第２９話
１０月２０日、聖地は晴れである。朝は少し冷えるが、今日は清々しい一日になりそうだ。
「晴れてよかった」
スペードは港から聖地への入り口にある巨大なアシュラン像がある場所にいた。アシュランとヒルデリアの石像を最初に見て、人々は聖地に入っていくのである。港にはすでに船が入り、信者達がぞろぞろ通り過ぎている。荷物を運ぶための馬車も行き来している。
「スペード殿」
男が一人かけよってきた。顎にカールがかった青いひげが生えた中年の男である。角張った四角い顔で頭に青いベレー帽をかぶっていた。ローブ状の正装服を着ている。聖地一番の案内人ビスコーである。
「おはようございます。ビスコーさん」
スペードは頭を下げていた。
「おはようございます。いやーめかし込んでますな」
ビスコーはスペードの出で立ちを見て言った。見るからにまっさらの服である。緑系の襟の大きな上着、黒いズボン、黒いブーツも光っている。
「そちらこそ」
ビスコーも普段着ないような格式張った服を着ていた。
「一張羅ですよ。大神の招待客を案内するなんて、わしは初めてですよ。昨晩は緊張して眠れませんでしたよ。一体どのような方がいらっしゃるんでしょうか」
「女性と子供が二人みたいですよ」
「わくわくしますな」
「そうですね」
「聖地だ、聖地だー本当に聖地だー！！」
という子供の声が聞こえてきた。二人はその子供に注目した。
「すごいよ。聖地だよ。聖地、聖地なんだよ」
「落ち着いてラギ」
声をあげていたのはラギだった。ゆりとラギ、シスは無事聖地に来ることができたのだ。
ゆりはスペードを見るやぱっと顔を輝かせて近づいてきた。
「おはようございます。初めまして」
ゆりの左胸には金色のバッジがあり、二人はそれでこの女性が招待客だと知ったのだった。
「ああ、あなた様が。ようこそいらっしゃいました。私はビスコー、聖地の案内人です」
「ゆりです。よろしくお願いしますビスコーさん、ラギとシスです。二人はえーと、親戚の子供です」
「初めまして。ラギです」
「シスです。よろしくお願いします」
二人は頭を下げた。（母様（お母さん）にも困ったものだ）と思いながら。聖地では、ゆりは独身ってことになっていた。
「荷物をお預かりしましょう」
ビスコーが後ろにいた者に合図を送ると、二人男がやってきて３人の荷物を預かった。
「スペードです。よろしくお願いします」
スペードが頭を下げた。
「スペード様……」
ゆりは見るからにぽわんとした表情だった。
「スペード様、かっこいいですね」
「おか、いやゆりさんがもうスペード様にあこがれちゃって」
などと子供達が言っていたので、ゆりは「やだあ」とラギの背中を軽くたたいていた。
「えーと、なんとお呼びしたらよいでしょうか」
スペードが聞いた。
「ゆりさんでお願いします」
「ゆりさん」
「はい」
名前を呼ばれたゆりはとてもうれしそうである。
「この二人は君づけでいいです」
「わかりました」
「では行きましょうか。時間も限られていますからね」
ビスコーがうながした。
「はい行きましょう！」
「聖地聖地、やった。すごい！ もうすごい！」
ラギは周りにある石像をきょろきょろ眺めながら興奮している。
「一日で神殿はどのくらい回れますか？」
シスがビスコーに聞いた。
「そうですね。今日はがんばって6個は巡りましょう。ダーナ様、イサドラ様、カサンドラ様、ジンラ様、アリアス様、ラストがハロルド様。ダーナ様の神殿には馬車に乗って行きますよ」
「はーい」
３人はきょろきょろ周りを見回しつつ馬車に乗り込んだ。ゆりは当然スペードの横に座っている。
「聖地は潮の匂いがしますね。後で海岸に降りたりできないですか？ この子達海が初めてなので、見せてあげたいんです」
ゆりが言った。
「そうですか。ところで、３人はどちらからいらしたのですか？ 私達は全然聞いてないもので」
ビスコーが聞いた。
「蛇の国ですよ」
とゆりが答えた。ラギは馬車の外を食い入るように見つめている。
「蛇、内陸部ですから、それは海は珍しいでしょう」
「はい。スペード様は海で泳いだりするんですか？」
ゆりはスペードに聞いた。
「泳ぎはそんなに得意ではないですが、夏にはたまに泳ぎますよ」
「そうですか」
（見てみたい。やばい。スペード様かっこよすぎる。声も男らしくていい）
ゆりは（霊体が出ないようになってよかった）と心底思っていた。あのままだったなら、今頃出まくって大変だろう。
ちなみにゆりは、秋らしく、深い緑の長袖のワンピースを着ていた。スペードと色がおそろいなので、それも結構喜んでいる。
（スペード様の服、特注品かしら？ よく似合ってるわ。素敵）
服にスペードのマークがあったので、ゆりはそう思った。
「あの、カードの私に会ったと聞いたんですが……」
スペードがおずおずと切り出した。
「そうなんです。騎士のスペード様、超かっこよくてステキでした」
「そ、そうですか」
「あの、どうして大神が招待してくださったのか、聞いてもよろしいですか？」
ビスコーは思い切って聞いていた。
「えーと、多分、カードで怖い思いをさせたからじゃないですか？ アシュラン様にお会いする機会があって、何か褒美をやるって言われたので、聖地に行かせてくださいって言ったんです。
スペード様に会わせてほしいって言ったら、『いいとも』って言ってくださって」
「いいとも？」
「いいとも……」
ビスコーもスペードも目をぱちくりさせている。ビスコーは聖地の様々なことを話していた。シスは熱心に話を聞き、ラギは馬車から見える景色で気になることがあればビスコーに尋ねていた。
30分ほどで馬車が止まった。
「つきましたよ」
「ダーナ様の神殿だあ！」
子供達は大興奮で馬車を降りた。
ダーナの神殿は、巡礼者達が最初に行く大きな神殿である。すでに巡礼者達が列を作っている。
「私達は並ばなくても入ることができますから」
ビスコーが言った。どうやらＶＩＰ待遇らしい。ダーナ神殿の周りには綺麗なピンクの花が咲き乱れていた。
「キレイですね」
「この花は、一年中咲いているんですよ」
とビスコー。ラギはあちこち眺めて白い柱に触ってみたりしている。神殿の中に入ると大きな部屋があり、奥には大きなダーナ様の大理石の像が立っていた。なんとも美しい像である。
「キレイだね」
「うん」
ビスコーはダーナのことを軽く説明し、神殿のことなども説明していたが、ラギはうろちょろして聞いていないので、シスが真面目に聞いていた。ちなみにゆりはスペードにぴったりくっついていたので、こちらも説明は聞いていない。
「神殿の中は神々しい感じがしますね」
「はい、神の力が感じられる場所ですから」
「鳥さん、かわいい」
神殿の中には色とりどりの小鳥がいて、かわいい声で鳴いていた。
「ダーナ様のお恵みをどうぞ」
ダーナの神官の女性が、ゆりにコップを渡してくれた。
「ありがとうございます」
ゆりはコップの水を飲み干した。
「何かかわりました？」
「先ほどよりも輝いてますよ」
スペードが微笑んで言ってくれたので、ゆりは「そうですかあ？」などと言いながらうれしそうだった。
「おおーもりあがってるう♪」
などと言いながら、ゆりの様子を見ていたのはガーベラである。
「私の神殿は明日かしらねー楽しそう。いいなあ」
「何を見てるの？」
横から声が聞こえて、ガーベラはびっくりして手鏡を落としそうになっていた。
横にいたのはラクアである。
「いつの間にいたの？」
「その女性、だれだい？」
「えーと、前に神の国に来てた女性よ。今聖地に巡礼に来てるんだって。それでみてたの」
「あ、あの人か。覚えてるよ。聖地にいるんだ。僕の神殿にも来るかな」
「明日じゃない？ 一泊二日みたいだから。私、ちょっとこれ見ていたいから」
「僕もみようかな」
「え？ ラクアが見てもつまらないわよ」
「そうかな。ま、そうか。彼女が元気でよかった。じゃああとで」
「じゃあね」
ラクアは去って行き、ガーベラはほっとしていた。
ゆりたち一行はダーナ神殿の外に出てきた。そこに偶然、お使いにやってきた神官見習いが通りかかった。その神官見習いはスペードに気がつくと、「おはようございます」と挨拶をし、続いてゆりを見て「あ！」と声をあげた。
「ガ、ガ、ガーベラ様！」
「え？」
「ガーベラ様、握手してください」
「え、え？」
その男は神官見習いのリック、以前ガーベラがゆりの姿でやってきた時に、案内した男だった。リックはゆりの手をぎゅっと握りしめて、「ありがとうございます」とうれしそうに言って去って行った。
「？？？」
スペードもビスコーも不思議そうな顔立ちである。
ゆりは二人に微笑んで、「次行きましょう！」と言っていた。
「さっきリックがガーベラ様って言ってましたが」
スペードははっきり聞いたようだ。
「どうしたんでしょうね。ガーベラ様と間違えるはずないのに。うふふ」
一行は馬車で豊穣の女神イサドラの神殿に行き、国の作物が豊かに実るようにと祈願し、続いてカサンドラの神殿に移動した。
神殿の真ん中には本を持った賢そうなカサンドラの像が立っていた。
「カサンドラ様が持っている本は何の本なんですか？」
シスがビスコーに聞くと、ビスコーは待ってましたとばかりに説明していた。
「あれは知恵の書と呼ばれる本でしてな。実は本の中身は、すべて白紙でして……」
「知恵の実をどうぞ」
女の神官がゆりに実が入った皿を差し出した。
「え？ 食べたら知恵がつきます？」
ゆりは一つつまんで口に入れた。味はアーモンドである。
「あなたたちも食べなさい」
二人も口に入れていた。
「本当に知恵の実なんですか？」
ゆりがスペードに聞くと、「本当はただのアーモンドなんですよ」とこっそり教えてくれた。
「そうなの？ でも、知恵の実って言われると賢くなる気がしますね」
「そうでしょう」
「次はジンラ様の神殿ですよ」
カサンドラの神殿を出てビスコーが言った。
「やった！」
ラギははしゃいでいる。一行は再び馬車で移動した。
３人はこんなに長い間馬車に乗るのも初めてである。
さて、その頃蛇の国、王の間には客がやってきている。
神官クーガと、その横にいたのは鷲鼻で老齢の男である。男は小柄で、真っ白の髪は後ろで三つ編みにしていた。
「この国の南の街にある教会ですが、そろそろ建て替えの時期だと思うんですよ。それで、私の休暇のお礼ということで、聖地の方で資材の費用を負担したいと思うのですが、いかがでしょうか。人足人の手当は、こちらで負担していただくことになると思いますが」
思ってもいない話にラクシュミはぽかんとしていた。
「休暇のお礼といっても、こちらがお礼をしたいくらいでしたが……いいんですか？」
「いいんです。聖地には隠し金がありますから、こちらは教会の設計士のヨハン、彼は聖地在住ですが、教会の設計図の本なども多く出しておりまして、他国ではそれを参考に教会を建てているくらいなんですよ」
「わしが直接設計したいと思います。ご迷惑でなければ」
ヨハンが頭を下げて言った。
「いや、それは願ってもいないことです。よろしくお願いします」
ラクシュミは恐縮しながらも、（あの教会そんなにぼろかったかな）などと思っていた。
クーガとヨハンはさっそく南の街に移動するというので、ラクシュミはフリットを教会に行かせた。フリットが行くと、二人は教会の外にいた。
「こんにちは、クーガ様。こんなに早くお会いできるとは」
クーガはフリットを見ると微笑んだ。
「こんにちは、フリットさん、この教会がちょっと気になったもので」
「確かに、ちょっとぼろくはなってましたが、もう３００年ほど前に建てられた教会ですから」
所々ぼろくなっていたので、あと数年で建て替えの予定の教会だった。
「ではわしはちょっと見てきます」
ヨハンは教会の中に入って行った。
「教会は人々がお祈りする重要な場所ですから」
「そうですね。あ、そうだ。今王妃は聖地にいるんですよ」
「え？」
「一泊二日の聖地滞在でして、シス様とラギ様は、アシュラン様の神殿でクーガ様に会えるって喜んでましたよ」
「聖地にどうやって行ったんですか？」
クーガは驚いている。
「王妃がアシュラン様から招待されたんです。それで、魔法で行きました」
「…………」
クーガは目を見開いたままである。
「それならば、明日は神殿にいることにしますね。きっと最後にいらっしゃると思うので」
「是非そうしてください」
フリットは微笑んでいた。
クーガに聖地旅行がばれたとも知らず、ゆり達はジンラ神殿に訪れていた。神殿の中でジンラの像を見た子供達は、「ジンラ様はうちのお父さんにそっくりなんですよ」と誇らしげに言っていた。
「そうなんですか」
「だから本物のジンラ様にお会いしたくって」
神殿の中ではジンラのお酒が振る舞われて、子供達は喜んで飲んでいた。神殿の中もお酒の匂いが充満している。
「スペード様はお酒は飲まれるんですか？」
ゆりは酔っ払うとまずいので酒は遠慮していた。
「飲みますよ」
「そうなんですか」
「ぼっちゃまたちすごいですねえ」
ビスコーは子供達ののみっぷりに感心している。
「ここらで昼食にしましょう。ちょうど横にレストランがありますから」
「やったー海の幸、あります？」
聞いたのはもちろんゆりだ。
「ありますよ」
スペードが微笑んで答えた。
天気がよかったので、ゆりたちは野外で食べることにした。
ゆりは魚のムニエルやら貝やらを頼んで食べていた。ラギとシスは無難に魚とパンだけにしている。
「これなーんだ」
ゆりがスプーンで白いものをさして子供達に見せた。
「なんだろう？」
「イカよ。イカ」
「イカ、懐かしいなあ」
「小さいイカが見てみたいな」
二人は巨大イカを懐かしく思っていた。
「ああ、おいしいなあ。うれしいなあ」
ゆりは大喜びで魚や貝を食べている。
ビスコーは同じように食事を食べていたが、スペードは食べていなかった。
「スペード様は、絶対何も食べないんですか？」
ラギが聞いた。
「絶対ではないですが、普段はあまり食べません。私は妖精なので」
「妖精になって何年くらいなんですか？」
シスが聞いた。ゆりは（いいぞ。もっと聞いて）と心の中で思っている。
「500年くらいですかね」
ゆりは足でちょんちょんとシスの足をつついていた。
「スペード様って彼女はいるんですか？」
「え？ 彼女？ いませんよ」
「妖精の彼女とかいないんですか？」
ゆりはつい自分でも聞いていた。
「ええ」
ゆりの目が輝いていたので、シスとラギはやれやれと思っていた。
「そうだ。あめのおじさんは聖地にいるのかな？ えーと、ハートさんって方います？」
シスが聞いた。
「ハートを知っているんですか？」
「弟が会ったんですよ」
「どこで？」
「蛇の国で」
「はあ」
「それであめをくれたんです。そうだ。あのあめをかってきてって言われたんだ」
「それはハートっぽいですが、そちらに行った話は聞いてないです。驚きました。ハートは今聖地にいないんですよ」
「そうなんですか」
ジンラの神殿は小高い丘の上にあったので、そこから海が見渡せた。３人は丘から海を眺めた。
「海ってすごいね。巨大イカいっぱいいそうだね」
ラギが言った。
「そうだね。すごいなあ……」
波の音を聞きながら、二人は海をぼんやり眺めていた。
「下にちょっと降りますか？」
スペードが言った。
「時間ありますか？」
「少しならいいですよ」
「私は上で待機してますね」
とビスコー。
丘から砂浜に降りる坂道があり、そこを下って降りることにした。
「どうぞ」
スペードがゆりに手を出してくれて、ゆりはその手を握った。
（スペード様の手を握ってる！ 大きい手)
ゆりは手を握るだけで大喜びしている。
砂浜に降りてからもゆりは手を離さなかったので、スペードはちょっと困っていた。
子供たちは歩きにくい砂浜に埋まりつつ、海に近づいてみていた。
「海の水をなめてごらんなさいよ」
ゆりがいい、ラギは海の水をなめてみていた。
「しょっぱい」
シスもなめている。
「うわっほんとだ。しょっぱいね」
「ううふ」
「あのー……」
スペードが手を離してほしそうにしていたのでゆりは、「すいません。しばらくでいいんで手を握らせてください」と頼んでいた。
「はあ、私の手でいいなら」
「この手がいいんです！」
スペードはゆりの剣幕にびびっている。
「あの、結婚を迫ったりしないんで安心してください。明日になれば、さっといなくなりますから。二日だけ我慢してください」
「別に我慢はしてないですが……」
「母様海に何かいるよ」
魚の大きな背びれが遠くに見えた。
「もしかしてイルカかも？」
「母様？」
ゆりははっとした。
「あ、間違えちゃった。ゆりさん」
「イルカってかわいいですよね。私好きなんです」
ゆりは笑ってごまかしていた。
４人は丘に戻り、次はアリアスの神殿へと移動した。太陽の神殿は、大きくて立派で、光り輝いていた。太陽のマークが神殿の入口に見える。
神殿の入口にはでかいリスのような生き物が５匹ほどいた。
「あれ？ これ聖獣じゃないんです？」
前に神の国でみた生き物にそっくりだ。
「よくご存知ですねえ。たまに遊びに来ているんですよ」
ビスコーが教えてくれた。
「おいでおいで」
ゆりがしゃがんで手を出すと、大きなリスはゆりの膝の上に乗ってきた。
「かわいい」
「そういえば、どこにも蛇がいないとなんだか変な気分だね」
ラギがシスに言った。
「そうだね。全然蛇はいないね」
３人は銀でできた太陽のマークの飾りをもらって神殿を出た。
「ダーナ様の神殿より大きいですよね？」
ラギがビスコーに聞いた。
「はい、太陽の神殿は、３番目に大きな神殿ですよ」
「アシュラン様、ヒルデリア様、次がアリアス様なんだ。ハロルド様の神殿より大きいんですね」
「３番目はアリアス様とハロルド様です。神殿の大きさで昔もめたらしく、ぴったり同じ大きさの神殿になったんですよ」
「へー」
「では次はハロルド様の神殿ですよ」
一行は馬車に乗った。
「あのーハロルド様本人はいらっしゃらないですよね？」
とゆりは確認していた。
「まさか、いらっしゃらないですよ。神殿に神がいたら、すごく幸運ですよ」
「そうですよね。うふふ」
ゆりは（いないようにいないように）と願っている。
ハロルドの神殿も立派な神殿だった。アリアスの神殿は、美しさを協調していたが、ハロルドの神殿はがっしりした印象である。神殿の入口にはハロルドの像が立っていて、神殿の中にも像があった。ハロルドのたくましさがよく表されている。
「ハロルド様かっこいいね」
「うん。かっこいい」
「あの、握手してください」
「はい？」
ハロルドの神官がなぜか次々とゆりに握手を求めてきた。みなすごくうれしそうである。みんなが鼻の下をのばしてゆりを見ていたので、スペードは首をかしげていた。
「ハロルド様ってハンサムだよね」
「うん。たくましいしね」
この神が度々自分の城に来ているなんて信じられない気分である。
神殿の中にはハロルドの神剣がおいてあった。横には鎧も飾ってある。
「立派な剣ですね」
ラギが言った。
「本物も同じ大きさなんですか？」
「そうですよ」
（ハロルド様かっこいいのになあ。どうしてお母さんのハロルド様に対する扱いは適当なんだろ）
などとラギは思っていた。
ハロルド神殿を出る時、神官達は、「また来てくださいね」と手を振っていた。
「絶対何か誤解してそう」
ゆりはぼそっと言っていた。
「あのー神官達が、あなたがガーベラ様だって言ってるんですが」
スペードは神官達から話を聞いてきたようだ。
「え？ そんなにガーベラ様に似てます？」
ゆりはおちゃらけて聞いてみた。
「え？ ……」
スペードは返答にちょっと困っているようだ。
「さて、今日は神殿巡りはこのへんにして、入り口の方に戻りますか。大きな博物館がありますので、そちらに行きましょう。馬車で戻ると時間がかかるので、魔方陣を使います」
ハロルドの神殿の横に小さな建物があった。魔方陣のための建物のようだ。一同はそこに入り、そして一気に聖地入り口へとワープしたのだった。
博物館はかなりどでかいものだった。神々の絵画、石像、大理石の像、神器のレプリカなど、とにかくいろいろなものが飾ってる。
「ガーベラ様だ！」
ガーベラの大きな絵画を見つけた子供達は、小走りに近づいて行った。ガーベラは薄い布をまとっていたが、
胸が透けてみえたので、子供達はちょっと頬を染めていた。ガーベラの絵画は男達に人気があるようだ。皆絵画を見て頬を染めている。
「ビスコーさんは、女神ではだれが一番タイプですか？」
ゆりは先にビスコーに聞いて見た。
「私ですか？ やはりダーナ様が一番タイプですかねえ」
「スペード様はどうですか？」
ゆりはスペードにも聞いた。
「私は……どうですかねえ。どちらかというと勇ましい女性が好きなので」
「そうですか。ガーベラも勇ましいですよ？」
「え？」
「その、性格的に。剣を振るったりはしないですけど」
「はあ」
「こんにちは」
ゆりに話しかけてきた神官がいた。金色の短髪、ローブ姿の若い神官である。
「あ」
「あ、トロントさんだ！ 前に城に来てくださった方だ」
ラギが気づいた。
「ほんとだ」
とシス。二人も顔を見ていたらしい。
「そうですよ。久しぶりですね。お」
ゆりはトロントの口を手で塞いでいた。
「トロントさん、ちょっとこっちにいらして」
ゆりはトロントの手を引っ張っていった。トロントの正体はクーリーフンである。その正体に妖精であるスペードは気がついて、（あれ？）という表情だった。
ゆりは部屋の隅っこで、「私、二日間は独身ってことになってるから」と小声で言った。
「え？ そうなの。本気でスペードをくどくんだ？」
「そうじゃないの。ただ独身気分でいたいだけなの。二日間だけは。それでどうしたの？」
「お母さんに神殿で出迎えろって言われたんだけど、あなたの予定がわからなかったから聞きに来たんだよ。ずっと待ってるのもなんだし」
「予定はビスコーさんが知ってるわよ」
ゆりは元の場所に戻り、「ビスコーさん明日の予定を彼に教えてあげてください」とお願いしていた。
「わかりました。明日は……」
ビスコーは予定をトロントに教えていた。スペードはトロントとゆりを交互に見ている。
「スペード様どうかしましたか？」
「彼と知り合いなんですか？」
「はい、前に、神様のことをいろいろ教えてもらいました。私の先生なんです」
「先生」
「はい」
「ゆりさん、あの絵を見て」
シスがゆりの袖を引っ張った。
「何？」
神々の絵画が並んでいたが、その一枚をシスは指していた。描かれていたのは子供の絵である。
「あらステキ」
キュリア、ジェイク、バリアスの３人が描かれている。
「ハロちゃんがいないね」
「そうね。まあ、産まれたの最近だからねえ。でもせっかくだから加えてほしいわね」
ゆりはシスに小声で言っていた。
「あっ！」
ゆりはラーズの絵画を見つけて近づいて行った。
飛んでいるラーズの絵だが、色彩鮮やかでなんともすてきな絵画である。
「かっこいい。この絵のレプリカありますう？」
ゆりはどうしてもこの絵画が欲しくなった。
「ラーズ様を買うなら、ハロルド様も買わなきゃ」
ラギはハロルドの絵画を指していた。
「え？ ハロルド様は別に……いや、こっちの上半身裸のやつならほしいかも」
上半身は裸でハロルドの筋肉を強調した絵があった。
「どうせならガーベラの恋人全員買いなよ」
「それもありね、なんといっても、買い物タダだもんね。あなたたちも好きな絵買ったら？」
「僕はガーベラ様とジンラ様がほしいな」
シスが言った。
「ミシェイラにはクーリーフンの絵を頼まれたんだった。ナナミはだれのがいいかなあ」
知らないうちにトロントは去っていた。
「レーヌにはペガサスの木像とかかわいいかも」
「僕はジンラ様の木像が欲しい。小さいのを飾りたい。そして毎日会えるようにお祈りするんだ」
ラギが言った。
「神器のレプリカとかも売ってますよ。ダーナ様の腰帯が人気ですよ」
ビスコーが言った。
「美容液とかも人気ですが」
「それなら欲しいです♪」
博物館をざっと見た後お土産屋を物色し、ゆりは飾っている絵画の小さい物をたくさん買っていた。だが、別人が描いたのか、大きい絵画のような迫力はなかった。
「グレン様の絵画がないのが残念ねえ」
「グレン様の絵画はないですねえ」
とビスコー。
「結構グレン様好きなんですけどね」
「そうですか。外にも土産物屋が並んでますが、そちらも見て回りますか？」
「はい！」
帰りの荷物は相当なものになりそうである。
「あのー長い買い物に付き合わせるのも悪いので、今日はもういいですよ。スペード様」
ゆりはスペードに言った。
「かまわないですよ。ついて回れって言われてますので」
「ありがとうございます。こんなに買い物するの久しぶりなので、うれしくて」
「そうですか」
博物館の外を出ると、もう日が沈みかけていた。
「大変急いで買い物しなきゃ」
「行きましょう」
土産物屋の通りに向かって歩いていた一同だったが、スペードは殺気を感じてはっと後ろを向いた。
「こんばんは。奇遇ですね。王妃様」
なんとやってきたのはクーガである。
「え？ 王妃様？」
「え？」
ゆりはクーガを見て驚き、子供達は「あ、クーガ様だ！」と喜んでいた。
「まさか聖地にいらっしゃるなんて夢にも思いませんでしたよ」
クーガは優しく微笑んでゆりに近づいた。
「言ってくだされば、私が案内しましたのに」
「いえいえ、そんな、偉い神官様にそんなことを頼むなんてできませんから」
ゆりはかなりあせっていた。
「ビスコーさんが一緒なのはわかりますが、こちらはどうして一緒なんですか？」
クーガはスペードを指していた。
「え？ スペード様は、私の憧れの騎士様なので……」
「憧れの？」
クーガの眉がぴくりと動いていた。シスとラギは（なんか変だぞ）とは思ったが、クーガがゆりとそういう仲だとはまだ思っていなかった。
（なんかこわっ！）
ゆりはクーガにびびっている。
「今日はどちらにお泊まりですか？」
クーガがビスコーに聞いた。
「泊まりは――」
「いえ、言わなくていいです。私達のことはどうかお気になさらずに。明日、アシュラン様の神殿に行きますから、そこでお会いするのをたっのしみにしていますから」
「……そうですか。では明日会いましょう」
「はい。明日」
クーガは子供達に笑顔を見せて去って行った。
（あーよかったー怖かったー）
「あの、先ほど王妃様ってクーガ様が呼んでましたが」
スペードはそこが気になったようである。ゆりはぎくりとした。
「すいません。私実は、夫も子供もいる身なんです」
ゆりは素直に白状した。
「そうなんですか」
「母様は、スペード様にすっごく憧れてるだけなので、怒らないでくださいね」
シスが言った。
「別に怒らないですよ。母様ってことは、あなた方はゆり様の御子様がただったんですね」
「そうです」
ゆりはちょっとしょんぼりしてしまったので、スペードは優しく「行きましょう」と促した。
土産物屋を物色し、３人は今日の宿に案内された。聖地でも一番豪華な宿のようである。
外観はお城のような趣があった。
「共同浴場などもありますから。今日の疲れをゆっくり落としてくださいね。明日の朝またお迎えにあがります」
「それでは」
二人は去って行った。
「スペード様に独身じゃないのがばれてしまった……」
ゆりは残念そうだ。
「まあしょうがないじゃない。お腹すいたよ。ご飯食べようよ」
「うん。食べよう。お風呂もあるんだ。うれしいなあ」
３人はレストランで食事をし、宿の横にあった共同浴場へと行った。お風呂には他の女性が１０人ほどいた。ゆりは初めて他の女性とお風呂に入る経験をした。
部屋は子供達とゆりの部屋は別だった。ゆりの部屋は王妃様の部屋のようなかわいらしい装飾の部屋である。ベッドカバーはパッチワーク柄で、神々の姿が刺繍された凝った作りである。
「あー楽しかったあ。クーガ様が現れたことにはびっくりしたけど、ハロルドが来なくてよかった。疲れたから寝よう」
ゆりは寝室のランプの火を消して、布団に潜り込んだ。
しばらくして、唇に何かが触れる感触がしてゆりは目を覚ました。
目を開けると、上に誰かがいる。
「え？ だれ？」
「私です」
髪が長い男だった。
「え？ クーガ様？」
「王妃様が王様以外の男とあんなに親しげに歩くとは、はしたないと思わないんですか？」
クーガはゆりの上に乗ったままいきなり説教していた。
「そう言われても、王様は一緒に歩けませんもん。それにスペード様は、クーガ様に会うずっと前からのあこがれの人なので。ところでなぜここにいるんですか？」
「あなたが泊る宿などすぐ分かりますよ。何が憧れですか。あんなことがあったのに私のことは無視するとは、一体あなたはどういう神経をしているんです」
「え。あれって、やっぱり夢じゃありませんでした？」
ゆりは引きつり笑いを浮かべている。
「夢じゃありません。あなたは私を強引に好きにさせたくせに、日にちも経たないうちに他の男に夢中になっている。ひどいと思いませんか？」
「え？ 強引に好きにさせましたっけ？」
「愛してると言わせたでしょう。あれから私はあなたのことが気になって仕方がないんです」
「それはしょうがないですよ。愛されてもいない男に抱かれるなんて、私は娼婦じゃないんですから。第一、私は恋人達とはそこまでしてないんですからね」
「え？」
「フリットやミカエル達とは、恋人といっても、口づけしたり、抱きしめ合ったり、裸でひっついてもそこまではひっついてないんですから」
「嘘です」
「本当ですよ。だからいきなりクーガ様とあんなことになっちゃって、私だってびっくりしてるくらいなんです。半分夢だと思ってましたよ」
「夢じゃないです。まあいいです。とりあえず、王の城以外であなたに会えてうれしいですよ。愛し合いましょう」
クーガは布団の中に入ってきた。
「え？ 明日も観光なので疲れたくないですし、今はガーベラじゃないですから」
「王様にばれないならいいです」
「ええー？ 今夜はそういう気分ではないですし……ほら、また今度会えるじゃないですか」
「ガーベラではないあなたとできるチャンスはもうないからします」
「ええー！」
（あとはまかせた〜）
と黒目のゆりは引っ込んでしまった。
「もークーガ様ったら意外に情熱的なんですね」
蛇の目のゆりが言った。
「私をこうしたのはあなた方ですよ」
「でも、最初にアシュラン様にお願いしたのはクーガ様ですよ」
「実は後悔してます。たまの息抜きのつもりだったんですが……」
クーガはゆりに口づけた。こうして肌を近づけているだけでドキドキするのを感じる。
ゆりもクーガの背中に腕を回した。
「妊娠中なので優しくしてくださいね♪」
「そういえばそうでしたね。してもいいんですかね」
「そっとすれば大丈夫ですよ」
「わかりました」
どうやらやめるという選択肢はないらしい。
二人は裸になって抱き合った。
「彼も恋人にするつもりじゃないでしょうね」
「スペードさん？ あっちの私は超憧れてるからねえ。私はクーガ様の方が好きですよ。普段女に見向きもしないようにみえて、実はエロいみたいな」
「だれがエロいんです」
クーガはゆりの耳を引っ張っていた。
「こっちの体も好きですか？」
ゆりが聞いた。
「好きですよ。でも、今度王様に会いづらいですね」
こうして聖地一日目の夜はふけて行ったのだった。
つづく
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