第17話

ミシェイラとレーヌの二人は仲良しで、一緒のベッドで仲良く寝ている。年は六歳ほど離れているが、ミシェイラの方が少し大きいくらいだ。

ゆりが何もしなくても、レーヌは兄弟姉妹達からいろいろなことを教えてもらって賢くなっている。兄弟が多いと、子育ては非常に楽である。

ミシェイラとレーヌの場合、兄弟も多いし、トーも多いし、ハザークパパもいる。教師にはことかかない。


レーヌは寝る時に枕の横に二つ巻き貝を並べている。二つ目は過去の女王の元に行き、最近帰ってきたばかりだ。

「クーに会いたいなあ」

二人で寝転びながらミシェイラが言った。

「レーちゃんもトーに会いたいなあ。また行こうかな」

レーヌが言った。

「ミーも行く。連れてって」

「一緒にいこ」

「うん。ほんとに行ける？　どうやっていくの？」

「夢だよ。ちゃんといけるかどうかわからないけど。ミーちゃんこれもって」

レーヌは巻き貝を一つミシェイラに渡した。二人で巻き貝をそれぞれ握りしめた。

「一緒にいけたらいいね」

「うん」

二人は巻き貝を握りしめたまま眠りについたのだった。

翌朝二人は目覚めたが、神の国には行けなかったようだ。

「だめだったねえ」

「だめだったね、でも今晩もためそうよ」

「うん」

こんな感じで、二人はゆりが知らない所で神の国に行こうとしていた。だがやはり行こうとして行ける場所ではないのかなかなか行けなかった。


その夜も神の国に行きたいと願って寝てみたが行けず、ミシェイラはゆりに、「どうやったら神の国に行けるの？　ママ連れてって」などと言っていた。

「神の国に行けるかどうかは運だからねえ。またクーリーフンにも会えるって」

ゆりは一緒に行こうとは言わなかった。

「絶対？」

「絶対会えるよ。だから行けなくても大丈夫よ」

「ベツマー」

ゆりの左目が変わった。

「マー神の国に連れてって」

「無理なのよ。クーリーフンならそのうちまた来てくれるって」

「マーだけ遊んでずるい」

ミシェイラは口をとがらせていた。

「ずるくないの」

「今度神の国に行ったら、クーにきてってお願いしてよね」

「今度行けたらねー」

「絶対だよ。約束破ったら蛇とチューしてもらうからね」

ミシェイラは説教するように言っていた。

「蛇とチュー？　別に今してもいいけど」

「黄色と黒のしましま蛇だよ？」

「え？　毒蛇のこと？　ママ死んじゃうよ？　ミシェイラはママがいなくなってもいいの？」

「絶対嫌。だからクーにお願いしてね」

ミシェイラはそう言って部屋から去って行った。

「子供の理屈はわからん。全く……」

ゆりは苦笑している。

「毒蛇とチュー……あっちはやばいけど私なら平気なのかな？　それとも、妊娠中の今は平気かも？　まあ試さないけどね」

だいぶこの世界よりの体にはなってきているとは思うが、毒蛇に免疫がついているのかどうかは謎である。いまだに黒目のゆりは毒蛇には触っていない。



そして神官クーガがやってきて二日後のことである。この日はミシェイラは結界を作る練習をしたり、レーヌは文字を書く練習をしたりして過ごした。

午後になるとミシェイラは眠くなってきたので、レーヌも一緒にお昼寝をした。二人とも巻き貝を握りしめて寝たのだが、念願の神の国に行くことができたのだった。


気づいたら二人そろって一面のお花畑にいた。

「わーきれい！」

周りにはピンク系の花が一杯咲いている。

「ここどこ？　神の国？」

ミシェイラが聞いた。

「そうかも」

とレーヌが答えた。空は真っ青である。

「クーいるかな？」

「きっといるよ」

「会いたい！　どこにいるかなあ」

「さがそう」

「うん！」

二人は手をつないで歩いて行った。お花畑を抜けて草原に出た。女の人がふわふわ飛んでくるのが見えたので手を振った。

「あらー人間の子供だわ。こんにちは」

風の妖精は近づいてきて二人に挨拶してくれた。

「こんにちは、私、クーリーフンに会いたいの！」

ミシェイラが元気よく言った。

「クーリーフン？　あー……クーリーフン様は今はねえ……」

妖精はちょっと困った感じである。

「私はオルガさまに会うの」

レーヌも続いた。

「オルガ様？　そちらは大丈夫だけど、いきなりつれてっていいのかなあ」

「いいの。トーだから」

「トー？　まあいいか。子供だし、怒らないかな。とりあえず、夜の神殿に連れて行ってあげる」

妖精は子供二人を両腕に抱っこして飛んで行った。

「すごーい」

そして妖精は暗い夜の神殿に二人を置いて去って行ったのだった。


「トー」

子供の声でオルガは目を覚ました。今は昼間なのでオルガは寝ていたのである。見ると部屋の中に女の子が二人いる。

「レーヌ？」

「トーにあいにきたのー」

レーヌは笑顔でベッドに近づいてきた。オルガは体を起こした。

「また来ることができたんだな」

「うん！」

ミシェイラは寝室の入り口でじーとオルガを見上げている。黒い長い髪の男はミシェイラにとっては珍しい。ちょっと怖そうに見えるのかもしれない。

「トー優しいよ。こわくないよ」

「レーちゃんのトーなら、ミーのトーなの？」

ミシェイラが聞いた。

「そっちの子は……」

「ミーちゃんは、レーちゃんのおねーちゃんなの」

レーヌがミシェイラをオルガに紹介した。

「おねえちゃん、そうか。姉妹でも随分違うんだなあ」

オルガはつい二人を見比べて言っていた。レーヌは黒髪だが、ミシェイラは銀に金髪まで混じっている。

「ミーのトーなの？」

ミシェイラが再び聞いた。オルガは返答に困っている。

「トーでいんじゃない？」

レーヌがかわりに答えていた。ミシェイラは部屋の中に入ってきた。

「じゃあトー、ミーはクーに会いたいの。会わせて」

ミシェイラはやはりこんなお願いをした。

「クー？」

「クーリーフン！」

「クーリーフンか……」

オルガは困った顔付きになった。今のクーリーフンは女である。会わせていいものかどうか。

ミシェイラはオルガに近づいて顔をじろじろ眺めていた。一方レーヌの方は自分からオルガの膝に乗っている。

「トーの目はおもしろいねえ」

「クーリーフンはともかく、せっかくきたんだからどこかに連れていってやりたいが、どうしたものかなあ……」

「クーのとこ」

ミシェイラは是が非でもクーリーフンに会いたいようだ。

「ちょっと待っててくれ」

オルガは仕方なく息子のティラを呼び、クーリーフンを探してもらうことにした。ひょっとしたら今日すでに男に戻っている可能性もある。

「クーリーフンはどこにいるかわからない。見つかるまで行きたい所はあるか？　ここは暗いし珍しいものもそんなにないからつまらないだろう」

「ガーベラの神殿」

ミシェイラは元気よく答えた。

「ガーベラの神殿は今はちょっとなあ……他はないか？」

「なんでだめなの？」

ミシェイラが聞いた。

「うちのママガーベラとお友達なんだよ。ね」

レーヌが言うと、ミシェイラが「違うよ」と言い出した。

「ママは時々ガーベラになって遊んでるんだよ。ミカエル達に遊び過ぎっていわれてる」

「？」

オルガは考えるように首をかしげていた。

「ガーベラになって遊んでる？　どういうことかな？」

「ママは神の国で遊んでるんだって。トーもママと一緒に遊んだ？」

まさか小さい子供達経由でばらされることになるとはゆりも思わなかったに違いない。

オルガは全くなんのことかわからずに、目を見開いていたのだった。


星の神ティラはガーベラの神殿でクーリーフンを見つけたが、クーリーフンはまだ女だった。

「今会うと泣かれるかもなあ。会わない方がいいかも」

なにせ、散々神官や信者には泣かれている。

「せっかく来たのにかわいそうだけどねえ」


というわけで、オルガは他に子供達が喜びそうなことを考えなければならなかった。ここまで自分を慕っているのだから、外に放り出すわけにもいかないと思ったのだろう。

「そうだ、人間界では珍しい生き物とかどうだ？　見たくないか？」

「ハンター君がみたい！」

ミシェイラが一番に言った。

「ハンター？」

「尻尾が蛇なの！」

「ああ、あの生き物か。よく知ってるな。あの動物もどこにいるやら。ハロルドのとこにいるのかな？　私は一度見たっきりなんだ」

「ママはハンター君が産まれる時いたんだよ。だから聞いたの」

とミシェイラ。

「産まれる時いた？」

「そうよ。神の国で遊んでたの」

ミシェイラとレーヌの問題発言は続いていたが、小さい子供の言うことなので、オルガも心底怪しんだりということはしなかった。


オルガは二人を抱えてとりあえずハロルドの神殿に行くことにした。昼間はあまり活動したくはないが、仕方がない。

ハロルドの神殿は大きく光輝いていたので、ミシェイラが、「なんでトーのおうちは暗いの？」とオルガに聞いていた。

「私は暗いのが好きなんだ」

「そうなの？」

「ハンターがいるといいが……」

オルガはハロルドの神殿の周りを見渡したが、それらしい獣の姿は見えなかった。

「いないかも。ちょっと待っててくれ」

オルガは二人を神殿の外で待たせてハロルドの神殿の中に入った。中にハロルドがいた。

「ハロルド、ハンターは今どこにいる？」

「ハンター？　さあ、毎日バリアスがあちこち連れて行ってるから私は知らん」

「そうか。困ったな」

オルガは顎に指をあてている。

「ハンターに何の用があるんだ？」

「実は……」



ハロルドはオルガと一緒に神殿の外に出た。そして、神殿の外の階段に座っている二人を見たのだった。

「あ、おっちゃんだ！」

ミシェイラがハロルドを見るなり言ったので、オルガはぽかんとした顔付きになり、次にぷっと笑っていた。

「あ、こいつら、なんでここにいるんだ？」

ハロルドは驚いている。

「突然やってきたんだ。なんでと言われてもしらん」

オルガはちょっと笑いながら言った。

「オルガもおっちゃんと呼ばれたろ？」

「いや」

「なんでだ。私よりオルガの方がおっちゃんだろう。どう見ても」

ハロルドはそこにムキになっている。

「二人がハンターを見たいというので連れてきたんだが、いないのならどうしようかな。探すのも面倒だし」

「おっちゃんはマーが好きなんだよ。このまえね」

ミシェイラが話しだした時、ハロルドはあわててミシェイラに近づいて口に手をあてようとしたが、ミシェイラがひょいとよけたので、抱き上げていた。

「そうだ。ペガサスに乗せてやる。乗りたいだろー？」

「のりたい！」

「私がこの子らの面倒をみてやる。いっていいぞ」

ハロルドはオルガに言った。

「いいのか？」

「いい」

「そうか。ありがとう。じゃあな、二人とも」

「トーまたねー」

ミシェイラがオルガに手を振った。

「トーだっこ」

レーヌはオルガに両手を挙げたので、オルガはレーヌを抱っこした。

「またな。元気でいるんだぞ」

「うん。今度お歌を歌ってね」

「今度な」

オルガはレーヌを降ろして飛んで行き、ハロルドはペガサスを呼び寄せていた。ペガサスはすぐに飛んできて地上に降りてきた。翼の風圧で、二人は目を細めている。

「わーでかい！」

「プリモより翼がでかいね！」

白い優雅なペガサスを見て二人は喜んでいた。

「二人とも、ママのことはここでは話しちゃだめだ」

ハロルドは二人に言った。

「なんで？」

ミシェイラが聞いた。

「だめなものはだめなんだ。ママのことは秘密のことなんだ。話さない。約束だ」

「マーが神の国で遊んでることは秘密？」

ミシェイラが聞いた。

「秘密」

「わかったあ」

レーヌが言った。

「絶対だぞ。そっちの子もな」

「はーい」

ミシェイラが片手をあげた。

「それからいつまでもおっちゃん呼ばわりはやめろ。私のことは『ハロルド様』と呼ぶように」

「ハロルロさま」

「ハロルロちゃま」

「ハロルド様」

ハロルドが訂正した。

「ハロ様でいい？」

「まあいいだろ」

「ハロ様」

「マーがハロ様のことスキっていってたよ」

「そうか」

「虹のオニーチャンのこともスキっていってた」

「虹のおにいちゃんはすっごい宝石ママにくれたんだよ」

ミシェイラの言葉にハロルドはぎょっとしていた。

「あのやろーめ」

「でもカニも宝石と同じくらいうれしいっていってたよ」

「そうか」

ハロルドは二人をペガサスに乗せた。プリモとは違い、本場のペガサスはすぐに空高くまで飛んだので二人は「キャーキャー」騒いでいた。

「すごい、高い」

「すごーい！」

「やれやれだ。なんで私が子守りを……」

ハロルドは自分が引き受けたとはいえ、小声でぶつぶつ言いながらペガサスを操っていたのだった。


ミシェイラとレーヌの二人は、３時間もお昼寝をして目を覚ました。

「楽しかったね」

「うん」

そして夢での話をゆりに聞かせたのだった。

「ハロ様ペガサスにのせてくれたの」

「すっごく高い所まで飛んだよ。すごいよ。翼ばさばさって」

「ペガサスに乗ったの？　すごいじゃない。よかったねえ」

二人が神の国に行ってハロルドに会ったと知り、黒目のゆりはびっくり仰天していた。

まさかハロルドが二人の世話をしてくれたとは。

「ハロ様かっこいいね」

「たくましいね。ママ仲良くしてあげてね」

『おっちゃん』から『ハロ様』に昇格していていたのでゆりはほっとした。

「ハロ様やさしいよ」

「トーになってもいいよね」

二人はハロルドをヨイショしまくっていたので、ゆりは怪しんだ。

「何かもらったの？」

「なんももらってない。ニーとネーにも話してくる」

二人は部屋を出て行った。

「あやしい……」


その後、ラギがゆりの部屋にやってきた。

「お母さん、あの二人、口止めしなきゃやばいよ。お母さんが神の国に行ってること、話しちゃうかもよ」

ラギはそこを心配していた。すでに暴露されまくっているとは気づいていない。

「そうかなあ。でもまあ、子供が言うことだから、だれも信じないでしょう。今日はハロルドに会ったって言ってたし」

「オルガ様にも会ったみたいだよ」

「そうなの？　レーヌはオルガ好きだからねえ。二人があんなにハロルドを好きになるなんて、なんか怪しいと思わない？」

ゆりはそっちを気にしていた。

ミシェイラとレーヌの二人は、会う人みんなに神の国に行ってペガサスに乗れたことを話していた。

「よかったですねえ」

「いいですねえ」

と周りは反応している。

二人がハロルドに好意的過ぎなので、ゆり一人が怪しんで、「やっぱり何かもらったんでしょ？」と二人に聞いていた。

「もらってないよ。シンジャになったの」

ミシェイラが答えた。

「信者？　ハロルドの？」

「信者は神様をほめるもんなんだって。ミーはクーの信者でハロ様の信者にもなったの。ちょうど１００万人目の信者だから、記念に今度クーを連れてきれくれるって」

「100万人目？　そんなキリ番あるの？」

（勧誘の仕方が卑怯）とゆりは思ったが、口には出さなかった。この世界に１００万人も人間がいるのかどうか、いつから数えて100万人目なのかも謎である。

「レーちゃんは100万１人目だよ。すごいでしょ」

「すごいね」

「マーも今信者になろうよ。100万二人目だよ」

レーヌはゆりを勧誘している。

「聖地が発行する記念カードがもらえるよ」

「えーそれほんと？　じゃあなろうかな」

ゆりはカードが欲しくなった。

「ほんとにもらえるの？」

「神様はウソつかないもんね。絶対くれるもんね」

「楽しみだねえ」


翌朝、蛇の国に聖地からの魔法の使い鳥が飛んできて門番に小さい箱を渡して行った。

一体何事か、とラクシュミが王の間で箱を開けてみると、中には二枚の紙と草の模様をあしらった銀の丸いブローチが二つ入っていた。

ラクシュミもミシェイラとレーヌの話を聞いていたので、すぐに二人を呼んだ。二人と一緒にゆりがやってきた。

「やったあ！　カードがきたあ」

「やったやった！」

二人は大喜びである。

「カードというか、賞状だね」

とゆりは紙を眺めた。横幅20センチほどの長方形の紙には、『あなたを100万人目のハロルド様の信者と認定します。』と書かれていた。レーヌのは100万一人目となっている。

ハロルドに頼まれて神官が書いたのかもしれない。ブローチは、ハロルドの神殿の周りに生えている草の模様で、緑の小さい宝石が一つついていた。なかなかおしゃれである。

それを見たナナミは、「いいなあ。私もほしい。母様、ハロルド様に申請しといて」と言っていた。

「僕も欲しい」

「僕も」

「僕も」

他の子供達までうらやましがった。

「母様、まとめて申請して」

とナナミ。

「うーん、このセットはもう贈られてこないと思うけどねえ」

「えーいいなあ」

「えへへー」

二人はうれしそうにブローチを胸につけてもらっていた。

「ミーは100万人目だから、クーにも会えるんだよ。クーいつくるか楽しみだなあ」

ミシェイラはとってもうれしそうな表情である。


「相手が神様じゃなかったら、絶対悪い宗教の勧誘ね」

ゆりがぼそっと言い、それを聞いたラクシュミは、「絶対本人に言うんじゃないぞ」と注意していたのだった。



つづく

一二部

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