第２７話
朝食堂にて、ゆりはぼんやりした顔付きで朝食を食べていた。昨晩はドキドキの夜だった。ゆりとしてはこれ以上のドキドキは勘弁したいところである。クーガが一族の男だったなら、もう何の迷いもなく恋人どころか儀式要員にまで
してしまうところだが、そうではない。真面目な男をその気にさせてじゃあさよならってのもひどいのではないだろうか。
（いちゃいちゃしようって言い出したのは私だけど、そういう気じゃなかったのにー元々アシュラン様が悪い。アシュラン様が悪いんだよーーーーー）
ゆりは何度も心の中で絶叫している。
（この世の半分は女なんだから、他の女の子にやらせてよね。全く……）
「クーガ様がこの国にいてくださるのは、あと10日くらいだね」
ラギが言い出した。
「もう10日経つんだ。早いよね」
とシス。
「ずっといてくれてもいいのにね」
言ったのはナナミだった。
「僕さ、クーガ様に前に会った神官のジー様のこと聞いたんだよ。でも知らないって言うんだ。どうして知らないんだろう？ 母様はどうしてだと思う？」
とロイが聞いた。ゆりはぼんやりしていて反応しなかった。
「母様」
「え？ 何？」
「神官のジー様のことだよ。クーガ様に聞いたら知らないって」
「ジー様？ ジー様って？」
「イシュタールの時に来てくれた神官のお兄さんだよ」
「あ、ああ、あのジー様、ジー様はきっと秘密の神官なんじゃない？ 知ってるけど言えないのかもよ」
ゆりはようやく思い出していた。
「秘密の神官かあ。そうかもね」
ロイは納得している。
「母様、クーガ様恋人にしちゃったら。そうしたらしょっちゅう来てくれるんじゃない？」
ナナミがこんなことを言い出して、ゆりは大げさに反応していた。
「何言ってるの。王様が聞いたら怒られるからやめて」
「なんで怒るの？」
ナナミはきょとんとしている。
「他国の人間は恋人にできないの」
「クーガ様妖精でしょ？ 妖精はいいんじゃないの？ 神様だって恋人になったし。ねえ」
ナナミがシスを見た。
「まあそうだよね。妖精だから別に父様は怒らないんじゃない？」
「え？ 妖精？」
「ラーズ様ハロルド様に続いてクーガ様まで加わったらすごすぎだけど……僕としてはジンラ様を早く」
と言ったのはラギだ。
「あのお兄ちゃんマーのコイビトになるの？ やったね。マー」
ミシェイラは喜んでいる。
「お兄ちゃん綺麗だからスキ。一番はクーだけど」
「キレイだよね」
レーヌも言っている。
（なんか変だ。なんでクーガ様が妖精ってことになってるの？）
そこにラクシュミがやってきて、ゆりはちょっとびびっていた。
「みんなおはよう」
「おはようございます！」
子供達は元気に挨拶をした。
「ねえ父様、母様がクーガ様を恋人にしても怒らないよね？」
ナナミが聞いて、ゆりは「ちょ、ちょっと！」とかなり動揺していた。
「違う違う。違いますから」
「クーガ様はゆりでも手強いんじゃないか？ 聖地に帰ってしまうんだから、遊び半分で手を出しちゃだめだぞ」
ラクシュミはやんわりと言っていた。
「真面目だったら怒らないって」
とナナミ。
「いや、いい、いい」
ゆりは横に手を振っていた。
（この前と王様の反応が違う？ もしかして、アシュラン様の記憶操作か何か？！）
理由はそれしか考えられない。
（アシュラン様こわ〜〜〜）
ゆりはぶるっと震えていたのだった。
ゆりは自分の部屋に戻った。
（あと何回クーガ様のところまで移動しちゃうんだろう。もしかして、仲良くならなきゃ終わらないとかじゃないでしょうね）
アシュランに問い詰めたい所だが、今のゆりには無理である。
身支度をして部屋にいるとミカエルがやってきた。
「王妃、おはようございます」
「おはよう。ミカエル良いところにきた。あのね、私をドキドキさせてほしいの」
ゆりは真面目な顔で言った。
「ドキドキ？」
「あ、あっち行かなくてもいいの。軽くでいいから」
「じゃあ」
ミカエルはぎゅっとゆりを抱きしめた。
「王妃、かわいい」
ミカエルはゆりを抱きしめて頬にちゅっとキスしている。
「ドキドキしてきました？」
「少し。……私の霊体見える？」
「え？ れいたいって？」
「私の体から何か出てない？」
「出てないですよ」
「何か、変わったことない？」
「良い匂いはしますよ。それに、私もドキドキしてきましたよ」
「もしかして、他の人には見えないとか」
「何の話ですか？」
「こっちのことなの。ありがとうミカエル」
ゆりはミカエルの頬にちゅっとキスしてから離れた。
「よくわからないですが、じゃあお仕事に行ってきます」
「いってらっしゃい」
ゆりは手を振ってミカエルを見送った。
（ガーベラの加護のせいかわからないけど、ドキドキすると私の分身が勝手に相手の男をくどいてるのかも？ クーガ様にだけそれが見えてる？）
「うーん、そういうことなのかなあ。勝手に相手をくどくのやめてほしいんですけど……」
自分の分身なのに言うことを聞いてくれないというのは困ったものである。
さて、その頃クーガは、城の北にある街の教会に今日も訪れている。やはり朝は掃除をしないとすっきりしないようだ。
教会の庭を掃除していたらゼッドがまたやってきた。
「クーガ様おはようございます」
「おはようございます」
「僕のお母さん達がお菓子を作ったんだよ。クーガ様に食べてほしくてもってきたんだー」
「どうもありがとう」
ゼッドは紙袋をクーガに渡した。
「クーガ様はどのくらいいてくれるの？」
「あと１０日ほどはいる予定ですよ」
「そうなんだ。いなくなったら寂しいなあ。みんな教会に来るのが楽しいって言ってるよ」
「それはよかった。そうだ。ゼッド君はこの国の王妃様のこと、詳しいかい？ ちょっと聞きたいことがあるんだ」
クーガはちょっと周りを気にしてゼッドに言った。
「もちろん、僕のお父さんは、王妃様の恋人だからね。僕も王妃様のことについては詳しいよ」
ゼッドはぐっと右手の親指を立てていた。
「君のお父さんが王妃様の恋人なのかい？」
「そうだよ。すごいでしょ？」
ゼッドは自慢げだった。クーガはどう反応していいやらちょっと困っている。
「あ、クーガ様はここの人じゃないから知らないんだ。この国の王妃様は恋人が一杯いなきゃだめなんだよ。子供のための儀式ってのがあってね、恋人がいっぱいいないと儀式ができないんだよ。
僕のお父さんは女嫌いだったんだけど、王妃様のおかげで女性が大丈夫になって、僕ができたんだよ。だから王妃様がいなかったら、僕は産まれなかったのかもしれないんだ。王妃様はすごいんだよ。
前にガーベラ様が降りてきたことがあったんだって。王妃様はこの国ではガーベラ様みたいにありがたい方なんだよ」
ゼッドは目をキラキラさせてクーガに説明した。
「そうなんだ。王妃様は、ガーベラ様に似てるのかな」
「性格はきっとそっくりだってお父さんが言ってるよ。面白くって飽きないから、王様は王妃様のことずっと愛してるんだよ」
「なるほど。ゼッド君は王妃様が大好きなんだね」
「うん、みんな王妃様のことが大好きだよ」
「どうもありがとう。とてもよくわかったよ」
「そう？ じゃあまたくるね」
ゼッドは去って行った。
「ガーベラ様に似てるからあの姿に？ はて」
クーガは首をかしげていた。
午後、天気もよかったので、ゆりは城の庭園の東屋に座っていた。東屋の横には犬のジロウが座っている。ゆりはジロウに話しかけ、ジロウはその問いに対して首をかしげたり、ワンと吠えたりしていた。
つくづく賢い犬である。そうしていたら庭園にクーガが現れたのでゆりはびっくりした。
「こんにちは、王妃様」
「こんにちは」
ゆりは笑みを浮かべたが、ちょっと引きつっている。
「おや、これは犬ですか？」
クーガはジロウに気づいた。
「クーガ様が見るのは初めてでした？ 犬のジロウです」
「綺麗な犬ですね」
ジロウはクーガを見上げ、「クウン？」とちょっと不思議そうな顔付きだった。
「ここは蛇の国なのに、ブタラがいたり犬がいたり面白いですね。実は、街の皆さんからいろいろな食べ物をもらったんですが、牧師さんに城に持ってきていいものを選んでもらいました。これはゼッド君が持ってきてくれた
んです。食べきれないんでどうぞ」
「ゼッド、一族の子ですよ」
「ゼッド君から王妃様のことをいろいろ教えてもらいましたよ。はい、どうぞ」
クーガは紙袋を開けて中身を出してくれた。中にはクッキーが入っていた。
「ありがとうございます。私の話ですか」
ジロウがゆりの側までやってきてゆりの膝に手をかけていた。
「クウン」
「ジロウ君も食べたいの？」
「ワン！」
「じゃあはい」
ジロウはクッキーをあげるとぽりぽり食べていた。
「おいしい？」
「ワン」
「キャシーとジェシカは料理が上手だからねえ」
ゆりも一枚食べていると、クーガが、「ゼッド君はお父さんが王妃様の恋人だって誇らしげでしたよ」と言い出したので、ゆりはクッキーがのどにつまりそうになっていた。
「恋愛関係は各国によって違うようですが、この国ではかなり変わってますね」
「ええ、まあ。私の場合はいろいろ事情がありまして……」
ゆりはそこではっと（ここで嫌われるのもありかも？）と思った。
「事情もいろいろあるんですけど、実は私男好きで恋人も２０人ほどいるので、クーガ様が好きになるような相手じゃ全然ないんです」
「２０人もいるんですか？」
「はい、まあそれくらい」
「そんなにいたんじゃ大変ですね」
「はい、結構大変です」
「20……ガーベラ様の恋人の数より多いじゃないですか」
クーガはちょっと笑っていた。
「うふふ……」
（これで嫌われただろう。まあしょうがないよね。アシュラン様には悪いけど）
ゆりが切なく思っていると、左目が違うゆりが出てきた。
「こんにちは、私二重人格なんです。クーガ様もすごい人がお父さんで大変ですね。私達も、アシュラン様に気に入られてるせいで、時々無茶な要求をされて大変なんですけど、うふふ」
クーガはゆりを見て目をぱちくりさせている。
「私達がちょっと一緒にいたくらいでクーガ様の望みが変わるわけないと思うんですけどね。夜のこと、本当は怒ってません？」
「怒ってないですよ。むしろ申し訳なく思ってます。ところで、昨日よりも神気が少なくなってますね。一体どうしてあなたの体に神気が表れたり消えたりするんでしょうか」
「さあ、どうしてでしょう。クーガ様、いっそのこと、お父さんを利用してでも楽しく生きてやれ、くらいの気でいたらいいと思いますよ。たまには神官の仕事をさぼって旅行に行っちゃうとか、そのくらいでもいいじゃないですか。
みんなの模範にならなきゃ、とか、そんなこと思わなくていいんですよ。もっと気楽に生きてください。そのうち気が合う女の子も見つかりますよ、クーガ様がいくら女性を避けていても、出会ってしまったらしょうがないです。
運命ってそういうものですから、せっかくだから、今を楽しんでほしいです。今まで辛いこともたくさんあったと思いますけど、楽しいことだってあったんじゃないでしょうか。これからだって楽しいこといっぱいありますよ。
私が言いたいことは以上です。ではまた今夜」
言うだけ言って蛇の目のゆりは引っ込んだ。ゆりの左目が黒く戻っている。
「あのー昨日の、誕生日のお願いの件なんですが……」
ゆりはおずおずと言い出した。
「ああ、昨晩のは冗談ですよ。まさかそんなお願いをするわけないです」
「ですよね。びっくりしましたよ。それじゃ、私はこれで。クーガ様はこれからどうするんですか？」
「他の教会に行くつもりです。これら、もっていってください」
クーガは他の紙袋も一緒にゆりに渡した。
「ありがとうございます。クーガ様せっかく休暇なんですから、街をぶらぶらするとか、博物館に行くとかされたらどうですか？ 博物館には私のすごい石像もあるんですよ」
「そうなんですか」
「はい」
ゆりは紙袋を持ってジロウと退散した。長く一緒にいると霊体が出てきそうだと思ったのである。
クーガは黙ってゆりを見送っていた。
その夜、ゆりは「移動しないように、移動しないように」と願いながらベッドで寝たのだが、やっぱりガーベラになってクーガの元に移動した。クーガはベッドに座っている。
「えーと、こんばんは」
「こんばんは」
クーガがゆりを見て答えた。
「いい夜ですね。今晩もお邪魔してすいません。ではおやすみなさい」
ゆりはさっっさと布団の中に入り、端っこによって寝転んでいた。
「…………」
クーガは何を思ったのか、ベッドにあがり、布団の上からゆりの上に覆い被さっていたので、ゆりはびっくりしていた。
「ど、どうしたんですか？」
「毎晩あなたを見ていたらその気になってきました」
「ええ！？ 大丈夫ですよ。なんといってもクーガ様は鋼鉄の理性の持ち主じゃないですか。気をしっかりもってください」
「元々私をその気にさせるためにここに来ているんじゃないんですか」
「アシュラン様が、私をここに連れてきてるんですよ」
「そうでしたね。あなたにとってはまるっきり迷惑でしたね」
「まるっきりってことはないですけど、私は恋人になって聖地に行くこともできないですし、あまり深入りしちゃクーガ様に悪いような気がして……」
クーガはそのままじーとしている。
「あのー……」
「私の質問に答えてくださったらどきます」
「な、なんですか？」
ゆりはどぎまぎしている。
「神気のことですよ。あなたが時々神気をまとっている理由が知りたいです」
「さーアシュラン様が時々何かしてるとか？」
クーガはじーとゆりを見下ろしている。薄暗いのが幸いだった。昼間だったなら、綺麗な顔で迫られるだけで迫力があっただろう。
「では、なぜあなたは今ガーベラ様の姿なんでしょうか。最初にあなたがここに来た時、自分の姿についてはたいして驚いてなかったですよね？ 普通ならば、女神の姿になったことに気が動転するはずですが」
「それは、アシュラン様が、ガーベラにしてやるからこれでくどけって言ってらしたから」
「嘘はいけませんよ。王妃様。あなたはこの姿に慣れてる感じがする。現に、ガーベラ様の胸が芸術的だと散々おっしゃっていたでしょう？」
「はあ。でも、言っても信じてくださるかどうかわからないんですけど……私とガーベラ様の性格はどこか似てるらしくて、時々ガーベラ様になって神の国で過ごしたりしてるんです。
それで、神の国で神様と仲良くなると、こっちの私がキラキラになっちゃうみたいで、それが神気になって体に残ってるみたいな感じです」
ゆりは正直に暴露していた。クーガは驚いていたのか無言だった。
「信じられない話だと思うんですけど、本当にそうなんですよ」
「大神はそのことをご存じなんですね？」
「ご存じです」
「そうだったんですか」
クーガはゆりの上からどいた。
「世の中半分は女なんだからもっとすてきな女性を選んでほしかったですよね。いきなりベッドに女が来ても困りますよねえ」
ゆりは体を起こして言った。
「ベッドに女性が来たのは初めてではないですよ。今まで何度くらいだろう。１００回くらいはそういうことがあったでしょうか。半分は大神の差し金ですが」
「え？ 100回？ わりと多いんですね」
「妖しげな香を焚かれて強引にされそうになったこともありますよ」
「……そりゃ大変でしたね」
「聖地にいた女の子達が、だれが私を落とせるか賭けをしていたみたいで、困った子達でした。実は私には秘密があるんですよ。大神も知らない秘密が、知りたいですか？」
クーガはちらりとゆりをみた。
「え……いえ、知らない方がいいような気が……」
「実は――」
「あーちょっと待った！！！ いえ、言わなくていいです」
ゆりはクーガの言葉を遮った。
「実は」
「言わなくていいですうう！！」
ゆりは大声を出している。
「大神も知らない秘密なんですよ。知りたくないですか」
「知りたくないです。知ったら最後って気がするんで」
クーガはぷっと笑っていた。
「残念ですね」
「クーガ様って、わりと怖いところがありそうな気がしてきました」
「だれにでも、表の顔があれば裏の顔もあるものですよ」
「逆に安心しました。じゃあ、もう寝ましょうか」
ゆりはさっさと話を切り上げようとしている。
「あなたの霊体は横にひっついてきてるんですが」
「クーガ様がドキドキさせるからですよ。落ち着いたらいなくなりますから」
ゆりは真っ赤だった。
「今日、おすすめの博物館であなたの石像を見てきましたよ。街の皆さんも尊敬の眼差しで石像を見ていました。いい石像でした。あなたはすてきな女性だからガーベラ様になれてるんでしょう。でなければ、神になりすますなど、大神はお許しになりませんよ」
「ありがとうございます。でも、本物のガーベラ様は、とってもすてきな方なんですよ」
「そのガーベラ様に、あなたは似てるんでしょう？」
「性格だけですが」
ゆりは自分で言っていた。
その後は何事もなく、ゆりは寝たのだった。（何もなくてよかったよかった）と思いながら。
（でも、このままじゃ誕生日のお願いを考え直してもらうことはできそうにないなあ。これ以上私にはどうすることもできないし……クーガ様がミカエル系の顔じゃなくてよかったー男らしいハンサム顔だったら、
私もやばかったわ。強引に恋人にしちゃったかもしれないわ）
ゆりはいろいろな事を考えながら、眠ったのだった。
さてその頃ゆりの寝室では、何かの異変に気づいて犬のジロウが目を覚ましていた。寝室に誰かがやってきたのである。ジロウは激しく尻尾をふりながらその人物に近づいた。
「元気だったか」
その男はジロウの頭をなでた。男らしい声、たくましい体躯の持ち主、その体の周りは輝いている。そう、ハロルドがゆりの寝室にやってきたのである。
ハロルドはベッドで眠るゆりに近づいて、「おい」と声をかけた。ゆりは目を覚まさない。ハロルドはゆりの頬をなでたりちょっと肩を揺すったりしてみたが、ゆりは起きなかった。
「？」
そこでハロルドは何かに気づいた。ゆりの姿がどこか変である。
「……誰か来たか？」
ハロルドがジロウに聞いた。
「ワン？」
ジロウは首をかしげている。
「魔法のようなものがかかってる気がするが……それとも魂は今神の国に？」
ハロルドはじーとゆりの体を見下ろしていたが、違和感の理由はわからなかった。強引にゆりを起こさない方がいい気がしたので、ハロルドはあきらめて帰ることにした。
「しょうがない。帰るか」
「くうーん」
ジロウはハロルドに頬ずりしていた。
「よしよしまた来るからな」
ハロルドは去って行った。
ハロルドがやってきたことにゆりが気がつくことはなく――
その翌日、ゆりがハザークの部屋でミシェイラとレーヌが勉強するのを眺めていると、がくんと前のめりにうなだれたのだった。
「王妃？ どうしたんだ？」
ハザークがゆりの異変に気がついてゆりに近寄った。顔をあげたゆりは、「大丈夫よ」と返した。
「部屋で寝転んで休んだ方がいいぞ」
「それよりハザーク様と寝転んで過ごしたいなあ」
ゆりは、いや、ゆりにやってきたガーベラはハザークに抱きついていた。ミシェイラとレーヌがゆりを見ていた。
「はーい二人とも、ベツベツマーよ♪」
ガーベラは明るく子供達に言った。
「え？ ベツベツマーなの？」
ミシェイラが驚いている。
「そうよ」
「やったあ！」
レーヌが両手をあげて喜んでいた。
「ベツベツマーおうたうたってえ」
レーヌがガーベラにせがんだ。
「もちろんいいわよ。その前にハザーク様にちゅーさせてね。二人ともちょっとあっち向いていて」
「「はーい」」
二人は素直に向こうを向き、ガーベラは背伸びをしてハザークの肩に手をかけて、ハザークにキスした。
ハザークの方はとっさに何がおこったやらわかっていないのか、戸惑っている。
「え？ ベツベツマー？ ええ？」
「ハザーク様も私の歌聞きたい？」
「え、あ、ああ。ベツベツマー？ 本当なのか？」
「本当よ〜ラララ〜あ、私が持ってきた竪琴発見。竪琴もひいちゃう♪」
「やった！」
―みんなーベツベツマーがきたよー
ミシェイラは家族みんなに思念を送っていた。
「え？ お母さん来たんだ？ やったあ」
図書館にいたラギは喜び、その頃ムサカに修行をつけてもらっていたシス、ロイ、ナナミの３人は、「ちょっと休憩しましょう」とムサカに提案していた。
「３人目の母様が出たんだ。来たっておかしくない？ どこかから来るみたいでさ」
とロイが首をかしげている。
「ムサカ様も城に行きましょう。母様の竪琴を聴きましょう」
シスがムサカを誘ったが、ムサカは三人目の母様と聞くや、「いや、わしはいいです。３人で行ってくだされ」と辞退していた。この前若返ってしまったことをすぐに思い出したのだ。
ガーベラがハザークの部屋で歌ったり竪琴を弾いたりしていると、ミシェイラが言い出した。
「トー様がね、もっと広い所で弾いてっていってるよ」
「あら、もう王様も知ったの。じゃああっちに行く？ ハザーク様も行きましょうね」
「あ、ああ」
ハザークはガーベラの素晴らしい竪琴にずっとぼんやりしていたのだった。城の広間にて、一時間ほどガーベラの竪琴やら歌が披露され、子供達もラクシュミも喜んだ。
満足するとラクシュミは王の間に戻って行った。
「母様、今回はどれくらいいられるんですか？」
シスがガーベラに聞いた。
「さあ、どれくらいかしら。私もよくわからないのよ。そんなに長くないかな」
「三人目の母様は普段どこにいるの？」
ナナミが聞いた。
「それは秘密」
「どうして？」
「マーもっとうた」
レーヌがガーベラの服を引っ張っていた。
「いいわよ。そうだ。この国の歌を一緒に歌いましょう」
「うん」
「じゃあ教えてちょうだい」
「うん！」
ガーベラは子供達と歌を歌ったりして過ごした。途中でハザークは自分の部屋に戻っていたのだが、しばらくして、ガーベラが部屋にやってきた。
「ハザーク様、一回でもやらないと気がすまないの。だからしましょう」
「え」
ガーベラは強引にハザークを寝室に引っ張り込み、仲良くなったのだった。その後、ガーベラが塔から出て城に向かっていると、フリットに出会った。フリットの横にはクーガもいた。ガーベラはクーガを見て、不思議そうな
顔付きである。一方クーガの方も、ガーベラを見て一瞬怪訝な顔付きをしたが、すぐに元に戻った。
「王妃、今日はクーガ様は南の街の教会でお話をしてくださったんですよ。みんな喜びましたよ」
「そうなの」
（クーガ？ クーガって？）
「クーガ様は本当にお話が上手ですね。牧師さん達も勉強になると言ってますよ」
フリットは感心している。
「慣れですよ。では、私は部屋で休みます」
「はい、どうぞ」
クーガはゆりにお辞儀をして去って行った。
「……ねえ、さっきのクーガって、聖地にいるクーガでしょ？ どうしてここにいるの？」
フリットはきょとんとしている。
「私三人目のゆりなの」
「ええ？ ガ、いや、三人目の王妃だったんですか？」
フリットはびっくり仰天していた。
「そうなの」
ガーベラはフリットと手をつないでいる。
「あの人どうしてここにいるの？」
「休暇ですよ。一月ほど滞在される予定なんです。もう１０日ほどいますよ」
「休暇？ なんでここ？」
「さあ」
（初めて顔を見たけど、アシュランには似てないわね）
ガーベラはそんなことを思ったのだった。
「ところで、フリット、チューして」
ガーベラは上を向いている。
「ええ！？」
「早く早く」
とせかすと、フリットはガーベラの頬にちゅっとキスしていた。
「もーフリットってば」
「ここ庭園ですよ」
「じゃあ個室に行く？」
「いえ、手をつなぐだけでもう満足ですよ」
ガーベラはフリットの手の甲を軽くつねっていた。
ガーベラはこんな感じで過ごしていたが、ゆりは、というと、目覚めるとガーベラの体で、しかも横にはハロルドがドンと座っていたのだった。
ゆりは心の中で（げっ！）と声をあげている。ゆりはそろそろと体を起こした。
「突然びっくりしたわ。ど、どうしたの？」
どうやら故意にハロルドに呼ばれたようだとゆりは気がついた。
「昨晩、私はお前の所に行ったんだが、お前は起きなかった。それはいいんだが、何か変な気がした。魔法をかけられているような。どういうことだ？」
ハロルドはじーとゆりを見ている。ゆりはどう返答すればいいのか困っていた。
ここで「他の男といました」、などと言えば、大変なことになりそうだ。
（そうだ。せっかく神の国に来たんだからアシュラン様に話がしたい。でも、アシュラン様に会うには、ハロルドを突破しなきゃならないし、突破できるかな？）
どうにも難関そうである。
「昨日会いに来てくれたんだ。う・れ・し・い」
ゆりはハロルドの腕をなでていた。
「いつ見ても、ステキ、このたくましい腕」
「何かごまかそうとしているだろう」
ハロルドは鋭く気がついていた。
「そんなことないわよ。最近眠れなくて、それで昨晩は深く眠れるように魔法をかけてもらったの。きっとそれだわ」
「違うな、それにお前が眠れないなんてことないだろ」
ハロルドはずばっと言っていた。
「私だってたまに眠れないってことあるわよ」
「欲求不満でか？」
「もーハロルドったら仲良くする気ないの？」
「最近、他の神とあっちで会ったか？」
「え。さあ。あ、この前ラーズが来て、ジロウ君が邪魔してた」
「他は？」
「他はないわよ」
「本当か？」
「うん」
「まあ、お前に何もないならいいが……じゃあするか」
ハロルドはゆりの上に覆い被さった。
一度終わった後、ゆりは「それじゃ私これから行きたい所があるから」とそそくさと服を着ようとしていたら、ハロルドに腕を引っ張られた。
「どこに行く気なんだ。ラーズに会う気だろ。だめだ」
「ラーズじゃなくて……」
「だめだ。まだ何もできてない」
「今日は子供が産まれる予感はまったくないから何度しても無理よう」
ハロルドはゆりの体を膝の上にのせている。
「なら別にできんでもいいからする」
「えー」
ハロルドにぎろりと睨まれて、「うれしい♪」とゆりは引きつり笑いを浮かべていたのだった。
（終わったらアシュランに会いに行こう）とゆりは思っていたのだが、三度目までされてしまい、しかも終わると強制的に入れ替わりが終了させられたために、アシュランに会うことはできなかったのだった。
その夜、ゆりはハロルドと仲良くなったためにキラキラのままクーガの元に移動していた。
「こ、こんばんは」
クーガはゆりをじろじろ見ている。
「えーと……」
「激しく神気が上ってますね」
クーガが言った。
「そ、そうですか。どうもすいません」
ゆりは申し訳ない心境である。
「昼間、あなたの体にガーベラ様が来てましたね」
「え？ 見えたんですか？」
「ええ。見えました。あなたは神の国へ、ガーベラ様はあなたに。二人は入れ替わっていたんですね。女神ともあろうものが一体何をしているのやら」
クーガは呆れた顔つきである。
「ガーベラ様にとっては息抜きなんですよ」
「あなたも息抜きですか」
「私は、ここでは城と庭園だけが私の世界です。たまに外に出してくれるけど、自由にでかけることなんてできないし、神の国に行ったら自由にあちこち行けて、それが楽しかったりするんです」
「行く度に神と仲良くなってるじゃないですか」
「まあ今回はたまたまそうなりましたが……」
ゆりは頬をかいている。
「別に責めているわけではないですよ。この遊びは、女神主導のものなんでしょう？。ガーベラ様は、あなたを信頼しているんですね。では寝ましょうか」
「はい」
二人はベッドに寝転んだ。
クーガはそれ以上何も話しかけてこなかった。
ゆりは、（こりゃ嫌われたな）と思っていた。
（クーガ様にすれば、女神の恋人を寝取るなんて何を考えているんだってとこだよね。そりゃそうよ。真面目な人だもんなあ。ああ、なんでわざわざ嫌われなきゃならないんだか。辛い）
ゆりはクーガに背を向けて、ずーんと落ち込んでいた。
（でもまあ、これでいいのかなあ。クーガ様が他の女の子とそういう気になればいいなあ）
そのまま朝になり、一日が始まった。
（これ以上一緒に寝たくないなあ。クーガ様も迷惑だろうし。アシュラン様ーなんとかしてー）
朝カールが部屋にやってきた。
「王妃様、気はいらないですか？」
カールは恥ずかしげである。
「せっかくだからもらおうかな」
ゆりはカールと長椅子でひっついた。カールは真っ赤な顔をしている。
（もしかしたら、また私の霊体が何かしてたりして。一族の男は楽でいいわー）
ゆりはそんなことを思いながら、カールにひっついていたのだった。
クーガの方は、フリットが世話係として毎日顔を合わせている。
フリットはクーガは休暇というよりも、牧師の教育のために来ているような気がしていた。現に、クーガの話し方などは牧師の勉強になっている。
「毎日教会巡りでは休暇にならないような気がしますが」
今日はフリットはクーガと北の街の教会で会っていた。
「教会が一番落ち着く場所なんですよ。小さい頃からずっと教会にいましたから。ところで、フリットさんも王妃様の恋人なんですか？」
「え」
「王妃様には恋人が大勢いるとうかがったので」
クーガは真面目な表情だった。
「ええ。まあそうですが、誤解しないでほしいんですが、王妃は王一筋だったんですよ。恋人ができたのは子供の儀式のためなんです。王妃は情が深いから儀式だけの関係になることができなくて、
みんな恋人になったんです。我が一族は愛も性欲も薄い一族でしてね。王妃の愛は随分この国を救ってくれましたよ。現に王の御子もたくさん産んでくださいましたし。王妃がいなければ、この国は随分暗い国に
なっていたでしょう」
「王妃様は若く見えるのに、あんなに子供を産んだとはとても見えないですね」
「そうでしょう」
「王妃様は強力な光の力をもった方ですね。光は波紋のように国中に広がっている。素晴らしいことだと思いますよ」
「ありがとうございます」
フリットは微笑んでいた。
「あ、そうだ。この国に、長生きされてる蛇様がいらっしゃると聞いたんですが、普段人になられているとか。お会いすることはできますか？」
「ええ、できますよ。今日の午後でいいですか？ ハザーク様に伝えておきます」
「わかりました」
そして午後、クーガはハザークの部屋を訪れた。クーガはハザークは老人のようなイメージをもっていたのだが、若かったので驚いてた。
「クーガです。随分若い方なんですね。驚きました」
「ハザークだ。そちらも若いな」
二人は向かいあって座った。
「酒は飲まれるか？」
「いえ、おかまいなく。本当に一万年も生きていらっしゃるんですか？」
「そうだ。あまりに生きすぎて途中の記憶はあまりないんだが」
「どうしてそんなに長生きされているんですか？」
「さあ、血筋のせいか何からしい。我にも不明だ」
「途中で生きているのが嫌になったことはないんですか？」
「何度もある。だが、死にたいほどではなかったのだろうなあ。今は、生きているのが楽しいと感じている。この時がゆっくり過ぎて行けば良いのにと思っている」
「そうですか。私もそのように思える日がくればいいのですが」
「いずれ来るだろう。千年ならまだまだ序の口だ」
「序の口ですか」
クーガは苦笑していた。
ハザークとの時は穏やかに過ぎた。
ゆりは夜クーガの元に移動しても挨拶くらいで終わる日々が続いた。
１４日の日、クーガが翌日帰るようだという話を聞いた牧師達は、涙目でクーガに別れを言ったのだった。
「クーガ様、また来てください」
「はい、また来ますから、そのように泣かないでください」
「寂しくまりますう」
「クーガ様、僕クーガ様のことが大好きだよ。また来てね」
ゼッドも会いに来た。
「どうもありがとう」
クーガの話が最後としるや、街の人々も悲しんでいた。最後のお話を、みんな涙目で聞いたのだった。
城でもお別れパーティーが開かれた。
「お母さん、竪琴弾いたら？」
ラギに言われたが、ゆりは「絶対嫌」と断った。
「やめたほうがいいよ」
とレーヌが言っている。
「ひどい。レーヌ。マーの竪琴そんなにひどくないでしょ」
「竪琴はベツベツマーがいいもん」
「ベツベツマーと比べないでちょうだい」
「結局クーガ様母様の恋人になったの？」
ナナミがゆりに聞いた。
「なってないわよ」
「なんだ。ざーんねん」
「みんな何を期待してるの」
クーガがやってきた。子供達がクーガを歓待し、フリットや他の男達もやってきて、お礼を言っていた。
一段落ついたところで、蛇の目のゆりが出てきて、小声でクーガにこっそり言った。
「結局、誕生日のお願いはそのままですよね？ あの方はがっかりしそうだけど、どっちにしろ、もうちょっと気楽に生きてください。たまには息抜きでもして」
「そうですね。今後はそうします」
「それがいいですよ」
「あなた方は夜はどうなってるんですか？ 普段も夜もあちらが主体なんですか？」
「普段はあっちが主で、夜そちらに行ってる時は混ざってるんですよ。面白いでしょ」
「混ざっているんですか」
「二人がまじってガーベラなんですよ」
ゆりは小さな声で言ったのだった。
その夜、ゆりはガーベラになってクーガの元に移動していた。
「王妃様、本当にお世話になりました」
クーガはゆりにお礼を言っていた。
「いえ、むしろ迷惑ばっかりかけてすいませんでした」
「そんなことはないですよ」
「クーガ様のベッドにやってきた女で一番強烈な女になってしまって……」
ゆりは申し訳なさそうだった。
「そうですね。あなた以上に強烈な女性は、二度とベッドに来ないでしょうねえ」
クーガは苦笑していた。
結局その夜もそれくらいで終わった。
（クーガ様の理性やっぱりすごい。っていうより、私にその気になってないだけって気もする。まあよかったけど、ちょっぴり残念って気もするかも。本当は私のことものすごく軽蔑してたりして。聞くの怖いから聞かないでおこう）
ゆりはちょっと複雑な心境だった。
10の月１５日の朝が来た。
ゆりは自分のベッドで、「ようやく終わったー！」とほっとしていた。
その朝、クーガは身支度をした後にラクシュミに挨拶をし、子供達とゆりに見送られて庭園で瞬間移動をためした。
「ではさようなら」
「さようなら」
クーガの姿は消えていた。
「帰ることができたんだね」
ラギが言った。
「寂しくなるね」
とシス。
「僕あの人好きだったよ」
ロイが言った。
「ミーもスキだった」
「レーちゃんも」
「まあ、また会えるわよ」
ゆりは子供達に言いながらも、（当分ここには来たくないだろうなあ）と苦笑していたのだった。
クーガは聖地に無事帰ることができた。クーガの姿を見た神官達は、
「クーガ様だ！」
「クーガ様！ 帰ってきてくださってよかった！」
と喜んでいた。
「突然休暇だなんていうから驚きましたよ」
「心配かけましたね」
「みんなで待ってましたよ」
「ようやくの聖地か。帰ってきたらやはりほっとするな」
小さい頃はここから出たくてたまらなかったが、今はこの場が一番落ち着く場所である。海から吹いてくる潮の匂いに心が落ち着くのである。皆に顔を見せてから部屋に行くと、なんと待ち構えていたかのように金髪の男が
椅子に座っていた。
「お帰り」
「……朝からどうしたんですか。暇なんですか？」
クーガは呆れて聞いた。
「夜にしようかと思ったが、早く休暇の感想を聞きたくて来てしまった」
「あなた様の強引さには毎度呆れましたが、いい休暇でしたよ」
クーガも椅子に座って答えた。
「そうか」
「あ、ところで、誕生日のお願いなんですが、まだ誕生日まで間がありますが、もう決めました。今は人間になるのはやめます」
「え？ 本当か？」
「とりあえず人間界で起こることが気になりますし、あなた様のことだから私が人間になったらすべての特殊能力をなくしてしまうと言うでしょう。それは困るんです。今まではそれもいいかと思っていたんですが、
今は困ります。とりあえずあそこの王妃様はいろいろがんばってくださったんで、王妃様のおかげということでご褒美をあげてください」
「そうか。わかった」
「それからあの国にいて気になったんですが、城の南にある街の大きな教会がだいぶくたびれているんですよ。あそこはあの国の南部では重要な教会ですので、建て直してください」
「……それは王の仕事だが」
「素晴らしい教会を期待します」
「……わかった」
どうもクーガの様子が変なので、アシュランはそれ以上反論しなかった。
「それから誕生日のお願いなんですが……これは今すぐにかなえていただきたいんです」
「うん？」
息子の誕生日のお願いを、最高神はなかばぽかんとした顔で聞いていたのだった。
夜になった。クーガが去り、ゆりは「やっと安心して眠れる」と喜んでいた。クーガの横でもぐーすか寝ていたが、普段よりも睡眠時間はかなり短かったはずだ。
「クーガ様の方がきっとぐっすりだよね」
ゆりはそんなことを思いながら目を閉じた。すぐに夢を見ているようだ。ゆりは二人に分かれていた。
「ようやくほっとしたね」
黒目のゆりは、もう一人の自分に言った。
「クーガ様の理性、筋金入りだね。キラキラガーベラにもその気にならないなんてさ」
蛇の目のゆりが言った。
「そうね。まあ、清純派がタイプなのよ。何もなくてよかったわ」
「そう」
などと話していたら、輝きが近くに現れて、二人はまぶしげに目を細めた。その輝きは人の姿をしていた。やはりアシュランである。
（げっ怒られる）
黒目のゆりはびびっていた。
アシュランは二人に近づいてきた。
「お前達に頼んでよかった。やはりお前達は期待を裏切らないな」
アシュランはすごく機嫌がよさそうである。
「え？」
「クーガだ。もうしばらくこのままでいると言ってくれたぞ。王妃の説得が効いたらしい」
「え？ ……説得した？」
黒目のゆりは蛇の目のゆりに聞いた。
「え？ いいえ」
蛇の目のゆりも首を横に振っている。
「約束通り、石の箱は満杯にしてやる」
「ええ！？ 本当ですか？！」
クーガのことよりも、箱の石に黒目のゆりは反応していた。
「これで満杯だ」
アシュランの手にぱっと箱が現れた。
「開けてみろ」
黒目のゆりがおそるおそるふたを開けると、全部のマスに石が入っているではないか。
「うわっやったあ！ 一杯だ。石が全部集まったあ！」
黒目のゆりは大喜びで、蛇の目のゆりと両手をつなぎ、横に振っていた。
「やったやった！」
「よかったね」
「ミシェイラに自慢できる！
「よくやったな。というわけで２箱目だ。がんばれ」
アシュランは箱の蓋を閉じて、さらに箱を置いていた。
「え？ に……２箱目？ いえ、いいです。もうこれで」
黒目ゆりの頬は引きつっている。
「何を言う。これで終わりじゃお前も拍子抜けだろう？ そうじゃないか」
「いや、まあそうですが……でも……」
「アシュラン様、箱が満杯になったら何かくれるっておっしゃっていたと思うんですが」
蛇の目のゆりが聞いた。
「ああ忘れてないぞ。バッジをやろう。ちょっと持っててくれ」
アシュランは箱を蛇の目のゆりに渡して、手にぱっと何かを出した。それはキラキラ光るもので、アシュランはそれを黒目のゆりの胸元につけた。
「キレイですね」
真ん中には丸い円の金色の石があり、その周りには放射状に突起が出ていた。５センチほどの大きさのものだが、金色の石の部分は、よくみると、金色の粒がぐるぐる動いている。
「かわいいじゃない」
蛇の目のゆりは顔を近づけてバッジを見ている。
「それがあれば聖地では飲み食いはタダだぞ」
「聖地に行ってみたいですが行けないですからねえ。でも、飾りとしてもらっときます」
「聖地に瞬間移動だってできるぞ」
「え？」
「そうだな。１０回。往復で５回にしとくか」
「え？ じゃあ日帰り聖地ツアーとか可能ですか？」
黒目のゆりの目が輝いた。
「ああ、可能だ」
「……でも王様は許してくれないよね」
黒目のゆりは蛇の目のゆりを見た。
「せっかくなので、箱の石のご褒美にアシュラン様の招待で聖地旅行ってことにしてくれたら、王様も了承してくれると思うんですけど、だめでしょうか」
蛇の目のゆりはそう言ってみた。
「いいぞ。聖地で一泊くらいしていけばいい。私が招待状を出してやる。王も了承してくれるだろう」
「えーえー本当に？ 子供も連れてっていいですか？」
「いいぞ。二人くらいならな。聖地は結構広いからな。誰かに案内させよう。クー」
「スペード様でおねがいしまっす！」
黒目のゆりは身を乗り出して頼んでいたので、アシュランはのけぞっていた。
「え？ スペード？ この話の流れなら、クーガに頼むだろう。普通は」
「クーガ様は当分私には会いたくないですよ」
「そんなことはないと思うが」
「スペード様の案内で聖地観光、ああ、楽しみだなあ。すっごく楽しみです。ハロルド様には完全に内緒でお願いします」
もうすでに案内人はスペードでゆりの中では決まっていたので、アシュランはそれ以上は何も言わなかった。
「まあいいか。日時はおって知らせる。王妃、今後も頼むぞ」
「はい」
「じゃあな」
光の輝きは消えた。
「楽しみねえ」
黒目のゆりは蛇の目のゆりに言った。
「うん。スペード様の案内はいいけど、ハロルドが現れて修羅場になりそうな予感があるんだけど」
「やめてよ。それに、スペード様に一生会わないか、修羅場か、どちらかを選べって言われたら、修羅場を選ぶ。別にスペード様を恋人にするわけじゃないし、ただ案内してもらうだけだもん」
「こうと決めたら強いわねーまああのハロルド様に案内してもらうってわけにはいかないしね」
「そうそう。こんな楽しみが待っていたなんて、クーガ様、ありがとう」
などと言っていたゆりだったが、次の瞬間、体はどすんとどこかに落ちていた。
「え？」
柔らかい感触の上に落ちたゆりは、きょろきょろと周りを見て、視界にある人物がいたので「げっ！」と声をあげていた。
「え……ええええ！？ どういうこと！？」
ゆりは自分の髪が金髪なのに気づいた。胸もどんと大きい。
「え、え？！ ここはどこでしょう？」
ベッドサイドにはランプの光があったので、部屋の中は見渡せた。落ち着いた色彩の部屋で、ゆりが知っているどこの部屋でもない。
「ここは私の部屋ですよ」
部屋の中にいた男が答えた。流れる金髪、中性的な美しい顔立ちの男はクーガである。
「え？ 私のって……えええ！？ ク、クーガ様……またアシュラン様の差し金？ てっきり終わったかと、ええ！？」
ゆりは大混乱していた。
（私の部屋ってどういうこと？ もしかしてここは、聖地じゃないでしょうね！？）
「ここはどこですか？」
「聖地ですよ」
「はあ？」
ゆりはぽかんと口を開けていた。
「今回は私が大神に頼みました。人間になることはしばらくやめたので、そのかわりの願いを聞いてもらいました」
「それはどういう」
「あなたに時々来てもらって息抜きがしたいんです。恋人が２０人もいらっしゃるんですから、もう一人くらいは大丈夫でしょう」
ゆりは固まっている。
「……あ、わかった。これは夢だ」
「夢ではないですよ」
「突然聖地なんて……まさか……ははは……」
「聖地ですよ」
クーガは穏やかに微笑んでいる。
「あの……クーガ様は、私に興味がないのかと思ってましたが」
「王の城であなたに何かをするなんて、私にはできませんよ。王妃のあなたにもできないので、ガーベラ様の姿で来てください。そうですねえ。偶数月の１５日の夜にしましょう。奇数だと、三の月がありますからね。それはまずいでしょうし」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ頭が整理できないんですが……クーガ様、実は私を好きとか、そういうことなんですか？」
「そういうことにしておいてください」
「しておいてくださいって……」
「あの大神が手を出さない女性をこんなに気に入っている。調べれば調べるほどあなたは面白い。まさに女神の資質を持っている。あなたの輝きは、私の心も癒やしてくれそうだ」
「いえ、癒やせないです。聖地の女性とひっついたほうがいいですって」
（あまりの急展開に頭がついていかない。だれか説明して！）
ゆりは心の中で絶叫していた。
「無理なんですよ。誰かと結婚する気もないし、かといってどこかでうさを晴らすわけにもいかない。私はこのイメージを壊したくないんです。あなたが相手ならちょうどいい」
「えー……あの、ちょっと考え直した方が……そうだ。ガーベラはタイプじゃないでしょ。カサンドラ様風がタイプなんでしょ」
「表向きは」
「…………」
（これから、ど、どうなっちゃうの？）
ゆりの心臓は激しい音を立てている。ゆりの霊体はまたひょいと体から抜け出てクーガに迫ろうとしていた。ゆりはそんなことには気がつかない。
「冷静に考えてください。夫があり、大勢の子持ちの私より、ピチピチの女の子を好きになった方がいいじゃないですか」
クーガは無言だった。
（……ん？ なんか体が変……）
ゆりの体はどんどん熱を帯びるように熱くなってきている。
「ガーベラ様、顔が真っ赤ですよ。どうしたんですか？」
クーガが聞いた。
「別に、なんでも……」
（なんだか、体がうずうずするー！）
ゆりは足をもぞもぞ動かしている。
（何？ 何が起こってるの？ なんか変！）
「なるほど、心は欲望に忠実ですね。あなたの霊体、今何をしていると思います？」
クーガはゆりの横の何もない部分を見つめて聞いた。
「え？」
「今そこで、私の霊体に抱かれてます」
クーガがゆりの横の空間を指でさした。
「はあ！？」
ゆりはぴょんと飛び退いていた。
「れ、霊体って、クーガ様もそういうことできたんですか？」
ゆりはベッドの上を手で振ったりしてみている。
「それも大神に頼みました。実験してみたかったんです。私の霊体がどうするか。二人とも仲よさそうですよ」
「やめてーやめなさいって」
ゆりは何もない所に言っている。
「こちらもしましょう」
クーガが手を出していた。
「しません。しませんって。実は私、王様一筋っぎゃっ！」
クーガに足を引っ張られてゆりは声をあげていた。
「今まで散々その気にさせてきたんですから逃げるのはずるいですよ」
「でも、ガーベラの胸にも興味なさげでしたし」
「私は女性の容姿とか、胸にときめいたりはしないんです」
「じゃあ私の何にときめいてるんですかー！！」
足を引っ張られて上に乗られていたので、ゆりは悲鳴をあげるように言っていた。
「匂いがすごいですよ。並の男では、おかしくなるんじゃないでしょうか」
「私は、愛し合っていない人とはこんなことは……」
クーガはゆりに口づけていた。
「私を愛すればいいじゃないですか。神様と愛し合ってるように、私のことも愛したらいいんですよ」
クーガはゆりの耳元でささやくように言った。
「そ、そんな……」
クーガはゆりの上に乗ったまま、ゆりの寝間着を上にずらしていた。
そしてショーツにも手をかけている。
「だめですう！」
「もうぬれまくってますよ」
「クーガ様、詐欺ですよ！」
「心は抱かれてるんですよ。１回目が終わりそうだ」
「やー……」
ゆりは体に感じる興奮を抑えることができない。クーガは自分の服も脱いでいた。
「私のこと愛してないくせに」
「明日には、きっとあなたが恋しく思うことでしょう」
（だめだ、か、体がもう……我慢できない）
ゆりはすっかり裸にされてしまった。クーガはゆりの胸の上にある青い花をなでている。
クーガはその花に唇を寄せていた。
「あの夜のあなたは本当にキレイでしたよ。光がキラキラ輝いて、花の模様になったり、消えたりして、すごく幻想的でした」
クーガが下半身を密着させ、ゆりはとうとう挿入を許してしまった。
「あ……ああ……」
「私としてもそうならないのは残念ですが……」
「はあ……はあ……」
（なんでこんなことになったのかさっぱりわからーん！）
細身かと思っていたクーガの体には、それなりの筋肉がついていた。
「女性、初めてじゃないでしょ。だましたんですか？」
「経験がないって言いましたか？」
「確かに言いましたよ。こういう経験がないって」
「表向きはないことにしてます」
「裏では女性を抱きまくってるんですか？」
クーガはぐいっと奥に挿入し、ゆりの腰がびくっと反応していた。
「そんなことはしてないですよ。まあ、そんな話はあとで、今はこっちに集中してください。ガーベラ様」
「もう、早く終わらせてください」
「あなたこそ嘘つきですね。体はもっとってせがんでいるような感じですが。気持ちいいんでしょう？」
「気持ちいいです！」
ゆりはやけくそ気味に言った。
（やばいくらいに気持ちいい。なんなの。もう！ ミカエル達とも普段してないのにー！！）
クーガは激しく腰を動かして、ようやく達していた。
「私もきもちよかったです」
クーガは涼しい顔で言ってゆりの体を離していた。
「女性経験のこと暴露してください」
ゆりはどうしても気になるようだ。
「実は、ベッドに来る女性とたまにしてました」
「ええ！？」
「でも女性の記憶を消して、何もなかったことにしてました。だから女性の方は、そんなことは知らないんです」
「えーどうしてですか？」
「先ほども言いましたがだれとも結婚する気はないんです。聖地では、抱いた女性に訴えられると、結婚しなければならないんですよ。ベッドに来る女性は抱いても好意は持てず、逆に好意的だと思った女性には
何もできなかった。一緒に老いることはできなかったので、彼女が不幸になるだけだと思ってましたから」
「えーと、じゃあ私は……」
「あなたは初めて好意があって抱いた女性ですよ。だから、こういう意味で初めてなんです」
「はあ。クーガ様、性欲あったんですね。よく我慢してましたね」
「時々辛かったです。ガーベラ様、次は12の月１５日ですよ。楽しみにしてますからね」
「あの、王様がその気になっちゃったらどうしたら……」
「翌日まで待ってもらってください」
「ぐ……もうここに強制移動なんでしょうか」
「そうですよ。あなたは情が深い女性だ。抱き合った男は愛さずにはいられない。そうでしょう？」
「うう……」
痛い所をつかれた。確かにそうである。現にクーガのことを結構好きになっちゃってる。
「好きになる予感がするって言ってましたね。その通りになったじゃないですか」
「ううう」
「さて、時間もあるし、もう一度しましょう」
クーガは微笑んで言った。
「いえ、もう私は、お腹いっぱい胸いっぱいって感じですから」
「そう言わずに、結構久しぶりに女性を抱いたので、私もこの感触をもっと味わいたい」
「カサンドラ様の方がいいって言ったくせにーーー」
「今ではガーベラ様も好きですよ。ちなみに霊体達はまだいちゃいちゃしてます」
「もー言わなくていいですう！」
ゆりは真っ赤な顔で耳をふさいでいた。
そんな感じで、驚き過ぎる夜は過ぎて行った。
翌朝、ゆりは自分のベッドで目を覚ました。胸元にはアシュランからもらったバッジが輝いている。
「私すっごい夢見ちゃった。夢で聖地に行って、クーガ様に会っちゃう夢。欲求不満にもほどがあるよね。あはは」
黒目のゆりはすっかり夢だと思っていた。
―それ、私も見た。夢じゃないよ
もう一人の自分から返答があった。
「え？ だって、聖地だよ。まさかあ」
―多分本当のこと。クーガ様、やばかったね。でも、逆に好感がもてたっていうか
「はあ！？ どこに好感がもてるの！？」
―だってここではずっと我慢してたんでしょ。すごいじゃない。あの豹変ぶり、ぐっとくるけどなあ。私
「じゃああなたが付き合えば！」
―そういっても、ガーベラの時はまじってるしー……
「夢じゃない。じゃあ、私はまじでしちゃったのか」
黒目のゆりはがーんとショックを受けている。
―普通の人間じゃないからいいって。それにガーベラの体だしさ。クーガ様は、神様枠にいれとこうよ
「神様枠？」
―隠れ恋人ってことで
「なんか頭が痛い」
ゆりはふらふらと寝室を出て行き、部屋の方に行った。棚に目を向けると、石の箱が二つ重なっていた。
「あ、そうだ。石が一杯になったんだった」
ゆりは箱の蓋を開けて石を眺めた。最後の方は色とりどりの石が入っている。すべてマスが埋まるとキレイだが、逆に腹も立ってきた。
「この大盤振る舞いの裏にはあんなことがあったなんて。アシュラン様、お願いだから先に私の許可を取ってちょうだい！」
ゆりは宙を見て叫んでいたが、もちろん最高神からは何の返答もなかったのだった。
つづく
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