第26話
クーガが蛇の国に滞在することになって五日が過ぎた。クーガはせっかくの休暇だというのに、毎日国の中を巡っているようである。国民の信仰もぐんとあがったに違いない。
「まずい。ぼんやりしていたら一月なんてあっという間にすぎてしまう……」
五日も経つと、ゆりはまずいと思い出していた。これで一月何もないままクーガが聖地に帰ることにでもなったら、アシュランから一体何を言われるやらわからない。
『お前にはがっかりだな』
（なんて言われるかもしれない。最悪もう顔を見たくないとか言われると、まずい。神の国に行けなくなっちゃうかもしれない）
アシュランの期待を裏切ることはそういうことだ、とゆりは思っていた。
（とにかく何もしないってのはまずい。話をしなければ！）
とゆりは思い、今日の午後はクーガに部屋に来てもらうことにした。それで朝からゆりはクーガにどんな話をするか頭を悩ませている。
そこにヴィラがやってきた。
「おはようございます。王妃、あれからカール君と何か進展はありました？」
ヴィラはカールのことを聞いてきた。
「何もないよ。今はそれどころじゃなくて。そうだ。ヴィラ、ちょっと相談に乗ってよ！」
ゆりはヴィラを部屋の椅子に座らせて、早口でクーガの相談をしたのだった。
クーガがこの国に滞在することになった理由がそんなことだとは、ヴィラもびっくりである。
「ねえ、どう説得すればいいと思う？」
「えー……うーん……」
ヴィラも悩んでしまった。
「そういう事情にあまり首を突っ込まない方がいいと思いますが……恋人ならともかく」
「私だって首を突っ込みたくないわよ。でもこうなっちゃったし、一月ぼんやり過ごすわけにはいかないわよ。とにかく、だめでも何か行動しないと」
「神様のお気に入りになると大変ですね」
「そうよ」
「まあ、長生きという言葉がキーワードならば、やはりハザーク様ですかねえ。ハザーク様にクーガ様を説得できるかどうかはわかりませんが」
「私もそう思ってる。それで昨日ハザーク様に話をしてみたんだけど、『千年でそれほど悩むとは、まだまだだな』とか言ってた」
「はあ。まあそうでしょうね。ハザーク様はその１０倍ですもんね」
「とにかくクーガ様ともっと仲良くならないとねえ。いきなりこんな話はまずいよねえ」
「あまり仲良くなりすぎないでくださいね。クーガ様は一族の男じゃないですから」
「わかってる。王様にも散々言われたから」
「王妃はまさかがあるから怖いなあ」
ヴィラはそんなことを言って去って行った。
「いざとなったら、もう一人の私、お願いします」
黒目のゆりは、早々と蛇の目のゆりに頼んでいる。もう一人のゆりから返答は何もなかった。
午後、ゆりが緊張しまくってるとクーガがやってきた。
「こんにちは、王妃様」
今日もクーガは頭からつま先まで清廉そのものである。
「こんにちは、クーガ様、どうぞ座ってください」
部屋にいた侍女が急いでティーセットの準備をしに出て行った。
「毎日教会に顔を出していただいているようで、みんな喜んでるって聞いてます。ありがとうございます」
ゆりは笑顔でお礼を言った。
「いえ、何かしないと落ち着かないもので」
「この国はどうですか？」
「皆さんとても親切で素直ですよ。私の話もとても熱心に聞いてくださって。王妃様がこの国の王妃になってから、この国はぐんと良い方向に変わったと聞きました。王妃様は幸運の女神だって、皆さん
言ってましたよ」
「えー幸運の女神だなんて」
ゆりは照れたように頭をかいていた。
「聖地は海があっていいですよね。この国には海がないからそれが残念で、クーガ様は海で泳いだりされるんですか？」
「泳ぎですか？ いえ、私は泳ぎません。小さい頃は海に入ったこともありましたが……」
「そうですか。海にはおいしい食べ物がたくさんあっていいですよね」
海、と聞いてクーガは少し瞳を曇らせていたが、ゆりは気がつかなかった。
「そういえば、街でイカの骨を見ましたよ。前に巨大なイカが来てその骨だと聞きました」
「そうなんです。すっごく大きなイカで、みんなでびっくりしました。食べてみたら結構おいしかったんで、みんなで食べたんですよ」
「イカはどうやって来たんですか？」
「えーと、ハロルド様が持ってきてくださって……実は、少し神様と交流がありまして……ちょっと前に事件のようなことがあって、それで神様が気にかけてくださってるんです」
ゆりは不自然にならないように話を持っていった。
「そうですか。それで、今日は私に相談があるとうかがいましたが」
「え、は、はい、そうです」
「なんでもいいので話してください」
クーガは優しく微笑んでいる。侍女がティーセットを持ってきて、テーブルに置いて去って行った。
「えーっと、その、冷めない内にお茶をどうぞ」
ゆりは緊張しまくっている。
「はい」
クーガはティーカップを手に取った。
（さて、これからどうする？）
ゆりは紅茶を飲みながら、どういう風に話を持っていこうかと考えている。
（うーん、うーん、こうなったら年のことでも聞いちゃうか？ その前に私の相談だっけ。何の相談をしよう。何の……）
ゆりは頭が前にぐらつき、ティーカップをガチャリとおいてその横に突っ伏してしまった。
「王妃様！？」
クーガが驚いてゆりの横に移動した。
「王妃様、しっかりしてください」
ゆりは気絶してしまったかのように動かない。すると、ゆりのひざから何かが上に出てきて、クーガはびっくりしてゆりから体を離していた。
おぼろげな白い塊である。それはテーブルの上にひょいとのっていた。
―みてみて
「え？」
声は頭の中に直接響いてくるようだった。
―みてみて
よくみると白い塊は赤ちゃんのような形をしている。その赤ちゃんは背中をクーガに向けていた。白い塊の背中には、宝石のようないろいろな色の蛇が二匹交差されてひっついていた。
―かっこいいよね
「かっこいいですね」
そういうと赤ちゃんっぽい塊はうれしそうにテーブルの上で跳びはねていた。
「えーと……誰か呼んだ方がいいかな。どうしよう」
クーガはゆりを一人にするのはまずいと思ったので、誰かを呼びに行けなかった。赤ちゃんはくるりと体を前に向けた。そしてクーガを見上げている。
―マーのオネガイ、きいてね、ね
「え？」
―オネガイ、タノミ？ キキナサイ
「はあ」
―バイバイ
白い塊は手を振ってゆりの体にひっつき、消えてしまった。クーガはあまりのことにしばし固まっている。
ゆりがむくりと頭を起こした。
「あれ？ 私どうしたんだろう？」
紅茶はコップ受けの皿に少しこぼれている。
ゆりは目の前にクーガがいなかったので、きょろきょろと周りを見て、後ろにクーガがいたので驚いていた。
「ど、どうしました？」
「それは私のセリフですが……」
「え？」
「実は、白い塊が王妃様から出てきて、ママの頼みを聞いてほしいと言われたんです」
「ええ！？」
ゆりは椅子から落ちそうになるほど驚いていた。
「先ほどのは……」
「えっと、私のお腹にいる赤ちゃんです。多分」
「赤ちゃんですか」
（クロスってば、私が悩んでいたから出てきちゃった！？）
ゆりは驚きまくっている。
「それで、王妃様は私にどんなお願いがあるのでしょうか」
クーガは穏やかな表情で聞いている。ゆりは立ち上がり、「実は……クーガ様のことで話があるんです」と思い切って言った。
「私のことで？」
「私が口を挟むことではないというのは重々承知しているんですが、ある方に頼まれて、クーガ様の悩みの相談に乗ってあげてほしいって」
「え？」
「クーガ様のことがもっと知りたいんです」
ゆりはクーガを見上げて言った。クーガはきょとんとした顔付きである。そして、横を向いてぷっと笑っていた。
「そのある方というのはどなたでしょうか」
「クーガ様もよくご存じの方です」
「そうですか。王妃様にそんなことを頼むなんて、困った方ですね。私にそんな大それた悩みなどないですよ」
クーガはこの場から離れようとしたのだが、足が動かなかった。
「？」
「クーガ様、なら、クーガ様は1000歳の誕生日に何をお願いする気なんですか？」
「え」
「教えてください」
クーガは足を動かそうとしていたが全く動かない。まるで強力な磁石が足の裏にくっついているかのようである。
「王妃様、落ち着いてください」
クーガはゆりの魔法かと思ったようである。
「こんな個人的なことに立ち入ってごめんなさい。不快に思うのは最もですが、せめて、クーガ様の気持ちを教えてください」
ゆりはクーガが動けなくなっていることには気づいていなかった。
「お、落ち着いてください」
「私は落ち着いています！」
「いえ、全然落ち着いてないです。魔法を止めてください」
「え？ 魔法？」
ゆりは目をぱちくりさせている。
「王妃様の魔法で今動けなくなっているのです」
「え？ 魔法なんて使ってないですよ」
「足が動かないのですが」
クーガはのけぞった格好になっている。
「そうなんですか？ なら今のうちにお話をしましょう」
ゆりはクーガの手を握っていた。
「魔法をといてください」
「私が使ってる魔法ではないですが、解いたらクーガ様逃げてしまうでしょう？ お話ができなくなるのは困るんです。逃げないって赤ちゃんに約束してくれたら足が動くようになると思います」
「わかりました。逃げませんから」
クーガが仕方なしに言うと、ようやく足は動くようになった。
「はあ……」
「すいません。赤ちゃんって強引なんですよ。こうなったら回りくどい話はやめましょう。クーガ様の誕生日のお願いが知りたいんです」
「聞いてこいと言われたのですね。ある方に」
クーガは疲れたように髪をかきあげている。
「はい」
「やれやれ……すいませんね。あなたをこんなことに巻き込むなんて……迷惑だったでしょう」
クーガは怒るどころか申し訳なく思っているようだった。
「そんなことないですよ。クーガ様こそ、見ず知らずの私にこんなことを言われてもって感じだと思います。怒ったって当然だと思います。でも、私も話を聞いてしまったからには、クーガ様の力になりたいんです」
ゆりは緊張した様子でいろいろ話していたが、クーガはゆりの言葉よりも別のことが気になっていた。ゆりの体から、今度は赤ん坊ではなくゆり自身の霊体のようなものがぬっと出てきたではないか。
その霊体はなんと裸で、しかも、右胸の上に青い花の模様が見えた。体は透けているのだが、その青い花だけやけに輝いて見えるのである。
「あの……王妃様……」
クーガはゆりの霊体にびびっている。
「実は、この国にはすごく長生きしている方がいらっしゃるんですよ。その方も長生きで悩んでいたんですが、今は、とても幸せそうに毎日過ごされているんです。人生ってどうなるかわからないんですよ。
辛い時もあれば、予想だにしない楽しいことがあったりして」
一方ゆりの方は、自分の霊体が出ていることなど全く気づかずに、クーガを説得しようとしていた。クーガはゆりを見たり霊体を見たりしていた。手で霊体に触れてみたら、手で触れることはできなかった。
ゆりの霊体は、クーガにぴったりくっついてきてクーガの頬にちゅーとキスしていた。
「王妃様！」
クーガが思わず声をあげた。
「はい、なんですか？」
「あの、離れてください」
「え、 はい」
ゆりは一歩下がったが、霊体はひっついたままである。
「いえ、こちらです。こちらをどうにかしてください」
クーガはゆりの霊体を離そうとしていたが、霊体は全く離れずに、クーガをぎゅっと抱きしめていた。なんだか良い匂いまで漂ってきた。
「こちらって、どちらですか？」
「この霊ですよ。霊」
「れい？」
ゆりは全くわからなかった。
「あなたの霊体が、私にくっついてきているんです」
「え？ どこに？」
ゆりはきょろきょろと辺りを見た。
「ここに」
クーガはゆりの霊をどうにかしようとしていたが、触れないし引っ剥がすこともできない。
「えー？ 私にはさっぱり見えませんが……」
「あなたの霊が、私によからぬことをしようとしているんです」
「え？ やだ、恥ずかしい！」
ゆりは両手を頬にあてていた。
「止めてください」
「ちなみにどんなことですか？」
「ですから止めてください！」
「そう言われても私にも見えませんし……そういえば私もドキドキしてきました」
「はあ？」
なぜ霊体なんてものが体から出ているのかは謎だったが、ゆりは内心（もっとやれ！）と霊体を応援していた。ゆりの霊体はクーガの首に両手を回して、今度は唇にぶちゅっとキスしようとしている。
クーガは頭を後ろにそらせていたが、ゆりの霊体は追ってきて、ついには唇を合わせていた。青い花の匂いがさらにきつくなってきた。
「クーガ様、真っ青ですよ。大丈夫ですか？」
「あなたのせいなんですが」
「今、私の霊、何をしてます？」
「私に抱きついて、唇を覆ってきてます」
「え？ すごい。私の霊体」
「感心してる場合ではないです。故意にしてますよね？ いけませんよ。王妃様が他国の男にこのようなことをしては」
「私はなにもしてませんよ。緊張しすぎて、興奮してるときみたいに胸はドキドキしてますけど、もしかして、そのせいでしょうか」
今ゆりの顔は真っ赤である。
「お願いですから、もうこの部屋から出してください」
クーガは悲鳴のような声をあげている。体はまた動かなくなっていた。
「話が終わってないです。もうきっと私には近づいてくれないでしょう？ ですから、今しかないです」
今引くわけにもいかない。ゆりは椅子にクーガを強引に座らせた。
「クーガ様、1000歳の誕生日のことですよ。誕生日のお願いのこと、教えてください」
「あなたには関係がないことですよ。それよりこの霊を、霊をなんとか」
ゆりの霊体はクーガの膝にまたがり、クーガと向かいあっている。
「そんなハレンチな！」
「ええ！？ ハレンチ？ どんなことしてるんだろう？」
ゆりはドキドキしていたが、やはりまったく見えていない。
「え、ちょ、ちょっと、待ってください。それはいけない。だめです。だめです！」
クーガは心底困った声をあげている。
ゆりの霊体はクーガの下半身に手を伸ばしていたので、クーガは慌てまくっていた。
「いいます。誕生日のことを言いますから、お願いですからどいてください！」
「私の霊体さん、どいてあげて」
ゆりが言ったものの霊体はそのままだ。
「どきました？」
「どいてません！」
「どうやったらどくんだろう？ 霊体に何か他に特徴はあります？」
「胸の上に青い花が見えます」
「青い花？」
（ガーベラ様の加護の花？ じゃあ私がドキドキするとこうなるのかも？ 落ち着こう。落ち着く。落ち着く……）
ゆりは大きく深呼吸して心を落ち着かせた。
すると、ゆりの霊はすっと消えた。
クーガは安堵の息を吐いていた。
「消えました」
「よかった。それじゃあ、教えてください」
ゆりはクーガの前に椅子を持ってきて向かいあって座ったのだった。
「恐ろしい……こんな脅迫はハレンチ過ぎますよ」
クーガは引きつった表情をしていた。
「すいません。私が本当にしようと思ってやったわけではないんですよ？」
ゆりの目に霊体は映っていなかったので、ゆりはのんきなものだった。
「私は誕生日のお祝いに、完全な人間になりたいとお願いするつもりです」
クーガはすぐにこの場を去りたかったせいか、早口で言っていた。
「それって老いて死にたいってことですか？」
ゆりが聞いた。
「まあ、そうなりますかね。別に死にたいわけではないですが」
「どうして死にたいんですか？」
「死にたいわけではないんですよ」
「このまま生きていくのはいやなんですか？ いっそのこと妖精になったりとか、そっちの選択肢はないんですか？」
「あり得ません」
「せっかくの生なんですよ」
「私の存在自体不自然なものなのです」
「クーガ様……」
「あなたは何か誤解をしておられる。私は本当に死にたいわけではないのです。ただ、皆と同じように、生きたいだけなのです。私は神官としてみんなの相談にも乗っていますが、同じ人間ではない私は、彼らと
思いを共有することはできないのです。それが私には辛いことなのです」
「……でも、クーガ様の姿に励まされている人だって一杯いると思いますよ。アシュラン様だってそうです。クーガ様が心の支えなんですよ」
「あの方には子供は一杯いらっしゃいますよ」
「それでも、クーガ様だって、アシュラン様の生きがいの一つなんです。神様だって生きていることが嫌になることだってあると思います。でも、そういう支えがあるからこそ、生きていられる。アシュラン様は人間が
好きで、クーガ様に会うのを楽しみにしているから、人間のためにがんばってるんだと思いますよ」
「…………」
「もちろん、クーガ様にとっては迷惑なことかもしれないですが。アシュラン様のために生きていくというのも大変でしょうし。でも、アシュラン様はクーガ様を愛していることだけは分かってほしいんです」
「それは、知っていますよ。ですが、すべてはあの方の行動が招いたこと。神としては尊敬していますが父としては……私は神ではないし人間でもない。千年も耐えたのですから、そろそろ解放していただきたい。
普通の人間にしてもらいたい。普通の人間になったとき、私は初めて自分の生を生きることができる気がするんです」
「今だって、クーガ様は精一杯生きてますよ」
ゆりはちょっと悲しそうな顔付きだった。
「……先ほど、海の話がでましたが、私は海は嫌いです。幼い頃の私にとっては、あの島は牢獄のようなものだった。決してあの島から出ることができなかったので。私は幼い頃、母に会いたくて、あの島を出ようとしたんです。
ですが船に乗るといつも見つかってしまって。思いあまった私は、泳いで対岸に行こうとしたんですよ。もちろん途中で溺れて、気がついたら聖地に戻っていました。目が覚めたら横にあの方がいましてね、こっぴどく
叱られましたよ。私はただ、あの島を出たかった。その願いは叶わず、実際に母に会いたいという願いもかなわなかった。夢で母に会うことはできましたが、多分それもあの方がしてくださったんでしょうが、
私は実際に母に会いたかった。8００年ほど前、聖地に病が流行ったことがありました。一緒に過ごした人達がバタバタと倒れて、一杯人が死んだ。私はあの時もあの方にみんなを助けてくれと頼んだんですが、
その時も無理だと言われました。神は万能ではない。すまないと。それでも、私は信仰を広めるために働いている。それは信仰がこの世を守ると信じているからです。それだけは疑いようがない。この世は、
あの方が作った世界なのですから。1000歳の誕生日のお願いも、きっと『無理だ』の一言で終わるのでしょう。あなたが気に病む事は何もないのですよ」
「アシュラン様は、クーガ様の頼みを聞く約束をしたって言ってましたよ」
「本当にかなえてくださるのかどうかは疑問ですがね。もういいですか？ 私のことはすっかり話しました。そろそろ解放してください」
「はい」
クーガはようやく部屋を去って行くことができたのだった。
「……もうここに来てくれないだろうなあ……」
クーガが去った後、ゆりは寂しげにつぶやいた。
（失敗した……千年の思いを、私の説得くらいで思い直すわけないわよね）
―こうなったら、襲う？ そしてメロメロにする
「これ以上のハレンチはやめてー」
ゆりは絶叫していたのだった。
その夜、クーガがベッドで寝ようとすると、すでに珍客が寝転んでいた。
「休暇を楽しんでいるか？」
その男はクーガに手を振って聞いた。
「大神、そろそろ聖地に返してください」
クーガは驚きもせずに言った。
「なんだ、楽しんでいないのか？」
「それから、私のことに他人を巻き込むのはやめていただきたい。かわいそうじゃないですか」
「かわいそう？ はて、何のことだろう」
「私の誕生日のことですよ。彼女に私の願いを聞くように頼んだでしょう。そんなに私の望みが知りたいんですか？ 知った所で、聞いてくださるつもりもないんでしょうに」
「そんなことはない。1000歳の誕生日くらいは願いを聞いてやりたいと思っている」
「どうでしょうねえ」
ベッドで寝転んでいたアシュランは体を起こした。
「王妃の説得はもう失敗したのか」
「だれの説得も成功しないですよ。彼女を怒らないでくださいね」
「お前にとって、私はいい父親ではないことはよく分かっている。お前に今のままいてほしいというのも、私のわがままだということも。お前は自分が不幸だと思っているのか？」
「そのようには思っていませんよ」
「そうか。ならいいが。……私が各国に１０年は戦をしないように、との命を下したのは知っているだろう。なぜそんなことを言い出したと思う？」
「え？」
思ってもいなかった質問をふられて、クーガは瞬いていた。
「数年のうちに、よくないことが起こる。人間界にとってとってもよくないことが。それは、私には止めることができない。神の国だけならば完全に守ることができるが、人間界は結構なダメージを受けるだろう。
事が起こったらすぐに、すべての妖精を呼び戻し人間界を切り離す。それが一番楽な方法だ」
「大神、何をおっしゃっているんですか。この世界は、あなたが作った世界ではないですか」
クーガは信じられないという面持ちだった。
「そうだな。私は人間達が好きだ。お前のことも愛しているが、他に好きな者達もたくさんいる。だから、きっとそうはできないだろう。もしお前の望みが人間になることだったなら、時期的に今はまずい。
人間は病などで死ぬこともある。お前がいなくなれば、私はこの世界を救いたいという思いが薄れるかもしれない」
「それは脅しですか？」
「実際そうなるだろう。まあ、お前にとっては死んだ後のことだから、どうでもいいことかもしれないがな」
「…………」
「クーガ、私だって、人間になりたいと思ったことが何度もある。辛い決断をしなければならない時は特にそう思う。だれか私の代わりをやってくれってな。最高神であっても万能ではない。
あの時だって、お前の望みを聞いてやりたかった。久しぶりのお前の願いだから、今度はかなえてやりたいと思っている。それは本心だ。せっかくだからもうしばらく休暇を楽しめ。じゃあな」
「あ」
アシュランはぱっと消えてしまった。
「一体何が起こるのだろうか……」
（近いうちに人間界が揺るぐほどの出来事が起きる？ ただの人間になったら、私はその時役に立つのか？）
クーガは「うーん」とうなり、しばらく立ち尽くしていたのだった。
さて、その後アシュランは、ゆりの元にも現れている。ゆりの夢に出てきたのだ。
「王妃、クーガのこと、何か進展したか？」
アシュランは何も知らないような顔付きでゆりに話しかけていた。ゆりの方はびびりまくっている。
「えっと、少しは、話ができる仲になりましたよ。少しだけですが、ですが、一月ではどうですかねえ」
などといいながら、黒目のゆりはぎこちなく首をかしげ、蛇の目のゆりは、その後ろで頬をかいている。
「もっとかかるか。じゃあもっと延ばすか？」
「え？ いえいえ、もう延ばさないでください。クーガ様にも限界がありますから。かわいそうですよ」
黒目のゆりは慌てて言っていた。
「お前が私の意図を理解しててよかった。何も気がつかないままだったらがっかりしたところだぞ」
「さすがに気がつきますよ。ははは……」
アシュランはじーとゆりを見て、近づいてきた。
「え。な、なんですか？」
ゆりはびびりまくって後ろに下がっている。
「お前、何か変わったな。いろいろと」
「そ、そうですか？」
「それから神の加護も新たについてるじゃないか。ガーベラが何かしたのか？」
「ガーベラ様が男の時に、何かされたっぽいんです」
「ほー今のお前なら、クーガでも落とせるかもしれんぞ。やってみるか？」
アシュランは微笑んで言った。
「え？ 無理ですよ。それに、一族の男じゃないとだめってきつく言われてますから」
「そうか。そうだな。王妃のままじゃ無理だな」
「無理ですよ」
「わかった。じゃあこれで行け」
アシュランは親指と人差し指をぱちんとはじいた。
「これでって？」
ゆりの体が変わってきた。胸が大きくなり、足が長くなり、そして金色の巻き毛が見える。
「ええええー！」
「ガーベラでなら大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです。これって夢でしょ？ ね。あれ？」
後ろを見ても、蛇の目のゆりはいなかった。
「ええー！？ 夢、でしょ？」
「夢だが夢ではない。王妃、がんばってクーガを男にしてくれ」
「はあ？」
次の瞬間、ゆりの体はどこかにどすんと落ちていた。ベッドわきに立っていたクーガは、突然ベッドに女が落ちてきたのでびくっと体を揺らしている。
「えっ？！」
「やっぱり夢じゃないの？ もうやだー」
ゆりは巻き毛を手に取り半泣き状態だった。
「あ、あなたは……」
「え、えーと……えーと……こんばんは。いい夜ですねえ。あはは。えーと私は、女神ガーベラよ。なぜかここにおちちゃって。突然でごめんなさい」
ゆりは取り繕ったように笑ってベッドから降りた。
「女神がなぜここに？」
「さあ、私にもわかりません。本当に、どうしてでしょー」
クーガは女神の姿の中に、ゆりの霊体を見ていた。
「王妃様？」
「え？ なんで？」
ゆりは驚いている。
「やはり、あなたは王妃様じゃないですか？」
（速攻でばれたー）
ゆりは気が遠くなりそうだった。
「いやだわ。私は女神よ。見て、この髪、人じゃありえないでしょう？」
「あなたは王妃様ですよ。また大神がなにかしたんじゃないんですか？」
「鋭いですね。でもわからないフリをしてください。私もばれるとまずいんです」
「はあ」
「クーガ様、私とちょっとだけいちゃいちゃしましょう」
ゆりは心を決めて言った。
クーガは本気で引いていた。顔がものすごく嫌そうである。
「クーガ様は女性が嫌いなんですか？」
「私は女性とどうこうなる気はありません」
「女性を知らないなんて、人生損してますよ。愛があってこその人生ではないですか」
「あなたは夫がいる身ではないですか」
「今の私には夫はいません。恋人が大勢いるだけです。ガーベラですから」
ゆりは迫り気味である。
「はー……なんか、あなたも大変なんですね」
クーガは何かを察したのか、ゆりに同情気味になっていた。
「そうなんです。わかってくれます？ いきなりこんな展開、無茶すぎますよね。でも、期待されたからには応えたい。これも私ってわけでして」
「応えなくていいですよ」
「クーガ様の恋人に、なんて思ってません。これをきっかけに女性に興味を持てば、世界が広がりますよ」
「十分広がってます」
「何かしなきゃ、多分元の姿に戻れないんです。一生このままなんです、一生このままじゃ、みんな仕事に手がつかなくなって困ってしまいます」
クーガはため息をついて頭をかいていた。
「むちゃくちゃすぎる」
「切羽詰まってるんですよ。安心してください。私はいきなりクーガ様を押し倒してひんむいたりしないので、とりあえず、お話だけでもしましょう」
ゆりはベッドに座り、横に座るように促していた。
「参りましたね。あの方にも困ったものだ」
クーガはゆりの横に腰を下ろした。
「クーガ様は、今まで、好きって思った女性はいないんですか？」
「私は一生結婚する気はなかったので、特にないです。もちろん好意を持った女性はいましたよ」
「口づけしたいとかそこまでは思わなかったんですか？」
「思いません」
「じゃあその、私と一度してみません？」
「しません」
速攻で返答され、ゆりの顔は引きつっていた。
「こんなことをしなくても、私の望みをきかなければいいと思うんだが……大神もむちゃくちゃすぎる」
「クーガ様の誕生日が近いのであせっているんですよ」
「ですから、望みを聞かなきゃいいと思うのです。大神なんですから」
「望みをかなえるって約束しちゃったからじゃないですか？ クーガ様が女神の恋人になりたいって思えば、もうすべて解決じゃないですか」
「私はガーベラ様よりも、カサンドラ様とかそっちの方が、好ましいんですが、どちらかというと」
「ですよね。でも、女神の選り好みはできないんですよ」
ゆりは半笑いを浮かべている。
（それにしてもこの姿を見てもなんとも思わないとは……クーガ様、やはり手強いわ）
「クーガ様、ガーベラの胸ってすごく綺麗なんですよ。見たくありません？」
「見たくありません」
「そう言わずに、芸術作品だと思って見てくださいよ」
ゆりは寝間着をたくしあげていたので、クーガがあわてて制していた。
「やめてください」
「芸術なんです。ガーベラの胸は、芸術なんですよ」
「わかりましたから、見せなくていいです」
「せっかく目の前にいるんですから、見てくださいよ。そして感動してほしいんです」
「いえ、本当にいいです」
クーガは完全に拒絶していたので、ゆりはしょぼんとしていた。
「あの……すいませんね。私の問題に巻き込んでしまって」
クーガは申し訳なさげである。
「悪いと思ってるなら胸を見てください」
「なぜそこまで見せたいんです」
「芸術だからです」
ゆりははっきり言った。
「……胸を見たら、帰ってくれます？」
「え……でも、何もなかったらこの姿のままかもしれないんで困るんですが……」
「では何をしたいんですか？」
「えーと……軽く、いちゃいちゃ？」
「あなた私のこと好きでもないでしょう」
「でも好きになる予感はしまくっています。とりあえず、この芸術は見るべきです。見ないと一生後悔しますから！」
胸をみないとどうにも収まりそうにない。
「是が日でも見せたいんですね」
「はい。だって、素晴らしいんですから」
ゆりはぱっぱと寝間着を脱いで、上半身裸になっていた。クーガはもうどうにでもなれ、という顔付きである。上半身裸になったところで、ゆりはあることに気づいた。ガーベラの右胸の上に、青い花の模様が見える。
「あれ？ これは……」
クーガはつい顔を向けていた。
「昼間見た王妃様の胸の上にあった花と同じですね」
「へーどうしてあるんだろう。綺麗ですね。それで、どうですか？ ガーベラの胸」
「綺麗ですよ」
クーガは感動するでもなく言った。
「感動して泣けてこないですか？」
「特には……」
「そうですか」
ゆりは残念そうである。
「あの、もうしまってください」
「…………」
ゆりはクーガの横にぴったりくっつき、クーガの手を取って女神の胸に触らせた。
「王妃様！」
「ガーベラです」
「ガーベラ様、やめてください！」
「柔らかいでしょ？ 女性の体って柔らかいんですよ」
「逆に私が襲いかかったらどうするんですか？」
「それはそれで困るかもしれませんが……ガーベラの胸を見て何も思わないなんて、ショックです。胸には自信があるので」
「あのーまた霊体がでてきてますが」
「え？ そっちは無視してください」
「できませんよ。また私にひっついてきてますよ」
ゆりの霊体はクーガの膝に横向きに乗っていた。
「膝に乗ってきてます」
「じゃあ私も乗ります」
ゆりは胸を出したままクーガの膝に乗ろうとしている。
「いいですって」
「霊体より本人が乗った方がいいじゃないですか」
「よくないですよ」
こんな調子でしばらくやりとりをしていたのだが、驚くべきことに、ついにクーガは興奮状態にならなかった。
「クーガ様、やはり男性が好きなんですか？」
「違います」
「じゃあ、私が全くタイプではないと」
「それはそうです」
ゆりはガーンとショックを受けていた。
「仕方ないですよ。だって短期決戦なんですからーこのまま朝になったらどうするんだろう」
ゆりは半泣きである。
「私は本当に眠いです。寝かせてください」
「はい、おやすみなさい」
クーガはベッドに入って本当に寝てしまい、ゆりは困ったが、そのままクーガの横に寝転んだ。
朝になると、ゆりの体は自分のベッドに移動していた。
「わあ、よかったあ。元に戻ったあ」
元の体だったのでゆりは喜び、「ワン？」犬のジロウがどうしたのかとベッドに近づいて来ていた。
ゆりは朝食を食べてから、クーガの部屋を訪問してみた。
「おはようございます。あの、昨晩はすいませんでした」
「おはようございます。昨晩？ なんのことでしょうか？」
クーガは首をかしげている。
（なかったことにしてくれてる？ なんていい人だ！）
とゆりは感動した。
結局何もなかったしよかった、とゆりが安堵していると、その夜、再びゆりの体はガーベラになってクーガの部屋に移動していた。クーガはすでにベッドで寝転んでいた。
「またきたんですか？」
「すいません。私の意思ではないんです」
「もしかして、毎晩来る気ですか？」
「さーこうなったら、添い寝しましょう。朝にはまた元に戻ってると思いますし、そうしましょう」
「……私が別の部屋に移動したらどうなるでしょうか」
「試してみます？」
クーガは部屋の外に出ようとしたが、出られなかった。またもや瞬間移動が妨害されている。
「無理でした。やれやれ」
「では添い寝しましょう」
「あなたは、見ず知らずの男とよく添い寝ができますね」
クーガは呆れた顔つきである。
「見ず知らずの男ではないです。クーガ様のことはもうよく知ってますもん。ではおやすみなさい」
ゆりは本当にクーガのベッドに入って目を閉じてしまった。
「はあ」
クーガはもう諦めて横で寝転んでいた。
そんな夜が続き、５日目の夜、ゆりの意識は夢で神の国に飛んでいた。
「あっちでもこっちでもガーベラ〜オルガも気になるけど、今日は、ラーズに優しく愛されたい気分♪」
ゆりはラーズの元にひとっ飛びした。
「ラーズ！」
「やあお嬢さん、会いたかったよ」
ラーズはゆりの体を神殿に運んで、その後仲良くなったのだった。
その間、クーガの部屋にいたゆりの体は、ちょっとおかしなことになっている。
（匂いがきつくなってきた）
花のすごい匂いが寝室に充満している。
「一体何が……神気？」
ゆりの体は今ガーベラになっていたが、その体に神気がキラキラ取り巻いている。
「…………」
クーガは起き上がり、しばしその様子を見ていた。
そして次の日の夜である、ゆりがまたガーベラの体でクーガの部屋に移動してきた。
「神気がのぼってますね」
クーガがそう指摘した。
「え？ そうですか？」
「最初は見えなかったのにどうしてでしょうか」
「どうしてでしょうねえ。クーガ様、私と添い寝して、少しはドキドキするとかありました？」
「ないです」
「そうですか。筋金入りですねえ。でも私、クーガ様は他にお似合いの女の子がいる気がします。純粋で、汚れを知らない乙女的な女の子とか、聖地に帰ったら、そういう女の子と仲良くなって欲しいです」
「実は正直に言うと、昨晩、興奮してしまいました」
「え？」
「なにやらあなたの体に妖しい変化が現れて、それを見ていたら」
驚いたゆりはクーガの両手を握りしめて、「おめでとうございます。やりましたね」と喜んでいた。
「私は別に不能で悩んでいたわけではないですが」
「そうですが、ようやく興奮してくれてうれしいです。添い寝したかいがありました」
「昨晩はどうしてああなったんでしょうか」
「さあ、どうしてでしょう」
ゆりは笑ってごまかしている。
「……大神をすごく困らせてみたくなった。誕生日の願いがもし、あなただったら、大神はどうするんでしょうか」
「え？」
「望みをかなえてくださるんでしょうかねえ」
「え……それはちょっと無理です」
ゆりはクーガから手を離した。
「もし私があなたを好きになってしまったら、どうするつもりなんでしょうかね」
「深く考えてないんじゃないですか？ ガーベラなら、恋人可能ですよ」
ゆりはなにげにガーベラをすすめている。
「本物のガーベラ様の中身はあなたではないでしょう」
「そうですが」
「今のあなたが欲しいと言ったらどうするんだろう」
「もしかして、私を好きになりました？」
ゆりは恐る恐る聞いた。
「なってないですが、気になっただけです」
ゆりはちょっとほっとしている。
「私はきっかけでいいんです。次に他の人を好きになるきっかけで」
「きっかけにしてはあなたは強烈すぎますが」
「まあ、とにかく、今夜も添い寝しましょう」
ゆりは強引に話を終わらせて、そそくさと布団に入り、ねてしまった。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
クーガも布団の中に入った。それからしばらくして、腕をなでられる感触がした。誰かが腕に触っている。だれかといっても、ここには他にクーガしかいない。
（え、ええ、どうしたんだろう？）
ゆりはドキドキしてじっとしていたが、クーガが近づいてきた。
（ええーちょっと待って）
先ほどあんなことを言われたせいか、ゆりの方は逃げ腰である。体を横にずらしている。クーガはさらに近づいてきた。
（クーガ様って超真面目そう。私一筋、とか、愛してる、とかいう展開になったらどうしよう。困る。それはひじょーに困る。アシュラン様、そうなったらどう責任取ってくれるのよ！）
クーガは横からゆりを抱きしめてきた。
「ちょっと、ま、まったークーガ様、ど、どうしたんですか？」
ゆりはどぎまぎしながら聞いた。
「さあ、どうしたんでしょうか」
「お、落ち着いてください」
「あなたこそどうしたんですか？ 最初は、私といちゃいちゃしたいとか言ってましたが」
「え？ 私そんなこと言いましたかね？ 全然覚えてないですが」
「確かに言いましたよ」
「あの時は、そういう勢いだったもので」
「今は違うんですか？ また胸を見せてください。芸術的胸を」
「いえ、今は、やめといた方がいいかと思います」
「どうしてですか？」
「えーと。ひゃっ！」
クーガの手がなんと女神の豊満な胸を触ってきたので、ゆりはびくっと反応していた。
「ガーベラ様、昨日興奮した責任を取ってください」
「えー」
（クーガ様が、なんか変わった！？ どうしよう）
クーガはゆりに顔を寄せて、頬にちゅっとキスしていた。
「なんだかすごく困っているようですが」
「実は困ってます。クーガ様は女性を好きになったら一筋って感じなので、他の女性とこういうことをした方がいいかと思います」
「あなたの匂いに興奮してしまったので、他の女性はどうでしょうねえ。私はこういう経験がないので、あなたが導いてくださるとうれしいんですが」
「え……ええ？……」
ゆりはかちこちに固まってしまった。
「ぷ……ぷぷ……」
クーガは笑い出した。
「クーガ様ってばからかったんですか？」
「なんだかおかしくて、逃げれば追ってくるのに追うと逃げるんですから。それなのに、あなたの霊体はまたひっついてきている」
「ええーまたひっついてるの？！」
ゆりは真っ赤っかだった。
結局この夜はそれだけでクーガは離れたが、ゆりはのんびり添い寝どころではなかった。クーガが聖地に帰るまで添い寝を続けるのはまずいのではないかと思ってきている。
翌朝、ゆりは自分のベッドに帰ってきた。
「アシュラン様、もー本当にどうするんですか！ なんかやばい感じになってきてるんですけど！！」
ゆりはベッドの上で叫んだが、最高神からの返答はなかったのだった。
つづく
１２部
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