第30話
「う……ん」
ゆりは目を覚まし、体の上に何かが乗っているのに気づいた。
（何？ 何かが乗ってるっていうか、抱きしめられてる？）
後ろを見てゆりは「げっ」とつい声を出していた。後ろになんとクーガがひっついている。クーガに抱きしめられる感じで寝ていたようだ。
「おはようございます」
クーガは目を覚まして言った。寝起きなのにすでに嫌みなくらいに美しい。しかも、昨晩結構がんばった感じのけだるい、色っぽい顔立ちでだったので、ゆりはどきっとした。
「…………」
（昨日一体何回したのよ。こらっ！）
ゆりはもう一人の自分に怒っていた。
「おはようございます。何時だろう。支度しなきゃ」
ゆりはベッドを降りようとしたが、クーガにぐいっと抱き寄せられた。
「あなたとはまだしてません」
「え？ いや、朝ですし、朝っぱらから欲情するのはまずいんです。ほら、今日は神殿を巡る日ですから、神様に失礼じゃないですか」
「神様はそんなこと気にしませんよ」
「えー神官様が何をおっしゃっているんですか」
「やらないのなら、今日はスペードさんは追っ払って私が一緒にまわることにします」
クーガはゆりにとってはとんでもないことを言い出した。
「え？ それはだめですよ。スペード様はもう今日しか会えないんですから」
「ではしましょう」
「昨日いっぱいしたんでしょ？」
「そんなには」
といいつつクーガはゆりをベッドに押し倒した。
「なんか、クーガ様最初と全然イメージが違うんですけど」
「あなたが悪いんでしょう。ほんと魔性の女ですね。あなたは」
「魔性の女？ 初めて言われました。響きがかっこいいですね」
ゆりは逆に喜んでいる。
（なんでこの人こんなに私にはまっちゃったんだか。私のせい？ いや、元はといえばアシュラン様が悪い。普通の独身の子にはまらせてあげたほうがよかっただろうに……
でもガーベラの体じゃないのにこんなにしたいと言ってくれるなんて、ちょっとうれしいかも。私の中身を好きっていってくれてるってことだもんね）
クーガはゆりの胸をなでながら口づけてきた。これだけ好意を示されると、ゆりも冷たくはしきれない。
「クーガ様って、アシュラン様に性格が似てますよ」
「どこも似てません」
「人の言うこと無視するとこなんてそっくりですよ」
ゆりは欲情したクーガの瞳を見ていたらついまんざらでもない気分になり、仲良くなったのだった。
「あの、クーガ様はうちでは妖精ってことになってますので、そういう話になったらそういうことにしておいてくださいね」
ゆりは終わった後クーガに注意事項を言っていた。
「わかりました」
「それから、フリット達にはこういうことしたの内緒ですからね。ほんとばれたらまずいんですから。みんなとはピュアな関係なんですから」
ゆりは服を着ながら、自分でも（どこが？）と思っていた。
「みんなかわいそうですね。それとも、性欲が薄いって、本当に薄いんですね。あなたの方が満足できるんですか？ ああ、だから神の国でわざわざ欲望を発散しているんですね」
クーガは納得した顔付きになった。
「神の国ではガーベラになりきってるからいいんです」
「神々はあなたに完全に気づいてるんですか？ そういえば、あなたはハロルド様のお気に入りとか」
「ハロルド様にもばれるとまずいです。怒ると怖いんですから」
「あの方は私を嫌ってますからねえ」
「そんなことはないと思いますが」
「私が産まれたとき、神の国では相当もめたらしいですからね。私に好意的な神々もいれば、そうではない方もいらっしゃるんです」
「ハロルド様は見かけが怖いだけで、クーガ様を嫌ってはいないと思いますよ。だって、別にクーガ様に罪はないんですから」
「おかあさーん、朝食を食べに行くよー起きてる？」
部屋の方から声がして、ゆりははっとした。
「先に行っててー」
とゆりは返した。
「わかったー」
「それじゃ私はこれで。後で会いましょう」
「聖地での一日を楽しんでください」
クーガはゆりの頬にちゅっとキスして消えた。
宿のレストランに行くと、子供達はゆりに注目した。
「お母さん、ピンクになってるよ」
「え？ なってる？ 後でお風呂に入って精神統一しなきゃ！」
ゆりはあわてて食事を注文していた。
「だれといたの？」
シスが聞いた。
「え？ その……実は……ラーズ様が来て、それで……」
まさか相手がクーガとは言えなかったので、ゆりはラーズがきたことにしておいた。
「そうなんだ。今日はラーズ様の神殿に行けるかな。楽しみだね」
シスは微笑んでいる。
「うん。楽しみね」
ゆりは急いで食事を食べて、宿の横のお風呂でざっと体を洗い、綺麗さっぱりしてから支度をした。あわててしたのでこれだけでもかなり疲れている。
宿の外で3人並んで待っていたら、ビスコーとスペードがやってきた。今日も天気は晴れである。
「おはようございます。よく眠れましたか？」
ビスコーが聞いた。
「おはようございます。よく眠れましたよ」
（私は寝たんだか寝てないんだか……）
3人は元気に挨拶を返した。ゆりは今日は紺色系のワンピースを着ている。スペードは昨日とは違う服を着ていた。青系の上着とズボンで、今日はマントまでつけている。
（ああ、今日も色がおそろいなんて。私達って気が合うのでは？）
ゆりはスペードを見て惚けていた。
「あ、またピンク出ちゃってる」
ラギがぼそっと言った。
「しょうがないよ」
とシスは苦笑している。
「今日も色が一緒ですね」
ゆりがうれしそうに言った。
「そうですね。この服、贈り物なので、ちょっと着慣れないんですが」
スペードは恥ずかしげに頭をかいていた。
「すっごくかっこいいです！」
「そうですか？」
「では、今日は魔方陣でハロルド様の神殿の側まで行き、そこから移動しますよ」
ビスコーが促し、一同は昨日使った魔方陣で、一気にハロルドの神殿に飛んだのだった。
「ここの神官様は、瞬間移動とかできるんですか？」
シスがビスコーに聞いた。
「私はできませんよ。上の方の神官になれば可能です。スペード殿もできますよ。でも聖地は瞬間移動で神殿を移動するものじゃないんです。本当は歩いて神殿を巡るものなんですよ。日にちがあまりとれない方は
馬車を使います。一つの神殿だけ行きたいって方は瞬間移動でお連れすることもありますが、せっかく二日あるので馬車で移動するのも趣があっていいと思いますよ。天気もいいですし、この風景も込みで巡礼なんですから」
「馬車がいいです。馬車大好きです」
ゆりは力を込めて言った。
「そうですか。それはよかったです。ハロルド様の神殿が一区切りでして、大体翌日はそこからさらに北へと移動します」
一同は馬車に乗った。ゆりは心の中で、（ハロルドは神の国にいるのかな？ 神殿ステキだったよ）などと思いながら、神殿を遠ざかったのだった。
「今日はまずどの神殿に行くんですか？」
シスがビスコーに聞いた。
「今日の予定は、まずガーベラ様の神殿に来てほしいと言われたのでそうしましょう。ヒルデリア様、大神アシュラン様の神殿が最後ですが、途中は希望する神殿に行けますよ。ここらは神殿と神殿の距離が近いんです。
昼食は、サントス様の神殿でとる予定です」
「ラーズ様と、ラクア様と、サラディン様、それからオルガ様の神殿は絶対に行きたいよね。お母さん」
ラギが言った。
「そうね」
「ラーズ様とラクア様の神殿はちょっと離れているので、そちらだけ、スペード殿に連れて行っていただきましょうか」
ビスコーがスペードに頼んだ。
「いいですよ。せっかくですから」
一時間ほど馬車で揺られて、一同はガーベラの神殿についた。ガーベラの神殿はダーナの神殿ほど大きくはなかったが、神殿の周りに花の蔓がまきつき、いろいろな花が咲き乱れていた。女性らしい丸みを帯びた神殿である。
神殿の入り口には人だかりができていた。「キャーキャー」黄色い歓声が飛んでいる。
「なんでしょうな？」
ビスコーが歓声を気にしながら、神殿の中に入っていった。
「あ、クーリーフン様だ」
ラギが言った。ガーベラの神殿の中に白い翼を背にもった美神が待ち構えていた。
「やあ、おはよう」
クーリーフンはゆり達を見て手を振ってくれた。
「おおっこれはなんという幸運でしょう。まさか神殿で神様に会えるなんて！」
ビスコーは驚いていた。
「おはようございます！」
3人はクーリーフンに挨拶をした。
「ミシェイラには言えないね」
ラギがシスに言った。
「うん。内緒にしなきゃね。でも、ガーベラ様の神殿に来てるんだ。なんだか感無量だよ。僕」
「僕も」
二人は感動のあまり、目を潤ませていた。時々ゆりにやってくる優しい女神、その女神の神殿にやってきているのである。神殿の中もいろいろな花が咲き乱れ、太い蔓に小鳥たちも止まっていた。神殿の中は花の匂いが
充満している。
「はい」
クーリーフンは綺麗な花輪をゆりの頭の上に乗せてくれた。
「どうもありがとう」
「いえいえ。じゃあガーベラの恵みをどうぞ飲んで行って」
「うん」
部屋の真ん中には大きな瓶があって、女の神官がひしゃくでついで渡してくれた。
「クーリーフン様ー！！！！」
女性達が興奮してクーリーフンに近づいていた。
クーリーフンは神殿の中に咲いている花を一輪づつちぎって女性達に渡している。
「クーリーフン様、ステキ！」
「ステキすぎる！！」
女性達は大興奮していた。
クーリーフンが笛を吹き出すと、神殿の中にいた小鳥たちが一緒に鳴きだした。キラキラ輝くクーリーフンは、そこだけ絵画にしたいほどの美しさである。
クーリーフンは、やはり女も男も一目みれば目を離すことができないほどの魅力の持ち主である。
「ああうっとり」
「しびれるう」
女性達は腰砕けである。しかも泣いている。この世の最上の美と愛に触れて感動しているかのようである。シスとラギも、うれしそうにクーリーフンを眺めている。
ところがゆりは、まったくの平常心で神殿の中をきょろきょろ眺めていた。ガーベラの大理石の像は、ガーベラの美しさがよく表されている素晴らしい像である。
ビスコーでさえクーリーフンをぼんやり眺めているというのにゆりがそんな様子だったので、スペードはそこでも疑問を感じていた。
「ゆり様はクーリーフン様にぼんやりしないんですね」
スペードがゆりに言った。
「え？ 私はスペード様の方が好みです」
ゆりはつい言っていた。
「好みの問題ではなく、クーリーフン様の愛の力にあらがえる人間は稀ですから」
「そうですか？ ところでスペード様、ガーベラ様の胸、芸術的だと思いません？」
「え？」
スペードはついガーベラ像の胸を見ていた。
「女でもあの胸は見惚れてしまうくらいです。ほんと芸術的だわー」
ゆりは大きなガーベラ像の前で感心していた。シスはどうしても黙っていられなくなり、ガーベラの神官に、「実は僕のお母さんにガーベラ様が降りられたことがあるんですよ」と言っていた。神官は「え？」と驚いて、
「ああ、だからクーリーフン様が」と納得していた。
「神官さんがうちに来てくださったんですよ。それでいろいろなものをもらいました。もう20年くらい前かな」
「そうでしたか」
「その時の神官さんはまだいらっしゃいますか？ 男の方でしたが」
「彼は残念ながら今日は神官の会合に出てます。ガーベラ様がおりられたなんてうらやましいですわ」
女の神官は本当にうらやましそうだった。クーリーフンの笛の演奏は終わった。
「みんなここまで来てくれてありがとう。幸せな気分になって帰ってね」
クーリーフンは悩殺スマイルを振りまき、信者達は「幸せです！」と本当にうれしそうだった。
ぼんやりしていたビスコーははっと我に返っていた。
「そろそろ行きましょうか。残念ですが」
「クーリーフン様、さようなら」
ゆりが手を振ると、クーリーフンは近づいてきてゆりの手を握り、顔を近づけてぼそぼそっと何かを言い、離れた。ゆりの頬はちょっと赤くなっている。
「クーリーフン様、私も手を握ってください！」
女性達が殺到する中、ゆり達は神殿を出て行った。
「お母さん、なんて言われたの？」
ラギがゆりに聞いた。
「今日楽しんでねってさ」
「イヤー本当に幸運でしたな」
ビスコーは喜んでいた。
（クーリーフンったら……そんなことできるわけないでしょ）
クーリーフンはゆりに、「積極的に自分の恋人にしなよ。お母さん」と言ったのだった。
（持ち帰れるものなら持ち帰りたい！ でもスペード様にとっては、迷惑この上ないだろうし……クーガ様みたいにたまに会いたいけどアシュラン様にそんなこと頼めないし……まああこがれのままってのもいいよね。
スペード様硬派っぽいから、私みたいな気が多い女は嫌いだろうし）
「次はラーズ様の神殿に行きましょう。私にひっついてください」
スペードが言ったので、ゆりは「はい」と本当にぴったりくっついていた。
「そんなにひっつかなくても大丈夫ですよ」
「え？ 怖いのでひっつかせてください」
スペードは子供達を気にしていたが、子供達はむしろ暖かい瞳で微笑んでいた。
5人はスペードの瞬間移動で移動した。目に飛び込んできたのはキラキラ輝く水面である。
「ここがラーズが様がお生まれになった湖ですよ」
ビスコーが説明した。湖の近くには入り口に7色の布が垂れ下がった神殿が見えた。小さな湖だが、水面には白鳥が数匹浮かんでいた。
「綺麗な湖ですね」
「神殿に行きましょう」
神殿に向かって歩いていると、子供達が何かに気づいて「あっ」と声をあげた。
「お母さん見て！」
ラギが湖の真ん中を指している。
「あっ！」
湖の真ん中に7色の柱が昇っていた。
「うわっキレイ！」
「すごいや！」
ゆりも子供達も虹の柱に圧倒されていた。ビスコーも唖然としている。
「わしは見るのは初めてですよ。スペード殿は見たことありますか？」
「私も初めてです。キレイですね」
二人も虹の柱に目が釘付けになっていた。
「珍しいんですか？」
ゆりが聞いた。
「いやー珍しいですよ。ラーズ様が降臨された時にはこのような現象があるようですが……」
「ラーズ様？」
ゆりは湖の周りを探したが、ラーズの姿は見えなかった。
（もしかしてラーズが見せてくれたのかな？）
虹の柱はキラキラ輝いて、やがて上の方から消えて行った。
「すごくキレイだったね」
「うん。すごくキレイだったなあ」
子供達は感動したように湖を見つめていた。
その時ゆりたちとは少し離れた場所にラーズがいた。ラーズは姿を隠して飛んでいたので、ゆりたちには見えていなかった。
ラーズはクーリーフンに、「きっとラーズの神殿にも寄ると思うから虹を見せてあげてよ。でも男連れだから邪魔しちゃだめだよ」と言われていたのだった。
「本当に男連れだ。全く困ったお嬢さんだなあ。今度お仕置きしてやらなきゃ」
そんなことを言ってラーズは飛んで行った。
虹の神殿の中は、これまた色彩豊かだった。神官達は皆女性で、色とりどりの腰帯を巻いている。
神官は7色のミサンガを渡してくれた。3人は手首にミサンガを巻いた。
「次はラクア様の神殿に飛びましょう」
スペードの瞬間移動で、次にラクアの神殿へと移動した。こちらはラーズの湖よりももっと大きい湖である。湖の真ん中に水の神殿があった。湖の上に木製の橋がかかっている。湖の一角には蓮の花のようなピンクや紫の
花が咲いていて、とてもキレイだった。橋の幅は人が3人並んで歩けるほどだったが、橋には手すりがなかった。
「あの、湖に落ちる人とかいないですか？」
ゆりが聞いた。
「あまりいないですが、手をつなぎますか？」
スペードがそう言ってくれたので、ゆりは「はい！」と喜んで手をつないでいた。
水の神殿の中は、水色系の色で統一されていた。神殿の真ん中には透明なガラスでできたゆりの身長ほどの大きな丸みを帯びた水槽があって、その中には水草がゆらゆらゆれて、青い小さな魚がいっぱい泳いでいた。
「うわーかわいいな」
シスは水槽に近づいて魚を眺めている。よく見ると、緑の魚や紫色の魚もいた。
「このガラスの入れ物、どうやって作ったんだろう？」
ラギはそこに興味をひかれたようだ。
「こんな魚初めてみたよ」
「本当、かわいいわね」
シスもゆりも水槽に顔を近づけて魚を眺めている。
神殿の奥には水瓶をもったラクアの大理石の像があるのだが、その横には、双子の女の子の像もあった。ユリアナとイオナである。
「ラクア様は、最近お生まれになったユリアナ様とイオナ様をとてもかわいがっていらして、以前に比べると機嫌が良い時が格段に増えたらしいですよ」
ビスコーが説明していた。神殿にいた中年の神官が、ゆりを見るや他の神官に何かを指図していた。
その神官はあわてて何かを取りに行き、戻ってきた。
「こちらをどうぞ。耳が丸い黒髪の女性がやってきたら渡してあげてほしいと、ラクア様に頼まれていました」
男の神官は、10センチほどの青い小瓶をゆりに渡してくれた。
「ラクア様が私に？」
「はい」
「ラクア様、お母さんが来ること知ってたんだ？」
ラギは不思議そうだ。小瓶の中には液体が入っているようだ。
（もしかしたら、水瓶の水かも？ ガーベラに私が来ることを聞くかなにかして、渡してくれたんだ）
以前、癒やしの泉にゆりがいたとき、ゆりはラクアに水瓶の水を飲ませてもらったことがあった。
「ラクア様、ありがとうございます」
ゆりは大きなラクア像に向かってお礼を言った。
ビスコーとスペードは目を合わせている。ゆりはシスが背負っているリュックに小瓶を入れていた。神殿の中には、いろいろな大きさのガラスでできた水瓶のような形の置物が並んでいる部屋があった。
青いガラスでできた水瓶は芸術的で美しかった。ガラスでできた魚なども飾ってる。3人の女性をかたどったガラスの像もあった。ラギはまたもや、「どうやって作ったんだろう」と首をひねっている。
「こちらの3人はラクア様が妹と呼んで可愛がっている3人の妖精達なんですよ」
ビスコーが説明した。
「キレイですね。こんなガラス細工初めてみました」
「本当にキレイね」
とゆり。そしてこの部屋で一番目を引くのが、ガラスの円柱の長い柱だった。透明な柱なのだが、その中を水の塊が上にのぼったり、下に降りたりしている。
「どういう仕組みなんだろう？」
「不思議な柱だね」
「ほんとねえ」
3人は水の塊が上り下りするのをしばらく眺めていた。
水の神殿を出て、再びゆりはスペードと手をつないで橋を渡っていた。
「あのーゆり様、聖地に来たのは、カードのお礼以外の理由が何かあるんじゃないですか？」
スペードがゆりに聞いた。
「クーリーフン様といい、ラクア様といい、神々があなたを歓待している気がするんですが」
「私のことそんなに気になります？」
ゆりは目をキラキラさせて聞いていた。
「はい、ビスコーさんも気になってますよ」
「今度出会えたらお話しますね。そのほうが、私に会いたい気になってくださると思うので」
ゆりは頬をちょっと染めて言った。
「え……あ、そうですか」
スペードはちょっと困ったように答えていた。
「あの、王妃様なんですよね？」
スペードは確認するように聞いていた。
「はい、一応」
（（一応って……））
シスとラギは小声でぼそっと言っていた。
「あの、スペード様、実はうちの国は、恋人がいればいるほど素晴らしい王妃様って国民には尊敬されるんです。ちょっと変わってる国なんです」
後ろにいたラギがフォローを入れようと言っていた。
「え？ そうなんですか？」
スペードは驚いている。
「そうなんです。ですから、スペード様が母様の恋人になってくださったらうれしいです」
シスは無邪気な顔でこんなことを言い出したものだから、スペードはびっくり仰天してゆりから手を離していた。ちょうど橋も渡った所だった。
「え？ 私が恋人に？」
「え？ いえ、違います。私はそういう気じゃないです。安心してください」
ゆりは真っ赤な顔であわてて言っていた。
「子供のいうことは気にしないでください。私はもう今日スペード様といられるだけで満足ですから」
ビスコーは、なんとも言えない表情を浮かべている。
スペードは見るからに困惑気味だった。
「とりあえず、次に行きましょうか。次はどこでしょう」
ゆりは真っ赤な顔でビスコーに聞いた。
「サントス様の神殿です。そこで昼食にしましょう」
スペードの瞬間移動でサントスの神殿に移動した。神の国にはサントスの神殿はないのだが、聖地にはあるようだ。神殿の横は農地になっていて、いろいろな農作物が実っていた。
「神殿に行きましょう」
「はーい」
サントスの神殿は他の神殿よりも素朴な作りだった。石壁でできた神殿で、神殿というよりは大きな石造りの貴族の屋敷という感じである。神殿の中に入ってもサントスの石像などはなく、テーブルと椅子がいくつもあり、信者達は食事をしていた。
「この神殿は食堂になっているんです。サントス様は自分の石像やらが置かれるのがあまり好きではなくて、サントス様の置物はここには一切ないんですよ」
「そうなんですか」
「この神殿では野菜をおもにした料理が出されます。おいしい野菜を一杯食べてくださいね」
「はい」
「わしはちょっと馬車の用意をしてきますので」
ビスコーが出て行き、スペードも、「私も食事の間外にいますね」と出て行った。
色とりどりのゆで野菜や野菜のスープなどが出てきた。野菜はどれもおいしい。
「母様ごめんね。僕言い過ぎちゃった」
シスがゆりに謝っていた。
「ううん。いいのいいの。私もはしゃぎすぎだったし、普通の男の人は人妻に言い寄られたら引くよね。今まで普通と無縁だったから、つい」
ゆりはちょっと悲しそうに笑っていた。
「この際、ガーベラ様になったときに誘惑しちゃえば？」
ラギが言った。
「やーよ。別にそういうんじゃないし。それよりもこのお芋おいしいね。甘い。サツマイモっぽい。うちで作れないかな」
ゆりは蛇の国にはない野菜を食べて喜んでいた。
食事を食べて3人が神殿の外に出ると、スペードとビスコーが待っていた。
「おいしかったですか？」
「はい」
「これからはまた馬車で移動しましょう。サラディン様の神殿に行きますよ」
「はーい」
馬車の中でビスコーはサラディンについていろいろ話していた。ゆりはスペードの横に座っていたが、ラクアの神殿からちょっと気まずい空気が流れている。
「ビスコーさん、実は僕たち、サラディン様にお会いしたことがあるんですよ」
シスは黙っていられなかったようだ。ついビスコーに自慢していた。
「え？ 本当ですか？ それは幸運ですねえ。どこでお会いしたんですか？」
母様のベッドで、などと言うわけにもいかないので、シスは「えーと、火のお祭りでお会いしました」と嘘をついた。
「そうですか」
「サラディン様、すごく威厳があって、僕好きなんです」
「僕も。でも一番はジンラ様なんですけど、ジンラ様にはまだ会えてないです」
ラギが言った。
30分ほど馬車に揺られて火の神殿についた。火の神殿は石で作られていて、壁には炎のような模様が見える。神殿に入ると暖かかった。部屋の中央には一メートルくらいの高さの大きなツボがあり、そこから火が上がっている。
夏は暑くて大変そうだ。その奥にサラディンの大理石の大きな像が立っていた。サラディンらしい威厳がある像である。
火の神官達は赤いローブ姿だった。神官達はみんなに「ようこそ」と言って声をかけている。他には巡礼者が10人ほどいた。みな炎のツボに近づいて、火の周りの空気を手で自分の方に寄せている。
「この火は聖なる火でして、こうして火を自分の方に寄せると、火の加護がついて火に強くなると言われてるんです」
ビスコーが説明した。
「そうなんですか」
3人がつぼに近づいて、同じように火の周りの空気を自分の方に寄せていると、突然、ツボの火が高く舞い上がり、側にいたゆりはびっくり仰天して後ろに下がっていた。ゆりが転びそうになるのをスペードが後ろで支えている。ラギとシスも同じように後ずさっていた。
高く舞い上がる火に映っているのは火の神サラディンだった。ラギもシスもビスコーも、神官達でさえも、口をぽかんと開けてサラディンを見上げていた。
サラディンは明らかにゆりを見て、「げ、げんきだったか？」と聞いていた。
「あ、はい。元気です」
とゆりは答えた。
「そうか。その、か、かわいいな」
サラディンは視線をそらせてぼそっと言った。
「え？」
（え？）
とその場にいただれもが同じ声を心の中であげていたに違いない。
サラディンは照れたように横を向いて、「それじゃ」と言ってさっさと消えてしまった。ツボの火は元の高さに戻っていた。
ゆりはぽかーんとしていたが、他の者達も同様だった。
（え？ 私、かわいいって言われたのかしら？ それとも私の後ろの誰かに？）
ゆりは自分の後ろを見たが、後ろには目をまん丸くしているスペードしかいなかった。
「あの、あなた様はどういった方ですか？」
火の神官がゆりに聞いた。
「え？ 私は単なる一般人ですが」
「いえいえ、そんなわけありません。サラディン様が、あのサラディン様がただの見ず知らずの人間の前に出てきてかわいいなんて言う訳ありません」
「いや、私にも何が何やら……」
「お願いですから教えてください」
「いや、私は本当にただの一般人で……ビスコーさん、そろそろ行きましょう」
皆がゆりをじろじろ見ていたので、ゆりが促した。
「は、はい、行きましょう」
5人は神殿の外に出た。
「母様、かわいいって言われてよかったね」
シスはうれしそうだ。
「うん、まあ……」
「サラディン様が出て来てくれるなんてびっくりしたなあ。さすがお母さん」
ラギもうれしそうだ。
ビスコーもスペードもゆりに何か言いたそうだったが、ゆりは「次に行きましょう！」と移動を促していた。
さてその頃火の神殿である。
サラディンは言い慣れないセリフに頬をちょっと赤くしていたが、その横にはイシュタールがいた。
「サラディン様、もうばっちりでした。王妃も喜んだに違いないですよ」
イシュタールは大喜びである。
「そ、そうか？」
「はい！」
そう、先ほどのはイシュタールの差し金である。神の国のツボの炎と聖地の炎は通じているので、イシュタールはここで、ゆりが来るのを待っていたのだった。そして「王妃が来たらかわいいと言ってあげてください」と
サラディンに頼み込んでいたのだった。サラディンはイシュタールに頼み込まれていやと言えなかったようだ。
「ものすごく恥ずかしかった」
「いやー今日の王妃も最高にかわいかったですよね。元気そうでよかった」
イシュタールはゆりを見る事ができてうれしそうだった。
一同はまた馬車に乗っていたが、ビスコーはちらちらゆりを見ていた。どうやら先ほどのことが気になって仕方ないようだ。
「サラディン様って見かけは怖そうですが、優しいですよね。信者に声をかけてくださるなんて」
ゆりが言うと、「いえ、私は長い間信者の皆さんを案内してますが、サラディン様があのように出て来られたのは初めてですよ」とビスコーは言っていた。
「本当ですか？」
「はい、しかも女性に『かわいい』と言うなんて……いやー驚きました」
「私も驚きました。あはは」
ゆりも笑っている。
「あ、綺麗な花輪を頭に乗せていたからじゃないですか？」
ゆりはクーリーフンにもらった花輪をまだ頭に乗せていたのだった。
「いやー違うと思いますよ」
「サラディン様は、本当に母様がかわいいと思って言ってくださったんだよう」
シスが言った。
「それはそうですよ」
とビスコー。
「ただ優しいだけだと思いますよ」
「一般的にはサラディン様は怖いイメージですよ」
スペードが言った。
「そうですか？ 私には違いますけど」
「僕、もっとサラディン様が好きになったな」
シスが言っていた。
「やっぱりすてきな神様だよね」
ラギはうなずいていた。
馬車は森の中の道を入って行った。
「この先にオルガ様の神殿があります」
オルガの神殿の前に馬車が止まり、5人は神殿の中に入って行った。夜の神殿なので神殿の中は薄暗い。中からざわめきのようなものが聞こえてきた。
「なんだか騒がしいですね」
「そうですねえ」
神殿の中の広間に入り、ゆりも子供達も仰天していた。広間の中に黒衣の男が立っている。その男の瞳には、星のきらめきがあった。だが、その体の周りは淡い光を放っているではないか。
「やあ」
「え……オ、オルガ様？」
ビスコーは驚き、子供達は、「すごっオルガ様だ！」「すごい！ オルガ様がいらっしゃる！」と声をあげていた。子供達はオルガに会うのは二度目である。
「キャーオルガ様、ステキ」
と言っていたのは同じ広間にいた女性達だった。
神官っぽい女性達もうっとりしてオルガを眺めている。
ゆりはぽかんと口を開けていたが、明らかにオルガが自分を見ていたので、「こんにちは」と頭を下げていた。
「あなたが来ると聞いたので、これを見せたくて来てしまった」
「え？」
オルガが神官達に目配せすると広間のカーテンが閉められて、部屋の中が真っ暗になった。高い天井に、星のようなものがチカチカ輝いている。
「キレイ……」
「キレイだね」
「うん」
星はきらめき、時々流れたりしていた。
（オルガ様、うれしい。すごくうれしい。でも、こんなに神様が出てきたんじゃ、私あやしすぎる）
ゆりはうれしい反面、ちょっと困っていた。
星のショーが終わり、黒いカーテンが開かれた。
「すごくキレイでした。ありがとうございます」
ゆりはオルガにお礼を言った。
「喜んでくれてよかった」
オルガもうれしそうに微笑んでいる。
「オルガ様、握手してください」
ラギとシスはオルガに近づいて握手してもらっていた。ゆりもみんなにじろじろ見られつつ、オルガと握手していた。
オルガはちょっと身をかがめて、「今度来てくれ」と小声で言っていたので、ゆりの頬は真っ赤になっていた。
「はい。今日はありがとうございます」
ゆりはオルガの側から離れない子供達を引っ張り、「すごく楽しかったです。それじゃ失礼しますね」と夜の神殿を去って行ったのだった。
「オルガ様やっぱりハンサムだなあ」
「風格があるよねえ。いやーすごくうれしかったなあ！ 待っててくださったなんて感激だなあ」
子供達は大喜びではしゃいでいる。ビスコーもスペードも、またもや何か言いたげにゆりを見ていた。
「あのーゆり様は、本当はどういった方なんですか？」
ビスコーが聞いた。
「え？ いやーなんというか、ビスコーさんの案内のおかげでこんなに神様に会えるなんて感激です！」
とゆりは言ってみた。
「いえいえ、私のおかげではないですよ。ゆり様のおかげですよ。どうみても。ねえスペード殿」
「オルガ様は、あなたを待っていた感じでしたが」
スペードが言った。
「え？ そうですか？」
「母様が魅力的だからですよ。だから神様が母様を気にしちゃうんですよ」
シスが笑顔で二人に言った。
「それはまあ、そうでしょうが……」
とビスコー。
「魅力的の度合いが違うような気がしますが」
スペードはゆりのことがさっぱりわからないといった感じである。
「あまり気にしないでください。神様に会えてみんなうれしくてよかったじゃないですか。ね、次はどこでしょう」
「ヒルデリア様の神殿ですよ」
「ヒルデリア様にはいっぱいお祈りしなきゃね」
ゆりは子供達に言って、馬車に乗り込んだのだった。
さて、その頃ハロルドはというと、ゆりが聖地に来ているなどまったく知らなかった。昨日からアシュランに用事をいいつけられて、聖地と蛇の国以外をあちこち飛び回っている。
神の国では昼過ぎ、ハロルドは雲の上の神殿に戻ってきた。
「はずれを見回ってきたが、何もなかったぞ」
「そうか。それはよかった。今日はこの後広間で宴会があるから、お前出るように」
アシュランが言った。
「もう今日は宴会はいい」
「今日はキュリアが演奏するんだぞ。お前出なきゃだめだろ」
「キュリアが？ そうか」
その後の宴会にハロルドは出席したが、ガーベラもクーリーフンも不在で、ガーベラの恋人でやってきたのはジンラだけだった。
「ガーベラはこないのか？」
ハロルドはジンラに聞いた。
「さあ」
「母様、今日はどうしても聞けないけどどがんばってねって言われたよ」
広間に来たキュリアがかわりに答えていた。
「なんでここに来られないんだ？」
「知らない。2回目は絶対聞くからねって言ってた」
「ふうん」
アリアスやダーナがやってきた。
神々が10人ほど集まり、アシュランとヒルデリアがやってきた。キュリアの素晴らしいハープの演奏に、神々は拍手を送ったのだった。
つづく
12部
目次