第23話
この日もロイとシス、ナナミはムサカに鍛えられているようだ。ミシェイラとレーヌはハザークの部屋で文字の練習中、ラギは研究所である。
ゆりは天気が良かったので庭園の東屋で紅茶を飲みながら、母親一人のんきなものだ、と思いつつ、長女アナスターシャのことを思っていた。
「そろそろ帰りたいって泣いてるんじゃないのかなあ。それとも毎日張り切ってるのかな。以前のシスみたいに」
ゆりとシスが過去に行ってしまったとき、シスは毎日鍛錬を頑張っていた。あの時は期間限定だったせいもあるが、アナスターシャの過去での生活はまだまだこれからである。
「また夢で会えればいいなあ」
犬のジロウは庭園をうろつき、ゆりの側まで来て座っていた。
「今日はいい天気だねえ。またロイが遊びに連れてってくれたらいいね」
「わん」
イシュタールが庭園にやってきた。
「こんにちは。王妃」
「こんにちは。今日はいい天気ね」
「本当にいい天気ですね」
爽やかな秋の空、山にきのこ狩りにでも行きたいが、一人遊ぶわけにもいかないので我慢である。
イシュタールがジロウの頭をなでると、ジロウは尻尾をふっていた。
「綺麗な毛ですねえ。ジロウさんは何を食べてるんですか？」
「お肉とかパンとか食べてるよ。野菜をかじったりもしてる。神の国では何を食べてたのか謎なの。神の国で肉とか食べたことあるのかなあ？」
神様は基本肉は食べないようなので、動物たちは肉を食べるのか食べないのか、それはゆりにはよく分からない。
「モモちゃんのお尻をかじったりはしてないけどね」
「ははは、それはよかった」
ゆりは突然前のめりになった。
「王妃、大丈夫ですか？」
イシュタールがあわててゆりに近づいた。
ゆりは顔をあげ、イシュタールはゆりを見て後ずさっていた。
「王妃……じゃない！？」
「ワン？」
ジロウはゆりを見て思いっきり顔を横にしている。
ゆり、いや、ゆりにやってきたガーベラはジロウを見てこちらも首をかしげていた。
「あれえ？ この子、ハロルドの所の犬？」
「やっぱりガーベラ様？！」
イシュタールの声が裏返っていた。
「ダーリン元気だった？ この犬どうしたの？ ハロルドがくれたの？」
「はい、そうみたいで……」
「へー子供のほうかな。名前はなんだっけ」
「こちらでは王妃が『ジロウ』と名付けました」
「ジロウかあ。ジロウ、おいでー」
犬は不思議そうに首をかしげつつ、ガーベラに近づいていた。
「不思議がってる。かわいー」
「では、私はこれで……」
イシュタールはそろそろっと去って行こうとしている。
「待って。ジロウ、イシュタールを捕まえて」
ガーベラが命じると、ジロウはたっとイシュタールに近づいて、イシュタールのズボンをくわえて引っ張っていた。
「ジロウさん！」
「なんだか変なのよ。頭の中にいろいろな名前が浮かぶの。イシュイシュ、ミカミカ、フリフリ、誰かしら。新しい恋人？」
「あーえーと、話せば長いんですが、それらは我らの中にいる別の人格っていうかなんというか」
「ふーん？ あ、そうだ！ ちょっと部屋に来て。確かめたいことがあるの」
ガーベラは立ち上がった。
「私はちょっと用事が……」
イシュタールはあせって逃げようとしていたが、ガーベラはイシュタールの腕をつかまえ、ジロウはまだイシュタールのズボンを引っ張っていた。
「このまま移動してちょうだい」
「はい」
イシュタールはそのままゆりの部屋に移動したのだった。
そして神の国に移動したゆりは、気づけばベッドの上だった。そしてすでに上半身裸のハロルドが目の前にいる。
「ガーベラ愛し合おう」
「ぎゃ」
ハロルドはそのままゆりに覆い被さっていた。
「ちょ、ちょっとまった」
ゆりはハロルドの頬に手を当てて押しのけている。
「その前に、何があってもジロウ君は連れて帰らないって約束してちょうだい」
「いやだ」
ハロルドは頬を押されたまま言った。
「じゃなきゃしないもーん」
「何があってもってお前……そんなに神とどうこうなりたいのか？ あ？」
ハロルドは女神の頬をひっぱっている。
「私の美しい顔に何をするのよ！」
「お前こそその手を離せ！」
「だから約束」
「いやだ」
二人が軽く言い合っていると寝室のカーテンがぱっと開き、力の神バリアスが顔をのぞかせたので、二人はあわてていた。
ゆりはまだ裸ではなかったのでほっとしている。
「ねえ、泉で仲良くしてみてよ。ハンターみたいなのがまたできるかもしれないから。じゃあがんばってねー」
バリアスはそれだけ言うと去って行った。
二人はぽかんとしてそのまま固まっている。
「……ハンター君元気？」
「元気だ」
「大きくなった？」
「多少はな。手離せ」
ゆりはまだハロルドの頬を押していたので、ようやく手を離した。ゆりはハロルドの下からずりずりと這い上がり、体を起こしていた。
「ジロウ君の寿命ってどのくらいあるの？」
「さあ。わからん」
「以前神の国で見た犬とは別よね？」
「あの犬の子供だ。狼とあの犬の間にできた子供なんだ。見た目は狼には見えないが」
「えー狼？ 全く見えない」
「泉でっていう気分じゃないんだがなあ……あいつの言葉は無視してもいいかな」
ハロルドはぶつぶつ言っている。
「ねえ、アシュランの温泉に行きましょうよ。久々にーね」
「面倒くさい。ここでしよう」
「温泉に入った後に仲良くすればいいでしょ。ねえねえ、そんなに焦らなくてもいいんでしょ」
「うーん、しょうがないなあ」
ハロルドは仕方なくゆりを温泉に連れて行くことにした。
二人は神殿の外に出た。ゆりは神殿の外に座っている犬に気づいた。耳はピンと立っている銀色の毛並みの犬である。
「え、もしかして、ジロウ君の兄弟？」
ゆりの目が輝いていた。
「そう」
もう一頭金色の毛並みの犬が走っていた。
「あ、そっちはジロウ君にそっくり。えー兄弟でこんなに違うんだ。面白い。かわいい！」
ゆりは二頭をなでなでした。とても兄弟とは思えない。
「遊びましょう」
「こらこら、犬と遊ばせるために呼んだんじゃない」
「ちょっとだけ。お願い」
ゆりはそこらにあった木の枝を遠くに投げた。
「ほらーとってきてー」
「ワンワン」
「狼っぽくてもワンって言うんだ」
銀色の犬は枝をくわえて帰ってきた。
「賢い賢い」
「はあ……」
ハロルドはため息をついてうれしそうなゆりを眺めていたのだった。
さて王妃の部屋では、ガーベラと犬のジロウ、びびっているイシュタールがいた。
「ねえ、私に加護がついたの知ってるんでしょ？ それを見たいの。どこにあるの？」
「えーと、私もまだ見たことはないんですが……」
「待って、あてさせて、模様は、ピンクのハートでしょ？ あたり？」
ガーベラは楽しそうにイシュタールに聞いた。
「いえ、聞いた話では、花みたいですよ。青い花」
「花？ しかも青？ どこ？」
ガーベラはブラウスのボタンを外していたので、イシュタールが「わあわあ」言いながら後ずさっていた。
「が、ガーベラ様、やめてください」
「その花を見たいだけよう」
「普段はないみたいですよ。興奮しなきゃでないって聞きましたよ」
「え？ そうなの？ へー」
「王妃、いらっしゃるんですか？」
声と共にジュノーがやってきた。
「あれ？ 今からあっちにでも行くんですか？」
ゆりの服のボタンが外れていたので勘違いをしたようである。
「ちょーどいいところに来た、ジュノー後はよろしく！」
イシュタールは素早くジュノーにタッチして、ぱっと消えてしまった。
「え？」
「イシュタールったらもう。ジュノー、私加護の花が見たいの。協力してちょうだい」
ガーベラはかわいらしくジュノーに頼んだ。
「はあ。どうして突然……」
ジュノーはゆりがどこかおかしいことに気づいた。それを証拠に犬のジロウが不思議そうな顔付きで首をかしげまくっている。
「くうん？」
「じゃあ恋人の部屋に連れて行ってちょうだい」
「あのう……もしかして、三人目の王妃じゃないですよね？」
「正解」
「えええー！！」
ジュノーは後ずさっていた。
「私にあるという加護の花がみたいの。だからいちゃいちゃしましょ」
「いえ、それは……」
ジュノーはさらに後ずさっている。
「ほら、いきましょ」
ガーベラはジュノーの手をしっかりと握りしめていた。
行くべきか行かざるべきか、ジュノーも葛藤していたが、こういう機会はもう二度とないかもしれない。
「い、いきましょう」
「行こう！ ジロウは遊んでてね」
二人は移動し、ジロウはその場で伏せていた。
神の国では、犬と遊んだゆりは満足して温泉へと向かったのだが、アシュランの秘湯には湯がちっとも入ってなかった。
「湯がない。ガーン！」
「残念だったな」
「神の力で湯をもってきて」
「そういう力はない」
「えーん、温泉〜」
ゆりの脳裏に火の神殿の風呂が浮かんでいたが、それを察したハロルドは、「そっちはだめだ」と先に言っていた。
「なんでわかったの？」
「お前の思考なんざ簡単にわかる。諦めて神殿に戻るぞ。バリアスの望み通り泉でするか。だが昨日あそこにはカエルがいて……」
「絶対いや」
ゆりは大きな声で即答していた。
「外なんてだめよ。ベッドの上でしましょ」
「外好きなくせに」
二人は再びペガサスに乗り、神殿に戻ったのだった。
そして再び寝室にやってきた。
「じゃ、やろう」
「わかったわ。覚悟を決めたわ」
二人が抱き合ってキスしようとしたとき、またしても声がかかった。今度はジェイクだった。
ハロルドはがくりときてゆりを離していた。
「お父さん、すいません。アシュラン様がお母さんに用があるから連れてきてくれって」
「アシュランがガーベラに用？」
「なんだか緊急みたいですよ」
ジェイクは去って行った。
「まったくなんなんだ」
「行きたくないけど行った方がいいかしら」
ゆりが言った。
「アシュランの用はお前にじゃないと思うが」
「でも一応は行ったほうがいいんじゃない？ ガーベラ本人に用ならすぐ終わるでしょ」
「しょうがないなあ」
ハロルドは仕方なくゆりを雲の上の神殿に連れて行ったのだった。
「ペガサスに乗るのは楽しいけど、ずっと乗ってるとお尻が痛くなるね」
とゆりは女神らしからぬことをいい、二人は雲の上の神殿についた。
「やっぱりお前だったか」
とアシュランはゆりを見るなり言った。どうやら用はゆりにあったらしい。
「なんで来てるのがわかったんだ？」
ハロルドが聞いた。
「風呂に行ったろ？ それでお前の方かと思った。今湯はなかったろ」
「そう。なかったの。入れてくれるの？」
ゆりが目を輝かせている。
「また行くのはいやだぞ」
とハロルド。
「湯の話で呼んだんじゃない。ハロルドはちょっと出てろ」
「何の話だ？」
「すぐ終わるから」
ハロルドは不服そうな顔で部屋から出て行った。
アシュランはぱっと右手をあげた。どうやら結界を張ったようだ。
「クーガの件だ。どんな具合だ？」
「どんな具合もなにも、ちょっと話すだけではそこまで込み入った話はできないですよ。そういう話をするにはもっと親密にならなきゃいけないですし、月に一回会う程度じゃ無理です」
「やはりそうか」
アシュランは視線を伏せた。
「部外者の私よりも父親が説得したほうがいいと思います」
ゆりは「父親」の部分をかなり強調した。
「そうだなあ」
「そうですよ」
「わかった。こっちで何か考える」
「そうしてください」
ゆりは内心（やった。これで肩の荷がおりたー！）と大喜びだった。
これでクーガ様のことを悩まなくてすむんだわ！
「今の話はハロルドには内密にな。行ってもいいぞ」
「わかりました。失礼します」
ゆりは見た目申し訳なさそうに、内心はるんるん気分でアシュランの間を出た。
ハロルドは外で待っていた。
「なんだったんだ？」
「えーとね、もっと子供作れって」
「そうか。じゃあすぐ帰って作ろう！」
ハロルドはゆりの腕を引いて行ったのだった。
人間界では、ジュノーが儀式部屋にガーベラを連れて行ったものの、いざとなると怖くなり、「誰か呼んでもいいですか？」とガーベラに聞いていた。
「いいわよー」
ジュノーはだれを呼ぼうか思案した。
（相手がガーベラだと、イシュタール殿はすでに逃げたし、シャナーンやミルキダスはだめだろう。ヴィラも怪しいし、ミカエル殿は、今日は北の砦の責任者だし、
フリット殿は、確か羊の国に使者で行くとか言ってたっけ。となればハインリヒ殿だが……）
ジュノーはハインリヒに思念を送ってみたが、（今は忙しい）と返ってきた。
（だれもいない。どうしよう）
その時ジュノーの足からするっと緑の蛇が出てきて真っ裸の男になった。へびっちである。へびっちは目を輝かせてガーベラに抱きついていた。
「あら、えーと、へびっちだっけ」
ガーベラは突然のことに驚きもせず、へびっちの頭をなでている。
「こらこら、お前はだめだ。王妃とは一応親子だから」
ジュノーはへびっちを離そうとしたが、へびっちはぎゅっとガーベラを抱きしめていた。
「親子って、この子私の子供なの？ 随分大きいけど」
「いろいろ事情が複雑でして。こいつは人じゃなくて蛇ですから」
「蛇の子供を産んだの？ わかった。ハザーク様との子だ」
「そういうわけでもなくて、もっと複雑なんです。王妃の肌にいた蛇が産んだ子供で、一人だけ不思議な力をもっちゃって、今は私の肌にひっついてるんです」
「ふうん。とにかく私の子供なのね。坊や、後で遊んであげるからちょっとジュノーと二人っきりにしてくれる？」
ガーベラがお願いすると、へびっちはガーベラから離れて蛇に戻り、ジュノーの体に戻ったのだった。
「さあ、じゃあいちゃいちゃしましょう」
ガーベラは超乗り気で服を脱ぎ始め、ジュノーは、（興奮させられなかったらどうしよう）と青くなっていたのだった。
それから一時間ほどが経った。ジュノーはこの間のことはまるで記憶がなかった。緊張しすぎていたのだろう。とりあえず、ガーベラは青い花を見ることができたのでジュノーは
ほっとした。青い花には魅了の効果があるはずだが、今のジュノーには効いてはいなかった。極度の緊張状態のせいだろう。
「花が出たらどうなるのかしら。輝いて見える？」
「輝いてますよ。ずっと」
「別に封印しなくてもいいような？ ねえ、私もいろいろしてあげるのにい。本当にいいの？」
ガーベラが聞いた。
「いいんです。王妃の気持ちだけで」
とジュノーは尻込みしている。
「ジュノーったら」
ガーベラはジュノーに抱きついてちゅっと頬にキスしていた。ジュノーの肌からまたへびっちが出てきて人になった。へびっちはまたガーベラに抱きついている。
「だから、裸でくっつくんじゃない」
ジュノーはへびっちを引っぺがしていたのだった。
3人は王妃の部屋に戻り、へびっちは服を着てガーベラに抱きついていた。ガーベラはへびっちをなでなでしている。
「ハザーク様に会いに行きましょう。一緒に行く？」
ガーベラが聞くとへびっちはうなずいた。
「お前は侍女さんに会いに行け」
ジュノーが突っ込んでいた。
ジュノーはガーベラとへびっちをハザークの部屋の前まで送り、去って行った。ガーベラはへびっちと手をつないでハザークの部屋に入った。中にはミシェイラとレーヌもいた。
「あらー二人はここにいたのね。ハザーク様こんにちは」
「ああ」
ハザークはガーベラを見て、ガーベラの横にいたへびっちを見た。
「今日は元気そうだなへびっち。下に行ってやったらどうだ？」
とハザーク。
ガーベラは部屋の中にある竪琴に目を留めて、「竪琴を弾いてあげるね」と言って、竪琴の演奏を始めたのだった。出だしのなめらかな指の動きにハザークはぎょっとし、
子供達はすぐに「ベツベツマーだ！」と気づいたのだった。
「え？ ベツベツマー？」
ハザークは視線をさまよわせている。
「うふふ、あたりーベツベツマーです〜」
ガーベラはノリノリで演奏を続けた。へびっちはガーベラから離れようともせずに、横に座っていたのだった。
神の国では、ハロルドがゆりを連れて自分の神殿に戻ってきた。そしてさあこれから、と思ったら、ハロルドのベッドの上には翼がある子供が乗っかっていた。
ランスロットである。
「きゃーかわゆい！」
ゆりは目を輝かせて、ランスロットに近づいた。ランスロットはベッドの上ですーすー眠っている。
ランスロットは金髪で白い翼がある。大人になったらクーリーフンのようになるのかどうか、楽しみである。
「かわゆい、かわゆい」
「なぜここにこいつが……さてはやつが？」
ハロルドの脳裏には、ケケケと笑うラーズの顔が浮かんでいた。
「ちょっとは大きくなったのかな。かわいいわあ」
ゆりは小声でいいつつランスロットを眺めている。
「違う部屋に移そう」
ハロルドはランスロットを抱き上げようとした。するとランスロットは目をぱっと開いて、ぴょんと飛び退いた。
「あ、こら」
「ランスちゃん、起きたの。おいでー」
ゆりが手を広げると、ランスロットはぴょんと飛んでゆりに抱っこされた。
「超かわいい。連れて帰りたい」
「ランスロット、起きたのなら向こうに行ってろ」
ハロルドが言うと、ランスロットはべーと舌を出していた。
「こら」
「ま、かわいい♪」
「かわいくないだろ。こいつは私に反抗的なんだ」
「もう反抗期なんでちゅか？ いい子ね」
「いい子じゃないだろ」
「このくらいいいじゃない」
ランスロットは外の方を指さしていた。
「お外行きたいの。行こうか」
ゆりはすたすた歩いて行っている。
「おいー」
ハロルドは（このまま何もないパターンじゃないだろうな）と嫌な予感を感じていたのだった。
ゆりはランスロットに誘導されるまま神殿から出て歩いて行った。ハロルドの神殿の前は草原が広がっているのだが、今は白馬やユニコーンが数頭うろついていた。
今日は妖精達の姿はない。ランスロットが上を指したので、ゆりも上に視線を向けた。
「あ、ラーズ」
ラーズが飛んで来るのが見えた。ラーズが地上に降りてくると、ランスロットはゆりの腕からぴょんと飛び降りて、ラーズに飛びついていた。
「もしかして、あっちのガーベラかな？」
「うん。ランスロットかわいいわね」
「かわいいだろ？」
ランスロットはうれしそうに抱っこされている。
「ハロルドよりなついてるね」
ゆりは少し離れた後ろにいたハロルドに言った。ハロルドはぶすっとした表情である。
「私だけを父親だと思ってるからな」
「翼があるからそう思っちゃうよね」
「会いたかったよ。こっちにおいでよ」
「こら」
ハロルドがゆりの横に並んだ。
「白々しいぞ。分かっててランスロットを置いただろ」
「いや？」
「そうに決まってる」
「そこまで千里眼じゃないぞ。そうだ、あの犬、ハロルドに返してよ」
「だめなの。私あのワンちゃん好きなんだもん」
「えー」
「夜人間界をうろつくな」
「うるさい。そっちが邪魔するならこっちだって邪魔するからな」
ハロルドは口をへの字にしている。
「ラーズは次こっちで仲良くしましょ。ね」
とゆり。
「君の約束はあてにならないんだから」
「そんなことないわよ〜」
「あれからオルガは何か言ってこない？」
「オルガ？」
ゆりの顔付きが微妙になった。
「やっぱり何か言ってきた？」
「いえ、何も何も。それじゃラーズ今度ね。ハロルド行きましょ」
ゆりはこれ以上話すのはまずいと思ったのか、話を切り上げた。
「ハロルドの後でもいいからおいで〜」
ラーズは手を振っている。
「またね〜」
ゆりはハロルドと神殿に戻った。
「もうオルガとやったんじゃないだろうな」
ハロルドはじろりとゆりを見ている。
「やってないわよ」
「結局いろんなやつにばれてるじゃないか。全く」
「だって、しょうがないじゃない。でも、オルガは怒ってなかったからよかった」
「今度こそやろう。絶対」
二人は再び寝室に戻り、今度は邪魔もなく仲良くなったのだった。だが子供はできなかった。
「泉でしてみるか？」
「カエルがいるからやだあ」
「じゃあもう一度しよう」
二度目に仲良くなっても何もなかった。
「そうしょっちゅう子供はできないんじゃない？」
とゆり。
「しょっちゅう子供ができてるだろ」
「この後ラーズと仲良くしたらランスみたいな子ができるかも？」
「そういう発想はもういい」
「そう？」
「もう一度する」
ハロルドは3回目をがんばったが、今日は何もなかったのだった。
「ぐったり」
ハロルドはうつぶせになって寝転んだ。
「ひどい、私だって、そろそろ石を増やしたいんだけどなあ」
ハロルドが3度もがんばったわりにはゆりはまだ元気そうだった。これも愛欲の女神だからだろう。
「まあ、またそのうちにできるって」
ゆりはハロルドの肩をぽんとたたいていた。
「お前はなんでそんなに元気なんだ」
「愛欲の女神様だから♪」
ハロルドは「はあ」とまたもやため息をついていたのだった。
人間界ではゆりの中にいるガーベラは、ハザークと会った後にはラクシュミにも会いに行き、ラギやシスにも会って皆を喜ばせていた。
「おかあさんだ〜」
ラギとシスがゆりを見てはしゃいていたので、たまたま一緒にきていたムサカはちょっと不思議そうな表情である。
「どうしてベツベツマーは竪琴とか上手なんだろう？」
ナナミも今更だが首をかしげている。
ガーベラはムサカに近づいて、「こんにちは〜」といいながら右手を出していた。
「はい、こんにちは」
とムサカが挨拶を返して手を握った。その次の瞬間である。ムサカの外見が突然若返り、その場にいた子供達はあんぐりとと口を開けていた。
「そっちの方がステキなのに、なんでおじいちゃんになってるの？」
ガーベラが聞いた。若返っていることに気づいたムサカは、「失礼します」とすぐに逃げてしまった。
口を開けていたナナミは、「え？ 今の何？」と聞いた。
「今、ムサカ様、姿が変わってなかった？ 髪がふさふさでさあ」
「え？ 僕しらないけど？」
シスはしらばっくれることにしたようである。
「えー？ ラギみたでしょ？ 今髪がふさふさの人がいたじゃない！」
「僕目を閉じてたから気づかなかった」
シスから事情をこっそり聞いていたラギも、しらばっくれている。
「ウソでしょー！！ ベツベツマーはみたよね。ね」
「うん。ステキよね。恋人にしてもいいよね」
ガーベラは無責任にも言っていた。
「やっぱりいたじゃん。一体どういうこと？ まさか、ベツベツマーは、老人を若返らせる魔法が使えるとか」
「ううん。元々」
「あー！！！！ お母さんもうそのへんで。あ、そうだ。お母さん知らないんじゃない？面白いカードの話があってさ」
シスは強引に話題を変えた。
「そうそう。そのカードのせいでお母さんは怖い思いをしたんだって」
「カード？」
「そのカードの人が妖精で実際にいたらしいよ」
シスがカードを持ってきてガーベラに見せた。
「ほら、このスペードって人なんだけどね」
「あースペード、へー」
ガーベラはカードをまじまじと眺めていたのだった。
その隙にナナミはこっそりと瞬間移動して、ムサカの部屋の前にいた。
「ムサカ様ーちょっと出てきてください」
部屋の中にいたムサカは、ナナミに気づいて困った様子である。
なぜか、老人に変化する魔法が使えなかったのだ。
「ムサカ様ーどうしたんですか？」
「困った。なぜ変化できないんだ？」
ふさふさの銀髪ムサカは部屋の中で困りまくっている。
「困った、さてどうしようか」
「ムサカ様ー」
「どうしたんですか？」
そこに通りかかったのがハインリヒだった。
「ムサカ様が出てきてくれないの。なんだか具合が悪いのかなあって」
ナナミがしょんぼりした様子で言ったので、ハインリヒはすっかり信じていた。
「ムサカ様、大丈夫ですか？ 倒れてるんじゃないですか？」
ハインリヒは声を出しながら思念で聞いた。
「わしは大丈夫。大丈夫じゃ」
ムサカは思念でそう返してきた。
「大丈夫って言ってますよ」
ハインリヒがナナミに言った。
「姿をみなきゃ安心できない。ハインリヒ、中に入って確かめてきて」
「大丈夫ですよ」
「そのほうが安心できるからあ。何かあったら大変だから」
「そうですねえ」
老人のやせ我慢ということもあるので、ハインリヒは失礼ながらも部屋に瞬間移動で入ったのだった。
「うわっ！」
中にいたムサカは驚いている。そしてムサカを見たハインリヒは、子供達同様、口を大きく開けていた。
「あ、あれ？ ムサカ様は……っていうか、あなたはどなた様で？」
ムサカは顔に手を当てていたのだった。
つづく
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