第14話

神の国では、朝がやってきた。ガーベラの神殿から女の妖精達がでてきたが、みんなぼんやりした顔付きである。

「ガーベラ、また後でくる〜」

「うん、後でね」

ガーベラは男のままだったので、ダーナはガーベラの頬にちゅっとキスして去って行った。

「まだ男のままだ」

ショックを受けた顔付きのラーズがガーベラの神殿の前にやってきた。横にはオルガもいる。

オルガはガーベラを見て口をぽかんと開けていた。

「やあオルガ」

「ガーベラ、ダーナとやっちゃったんじゃないだろうな」

ラーズが聞いた。

「やっちゃってないよ。やっちゃいたいのはやまやまだが、今後のこともあるからなあ」

とガーベラ。

「男になっても強烈だな」

オルガが言った。

「いつ女に戻るんだ？」

「さあ、１０日ほどだと言ってたから、もう少しはこのままかな。アシュランに呼ばれてたんだった。ラーズ連れて行っておくれよ」

ガーベラがラーズに言った。

「え……まあいいか。それじゃ」

ラーズはガーベラをだっこしようとしたが、やはり男になったせいか、体重も増えているようだ。

「お、重い……」

ラーズの足はよろついている。

「そうかい？　じゃあオルガにおんぶしてもらおうかな」

オルガが「え？」とちょっと躊躇していたが、ガーベラはラーズの腕から降りてオルガの背中にとびついていた。

オルガもちょっとよろけている。

「確かに重いな……」

「そうかな。やっぱり筋肉かな？　ははは」

「ヒヒーン」

白馬がとことこ近づいてきた。

「ヒヒーンヒヒーン」

白馬はガーベラにすりすり顔を寄せてきた。

「メスだな」

とラーズが言った。

「途中まで馬に乗っていこうか」

ガーベラはオルガの背中から降りて白馬に乗った。白馬はうれしそうにステップしている。

「ははは、そんなにうれしいの？　じゃあ行こう」

白馬は軽やかに駆けて行った。

オルガとラーズはしばし無言だった。



その頃、水の神殿にティラがやってきてクーリーフンに出会っていた。

「すごくかわいいよ。クーリーフン！」

「ありがとう」

「すごいなあ」

ティラはまじまじとクーリーフンを眺めている。

「女になってどんな感じ？」

「別にどんな感じもないよ」

「声もかわいいよ」

「ひっついてあげようか？」

クーリーフンは真面目な表情のまま両手を広げてじわじわとティラに寄っていった。

「え？　いや、いいよ」

「せっかくだからひっついてあげるよー」

「ええ。いや、いい、いい」

ティラは逃げ腰になり、クーリーフンがもっと近づいてきたので「それじゃ」と逃げていった。

「はっはっは」

クーリーフンは笑っている。

「いたいけな子どもをからかうんじゃないよ」

ラクアが言った。

「クーちゃん、かわいいからずっと女の子でいたら？」

「それがいいよ」

ラクアの娘達、ユリアナとイオナが言った。二人はかまわずクーリーフンにひっついていた。

「僕が女ってことは、お母さんが男ってことだからねえ」

「いやだー」

ラクアは頭に両手をあてている。

「ネネ達は喜んじゃうね」

ユリアナが言った。ネネ達とは、ラクアの妹達のことである。３人そろってガーベラの虜になってしまったのだった。


昼前になり、ガーベラはようやくアシュランの部屋にやってきた。

「遅いぞ」

「そこで妖精達につかまってしまったんだ。アシュランの娘達だったから丁重に扱ってたら遅れてしまったよ。ははは」

「はあ……なんか、男になってもすごいな」

アシュランはガーベラを見て、軽くのけぞっていた。ガーベラの足下にははらはらと青い花びらが落ちていた。

「まあいい、しばらく男のままなんだろ？　頼みがある。ディアメラを女に目覚めさせろ」

「ディアメラ？」

「今のガーベラならできるはずだ」

「しかし、僕はずっと男ではいられないからなあ」

「女に目覚めればこっちのものだ。その時には他の男とくっつければいい」

「えーそんな適当な……」

「とにかく頼む。がんばれ」

「はあ」

ガーベラは曖昧な返事をしてアシュランの間を出た。廊下を歩いているとヒルデリアに出くわした。ヒルデリアはガーベラを見るとちょっと驚いた様子だったが、話を聞いていたのか

わりと冷静だった。

「おお、神々しく光輝く、さすがは女神の長、今日も美しい」

ガーベラはさりげなくヒルデリアに近づいてヒルデリアの手を握っていた。これにはさすがのヒルデリアもぽかんと口を開けている。

「少し一緒に歩きましょう」

ガーベラは手をぎゅっと握りしめて歩いて行き、ヒルデリアは自然に歩かされていた。

「ちょ、ちょっと、ガーベラ！　手を離しなさい」

ヒルデリアは手を離そうとしていたが、ガーベラは離さなかった。

「良いではないですか。我らの長い生の、ほんのちょっとの間ですよ。隠れて悪いことをしているわけでもない。堂々と一緒に歩きましょう」

「ガーベラってば」

「神殿の入り口までは離しません」

「ちょ……」

入り口付近で待っていた女の妖精達は、二人を見て「きゃあ」と悲鳴をあげていた。

「お母様、ずるい。私も！」

「私もー！」

妖精達が寄ってきて、ようやくガーベラはヒルデリアから手を離していた。

「ガーベラ様〜」

妖精は手を握るどころかガーベラに抱きつき、「私もー」と他の妖精も抱きついていた。

「みんなかわいいかわいい。それじゃヒルデリア、また」

ヒルデリアはちょっと口をへの字にして、去って行った。

「お母様がお父様以外と手を握るなんて」

「僕が強引に握ったんだよ。たまにはそれくらいいいじゃないか」

「そうよね」

「ガーベラ様、恋人になりたいい」

「私も〜」

「ははは、ありがとう。僕はもう行かなきゃ。さよならの口づけをしてあげよう」

「きゃー」

その後しばらくして、グレンが雲の上の神殿にやってきた。神殿に入ると廊下に女の妖精達が１０人ほどぐったり寝転んでいる。

「え？　な、一体何が？」

とあわてたグレンだった。


人間界蛇の国は今日はカンカン照りである。ゆりはガーベラが男になっていることなどもちろん知らず、暑さにぐったりしていた。

ゆりはハインリヒに部屋を涼しくしてもらい、カールから氷のお見舞い品までもらっている。

「ありがとう。カール君」

「いえ、お役に立ててうれしいです」

ゆりはでかいたらいに乗っている氷の柱に体を寄せていた。ひゃっこくてなんとも気持ちいい。氷が徐々に溶けていき、ハートっぽい形になっていた。

「あら、かわいいー」

カールは動揺したように目元をきょろきょろさせている。遠回しのアピールだったが、ゆりは気づかなかった。

「こっちの世界は慣れた？」

「はい。楽しくやってますよ」

「本当？　よかった」

「では私はこれで行きますね」

「どうもありがとう」

カールと入れ違いにジュノーがやってきた。

「王妃、なんだかへびっちが今日も王妃の側にいたいって言ってます」

「そうなの？　あれからへびっちは出てきた？」

「ちょろっとは出てきますが、それだけですね」

「そうなんだ」

ジュノーはそれからずっとゆりの側に座っていた。最近昼も夜もここにいることが多いので、「へびっちにかこつけてさぼってるだろ」などとミカエルには言われている。

「へびっちが王妃に会いたがってるんで仕方がないです」

ジュノーは仕事よりもへびっちを優先しているので、結果的には仕事をさぼっている形になっている。


ジュノーは時々ゆりの頭をなでていた。

「なんかこうしたい気分で」

「ふーん？」

ジュノーは夜にまた来ることになった。ゆりと一緒に寝たいようだ。昨日もおとついもジュノーはやってきた。いちゃつくわけでもなく、ただ添い寝をしている。

やはりへびっちの意思のようだとゆりは感じている。

ゆりはここ２，３日、暑さのせいもあり食欲もあまりなかった。

最近では珍しいかもしれない。ゆりはユリウスやセリア、カーラのことを気にして彼女達の様子を聞いてもらった。

３人は夏バテもせずに元気でいるらしい。これもガーベラのお茶効果だろうか。


夕食の時間、子供達と一緒だったが、ゆりは食事を半分しか食べられなかったので、子供達が気にしていた。

「そのうちまた食欲もわくわよ」

「母様気をつけてね」

「ねえマー赤ちゃんの名前決まった？」

ミシェイラがゆりに聞いた。

「名前？　まだよ。まだ性別が……あ、もしかしたら男かもしれない」

子供達が瞬いた。

「この前入った蛇様が、『坊』って呼んでたような。男の子だからそう呼んだのよね？　きっと」

「やった！　男だ！」

ロイがガッツポーズしていた。

「男の子かあ」

シスもうれしそうだ。

「まだわからないけど、多分ね」

とゆり。

「今回は、名前はだれが決めるの？」

ラギが聞いた。

「さあ」

「せっかくだから、ハロルド様に頼んだらあ？」

ナナミが言った。

「自分で名前をつけたら、そのうち気にして力をあげてくれるって」

「いい作戦だよ」

ラギが同意し、ゆりが「せこっ」と言った。

「そういう打算で頼んじゃだめでしょ」

「大丈夫。ハロルド様はカニをとってくるくらい母様が好きだから」

「でもねえ。まあ王様に相談してからね」

「早く僕ぐらいに大きくならないかなあ」

ロイは無茶なことを言っていた。

「今夜もへびっちくるの？」

ラギがゆりに聞いた。

「うん。来るって」

「へびっち、お母さんの体調が悪いから気にしてるんじゃないのかな？」

「そうなのかなあ」

「早くへびっちとあそびたいなあ」

ミシェイラは頬を膨らませていた。



神の国では、ガーベラはカサンドラの神殿にやってきて、カサンドラに会っていた。カサンドラは「おー」とガーベラを見て感嘆の声をあげている。

「お母さんかっこいいよねー」

とネル。

「カサンドラ、ほら、抱きついてもいいよ」

ガーベラが両手を広げてみたが、カサンドラは、「いや、いい」と寄っていかなかった。

「えーつまんない」

と言ったのは、少し離れたところでみていたパティウスである。

「カサンドラはやっぱり女じゃないんじゃないの？」

「うるさいわ。私は男にのぼせるようなことはない」

「はい。贈り物」

ガーベラは青い大きな花をカサンドラに渡していた。カサンドラは反射的に花を受け取った。

その花からはかぐわしい匂いが漂い、その匂いをかぐと、カサンドラはふわふわした気分になってきた。

ふわふわしたままガーベラに抱きつきそうになっている。

「そこだ、いけ！」

パティウスが声をあげている。

「はっ！　いやいやまさか……」

カサンドラは正気に戻り必死に足を止めて、後ろに後ずさろうとがんばっている。

「カサンドラ〜」

ガーベラは両手で招いている。

「くっ」

「ガーベラ、強引にやっちゃえ！」

「パティウス！」

パティウスは逃げていった。

「私で遊ぶんじゃない」

「僕の誘いを断るなんて、人生の九割は損してるよ？」

ガーベラが言った。ネルはガーベラの腰にひっついている。

「九割も？」

「知恵の女神として、恋の経験もあったほうがいいと思うが。ねえネル」

「うん」

ネルはガーベラにひっついたままうなずいていた。

「私はいいのだ。そういう経験は」

カサンドラは青い花をぱっと落としていた。

「強情だなあ。まあいいか。サントスと遊んでこよう」

ガーベラがくるっときびすを返し、安心したカサンドラは、「サントス」と聞いて「え？」と反応していた。

「ガーベラ、それはまずいであろう」

「平気さ。サントスなら、僕が男でも女でも関係ないっていうさ」

「いやいやいやいや」

「じゃあカサンドラが僕と遊ぶ？」

ガーベラはくるっと顔を向けた。

「え？」

「嫌ならサントスとー」

「それはだめだというに」

「じゃあ遊ぼうよ」

「ええー！」

本気で困っているカサンドラを見てガーベラは笑っていた。

「カサンドラかわいい」

「からかうな！」

カサンドラは真っ赤な顔で怒っていた。



蛇の国では、夜になっても暑苦しかった。ルーはベッドの下に潜り込んでいる。

「王妃、少し涼しくしておきますからね」

ハインリヒがゆりを気にして寝室の温度を少しさげてくれた。

「ありがとう」

ハインリヒはゆりの横にいるジュノーを見た。

「じゃあ後はよろしく」

「はい」

ハインリヒが去って行き、寝室にはゆりとジュノーと二人きりになった。

ジュノーはゆりの手を軽く握っている。

「涼しいうちに眠ってください」

「うん。おやすみ」

「おやすみなさい」

ゆりは目を閉じた。


ジュノーがじっとゆりを見た。

「４人のママ、がんばれ。きっとできるよ。みんなの愛を……形に……」

目を閉じていたゆりだったが、ジュノーの声が聞こえていた。


愛を形に？　形って？　今の声は、ジュノー？　それとも……


聞き返そうと思ったが、そのまま目を開けることはできず、ゆりは眠ってしまった。


金色の二匹の蛇が宙に浮かんで一つの輪になっているのが見えた。


「あ、もしかして！」

「子どもが産まれるんじゃない？」

横をみると、左目が違うゆりもいた。

「子ども？　ほんと？」

「産まれるんなら、男達も呼ばなきゃ。でも、今度はだれに子蛇をくっつける？」

「そうよね。何匹くらい産まれそう？」

それには金蛇達は答えない。誰かに言わなきゃ、と思ったが、今はまだ、ゆり本体は眠っている。

とんとんと肩がたたかれた。後ろにいたのは人になったへびっちである。ジュノーの服を着ていた。

「へびっち、子蛇が産まれるの？」

へびっちはうなずいている。

「でも……」

へびっちがアレを見て、とばかりに金蛇達を指している。

二人のゆりも注目した。


金蛇達が光輝いてみる。そして、その輪の中に浮かんできたのは、うずくまっている赤ん坊の姿だった。

「え？　赤ちゃん？」

「私達の赤ちゃん？」

そこにいたのは人間の赤ん坊のようだ。金蛇達は赤ちゃんの周りをくるくる回り出した。

一体何が起こるのか、二人のゆりとへびっちは固唾をのんで見守っている。

金蛇達がぱっと消えてしまった。

「ママ！」

声を発していたのはへびっちだった。

「ママ……」

「あ……赤ちゃんの背中が光ってる」

赤ん坊の背中に何かの模様が見えた。それは、いろいろな色の鱗をした二匹の蛇である。二匹の蛇は、赤ん坊の背中で斜めに交差していた。以前の子蛇よりはかなり大きく長い蛇である。蛇の瞳は、両方金色だった。

「あ……あれが子蛇？」

「みんなの気の色を帯びた子蛇？　今回は一匹ずつは無理だったのかしら？」

「でも、みんなの愛をちゃんと形に残すことができたんだね」

「そうよね。がんばったんだね」

へびっちが泣いていた。

「へびっち、子蛇が生まれたんだよね。やったね」

へびっちがうなずいた。

「すごいよ。二匹だけだったけど、すごいよ」

へびっちはぽろぽろ涙を流している。つられて二人のゆりも泣いていた。

消えた金蛇が気がかりだった。

「戻ってきてね。待ってるから」

「ずっと待ってるから！　みんなで待ってるから！」


ゆりははっと目を覚ました。

体を起こして自分のおなかをなでた。

子蛇が産まれた感覚はなかったが、あの夢が本当のことだとしたら、子蛇は確かに二匹は産まれたのだ。

横にいたジュノーも体を起こしていた。ジュノーは泣いていた。

「へびっち、へびっちなのね。金蛇達はどうしちゃったのかな？」

へびっちは首を横に振るって泣いていた。

「子蛇、産まれたよね？」

へびっちがうなずいた。

「前に、子どもを作るのは寿命が縮むくらいに大変なことなんだって言ってたけど、本当にいなくなってないよね。帰ってきて。待ってるから。みんなで、

待ってるから」

へびっちがゆりを抱きしめた。

「待ってるからね。絶対に絶対に戻ってきてね」

ゆりも泣きながらへびっちを抱きしめた。


朝方、王の寝室にゆりとジュノーがやってきて、ラクシュミは朝っぱらから驚いた。

「どうしたんだ？」

二人とも泣き顔だったので、何事かと思ったのである。

「王様、あのね、子蛇が産まれたんだよ」

「え？」

「子蛇が二匹産まれたの。みんなの気が混じった子蛇を二匹、金蛇達が産んだんだよ。赤ちゃんに二匹ともひっついたみたい」

「どうしてわかったんだ？」

「夢で見たの。へびっちと一緒に」

「そうなのか？」

へびっちはうなずいていた。

「王様、金蛇達を褒めてあげて。すごくがんばったんだよ」

ゆりがラクシュミに抱きつき、ラクシュミはゆりの背中をなでた。

「そうか、がんばったな。大変だったな」

「金蛇達、すごいよね」

「ああ、すごい」

へびっちがラクシュミの左手を取り、手の平に何かを描いていた。

「ばつ？」

へびっちはバツを描いていたのである。ゆりはへびっちが言いたいことがわかった。

「王様、赤ちゃんの名前私が考えてもいい？　クロスにしよう」

「クロス？」

「背中で二匹の子蛇が交わってるの。だから、クロス君、王様だけじゃなく、みんなの子どもだね」

ゆりの言葉にへびっちはうんうんうなずき、へびっちもラクシュミに抱きついていた。


ゆりは体調が悪いのか疲れたのかそのまま眠ってしまい、へびっちはジュノーの体のまま、ゆりの横に寝転んでいた。

「クロスか、毎度びっくりだが、子蛇を見ていないから実感はわかないが……これほど二人が言うからにはちゃんと産まれたんだろうな。

どんな子蛇を見ることができるのか、産まれるのが楽しみだなあ。ミカエル達にもう言ってもいいのかな？　言わない方がいいかな？

黙っていられそうにないが」

ラクシュミは悩みながらも寝室を去って行った。


金蛇ちゃん達、王様も喜んでたよ。あの時の王様だって、すごく喜ぶよ。いっぱい、いっぱいほめてもらおうね


金蛇達と、男達の愛を背中に背負って生まれてくる子ども、はたしてどんな子どもが産まれてくるのか、ゆりはあの時の王様に褒められて喜んでいる金蛇達を想像しながら、

眠りに落ちたのだった。


つづく


１２部


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