第１１話
アナスターシャが過去にやってきて一月が経った。過去の人達はアナスターシャを歓待し、アナスターシャも連日楽しんでいたが、そろそろ未来のお城が恋しくなっていた。
「あの地味な城が懐かしいわ。あー帰りたいなあ……もう一年くらいいる気分」
一月ほどでもうこの有様である。
「ヒヒーン」
「あの地味な料理も懐かしい。父様のお小言も聞きたくなってきた」
アナスターシャはプリモに向かって話しかけている。このおかしな模様の天馬も、この時代ではすっかり有名になった。アナスターシャはプリモに乗って草原をとことこ歩いている。
今近くにはだれもいなかった。アナスターシャの侍女は遠慮をして、離れた所でアナスターシャを見守っている。
アナスターシャとしては、寂しくなったらついハザークに会いたくなってしまうのだが、絶対ボロが出そうなので、今はあまりハザークに会いに行かないようにしていた。
こちらに来て初めてハザークに会ったときは、ハザークが同じ姿だったのでうれしかった。
アナスターシャはハザークには「初めまして」と挨拶している。一方ハザークは、「随分……」と何かを言いかけてやめてしまった。
きっと「随分弱そうだ」とでも言いたかったのだろう。
同じ人物なのに、相手はアナスターシャのことはまるで知らないのである。寂しいことである。
「ハザーク様も冷たいよねー。まあしょうがないけどさ」
プリモは時々翼を広げてバサバサしていた。プリモはいまだ大空高く飛ぶことはないが、その方が遠くに行かなくていいかもしれない。
「プリモはこっちの方が楽しい？ 広い所で遊べるもんね。私、このままここで修行して強くなれるのかなあ。元々の力の量が違うんだよね。私だってこの時代の人だったらすごかったんだろうなあ」
アナスターシャはぐちぐち言っている。この愚痴も、聞いてくれるのはプリモだけだ。
さすがに女王様やアゼルに言う気もなかった。
「まあ、考えてもしょうがないよね。やれることをやっていくしか……私に気を遣ってか、休みの日も作ってくれてるし」
今日は休日である。
アナスターシャを慕っているアゼルは、今日はお勉強のようだ。アゼルは最近アナスターシャに気を取られ過ぎて、お勉強の方は気もそぞろらしい。
とことこ歩いていたプリモが突然前足を上にあげていたので、アナスターシャはあわててプリモに掴まっていた。
「ヒヒーン、ヒヒーン！」
プリモは空に向かって前足をあげている。さらに翼を広げてせわしなく動き出した。
「何？ どうかしたの？」
「ヒヒーン！」
「プリモ、落ち着いてー」
「ヒヒン、ヒヒン」
プリモが辺りを回転していると、側に金色の輝きが降りてきて、アナスターシャはさらに驚いてプリモから落ちそうになっていた。
「うわっ！」
アナスターシャは何かに支えられて、地面に降りた。
「？？？」
「ヒヒーン、ヒヒーン」
プリモは金色の輝きに顔をすりすりしている。
「あ、あー！！！」
金色の輝きは人になった。金色の短髪、長身でたくましい体、鋭い青い瞳、少し日に焼けた肌、アナスターシャはこの人物をじかに見るのは初めてである。
「ハロルド様？」
顔は未来にある石像にそっくりである。
「珍しい天馬がいたんでつい見に来てしまった。私を知っているようだが、こんな天馬はいたかな？」
プリモはものすごくうれしそうにハロルドにすりすりしている。ハロルドはプリモのたてがみをなでていた。
アナスターシャはぽかーんとしてハロルドを眺めている。
（これが……これが母様にぞっこんなハロルド様かあ……）
などと思いながら。このハロルドはゆりのことも知らないだろうが、神様だけにこの時代も未来でも、姿は同じなはずである。
（ようやく会えたんだあ。まさか過去で会えるなんて思わなかったなあ）
アナスターシャはようやく生でハロルドを見ることができて、とてもうれしかった。しかも、未来では日常的に話に出ていたので、会ったことはない親戚にでも会えた気分である。
プリモはぐいぐいハロルドに迫っていたが、さすがハロルドはびくともしない。
「ハロルド様、私ハロルド様の信者です。信者にお言葉をください！」
力をあげてくれ、と言いたいのを堪えて、アナスターシャはハロルドに声をかけてみた。するとハロルドはアナスターシャに目を向けた。
アナスターシャはハロルドの青い瞳をじっと見つめた。
「心を強く持つがいい。そうすれば、おのずと道は開かれる」
ハロルドは神話の本にありそうな言葉をアナスターシャに述べていた。
「ありがとうございます」
アナスターシャは喜んでいたので、ハロルドは「うむ」などと言っていた。
「この天馬はいつからいるのだ？」
「最近ですよ」
「そうか。いつの間にか産まれていたのかな？ まあいい、それではな」
ハロルドはプリモの頭をなでなでして、金色の輝きに戻り、空に消えてしまった。
「さようならー」
「ヒヒーン！」
アナスターシャは空に手を振り、プリモは空に向かっていなないていたのだった。
ちょっとナーバスになっていたアナスターシャの心はハロルドに会えたおかげですっかり浮上していた。
さすが神様である。
「これぞ神様の力かしらん？ そうだ。ハロルド様に会えたことを誰かに自慢しよう。プリモ、帰ろう」
「ヒヒーン」
アナスターシャはご機嫌なプリモと一緒にお城に帰ったのだった。
７の月も半ばになった。神官クーガが来るのも明日である。
「あーどうしよう！ 何も考えられない！」
クーガにどう接すればいいのか、ゆりは多いに悩んでいるのだが、いい案が何も浮かばなかった。竪琴の方は練習したので賛美歌の演奏はばっちりのはずだ。
「大体、神様が何をしても無理だったものを、私がどうにかできるわけもないよね」
ハザークにも相談しようとしたが、ハザークにすれば、千年なんてたいしたことはないかもしれない。
「うーむ……うーん……考えたら眠くなるわ……」
ムサカは城に戻ってきたものの、あれからゆりの所にやってくることはなく、カールにも会っていなかった。ゆりは二人のことも気になっていたが、あの時のことを弁解すればするほど
変なことになりそうなので、そのままにしている。一方蛇様の霊に憑かれたシャナーンは元気になっているようだ。ザクート王の時に比べれば楽だったようである。
「やっぱりハザーク様にちょっと話してみようかなあ」
ゆりは部屋を出て行き、ハザークの部屋を訪ねた。すると部屋の中にはディーンがいて、ディーンはゆりを見ると、明らかにびびっていた。
「や、やあゆりちゃん、元気？ それじゃね」
ディーンはゆりを見ると逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「ディーンさん、どうかしたんですか？」
ゆりはハザークに聞いた。
「王妃に入った蛇霊神がいるだろ？ ディーンに魔法をかけたのは、その蛇か、兄弟らしいぞ」
ハザークが答えた。
「えー？ 魔法使いって言ってたから人かと思ってましたが」
「人じゃなかったようだ。すごい魔力の持ち主だな」
「お兄ちゃん蛇さん達、結構いい人達でしたけどねえ」
「ディーンが悪いことをしたんだろ」
ゆりはハザークの真横に座った。
「ハザーク様に聞きたい事があるんですが、1000歳くらいの時って何を考えてました？」
ゆりは真面目な顔で聞いた。
「1000歳？ うーん、忘れた」
「じゃあ5000歳くらいの時はどうですか？」
「忘れたなあ」
「人のように老いたいって思います？」
「別に思わないな」
「そうですか」
「パパーおべんきょしよー」
ミシェイラとレーヌが部屋に入ってきたので話はそれっきりになった。
「ミシェイラはいっぱい文字がかけるようになったんだぞ」
ハザークは自慢げである。
「すごいね。レーヌも習ってるの？」
「うん」
「ケッカイしながら書くもんね」
ミシェイラは結界を張りながら文字の練習をしていた。
（ミシェイラは今年何歳だっけ。えーと、９歳？ もう９歳になるんだ？）
ミシェイラは成長がゆっくりめなので、まだ５歳くらいでもよさそうなほどだった。
「ミシェイラは来年１０歳だね」
「うん。10！」
「盛大にお祝いしような」
ハザークがうれしそうに言うと、ミシェイラは大きな声で「うん！」とうなずいていた。
「過去のアナスターシャは元気にやってるかなあ。そろそろハザーク様に泣きついていると思うんですが」
「さあ、どうだろうな。過去の我は、子どもの相手などしなかったと思うが」
「アナスターシャのこと何か思い出しました？」
「あまり覚えてない。散々我のところに行かないようにといわれていたから、あまり来なかったのかもな」
「フークスとかディランに泣きついているのかもしれないですねえ」
ゆりには容易にその場面が想像できた。
「がんばれー陽気さで乗り切れ〜」
ゆりは過去のアナスターシャに声援を送っている。
再び過去では、アナスターシャはハロルドに会えたことをみんなに話しまくっていた。
「えーハロルド様に会えたんですか？ 僕も行ったらよかったなあ」
話を聞いたアゼルは残念がった。
「ハロルド様、すごく貫禄があったよ。あの顔でイカとかカニとか持ってくるところをつい想像しちゃった」
「いいなあいいなあ。お母様にも話しましょう」
女王の間に行くと、女王の他にはディランもいた。アナスターシャがハロルドに出会ったことを話すと、二人とも驚いていた。
「なんと、よいのう。私も会ってみたかった」
女王もうらやましそうである。
「姫もゆり様と同じで神様に縁があるんですかねえ」
ディランが言った。
「私、未来でもハロルド様に会った事がなかったんだよ。だからすごくうれしくて。がんばれ、みたいなこと言ってもらっちゃった」
アナスターシャがすごくご機嫌だったので、みんな微笑んでいた。
「お姉様は他にどの神様に会ったことがあるんですか？」
アゼルが聞いた。
「最初はダーナ様、ダーナ様は母様が間違えて神の国から連れてきちゃったの。すごく綺麗で、父様も喜んでた。それから、虹が出たらよくラーズ様が城に来たりしてるよ。
ラーズ様も母様が大好きなんだよ。ラーズ様は派手派手でかっこいい神様。クーリーフンもたまに城に来るよ。妹のミシェイラはクーリーフンが大好きで、クーリーフンの置物とか部屋に
一杯あるの。ハロルド様は話を聞くだけでなかなか会えなくて、だからすごくうれしかった」
「楽しそうですねえ」
「いろんなことがあって楽しいよ。それじゃそろそろ行きますね。ディラン、行きましょう」
アナスターシャはアゼルではなくディランの手を引っ張っていったので、少し遅れてアゼルは「あれ？ なんで？」と反応していた。
「姫、私に何かご用ですか？」
ディランは王の間を出た所で聞いた。
「うん、そろそろ、私のこと娘として認識してきたかな？」
アナスターシャは笑顔で聞いていた。
「私は姫のことは娘のように愛しく思ってますよ。もちろん」
ディランは胸に手をあてて言った。
「もっとこう、心の底から『娘よ〜』って感じになってほしい」
「はあ」
「心の底から」
「心の底から思ってますよ」
ディランは微笑んで返したので、アナスターシャはにやりとした。
「じゃあ今夜一緒に寝ましょ」
アナスターシャがささやくように言ったのでディランは目をぱちくりさせて、やがて後ろに飛び退いていた。
「え？ な、何を言い出すんですか！？ だめですよ」
「親子が添い寝するのはおかしなことじゃないわよ」
アナスターシャは手を握りしめて力説している。
「い、一体どうしたんですか？」
「私寂しいの。だからパパと一緒に寝たい」
「いやいや、無理です。無理ですよ」
ディランはかなり動揺していた。そこにフークスが通りがかり、二人の側にやってきた。
「姫ったらまたディランばっかり。私ともお話しましょうよー」
「フークスのことは好きだけど、添い寝はディランとしたいの」
「え？ 添い寝！？」
フークスはディランを睨んでいる。ディランは手を横に振っていた。
「幼い姫をたぶらかすとはなんてことだ。君にはそういう趣味が！？」
「ないです！」
ディランはすぐに返答していた。
「姫、ちゃんと話してください。ただ寂しいならそうだ、陛下に添い寝を頼んだらどうですか？」
「緊張するからやだ。仕方ない。私の計画を話すわ。ちょっと私の部屋に来て」
３人はアナスターシャの部屋に行き、侍女を出した。そして、ディランと添い寝をしてナナミに会うというアナスターシャの計画を話したんだった。
「姫ったら、ナナミ様に会いたいだけだったんですね」
フークスはちょっと安心していた。
「そうなの。フークスじゃナナミに会えないでしょ？」
「たとえ私と添い寝しても、すぐに会える保証もないですよ」
「とりあえず一月ほど一緒に寝たら会えるんじゃない？」
アナスターシャは気楽に言っていたが、「え？ 一月？」とディランの表情はこわばっている。
「だめですよ。姫、大の大人が、血がつながってない少女と寝るなんて、いけないことなんですよ」
フークスが優しく言った。
「親子だから平気よー」
「本当の親子じゃないからだめです」
「私ミカエルとかヴィラと添い寝したことあるし」
「だめです」
「ぐすん」
アナスターシャは悲しげに唇をとがらせていた。
「ナナミ様よりもヴィラ殿の方が確率が高いと思いますが」
「別にヴィラには会いたくないけど」
アナスターシャはずばっと言っていた。
「そこまで言わなくても……」
「だってー」
「姫の気持ちも分かりますがねえ……この前みたいに陛下とアゼル様の３人で、というのならいいですが」
フークスが言った。
「３人でかあ……女王様と一緒だと緊張しちゃうのよね、私寝相が悪いから蹴飛ばすならディランにしたい」
フークスはぷっと笑っていた。
「でもさ、一緒に寝なくても夢がつながることもあるし、だから、ディラン、がんばって」
「はあ、そうですね。夢がつながればいいですね」
「あ、そうだ。また不思議なカードが手に入って褒美をもらえばいいんだ。二人とも、不思議なカードを見つけたらもってきてね」
アナスターシャは二人に頼んでいた。
結局アナスターシャはディランと添い寝はできそうになかった。
未来ではとうとう15日の朝が来た。ゆりはクーガのことをあれこれ考えていたが、城に聖地から手紙が飛んできたらしい。
「大事な用事があって今日は来られないようだ」
ラクシュミからこう聞かされて、ゆりはほっとした反面、ショックでもあった。
「神官様来られないんだ。なんだー」
ラギとシスは、残念そうである。
「何かあったら知らせてくださいと書いてあったが……」
「何もないわよ」
ゆりは即答した。
「せっかく竪琴の練習をしまくったのにね。せっかくだから父様に聞いてもらったらどうかな？」
シスが笑顔でゆりに提案したが、ゆりは、「いや、いい」とさっさと王の間を出て行った。
「母様上手に弾いてましたよ」
シスがラクシュミに言った。
ラクシュミは、前回緊張しまくったゆりの竪琴を聴いていただけに、「そうか」と答えただけだった。
ゆりは自分の部屋に戻りながらブツブツ言っている。
「今月だめってことは、あとクーガ様の誕生日までに会えるのは……５回？ ５回で説得〜？ 無理。まあ６回に増えても無理そうだけど……」
アシュランからのお願いだが、どうクーガを説得すればいいのかゆりにもいまださっぱりわからない。
ゆりは自分の部屋の扉を開けて、ジュノーと、そして見たことがあるもう一人の男がいるのに気づいてぶわっと涙を流していた。
椅子に座っていたのは人になったへびっちだったのだ。
「へびっち！ へびっちー！！」
ゆりは走り寄ってへびっちを抱きしめた。へびっちもゆりに抱きついている。
「今朝ようやく人になれたんですよ」
ジュノーがうれしそうに言った。
「へびっち、よかったよー侍女さんには会ったの？」
「会ってきましたよ。ハザーク様も泣きそうな顔をしてましたよ」
「元気になったの。よかったねえ。よかったねえ」
ゆりはへびっちの頭をなでなでした。
「みんなを呼んで来よう！」
ゆりはあわてていたので、自分で部屋を飛び出して行った。
久しぶりに人になったへびっちは、元気いっぱいというわけではないが、とにかくうれしそうだった。ここまで回復するのに随分かかったものである。
「よかった。ほっとした」
ジュノーが言うと、へびっちは泣き真似をしていた。
「ああ、泣いた泣いた」
というと、へびっちはうれしそうににやりとしている。
「まあよかった。来年の赤い月、お前に体を乗っとられるんじゃないかと本気でびびってた」
ジュノーが本気でほっとしていると、へびっちはジュノーの肩をとんとんとたたいて、なにやらジェスチャーをしていた。
「10日のうち、半分はお願い？ 冗談だろ。来年の赤い月まで元気になるって。そう言わずにお願い？ いや無理」
というとへびっちは頬を膨らませている。どうやらジェスチャーの意味はあってるらしい。
「今はまだ夏だ。来年の赤い月まで元気になるって。ならなかったらお願い？ その時はヴィラの体を勝手に乗っ取れ」
ジュノーが物騒なことを言っていると、子供達と一緒にヴィラがやってきた。
「今私の名前を聞いたような気が」
「気のせいだ」
へびっちを見た子供達の目が輝いている。
「へびっち！」
「へびっちーよかったね」
子供達はへびっちに近づいてきた。
「これで遊べるね」
「わーい！」
「今日はお祝いね！」
蛇の目のゆりがうれしそうに言った。
にこにこしていたへびっちは、やがてどろんと蛇に変わってしまい、ジュノーの中に戻った。
「まだ長時間は無理なのかもね」
ゆりが言った。
「でも久々にへびっちの姿が見られてうれしいよ」
「本当だね」
「アーねえにも教えたいなあ」
ナナミは「アーねえ、へびっちが人になったよー」と宙に向かって叫んでいた。
「過去の皆さんも知れば喜ぶでしょうね」
とヴィラ。
「そうね」
「あ、王様にも知らせなきゃ」
蛇の目のゆりは王の間まで飛んで行った。
ジュノーはこっそりとヴィラに、「へびっちがお前に大事な用があるって言ってたぞ」と言っていた。
「何の用だ？」
「さあ、私にはわからんが、お前にしかできない用らしいぞ」
「？ 夢で過去のみんなに自分の無事を伝えたいとかかな？」
ヴィラはそう思っていた。
今宵は城の広間にて、へびっちが人になれたお祝いパーティーが盛大に開かれた。ムサカやカールもやってきた。ムサカもとても喜んでいた。
そして去年、一緒に過去に行ったカーライルもやってきている。
カーライルは話を聞いて涙ぐんだほどだった。人になったへびっちを見に来たが、へびっちはジュノーから出てこなかった。昼間出て疲れたのかもしれない。
「まあ、よかった。これでほっとしたな」
「本当ですな。女王も喜ぶことでしょう。本当によかった」
ムサカは女王の出産に立ち会っていただけに、感激もひとしおだったようだ。へびっちが外に出ていないので、皆ジュノーに「よかったよかった」と言っている。
ミカエル達も「よかった」を連発していたが、イシュタールはほっとするあまりに泣いていた。それを見てミルキダスはもらい泣きしている。
「へびっち、がんばったなあ」
イシュタールはジュノーの頭をなでなでしていた。
「えらいえらい」
広間の入り口近くに白い髪の女性達がやってきた。ハザークの侍女達である。
「僕達が呼んだんだ。侍女さんたち、どうぞどうぞ」
ラギとシスが侍女達を招き入れた。一緒にハザークも来ていた。
ハザークの手には緑の蛇がいた。
「あ、ロンロンもきたの？」
ミシェイラがロンロンをなでなでしに行った。ロンロンは侍女が産んだ卵の一匹、へびっちの子ども蛇である。
「ロンロンも大きくなったわね」
ゆりもハザークの側に行き、ロンロンを眺めた。ロンロンはちゃんと大きくなっている。どこまで大きくなるか楽しみである。
カールがちらちらとゆりを見ていたことにカーライルが気づいた。
「王妃と何かあったのか？」
「え？ な、何もないですよ」
カールはどぎまぎして答えている。
カーライルはカールの肩にぽんと手をのせた。
「王妃はやめとけ。おかしなことに巻き込まれるだけだからな」
「えー、私は別に……」
といいつつカールの頬はちょっと赤くなっていた。
聖地にて、昼間、ある家の周りに人々が10人ほど集まっていた。家の中には神官クーガの姿もあった。
顔見知りの老女が亡くなったのである。クーガはその女性を看取るために、蛇の国に行かなかったのだった。
ベッドで眠る女性の表情は穏やかだった。朝になったら目を覚ましそうなほどである。
泣いている女の子はクーガの服を握りしめていた。
「ありがとうございます。クーガ様に看取っていただいて、おばあちゃんも喜んでいるでしょう」
老女の娘がクーガにお礼を言った。
「おばあちゃんはどこに行っちゃったの？」
女の子が聞いた。
「安らぎの国へ。ノーマさんの魂はしばらく眠りにつくんだよ」
クーガが答えた。
「眠ったままなの？」
「いずれは、再びこの世に戻ってくるよ」
「じゃあまた会える？」
「運が良ければ会えるかもしれないね」
クーガは女の子の頭をなでた。
「では、私はこれで」
クーガは立ち上がった。
「おばあちゃんから、クーガ様への手紙です」
クーガは手紙を受け取り、礼をしてその家を去った。
海岸近くにある岬にて、クーガは先ほど受け取った手紙を開いていた。潮風は暖かい。海上を白い大きな鳥が飛び交っていた。
『 クーガ様へ おかげさまで楽しい人生でした。
今でもあの青春の日々が懐かしく思い出されます。クーガ様には迷惑だったかもしれませんが、あの頃は本当にクーガ様のことが好きでしたよ。
クーガ様はあの時おっしゃいましたね。「私は、一生異性を愛することはありません』と。
若い頃は、クーガ様のあのお言葉、正直うれしいと感じておりました。だって、クーガ様が他の誰かを愛するなんて嫌でしたからね。でも、今になってみると、
その感情は私のわがままだと思えてきました。できることなら、クーガ様も誰かを愛してほしい。幸せだと感じてほしいです。
人を愛すると、世界が変わって見えるものですから。 そう思いながらも、再びこの世に生を受けて、また今のままのクーガ様に会えたらいいな、などと思ってしまう
自分もいます。女というのは、何歳になってもわがままなものですね。
追伸 今の私ではなく、若い頃の私の姿だけを覚えていてくださいね。 ノーマ』
クーガは手紙を読んでつい微笑んでいた。クーガの脳裏には、若い女性の姿が浮かんでいた。
「ノーマさん……若い頃のあなたには毎日『好き』と言われて困惑しましたが、今でもはっきりと覚えてますよ。あなたは元気ではつらつとして、かわいらしいお嬢さんでしたね。
私がこうでなかったならば……違っていたのかもしれない」
若い女性の情熱を、クーガは受け止めることはできなかった。ノーマだけではなく、どの女性の好意を受け入れることも、クーガにはできなかった。
その女性との未来を想像することはできなかった。
「クーガ様−」
と上から子どもの声が聞こえてきた。近くを見上げると、白い灯台の上の方に子供達がいてこちらに手を振っていた。
「気持ちいいよーおいでよー」
クーガは瞬間移動で上まで移動した。３人の子どもは、神官の子供達だった。顔見知りである。
「ノーマさんが亡くなったよ。後でお別れを言うんだよ」
「うん。お母さんに思念で聞いたよ。ここでさよならって言ってた」
「もうノーマさんの料理、食べられないね」
一人が残念そうに言った。
「そうだね」
「知ってる？ ノーマさん、クーガ様の好きな料理ばっかり持って行ってたんだよ」
男の子が言った。
「知ってたよ」
「クーガ様も悲しんでる？」
「悲しいよ」
「よかった。おばあちゃんも喜んでるね」
「ノーマさん、クーガ様がめちゃ好きだったからね」
「死んだ旦那さんはクーガ様の次に好きだったって言ってたよ」
クーガはちょっと困った顔付きである。
「クーガ様はおじいちゃんにならないの？」
一番幼い子が聞いた。
「今の所はまだだね。いずれはなるよ」
クーガは答えた。
「そうなんだ」
「うちのお母ちゃんは、クーガ様は使命があるから長生きしてるんだって言ってたよ」
男の子が言った。
「使命か……どうだろうね」
「僕達ノーマさんに会ってくるね」
「送ろうか？」
「大丈夫だよ」
子供達は灯台を降りて行った。
「いずれはおじいちゃんにか……」
クーガはしばらく、灯台からキラキラ輝く海を眺めていたのだった。
つづく
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