第１３話
ガーベラが男になってしまった頃、クーリーフンはアマンザとぶどうの妖精ライラがちょろちょろ動き回るのを眺めていたのだが、クーリーフンは体の異変に気づいて自分の体を
触っていた。
「あれ？」
なんだか体の様子が違うようだ。
「ん？ え？ えー！！！！！」
横にいたアマンザは、クーリーフンを見て５メートルは後ずさっていた。
なんとクーリーフンの胸が膨らんでいる。
「えー、ちょ、ちょっと、それどうしたの！？」
「どうしたんだろう？ 女の子になっちゃったみたい」
クーリーフンの声も女の子らしく変わっていた。顔付きもなんだか違う。なんとも愛らしい。アマンザはぞぞっとした表情でさらにクーリーフンから離れていた。
今のクーリーフンは、どこからどう見ても女に見える。翼がある汚れなき乙女といった感じだ。
「君、本当に女になれたんだ。早く男に戻ってよ」
「戻ってよと言われても、どうして女になったかがわからないし……」
クーリーフンはアマンザほどは驚かず、首をかしげている。
そこにジンラが通りかかり、クーリーフンを見て持っていたブドウが乗っているザルを下に落としていた。
「ど、どうしたんだ？ 女になってるぞ」
「さー？ どうしたんだろう？」
「もっと驚いて」
離れた所にいたアマンザがクーリーフンに言った。
ライラは地面に降りてきてクーリーフンを見上げている。
「もしかして、ガーベラに何かあったんじゃないか？」
「そうなのかな。ちょっと行ってくる」
クーリーフンは飛んで行った。
「うわーうわーびっくりしたー」
アマンザは胸を押さえていた。神に心臓があるならば、なんとも心臓に悪い出来事である。
「やっぱり女になってもかわいいな」
ジンラは笑っている。
「笑い事じゃないですよー」
アマンザは震えるような声で言っていた。
「ガーベラ様が男になっちゃったんですって」
「えー？ 本当なの？ 見に行かなきゃ」
「ガーベラ様が男に？」
「えー？ ほんと？ どうなったの？」
噂は瞬く間に広がり、その噂を聞いたラクアは「ばかな」と思ったがガーベラの神殿に行ってみた。すると、ガーベラの神殿の近くは人だかりができている。ほとんど女である。
その真ん中にいたガーベラは、草の上に座って竪琴を奏でながら歌を歌っている。なんとも美しく、魅惑的なオーラを放っている男がそこにいた。
女達はめろーんとした表情になっていた。
「本当に男になってる。一体どうして？ あっ妹達までいる！」
なんと周りにいる女達の中には妹の水の妖精達までいるではないか。３人ともぼんやりした顔付きでガーベラを眺めている。
ラクアの肩に手が乗った。振り向くと、後ろに泣き顔のラーズがいる。
「ラクア、一緒に女になろう」
「は？」
「ガーベラが男になったからには、我々は女にならないと」
「何を言ってるんだ。一体どうしてガーベラは男になったわけ？」
「そうだ。パティウスを探して実をもらおう！」
ラーズは飛んで行ってしまった。
「さっぱりわけがわからない。しかし、すごいな……」
30人もの女達がガーベラを取り囲み、熱い視線を送っている。中にはダーナまでいる。
「あらら、どうして男になっちゃったの？」
後ろから女の声が聞こえてきてラクアは振り向き、驚きのあまり「うわっ」と後ずさっていた。やってきたのは背中に白い翼があるクーリーフンっぽい女の子である。
「え……えー？ 君まで？」
ラクアは目をまんまるに見開いていた。
「お母さんの影響みたいだね。お母さんが男になったら僕は女になっちゃうんだ？」
「クーリーフン、あらーかわいくなっちゃって」
ガーベラがクーリーフンに気づいて近づいて来た。ガーベラの背丈はラクアと同じくらいになっていた。
「お母さん、どうして男になっちゃったのさ」
「性別が変わる実を食べたんだよ。いやー新鮮な気持ちだ。男になったからには、世の女の子に幸せを与えたい」
ガーベラは目をキラキラさせて宣言していた。
「幸せを与えたいって……」
「僕の場合、幸せとは快楽のことだけどね。愛欲の神だけに」
「ガーベラ、女性に手を出すのは問題だよ。いつ女に戻るんだい？」
ラクアが聞いた。
「そんなに長い間じゃないよ。１０日かそのくらいさ。心配しないでおくれ。さーみんな、一緒に遊ぼう」
「きゃー！！！！」
「よしよし」
ガーベラが妖精達の頬をなでるだけで、妖精達は腰砕けになっていた。
「男になったガーベラ、こわっ！」
ラクアがぞぞっとしていると、アリアスががやってきた。アリアスはダーナや娘達がガーベラにぞっこんだと聞いてやってきたのだが、一番に目に入ったのはクーリーフンだった。
クーリーフンの胸は膨らみ、体つきも女らしくなっている。
肉感的ではないが、目がくぎづけになるほどの存在感である。
「な、なんと美しい。さ、私の神殿に行こう」
アリアスはクーリーフンの両手をそっと握りしめていた。
「こらー何をする気なんだ」
ラクアがアリアスの手をぺしっとたたいていた。
「なにって、ゆっくり二人で語らうだけさ。行こう行こう」
「だめに決まってるだろう。クーリーフン、逃げろ！」
「語らうだけだというに」
「何を語らうんだよ！」
クーリーフンを連れていこうとするアリアスと、それを制するラクアの攻防が続き、
「困ったもんだ。あ、シャリィに変化はないのかな？」
クーリーフンは愛の妖精シャリィのことを気にして飛んで行ってしまった。
「ああ、行ってしまったじゃないか」
「ダーナを連れ戻しに来たんじゃないの？」
「いい。ダーナがガーベラと遊ぶなら、私もクーリーフンと遊ぶ」
「ばかなことを言うんじゃないよ。クーリーフンに何かしたら許さないからな」
「美しさが罪なのだ」
「ばーか」
天下の太陽の神に向かって、ラクアは悪態をついている。
「あれ？ そういえば、昔アリアス女になったことがなかった？」
かなり昔の出来事をラクアは思い出していた。
「あった。あれはパティウスにいたずらされたのだ。女になった私は本当に美しく、男達がうっとりしたもんだ。できることなら、あの私を恋人にしたいくらいだった」
「すぐ元に戻ったっけ？」
「１０日ほどで戻ったかな？ 忘れたが、じゃ、私はこれで」
アリアスは去って行こうとしたので、ラクアはアリアスの腕をつかんでいた。
「クーリーフンを探しに行こうとしているだろう」
「いいじゃないかー女の子なんだしー」
「だめ」
「あーもう実がなかったー」
そこに失望顔のラーズが戻ってきた。
「ラーズ、アリアスがクーリーフンを手込めにしようとしているよ」
ラクアが素早く言った。
「手込めってなんだ。失礼な」
「そこで会ったよ。クーリーフンは、女になっても性欲はない」
「性欲なんぞなくていい！ 側にいるだけで！」
アリアスは両手を握りしめて主張している。
「いやだめ。危険すぎるから。だれかー君らのお父さんをどうにかして」
ラクアはアリアスを捕まえたままガーベラの側に座っている女達に言ったが、だれ一人としてこちらにこようとはしなかった。
そうして今回の元であるパティウスは、カサンドラをガーベラに会わせてやろうと思ったのだが、当のカサンドラは神の国不在だった。なんでも人間界の祭りを見に行ったらしい。
「ちぇー今日に限っていないなんて。早く帰ってこないかなあ」
その後ラーズに実をよこせと迫られたのだが、青い実はもうなかったのだった。
「ラーズが女にかあ……想像できる。ラクアとかオルガ、ジンラあたりも想像できるな。想像できないのはハロルド。実がもう一個あったらハロルドを女にしてみたいもんだ。
ごつい女になるのかな？ ぷぷっ」
女版ハロルドを想像していると、頭をがしっと掴まれて、パティウスはびっくりした。いつの間にやら後ろにハロルドが立っている。
「私がなんだって？」
「なんでもない。今回は僕のいたずらじゃないからね。ガーベラがのぞんだんだからね」
「ガーベラ？」
「僕のせいじゃないからねー」
といいつつパティウスは飛んで行った。
「ガーベラに何かあったのか？」
ガーベラの噂はまだハロルドの耳には届いていなかった。
一方、シャリィは男の子になっていた。髪がふわふわしているだけに、変な感じである。
「やっぱりかー」
シャリィはクーリーフンに驚いて、クーリーフンの胸をつんつんつついていた。
「一体何があったんだ？」
音楽の神ラメーンが聞いた。シャリィはラメーンの神殿で変わってしまったようだ。
「お母さんが男になっちゃって、その影響みたいです」
クーリーフンが答えた。
「ガーベラが男に？ 一体どうして？」
「ガーベラ様が男に？ 本当なんですか？ 見に行かなくちゃ！」
「私も行くわ！」
ラメーンの神殿にいた妖精達があわてて去って行った。
「……まあいいか」
シャリィはクーリーフンの胸を両手で触ってみだしたので、ラメーンが「こらこら」と言っていた。
シャリィはラメーンの手を取ってクーリーフンの胸にあてようとしている。
「いや、私はいい」
ラメーンはあわてて手を引っ込めた。
「ガーベラもやばいが、君もやばいぞ」
ラメーンがクーリーフンに言った。
「僕は性欲ないですからねえ」
「そういう問題じゃない」
ガーベラが男になってしまったせいで、神の国はてんやわんやの大騒ぎである。
夕方、男になったガーベラを見たハロルドは、口をぽかんと開けたままだった。
「お母さんすごーい、かっこいい！ 男になってもいいにおーい」
一緒に来たキュリアははしゃいでいる。ガーベラはキュリアの頭をなでなでしていた。
「私も男の子になってみたーい」
「ばか。お前、一体何を考えてるんだ？」
ハロルドはガーベラに聞いた。
「僕が考えてること？ 愛欲の神に生まれたからには、すべての女性に快楽を教えてあげたい」
ガーベラは真面目な瞳で言っていた。
「いや、お前愛欲の神として生まれてないだろ」
ハロルドが突っ込んだ。
「女とや……仲良くするのは問題だぞ」
ハロルドはキュリアの前だったので、やんわり言っていた。
「後々のことがあるからそこまではしないさ。大丈夫。そこは神だからなんとでもなる」
「なんとでもって……」
キュリアはガーベラにべったりくっついている。
「こら、くっつくな」
「お母さんだからいいんだもーん、あ、クーリーフン、かわいいー」
キュリアは神殿に入って来たクーリーフンに気づいて、近づいた。
「げえ！」
ハロルドは驚きの声を発している。
「やばいくらいにかわいいなって、まじでやばいだろ。男に気をつけろよ」
ハロルドはぞぞっとしながらも言っていた。だれもいないところにこのクーリーフンと二人きりだと、変な気になりそうである。
「シャリィは男の子になっちゃってたよ」
「えー？ みたーい。ラメーン様の神殿？ 行ってきます」
キュリアは去って行った。
ガーベラがハロルドの肩にぽんと手を乗せた。
「ハロルド、クーリーフンに襲いかかりたい衝動にかられているだろ」
「かられてないわ！」
ハロルドは真っ赤な顔をしていた。
「僕は今夜ラクアの神殿で寝るよ。ラクアが危ないから絶対そうしろって」
「そう」
「ガーベラ、夜はどうする気だ？」
ハロルドが聞いた。
「もしや、今の僕にその気になってる？」
「なってないわ！」
ハロルドは全力で否定していた。
「ガーベラ様〜」
女の妖精達がわらわらとやってきた。
「おいおい。こら、ダーナ、お前まで何のぼせてんだ」
なんと一人女神が混じっている。
「あら、私は元々ガーベラの親友だしー別に何もしやしないわよ。星をみながら語り合うだけよ」
「目が怖いぞ」
「夜は長い。みんなで楽しもう」
ガーベラが微笑んだ。
「きゃー」
ガーベラは女達の肩を抱いていた。
「楽しむってお前」
「大丈夫。心配しなくていいよ。じゃあさようならハロルド」
ガーベラはハロルドを強引に追い出していた。
「いろいろ心配すぎるんだが、ほっといていいのか？ 女とやったらどうなるんだ？」
「さー愛欲の神として目覚めちゃったからねえ。ははは」
「笑い事じゃないぞ。アリアス達はダーナを引き戻しにこなくていいのかー？ 知らんぞ」
ハロルドは後の心配をしつつ去って行った。
その頃アリアスは、「なんとかしてクーリーフンを手に入れたいー！」とそっちのことばかりに気を取られていた。
「あほだ」
「あほだな」
アリアスの神殿にて、一緒にいた風の神ウィルと緑の神ジュライはそんなアリアスにあきれ顔だった。
「お前達は今のクーリーフンを見てないからそう言えるんだ。なんとも愛らしく、宝石のような女神だった。できることなら神殿に閉じ込めておきたい。そして毎日めでたい」
「あほはほっとこう。ダーナはどうする？」
ジュライがウィルに聞いた。
「今は何を言っても無理だろう。ガーベラの変身も一時だろう？ まあ夢からすぐ覚めるって」
とウィル。
「そうかな。以前アリアスが変わった時はどうだったっけな？」
ジュライが首をかしげている。
「そういえばそんなことがあったっけ」
ウィルも思い出した。
「女になった私、綺麗すぎて恋人にしたかったろ？」
アリアスが当時を思い出して聞いた。
「ナルシストすぎて気持ち悪かったよな」
ジュライがぼそっと言い、ウィルも「うん」とうなずいていた。
「こらー何が気持ち悪いだ！ アシュランもうっとりしてたぞ」
「『世界で一番美しいのは私』 とか言い出して、ダーナは引いてたよな」
とジュライ。
「ずっと鏡を見てたもんな」
「それだけ美しかったんだ！ そんなことよりも、ああ、クーリーフン……はっもしやラクアがクーリーフンに何かしようとしているのでは？ 助けに行こう」
外に出て行こうとしたアリアスの体に植物のつるがしゅっと巻き付いた。ジュライがつるをひっぱっている。
「何をするんだ。離せー」
「だめだ。お前が一番危ないよ」
「いえてる。朝までぐるぐるまいとこう」
「太陽の神に何をするんだー」
アリアスは朝までつるでまかれることになったのだった。
神の国は満天の星空だった。妖しい気が上るガーベラの神殿の前にやってきたのはグレンである。アシュランに様子を見てこいと命令されたのだ。
「ああ、中に入りたくない」
グレンは心底気が進まない様子である。だがアシュランの命令は絶対なので、グレンはそっとガーベラの神殿の中に入って行った。
「うわっ」
神殿の中の部屋には、20人ほどの女の妖精達が寝転んでいる。どうやら眠っているようだが、皆幸せそうに微笑んでいた。グレンは妖精達をよけつつ、「ガーベラ様ー」と
小声でガーベラを呼んでみた。だが返事はない。グレンは奥の寝室をのぞいた。そこにも女達が５人もいて、皆眠っている。ダーナはベッドの上で眠っていた。
「やあ」
ガーベラは起きていた。皆服を着ていたのでグレンはちょっと安心した。
「みんなどうしたんですか？」
「眠っているだけだよ。きっといい夢を見ているだろう」
ガーベラは女達の上に花びらを落としていた。
「あのー……ガーベラ様」
「ちょうど良い時にきた。男でもいけるかどうかためしてみようかな」
ガーベラが横目でグレンを見て、グレンはびくっとしていた。
「え、え」
「グレンじっとして」
ガーベラがにじりよってきたので、グレンは素早く逃げていた。
「ははは、冗談だよ」
「朝雲の上の神殿に来てください。それじゃ」
グレンはそれだけ言うと逃げていったのだった。
ラメーンの神殿にて、男になったシャリィは珍しげにズボンの中をのぞいていた。
昼間は子どもだったのだが、今は大人になっている。今日は変化しまくりである。
シャリィはラメーンを見て自分の下半身を指さしていた。
「あまり見ないように」
でも気になる、とばかりにシャリィは下半身を見ている。
「そりゃいつもないものがあるんだから気になるだろうな。まあ寝よう。おやすみ」
ラメーンがベッドに行こうとするとシャリィもついてきた。
「君は別のところで寝たまえ」
シャリィはさっさとベッドに横になってぐーと寝てしまった。ラメーンは困った様子で腕を組んでいる。
「でもまあ、何もしないんだから男も女もないか……とはいえ、誰かに見られたら誤解されそうだな。あっちで寝よう」
ラメーンは自分が違うベッドで眠ったのだが、いつの間にやらシャリィも同じベッドに移動してきていたのだった。
夜中、夜の神殿から出てきたオルガと星の神ティラは風の妖精達にさっそくガーベラの話を聞いていた。
「ガーベラが男に？ それでクーリーフンが女になったって？」
「ガーベラ様すっごくステキでしたよー」
「男になっても神の力はそのままなら、危険な神だな」
「お母さんも気になるけど、クーリーフン、かわいくなってるんだろうなあ。明日の朝会いに行ってみよう。お父さん、お母さんの姿を見に行ってみたらどうですか？」
「ちょっと行ってこようかな。ティラはこないのか？」
「僕は明日の朝会いに行きますよ。それじゃ」
ティラは空を飛んでいった。
「ガーベラが男に……」
オルガはガーベラの姿を想像してみたが、やはり実際に会ってみたくなり、ガーベラの神殿に行ってみた。
ガーベラの神殿はいつも以上に妖しい感じである。中にガーベラはいそうだが、オルガはなかなか神殿の中に入れなかった。
（うーん。なんだか夜会うのは怖いな。私も明日の朝にしよう）
オルガは怖じ気づき、ガーベラの神殿から離れたのだった。
つづく
１２部
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