第34話
小高い草地には１本の大きな木が生えている。男はそこから見渡す風景が好きだった。草原には風がふき、時折小さなつむじ風が起こっている。「風の妖精が遊んでいるよ」、と、いつも誰かが言ったものだった。
遠くには城壁に囲まれた城が見える。大きな川沿いに建てられた城で、川沿いにある街からは小舟が一日何往復もされていた。城下町は喧噪にあふれているが、ここは静かなものである。
草原を行き交う大きな獣は、男がこの世で最も美しいと思う獣。今は腹も満たされているのか、獣たちも穏やかに草原を歩いている。
大きな木の下で日射しを遮るように寝そべっていた男は、自分の横に生えている花のつぼみに目を向けた。気がついたらそのつぼみをつけた花はずっとそこに生えている。これ１本きりである。
他に、同じような花は見当たらない。一体どんな花が咲くのか、花に疎い男にはさっぱりわからなかった。大きな花ではなさそうだ。つぼみは5．6センチほどの長さで下を向いている。
茎には長細い葉っぱが二枚ついていた。
黒い大きな獣が近づいてきた。男が獣の頭をなでると獣は気持ちがよさそうに目を細めていたが、獣は花のつぼみに目を向けると、鼻面をひっつけて、クンクンと匂いをかぐような仕草をしていた。
「お前も気になるのか？ 」
世界が白くなってきた。どうやら思い出もここまでのようである。男の夢はそこで終わった。
ゆりが聖地旅行に行って帰ってから１５日ほどが経ち、額縁が城に届いた。
ゆりの部屋では、ミカエルとフリットが壁に神様の絵を飾ってくれている。小さい絵だがずらりと並ぶとなかなか良い。ゆりが横並びがいいと言ったので、神様の絵は棚の上の壁に横に並んでいる。
絵の順番は、左からハロルド、ラーズ、オルガ、サラディン、ラクア、サントス、ジンラである。
「これはどうしますか？」
フリットが中身がない額を手にとっていた。
「壁に釘だけうっといて。額は棚に置いといてくれたらいいわ。絵ができたら飾るから」
「はい」
犬のジロウが絵を見て「ワンワン」吠えていた。
「ジロウ君、ハロルドがわかる？」
「ワン」
ジロウは一番左の絵を見て尻尾を振っている。
「やっぱりハロルドが一番好き？」
「ワン！」
ゆりはジロウの頭をなでている。
「ハロルド様だけ半裸ですね」
ミカエルが言った。他の神は服を着ているが、ハロルドはなぜか上半身は裸で、剣の柄に手をかけてポーズを取っている。
「ハロルド様は、肉体美が売りだから」
とゆりが言った。
「神様に対してそういうこと言っちゃだめですよ」
「肉体美が素晴らしいから」
ゆりは言い換えた。
「まったく、ハロルド様の神殿で他の男といたんでしょ？ 今度ハロルド様に会ったら怒られるんじゃないんですか？」
ミカエルは呆れた様子である。
「もう会ったよ。それで衝撃の事実を聞いた。スペード様は結婚するらしいです」
「え？ そうなんですか？」
「うん」
「そりゃあ、王妃にとってはよかったじゃないですか。あきらめがついて」
とミカエル。
「まあね。スペード様は私の中では憧れ枠に入ったからいいんだ」
ゆりが言った。
「あこがれ枠ってなんですか？」
フリットが聞いた。
「憧れ枠は、私が、顔をみるだけで幸せって人。今の所ジンラ様が入ってるから、騎士のスペード様は二人目かな」
「はあ。まあいいじゃないですか。これ以上恋人が増えなくても」
フリットが言った。
「うん」
イシュタールが部屋に入ってきた。
「額ができたと聞いたので見に来ました。サラディン様、ステキですねえ」
イシュタールは自分のもう一人の主の絵をみて満足げだった。
「王妃、知ってます？ イシュタールの屋敷にはどでかいサラディン様の絵画があるんですよ」
ミカエルが言った。
「え？ そうなの？ 今度見せてね」
「はい」
イシュタールはうれしそうだった。
無事他の部屋の壁にも絵が飾られた。王の休憩室では、いつでも半裸のガーベラが微笑んでいる。ハザークの部屋でもそうだ。ハザークの部屋にやってきたへびっちは、ガーベラの絵を見るとすごく喜んでいた。
「へびっちもガーベラが好きなのか？」
ハザークが聞くと、へびっちはうんうんうなずいている。
「そうか。へびっちはもう元気になったのか？ その、侍女達が、いろいろ待ってるみたいだが……」
ハザークはちょっと遠慮がちに言っている。
「ぼちぼちでいいから再開してやってくれ」
と頼むと、へびっちは無邪気な顔で首をかしげていたのだった。
さて、聖地である。今日は肌寒い風が吹いている。リティアは神殿に顔を見せるようになったが、まだ元気がない。
（そろそろハロルド様と話をしなきゃだめだな）
とスペードは思っていた。
（どうやってわたりをつけようか……）
少し離れた所を風の妖精が飛んでいるのが見えたので、スペードは、
「今日は聖地に神様がいらっしゃってないですか？」
と聞いてみた。
「神様？ ウィル様ならさっき見たわよ」
「どこにいらっしゃいました？」
「船着き場」
スペードが船着き場に行ってみると、船から下りた信者達が一人の宙を浮いている神を囲んでいた。
「遠い所よく来たね」
宙に浮いているのは風の神ウィルだ。
「ウィル様だ」
「ウィル様」
信者達はさっそく神様に会えてうれしそうだ。風の神ウィルはなかなか気さくな神である。
スペードは彼らが通り過ぎるのを待ってからウィルに声をかけたのだった。
その日の夕方、ようやく対話の間にハロルドが現れた。スペードはほっとした様子で、椅子に座っている。
「話があると聞いたがなんだ？」
ハロルドが聞いた。
「私の結婚のことなんですが」
スペードが切り出した。
「結婚したか？」
「いえいえ、してません。リティアは別に私が好きでもないのでかわいそうですよ。撤回してあげていただけませんか」
スペードが言った。
「お前達、仲が良いんじゃないのか？」
「そういう仲が良いではありません。リティアの理想は、『金髪』で『頼りがいがある』男性なんです」
スペードは、（あなたですよ）と思いながら言っていたが、
「そうなのか……」
とハロルドにはさっぱり伝わっていなかった。
「わかった。もう結婚のことは忘れていい」
「なぜ突然そんな話になったんですか？」
「え？ まあ、いいかなあと」
ハロルドはかなり歯切れが悪そうに答えていた。
「リティアにも声をかけてやっていただけませんか？」
「いいぞ」
スペードはリティアを呼びに言った。
一方ハロルド側である。
二人が実際に結婚しなくても、ゆりはしばらく聖地に行かないだろうし、まさか結婚を確かめることはしないだろうと思ったのだった。
（確かに妖精と結婚しろってのも強引すぎたか……）
と今更ながらに思っている。
鏡の前にリティアがやってきた。リティアはハロルドを見るや、ぼろぼろと涙を流している。
「ハロルドさまぁ……」
「ど、どうした？」
リティアの涙の元凶は自分だったが、ハロルドはつい聞いていた。
「……スペード様と結婚しろだなんてひどいですう」
ハロルドにとっては、リティアはまるで小動物のようなかわいい存在である。
「そんなに嫌だったか。すまなかったな。そうだな。お前にはもっと若いいい男の方がよかったな。あんなおじさんじゃ釣り合うわけないな」
ハロルドは申し訳なさそうに言っていた。
「お前はこんなにかわいいんだもんなあ。私がどうかしてた。お詫びに何か贈るぞ。何がいい？」
「ハロルド様になでなでしてほしいです」
リティアはうるうるした瞳を向けていた。
「そんなんでいいのか？ じゃあ今度行ったらしてやる」
とたんにリティアの瞳が輝いていた。
「本当ですかあ？」
「ああ」
「うれしいです。すっごくうれしいです！！」
リティアは椅子から飛び上がらんばかりに喜んでいる。
「やったあ、やったあ！」
「近いうちに行くからな」
「はい！」
対話の間からリティアが踊りながら出て来たので、他の神官達は一瞬固まっていた。
「ハロルド様が今度なでなでしてくださるって。スペード様、ありがとうございます」
リティアはスペードの手を握りしめていた。
「いやー結婚話があってよかった。ハロルド様になでなでしてもらえるなんて、超うれしい！」
「よかったな」
スペードは苦笑している。
「なでなで〜なでなで〜」
リティアはくるくる回りながらスキップして部屋を出て行ったのだった。
神の国では、「相変わらずかわいいやつだな……」とハロルドがつぶやいていた。
（リティアはアリアスのところにいるあいつらにそっくりだな）
あいつらとは、アリアスの神殿にいるでかいリスのような神獣のことである。
（スペードとひっつけようとして悪かったな。金髪で頼りがいがある男か……今回のお詫びに、今度は普通の人間でいいやつがいたら会わせてみるか）
ハロルドはリティアの気持ちを全く理解せずにそう思っていたのだった。
さて蛇の国では楽しい酒祭りは終わり、戦士達による合同練習やら、様々な魔法の訓練などが大がかりに行われていた。戦がないからといって平和ぼけしてばかりはいられない。
力は使わないままだとなまってしまうのだ。ちなみにこの訓練でだめなものは中級戦士から下級戦士に降格されることもあるので、戦士達も必死である。
逆に下級戦士から中級戦士にあがることはなかなかに難しい。今行われている訓練には100人ほどが参加している。半分に分かれて、向かい合い、片方は攻撃魔法で攻撃、片方は防御魔法で防ぐ訓練である。
ミカエル達上級戦士は判定係である。カールは今日はムサカと一緒に傍らのベンチで見学している。全員が一度に参加することはできないので、訓練は３日にわたって行われるのである。
「ルーク様、おかげでオレ、魔法がちょっと得意になりました♪」
体に一匹の蛇が出て来たジェナサイトは、中級戦士の中でも順位をあげている。以前よりも格段に魔力があがっているのである。
少し離れた所には子供達が勉強のために見学に来ていたのだが、ジェナサイトは息子のフランツにＶサインを送っていた。
「まったく、あいつは演習中に気を散らすんじゃない」
救護班としてひかえていたユリウスは、そんなジェナサイトを見てぶつぶつ言っていたが、（こっちを向かないかな？）とも思っていた。
防御側にいたジェナサイトは、なんと最後まで防御しきっていたので、ジェナサイトは自分でも「やったあ！」と喜んでいた。最後まで残っていたのは50人中５人である。
「ユリウス、やったぞ！」
ジェナサイトはユリウスに両手をあげて振っている。ユリウスは思わず、「やったな」とこちらも手を振っていた。
「ユリウス様ってあんな感じだったっけ？」
フランツの側にいた子供が聞いた。
「ははは」
フランツは乾いた笑い声をあげていた。
「一時間休憩」
との声があり、戦士達が散った。
今日は子供達の勉強もかねているので、休憩時間の間は、子供達が代わりに出て来て、大人の教育を受けることになっている。
ジュノーが、ベンチに座っているカールが泣いているのに気が付き、近づいて行った。
「どうかしたの？」
「え？ いえ、なんでもありません」
カールは涙をふいていた。
「そう？」
カールは、（皆さん、魔力もそんなにないのになんてけなげに戦われているんでしょう）と、泣いていたのだった。カールがいた世界でいうならば、花屋の主人や服屋の主人が戦っているようなものなのである。
（魔力もそんなにないのに……）
横にいたムサカにはカールが思っていることがわかったのか、「絶対に口に出すでないぞ」と小声で言っていた。
魔力が過去の時代とは雲泥の差ではあったが、これはこの時代の人々のせいではない。一族の数が少ないのも、彼らのせいではない。
（これでよく戦を乗り切ってきたものだ）
ともカールは思っていた。
「もしかして、魔力が弱まっているというのは、世界的にいえることなんでしょうか？ 我が一族だけではなく、他の一族もそうなんでしょうか」
カールがムサカに聞いた。
「それはあるじゃろう。龍が昔と同じほどの魔力をもっておったなら、もうとうの昔に滅ぼされていたであろう。世界的に力が弱まっておるのかもしれんな」
「少し安心しました」
「カール様、ご指導お願いします！」
子供達の声がかかったので、カールは子供達の側に移動した。
（ハインリヒがいうように、圧倒的にコマが足りん。使えるコマがあれだけしかいないのではなのう……）
ムサカは一人座ったまま杖に手をあてて考え込んでいる。ちなみに使えるコマは上級戦士の連中をさしていた。
側にエルバートがやってきた。
「なあ」とムサカに声をかけたところからみて、エルバートではなくカーライルのようだ。
「今日楽しい物を見せてくれると言っていたろう？ 何を見せてくれるんだ？」
「後のお楽しみですぞ」
「そうか、なら私も、面白いものを見せよう」
「ほお、水蛇殿がですか？」
「いや、魔法を使うのはカールだ。多分ムサカ殿も知らない魔法だぞ」
「ほう、それは楽しみですなあ」
ムサカは興味を惹かれたようである。
一時間の休憩が終わり、再び子供達は隅に座り、戦士達が集まってきた。この場にヴィクターがやってきた。
「みんな真面目にやってるか？ 」
「はい」
と戦士達が返事をしている。
「じゃあ将軍、後よろしく」
ミカエルはそういって自分はベンチに座っていた。
ヴィクターの元にカーライルが近づいてこそこそ話していた。続いてカーライルはカールを呼んでいる。
カーライルは次に、攻撃側の戦士達をさらに半分にわけていた。男ばかりを選んでいる。
ほかの者達は何をしているんだろうと、そちらを見ていた。
カールが戦士達に魔法をかけたようだった。
「じゃあはじめ！」
ヴィクターが始まりの言葉をかけた。
カールに魔法をかけられた連中は一瞬きょとんとしていたのだが、他の仲間が攻撃魔法を発動させると、何かが、彼らの中ではかわった。
「ん？」
それを見ていたハインリヒや採点係で後ろにいたヴィラ、ジュノー達は、男達の様子がおかしいと感じている。そしてベンチに座ってみていたムサカも。
戦士達の瞳が、蛇の目に変わっているのである。
防御側は魔法から自分を守るシールドをはっている。攻撃側は炎魔法で攻撃し、魔法をかけられた連中は、右手に浮かべた炎をぶんなげるや、自分達も敵に向かっていった。
「乱戦に移行するかも。がんばれ」
ヴィクターはそれを止めもせず防御側に言っていた。
「ええー！！」
ちなみにジェナサイトは今攻撃側にいて、しかも魔法をかけられた連中の中に入っている。攻撃側は剣は持っていなかったが、至近距離で魔法を発動させ、防御側に向かって行った。
驚いたのは防御側である。こんな乱戦になるとは聞いてはいない。
「ほら、反撃してもいいから戦え」
とヴィウター。
ジェナサイトは宙を飛ぶや両手に浮かべた炎を防御側に投げつけ、自らも向かって行った。他の連中もそんな感じで光のつぶてのようなものを投げつけたり、体を回転させて敵を殴ったりしている。
ヴィラもジュノーももはや採点どころじゃなく、「どうなってんだ？」と驚いていた。
攻撃側が圧倒的有利になってきた。防御側からは負傷者が出て救護テントに運ばれている。
「ミカエル、お前達も入ってなんとかしろ」
ヴィクターが仕方なく言い、ミカエルやフリット達までかり出されて、攻撃側の相手をする羽目になっていた。
カーライルがムサカの側にやってきた。
「な、驚いただろ？」
「これはどういう魔法なのですか？」
明らかに魔法をかけられた連中は、正気を失っているかのようである。闇雲に相手に攻撃しまくっている。
「カール、そろそろ魔法を解こう」
「はい」
カールは解除魔法を唱えた。攻撃していた男達は次々と膝をつき、「ああ疲れた」と言ってぐったりと草の上に寝転んでしまったのだった。
「過去の魔法か？」
ミカエルがハインリヒに聞いた。
「さあ、私も見たことない魔法だが」
話を聞こうとカーライルの周りに人が集まっていた。
「今のは、私の息子、カールが見つけた魔法だ。前に過去に行った時、それを発見してきたんだ」
カーライルは胸を張り、言っていた。
「初めて見たろ？ な」
「初めてではないですよ」
とヴィクターが言い出した。
「え？」
「さっきの魔法、見たことがあります」
「そうなのか？」
「私は知りませんけど？」
ミカエルが言った。
「あれは、アナスターシャ様が産まれる時の戦、未来からやってきた王族の御子様が、そんな魔法を使っていたんです。戦士達は一定の時間、蛇の目になっていたり、通常以上の力を発揮して動いていた」
「え」
ミカエルとフリットはその時ゆりの側にいて、戦場にはいなかった。
「あ」
「ああ！」
ヴィラとジュノーが声を上げた。二人は魔法をかけられた側だったのだ。
「え？ どういうことですか？」
ハインリヒはすぐに理解できなかった。
「うーん……そうか。あの魔法は、カーライル様が、ナナミ様に教えてくださったんだ。きっと。それで大人になったナナミ様は、過去に行った時に使ったんですよ」
ヴィクターが自分でも納得するかのように話していた。
「えー？」
途方もない話にカーライルは口を開けている。
「ナナミ、あの子にそんな大がかりな魔法が使えるようになるかな」
カーライルは首をかしげている。
「魔法石を使ったんじゃないんですか？」
カールが言った。
「そうなのか？ ってことは、私が来るずっと前に、魔法石は使われていたってことか。なんともややこしい話になってきたなあ」
「すごいな。未来と過去がいろいろからまりあってきたな」
ミカエルが言った。
「ってことは、私って結構重要人物じゃないか」
カーライルは自分で言っていた。
「カーライル様は最初から重要人物っぽかったですよ」
ジュノーが言った。
「そうか？ ところで、ムサカ殿のはいつみせてくれる？」
カーライルはかなり機嫌が良さそうに聞いた。
「わしのは、明日見せることにしましょう。ハインリヒ、明日は絶対来るように」
ムサカはハインリヒに言った。
「嫌な予感」
ディランがここにいたら、「逃げた方がいい」と言うかもしれない。
カールに魔法をかけられた連中は、まだぐったりしていた。反動も結構あるようだ。
軽いけが人が多数出たので、今日はお開きになった。
カーライルはその後ゆりの部屋にやってきて、「王妃、聞いてくれ。私はすごい重要人物なんだぞ」と自慢げに言っていた。
「カーライル様は重要人物ですよ。いろいろと」
ゆりは真顔で答えた。
「そうか？」
「そりゃそうですよ。もうカーライル様の存在は、私達にとっては大事ですよ」
ゆりは今日のことは知らなかったが、カーライルがいろいろ助けてくれていることは知っているのでそう言った。
「そうか。じゃあ酒をなんかくれ」
カーライルが手を出していた。
「酒蔵の好きに持っていっていいですよ。別に、いつでももっていっていいですよ。王様は文句言わないですよ？」
「好きに持ってけと言われると持っていきづらいだろう。何かの報酬でもらうってのがいいんだ」
「そういう律儀なところが好きですよ。あ、そうだ。食堂に、この前の酒祭りの時の試飲のお酒が残ってますよ。棚に一杯あったから好きなだけどうぞ」
ゆりは結局安い酒をすすめていたので、カーライルは横目で見ていた。
「もしくは、王様の休憩室なら、もっといいのもありますよ。好きなのもらっちゃったら？ 王様に頼んであげますから。一緒に来てください」
ゆりだけではどれがいいのかわからなかったので、ゆりはカーライルを連れて王の休憩室に行った。
ラクシュミはちょうど休憩室にいて、フリットとミカエルもいた。
「王様、カーライル様にお酒をください」
「ん？ ああ、どうぞ」
「ちょうど今日の話をしていたんですよ」
ミカエルがカーライルに言った。
「そうか」
カーライルは休憩室に入ると、壁にあるガーベラの絵画に目を向けた。
「ガーベラの胸は、芸術的だな」
カーライルがそう言ったので、ゆりは、「さすがわかっていらっしゃる」とうれしそうだった。
フリットがお酒の棚を開けて、カーライルが棚の中のお酒を眺めた。
ゆりはラクシュミの横に座った。
「今日のことってなあに？」
「今日、カーライル様が面白い魔法を見せてくださったんです」
ミカエルが言った。
「みんなの前でアイスでも作ったんですか？」
ゆりが聞いた。
「それ、面白いか？」
カーライルは酒瓶から１本取り出した。
「これが欲しい」
「どうぞ」
「じゃあな」
カーライルはお酒を持って去って行った。
「しかし面白いな。過去感じていた謎が一つ一つ解明されていくんだからな。次はどんな謎がわかるんだろうな」
ラクシュミは楽しげだった。
「そうですね」
とフリット。
「何の謎？」
「子供達の謎だ。お前がアナスターシャを産んだときに来てくれた子供達、ロイ、ナナミ、シス、かなりの確率でこの３人なんだが、その時いろいろ疑問があって、それが今日一つ解明された」
「へーそうなんだ」
「ナナミの魔法がわかった。次はシスの魔法だな。その前に来たアナスターシャの魔法も気になるし、お前のブレスレットといい、面白いじゃないか」
「未来の子供達か、すごいよね。どうやって私の世界に行ったりするんだろうね」
「そうだな」
謎はまだまだ一杯ありそうだ。
その夜、ゆりは自分のベッドで眠っていた。聖地旅行から帰ってからの王様とのラブラブは散々済んでいる。ラクシュミからは「もうそろそろ勘弁してくれ」とやんわりと言われてしまった。ゆりとしては、王様への愛を示したかっただけなのだが。
ゆりはその夜夢を見た。綺麗な草原だったので神の国かと思ったが、姿はそのままである。ゆりは裸足で、寝ている時に着ていた白い寝間着姿だった。
「良い風〜ここはどこだろう。まあ、どこでもないのかも。ん？ あれは？」
草原の向こうは森なのだが、草原に寝そべっている大きな猫のような獣がいる。
「あれ？ でかい猫、じゃないし、もしかして豹？」
真っ黒で尻尾が長いのやら、黄色にヒョウ柄の模様の豹もいた。
（でかっ！ そしてこわっ！ まさか襲われないよねー、夢だし）
ゆりは毛があるかわいい動物は大好きだが、さすがに豹をかわいいと言ってなでる気にはならなかった。豹と距離をとっていたら、寝そべっていた黒い豹が起き上がり、こちらに歩いて来た。
「え？ こっち来ちゃだめ。お願いこないでー」
ゆりは早足で逃げている。だが本気で追いかけてきたらすぐ追いつかれるだろう。
ゆりはしまいには本気で走って逃げて、小高い丘にある大木の所まで逃げた。
「はあ、はあ、はあ、疲れた……」
ゆりは肩で息をしていた。
「え？」
その声でゆりははっと下を向いた。大木の側に男が一人寝そべっていたようである。
「え……え？」
ゆりは驚く男の顔を見て、さらに驚いていたのだった。
つづく
１２部
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