第２２話
神の国である。
夕暮れ時、クーリーフンがオルガの神殿に飛んできた。
クーリーフンはオルガを探して奥の寝室まで入って行った。窓は暗いカーテンに覆われているため、部屋の中は暗い。クーリーフンの神のオーラが光の役割を果たしている。
「オルガ、呼んだ？」
寝ていたオルガは目を覚ました。
「クーリーフンか、呼んだ。実は相談したいことがある」
オルガは体を起こした。
「なあに？」
クーリーフンはベッドに腰を下ろした。
「実は別のガーベラのことなんだが」
「ん？」
「彼女と仲良くなりたいと思ってる」
「そうなの？ あ、ラーズから話は聞いたよ。あそこでラーズと鉢合わせたんだってね。オルガは何の用で行ったの？」
「あの時は……彼女の子供を気にして行ったんだ。確か」
「そうなの。３人も神様が集まるなんてすごいよね」
「それで彼女の事情はすっかり聞いた。彼女はガーベラの恋人で私とだけは関わってないんだろ？ なんか意味深じゃないか」
「え？ えーと……そうだっけ？」
クーリーフンは記憶を探っていた。
「サントスとも……いや、サントスには結構関わってるかもしれない。サントスとは体の関係じゃないっぽいけど、ネルとソルは彼女の時にできたんだよね。確かにオルガとだけは
たいして関わってないかも。あ、そういえばさ、ティカの声を時々ガーベラに聞かせてあげてほしいって、アシュラン様にお願いしたの彼女なんだよね。勇気があるというか
なんというか、アシュラン様にも臆さない所が彼女のすごい所でもあるんだよね」
「ティカのこと、彼女も知ってるのか」
「知ってるよ。彼女、お母さんが落ち込んだ時にはこっちに来たりしてたよ。ほら、お母さんの髪が短くなった時とか、急に元気になったのは、実は彼女だったからなんだ」
「そうだったのか……結構重要なことに関わってるじゃないか」
「そうだね」
「ますます彼女と仲良くならなきゃいけないと思えてきた」
「いや、別にそこまで思わなくていいよ」
「彼女に関心をもたれないということは、いずれガーベラからもそう思われるかもしれない」
「飛躍しすぎじゃない？」
「そういう気がする」
オルガは超真面目だったので、クーリーフンはつい笑っていた。
「何もおかしくないぞ」
「オルガがそこまで気にするなんて思わなかったからさ」
「最初はこういうつもりはなかったんだが、自分だけ外れているのは寂しい気がしてきたんだ。ラーズ達は楽しそうにやってるし、
ジンラも真相は知らないが楽しそうだしサラディンと彼女はもうすでに仲良くなってる。私はガーベラに関する重要なことを知らなかったというのが結構ショックだったらしい」
「ラーズとハロルドのやりとりにオルガも加わるんだ？ 笑っちゃうな」
クーリーフンは笑いながら言っている。
「いいだろ。別に」
「いいけどねえ。ハロルドとオルガのやりとり、僕は見学したいよ」
クーリーフンはにやにやしていた。
「あ、そうだ。彼女、ガーベラの加護を封印してほしいと言ってたぞ」
「え？ ガーベラの加護って？ 彼女にそんなのあるの？」
クーリーフンには初耳だったようだ。
「そう言ってた」
「いつの間についたんだろう？ お母さんに聞いてみよう」
クーリーフンはオルガの神殿を出てガーベラの神殿に戻り、ガーベラに加護のことを聞いた。
ガーベラはきょとんとした顔付きである。
「え？ 私人間に加護とかできるんだ？ 知らなかった」
「そうだね。僕も知らなかった。今までしたこともなかったもんね」
ガーベラは人間の肌を綺麗にする聖水などを聖地で配ったりはしていたが、個人的に加護を与えたことはない。
「男になった時かな。加護を与えたらどうなるの？」
「さあ」
「一生肌が綺麗になるとか？ 一生モテモテになるとか？」
「封印してほしいそうだから困ってるんじゃないの？」
「なんで困るのかしら。クーリーフン聞いてきてよ」
「この前行ったばかりだし、まあそのうちまたこっちに来るんじゃない？ 心底困ってたらそのうち誰かから伝言があるよ」
「誰かって……」
「あそこ神のたまり場になってるからね。時々」
「あらら」
ガーベラは苦笑していた。
人間界である。朝方、ミルキダスがゆりの部屋にやってきて、ジロウをなでていた。
「本当に不思議な生き物ですよね。綺麗で。子供達に言ったらみたいって言ってました。口で説明しても想像できないみたいで」
「子供達連れてきていいよ。ゼッドにも久々に会いたい」
「いやー生意気盛りですから会わなくていいですよ」
ノックの音がしてジュノーがやってきた。
「おはようございます。昨日は残念でしたよ」
「昨日は用事があったんだってね」
「今度二回目してくださいよ。昨日いなかったメンバーで。ミルキダスも昨日は来てないんだろ？」
「はい。昨日は仕事でした。学校で子供達の試験があって、手伝ってたんですよ。儀式ではないようだったので」
「じゃあ、私とミルキダス、イシュタール、シャナーンでしましょう。私も王妃の花がみたいです」
「王妃の花？」
ミルキダスは知らなかったようだ。
「王妃の蛇紋が、花紋に変わったらしい」
「ええー？」
「子供達には内緒よ。ラギが知ったらうるさいから。王様もまだ見てないのよね」
「花……ピンクのかわいい花とかですか？」
ミルキダスは想像したのかちょっと頬を染めている。
「秘密よ」
ジュノーがジロウをなでると、ジロウは尻尾を軽く振っていた。
「ところで、このジロウ君はどうしてここに来たんですか？ 一生ここにいるんですか？」
「さあ、まだハロルドに会ってないから聞いてないの」
「何かの役目で来たのかい？」
「わん」
ジロウが吠えていた。
「お、賢い」とミルキダスは感心している。
「じゃあ役目が終わったら帰るのかな？」
ジロウは首をかしげていた。
「ジロウ君の役目ってなんでしょうか？」
ミルキダスがゆりに聞いた。
「それは、多分だけど、他の神様が私に近づかないようにするため？」
「じゃあ、王妃がここで他の神様と仲良くしちゃったら、ジロウ君は帰っちゃうんですかね」
「え？」
「本当にそういう役目で来たのなら、そうなっちゃうかもしれないですよ」
ゆりはガーンと口を開けている。
「ですが、そうとは限らないですよ。モモちゃんのようにずっといるのかもしれないですよ」
ミルキダスはゆりの顔を見てそうフォローしていた。
「そうかな。今度子供達にジロウ君を見せてあげてくださいね。それじゃ行きますね」
「私も。ではまた」
二人は去って行った。
二人が去った後、ゆりはしばしぼんやりしていた。
「……え？ あれ？ ジロウ君、もし私がハロルド以外の神様と仲良くなったら……神の国に帰らされちゃうの？」
「ワン？」
ジロウは首をかしげている。
「ジロウ君帰らないで。一生ここにいてー」
ゆりはジロウに頬ずりしていた。
「クウーン」
ジロウはゆりの頬をぺろぺろなめている。
「うう、ジロウ君……やだー離れたくないー」
ロイが部屋にやってきた。
「ジロウ君、競争しよう」
「ワン！」
「じゃあ借りるね」
ロイはジロウと一緒に移動してしまった。
「うかつだったわ。モモちゃんみたいにジロウ君はずっとここにいないかもしれない。ハロルドと話すまでは神様と仲良くならないようにしないと」
ゆりは真剣にそう思っていた。ジロウ君のぬくもりが、かなりゆりの癒やしになっているようである。
午後になり、約束していたカールが部屋にやってきた。
カールはなんだか恥ずかしげな顔付きである。
「えーと、せっかくだから気をもらってもいいかな」
「はい、私はどうすればいいですか？」
「横にいてくれればいいよ」
ゆりはカールとソファに座ってひっついた。
「おとついはごめんね。いろいろびっくりしたよね」
「いいえ、こちらこそ、すいませんでした」
カールは横にいてもよくわかるほど体がカチコチに緊張していた。
「ついあんなことを言ってしまいましたが、出過ぎたことだったかなとあの後激しく後悔しまして……」
「いやいや、赤ちゃんがカールにトーになってほしいって言ったんだから。赤ちゃんってなんでそういうことわかるのかなあ。毎回不思議だわ」
ゆりは首をかしげている。
それから30分ほど経ってから、
「あ……」
カールがゆりを見て驚いていた。
「どうしたの？」
「王妃様の気が……」
「カールの気が混じってきた？」
「はい、不思議ですね。なんだか面白いです」
「そういえば、過去に行った時、ディランも最初驚いてたなあ。私の気が自分と同じになるのが楽しいって言ってた」
「じわじわ混じっていくのを見るのは楽しいですよ」
「本当？」
「はい、ディラン様の気持ちがわかります」
ほっこり気分になっていたら、蛇の目のゆりが出てきた。
「ねえ、カールの蛇紋ってどうなるの？ この蛇が変化する？」
蛇の目のゆりは、突然そっちの話題を出したので、カールはどぎまぎしていた。
「え？ じゃ、蛇紋ですか？」
カールの頬が真っ赤になっている。
「実は気になっちゃって。このすごい蛇がどうなるんだろうって」
「それは……あ、そうだ。私には一つ問題があるんだった。実は、変化した時の記憶があまりなくて……カーライル様にそれを言ったら、性格が激変してたから忘れたんじゃ
ないかって」
「えーカールも性格変わっちゃうタイプなんだ？」
「赤い月を過ごした女性達に聞いたら嫌ではなかったようなので、そこは安心したんですが」
「へーなんだか気になるわー。もしトーになることになったら、今度仲良くしようね」
蛇の目のゆりは乗り気になったようである。
カールは恥ずかしげに「はあ」と言っていた。
蛇の目のゆりは引っ込み、黒目のゆりが出てきた。カールはさらに真っ赤になっていたのでゆりは驚いている。
「どうしたの？」
「え、いえ……その……王妃様は、もう一人の王妃様と性格とか違うんですか？」
カールはおずおずと聞いていた。
「あっちの私？ 実は私はよくわからないの。だれもそのことについては私に何も言わないし。しばらく二人いることにすら気づかなかったくらいなのよ」
「そうなんですか。あの、儀式はどちらが……」
「儀式は私にしかできないみたい。それもなぜかわからないけど。儀式についてもみんなは誤解してるんだけど、実は最後まではしないの」
「え？」
「性的なものではあるんだけどね。私の場合はいろいろ違うの」
「では儀式では何をするんでしょうか」
「口では説明できないけど、まあ恋人らしいことはするの」
ゆりは恥ずかしそうに言っていた。
「そ、そうですか……」
「その……急にそこまで行くのはお互いに恥ずかしすぎるんで、じょじょにお互いを知り合ってそうなるのがいいと思うの。こういう風に気をもらいながら」
「そ、そうですね」
「うん、じゃあそうしよう。まあ、まだ赤ちゃんは当分お腹にいるし、大丈夫でしょう」
「そうですか」
ゆりの気にカールの気が結構混じってきた。カールはそれを見ながら微笑ましく思いつつ、この日は帰って行ったのだった。
「あー、緊張した。まあどうなるかはわからないけど、じょじょに仲良くなるほうがいいよね」
カールに手を出すのは気がとがめるんだけどなあ……でも成り行き上そうなりそうだし……
ゆりの脳裏にクーリーフンの顔が浮かんでいた。
『成り行きなんてつまらないこと言わないで』
とクーリーフンが言っている。
「確かに、流されてそうなる、みたいなのはつまらないわよね。私の方が年上なんだし、積極的に攻めなきゃだめかな。恋人はもうシャナーンで最後だと思ってたんだけどなあ……」
ゆりは一人でつぶやいている。
カールが恋人になっても、あれ以上の儀式ができるとは思えないが。
「儀式かあ……私は一体いつまで儀式をするのやら」
子供が産まれ続けるまではやるでしょう、と周りには言われそうである。
部屋の扉をノックする音が聞こえて、顔をのぞかせたのはドルイドだった。
「あら、こんにちは」
「こんにちは。聞いてください。僕、昨日の試験、魔法部門で学校で一位だったんです」
「えーすごいじゃない。おめでとう！」
「えへへ」
はにかみながら入ってきたドルイドは、子供寄りドルイドっぽい。
「ちなみにお父さんは当然だろ、とか言ってつまらない反応でした」
「あらら。すごいのにね」
「王妃様、お祝いにちゅーしてください」
ドルイドはゆりの側まで来て言い出したので、ゆりはえっとのけぞっていた。
「え、ちゅ、ちゅー？」
「はい！」
ゆりはそこで昔のことを思い出した。
「ドルイド、あのね、この国では、大人が子供にチューするのは犯罪っぽいんだ。昔王様も子供の私にはちゅーしてくれなかったの」
「そうなんですか？」
「そうなの。だから、かわりに王妃様のお茶会に招待します。一緒に今からお茶を飲んでお菓子を食べましょう」
「はい」
ゆりは侍女を呼んでお茶の準備を頼んだ。
ゆりはドルイドから学校の話やらを聞いた。時々ドルイドはムサカに呼ばれてシス達と一緒に特別授業をしているらしい。
話をしていたらシスがやってきた。
「ドルイド、来てたんだ。今日は学校はないの？」
「ちょっとサボってます」
「そうなんだ」
「じゃあ僕はそろそろ学校に戻ろうかな。王妃様楽しかったです」
「またね」
ドルイドはお辞儀をして去って行った。
「今のドルイドはどっちのドルイドだったのかな？」
シスがゆりに聞いた。
「子供ドルイドだったわよ」
「そうかな？」
「昨日の試験で魔法の部一番だったんだって。当然っちゃ当然だけど、ハインリヒも少しは褒めてあげればいいのにねえ」
「ははは、そうだね」
一方ドルイドは庭園に飛んでいた。庭園の東屋ではディーンが座って庭を眺めている。
「こんにちは、ディーンさん」
ドルイドが挨拶をすると、「やあ、子供大人君こんにちは」とディーンは返した。
「今日は子供よりだけどちょっと違うね。君は不思議な子だね」
「そうですか？ 完全に子供よりだと思いますが、違って見えます？」
「うん。なんだか違うな。三人目君と呼んだほうがいいのかな」
ドルイドは子供らしからぬ顔付きで笑っていた。
「いろんな意思がありすぎるとややこしくないの？」
「ややこしくはないですよ。僕もずっと前からドルイドの一部だし」
「そう？」
「じゃあさようなら」
ドルイドは消えた。
「……この時代は不思議だね。一族の気は薄いのに不思議なことがいろいろ起こっている。あの王妃様のせいなのかな」
今度は目の前にロイと犬のジロウが現れた。
「ディーンさんこんにちは」
「やあ」
ジロウは城の方に走って行った。ロイは疲れた様子である。
「ねえディーンさん、蛇の一族って足は早くないよね。それって、蛇には足がないせいかな」
ロイがディーンに聞いていた。
「ま、そうかもね」
「やっぱりそうかー」
といいながらロイは消えた。
「蛇に足があったらトカゲになっちゃうからねえ。あ、すごくトカゲが食いたくなってきた。狩りに行こうかなあ」
ディーンもその場から消えたのだった。
その夜、ゆりは満を持して王の寝室に行ったのだった。
「王様〜今日は満月じゃないけど、私の花を是非見てほしいの！」
ゆりの迫力に、寝室に来たラクシュミは一歩後ずさっていた。
「ミカエルから聞いたぞ。なんで花が出るようになったんだ？」
「ガーベラが何かしてくれたみたい。でも魅力的過ぎても問題だから、この花いずれどうにかしてもらう予定なの。だから今の内に見て」
「あ、ああ」
ゆりは去りそうになかったので、ラクシュミは観念してベッドに上がっていた。ラクシュミは世間的には男時代真っ盛りとはいっても、もうやり尽くした感もあり、
そろそろ赤い月だけでもいいんじゃないか、などと思ってもいたのだが、妻がこれだけ乗り気ではがんばるしかない。
「よし、じゃあやるか」
「うん！」
というわけで二人は仲良くなった。
ゆりは興奮し、胸の上に青い花が浮かんでいた。
「お、これか」
「そうなの。何か感じる？」
「ああ、感じるとも。お前に出会えた喜びを感じまくっている。もう、心も体も感無量だ。幸せで一杯だ」
「王様」
二人はひしっと抱き合った。
「大満足だ。寝よう」
「え」
ラクシュミはゆりを抱きしめたまま本当に寝ようとしていた。
「王様、私は？」
蛇の目のゆりが出てきた。
「もう心も体も満足したからまたな」
「えーーーー」
「幸福すぎてもう何もできない」
「えーそんなんありなの？」
「幸せだ……」
ラクシュミは本当に寝てしまった。
花の効果があるのかないのか、わからない〜〜〜もー
どうやら効果は相手によってマチマチなようである。
だが、ラクシュミは幸せそうな顔付きなので、効果は全然ないわけではないようだ。
ゆりも仕方なくそのまま寝た。
そして神の国に行けたのだった。
「あっつあつの夜になると思ったんだけどなあ……」
ゆりがいたのはガーベラの神殿だった。だがクーリーフンはいない。
「クーリーフンに加護のことを聞かなきゃだけど、すぐに消されても困るかあ、先にジロウ君のことを聞こうかなあ」
ゆりはハロルドの元に飛んだ。
とんだ先は雲の上の神殿のようだった。狭い通路である。
「ハロルドはどこかしら？」
ゆりは近くの部屋の布をはぐり、そこにハロルドを発見した。ハロルドは化粧台のようなものの前に座り、大きな鏡には、ハロルドではなく違う男が映っていた。
しかも見たことがあるひげがある男である。
「あ、ああ？ スペードさん！」
「げっ」
ハロルドがゆりに気づいて声を上げた。
「スペードさんがいる。なんでなんで？」
ゆりは鏡に映っているスペードをよく見ようとハロルドの横までやってきて手を振っていた。相手も驚いているようである。
「スペードさん、お元気？」
『は、はあ……』
「それじゃそういうわけで」
ハロルドは鏡に布をばっとかぶせてしまった。
「あ、ちょっと、もうちょっと見たかったな」
「みんでいい。お前、勝手に入ってくるんじゃない」
「だってえ、ここはどこなの？」
「聖地との交信場所だ」
「へー魔法の鏡なんだ。じゃあ、私もスペードさんを呼んだりできるの？」
「呼んでどうする気だ。お前は使っちゃだめ」
「えー」
「出るぞ」
ハロルドはゆりを引っ張って小部屋を出た。
「お前まだスペードを狙ってるのか」
「そういうわけじゃないわよ。話をするくらいいいじゃない」
「話だけでおわらんだろ」
「そんなことないのにい」
ゆりは口をとがらせている。
「神殿でゆっくりしたいところだが、今日は忙しい」
「そうなの。ちょっと話をするだけでいいわよ。ジロウ君のこと」
「ジロウ？」
「ワンちゃんのことよ」
「神殿を出るまで待ってくれ」
二人は雲の上の神殿を出て、雲の上に出た。そして周りにだれもいないのを確認して、ゆりが聞いた。
「ワンちゃんはいつまでいれるの？」
「さあ、何も考えてなかった」
「他の神様と仲良くさせないために来させたんでしょ？」
「そうだったかな」
「もし、私が他の神様と仲良くしたらどうなるの？」
「それも考えてなかった」
「連れ帰ったりしないわよね？」
「役目を果たせないんじゃもう連れ帰るしかないかもな」
「えーやだー」
ゆりはハロルドの腕をひっぱっていたが、ずるずる引きづられていた。
「ジロウ君は帰したくないの」
「じゃあ他の神と仲良くしなきゃいい」
「そんなこというならハロルドとも仲良くしないからー」
ハロルドはじろりとゆりを睨んだ。
「最近オルガまで変になってるぞ。あっちでもこっちでもいろんな神とするんじゃない」
「いや、そんな……してないですけど……」
「この後だれかとそうなる気だろ」
「え？ いえいえいえまさか」
ゆりは首を横に振っている。
「今日は真っ先にハロルドに会いに来たじゃないのー会いたかったからよ」
ゆりはかわいらしく言った。
「どうだかな。世の中で女ほど信用できないものもない。まあとにかく、用事が終わったらしよう」
「用事はどのくらいで終わるの？」
「一日はかかるかな」
「そんなにいられないわよ」
「ガーベラに変わらせる。だから、それまでだれともするな。いーな」
ハロルドは顔を近づけていい、ペガサスを呼んで行ってしまった。
うーん、仕方がない。真面目に何かをしてすごそう。そうだ。子供達でも見よう
ゆりはサントスの元に飛び、以前生まれた土の妖精を見に行った。
正確には土雷の妖精ソルは、土の中に隠れてはいなかった。カサンドラの神殿の近くでうずくまって何かをしていたので、ゆりはそっと近づいた。
「何をしてるの？」
ソルははっと顔を向けた。茶色い髪が目元までうねってたれているので顔がよく見えないが、ソルは女神を見ると真っ赤になった。
ソルの前には花のつぼみがある。
「咲きそうだね」
ソルが指からびりっと雷のようなものを出し、それがつぼみに当たると、つぼみが開いて黄色い花が咲いた。
「あら、すごい」
ソルは照れたように微笑んでいた。どうやら以前よりもかなりガーベラに慣れているようだ。
ソルの指先にバリバリと小さい雷のようなものが見えた。
「これってヒルデリアの血かしら。すごいねえ」
ゆりは近づいてくるサントスに言った。
「そうですね。ソルの雷は花を咲かせたり、実をつけたりするんですよ。面白いですよね」
「それはサントスの血なんだ。面白いね」
「雷でしか開花しない花がありましてね、最近実をつけてましたよ」
「見てみたい。ソル君案内して」
ソルは神殿から少し離れた木々の間を入って行き、一つの木を指していた。
その木には大きな実がいくつかなっていた。緑のココナッツのような大きな実である。
「大きいわね」
「珍しいんですよ」
ソルが指先からびりっと雷を出して、雷は一つの実に命中した。実は地面にどさっと落ちてきた。
「ココナッツみたいな実ね。葉っぱも木も全然違うけど」
ソルが実を取ってゆりに渡してくれた。実にはヒビが入っている。ゆりはその実を割ってみた。外見はココナッツのようで感触も硬くてつるんとしていたが、
厚い皮の中には白い実が入っていた。
「おいしそう。食べてみていい？」
「いいですよ」
ゆりはその実をほじくって口に入れてみた。メロンのような果肉で味も甘かった。
「甘いよ。食べてみる？」
ソルは首を横に振っている。
「サントスも食べてみて」
ゆりはサントスに実を渡していた。サントスも果肉を食べてみた。
「本当だ。甘いですね。初めて食べましたよ」
３人の前にどさっとまた実が落ちてきた。
実にはヒビが入り、そのヒビから何かがにょろっと出てきた。
「え」
中から出てきたのは大きな黄色いトカゲである。
ゆりは「ぎゃー！」と悲鳴をあげて逃げてしまった。
「あーびっくりした。私が食べた実にはいなかったよね？ ふう」
サントスとソルがゆりに近づいて来た。ソルの頭には黄色いトカゲが乗っている。
「乗ってるよー何か乗ってるよー」
「かわいいですよ」
サントスが言った。
「かわいい？ それが？ 蛇ならかわいいけどねえ」
「顔は似てますよ」
「似てる？ まあそう言われればそうだけど……でも蛇の方がいいの」
ソルは草むらで何かを見つけ、ぱっとつかんでゆりに渡した。緑の小さい蛇である。
「ありがとう。この子はかわいい」
ゆりは蛇を受け取っていた。
「どっちもどっちだと思いますが」
サントスは笑っている。
「私にとっては大いに違うの」
「そうですか」
こんな感じでゆりはサントスとソルと交流を深め、この日は神様と仲良くすることもなく人間界に戻ったのだった。
「王様おはよー」
「おはよう。よしよし」
ラクシュミはゆりの頭をなでなでした。
「王様、朝からがんばる気ある？」
「え……ちょっとないかな。次の満月でがんばらせてくれ」
「うん」
「愛してる」
「私もー」
ゆりはラクシュミに抱きついた。
「実は夢を見た。夢の中で、多分赤い月の自分に会ったんだ。あっちは、『もっと抱いてやればいいのに』とか言ってたぞ」
「え？ ほんと？ あの時の王様に会ったの？」
ゆりは目を輝かせている。
「面と向かって話はしてないがな。相手はずっと背中を向けてた。お前達がかわいくてしょうがないとさ」
「えーほんとう？ うれしい」
ゆりはうれしさのあまり体をくねらせていたのだった。
「あの時の王様、来年会おうねー」
ゆりはぎゅっとラクシュミに抱きつき、ラクシュミは、（あの時の私がいてよかった。もしいなかったら、話は大きく変わっていたんだろうなあ）
などと思ったのだった。
「あの時の王様……王様に花を見て欲しい気もする。どうしよう」
「あの時の私は見たいかもなあ」
「そうよね。カールはどうしよう。実はクロスがカールをトーにしたがってて、カール君をあまり刺激するのもどうかなって」
「カールのことは聞いたが……花があってもなくても、ここまできたらそんなに関係ないと思うが」
「そうかな」
「最後まではしないんだろう？ 他の女が抱けなくなるってところまではいかないんじゃないか？」
「だといいけど、クロスにも困っちゃう」
「赤ちゃんには勝てない。だれもな」
「そうね」
ラクシュミの言葉には感情がこもっていたので、ゆりは苦笑していたのだった。
つづく
１２部
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