第１５話
夢を見た。
流れるような銀髪の女性、その横には黒髪のポニーテールの女性がいる。背が高いうねる銀髪の男はラクシュミによく似ている。そして黒髪の短髪の男は皆の中でも一番勇ましそうだ。
そして銀色の短髪、こちらは体格もさほどよくない男がいた。大人はこれだけのようだ。そのほかは子供達。銀に金色の髪が混じった女の子、黒髪で耳がとがってない女の子、
そして、銀髪の男の子は一人だけ上半身裸である。背中一面にいろいろな色の鱗が見えた。それはよく見ると、二匹の蛇がうねっているようだったが、蛇は一体どうなってるのか、ぱっとみ
ではわからない。
「……あれ？ クロスしてない？」
ゆりは自分の声で目を覚ました。
夢の男の子はゆりとへびっちが命名したばかりの「クロス」のようだったが、大きくなると蛇はクロスどころかうねりまくっているようだ。
「……まあいいか」
「何がいいんですか？」
と声が聞こえた。横を見るとジュノーがいる。
ゆりはきょろきょろと周りを見た。王の寝室である。朝ラクシュミに子蛇が産まれた報告をして、そのまま眠ってしまったようだ。
「王の寝室で初めて寝てしまったなあ」
ジュノーは体を起こした。今ここにいるのはジュノーのようだ。
「ジュノー、あのね、子蛇が産まれたの。知ってる？」
ゆりは目をこすりながら体を起こした。
「知ってますよ。我らの念願がとうとう果たせたんですね。私も私の蛇も喜んでますよ。個別に産まれなかったのは残念ですが、でも、うれしいですよ」
「私もうれしい」
「王妃、ありがとうございます。我らの愛を受け止めてくれて、本当にありがとうございます」
ジュノーをゆりを抱きしめてお礼を言っていた。
ジュノーは自分の屋敷に帰り、ゆりは部屋に戻った。すると、ゆりの部屋にはジュノー以外の恋人達がそろっていた。
「あれ？ みんなおはよう、どうしたの？」
「王妃、我らの子蛇が生まれたって本当なんですか？」
ミカエルが聞いた。
「あ、王様に聞いたの？」
「本当なんですね？ 本当に本当なんですね？ うれしいです」
ミカエルは涙ぐみ、ミルキダスもシャナーンもしくしく泣いていた。他の男達はうれしそうな顔だったが泣きそうである。
「今日は子蛇誕生を祝って飲みましょう！ 王妃は疲れてるでしょうから寝ていてもいいですよ」
「えーもうかなり寝ちゃったから宴会に参加したい」
「王妃、抱きしめさせてください」
フリットがゆりに近づいてぎゅっとゆりを抱きしめた。続いてシャナーンが近づこうとしてミカエルがシャナーンの背中を引っ張り、自分がゆりに抱きついていた。
「あ、ひどい」
「年の順でお前は最後でいいの」
「年の順なら私が一番なんだが」
とハインリヒ。
「お前は初めてじゃないからシャナーンの後でいい」
とミカエルは言っていた。
男達が順番にゆりにひっついていると子供達がやってきた。
「お母さん、名前決まったんだって？ 子蛇も産まれたんだって？ すごいや。『混血』はお母さんのもはや能力だね」
ラギが興奮した様子で言った。
「確かに、王妃の能力ですね」
ヴィラは笑っている。
「クロスかあ、楽しみだなあ。どんな子蛇がついてるんだろうねえ」
シスもうれしそうだった。ロイが、「今日は宴会だよね？ 宴会！」とラギに提案していた。
「そうだね。僕らの子蛇の兄弟蛇誕生を祝って、食堂で宴会をしよう」
「おー！」
「アーねえに教えてあげたいなあ」
ナナミが言った。
「会いにいこうよう」
ミシェイラがナナミの服をひっぱっている。
「会いにいけないのよ」
「ぶー」
「じゃあ邪魔しちゃ悪いからいこうか」
「レーちゃんはプリンが食べたい」
「はいはい」
賑やかな子供達は去って行った。
「王妃の能力かあ……王妃、次は私と王の混血児、がんばりましょう」
ミカエルはゆりの手を握りしめて言った。
「え、それは無理かな」
「無理じゃないですよ」
「無理無理、そうだ、私お腹すいちゃった」
「食べ物を持ってきますよ」
ゆりは自分の部屋で食事をしながら、男達はそのまま酒で乾杯しだした。どうやら今日はもう仕事気分ではないようだ。ジュノーがやってくると、皆にうらやましがられていた。
左目が違うゆりが現れて、男達と再び抱き合ったりもした。
「本当に全員分の鱗があるんでしょうか。子どもが産まれるまでどきどきしますね」
ミルキダスが言った。自分の色だけなかったら落ち込みそうだ。
「大丈夫じゃない？ 多分だけど」
「また、金蛇さんと仲良くなることはできるんですかねえ」
ミカエルが聞いた。
「さあ、どうだろうね」
出産で力を使い果たした金蛇達、だが、きっとそのうちに、また姿を見せてくれるはず、とどちらのゆりも願っていた。
しばらくするとゆりは目を閉じてしまった。シャナーンがゆりを抱き上げて寝室へと運んだ。
「……いずれ、金蛇達にお礼を言える日が来ればいいが……」
フリットがぼそりと言った。
「前回の出産から再会までずいぶんありましたからね。だけど、いつかまた会えますよ。きっと」
ハインリヒが言った。
「泣けてくる……」
イシュタールが泣き出して、男達はしんみりしながら酒を飲んだのだった。
夜が来た。ゆりは結局この日は朝から晩まで寝たり起きたりを繰り返しただけだった。
寝室に光りがぱっと現れてゆりがびびっていると、その光はラーズになった。
「ラーズ」
「ガーベラー慰めておくれー」
ラーズはゆりを見るなり両手を広げてベッドに近づいてきた。
「ラーズ〜」
ラーズはぎゅっとゆりを抱きしめた。
「なんか体調悪い？」
ラーズがゆりをじろじろ眺めた。
「そう見える？」
「うん」
「今妊娠中だし、夏で暑かったりでいろいろあって」
ややこしい話はしたくなかったのでゆりはそう言った。
「そうなんだ。気をつけるんだよ。君に会いたかったんだ。今あっちではガーベラが男になっちゃってさ、もう寂しいのなんの」
ラーズはいじけたように言った。
「……ん？ 今なんていったの？」
「ガーベラが男になってるの」
「ガーベラが……男？」
ゆりは目をまん丸に見開いていた。
「えー？ なんで？ なんで？」
「性別が変わる実を食べたんだよ。後数日で女に戻るはずなんだけどさ、ハーレムを作って騒いでるよ」
「ハーレム！？」
「男ガーベラすごいんだよー女達メロメロなんだよー」
「えー！ 私もガーベラがみたいーハーレム入りたいー」
ゆりがつい目を輝かせて言うと、ラーズがゆりの頬をぷにっと引っ張った。
「こら」
「つい……でも、ハーレムなんて大丈夫なの？ やばいんじゃないの？」
「ハーレムっていっても軽いもんなんだけどね。君まで男になってたらどうしようと思ったから、女でよかったよ。体調も悪そうだし、今日は寝なさい」
ラーズはゆりの背中をなでなでして離れた。
「今日は一杯寝たんだけどなあ。ガーベラの話がもっと聞きたいなあ」
「また今度ね」
「またねー」
ラーズは行っちゃいそうだったので、ゆりは仕方なく寝転んだ。自分では平気だと思っていたが、ラーズから見ると随分体調が悪く見えていたようである。光は消えてしまった。
「男ガーベラ、妄想が膨らむなあ。男なら今はガーベラになれないのかな。一目見たかったなあ……周りの反応、想像したらおかしいなあ」
ゆりは男ガーベラを妄想しつつ、寝転んでいたのだった。
神の国では早朝、ペガサスに乗って空を飛んでいたハロルドは、地上にサントスの姿を見て下降し、地上に降りた。この場所はヒルデリアの果樹園で、他にはない珍しい果物が
実っているのである。変身の実が実ったのもこの果樹園の中の木である。パティウスはこの場は立ち入り禁止になっているのだが、勝手に入って怒られているのである。
サントスはヒルデリアの子供なので、ここで何かを採っていても、怒られるということはない。
「よお、サントス」
「おはよう。早いね」
「まあな、何をしているんだ？」
サントスは片手にザルを持っていた。が、ザルには何もなかった。
「さっきラーズに頼まれてザクロを採りにきたんだけど、今ザクロは一個もなかったんだ。どうしようかなって思ってね」
サントスは悩み顔である。
「ザクロ？ ラーズに頼まれて？」
ハロルドはきょとんとしている。
「うん、どうしようかな。あ、そうだ。赤プルーン、今あるかな？」
サントスはうろうろ歩き出し、ハロルドは後ろからついていった。
「なあ、なんでラーズがザクロを頼んだんだ？」
「女性の体調を整える物が欲しいって言われたんだ。ラーズはここに入りにくいからさ、あ、あった。赤プルーン。食べ頃だ。これにしよう。ハロルド、ちょっと肩に乗せてくれない？」
「え？ ああ」
一本の木にたくさんの実が成っているが、サントスの手が届くところにはなかった。枝は細いので、木登りして実を採るということもできない。サントスはハロルドに肩車をしてもらい、
ハロルドにザルを持ってもらった。
「届いた。落とすから受け取って」
「ああ」
サントスは一〇個ほど赤い実を採り、下に落とし、ハロルドはザルで実を受け取った。
「このくらいでいいか。ありがとう」
サントスはハロルドの肩から降りた。二人は兄弟だが、ハロルドがサントスを肩に乗せたのは初めてである。ハロルドは真っ赤な実を見下ろしていた。
ラーズがサントスにわざわざ頼むとは、意味深である。
「これ、ラーズに持って行ってやるよ」
ハロルドが言った。
「ほんと？ 助かるよ。ザクロはなかったけど、赤プルーンでも多少の効果があるって言っておいて」
サントスは赤い実を麻袋に入れてハロルドに渡した。
「わかった。まかしておけ」
「ありがとう」
ハロルドはペガサスに乗り、親切にもラーズの神殿にその実を持って行ったのだった。驚いたのはラーズだったが、ラーズは素知らぬ顔でお礼を言い、袋を受け取ろうとした。
だが、ハロルドは袋を渡さなかった。
「これ、私が届けてやるよ」
「え？」
「人間界にもって行く気だったんだろ？」
「いやいや、一言もそんなこと言ってないぞ」
「じゃあだれにやるんだよ」
「別にいいだろう」
「私が採るのを手伝ったから、これは私が持ってく」
ハロルドはわけがわからない理屈をこねだした。
「は？」
「というわけで」
「こらこらこら」
出て行こうとしたハロルドの腕をラーズが引いていたが、ハロルドの力の方が強いのでラーズはずりずり前に移動していた。
「ハロルド、ずるいぞ。実をよこせ」
「ずるくないだろう。それに体調が悪いなら心配だ」
「大丈夫だ。彼女は元気だ。ハロルドが心配しなくてもいい」
「わざわざ持って行ってやろうと言ってるんだ」
「ハロルドはそんな暇じゃないだろー！ 私が行くっていってるんだ」
「何やってるの？」
そこにクーリーフンがやってきて、二人を見た。
「ハロルドが手柄を横取りしようとしている！」
「人聞きが悪いな。そうだ。クーリーフン、お前持ってけ。体調を整える実だ。私からだといって」
「私からだろ！」
「私だ」
「私だ！」
「彼女のところに持ってくの？ いいよ。こっちにいても騒がしいし」
クーリーフンは袋を受け取った。
「私からだからなー！」
「違うだろ！」
二人はまだ言い争っている。
(神同士の争いとは思えない……）と思いつつ、クーリーフンは飛んで行った。
クーリーフンが人間界にやってきたのは、人間界では夕方だった。ゆりが一人で部屋にいるところに現れたのだが、ゆりはクーリーフンの胸を見て目を丸くしていた。
「あ、これ？ 今女になってるんだ。もう少しで元に戻ると思うんだけどね。これ、ハロルドとラーズから」
クーリーフンはゆりに袋を渡した。
「女になってるの！？」
ゆりはようやく口を開いた。
「うん」
「えー？」
「昨日聖地に行ったら女の神官達が泣いちゃったよ。僕は女でも男でもたいして変わらないけどねえ」
「いや、変わるよ」
とゆりは突っ込んでいた。目の前のクーリーフンは、自分が女でいることが嫌になるくらい、かわいらしすぎる。
「それじゃ僕は行くよ」
「えーと、これは何かな？」
ゆりは袋を見て聞いた。
「体調を整えるとかなんとか言ってたよ」
「そうなの。ありがとう」
「じゃあね」
クーリーフンは飛んで行った。ゆりはクーリーフンの姿があまりに衝撃的だったので、ガーベラの話を聞くのを忘れてしまった。
「いやー凄まじいわ。女クーリーフン……いやはや……」
袋を開けてみると、赤い楕円の実が一〇個ほど入っていた。
「なんの実だろう。おいしそう」
ゆりが実を食べようかなと思っていると、ミシェイラが部屋に瞬間移動で入って来た。
「ねえマーあのね、あのね、クーのおねえちゃんがいたよ。クーっておねえちゃんいるの？」
「え？ ……えーと、いるかもね」
ミシェイラはクーリーフンを見てしまったようだ。
「やっぱりそうなんだ。クーっておねえちゃんいるんだ」
ミシェイラはほっとしていた。
ゆりはとてもじゃないが、あれがクーとは言えなかったのだった。
神の国では夜、目を開けた月の女神ディアメラは、横に男がいたので「げえ！」と悲鳴をあげていた。
「あんたはまた来たの！？ 勝手に来るなっていったでしょ！？」
「やあ、こんばんは。ハニー」
と体を起こしたのは男ガーベラである。
「ハニーじゃない」
「今日もかわいいよ」
「うるさい！」
ディアメラはガーベラの顔を殴ろうとしたが、どうにも殴れなかった。ライオネルならば平気で殴れるのだが、どうしたことだろうか。
「くっ……一体妖精達は何をやってるの！？」
「月の妖精達はあっちでおねんねしてるよ。ディアメラ、たまには夜の散歩に僕も連れて行っておくれ」
「やなこった」
ディアメラはプンプン怒ってベッドを降りた。ちなみに昨晩も同じようなやりとりがあったのである。
「つれないなあ。僕はもう後数日の命だっていうのに」
「女に戻るだけでしょ」
「女に戻れば、もう二度と会えないんだよ」
「会いたくないわよ」
「いいのかな？ 後で後悔しないかい？」
「しないわよ！ 私は弱い男も、女ったらしも大っ嫌いよ！」
「わかったよ。じゃあ、僕の神殿まで送ってよ」
「いやよ。勝手に帰りなさいよ」
「ここで君が帰るまで待っててもいいけど」
「月の馬車に男は乗せないのよ」
「女でも乗せてくれなかったじゃないか」
「あたりまえでしょ。私はガーベラが嫌いなの！」
「ひどい……ここでふて寝する」
ガーベラはまた寝転んでしまった。
「寝るな！」
こんなやりとりの末、仕方なくディアメラはガーベラを月の馬車で送ったのだった。
「馬車に男は乗せないのにー」
とディアメラはぶつぶつ言っている。どうにもディアメラの調子も狂っているようである。馬車はガーベラの神殿の側で降りた。
「ついたわよ。とっとと降りて」
「じゃあハニー良い夜を！」
馬車から降りたガーベラはディアメラに投げキッスをし、ディアメラは「さっさと寝ちまえ」などと悪態をついて去って行った。
次の晩、ディアメラが目覚めた時にはガーベラはいなかった。
「ふっあきらめたわね。それとも、女に戻ったのかしら」
ディアメラが支度をして妖精達を呼ぶと、妖精達はなんだか元気がない。
「どうしたの？」
「ガーベラ様、今夜はいらっしゃらなかったですねえ」
「はあ？」
「今宵も会えるかと思ってましたのに」
妖精達はすっかり男ガーベラに骨抜きにされていた。
「何を言ってるのよ。あんななよっとしたやつ、男じゃないわよ！ あれは女の敵よ！」
「愛の神様ですから、我らはかないません」
「そうですう」
「側にいるだけで、なんかこう、もううっとりしてしまいましたわ。あんなの初めてで」
「全くもう情けないわね」
ディアメラはふぬけの妖精達を置いて一人、月の馬車で空をかけた。だが、一人空を走っていると、どうにも男ガーベラの顔が浮かんでくる。
「身震いするわ。妖精達をあんなふぬけにしちゃうなんて腹が立つわ。ガーベラめ！ そうだ、文句を言ってやる！」
今宵は何もされていなかったのだが、ディアメラはついガーベラの神殿に馬車を走らせていた。だが、ガーベラは不在だった。
「一体どこに行ったのかしら。もしかして、どこかで女を口説いてるのかしら。やっぱり女の敵ね！」
などとプンプン怒って神殿を出ると、風の妖精に出くわした。
「あら、ディアメラ様、ガーベラ様ならカサンドラ様の神殿よ」
「そうなの？ 全然聞いてないけど」
「会いにいらしたんじゃないの？」
「ぜーんぜん」
風の妖精は「ならなぜここにいるのか」、とでも言いたそうだった。
「ガーベラ様がカサンドラ様を口説いてるって本当かしらねえ。さすがのカサンドラ様も……どうなるのかしら」
「え？ ガーベラがあのカサンドラを？」
「みたいですよーうらやましいわあ」
風の精は去って行った。
「おのれ、女の敵め！」
ディアメラはカサンドラの神殿に向かった。
ディアメラはカサンドラの神殿の側で月の馬車を降りて、神殿に入っていった。
部屋に入ると、確かにガーベラがカサンドラといる。が、その場にはサントスとネルもいた。
４人はディアメラの登場に驚いていた。
「やあディアメラ、僕に会いに来たの？」
男ガーベラが聞いた。
「違うわよ。いや、そうよ。ガーベラがカサンドラに何かしようとしてると聞いて来たのよ」
４人は椅子に座り、向き合っていた。テーブルの上にはカードらしきものが一杯乗っている。ディアメラは４人に近づいた。
「何をしてるの？」
「人間の遊びだよ。カード、ディアメラもするかい？」
「しないわよ」
ディアメラはじろっとカサンドラを見ている。
「どうかしたのか？」
「カサンドラ、まさかあなたまでふぬけにされないでしょうね。がっかりさせないでよね」
「は？」
「ガーベラったら私の妖精達をふぬけにしたのよ！」
「ほーそうか」
「ふぬけって？」
ネルがサントスに聞いた。
「えーと……」
サントスは返答に困っている。
「僕はただ、妖精達に微笑んだだけだよ。他に何もしてないよ」
「私のベッドで勝手に寝たじゃないのよ」
「君には何もしてないよ」
「ガーベラ父さんはカサンドラ様のベッドでも寝てたね」
ネルが言った。カサンドラはぎくりとしている。
「せっかくだからカサンドラにもちょっと女を感じてもらおうかと思って」
「どこのベッドでも寝るな！」
ディアメラは怒っていた。
「まるで妬いてるように聞こえるなあ」
サントスはぼそりと言った。
「何か言った？」
ディアメラがサントスをぎろりと睨んだ。
「いや、何も」
「ディアメラ、遊ぶの遊ばないの？ どっち？」
ガーベラが聞いた。
「私、抜けるからどうぞ」
ネルが席を譲り、「いいわ。遊ぶわ」とディアメラは席に座った。
「私が勝ったら何かもらうわよ」
「口づけをあげよう」
「いらないわよ」
「じゃあ僕に口づけてもいいよ」
「するか！」
「ディアメラ、ルールを説明しようか？」
カサンドラが言った。
「私が知ってるカードゲームをしましょう。『ブタラのしっぽ』というゲームよ」
「ブタラの尻尾？ カサンドラ知ってる？」
「知っておる」
カサンドラはカードを集めて切り、裏返しのままぐるっと円状にカードを並べた。
「ルールは」
「私が説明するわ！」
ディアメラはブタラのしっぽのルールを説明した。
こうして神４人による「ブタラのしっぽ」ゲームが始まった。真ん中に一枚台札を置き、一枚ずつカードを引いて重ねていくのだが、同じマークのカードを出すと、札を全部
取らなければならないルールである。最後に札を一杯持っていた者が負けるのだ。
ゲームをしながらもディアメラは真剣だったので、ガーベラはつい笑っていた。
「何がおかしいのよ」
「ゲームに夢中な君がかわいくてね。つい」
「どんな勝負でも負けたくないわ！」
一度目はディアメラが勝ち、二度目はカサンドラが勝った。
「ふっ、弱いわね。ガーベラ」
（このゲームに弱いとか強いとかあるのだろうか？）などとガーベラは思ったが、ディアメラを立てて、「君は強いね」などと言っていた。
ゲームは３回で終わった。３回目はサントスが勝った。
「そろそろやめよう」
カサンドラが言い出した。
「ガーベラ、負けたんだから何かよこしなさい」
ディアメラはえらそうに腰に両手をあてている。
「僕の時間をあげるよ。これから月の馬車に一緒に乗ろう」
ガーベラはしょうこりもなく言っていた。
「それはいやよ」
「じゃあ僕は帰るのも面倒だからカサンドラと一緒に寝るよ」
「え？」
カサンドラは目をぱちくりさせている
「そんなのだめよ！」
「じゃあ一緒に散歩しよう。じゃあね」
ガーベラは３人に手を振ってさっさと神殿を出て行った。
「ちょ、ちょっと！ ガーベラ、だめだって言ってるでしょ！」
ディアメラは後を追って出て行った。
残されたサントスは、「ディアメラ、結構ガーベラが好きになってるんじゃないかな？」などと言っていた。
「そうだな。ガーベラが百年あの姿だったなら、恋人になっていただろうなあ」
カサンドラはしみじみと言っていた。
「カサンドラ様も恋人になってるんじゃない？」
ネルが言い、カサンドラは「ははは」と笑っていた。
「恋人はともかく、一緒に遊ぶのは楽しい。今のガーベラには側にいると異性をウキウキさせる力があるようだ」
「私もウキウキ。お父さんもウキウキしてる？」
ネルがサントスに聞いた。
「はは、まあ、そうだね」
サントスは笑っていた。
ガーベラは強引に月の馬車に乗り、ディアメラは仕方なしといった感じで隣に座り、月の馬車を走らせていた。
「全く今のガーベラは勝手だわ」
ディアメラはぶつぶつ言っている。馬車は夜空をかけた。
「月が綺麗だね」
夜空には大きな半月が浮かんでいた。そして満天の星空。なんともいえない美しい夜である。
「もしこの先誰かをここに乗せることがあったとしても、僕との夜を忘れないでおくれ。ディアメラ」
ガーベラは月を眺めながら言った。
「速攻で忘れるわ」
「それでもいいけどね」
ディアメラは唇をとがらせていた。
その頃月の神殿では、妖精達がディアメラの寝室でうろうろしていた。なぜかここからガーベラの匂いがするのである。
一体どこから匂うのだろう。一人の妖精がしゃがんでベッドの下を見て、何かを見つけた。
「あ、青い花がいっぱいあるわ」
「えー？」
ディアメラのベッドの下には大量の青い花が隠されていたのだった。
「いつの間に」
「どうする？」
「うーん……」
妖精達は花を片付けるかどうか悩み出した。
「まあ、たまにディアメラ様にもそういうことがあってもいいんじゃないかしら」
「そうね。ディアメラ様に新しい世界が開けるかもしれないしね」
「このままにしておきましょう」
妖精達はガーベラにぽっとしていたので、ベッドの下の花はそのまま置いていたのだった。
早朝、ディアメラは月の神殿に帰ってきた。
「ディアメラ様、お一人でした？」
妖精が聞いた。
「ガーベラといたわ」
「まあ！」
「あいつ、ずっと歌を歌ったりして私をくどこうとしたけど、私の心は動かなかったわ。ふっ」
ディアメラは勝ち誇った表情である。
「そうなんですか？」
「あんな女ったらしは嫌いよ。さあ、寝るわよ」
ディアメラは寝室に行ってしまった。
「私は勝ったわ」
ディアメラはベッドにごろんと横になった。目を閉じたものの、なぜかガーベラの顔が浮かんでくる。ディアメラと一晩中馬車に乗った男は今までいなかったのである。
しかも腹が立つことに、馬車に一緒に乗っていても、さほど不快ではなかった。不快だったなら、すぐ馬車から降ろしていただろう。
「なんてこと。私にはバリアスがいるのに。まあいいわ。今日は勝ったし、明日も勝つわ」
明日もガーベラと会うのかどうかは謎だが、ディアメラはそのまま眠りについた。
一方、ガーベラの神殿ではダーナが待っていた。
「ガーベラったらどこに行っていたのよー」
「ちょうどよかった。一緒に寝よう」
「え？」
ガーベラはダーナを寝室に連れて行き、わくわく顔のダーナを抱きしめたままぐーと寝てしまった。
「ちょっと、寝るって、本当に寝ないでよ」
ダーナはガーベラの頬をぺちぺちたたいている。
「ダーナ、とってもいい匂いだよ。ちょっと寝かせておくれ」
「もー」
ダーナは仕方なくガーベラの寝顔を間近で見つめていた。
「やっぱり好きーこっちから迫ってやるー」
ダーナはガーベラにキスしまくったが、ガーベラはよほど眠いのか目を覚まさなかった。寝室にぞろぞろと女達がやってきた。
「あ、お母さん、ずるい！」
「代わって！」
やってきたのはダーナの娘達である。
「いや、この場所は譲らない」
「私後ろから抱きつくー」
「私も」
「ちょ、ちょっと！」
ベッドの上に３人もの女の子が乗っかってきた。
「ちょっとー」
「よしよしみんなおいで」
ガーベラは目を閉じたままこんなことを言っている。
「ガーベラったら！」
「ガーベラ様〜」
ガーベラと女達はしばらくベッドで寝転んでいたのだった。
罪作りな神はいつまで女達を惑わすのか。
ラメーンの神殿ではシャリィは男のままである。
シャリィは変わらずラメーンと一緒に寝ようとするのだが、事情を聞いたライオネルは、「そりゃやばいだろ」と言っていた。
「別に何もしないからやばくはないだろう」
「男同士で一緒に寝るなんてよー」
「ちなみに男の時は力が違うんだ。青いハートを飛ばすんだ」
「え？ 青いハート？ どんな効果があるんだ？」
「さあ」
「シャリィ、俺にハート投げて」
ライオネルはシャリィに頼んだが、シャリィはべーと舌を出していた。
「冷てえなあ」
「何をするわけでもないが、早く女に戻ってほしい」
ラメーンは、切実にそう願っていたのだった。
つづく
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