第31話
オルガの神殿から一時間ほど馬車で走り、高い木々の間を過ぎた先に開けた場所があり、大きな神殿が二つ見えてきた。
「おお、見えてきましたな。左にあるのがヒルデリア様の神殿、右にあるのが大神の神殿ですよ」
「大きいですね！」
ラギが声をあげた。
「本当だね」
とシス。
今までの神殿より格段に大きい神殿が横に二つ並んでいる。アシュランの神殿の前には遠くからでもわかるくらいの大きなアシュラン像が建っていた。
「うわー大きいわね」
「すごいねえ」
遠くから見るだけでも神殿のすごさがわかる。
馬車はヒルデリアの神殿の前で止まった。
（王様、ついに来たよ。いっぱいお祈りと感謝を捧げるね！）
ゆりはラクシュミから、「ヒルデリア様にいっぱいお祈りをしてきてくれな」と頼まれていたのだった。
（王様の分までお祈りするからね）
神殿の中に入ると、左の方に女性の列ができていた。
「お祈りの列でしょうか？」
ゆりはビスコーに聞いた。
「こちらの列は、赤ちゃんのお人形を抱っこする列ですよ。赤ちゃんに恵まれる御利益があるとか。最近なんですが、皆さんお人形を抱っこしてからヒルデリア様にお祈りしています」
「へーそうなんですか。私も並ぼうかな」
ゆりは興味をひかれていた。
「これ以上赤ちゃんが欲しいの？」
ラギは笑っている。
「話の種になるし、どんな人形が気になるじゃない」
「そう。僕は神殿の中を見学するよ」
「僕は人形がみたい」
シスはゆりと一緒に並んだ。
「ビスコーさん、ラギをお願いします」
「わかりました」
ビスコーはラギについていき、スペードはこちらに残っていた。
「スペード様は人形、見たことあります？」
「いえ、ないですよ。ここに来るのも久しぶりです」
スペードは神殿の中を見回している。今までの神殿に比べると、広間もかなり大きく、天井も高かった。そして清々しい気分を感じる。暖かい気持ちになる神殿である。
「そうですか。スペード様は聖地に自分の家とかあるんですか？」
「ありますよ。巡礼者の宿の一角の南に神官達の家が並んでます。私の家もそこに」
「そうなんですか。皆さんそこから神殿に通うんですか？」
「大体の神官はそこから通っています。各神殿付きの神官になると、神殿に瞬間移動できる神器がもらえるんですよ。ゆり様がいただいたその神器の小さいものといったらわかりやすいかな」
「なるほど。そうなんですか」
ゆりはバッジをなでていた。
（スペード様の家、行ってみたい。でも言ったらドン引きされそう）
「母様は聖地の中でも瞬間移動できるの？」
シスが聞いた。
「さあ。私は往復5回だけだって言われたわよ。このバッジをもらった人って他にいます？」
ゆりがスペードに聞いた。
「さあ、私は聞いたことがないですよ」
「でもこれを一目みて気づいた感じでしたが」
「それはそこから神の力を感じたからですよ」
「なるほど」
前に並んでいた女性が「私もこんな赤ちゃんが欲しい！」と言っていた。ようやくゆりの番になり、ゆりも人形を抱っこした。その人形は木でできた人形で愛くるしい顔立ちをしていたが、どこかで見たことがある顔でもあった。人形はピンクのかわいい服を着ている。
「ん？」
ゆりはシスにも人形の顔を見せた。
「あれ？ うちのレーヌの赤ちゃんの頃に似てるねえ」
「そうよね」
赤ちゃんは幸せそうに微笑んでいる。
（あれ？ 前にミシェイラが遊んでた人形がもしかして？？ それとも違う人形かしら）
似た赤ちゃんは他にもいるだろうから、ゆりは確信はもてなかった。
（ミシェイラの人形は途中でミシェイラが変わったって言ってたのよね。この子があの時の人形だったりして）
ゆりは「ありがとうございます」と言って人形を神官に返した。
「あら、赤ちゃんとってもうれしそうですわ。きっと赤ちゃんに恵まれますわ」
神官は微笑んでゆりに言っていた。ゆりはお辞儀をしてその場を去った。
「次はお祈りしよう」
「うん。僕も行くよ」
大きな広間の奥にどでかいヒルデリアの大理石の像が建っていたのだが、結構格が高そうな女性達がお祈りしていた。
赤ちゃんが欲しくて切羽詰まった女性達のようだ。皆必死の形相である。
ゆりはヒルデリアの像の前で手を合わせてお祈りした。
ゆりは10分もの長い間熱心に祈ったりお礼を言ったりした。
「よし、いっぱいお祈りした」
というとシスが笑っている。
「ザクロジュースはいかがですか？」
神官がザクロジュースを配っていたのでゆりはそれをもらって飲んだ。
「おいしい！ 持って帰りたいな。売ってます？」
「はい。あちらで売ってますよ」
広間の隅に売店のような一角があった。
「後で買おうっと」
ラギは服を着たヒルデリアの石像がある場所にいた。服は普通の女神の服で、その石像は宝石なども身につけている。服と宝石を展示するための石像のようだ。石像は三体あって、違う服を着ていた。
「おおー大きい宝石ね」
一体が首にかけているネックレスにある赤い宝石はかなりのでかさである。ヒルデリアの腰帯なども、よく見ると細かい刺繍がされている。もう一体は頭に王冠のような冠を乗せていた。こちらも宝石が入っていて豪華である。
「以前のお母さんの石像を思い出しちゃったよ」
ラギが言った。
「そうね。私の石像も、いろんな服を着てたもんねえ」
他にはヒルデリアのタペストリーやら、ヒルデリアが産んだ子供達の石像が並んでいたり、出産相談の場所などもあった。出産できやすくなるためにお医者さんのような神官が薬草を配合してくれるらしい。
「ただお祈りするより現実的ね。お医者さんに相談するみたいで」
「そうだね」
「あそこでいただくお薬の中には、ヒルデリア様の農園でしか採れない薬草なども入っているんですよ」
ビスコーが教えてくれた。
「なるほど。効き目がありそうですね。じゃ私は売店でさっきのジュースを買ってこようっと」
ゆりは重かったが1リットルほどの瓶に入ったザクロジュースを２本も買っていた。
「持ちますよ」
スペードが言ってくれたので、「ありがとうございます」とお礼を言ってゆりはスペードに持ってもらった。
とんとんと肩をたたかれてゆりが振り向くと、思いもかけない人物が立っていた。
「あ！」
「あ。あれ？ グ」
その人物は口元にさっと指をあてていたので、ラギは「グ……グウ……」と途中でやめていた。
「こんにちは」
そこにいたのはグレンだったが、まるっきり人間のようなグレンだった。髪も茶色で、額に金の帯もない。
「えー？」
ゆりはまじまじとグレンの顔を眺めている。
「楽しんでますか？」
「はい、え、えー」
グレンは普通の男が着るような茶色いズボンに白いシャツ姿だったので、ゆりは驚いていた。
「おや、グレン様にそっくりですな」
とビスコーが言っていた。
「そうですか？ よく言われるんです」
グレンは自分で言っている。
（いや、本人ですよ！）
とゆり、シス、ラギは心の中で突っ込んでいた。
「会いに来てくれたんですか？」
ゆりはうれしそうだった。
「はい、どうしても会いたくて来てしまいました。これを持っていってください」
グレンはゆりに麻袋を渡していた。
「ありがとうございます」
ゆりがちらりと麻袋を開けてみると、中にはおいしそうな大きなザクロが３つ入っていた。
「うれしいです」
「私も会えてうれしいですよ。あなた方も元気そうですね。少しあの時より大きくなったかな」
グレンはシスとラギを見ていた。
「はい！」
「会えてうれしいです」
シスもラギも喜んでいる。
「アシュラン様の神殿まで一緒に歩きましょう」
「はい」
スペードは無言で後をついてきていたが、グレンの正体に気がついていた。
ますますゆりのことを不思議に思ったに違いない。
「天気がよくてよかったですね」
「はい」
「聖地は今がいい時期ですよ。5の月あたりもいいですが。ほら、あそこを見てください」
神殿と神殿の間の草むらに金色の綺麗なクジャクがいたのだが、一匹だけ色が違っていた。７色の鮮やかなクジャクがいる。
「あ！ ジャック！」
「ジャック、頼むよ」
グレンがクジャクに声をかけると、ジャックはまかせろとばかりにバババと羽を広げていた。７色の鮮やかな色彩に子供達は度肝を抜かれている。
「すごい」
「なんて綺麗な鳥なんだろう」
「キレイだねえ」
ゆりも子供達も思わず拍手していた。
「近づいても大丈夫かな？」
シスはもっと近づいて見たがった。
「僕は虎の国でクジャクを見たことがあるけど、こんな綺麗なクジャクはいなかったよ」
とラギ。
「そっと近づいてみたら？」
「うん」
子供達はそろりとクジャクに近づいている。ジャックはサービス精神が旺盛なのか、子供達に胸を張って羽を広げて見せていた。
「キレイだね」
というとジャックもうれしそうである。
子供達はじっくりジャックを見て戻ってきた。
「母様、ジャックは男の子なの？ どうして男の子の方がキレイなんだろう？」
メスクジャクにはそんなに長い羽がなかったので、シスは疑問に思ったようだ。
「どうしてなんだろうねえ。男の方が女の子の愛を得るのが大変だから？ 女の子は争わなくても男が寄ってくるとか」
「うちもクジャク夫婦」
ラギがぼそっと言っていた。
「聞こえたわよ」
ゆりがじろりとラギを睨み、ラギは舌を出していた。
「ジャックは最近ここにいることが多いんですよ。みんなに褒められるのが好きみたいで」
グレンが言った。
「なるほど」
神の国では、もうだれも驚いてくれないのかもしれない。
「ジャックありがとう」
「またね」
ゆりと子供達はジャックに手を振ってその場を離れた。
アシュランの神殿が近づいてきた。
「では私はこれで」
グレンが言った。
「ありがとう。さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
グレンは手を振って去って行った。
アシュランの神殿の入り口にある階段の上にいた女性が、こちらに気がつくと階段を駆け下りてきた。金髪の女性である。
「王妃様！」
「え？ あれ？ もしかしてマリカ？」
見たことがある顔の女性だった。
「そうです。マリカです。お元気そうで良かった！」
その女性は涙を流しながらゆりの手を握りしめていた。肌の色が違うが、顔はマリカである。ゆりはマリカだと思うと涙を流していた。
「マリカ……無事でよかったよう」
ゆりはマリカを抱きしめて泣いていた。
「王妃様……」
二人は涙ながらに再会を喜んでいたが、ラギもシスもぽかーんとしていた。
「あれ？ マリカって、前にうちにいたマリカ？」
ラギはようやくそこに気がついた。
「そうですよ。ラギ様」
マリカは涙を指でぬぐって言った。
「えーどうして途中でいなくなっちゃったの？」
「マリカ、こんな顔だったっけな？」
シスは首をかしげている。
「あの時は肌の色が違っていたので、今は日焼けが取れて、白くなってるんです」
「あ、そうなんだ？」
シスはあっさり納得していた。
「ロイがマリカのこと好きだったからさ、いなくなって残念がっていたよ」
ラギが言った。
「ロイ様はお元気ですか？」
「すごく元気だよ」
「よかった。さあ中にどうぞ。クーガ様もお待ちかねですよ」
ゆりは元気なマリカに会えたことがすごくうれしくて、なかなか涙が止まらなかった。一緒に癒やしの泉にいた頃のことが思い出される。
（マリカが元気でうれしい。本当にうれしい）
「お母さん、マリカとそんなに親しかったのかな？」
「さあ、そうだっけ？」
ラギがシスとぼそぼそ話していた。
アシュランの神殿はいくつかの部屋があるようだ。ゆりたちは真ん中の通路をまっすぐに進み、広い部屋に入った。そこにも大きなアシュラン像があり、その前にクーガが立っていた。
「ようこそ、待ってましたよ」
クーガは優しく微笑んで出迎えてくれた。
「クーガ様！」
子供達が近づいて行った。
「アシュラン様の神殿はさすが大きいですね」
天井はすごく高く、壁には大きくて綺麗なステンドグラスが左右に二つ飾られている。一つが雲の上の神殿のステンドグラス。もう一つはアシュラン自身の姿のステンドグラスである。
アシュランの神殿はさすが他の神殿よりも人も大勢いた。上からキラキラと光の粒が降り注いでいるような神秘的な神殿である。
ゆりも子供達も手を出してその光の粒を受け止めようとしていた。
「シューシュー」と何か空気が抜けるような音が聞こえてきた。
「ん？ なんだろう？」
「あ、少し下がってください」
他の神官達も信者を下がらせている。なんだろうと思っていると、やがて白いもやのようなものが部屋の中に立ちこめてきた。やがてその白いもやがユニコーンのような形になり、アシュラン像の周りを走り出した。
「うわっ！」
次にユニコーンは４頭のペガサスが牽いた馬車に変わっていた。御者のところにはアリアスらしき人物が見えた。一週回ると今度は月の馬車に変わっている。白いもやは次々と変化し、いろいろな神の姿
を見せてくれた。しかも実際に動いているかのようである。
（すごい。一体どういう仕組み？）
さっぱり仕掛けがわからず、ゆりは目を見開いたままもやのショーを眺めていた。最後にただの白いもやになり、もやは消えた。
人々から拍手が起こっていた。
「すごい。これだけでも聖地に来た甲斐がありますな」
「本当に」
信者達は大喜びのようだ。
「すごいね」
「うん。びっくりしたね」
子供達は頬を赤らめて興奮していた。
「どういう仕組みなんですか？」
ラギがクーガに聞いた。
「さあ、どういう仕組みなんでしょうね。ジェラルド様の苦心の作らしいですよ」
「こちらをどうぞ」
マリカがお盆にコップを４つのせて持ってきてくれた。
「神の滴と呼ばれる水ですよ」
クーガが配ってくれた。それを飲んでみると、なんだか清々しい気分になった。
「おいしいですね。なんの水なんですか」
ラギが聞いた。
「神の力が感じられる水ですよ。爽やかな感じがしませんか？」
「します。なんだか気分爽快って感じです」
「そうでしょう。大神に祈りを捧げましょう」
「はーい」
ゆりは子供達と並んで、アシュランに祈りを捧げた。
（聖地めちゃくちゃ楽しいです。ありがとうございます）
ゆりはお祈りした後、子供達とステンドグラスなどをじっくり眺めた。アシュランの創世の様子を表したタペストリーなども飾ってあった。
「では宝物庫に案内しますよ。そこには本物の神器があるんですよ」
一同は別の部屋に案内された。クーガがいるのでビスコーはさすがに黙っている。
「ねえ、マリカは、アシュラン様の神官なの？」
一緒にいたマリカにゆりが聞いた。
「以前はオルガ様の神官でしたが、今はアシュラン様の神官に変わりました」
マリカが答えた。
「そうなんだ」
「どうしてうちに来ていたの？」
ラギがマリカに聞いた。
「実は神官の修行で、いろいろな国を回っていたんですよ」
「へー」
宝物庫についた。真ん中に飾られている剣に皆目が釘付けになっていた。
「これが大神の光の剣です」
そこにあったのは光輝く鞘に収められた片手剣である。その周りには、光の粒がキラキラ輝いていた。
「わーすごいな。キレイだな」
「うん、すごい」
子供達は目をまん丸に見開いている。
「アシュラン様は実際に剣を振るったりするんですか？」
ゆりがクーガに聞いた。
「ないんじゃないでしょうかね。お遊びならありますが、真剣勝負となると、大昔に使ったきりでしょう」
「へー……」
「盾もありますね」
シスが壁を見上げていた。
壁に丸い盾も飾られていたが、そちらも光り輝いている。
「本物が神の国ではなく聖地にあるんですね。まあさすがに盗む人はいないだろうけど」
「そうですね。普通の人間には触ることもできないでしょう。大神がお生まれになったとき、この剣と盾を持っていたそうです。大神が剣を一振りするだけで、海が割れるほどの力があるそうですよ」
「すごい」
「今は聖地に光りの力を満たすために、これらの神器はここに置かれています」
「なるほど」
スペードも剣をじっくりと眺めている。
「スペード様も見るの初めてなんですか？」
ゆりが聞いた。
「はい。初めてです。さすがすごい力を感じますね」
「ここは巡礼者も入れない場所なんですよ」
ビスコーが言った。
「え？ そうなんですか？」
ゆりは驚いている。
「特別ですよ」
クーガが微笑んでいた。
アシュランの神殿を堪能し、神殿の外に出ると、もう太陽が沈んできていた。
「もうこんな時間なんだ。あ、灯台がある。クーガ様、あそこにいけますか？」
岬に大きくて高い灯台があるのが見えた。
「行けますよ。ではちょっと行ってきます」
クーガはゆりと子供達を連れて移動した。
「スペード殿、ゆり様はどういった方だと思います？」
ビスコーがスペードに聞いていた。
「考えても無駄って気がしてきました」
とスペード。
「マリカさんは何かご存じですか？」
ビスコーがマリカに聞いた。
「私にもわかりません」
マリカは微笑んで答えていた。
灯台の一番上に、ゆりと子供達はひとっ飛びしていた。
「すごく高いね」
「本当だね。太陽が沈むよ。キレイだね」
西の海に太陽が沈んでいくのが見えた。
「本当にキレイね」
海を眺めていたゆりだったが、いつの間にかクーガに寄り添っていた。ゆりの左目は蛇の目になっている。
「あの、子供の前ですが」
クーガは困ったように言った。
「二人とも、クーガ様、恋人にしちゃったんだ」
蛇の目のゆりはあっさり暴露した。
「え？ そうなの？」
「さすが母様だね」
子供達は驚いていたが、喜んでもいた。
「じゃあこれからもクーガ様に会えるんだね。うれしいな」
「そうだね。僕もクーガ様好きだからうれしいな」
さすが蛇の国の子供達である。
「王様やみんなにはしばらく内緒にしといてね。というわけで、クーガ様、ちゅーして」
ゆりは上を向いて唇を突き出している。
こどもたちは「どーぞどーぞ」と言って海を眺めていたので、クーガは軽くゆりにキスしていた。
「あのスペードさん、恋人にする気じゃないでしょうね」
クーガは小声でゆりに聞いていた。
「スペードさんねえ、どうだろう。ちょっと難しそう。もうあんまり会えないだろうしね。そろそろ帰る時間かあ。聖地旅行、楽しかった？」
ゆりが二人に聞いた。
「すごく楽しかったよ」
「うん。すっごく楽しかった」
「よかったね」
「「うん」」
４人は灯台から降りて、ビスコー達がいる場所まで戻った。
「では食事を食べてから帰りの支度ですね」
ビスコーが言った。
「最後に海の幸を一杯食べて帰りましょう！ クーガ様も一緒に食べましょう」
黒目のゆりは最後に張り切っていた。
「はい」
一同はアシュラン神殿の横にある魔方陣で、入り口に戻ることにした。マリカとはここでお別れだった。
「またね。マリカ」
「はい。どうかお元気で」
ゆりとマリカは握手をして別れた。
魔方陣を抜けて、聖地の入り口付近へと戻ってきた。
ゆりはここぞとばかりにレストランで料理を頼みまくり、「そんなに食べられるんですか？」とクーガは驚いていた。
ゆりはお腹いっぱいになってレストランを出た。もう辺りは薄暗い。
ビスコーとスペードはゆりの荷物を持ってきてくれていた。
「私も楽しい二日間でした。ありがとうございます」
ビスコーがゆりにお礼を言っていた。
「こちらこそ、本当に楽しかったです」
「名残惜しいなあ」
ラギが言った。
「また来たいね」
とシス。
「うん」
「ゆり様、次にいらした時も、絶対に私を指名してくださいね。絶対ですよ」
ビスコーはゆりに念を押すように言っていた。
「はい、そういう機会があったらお願いしますね。ビスコーさん、お願いがあるんですけど」
「はい」
「私、グレン様の絵がどうしても欲しいんです。昨日買った絵と同じサイズで、職人さんに描いてもらっていただけません？」
「わかりました。できましたら蛇の国に送りますね」
「お願いします」
子供達は二人とお別れの握手を交わしていた。
「スペード様、付き合ってくださって本当にありがとう。会えてうれしかったです」
ゆりもスペードの手を握りしめていた。
「私も楽しかったですよ。また来てください」
「はい！」
最後だったので、ゆりはクーガの視線は気にせずにスペードの手を握りしめていた。
ゆりと子供達は大量のお土産を抱えて、「さようなら」と笑顔で去って行った。
「いやーすごい二日でしたな。あんなに神々に会えるとは。クーガ様はゆり様のことご存じなんですか？ どういった方なんですか？」
ビスコーがクーガに聞いた。
「ただの王妃様ですよ」
「それだけではないでしょう」
「そのほかは知りません」
クーガはなにげにスペードを見て、スペードの右手首に目を留めた。クーガは「ちょっと失礼」と言ってスペードの腕に手をかけて曲げていたのでスペードが驚いていた。
「なんですか？」
「これ……」
スペードの右手首に植物の蔓のようなものが１本まきついている。しかも、小さい花のつぼみが一つついていた。
「え？」
「これですよ。これ」
「え？ なんですか？」
「見えないんですか？」
「え？ 何がですか？」
スペードにはさっぱり見えていないようだ。クーガは手を離した。
（見えないとはなんて鈍い男だ。花のつぼみ、あれが咲いたらどうなるんだ？ すごく気になる）
クーガは意味ありげにスペードをじろじろ見ていたので、スペードは「一体なんですか？」と聞いていた。
「なんでもありません。それでは」
クーガは（まったく……本当になんて気が多い……）と思いながら消えたのだった。
ゆり、シス、ラギの３人は、無事城へと戻ってきた。ゆりの部屋にはミカエルとヴィラ、シャナーンが待っていた。
「王妃！」
ゆりを見るや、ミカエルは大喜びでゆりを抱きしめていた。
「ミカエル〜」
「無事帰ってきてくれてよかった」
「ヴィラ〜シャナ〜ン」
ゆりはヴィラとシャナーンとも抱き合っていた。
「楽しかったですか？」
同じく待っていたミラが聞いた。
「うん、すっごく楽しかったよ！」
ラギが答えた。
「王様に会いに行こう！」
とゆりが言った途端にラクシュミが部屋に現れた。
「ゆり、お帰り」
「王様ー！」
ゆりはラクシュミに抱きついていた。ラクシュミはゆりの頭をなでている。
他の子供達もゆりの部屋にやってきた。犬のジロウも一緒である。ジロウはゆりに会えてうれしそうに尻尾をふっている。
「おみやげー」
「はいはーい」
ゆりは子供達にお土産を配ったのだった。ゆりはミシェイラにはクーリーフンの人形と絵画、レーヌにはオルガの絵画とペガサスの木像、ナナミにはアリアスの絵画を渡していた。
ロイにはライオネルの木像である。
「やった、クーだ！」
「トーだ！」
「アリアス様、かっこいい」
ナナミもそこそこ喜んでいた。
「ライオネル様イカス！」
とロイも喜んでいる。
ラギとシスは、クーリーフンに会えたことだけ内緒にして、サラディンやオルガ、グレンに会えたことや、神殿の様子などをみんなに聞かせていた。ミカエル達もナナミ達も興味津々で聞いている。
ゆりはラクシュミに抱きついていたが、ミカエルに手招きされてミカエルにくっついたり、シャナーンにくっついたりしていた。
「あ、ヴィラ、ザクロをもらったから一つユリウスに持っていってくれる？」
「いいですよ」
ゆりはザクロを一つ入れた袋をヴィラに渡した。
「みんなには、ガーベラのお花のバッジを買ってきた。ガーベラの信者の証ね」
ゆりは小さいピンクの花のバッジを男達の襟につけていた。
「私は、どちらかというと王妃の信者ですよ」
とシャナーン。
「それでもいい」
「あ、火の神殿でイシュタールに会わなかったですか？ 会えたら会うって言ってましたよ」
ミカエルが言った。
「ううん。会ってないよ。でも、サラディン様がなんだか変だったから、あっちにいたのかも？」
ゆりはようやくそこで、あれはイシュタールが頼んだのでは？ と気がついていた。
「疲れただろう。今日はぐっすり寝るんだぞ」
ラクシュミが言った。
「私は王様と寝たい」
とゆり。
「魚くさいから明日な。明日」
「ガーン、そんなにくさい？」
ゆりはミカエルに聞いていた。
「少し」
「私は全然平気ですよ♪」
とシャナーンは微笑んでいた。
「ハロルドの乱入があると思ったんだけどねえ。平和だっただけに後が怖かったりして？」
蛇の目のゆりが出て来て言っていた。
「ハロルド様も聖地で王妃に会いたかったでしょうにねえ」
とミカエル。
「聖地でまで怒られたくないわよ」
「それで、スペードさんはどうなったんですか？」
ヴィラが聞いた。
「あっちの私はアタックしてたけど、ちょっと無理だった感じ？ 独身ってことにしてがんばってたけどね」
「こらこら」
「母様、額縁一杯いるね」
ナナミが言った。絵のお土産が大量にあるので、額縁も一杯いりそうだ。
「そうね。明日職人さんに来てもらおうね」
「あ、ガーベラだ」
ラクシュミはガーベラの絵画を発見していた。なんと上半身ヌードである。
「二枚あるの。王様はどっちがいい？ もう一枚はハザーク様にあげるから」
ガーベラの水浴場面で、二枚は仕草が違う。一枚は立っていて水に入ろうとしている絵、もう一枚は、泉の周りの草の上に座っている絵である。どちらも腰から下は布が巻き付いている。
「どうしよう。迷うな」
ラクシュミは本気でどっちにしようかと悩んでいた。
「こっちがいいですよ」
ミカエルが座っている方を指していた。
「そうか？」
「断然こっちですよ」
「じゃあこっちにしよう」
「休憩室に飾りましょう」
「そうだな」
ラクシュミもうれしそうだった。
こうして、３人の聖地旅行は平和に終わったのだった。
他の恋人達も知らせを聞いて、「王妃が無事帰ってきてよかった」と喜んでいる。
ゆりは魚臭いといわれたので、仕方なく一人で夜眠ったのだった。
（どの神殿もよかったけど、人間グレンには驚いたなあ。神様、ありがとう。楽しかったですよ）
ゆりは聖地での出来事を思い起こしながら眠ったのだった。
その二日後のことである。神の国でハロルドは対話の間で聖地の神官と会っていた。
「ロー元気か？」
「はい元気ですぞ」
と鏡に映っている老齢の神官が答えている。ローは白髪交じりの青い髪を後ろに束ね、口ひげも生やしていた。昔神官戦士として活躍していた男である。
「今日はいかがいたしました？」
「いかがいたしましたじゃない。お前が死にそうだと聞いて心配していたんだぞ。すごく元気そうじゃないか」
「少し前、腰痛で寝込んでおりましたからな。別に死ぬほどのことはないですぞ。そのようなことを言ったのはだれですか」
「リッツだ」
「ああ、それで、いろいろくださったんですね。ありがとうございます」
ローは頭を下げていた。ハロルドは精力がつく食べ物などを神殿にごっちゃり贈っていたのだった。
「まあ元気そうでよかった。年なんだから気をつけろ」
「はい」
「何かそっちで変わったことはあるか？」
「変わったことといえば……数日前、すごい女性が巡礼にやってきたとかで、聖地はその女性の噂でもちきりですな。わしは残念ながら会ってはおらんのですが、小僧らはガーベラ様だ、などと
たわけたことを言っておりましたなあ」
「ガーベラ？」
「なんでも神々が諸手を挙げてその女性を出迎えたやら、いやー本当の話なんでしょうかねえ」
ローは首をかしげている。
「神々ってだれだ？」
「クーリーフン様とオルガ様は神殿でその女性を待っていたらしく、サラディン様が現れたり、ラクア様がその女性に贈り物をしたとか。巡礼で一人の神様に会えれば幸運と言われておりますからのう。それが３人もの神様が現れたのですから、噂になるのは当然ですが……どうかなさいました？」
ハロルドが考え込んでいる風だったのでローが聞いていた。
「いや、その女性の外見はどうなんだ？」
「黒髪で」
「黒髪」
「耳が丸い女性らしいです」
「耳が丸い！？」
「ああ、そうだ。スペード殿がその女性を二日つきっきりで案内したそうですぞ」
「なにいい！？」
ハロルドが突然大声をあげて腰をあげたので、ローはびっくりしてのけぞっていた。
「い、いかがされました？」
「いや、なんでもない」
ハロルドは腰を下ろしていた。
（あの女、聖地に来たのか？ どうやってきたんだ？ まさかクーリーフンに頼んだのか？）
ハロルドの脳裏に、『スペード様にどうしても会いたいの。聖地に行かせて』などとクーリーフンに頼むゆりの姿が浮かんでいた。
（なんという行動力、あの女には王妃だという自覚はあるのか？）
国を抜け出して男に会いに行くなど、まともな王妃のすることではない。
（いや、元々まともな王妃じゃないか）
などとハロルドはゆりが聞けばむっとするようなことを思っていた。
「まあお前が元気そうでよかった。それじゃな」
「はい」
ハロルドは鏡を閉じた。
（それにしても、クーリーフンとオルガが出迎えるのはわかるが、ラクアとサラディンはどうしてだ？ あの二人にもばれたのか？）
そこがハロルドにはさっぱりわからなかった。
「とりあえず、クーリーフンをとっちめてやる」
ハロルドはペガサスに乗って雲の上の神殿から飛んで行った。
その頃クーリーフンはガーベラの神殿にいた。神殿には他にラーズとガーベラもいて、ガーベラは大きなブラシでラーズの翼を整えて、「気持ちいい？」などと聞いていた。
「気持ちいいよ」とラーズは答えている。
クーリーフンは大きな瓶の中をのぞいていた。
「お母さん、そろそろ花を新しくしなきゃ」
「そう？ じゃあ後で新しいの咲かせておくわ。それ処分しといて」
「うん」
クーリーフンがひしゃくで花をすくっていると、部屋にずいっとハロルドが入って来た。
「クーリーフン、ちょっと話がある」
ハロルドは怖い顔で上から見下ろしていたので、クーリーフンは思わず、「やだあ」と言ったのだった。
つづく
１２部
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