第１２話
一人の男性が、長い金髪の女性に膝枕をされていた。女性は男性の頭をなでなでしている。女性は二人いた。
女性は二人ともよく似ていた。長い金髪の女性達である。
膝枕をされているのはどうやらへびっちのようだ。そして女性達は金蛇たちである。
（金蛇ちゃんたちだわ。結局、みんなの子どもはできなかったのかな？）
ゆりはその場面を見ていたものの、その場にはいなかったので、問いかけることはできなかった。みんなの子どもができていたとしたら、もう産まれてもいいだろう。
その兆候がないので、子蛇誕生は無理だったのかもしれない。
（へびっちうれしそう。金蛇たちにはちゃんと母親の自覚があるんだねえ）
ゆりはそんなことを思っていた。
目を閉じたまま手をもそもそ動かしていると、何かに触った。握ってみると人の手のようだ。
（昨日は王様とは……どうだっけ？）
ゆりが目を開けると、目の前で寝ていたのはジュノーだった。
（あれ？）
ジュノーが目を開けた。
「え？ あれ？」
ジュノーはゆりを見て、周りを見ている。
「えー？ いつ来たんでしたっけ？」
ジュノーは頭をかきながら体を起こした。
「さあ、私も全然気づかなかったよ」
「わかった。へびっちだ。へびっちのやつ、最近私の体を操る術を覚えたんですよ。きっと勝手にここにきたんですよ」
「そうなの？」
「困ったヤツだ。せっかくなんで抱っこ」
ジュノーは両手を広げてゆりを抱きしめた。
「へびっち、きっとお母さんに会いたかったのよ」
「そうなんですか？ そういえば、我々の蛇の子どもはできなかったんですかねえ。残念だなあ」
「残念だねえ」
神様からもらった力も薄れてきているようだ。その後ゆりは瞬間移動を試したが、できなくなっていた。
この日は雨だった。気温が高かく湿気も多かったので、ゆりは部屋でミラに団扇で扇いでもらっていた。
「あついーハインリヒが来ないかなあ」
「今日は暑いですねえ」
「もしくはカーライル様がひょっこり来ないかな」
部屋にナナミがやってきた。ナナミは木のおけを持ってきている。ナナミが近づくとひやっこい空気が流れてきた。
「母様わけてあげるよ」
「何？」
おけをのぞくと、中にはいろんな大きさの氷が大量に入っていた。中に花びらが入っている氷もある
「え？ 何？ どうしたの？ カーライル様？」
「ううん、カール君よ。カール君が作ってくれたの。すごいよねー水魔法得意なのはカーライル様の血筋なのかな」
「えー？ カール君が？ すごいね！」
ナナミは氷を半分ほど違うたらいに置いて去って行った。ゆりはしばらくたらいに顔を近づけて冷たい空気に触れていた。
「カール様、すごいですわねえ」
「すごいね。さすがカーライル様の血筋」
ゆりは我慢できなかったので、氷を口に入れていた。
「つめたーい」
「カール様を恋人にすれば、氷が食べ放題じゃないですか」
ミラが悪魔のささやきをした。
「氷が食べ放題？ いいかもーでもやめとこう。さすがにもうこれ以上は恋人関係が混乱する。なにせ若すぎるし」
「うふふ。ちまたでは、シャナーン様とカール様で王妃の取り合いがあるのでは、と期待されてますが」
「街の皆さんは毎度好き勝手想像してるなあ」
ゆりは苦笑していた。
「若いのもいいけど、おじさまもいいよね」
などと言い出したのは蛇の目のゆりである。
「経験豊富なおじさまにあれこれされたい」
「あらあら」
「なんてね。今日はムサカ様はまた子どもの相手をしてくれてるんでしょ？」
どうもこちらのゆりは、おじさまムサカの姿が忘れられないようだ。
「闘技場にいらっしゃるみたいですよ。最近、ロイ様は暑くても泳ぎに行く暇もないくらいですよ」
「そうなの？ ムサカ様、すごく相手してくれてるんだね」
「あのお年でお元気ですよねえ」
「ふふふ」
（言いたい。言いたくてたまらん！）
蛇の目のゆりは口元をむずむずさせていたのだった。
外は土砂降りだった。闘技場には屋根はないが、ムサカにロイ、ナナミ、ドルイド、そのほか大人間近の子供達も10人ほど集まって、共同で魔法を使っている。
戦士が日常的によくやっている、雨の日でもぬれないようにする保護魔法である。子供達はその魔法を、自分一人ではなく、ドーム状に作り、そのドームの中に全員が入っていた。
闘技場の隅っこの方で面白そうな顔で眺めているのはラギである。子供達を覆うドームは、最初は完璧にできていたが、しだいに怪しくなってきた。だんだん小さくなっている。
子供達の力の差が激しすぎるからである。そして最初に飛ばしすぎたロイも、30分も経つと力が抜けてきている。
子供達の側に立っているムサカは当然、雨の一粒も体に当たることはない。面白いことに、ムサカの頭の上には透明な傘のようなものがあって水をはじいていた。
「これ、いつまで続くのかなあ？」
子どもの一人がぼそっと言った。
「さあねえ」
とドルイド。
「じっとしてるだけじゃ飽きるね」
ロイが言った。
「僕もうそろそろ無理です」
子どもの一人が弱音を吐いていた。
「僕も」
「僕も、すいません」
「大丈夫。僕達でがんばるから」
シスが励ましたが、ロイが「僕ももう疲れた」と言い出した。
「えー？」
「最初飛ばしすぎたー」
「あと30分はがんばりましょうぞ」
ムサカに言われたが、ドームは子供達をぎりぎり覆うほどの大きさになっていた。一定の力を持続させ続けるというのは難しいものである。
一時間が経つ頃には子供達はへろへろになっていた。子供達の上には大きな透明な傘ができていた。
「よくがんばりましたな」
「いいなあ。僕もこういうのがいいな」
へたり込んだロイが言った。
「私も」
とナナミ。
「そのうち使えるようになりますぞ」
ムサカが言った。
ドルイドはぼんやりムサカを眺めている。昔のことでも思い出したのかもしれない。
『水の流れを止めようと思ってはいけない。他に流してやろうと思うことじゃ、その方が少ない魔力で魔法が使える』
ドルイドは昔、ムサカに言われたことを思い出していた。ムサカは若者達の教官ではなかったのだが、たまにふらっと現れては子供達に無茶な要求をしたりするので、
子供達に恐れられていた。
考え方次第で、少ない魔力で同じ効果がでる、という話である。長い間同じ魔法を使わねばならない時には、役に立つようだ。
過去の時代では皆力が強いからピンとこない話だったが、この時代ならば、少ない魔力でいかに魔法を使い続けるか、それはとても重要なことのように思えた。
「なんじゃ？ ドルイドはもっと遊んでほしいのか？」
ムサカがドルイドに聞いた。
「いえいえ」
「なんじゃ、最近のドルイドはつまらんのう。昔のようにもっと反抗してきたらどうじゃ？」
ムサカはにやっとして言っている。
（昔反抗的だったのはハインリヒですよー）
ドルイドはそう言いたかったが黙っていた。ドルイドはハインリヒについていっていただけだが、同じ仲間としてくくられていたのでそう思われていたのかもしれない。
「さて、今日はもう終わりですぞ。シス様、ロイ様、ナナミ様は明日また遊びましょう」
ロイは「やったあ」と言っていたが、他の子供達は「いいな」とは言わなかった。ムサカが言う遊びとは、普通の遊びではないに違いない。
「何をするんですか？」
ナナミが聞いた。
「なあに簡単な遊びですぞ。石探しです」
「石探し？」
「石探し……」
ドルイドがつぶやいた。何か思い出した顔である。
「ドルイドも明日城に来るように。特別に遊んでやろう」
「いえ、僕は……」
「ではわしはこれで。魔法をときますので、屋根があるところに行きなされ」
子供達は屋根がある所に移動して、ムサカは消えた。
「相変わらず人の話を聞かない方だ……」
ドルイドはぶつぶつ言っている。
「ドルイド君は石探し、どんな遊びか知ってる？」
ナナミがドルイドに聞いた。
「ムサカ様が石を隠して、それを見つける遊びです」
ドルイドが答えた。
「簡単そう！」
とロイ。
「……はあ、僕は遊んでくれなくていいのにーなんで転生してまでムサカ様に特訓をされるんだろう……」
ドルイドはぶつぶつ言っている。
「石を探したら終わるんでしょ？ 簡単じゃん」
ロイが言った。
「３人は簡単でしょうが、僕はどうかな……」
ドルイドはため息をつきつつ帰って行った。
雨は夕方には上がっていた。空には二重の虹ができていたので、ゆりはミシェイラとレーヌと一緒にベランダから虹を眺めた。
「二つもあるよ。きれいだねー」
「虹、なんでできるの？」
レーヌが聞いた。
「さあ、なんで？」
ミシェイラがゆりを見た。
「虹は神様が作ってるの」
ゆりはそうごまかしていた。子供達は「神様すごーい」と言っている。ベランダの横の方から派手な色彩のラーズがぬっとやってきてゆりはびっくりした。
「ラーズ様〜」
ゆりは両手を出したが、ラーズにぺしっとたたかれた。
「もー全然来てくれないんだから」
「会いたかったよーすっごく」
ゆりはあの謎の夜のことをラーズに聞きたかったが、子どもの前では聞きづらかった。
「おっちゃん、クーは？」
ミシェイラがラーズを見上げて言った。
「クーはいないけど、クーの羽をあげるよ」
ラーズは真っ白な羽を一枚ミシェイラに渡していた。
「わーありがとう！ おっちゃんありがとう！」
ミシェイラは飛び跳ねて喜んでいる。
「おにいちゃんって呼んでくれるとうれしいんだけど……」
「おにいちゃんありがとう！」
「ははは」
レーヌがじーとラーズを眺めていた。
「うーん、そっちの子には……これをあげよう」
ラーズは自分の手に結んでいた綺麗な紐で編んだ飾りを外して、レーヌの手につけてあげた。なんとも優しい神様である。
「わーい、おにいちゃんありがとう！」
レーヌは喜んでいた。
「よしよし」
レーヌはミシェイラとラーズのやりとりを聞いて学習したらしい。
「ありがとう。ラーズ様」
ゆりもお礼を言った。
「今度来た時には絶対会いに来ること」
「はーい」
ゆりは元気よく返事をしていたが、「君との約束はどうも信用できない」と言われてしまった。
「そんな、次は行きますう」
「待ってるからねー」
ラーズは飛んで行った。
「おにいちゃん、すごい髪だね。いいな」
黒髪のレーヌはうらやましそうな顔付きだった。
翌日は晴天だった。
シス、ラギ、ナナミ、ドルイドは城でムサカに会っている。
ムサカは子供達に石の塊を３つ見せていた。石にはそれぞれ、赤、黄色、青の丸がついている。
「わしがこれからこの石を王の結界の中に隠します。これを見つけてくだされ。簡単な遊びでしょう？」
「やっぱり簡単そう」
ロイが言った。
「ドルイド、お前の石はもう置いてきた。地図で言うと、ここらの森にある。探してこい」
ムサカは空中に地図を出して、城の左にある森を指さしていた。「森」、と一口で言っても、現場に行けばかなりの広さである。
（すげえざっくりしてる）
ドルイドはそう思いながら頬を引きつらせている。
「ドルイドはもう行っていいぞ。では３人の石をこれから隠してきますから、３人はちょっと待っててくだされ」
ムサカは消えた。
「あ、ムサカ様の気を探れば、どこに隠したかわかるんじゃない？」
ナナミがすぐに思いついていた。
「頭いい。探ってみよう」
シスも意識を集中してみた。が、
「あれ？ わからなくなっちゃった」
「僕も」
「あれえ？」
３人ともすぐにムサカを見失ってしまった。
「ムサカ様は自分の気を隠すこともできますから、そこはお見通しですよ」
ドルイドが言った。
「そうなんだ」
「じゃあ僕は行きますね。がんばって探してくださいね」
「うん。そっちもがんばってね」
「じゃあね」
「ばいばい」
「では」
ドルイドは消えた。
ムサカが部屋に戻ってきた。
「隠しましたぞ。日が暮れるまでに探してくだされ」
「はーい」
子供達は散っていった。
こうして３人の子供達の石探しが始まった。石は庭園、城、とにかく、ラクシュミの結界の範囲内にあるとのことである。
「絶対一番に探すぞ」
ロイは意気込んでまず、城の隅の部屋から石を探した。ナナミは庭園付近から、シスは正門があるあたりから探している。
その間、ムサカはザメハ、フレイと城の中でティータイムを楽しんでいた。
庭園に出たゆりは、何かを探しているナナミに出会った。
「何かなくしたの？」
「ムサカ様と遊んでるの。石を探してるの」
「へー」
「赤い○が書いてあるの。見つけたら教えてね」
「うん」
ナナミは花壇の辺りを探していたがなかったようだ。庭園を去って行った。
「宝探しみたいで楽しそうねえ」
ゆりはちょっとうらやましそうだ。
一方ロイは、あちこちの部屋を探して王の間にやってきた。ラクシュミは家臣から上半期の酒の売れ行きなどの報告を受けていたが、部屋の中をうろちょろしているロイが
目障りになっていた。
「おい、ロイ、何をしてるんだ？」
「捜し物だよ。父様、足をあげて」
「？」
ロイは床にはいつくばり、王の椅子の下をのぞきこんでいた。
「ないなあ」
「何を探してるんだ？」
「石だよ。青い○が書いてるんだ。ここにない？」
「ない。部屋から出ろ」
「はーい」
ロイは去って行った。
昼前、ラクシュミは王の間にやってきたフリットから、各砦の状況報告などを受けていた。するとナナミがやってきた。ナナミもロイと同じように部屋の中をうろうろしている。
「ナナミ様、どうかしたんですか？」
フリットが聞いた。
「ちょっと捜し物、あ、もしかして、父様足をあげて」
ナナミも王の椅子の下が気になったようだ。
「何もないぞ」
「いいからー」
ラクシュミはひょいと足をあげて、ナナミは椅子の下をのぞきこんでいた。
「ありがとう」
「石はここにはないぞ」
「絶対？ わかった」
ナナミは部屋を出て行った。
「石って何の石ですか？」
フリットが聞いた。
「ムサカ殿が子供達と遊んでるようだ。３人で探してる」
「へーそうなんですか。意外に地味な遊びをしていらっしゃるんですねえ」
フリットはそう思った。
午後になるとシスも王の間にやってきた。
「父様、すいませんが足をあげてくれます？」
「石はないぞ」
といいながらもラクシュミは足をあげていた。
3人ともすんなり石を見つけられないようだ。
一方ドルイドは、二時間ほどで石を発見している。石は５個ほど見つけたが、４個はダミーだった。なんとも念入りなことだ。
正解の石は、大木の高いところにある枝に挟まっていた。
正解の石を見つけたドルイドは、なんだか感慨深いものを感じていた。
「３人は見つけることができたのかな？」
ドルイドはすべての石を抱えて帰って行った。
「全然わからん」
ロイはおやつを食べた後も石を探していたが、もうすでに飽きてきていた。
「本当はここにあるんじゃないの？」
ロイはゆりの部屋も探している。
「ないってばー」
「うーん、もう疲れたよう」
「あちこち荒らさないでちょうだい」
ロイはよろよろしながら部屋を出て行った。
城の一階廊下をピンクの物体がうろうろしていた。ブタラのモモである。最近は暑いのでモモは裸のことが多い。今も侍女に水浴びをさせてもらい、すっきりした
ところである。モモは上の方を見て首をかしげていた。廊下の上空をふわふわ飛んでいるものがある。
モモは（あれ、何かしら？）とでもいいたそうである。
そこにナナミが通りかかった。ナナミももう疲れ顔である。
「ブヒ」
「モモちゃん、石みなかった？ このくらいでね、赤い○が書いてるの」
疲れたナナミは、モモにまで説明していた。モモは上の方に鼻をあげている。
ナナミも上を見てみると、なんと天井付近に石がある。
「うわーモモ、かしこい！」
ナナミはモモの頭をなでなでして。飛んで石を手に取ってみたが、石には青い○があった。
「ロイのじゃん。なんだー」
石を離すと、石はまたふわふわ飛んで行った。
「モモちゃん、シーだよ。離れて離れて」
ナナミはモモを違う場所に連れて行き、石のことは黙っていた。
「石は飛んでる場合もあるのかー。なるほどってことは、石には魔力がついてる場合も……あ、そっかあ！」
ナナミはそこでようやく気づいた。石探しとは闇雲に石を探すものではなく、ムサカの魔力を探す修行だったのだ。
「なるほどなるほど」
ナナミは魔力を感じる場所を探し、とうとう石を発見した。石はナナミの部屋の天井付近を漂っていたのだった。そしてナナミの少し前にはシスも石を発見していた。シスの石は食堂の
天井にくっついていた。食事を食べていても全く気づかなかったのだ。石にムサカの魔力が感じられるといってもごく微量なもので、人が大勢いるとわかりにくいものだった。
夕方近くになっていた。シスはロイを応援し、ナナミは部屋でくつろいでいる。
「えーウソ、僕だけわからない！」
二人の報告を受けてロイはショックを受けている。
その頃ロイの石は階段をあがり、ゆりの部屋の中に入ってきていた。それに気づいたゆりは、「あ、あれがそうかな？」と天井を眺めていた。
「石が勝手に浮いてる。どういう魔法なんだろう」
朝から浮いてるとしたらかなりの時間である。
「もーつかれた。誰か助けてー」
ロイが再びゆりの部屋にやってきた。
「マー助けて」
ロイはぐったりした顔でゆりに抱きついていた。
ゆりはちらちらと目線を上に向けていたが、ロイはそれには気づかず、「最後なんてショックだよー」などと言っていた。
「ロイ、石だから地面にあるとは限らないかもよ」
「わかってるよ。庭園の木の枝とかも探したよ」
「他は？」
「ハザーク様の部屋も探した」
「そりゃ迷惑ね。ほら、ほら」
ゆりは視線をしきりに上に向けている。石は開いている扉から出て行ってしまった。
「ロイ、もうちょっとだ、がんばっ」
「うーん」
そこにナナミがやってきた。
「まだ見つからないの？」
「うるさい」
廊下を歩いていたレーヌはたまたま上の方を見て、石を発見していた。
「ミーちゃん、あれなあに？」
「石だ。ロイにーが探してるやつだ」
ミシェイラは石を取って、ロイを見つけて渡していた。
「やったあ、見つかった！」
「見つけてないでしょ！」
ナナミが突っ込んでいた。
ムサカは「よくがんばりましたな」と３人をほめていた。
「ロイは見つけてないけど」
「うっさいー」
「また来月しましょう」
「はーい。次こそは最初に探してやるー」
ロイは悔しそうに叫んでいた。
こうしてこの日の遊びは終わった。夜、ドルイドから石遊びのことを聞いたハインリヒは爆笑している。
「懐かしいなあ。どうせ変なところに隠してあったんだろ？」
「うん」
ドルイドはハインリヒに石を渡していた。
「こういうものに魔力を込めるなんてなかなかできないんだよなあ。あの方やっぱり器用だよな」
無機質なものに魔力を持続させつづけるというのは結構難しいものなのだ。
「ダミーの石」
ドルイドは次にダミーの石をハインリヒに渡した。石には何か文字が一つづつ書いてある。
「ん？」
ハインリヒは石を並べて見た。
「えーと……こうか、おかえり」
４つの石を並べるとそう読めた。
「おかえりか」
「うん。そう」
ムサカは表向きはドルイドに会えて大喜びというわけではなかったが、結構ドルイドのことを気にしていたのだろう、というようなことが感じ取れた。
「これからもかわいがってくれそうだな」
「勘弁して欲しいが、ちょっとうれしい気もしないでもない」
うれしいようなうれしくないような、ドルイドは微妙な表情でいた。しばらくドルイドはその石を机の上に飾っていたのだった。
神の国である。
愛欲の女神ガーベラは、木の幹によりかかって座っているパティウスに出会っていた。パティウスは、青い丸いものを持って上に投げたり受け取ったりしていた。
「それなあに？」
「青いリンゴだよ」
パティウスが軽くガーベラに投げてくれたので、ガーベラはそれを受け取って眺めた。見た目はリンゴっぽい。
「青いリンゴって、すっごく青いわね」
濃い青の色をしたリンゴである。こんなリンゴは初めてだ。
「これさ、黄金のリンゴの木にたまーになるんだよ。性別が変わる面白いリンゴでさ、昔アリアスにいたずらしたんだ。覚えてない？」
「性別が変わる？ ……あーあったかも。随分昔じゃない？」
昔そういう事件があったとガーベラは思い出した。
「随分昔だよ。同じいたずらをするのは神としてどうかと思うから、このリンゴどうしようかなーと思ってさ。ガーベラ食べてみる？」
「私？ どのくらい性別が変わるの？」
「１０日くらいだったかな」
「１０日かあ……もらっていいの？」
「いいけど、食べるなら目の前で食べてよ。変わる所が見たい」
「うーん、男かあ……ちょっと考えさせて」
「10秒考えて」
「10秒だけ？」
「いーち、にーさーん……きゅー」
「わかった。食べる。男になってみたい！」
ガーベラは好奇心を抑えられなかった。
「じゃあ食べてみて」
「待ってて、ちょっと洗ってくる」
ガーベラはリンゴを洗ってきて、口に入れたのだった。
ラーズは空を飛んでいて、野原に人だかりができているのに気づいた。女達がキャーキャー言っている。
「なんだなんだ？」
ラーズは下降していき、中心にいる人物を見た。輝きを放つ男が一人いるが、かなりの美青年である。
「クーリーフン？ あれ？」
クーリーフンより大人びているし、背中に翼はない。
「やあ、ラーズ」
その人物がラーズに手をあげた。
「？？？？」
「ちょっと男になっちゃったよ。いい男すぎてやばい」
「へ？」
「キャーガーベラ様〜〜〜ん」
「えー？ ガーベラ？」
ガーベラは長い髪は後ろでしばっていた。すっかり体つきは男になっているので、地面に下りたラーズは後ずさっていた。
「いやーやっぱりすごいよね。愛欲の神になっちゃった」
後ろからやってきたのはパティウスである。
ラーズは口を開けたままパティウスを見た。
「な、なんで？ な、なん？」
「僕のいたずらじゃないよ。ガーベラの意思だからね。あの実のやばいところはさ、性別が変わったら心まで変わっちゃうことなんだよね。ほんとやばいよ」
「はー？？？？？」
「ガーベラ様〜〜〜ステキすぎる〜」
「スキ〜〜〜〜〜！」
大体が女の妖精達だったが、中にはダーナも混じっていた。
「ガーベラ〜ン」
ダーナの目もやばくなっている。
「ハーレム作っちゃおうかな」
ガーベラは女達に流し目を送りながら言っていた。女達は流し目を送られるだけで腰砕けになっている。
「入る！」
「入る入る！！」
ガーベラが歩いて行くと、女達もぞろぞろついていった。ガーベラからあふれるフェロモンがすごすぎる。
「クーリーフンと違って、ガーベラは性欲があるからやばいんちゃう？」
パティウスはラーズにのんきに言っていた。
「おま、お前、何余計なことしてんだよ！ やばいなんてもんじゃないだろ！」
ラーズがあわてだした。
「僕のいたずらじゃないもん♪」
「ガーベラ、まってくれー」
ラーズはガーベラを追いかけた。
「今のガーベラなら、カサンドラもその気になるのかな。ためしてみてー」
パティウスはよからぬことを考えながら飛んで行ったのだった。
つづく
12部
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