第18話
ゆりの子供達が神の国にやってきた日の夜のこと、夜の神オルガがハロルドの神殿にやってきた。ハロルドは起きていたので、珍しく部屋で二人で酒を飲むことになった。
「昼間はありがとう」
オルガはハロルドに礼を言っていた。オルガは子供達の相手をしてくれたことについてのお礼を言いに来たようだ。
「いいや」
「あれからどうしたんだ？」
「ペガサスにしばらく乗せてやった。喜んでたぞ」
「そうか」
オルガは何かいいたそうな顔付きだったので、ハロルドが「他に何か？」と聞いた。
「ハロルドは……あの子達の母親が好きなんだろ？」
オルガがずばりと聞いた。
「ん？ うーん、まあな」
「ラーズもそうだろ？ この前、あの子達の家に行ったらラーズがいたんだ」
「なんで行ったんだ？」
ハロルドはそこが気になったらしい。
「なんでだったか……そうそうサラディンの件だった。サラディンが、ある日目覚めたら突然人間界、しかも女性の横にいたといって驚いていた。その女性はあの子達の
母親だったんだが、彼女はおまじないでサラディンがあそこに飛んだと言ってた」
「え？」
その話は初耳だったので、ハロルドは目を見開いていた。
「それで、彼女に訳をもっと聞いてきてほしいとサラディンに頼まれて、行ったらラーズがいたわけだ。あの女性、神に縁があるな。ラーズまでがその気になるとは、
彼女には相当の魅力があるんだろうな」
ハロルドは口をぽかんとあけていた。どう言えばいいやらわからなかったようだ。
「あー……オルガは、別に興味をもたなくていい。彼女には一切関わるな。一切」
ハロルドは力を込めて言ったが、言えば言うほど逆効果になりそうな気もする。オルガは様子をうかがうようにハロルドを眺めている。
「彼女は、たまに神の国に来ているのか？」
「え？」
オルガがどういう意味で言ったのか、ハロルドにはわからなかった。
「違うのか？」
「子供はよくこの世界に来るが、大人はどうかな」
ハロルドの視線がうろうろ動き始めた。どうも動揺しているようだ。
「確信に迫っているようだが」
「迫ってない。オルガはガーベラのことだけ気にしてろ」
「ガーベラか、そろそろ女に戻ると思うんだが……」
「戻るとも。じゃあ私はそろそろ寝る。おやすみ」
ハロルドは、これ以上話すのはまずいと思ったのか、しまいにはオルガを神殿から追い出したのだった。
「どうも気になる……まあいいか。ガーベラはどうなっただろう」
オルガはガーベラのことも気になったが、神殿に行きガーベラが女と一緒のところに出くわすのも気まずいので、会いには行かなかったのだった。
ガーベラは女から男になって神の国では12日が経った。目安の１０日は過ぎてしまったのだ。
困ったことに、今のガーベラが神の国になじんできている。まるで以前からそこにいたような気がするほどに。
「お母さんがこのままお父さんでもいいような気がしてきた」
と子供達も言っているほどだった。
「今のガーベラ様も素敵ですよねー一緒にいるだけでわくわくしちゃう」
ライサなどはこう言っているので、伝令の神グレンもため息をもらしている。
「ガーベラがずっとあのままだったら、私はなんとしても女になる」
ラーズはまだそう言っているが、神が成人してからの性転換はなかなか難しいようだ。
ラクアは女になる気はないようなので、ラーズはグレンを誘っていた。
「ガーベラがもしずっと男のままだったら、一緒に女になろう」
「私は女にはなりたくないです」
グレンもラクア同様あっさり断っている。
「グレンの愛もその程度か」
「ガーベラ様にはなんとしても女性に戻っていただきたい。そうでないと、私はガーベラ様を二人も失ってしまうことになります」
グレンは切なげに言った。
「二人？ ああ。グレンはあっちに会いに行ったりしないのか？」
ラーズはグレンに聞いてみた。
「しません。誘ってもいただいてませんし。ラーズ様は誘われて行ったんですか？」
「いや、勝手に行ったかな」
「…………」
グレンは恨めしげな目つきを向けていた。
「人間の一生は短い。躊躇してたらおばあちゃんになっちゃうぞ」
「彼女はおばあちゃんにはなりませんよ」
グレンは言った。
「なぜだ？ 長生きできないってことか？」
「そういう意味ではないです」
「じゃあなんだ？」
「深い意味はないです」
「そうか。あ、今はだめだぞ。体調が弱ってたから。それじゃな」
ラーズはそこでグレンと別れて飛んで行ったのだった。
「体調が……」
グレンはどうにもゆりのことが気になってしまった。
人間界では夜のこと、自分のベッドにいたゆりは、部屋の中が光り輝くので目が覚めた。「もしやハロルドが？」と思ったが、部屋にいたのはなんとグレンだったので驚いた。
ゆりがガーベラだとばれてから、ここでグレンと会うのは初めてである。
「グレン？」
「こんばんは」
「驚いた」
「普通に訪問するのは初めてですね」
グレンはちょっと恥ずかしそうである。ゆりはベッドの上に正座をしていた。
「会えてうれしいわ。今日はどうしたの？」
「体調がすぐれないと聞いたので、滋養に良いものを聖地で買ってきました」
グレンは持っていた麻袋から30センチほどの高さの細くて青いガラス瓶を出していた。何かの液体のようである。
「えーどうもありがとう。神様も聖地で買い物をするの？」
「たまには」
ゆりは瓶を受け取って両手で抱えた。
「すごくうれしいな」
「思っていたより元気そうでよかったです」
ゆりが片手を出したので、グレンはもっと近づいてその手を握っていた。なんとなくいい雰囲気になっていたら、「あ、やっぱりいた」と男の声が聞こえて二人はぎょっと
手を離していた。部屋に入ってきたのはラーズである。部屋の中が光り輝き、一気に色彩豊かになった。
「ラーズ様」
さすがのグレンも驚いていた。
「グレンが来そうな気がしたんだよなあ」
ラーズは頭をかいていた。
「神様が二人も来るなんてすごい。この上ハロルドも来たらどうしよう」
ゆりはつぶやいている。
「ははは、あ、結構元気になったんだね。よかったよ」
ラーズはゆりを眺めて言った。
「あの贈り物のおかげね。ありがとう」
ラーズはゆりが抱えている瓶を見た。
「グレンは何をもってきたんだ？」
「なんでもいいでしょう。じゃあラーズ様、帰りましょう」
グレンはゆりのベッドから離れていた。
「私は今来たばっかりなんだけど」
「聖地以外で神がそろっているのはよくないですよ」
「じゃあグレンが行けば」
「行く時は、一緒で」
「なんでだよー」
ラーズとグレンのやりとりを、ゆりは面白そうに眺めている。
「あ、そうだ。ガーベラはどうなったの？」
「ガーベラは男のままだよ。今はディアメラをくどいてる」
「ディアメラを？」
「さすがのディアメラも落ちそうなくらいだ。あのガーベラはやばい」
「私も見たいなあ。男ガーベラ様。この前女クーリーフンには会ったわよ。クーリーフンは、やっぱり男の方がいいわ」
「聖地に行ったら信者が大勢泣いたらしいからね」
ラーズの言葉にゆりは、「そりゃそうよ。私だって信者だったら泣いちゃう」と言っていた。
「ガーベラと違ってクーリーフンは中身は全く変わらないけどね。じゃあそろそろグレン、さよなら」
ラーズはグレンを行かそうとしていた。
「私を行かせて何をする気なんですか？」
グレンは横目でラーズを見ている。
「何もしないよ。グレンがいたら色気がある話もできないだろう」
「しなくていいですよ。彼女は体調が悪いと言ったのはラーズ様でしょう」
「話だけだよ。他には何も……他に誰か来た」
ラーズがベランダの方に目を向けた。
「え？」
とグレン。
「ハロルド？」
ゆりが聞いた。
「どうだろうなあ」
「……私はどうしましょう」
グレンは少々困った顔付きである。
「別に大丈夫だろう」
ラーズは窓まで歩いて行き、カーテンを横に引いた。
「おっと……またオルガか」
なんとベランダの外にいたのはオルガだったようである。
「オルガ様が？ どうして？」
グレンは不思議そうな顔付きだった。ハロルドなら理由が分かるが、オルガならば理由がわからない。オルガが部屋に入ってきた。色彩が豊かなラーズと、
黒衣のオルガ、二人は対照的である。部屋に神が３人そろうとは。ゆりはもし前もって知っていたならば、もっと良い服を着て化粧もしていたのに、と残念に思っていた。
３人の中で一番貫禄があるのがオルガである。長い黒髪で、裾までの黒衣、とっつきにくそうな神だが、実はすごく優しい神だということはゆりも知っている。そして
オルガはとても良い声をしている。
「オルガ、ここで二度も出会うなんて、どういうつもりなんだ？」
ラーズが不審げにオルガに聞いた。
「それは私が言うことじゃないか？ ラーズに、グレンまで何をしている？」
オルガはグレンを見てさらに驚いていた。グレンは対応に困った様子でオルガから視線をそらしている。
「我らの前に、オルガはどうしてここに来たんだ？」
ゆりはベッドの上で背筋を伸ばして正座をしている。オルガに挨拶をしたいがタイミングを見計らっているようだ。
「私は、また偶然通りかかったんだが、誰かいたようなんで気になってしまった」
オルガが答えた。
「この世界は広い。偶然通りかかったんじゃなくて、ここを目指してきたんじゃないのか？」
「そういうわけじゃない」
オルガがようやくゆりを見たので、ゆりは「こんばんはオルガ様」とようやく挨拶した。
「つくづく神に縁があるようだな」
「はい……」
ゆりもなんといっていいやら分かりかねた。
「あ、そうだ。子供達がお世話になりました。オルガ様のところに行ったんでしょう？」
ゆりはそのことを思い出した。
「うちのレーヌは、オルガ様が本当に好きで」
「結局遊んだのはハロルドだがな。ラーズが彼女が好きだというのは聞いた。グレンは？」
「私は……まあ、ラーズ様と似たような感じで……」
グレンは歯切れが悪い返答をしていた。
「気難しそうなグレンが人間の女に興味を？ ハロルドにラーズにグレンまで？ 一体どういうことだろう」
「オルガまで気になりだしているじゃないか」
「理由が気になる」
「話してもいいが、聞くならオルガも彼女を好きにならなきゃいけないぞ。どうする？」
ラーズの言葉に、オルガは眉をひそめていた。
「どういうことだ？」
オルガが聞いた。
「言った通りの意味だ。我らが彼女を好きな理由を聞いてオルガも彼女を好きになるか、好きにならずに理由も聞かないか、どちらかしかない」
「ラーズ様、話がめちゃくちゃですが……」
グレンははらはらして言った。
ゆりも予想外の展開にどう反応していいやらわからない様子である。
「どっちを選ぶ？」
ラーズが面白そうに聞いた。
「うーん……聞かない方がいいのか？」
オルガはグレンに聞いていた。
「聞かない方がいいでしょう」
とグレンは答えた。
「そう言われると気になる。もしやサラディンもここに通ってないだろうな」
「まさかまさか」
とゆり。
「あのおまじないと関係があるのか？ 3人はここに呼び出されて、彼女を好きになったんだろう？ だが、そろって好きになったんだから、もっと深い理由があるはずだ」
「彼女を好きになると誓うなら話すよ」
とラーズ。
「え、いや、そこまでしていただかなくても……」
ゆりは尻込みしている。オルガは悩んでいる様子である。どうしても神がここに来る理由が知りたいようだ。
「もう私から話します。実は、私の魂はガーベラ様に近いようで、時々、ガーベラ様の体を貸してもらって、神の国で遊んでました。それがハロルド様にまずばれて、
ラーズ様にばれて、グレン様にばれたという感じです」
こうなったら仕方がないと、ゆりは自分で暴露していた。オルガはきょとんとしている。
「神の体を人間が借りるなんてことができるのか？」
「正確には、ガーベラはわざと彼女と体を入れ替えて遊んでいた。最初は。それで彼女が神の国で面白いことをしてくれるんで、続けて貸してたんだ。我々は神の国でも
彼女と会ってたわけだ」
ラーズが続いた。
「知らなかった。神の国で私と会ったことはあるのか？」
オルガは少々ショックを受けた顔付きである。
「ありますよ。でもオルガ様とはそんなには接触はしてないかな」
ゆりは遠慮がちに言っていた。
「ちなみに何度くらい来たんだ？」
「さあ、もうわかりません」
「何度も来ていたということなのか？ どう反応していいか全くわからない。あ、子供達が、ママは神の国であそんでると言ってた。あれはそのままの意味だったのか」
オルガはようやくそのことに気づいていた。ハロルドがごまかしたがるわけである。
「しかし、人間がガーベラになっていてだれも怒らないとは……ハロルドなら怒りそうだが」
「怒らんさ。ハロルドの子供は全員彼女がガーベラの時にできたんだからな」
「え？」
「彼女の出産率が高いから、ハロルドは彼女を追いかけてるわけだ。性格も面白いしな。神様になっても堂々としてるんだから並じゃない」
「じゃあ、サラディンがここにいたことも関係があるのか？」
オルガがゆりに聞いた。
「実は、こちらで目覚める前に、神の国でサラディン様とひっついてたみたいで、目覚めた時に連れてきちゃったんです。ウソをついてすいません」
ゆりはしゅんとして謝っていた。
「あの時のことは本当に記憶がなくて……」
「いろいろ聞いてもどう反応していいやらさっぱりわからないな。私はガーベラの最初の恋人なんだが、全く知らされていないのもショックだし」
「彼女はオルガとはあまり接触してなかったからさ。ま、そういうわけだ。我々が彼女を好きになった理由がわかっただろう？」
「信じられないが、そうなんだろうなあ。今度、ガーベラになったら私に会いに来てくれ」
「え」
ゆりはどきりとしていた。
「向こうで会ってみたい」
「はい、じゃあそういう機会があれば、お邪魔します」
ゆりはそう答えた。
「じゃあ、私は行く。二人も長居しないようにな」
オルガは消えた。
ゆりははーと長い息を吐いていた。むちゃくちゃ緊張していたらしい。両手は汗ばんでいる。
「ラーズったらめちゃくちゃいうんだから」
「私もあわてましたよ」
グレンも胸をなでおろしていた。
「ばれるなら君に好意をもたないと困るだろう？ ま、オルガは大丈夫だろう。ばれて一番やばいのはラクアだ。ラクアには絶対ばれないようにしよう」
「はあ」
「まさかオルガ様までやってくるなんて……そろそろ寝た方がいいですね。さ、ラーズ様行きましょう」
グレンはラーズを促していた。
「今日は帰るか。じゃあね」
ラーズはゆりの頬にちゅっとキスした。それを見たグレンは「私もいいですか？」とゆりに聞き、「はい、もちろん」とゆりが答えたので、同じようにちゅっとゆりの頬にキスし、
二人は去って行ったのだった。
二人が消えた後、ゆりは緊張しまくっていたのでベッドに両手を挙げて寝転んだのだった。
衝撃の告白を聞いたオルガは、夜空を漂うのもそこそこに神の国に帰っていた。いろいろなことを総合すると、ゆりが話したことは真実なのだろうが、
どうにももやっとした気分が晴れない。
ガーベラにゆりが入っていたということよりも、ガーベラの古い恋人なのに全く知らなかったということが一番ショックだったのかもしれない。
オルガが神の国でガーベラの神殿の前にいると、ガーベラが神殿に戻ってきた。どうやらでかけていたようだ。
「やあオルガ、こんばんは。良い夜だね」
「今帰りか？ ディアメラか？」
オルガが聞いた。
「そうだよ。ディアメラがかわいくてねえ」
「その気になったとたんに女に戻ったんじゃ、ディアメラも気の毒だと思うが」
「男に興味がもてればいいんだよ」
ガーベラは神殿に入ろうとしてオルガを見た。
「入るかい？」
「実は話がある」
「そう。じゃあどうぞ」
二人は神殿の中に入った。
「さっき、人間界で蛇の国の王妃に出会った。王妃の寝室に、ラーズとグレンがいた」
「はあ？」
ガーベラは目を見開いている。さすがに驚いたようだ。
「聖地以外で神が３人集うなんて珍しい」
「オルガはどうしてそこに行ったの？」
「実は先日、あの王妃の子供が神の国に遊びに来て、それで気になることを言ってたもんで……」
「へー」
「それで彼女が話してくれた。実はガーベラに体を借りて遊んだことがあると。そんなことができるなんて驚いた」
オルガは椅子に座って話を続けた。
「実はそうだよ。彼女、面白い性格しててねえ。しかもガーベラの魂に近い。彼女がもたらす変化に、女の僕は完全に魅了されてしまったんだ。
彼女はオルガとあまり出会っていなかったから、オルガが気づかなくても無理ないよ。僕もみんなに黙ってたんだけど、そのうち黙っていられなくなった。
ハロルドなんてあっちのガーベラの方が好きなくらいだよ」
「私も、そのガーベラに会いたくなった」
「そのうちに機会があるよ」
「ガーベラは、ラーズやハロルドが彼女に興味を持っても平気なのか？ 嫉妬しないのか？」
「いまや彼女もガーベラだからね。彼女がもしいなくなったら、女の僕は魂の一部が欠けたような気分になるんだろうなあ」
ガーベラはしみじみと言っていたのだった。
神３人が去り眠ったゆりは、しばらくすると夢を見ていた。ゆりは二人に分かれている。
「オルガにまでばれちゃったね」
蛇の目のゆりが言った。
「うん。怒ってなかったからよかった」
「オルガとはあまり会ってないから、怒らないんじゃない？ 大人だし、オルガって結構優しいし」
「そうかな」
「そうよ。今度神の国で会うのが楽しみー」
「私は怖いー」
などと話していたら、二人の側に光りがぱあっとあふれ、二人はまぶしげに目を細めた。そこに現れたのは、見たことはないが、よく知っている気もする男である。
長い髪の男は優しげに微笑んでいた。
「あ、もしかして、ガーベラ様？」
「ガーベラ様だ！」
美しい相貌にはガーベラの面影があった。二人のゆりはガーベラに近づいた。
「やあ、二人とも」
ガーベラが両手を広げていたので、二人のゆりは勢いのままガーベラに近づいた。
「やっぱりステキー」
「想像以上にステキ！」
二人ともはしゃいだ様子である。ガーベラは女の時よりも背が高く、すらりとした体つきだった。そして優しい顔つきである。
「女に戻る前に、一度顔をみせたくてね」
ガーベラが言った。
「もう戻っちゃうの？」
「ずっと顔を見ていたい。あ、さっきオルガに出会って、秘密を話しちゃったの」
「オルガに聞いたよ。ま、オルガは怒らないだろう。今度会いに行ってあげたら？」
ガーベラは二人のゆりを抱きしめながら言った。
「あーだめ、ひっついたらもう離れられない」
「魅力的すぎる」
二人のゆりの心はキュンキュンしまくっていた。心のドキドキが止まらない。逆にドキドキしすぎて心臓の方が止まってしまいそうである。
ゆりは二人ともガーベラにひっついたままである。磁石のようにひっついたら離れられない感じである。ガーベラは女の時と同じように、花の良い匂いがした。
ガーベラは二人の頬をなでた。
「二人とも覚悟して、僕に出会ったからには、昇天してもらうよ」
「「えー！」」
明らかに期待に満ちた「えー」である。
ガーベラは黒目のゆりにまず口づけた。黒目のゆりは３秒唇を合わせるだけで体中の力を抜かし、ガーベラは地面にゆりを寝かせていた。続いてガーベラはわくわく顔の
蛇の目のゆりにも口づけた。こちらのゆりも、５秒ももたずに意識を失ってしまった。二人とも幸せそうな顔で寝転んでしまった。
「二人とも、もっと魅力的におなり」
ガーベラは二人の右胸の上辺りを、指で何かの絵を描くようになぞっていた。
翌日目覚めたゆりは、なんだかすごく幸せな夢をみた気分だった。
「あーん、ガーベラ様ー！ やっぱりステキだったあ！」
ゆりはしばらくベッドの上で悶絶していたのだった。
そして神の国では、「ぎゃーーーーー！」と女達の悲鳴があがっていた。なんとガーベラは女に戻っていたのである。
「私の、私のガーベラがー！！！」
女のガーベラを見たダーナはショックのあまり泣いて出て行ってしまった。神殿にいたガーベラは、ぽかんとした様子である。
「あーようやく元に戻ったよ」
クーリーフンがやってきた。クーリーフンも男に戻っている。
「……全く記憶がないわ。私、どうしたんだっけ？」
ガーベラがクーリーフンに聞いた。
「男のお母さんは、女達を虜にしまくってたよ」
「あらら、ダーナも？」
「ダーナもめろめろだった。ディアメラもくどいてた」
「うっそ！」
ダーナが戻ってきた。
「ガーベラ、男に戻ってちょうだい。そして、今度こそ、愛し合って子供を作りましょう！」
ダーナはガーベラの両腕を握りしめている。
「いや、私女だし」
ガーベラは困った様子である。
「大丈夫、絶対また男になれるはず！」
ダーナの目は本気である。
その間にも次々と女達がやってきて、「ぎゃー」だの「いやー！」だの悲鳴をあげていた。そしてラーズがやってきた。
「ガーベラ、待ってたよー！！！」
ラーズがガーベラに抱きつこうとして、ダーナが阻止していた。
「ガーベラは男に戻るのよ！」
「いや、元々女だし」
「ガーベラ、お願い、願ったら男に戻れるはず」
ダーナは必死である。
「せっかく戻ったんだから女でいいの」
とラーズ。
「ガーベラ〜ああ、私のガーベラ！」
ダーナは目を潤ませていた。
「ごめんね。ダーナ」
ガーベラは申し訳ない気分になった。
（私、女とやっちゃった？）
ガーベラはクーリーフンに小声で聞いた。
「そこまではしなかったよ」
「よかったあ」
「よくない。強引にしとくんだったあ！」
ダーナは悔しげに言っていたのだった。
ガーベラが女に戻ってしまったので、男達はほっとし、女達は意気消沈していた。ラクアの妹達も、水の神殿の外でため息をついている。
女のガーベラを見たカサンドラも残念そうだった。
「あのガーベラは魅力的だったからなあ。残念だがしょうがないのだろうなあ」
「カサンドラにここまで言わせるなんて、男の私、すごいね」
ガーベラは自分に感動していた。
「男の自分を覚えてないとは、残念だわ。私自身が会ってみたかったあ！」
ガーベラはひと通り恋人達のところを回って自分の神殿に戻った。クーリーフンがやってきた。
「シャリィも女に戻ってたよ。ラメーンがほっとしてた」
「シャリィまで男になってたの？ 会ってみたかったわねえ。クーリーフンは、女になってもどうせ心の変化はなかったんでしょ？」
「僕はなにも。お母さんは完全に男になってたよ」
「愛欲の神かあ……それはそれで怖いわね」
ガーベラが男の自分を想像していると、ラーズがやってきた。
「ガーベラ、みんなに会ったんだろう？ さっそく愛し合おう！」
ラーズがガーベラを抱きしめたとき、神殿に女神が入って来た。短い髪の女神、ディアメラである。ディアメラは不機嫌そうな顔をガーベラに向けていた。
「あ、ディアメラ……その……男の時迷惑かけたみたいね。ごめんね」
ガーベラはとりあえず謝った。
ディアメラはガーベラに近づいて、ずいっと右手を出した。右手は何か四角いものを握っていた。
「な、何？」
「遊びましょう。ガーベラ」
「遊び？？」
「あのーガーベラと私はこれから……」
「うるさい。今は私と遊ぶの。ラーズも入って。クーリーフンも」
「えー」
「え？ 僕も？」
というわけで、ディアメラ主導でカードゲームをやることになったのだった。ガーベラは男の時の記憶がないので、ディアメラに遠慮がちである。
ゲームはブタラのしっぽではなく、ポーカーのような絵札や数字をそろえて点数を競うゲームである。
「ところで、ディアメラは結局ガーベラに落ちたのか？」
ラーズがガーベラが聞きたいことをずばりと聞いていた。
「私が？ ふっ鼻で笑っちゃうわね。私はあのガーベラなんて好きじゃなかったわ。あんな軽薄で弱そうな男、好きになるわけないじゃない」
ディアメラはカードを出しながら言った。
「ガーベラとは、ただ、夜空を散歩したりこうやって遊んだだけよ」
「夜空を散歩？」
ガーベラが聞いた。
「どうしても馬車に乗せてくれって言うから乗せてやったの」
「私、あなたの馬車に乗ったの？」
ガーベラはすごく驚いていた。
「好きになったから乗せたんだろ？」
ラーズが言った。
「違うわよ。ガーベラが勝手に乗ったの。５回も」
「５回？！」
ガーベラはさらに驚いている。
「本当に困った男だったわ。勝手にベッドに入ってくるし」
「ベッドに」
「すぐ口づけさせてくれ、とか言ってくるし」
「…………」
ガーベラはもう無言だった。
「ちなみにしたの？ 口づけ」
ラーズが聞いた。
「ふっ」
ディアメラは鼻で笑っただけで答えなかった。
（男の私、怖すぎ！）
ガーベラは想像するのが怖くなってきた。
夕方、雲の上の神殿でも、ガーベラの話題でもちきりだった。
「ディアメラは男に少しは興味を持ったんじゃないか？」
アシュランが、広間に来た太陽の神アリアスに聞いた。アリアスはがっかりした様子である。
「どうしたんだ？」
「クーリーフン……」
アリアスはぼそりとつぶやいていた。
「お前ってやつは……」
しばらく神の国では、男ガーベラと女クーリーフンロスが続いたのだった。二人はそれほど魅力的な存在だったのだから無理もない。
ディアメラが男に慣れたのかどうかは謎だが、ガーベラの神殿にはディアメラがちょくちょくやってくるようになった。
「ガーベラ、馬車に乗せてあげる」
「え？ 今から？」
今は夜更けである。ガーベラは今から寝ようと思っていたのだ。
「さっさと行くわよ」
ディアメラはガーベラを強引に連れて行った。月の馬車は夜空を舞い上がった。
「ねえ、ディアメラ、本当は、すごーく男の私が好きだったんでしょ」
ガーベラはつい言ってみた。
「好きじゃないわよ。口づけだって、カードで負けたから仕方なくさせてあげただけよ」
ディアメラは前を向いたまま言っていたが、口づけまでした、という事実を知り、ガーベラの口は半開きになっていた。
好きでなければ、近づいただけで男を張ったおすのがディアメラである。
「なんか悪いことしちゃったわねえ。ごめんね。ディアメラ」
「何を謝ってるのかわからないわ」
「いやーほんと、ごめん」
「謝らなくていいわよ」
風を切って進む馬車に乗り、夜空を眺めながら、ガーベラは、「男の私は、結構ディアメラが好きだったのねえ」とつぶやいた。
「何？ 聞こえないわ」
「この馬車ステキねって言ったのよ」
「そうでしょ。夜空を独り占めしてる気分になるわ」
「そうね」
ガーベラは、月の馬車を御する勝ち気な女神をしばし眺めた。
その姿は美しく、気高く見えた。
（男の私は、馬車を御するディアメラを見るのが好きだったのかも。どうもそんな気がするわ）
「何よ」
ディアメラが顔を向けた。
「綺麗だなって思ってみてたの」
「私は綺麗よ。だれよりも綺麗なの」
「はいはい」
ガーベラは、しばらく夜空の散歩に付き合ったのだった。
つづく
一二部
目次