば近づくほど、滝の音が激しく聞こえてくるし、水しぶきも飛んでいる。
「遠くから見ると綺麗な滝なんだけどねえ。近くで見ると怖い」
シャナーンはそろそろと滝に近づき、滝の水が当たるすんでの所で止まっていた。ここでもすでに水しぶきで二人はびしょびしょである。
「王妃、大丈夫ですか？」
「もう少し平気よ」
「そうですか？ 大丈夫かな？」
ミカエルとフリットが近くに飛んできた。
「力で水の量を調整しよう」
フリットが言って、二人は激しく流れ落ちる水を遮りつつ、負担がかからない量の水が二人にかかるようにした。
「つめた」
シャナーンはゆりをぎゅっと抱きしめている。二人の上から水がだばだばかかっている。
と思ったら、シャナーンとゆりの姿がふっと消えてしまった。
「え？」
「あれ？」
ミカエルとフリットはあたりをきょろきょろ見回している。二人は下に落ちた感じもなかった。
「どうしたんですか？」
男達が飛んできた。
「二人が消えた」
「えー？」
「どこかに移動したんじゃないか？」
ハインリヒとミルキダスはあたりを探している。
「王妃！ シャナーン！」
男達は思念で問いかけてみたりもしたが、シャナーンからの返答はなかった。
「下に落ちていないでしょうね？」
ヴィラは思わず滝壺を探したが、二人の姿はない。
「下には落ちなかったが……ふっと消えたから瞬間移動だと思う」
「一体どこに行ったんだ？」
「王妃！」
「シャナーン！」
男達は二人の姿を探して飛び回ったのだった。
その時ゆりはどこか別の場所にいた。目を覚ますと辺りは薄暗い。
「ここはどこ？ あ！」
周りは土で囲まれた場所であるが、あたりは真っ暗ではない。壁に光るコケのようなものが生えているせいだろう。洞窟か何かのようだが、結構な広さがあった。ゆりは水で濡れていたので、
背中は土がついてどろだらけだった。横にいたのは背が高い男だったが、透けている。幽霊か何かのようだ。ゆりはその顔に覚えがあった。
金色の吊り目、気品のある顔立ち、金に銀が混じった長い髪、金と銀のしましま蛇のお兄ちゃんに似ているではないか。
「あれ？ お兄ちゃん？」
ゆりはつい聞いていた。
そして横で寝ているシャナーンに気づいた。
「シャナーン、大丈夫？」
ゆりがシャナーンの体に触れると、シャナーンが目を覚ました。だがシャナーンの様子が違う。目がいつもよりもつりあがってみえる。シャナーンはむくりと起き上がった。
「娘、ここは神聖な場所だ。大の大人がこのような場所で遊んで良いところではないのだ。わかったらもう二度とここで遊んではならんぞ」
シャナーンは座り、ゆりに真面目に説教していた。
「あのー……あ、もしかしてさっきのお兄ちゃんですか？」
どう見てもシャナーンではないようだ。それに先ほどの霊はいなくなっていた。
「わしはそなたの兄ではないが」
「私に入ってくれた蛇霊神の蛇様にそっくりなんですが」
「ん？ おお！ そう言われれば、一人入っておるのう。蛇霊神が入っているということは、そなたは王妃か？ 随分姿が変わった女が産まれるようになったのだなあ」
男は珍しげにゆりをじろじろ眺めている。
「そのお兄ちゃんに言われてここに来たんですよ。滝に打たれたら普通に戻るって。私儀式の後遺症で男といちゃいちゃしたい病にかかってるんです」
「儀式？ ああ、妹が来たのか？ 随分と久しぶりだな。かなり昔にもそのようなことがあった。ということは、そなたは巫女でもあるのか？ ほー？」
男はまだゆりをじろじろ眺めていた。
「そうなんです。私は巫女で、儀式をして、あなたの妹さんが来て、お兄ちゃん蛇がやってきたんです。そのお兄ちゃんは、儀式の後困ったことがあったらこの滝に打たれるといいって
教えてくれたんですよ」
「なるほど。合点がいった。滝に打たれるのはなかなか難しいぞ。違う方法を教えてやろう。まず、一人で滝壺の上で浮いて、意識を集中させる。すると滝からそなたの淫の気をもとめて大蛇が降り
てくる。その蛇がそなたをぐるぐる巻きにして淫の気を持っていく。そうすればそなたから淫の気は消えるだろう」
「はあ……」
ゆりは半ばぽかんとして返事をしていた。
「なかなかの淫の気だから、蛇はすぐに来ると思うぞ」
「思っていたのとはかなり違うんですね。大蛇ってどんな蛇が降りてくるんですか？」
「蛇霊神のようなものだ」
「あのー私魔法力が薄くてですねえ。あそこに浮くってのが難しいんですが……」
「王妃だろう？」
「王妃なんですけど、私はわけあり王妃でして……誰かに手伝ってもらわないと無理なんです。それに、男がいた方が淫の気が出やすいと思うんですが」
「うーん、まあ仕方ない。ならそうしてみるといい」
「ありがとうございます。ついでに見守っていてほしいんですけど」
「教えてやるだけではいかんのか？」
男は片眉を動かしている。
「お願いします。こうなったのも妹さんが私に来たせいなんですから。ね」
ゆりはかわいらしげに言ってみた。
「そのおかげでいい蛇霊神が来たではないか」
「お兄ちゃん、お願いします」
「……仕方ないのう……」
男は結構親切な蛇らしい。
二人が滝の横の石場にぱっと出てきたので、二人を探していた男達はまたもや驚いていた。
「王妃、一体どこにいたんですか！ シャナーン、返事くらいしろ！」
ミカエルが怒ってシャナーンに顔を寄せている。
「今、シャナーンには蛇様の霊がついてるの。蛇様に滝に打たれる方法を教えてもらったの」
ゆりがあわてて間に入った。
「ええー？」
「よくみると、確かにシャナーンの顔つきが違う」
ジュノーが言った。
「さっきは私達、どこにいたんですか？」
ゆりが男に聞いた。
「あの滝の裏に、隠れて洞窟がある。……おぬしら奇妙だのう。特におぬし」
男はハインリヒを指している。ハインリヒは目をぱちくりさせている。
「まあいい。だれとあそこに行くのだ？」
男はゆりを見た。
「だれでもいいんですか？」
「この男以外なら」
男はハインリヒを除外していた。
「どうして私はだめなんですか？」
ハインリヒが聞いた。
「蛇の血が一番濃いから。お前の気は邪魔になる。そのほかは似たり寄ったりだからだれでもいい」
「王妃、一体何をする気なんですか？」
ミカエルに聞かれて、ゆりが説明した。
「滝壺の上で意識を集中させていたら、滝から蛇が降りてくるんだって。その蛇に淫気をもっていってもらうの」
「滝に打たれるって、そういうことだったんですか？」
ヴィラが男に聞いた。
「普通に一人で滝に打たれても良いが。その場合一時間ほどは滝の中にいなければならない。魔法力が高くないと無理であろう？」
「無理ですね。じゃあミカエル、一緒に来て」
ゆりはミカエルを指名した。
「わかりました。私はどうしたらいいんですか？」
「とりあえず滝の近くで浮いていたらいいみたい。ミカエルにひっついて浮いてみる」
「よいか。蛇がやってきても、驚かず、あらがわず、じっとしているのだぞ」
「はい」
ミカエルはゆりを抱きしめて飛んで行った。
他の者達は、滝から離れた所で二人を見守っている。
「どんな蛇が来るんだろうな」
「どきどきするな」
ヴィラとジュノーは、滝からどんな蛇が降りてくるのか、わくわくしながらもゆりを心配していた。
「あの、あなた様は蛇霊神ってことですよね。しかも、力がすごくお強い」
ハインリヒが男に聞いた。
「まあ、そうだな」
男は腕を組んでいる。
「この近くにあるアヴィールの遺跡のこと、何かご存じですか？ 始祖様がたの名前が知りたいんですが」
ハインリヒはゆりのことも気になったが、大物蛇様と聞いたら聞かずにはいられなかった。
「アヴィールの遺跡？ ああ、あの遺跡か。いまだ謎のままのようだな」
男はやはり遺跡のことを知っているようなので、ハインリヒの目が輝いていた。
「遺跡の謎を解きたいんです」
「解明されていないのなら、今はまだ必要がないということだろう。それに始祖の名前はおいそれと口には出せないのだ、いずれその時がくれば、わかるようになるだろう」
「私が生きている間に謎を知りたいんですが……」
「始祖の名前を言うのを許されているのは、『導き手』だけだ。謎のままの方がよいではないか。あそこが暴かれるということは、それだけこの国がだめになっているということだぞ？
まあ、今でも結構廃れてはきているがな」
「そう言われればそうですが……導き手って人に会いたいと思っても会えないですよね」
「無理だろうな。今はどこにいるのやら、いるのかいないのかさえ、わしにもわからん」
「あ！見てください。あれ！」
ミルキダスが声があげた。滝の上から、何かが降りてくるのが見える。
「あ！」
「うわ！」
滝の近くに浮いていたミカエルとゆりもそれに気づいた。蛇の形をした水の塊が滝からするりと落ちてきた。かなり大きな蛇である。
「でかっ！」
「すごい！」
男達は驚きの声をあげ、ゆりとミカエルは緊張していた。ミカエルの顔はさすがに青くなっている。
「きたきた！」
ミカエルはゆりを抱きしめる手に力を込めている。
「ぐるぐるまかれる！？」
「王妃、目を閉じて」
「うん」
ゆりはミカエルに抱きついて脅えていたが、大きな水の蛇は滝の途中からジャンプして、大きな口を開けて二人を飲み込んでしまった。
「げっ」
「うわっ！」
「王妃！」
蛇は二人を飲み込んでそのまま下に抜けて、滝壺の中に消えて行った。
男達があわてて二人に近づき、二人を陸地に連れてきた。
「ねえ、今何された？ ぐるぐるまかれた？」
ゆりが男達に聞いた。ゆりは目を閉じていたので、何をされたのかわからなかった。一方ミカエルは呆然とした表情である。
「蛇に飲み込まれてましたよ」
「ええー？」
二人ともびっしょりである。
「あーびっくりしたー」
ミカエルは顔を振るっている。
「まさかああ来るとは思わなかった。いやー驚いた」
「よく逃げなかったな」
フリットは笑っている。
「だが怖かった」
「ぐるぐる巻きじゃなかったな。まあ、これで普通に戻るだろう」
シャナーンに入った男が言った。
「あの、ここに来たらあなたに会えますか？」
ハインリヒが男に聞いた。
「わしはいつもいるわけではない。この世のことは、生きている人間達でなんとかしてくれ」
「そうですか」
「ではわしは行くぞ」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ゆりと男達は次々と男にお礼を言った。シャナーンの体がふらつき、フリットが支えていた。
ゆりは水浸しの服を着替えて、男達と城に帰った。城についたらシャナーンは目を覚ましていたが、体をのっとられていた時の記憶はなく、体調も悪かったので、
フリットがシャナーンを屋敷まで送っていった。ミカエルは服を着替えに帰り、また城に戻ってきた。
「王妃、無事でしたか」
イシュタールが城に飛んできていた。
「今日は貴重な体験ができましたね」
ヴィラの言葉にジュノーはうなずいていた。
「あのでかい蛇はすごかったなあ」
「私は王妃と蛇に食われた。蛇の中にいる時は、なんだかむにゅってした。むにゅむにゅって」
「確かに、むにゅってしたかも」
とゆり。
「シャナーンはうらやましがるだろうなあ」
ジュノーが言った。
「今度自慢する」
「やめてください」
ミカエルにヴィラがたしなめていた。
「王妃についている蛇霊神様は話はできないんですかねえ」
ハインリヒが聞いた。
「昔の話、いろいろ聞きたいなあ」
「さあ、どうなんだろうね。今日も出てこなかったし、人に入るともう無理なのかも？ 私の夢では会ったりできるのかもしれないけど」
「我々の知らないことがまだまだたくさんありますね。遺跡のこと、もっと何か知ってそうだし」
ハインリヒはどうしても遺跡が気になるらしい。
「仕方ない。ディーンさんにもっと聞いてみようかな」
「あの蛇様、ハインリヒ殿は特に奇妙だって言ってましたね」
ジュノーがそれを思い出していた。
「やっぱり父に蛇様が来たのが関係しているのかな？」
「我々のことも奇妙だっておっしゃってましたよ。肌の蛇のことで言ったのかな？ それとも子蛇かな？」」
とミルキダスは首をかしげている。
それは男達にも分からなかった。
ゆりは滝でのことをラクシュミに報告し、今回のことは終わった。
「そうだ、ムサカ殿のことなんだが」
ラクシュミが突然ムサカの話をしだして、ゆりはどきりとした。
「昨晩城を出て宿に泊まられたそうなんだ。何かが合わなかったのだろうか？ お前分からないか？」
「あ、えーと……さあ」
ゆりは首をかしげている。
「ムサカ殿の世話をしていた侍女もさっぱりわからないようなんだが、とりあえず侍女を代えようと思う」
「あ、違うわよ。侍女のせいじゃないわよ。実は私のせいです」
侍女がかわいそうだったので、ゆりは白状することにした。
「お前のせい？」
「実は……えーと、続きは休憩室でいいですか？」
番兵の耳には入れたくなかったので、ゆりはラクシュミと移動した。そしてムサカのことを話したのだった。
「はあ？ お前が誘惑した！？ 老人に何をしてるんだ！？」
「それが……」
ゆりの左目は蛇の目になっていた。
「実はムサカさん、若いのよ。ヴィクター将軍くらい。魔法で老人の姿になってるの。それで、私にむらむらして若くなっちゃったの！」
蛇の目のゆりは興奮して話し出した。
「は……はあ？」
ラクシュミはあんぐりと口を開けている。
「ウソだろう。どこからみても老人だぞ？」
「でも髪もふさふさだったわよ」
「まさか……」
「しかもハインリヒも知らないみたい」
「そんなことあるのか？ だが、確かに老人にしちゃ、気の力はすごいとは思ってたが……昔の人だからそうなのかと思ってた」
「魔法がとけたのがショックで外泊したんだと思う」
「はー……やれやれ」
「私が元に戻ったからもう大丈夫よ」
「しかし想像できないな」
ラクシュミはムサカが若い姿を想像しているようだ。
「髪ふさふさだよ」
「わざわざ老人にならなくてもいいのに」
「若かったら女が寄ってきてしょうがないね」
「お前はもう寄るんじゃないぞ」
「はーい」
「若いのか……」
ラクシュミはちょっとうれしそうだった。
こうしてゆりは儀式の後遺症から解放された。滝での話を聞いたラギは「自分も水の蛇が見たかった」と残念がっていた。
「どうして僕を誘ってくれないんだよー」
「何が起こるかわからなかったんだもん」
とゆり。
「僕も見たかったな」
ロイが言った。
「水の蛇ならカーライル様のお仲間じゃない？」
ナナミはこんな想像をしていた。
「パパの仲間じゃない？」
ミシェイラが言っている。
「蛇霊神に食べられるなんて、いいなあ」
ラギは本気でうらやましがっていたので、シスが「いいかな？」と首をかしげていた。
ゆりはその晩、一人爽やかーに眠りについたのだった。
すると、神の国に来てしまった。
（せっかくすっきりしたのに来ちゃった）
ガーベラがいたのは雲の上の神殿にある、女神達のサロンである。
テーブルの上にはいろいろな小瓶が並んでいて、他の女神達がその小瓶を手にとってあーでもないこーでもないと話している。
「私、これをいただくわ」
「私はこっち」
いい匂いがしていることから、小瓶は香油か何かのようだ。
「どうぞどうぞ。私ちょっと行ってもいい？」
ゆりが言うと、女神達は「どうぞ」と言っていたので、ゆりはそそくさとサロンを出て行った。
（そういえばクーガ様のこと何も考えてないわ。アシュラン様には今は会いたくない。さっさとどこかに行こう。どこに行こうかなあ）
ゆりの脳裏にハロルドやラーズの顔が浮かんでいたが、今日いちゃいちゃするのはさすがにまずい。
（ラーズにはこの前の話を聞きたいけどーでも、いちゃいちゃパターンになりそうだし、ハロルドは絶対そうなるし、あの時生れた鳥さんはどうなったんだろう？
サラディンのとこの双子も気になるけどー）
ゆりは神殿の中の廊下を早足で移動して雲の上に出た。
雲の上に飛んできた金色の鳥がいた。鷹のような大きさの鳥である。
「ピロロロ」
続いて白い鳥も飛んできた。こちらはシロである。
「あ、あれ？ もしかして……」
二匹の鳥は飛びながら神殿の中に入って行った。足に袋をつかんでいたようだ。
「もしかして……あの子があの時の？ 綺麗な鳥になったんだなあ……」
ゆりが感動していると、ペガサスが雲の上に飛んできて、ゆりはびびった。ハロルドがやってきたかと思ったら、乗っていたのはジェイクだった。
「あ、お母さん」
「ハロルドが来たかと思ったわ。びっくりしたー」
「お父さん？ お父さんなら来るよ」
「え？」
続いてペガサスがもう一頭雲の上に上がってきた。こちらは乗っていたのはハロルドである。
（げっ！）
「お、ガーベラ、会いたかったぞ」
ハロルドはペガサスから降りて、ニヤニヤしながらゆりに近づいて来た。
「こんにちはハロルド。今日は忙しい？ ざっんねん。ジェイク、お願い。下に降ろしてくれる？」
ゆりはジェイクに頼んでいた。
「え？ 僕？」
「大丈夫だガーベラ。今日は暇だ。来い」
ハロルドはゆりの手を引っ張っていた。
「えー？ ここに用があって来たんじゃないの？」
「お前の方が大事だぞ」
「えー！！」
ハロルドはゆりを軽々とペガサスに乗せていた。
「じゃあな、ジェイク」
「はい」
「もーあ、そうだ。今日は天気もいいし、ペガサスとたわむれて遊びたい。そうしましょう」
「いいぞ」
「やった」
ペガサスはペガサス牧場で降りたのだが、ペガサスは一頭もいなかった。
「あれ？」
「あ、そうだ。今日はアリアスが他に連れて行っているんだった」
「え？ そうなの？ 赤ちゃんはいる？」
「今はいない」
「えーもういい。この子と遊ぶ」
ゆりは自分が乗ってきたペガサスの頭をなでたが、ペガサスは鼻づらをあげて、ゆりをハロルドの所に押しやっていた。
「なんで？ 裏切り者！」
「いい子だろ？ さ、ガーベラ、別の遊びをしよう」
ハロルドはゆりの腰にがっちり手を回していた。
「えー！ 今日はちょっと。ちょっとーーーー」
ゆりは問答無用で建物の中に連れて行かれていたのだった。
次の日の朝、ゆりは食堂には来なかった。
「マーをよんでくる！」
ミシェイラがゆりの部屋に行って戻ってきた。
「見て見てー！」
ミシェイラは手にいっぱいピンクの花びらをもっている。
「マーのベッドお花いっぱいだよ！」
「レーちゃんもほしい！」
「いこいこ！」
ミシェイラとレーヌは移動した。
「……母様神の国に行ったのかな？」
シスが言った。
「だろうね。昨日滝に行ってきた意味あるのかな？」
ラギはぷっと吹き出している。
ミシェイラはラクシュミに花びらを見せに行ったので、ラクシュミも知ってしまった。
「ゆり、絶対今日は部屋から出るんじゃないぞ。だって」
ラギはラクシュミからの伝言をゆりに伝えに来た。
ゆりは自分の部屋で食事を食べている。
「ムサカ様とカールには会わないようにって言ってたよ」
「わかってる。昨日とは違って私はその気にはなってないのよ。私は」
ミシェイラとレーヌはテーブルの下に入り込んで花びらを拾っていた。
「男がその気になるからだめじゃん」
「ぶー」
一方ムサカは城に戻ってきていたので、ハインリヒがたずねていた。
「ムサカ様、もしかして、外泊の理由って女ですか？ 女でも買いに行ったんですか？」
ハインリヒは冗談交じりに聞いていた。
「そんなわけないじゃろう。街の様子が知りたくて外泊してみただけじゃ」
「本当ですかあ？ 怪しいなあ」
ハインリヒは怪しんでいる。
「ん？ そうか。わしに遊んで欲しいのか？ それならそうと早く言えばいいものを」
ムサカはにやりとして言い出した。
「そんなこと一言も言ってないですよ」
ハインリヒは逃げ腰である。
「遠慮せんでもいい。そうか。昔を思い出してわしと追いかけっこがしたいのか。ほれ、十数えたらおうぞ〜いーち、にー」
「まじですか。えー」
「さーん、しー」
ハインリヒは逃げていった。
「……じゅう。さーてどこまで逃げられたかのう？」
ムサカはすぐに移動した。
ハインリヒは北の砦まで逃げていた。
「全く困ったじいさんだ」
などと言っていると、ムサカが現れて、杖をハインリヒの背中に押し当てていた。
「ぎゃっ！」
杖からは軽い電流のようなものが流れて、ハインリヒはびりっと来て床に伏していた。ムサカはハインリヒの背中に座っている。
「たった５秒でつかまったぞ」
「くそじじいめ」
ハインリヒは小声でつぶやいた。
「は？ 聞こえんぞ」
「もー参りましたよ。なんでそう元気なんですか！」
「フォッフォッフォ」
ムサカはハインリヒの背中に座ったまま笑っていた。
その頃、ヴィラがゆりの部屋にやってくると、扉に張り紙がしてあった。
「王妃様注意報発令中、男性は近づかないでください。 なんだこれ」
ヴィラは張り紙を読んで扉を開けてみた。中にはゆりがいたが、部屋の中はなんだかいい匂いがする。ゆりの様子もなんだか違ってみえる。
「王妃……昨日滝に行った意味がないでしょ！」
ヴィラはすぐに察したらしい。
「みんな同じこと言わなくてもいいでしょ。今日は、私の方はその気になってないもん」
「相手がその気になるでしょ。カール君には近づかないでくださいよ」
「わかってるわよ。偶然会わなきゃ大丈夫よ。今日は部屋にこもるもん」
「全く……」
「かわりにシャナーンの様子を見てきてよ。大丈夫かな？」
「大丈夫みたいですよ。ザクート様の時よりは楽みたいです」
「よかった」
今日は天気がよかったが、仕方なくゆりは部屋にこもり、竪琴の練習をしたのだった。
そしてカールは、
「あれから王妃様のことが気になって仕方がない。どうしよう」
と一人もんもんとしていたのだった。
つづく
12部に戻る
目次