第32話
神殿にはガーベラ、ラーズ、クーリーフンしかいなかったので、ハロルドは、「あっちのガーベラが聖地にきたそうじゃないか」と不機嫌そうに言っていた。
「あ。知ったんだ？ そうそう。楽しかったみたいだよ」
クーリーフンはそれとなくハロルドから離れながら言った。
「お前、私にだけ内緒にしてただろ」
ハロルドはクーリーフンに近づいて、指でクーリーフンの肩をついている。
「そんなことないよ。僕は、ラーズとオルガとグレンに言っただけだよ」
「サラディンとラクアもなんかしたみたいじゃないか」
「それは僕が言ったんじゃないし」
「ラクアはここで私に聞いたのよ。贈り物をするなんて優しいわよね。サラディンはどうして知ったのかしら。わからないけど、うふふ、びっくりしちゃった」
ガーベラは口に手を当てて笑っている。
「なんだよ。私は彼女に気を遣って出て行かなかったのに。こんなことなら出て行ったらよかった」
ラーズはぶーぶー言っていた。
「神が出過ぎたんじゃあやしすぎだろ！」
「彼女にはそれくらいの価値があるさ」
「ところで、聖地までどうやって行ったんだ？ しかもスペードに会わせるなんて」
「それは僕がやったんじゃないよ。アシュラン様だよ」
クーリーフンはハロルドから離れて言った。
「アシュラン？」
ハロルドにとっては想像外だった。
「今までがんばったご褒美みたいよ。だって、神の国でいっぱい貢献したもんね」
ガーベラが言った。
「嘘だろ。もしかしてあの女、アシュランに頼んだんじゃないだろうな」
ハロルドは恐ろしげに言っていた。
「違うわよ。本当にご褒美よ。アシュランが、彼女に提案したみたいよ」
「ほんとか？ いつアシュランに会ったんだ、まったく」
「まあいいじゃないの。ハロルドもあまりがやがや言わないのよ。もしかして、ハロルドも彼女を出迎えたかったの？」
「だれが出迎えるか」
ハロルドは憎々しげに言って去って行った。
(アシュランが彼女に褒美で？ かなり怪しいが、それにしてもスペードまでつけてやることはないだろう。二日つきっきりってもしや宿も？ 宿も一緒だったんじゃないだろうな）
「うーん」
神殿の外でうなっていたハロルドは、再びペガサスに乗り、雲の上の神殿に戻っていた。
そして対話の間で、今度はスペードを呼んだのだった。スペードは近くにいなかったらしく、来るまで少し時間がかかった。ハロルドは足を組んで待っていた。
「お待たせしました」
スペードはあわててやってきた感じで椅子に座っていた。
「突然悪かったな。ちょっとお前に聞きたいことがあって」
「なんでしょうか？」
「数日前、巡礼の女性について回ったんだって？」
「あ、はい」
スペードはうなずいていた。
「その女性、お前にぞっこんだったらしいじゃないか。どんな女だったんだ？」
「え……」
スペードは固まっている。
「美人だったか？」
「なんというか、不思議な女性でしたよ。神々に好かれている女性でした」
スペードは言葉を選んで言っている感じだった。
「お前はどうなんだ？ その女のこと、好きになったのか？」
「いえいえ、彼女には夫がいますから」
「それでも、お前と一緒に回ったんだろ？ 彼女の方はお前にその気だったんじゃないか？」
「カードの私がよっぽど素晴らしい働きをしたんでしょう。私とは特には」
「愛人になってくれ、とか言われたんじゃないか？」
「愛人？ まさか」
スペードは目を見開いている。
「一緒の宿に泊まってやったんじゃないのか？」
「……何か勘違いされてないですか？ 彼女は大神の招待客ですよ。確かに私は一緒にいましたが、
宿は御子様と一緒に泊まられてますし、私はそこまで一緒ではありません」
スペードははっきり言った。
「そうか」
スペードが頭をかいた時、右手首に何かが見えた。
「何をつけてるんだ？」
ハロルドが聞いた。
「え？ どこですか？」
「右手首だ。何かまいてるだろ？」
「え？」
スペードは自分の手首を見ているが、自分ではわからないようだ。
「？？ そうか。まあいい、突然呼んで悪かったな。行っていいぞ」
「はい」
ハロルドは鏡を閉じた。
（あの女、完全に振られたんだな。二日でスペードをものにする気だったんだろうに全くなんとも想われていないとは。そりゃそうだ。外見がガーベラならいざ知らず、あの姿だからな）
ハロルドはゆりのことを（ざまあみろ）と思ったのだが、いろいろ考えていると、ゆりが気の毒にも思えてきた。
（せっかく思い切ってスペードに会いに行ったのに何もないとは……もしかして、夜誘ったのにあいつがその気にならなかったとか。それで逆に軽蔑でもされたか？
スペードもそこまで私には言えなかったのかも。まあ、ガーベラではなくあの姿で勝負したところは立派だが、無謀だったな。
一族でもない男をその気にさせるのは無理だ。だが、ちょっと待てよ。あの女を好いている私の立場はどうなるんだ。ガーベラではないあの姿にも魅力があるはず。
この私が欲情する女なんだからそうだろう。それなのになんとも想わないなんて、あいつ、失礼なやつだな。あの女、今頃スペードに振られてがっくりきてるんだろうに）
ハロルドは最後にはスペードにちょっとむかついていた。それならスペードがゆりの相手をしていたらよかったのかというとそういうわけでもないだろう。ハロルドの心情も複雑らしい。
ハロルドの想像の中では、振られてがっかりしているゆりの姿が浮かんでいる。
ガーベラでいい寄ったのなら腹が立つが、自分の姿でいい寄って玉砕したってところを哀れに思ったようだ。
ハロルドはもう一度対話の鏡を開けていた。
「誰かいるか？」
鏡に映ったのは、鏡をふきんで拭いている若い神官の姿だった。どうやら鏡をキレイにしていたようだ。
「あ、ハロルド様、リッツです。お会いできてうれしいです」
若い神官はうれしそうである。
「リッツ、ローはまだ近くにいるか？」
ハロルドが聞いた。
「はい、おりますよ。呼んできます」
「頼む」
再び老齢の神官がやってきた。
「おお、ハロルド様、何度もお会いできてうれしいですぞ」
ローは喜んでいる。
「なあ、ロー、スペードなんだが、仲が良い女はいるのか？」
ハロルドは鏡に顔を寄せて聞いた。
「え？ スペード殿ですか？」
「恋人がいるという話は聞いたことがないが、実は私が知らないだけでいるんじゃないか？」
「いないんじゃないでしょうかね」
「仲が良い女の一人くらいいるだろう」
「仲が良いというか、リティアには毎回楽しそうに稽古の相手をしてあげているようですが」
「リティア？」
ハロルドの脳裏に、自分を慕う女の子の姿が浮かんでいた。そのリティアも、いまやたのもしい神官である。
「リティアか。よし、二人を結婚させろ」
「え？」
ローは小さい目をぱちくりさせていた。
「スペード殿は、妖精ですが？」
「妖精と人間の結婚なんてよくある話だ。仲が良いんなら結婚させろ。年の功でなんとか二人をくっつけろ。頼んだぞ」
「えーハ、ハロルド様」
ハロルドは鏡を閉じてしまった。
（スペードがその気にならなかったのは、結婚するからだ、といえば、あの女も、自分に魅力がないせいではないと思ってほっとするに違いない。しかも完全にスペードのことは諦めるだろう）
「いい案だ」
ハロルドは一人うなずき、対話の間を去って行ったのだった。
さて、困ったのは聖地側である。突然スペードとリティアを結婚させろと言われたローは、とりあえずスペードに話をもっていってみた。スペードはぽかんとして、「何の冗談ですか？」と返している。
「ハロルド様がそうしろと」
「なんで突然そんな話になるんですか？」
「わしにもさっぱりわからん」
二人で首をかしげている。
その日の夕方、リティアが任務を終えて聖地に帰ってきた。茶色い髪のポニーテール、小柄でかわいらしい顔の女性である。リティアはハロルド神殿の前のハロルド像に近づき、「ハロルド様〜帰ってきましたよ〜」と石像にすりすりしている。
「お風呂に入ってキレイにしてきますね♪ もう瞬間移動はしたくない。誰かに連れて行ってもらおうかなあ」
などと言っていたら、先ほど別れたばかりの仕事仲間、ローラが歩いて近づいて来た。
「良いところに来た。お風呂に連れて行ってよ」
「風呂どころじゃないわよ。あんたひどいじゃないの。恋人がいながら私に内緒にしていたなんて！」
ローラはなぜか怒っている。ローラは背が高い金髪の女性で所属は火の神殿である。
「え？ 恋人って？」
「スペード様と結婚するんでしょ？ 火の神殿でも噂になってるわよ」
「へ？」
神殿の中からローと他の神官達が出て来た。
「リティア、おめでとう」
「いやーいい話だ」
「おめでとう！」
などと神官達は手をたたいている。
「一体何の話ですか？」
リティアはわけもわからず青ざめている。
「ハロルド様が、スペード殿とリティアを結婚させろと言ってきている。ま、同じ神官同士、気も合うだろうし、よかったじゃないか」
ローは作り笑いを浮かべて言った。
「何を言ってるんです。私は結婚なんてしませんよ。しかもなんでスペード様と結婚しなきゃならないんですか。相手は妖精ですよ？」
「ま、よくある話じゃないか」
とロー。
「聞いたことないですよ！」
リティアは怒っている。
「えー全然知らないの？ スペード様恋人じゃないわけ？」
ローラは残念そうだ。
「違うわよ！」
「でもまあ、ハロルド様がせっかくおっしゃっているんだから、結婚してみたらどうだ？」
とロー。
「スペード様、わりといい男だしいいじゃない」
「よくない！」
みんなでがやがや言っていたらクーガが通りかかった。クーガは偶然ではなく、スペードの手首の花が気になってスペードを見に来ただけだった。
「騒いでどうしたんですか？」
神殿の外で数人が言い合っていたので、クーガは気になったようだ。
「クーガ様、聞いてくださいよ。みんなが私を強引に結婚させようとするんです」
リティアは半泣きでクーガに訴えていた。
「そんなめちゃくちゃな。一体どういうことなんですか？」
クーガが聞いた。
「私にスペード様と結婚しろっていうんです。妖精様と結婚なんて無理ですよ。なんとかしてください」
「相手はスペードさんなんですか？」
「神様の意向なんですよ」
ローが言った。
クーガは表情をころっと変えて、「いい話じゃないですか」と言い出した。
「え？」
「是非結婚したらいいと思いますよ。おめでとうございます。来月にもしましょう。大神の神殿で盛大にお祝いしましょう！」
クーガはリティアの両手を握りしめて笑顔で祝福していた。
「はあ？！」
リティアは唖然としている。
「クーガ様もこうおっしゃっていることだし」
ローがぽんぽんとリティアの肩をたたいた。
「ぜったいに嫌です！！」
リティアは走って逃げてしまった。
「結婚式、何日にします？」
クーガはローに聞いていた。すでに結婚式の日取りまで決める気でいるようだ。
「クーガ様、なぜそこまで乗り気なんですか」
とローラが聞いた。
「だって、めでたいじゃないですか」
クーガは微笑んでいた。
（結婚なんて絶対にいや！！！）
坂を下っていたリティアは、前方から歩いてくるスペードに出会っていた。
「あ」
スペードもリティアに気がついた。
「スペード様、私のことそんないやらしい目で見ていたなんて、ショックです！」
リティアはスペードに近づいて怒っていた。リティアの背は並の大人の女性の中では低い方なので、二人の身長差はかなりある。
「いや、見てない。全然見てないぞ」
スペードは横に手を振っている。
「結婚なんてしませんからね」
リティアはだっと通り過ぎて行き、すっころんでいた。
「大丈夫かー？」
スペードが声をかけている。
「大丈夫です」
リティアは振り向かずにすたすた歩いて行った。
（……あいつをかわいいやつだとは思っているが、そういうかわいいじゃないんだが……なぜハロルド様がそんなことを言い出したのかさっぱりわからん）
スペードは不思議に思っている。
ちなみに対話の間は神の方からの一方通行なので、こちらからハロルドを呼ぶということはできなかった。連絡手段は何もないというわけではない。何かとんでもないことがおきて神の判断を仰ぎたい場合には、アシュランの神官長に頼んで神の国に連絡してもらうのである。今回の場合は人の命に関わったことでもないので、連絡するわけにもいかなかった。
（まあいいか、そのうちに理由を聞く機会もあるだろう）
スペードはハロルド大好きのリティアをちょっとかわいそうに思いつつ歩いて行ったのだった。
蛇の国では、自分のせいでそんなことになっているとは知らず、ゆりはここ数日恋人達とひっつきまくっていた。クーガのことがあったので後ろめたさもあり、恋人達にサービスしまくっている。
イシュタール、シャナーン、ミルキダスは素直に喜んでいたが、ミカエルとフリットはゆりがあまりに乗り気だったので、「もしかしてガーベラ様？」と疑い、ハインリヒは「王が相手してくれないんですね」と疑い、
ヴィラは「なんか悪いことでもしたんでしょ」とそっちを疑っていた。
「え？ そうなんですか？ 王妃」
一緒にいたジュノーが聞いた。
「まさか、違うわよ。聖地に行って、みんなへの愛を再確認したの」
ゆりは目をきらきらさせてもっともらしく言っていた。
「どうも怪しい」
「もしかして、スペードさんと何かあったとか？」
ジュノーはそっちを疑った。
「スペード様は硬派よ。人妻に手なんて出さないの」
「振られたんですね」
ヴィラが言った。
「王妃、かわいそうに。まあ、一族の男じゃないんですからしょうがないですよ。それよりもカール君ですよ。王妃からのアプローチを待ってる感じですが」
「うう、わかってるんだけど、なんか悪い気がして何もできない」
「このままじゃ彼もかわいそうですよ」
ヴィラが言った。
「そうかなあ」
「そうです」
「うーん」とうなっていると、ゆりの左目が蛇の目になった。蛇の目のゆりは、ジュノーに抱きついている。
「ねえ王妃、教えてくださいよ。あっちの王妃はどの程度スペードさんをくどいたんですか？」
ヴィラが聞いた。
「別にベッドに誘ってもいないわよ。あっちが好きなのは『硬派なスペードさん』なんだから、そんなちょっと会っただけの女の相手なんてするわけないじゃない。あっちは手をつないだだけですごく喜んでたわよ。純よねー」
「想像がつくなあ」
ジュノーは想像している。
「王妃は余計なことしてないでしょうね」
「してないわよ。そういえば、スペードさんがいる時は出てないわ。全然代わってくれなかったわ」
蛇の目のゆりは今気がついていた。
「ならいいですけど」
「ジュノーチュー」
「んー」
二人は熱烈に口づけていた。
（なんかおかしい気がするんだがなあ……）
ヴィラは鋭い勘を働かせていたが、ゆりがクーガとひっついたことまでは想像できなかったのだった。
11の月に入り、酒祭りがあった。シスとラギ、ロイ、ナナミはムサカ、カールと一緒に祭り見学に出かけていった。ムサカとカールは初めてのこの時代での酒祭りである。
過去のアナスターシャも過去の時代の酒祭りを楽しんでいるのだろうか、と皆で噂したりもした。
「王妃、お祭りのクッキーを持ってきましたよ」
ユリウスとジュメがゆりの部屋にやってきた。
「ありがとう」
二人は聖地旅行の後、ここに来るのも2回目である。ユリウスはザクロをもらって翌日にゆりにお礼を言いに来ていた。ユリウスは血色もよく、精神的にも落ち着いているようでゆりも安心している。
ゆりはグレンにもらった３つのザクロのうち、一つは自分がもらい、もう一つはユリウスへ、最後の一つはカーラにあげていた。ザクロジュースは全部自分で飲んでいる。
「王妃がいない間、ジェナサイトがジロウ君を庭園で見たらしいですよ。それが怖くて触れなかったみたいなんです」
ユリウスがゆりの横で座っているジロウを見ながら、笑いながら言った。
「えー？ こんなに温和な顔立ちをしてるのにねえ」
ゆりはジロウの頭をなでている。
「小さい頃、野犬にかまれそうになったことがあるみたいで」
「そうなんだ。ジロウ君はかまないもんね」
「わん」
ジロウは当然とばかりにほえていた。
「賢いですね」
とジュメ。
「そういえば、王妃聞きました？ 南の街の大きな教会、建て替えなんですが、すごく有名な方が設計してくださるんですよ。すごい教会になりそうだって、他の街の牧師さんが悔しがってますよ」
ジュメが笑いながら言った。
「へーそうなの」
「ステンドグラスがついたり、教会の天井には神々の絵を入れるとかで、画家も数人呼ぶみたいですよ」
「えーすごいじゃない。結構お金がかかるんじゃないの？ 王様奮発したねえ」
「クーガ様の提案みたいですよ」
「え？」
「資材やら画家の賃金やらは聖地負担でしてくださるらしいですよ」
「えー？ 聖地ってこっちがお金を捧げるもんじゃないの？」
ゆりは驚いている。教会の話は全く聞いていなかった。
「普通はそうなんですけどねえ。クーガ様は立派な教会を建ててみんなにもっと神様を身近に感じてほしいみたいです」
「へー……でも、他の街とそんなに差がついちゃっていいのかな」
「いいんじゃないですか？ 南にはあまり観光名所がありませんから。この話はほかの国には内緒って言ってました。クーガ様、この国が気にいってくださったんですかね」
「そうだといいね」
ゆりはちょっとぎこちなく笑っていた。
「あの方、本当にキレイですよね」
ユリウスが言った。
「でも、王妃の好みは男らしいタイプですよね」
とジュメ。
「うん、そうね」
ゆりはやっぱり作り笑いを浮かべていたのだった。
ゆりはその後ラクシュミに会いに行った。ラクシュミは広間で酒の試飲をしていた。一緒にヴィクターもいた。
「王妃、今日もキレイですよ」
「ありがとう。将軍も素敵よ。ねえ王様、南の町にすごい教会を建てるんだって？ さっき聞いて驚いちゃった」
ゆりはラクシュミに聞いた。
「あ、そうそう。ん？ 言ってなかったか？」
「うん。天井画とか入れるってほんと？」
「天井画？」
ラクシュミがヴィクターを見た。
「小さいのを入れるみたいですよ。教会の外観と内装ができたら、画家を呼ぶらしいです」
ヴィクターが答えた。
「そうなのか？ へえ、そりゃすごい」
「王様他人ごとみたいに」
「教会のことは他の者に任せたからな。話が決まったら教えてくれと言っておいた。土地の広さは限られているから、そんなすごいのは建てられないだろう」
「そうなの？ でもものすごいのができたらどうする？」
「一年くらいで建て替えたいって言ってましたから、そんなにすごいのはできないですよ」
ヴィクターが言った。
「そうなの？ １００年がかりとかで建てたらどうしようって思っちゃった」
「まさかまさか」
ラクシュミもヴィクターも笑っていた。
「教会一つのためにそんなに長い間人足人を雇えるわけないだろう」
「それもそうね。どんな教会ができるんだろう。楽しみだな」
「画家って聖地から来るのか？」
ラクシュミがヴィクターに聞いた。
「そうじゃないですか？」
「すごいな。私も楽しみだ。無事隠居できたら、お前と一緒に実際に見に行こう」
「うん！」
ゆりは大喜びでうなずいていた。
「あ、じゃあ私もそれまで見ない方がいい？」
「お前は見ていいぞ。私も魔法では見る」
「隠居後デートね。楽しみだなあ」
ゆりはうきうき気分で広間を出て行った。
そんなゆりの様子を見ていたヴィクターは、「王妃はいつまでたってもかわいいですねえ」と言っていた。
その夜、ゆりは夢で神の国に行けたので、「神様にお礼を言いに行こう！」と張り切っていた。最初にいたのはガーベラの神殿である。今日はクーリーフンもいなかった。
「とりあえず、怒られないうちにハロルドに報告したほうがいいかなあ。言ったら怒られそうだけど」
会わなくても怒られそうなので、ゆりはとりあえずハロルドに会いに行った。
ハロルドは自分の神殿の前の草地でジェイクに剣の稽古をつけていたようだ。
「ハロルド〜」
ゆりが手を振ると、ハロルドはジェイクの相手をやめて近づいてきた。
「ちょっといい？」
「ジェイク、今日はもう終わりだ」
「はーい」
ジェイクが手を振っていたので、ゆりもジェイクに手を振った。ハロルドが側に来た所でゆりは、
「あのね、私、聖地のハロルドの神殿に行ったんだよ。ハロルドの神殿、すごく立派だったよ」
と言っていた。
「さすが立派な神様だなって思ったの。じゃあそういうことで、またね」
ゆりはさっさと去って行こうとしていたので、ハロルドは素早くゆりの腰帯をひっぱっていた。
「ちょっと、とれるじゃない」
「もっと他に言うことがあるだろ」
ハロルドは腰帯をしっかりつかんでいる。
「ハロルドの、大理石の像がステキだった」
「他には」
「神官達が、みな親切だった」
「他には」
「えーと、ハロルドの神官、ひげ率高いね」
ゆりはしまいにはしょうもないことまで言っていた。ハロルドが目を細めている。
「お前、スペードをくどきに行っただろ」
ハロルドがずばりと言った。
「え？ 違うわよ。私は純粋に、日頃お世話になってる神様に祈りを捧げようと」
ゆりは斜め上を向いて手を合わせている。
「嘘つけ」
「確かに一緒に神殿を巡ってもらったけど、そんなくどくだなんて」
「それで振られたんだろ？ ほんのちょっぴりもその気になられなかったんだろ」
ゆりは「う……」とうなっていた。
「そこまで言わなくたっていいでしょ」
ゆりは口をとがらせている。
「ガーベラでくどいたほうがよかったんじゃないか？」
ハロルドは意地悪げに言っていた。
「それじゃ意味ないもん。それに、それだけが目的で行ったわけじゃないし」
ハロルドは腰帯から手を離した。
「まあ、振られるのもしょうがない。あいつは近々結婚するんだ。女がいるんだからな」
ハロルドはここぞとばかりに言った。
「え？ ほんと？」
ゆりは目をまん丸くしていた。
「だから、お前に魅力がなくて振られたせいじゃない。がっかりするな」
「相手は妖精？」
「いや」
「神様？」
「人間だ」
「人間？ えーそうなんだ……」
（彼女がいる男にあんなにひっついて喜んでたんだ？ 私ってば……しかも相手は人間なんて。『君がおばあちゃんになっても愛してる』とかそういうやつ？ すっごいじゃない。そんなに愛するなんてどんな女性なんだろう。きっとすごくすてきな女性なんだろうな）
「スペード様、幸せになってね」
ゆりはどこか違う所を向いて言っていた。
「教えてくれてありがとう。スペード様がその女性と幸せならそれもまあいいか。じゃ、私行くところあるから」
ゆりはハロルドに手を振っていた。
「どこに行くんだ？」
「ラーズとオルガに会って、それから雲の上にも行かなきゃ。忙しいの。じゃあね」
ゆりはさっさと移動してしまった。
「まったく……相変わらず私を優先しない女だな。そういや、あの二人結婚したかな？」
ハロルドはここでそのことを気にしていたのだった。
一方聖地の二人は、いくら神様の御言葉とはいえ、すんなり結婚するわけもなかった。リティアはあれからハロルド神殿にも顔を見せていない。ハロルド神殿にこなくても他の神殿経由で仕事の内容を聞くことはできるが、聖地にいるのに神殿に来ないのは珍しいことである。
「愛しのハロルド様にあんなことを言われてショックだったんだろうなあ」
と神官達は思っている。
「リティア、自分の家にも帰ってないみたいなんですけど」
「スペード様に夜這いでもされると思ってるのかな？」
「するか」
スペードはうんざりして言っている。
ここは野外にある神官達の稽古の場である。
「そんな話をする暇があったらかかってこいよ。おら」
あれ以来周りがうるさいので、スペードの機嫌は悪かった。稽古でも力を込めすぎて、相手をしてもらっている神官達が困っている。
「もー勘弁してください」
神官達はヒーヒー言っている。
「全く情けない」
スペードは隅にあるベンチに腰を下ろしていた。そこにやってきた人物がいた。クーガである。
「結局結婚しないんですか？」
「しませんよ」
「残念ですねえ。せっかく予約していたのに」
クーガはスペードの右手をちらりと見ていた。まだ花はつぼみのままである。
「あなたはなぜそこまで結婚させたいんですか」
「めでたいじゃないですか」
「じゃあ、あなたが誰かと結婚なさってください」
スペードはクーガを見上げて言った。
「私はいいです」
スペードがここでクーガに会うのは珍しいことだった。
「クーガ様は、剣は使えるんですか？」
スペードが単なる興味で聞いた。
「剣ですか？ 使えますよ」
「意外ですね。あなたが剣を持った所をみたことがないので、剣を振るったことなどないと思ってました。是非手合わせしてほしいですね」
「剣の達人のあなたとですか？ 冗談でしょう」
「本当は、使えないんでしょう？ あなたは魔法の達人なのだから、別に見栄をはらなくても良いと思いますが」
スペードの挑発めいた視線にクーガは涼しい視線を向けていたが、
「そうですね。剣だけでは私は負ける。魔法込みでいいのなら、お相手してもいいですよ」
と返していた。他の３人の神官達は、二人のやりとりをぎょぎょっとして聞いている。
「いいですねえ。楽しそうだ」
スペードは立ち上がっていた。
「私の剣、使いますか？」
スペードは自分の剣を抜いてクーガに渡していた。クーガは剣を受け取り、振るってみている。
「ぼっちゃまには重いですかねえ」
「平気です」
他の神官達があわてて近づいてきた。
「スペード様正気ですか？ クーガ様に傷でもつけたらどうするんですか！」
他の神官達はさすがに止めようとしていた。スペードは並の達人ではないのである。
「まさかちょっと傷ができたくらいでお父様に泣きついたりはしないでしょう。ねえ」
スペードはクーガをちらりと見ている。
「ご心配なく、私はこの顔が別に好きでもないので、顔に傷がついても一向にかまいません」
クーガは剣先を上に立てて、刀身を眺めている。
「えええー！」
二人は戦う気満々である。どうしてこうなったのやら、他の神官達はさっぱりわからなかった。
「ご婦人方が泣きますよ。顔はなるべくやめときます」
スペードは他の神官から剣を借りようとして貸さなかったので、強引に奪っていた。
「スペード様ってば！」
「心配ない。この人はそんなやわじゃない」
「でもー……」
「あなた方は離れていてくださいね。魔法が飛んでも知らないですよ」
クーガが３人に言った。
スペードの闘志に火がついてしまった。こうなるとだれにも止められないことを神官達は知っている。
剣技に生きる男は、常に自分よりも上の存在を求めるものなのだ。
しかもクーガの方も、なぜかいつもと表情が違っている。信者に見せる優しい表情はどこにいったのやら、今は凄みさえ感じるではないか。
「いいですねえ。本当のクーガ様に会えそうだ」
スペードはむしろ喜んで、草地の真ん中に歩いて行った。クーガも続いている。
「おい、止めろよ」
「えー無理だろ。お前止めろ」
「見たい」
「止めなきゃだめだろー」
「でも見たい」
「オレだって見たいが、スペード様が後でお叱りを受けるんじゃないか？」
神官達は二人の戦いを止めなきゃと思っていたが、見てみたいという好奇心も抑えられなかった。ここにいるだれも、クーガが実際に戦う所をみたことがないのである。
剣技の達人対魔法の達人、一体どちらに軍配があがるのか。
さて、ハロルドと別れたゆりはというと、ラーズにお礼を言い、オルガにお礼を言った後に雲の上の神殿でアシュランにもお礼を言っていた。
「聖地旅行とっても楽しかったです。ありがとうございます。ちょっとグレンを借りますね」
ゆりは断りを入れてから裏にいたグレンを引っ張って雲の上の神殿の横に連れて行き、
「グレンありがと〜あれ、とってもおいしかった」
とグレンの頬にちゅっとしていた。
その後ゆりはラクアとサラディンのほっぺにもチュッとして、人間界に戻ったのだった。ゆりだけはのんきなものである。
つづく
１２部
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