第37話
蛇の国は本格的な梅雨の時期に入った。毎日雨がしとしと降ったりやんだりを繰り返している。
半妖精のイシュタールは、今年も梅雨の間は神の国にやってきた。
「サラディン様、こんにちは。この間はありがとうございました。王妃、むちゃくちゃ喜んでましたよ。こちら、王妃からのお手紙です」
イシュタールは懐から手紙を二通取り出して、一通をサラディンに渡していた。
「手紙？」
「はい。サラディン様に渡してほしいって王妃が」
「私は人間の文字はよくわからん。お前読んでくれ」
「わかりました」
イシュタールはゆりの手紙を開けて読んだ。
「親愛なるサラディン様、まさかお姿を拝見できるとは思いませんでした。しかも、お声までかけてくださるとは。あの時はあまりに驚いていたのでぼんやりしてすいませんでした。本当にうれしかったです。ありがとうございます。
できたらまたサラディン様にお会いしたいです。そして素敵なお顔を間近で眺めたい。イシュタールと一緒に火の神殿に行きたいくらいです。ゆり 以上です」
「……本当にそんなことが書いてあるのか？」
サラディンは途中から目を見開いて聞いていた。
「いえ、途中から私が付け加えました」
「付け加えるな。びっくりするじゃないか」
「それが王妃の気持ちなんです。王妃は恥ずかしがり屋さんなので、そこまで書けないらしくて」
イシュタールは超真面目に言っていた。
（こいつ王妃のことになると、本当に困ったヤツだな……）
サラディンはそう思っていた。
「あの、王妃にもう一通手紙を預かってきました。急ぎではないんですが、梅雨の時期は人間界は手紙の便が悪くて、聖地に届けたいんですが、できますか？」
「聖地か。いいぞ。おい、特別な袋を持ってきてくれ」
サラディンが他の妖精に頼んだ。妖精は革製の平べったい袋を持ってきてくれた。
「これは燃えにくい袋だ。これに入れてあちらに渡せばいい」
「ありがとうございます」
イシュタールはその袋をつぼの炎ごしに聖地に渡して、聖地の神官に頼んだのだった。
蛇の国では天気は悪く、今日は子供達は城にこもりっきりである。ゆりはスペードへの手紙をイシュタールに託していた。そちらは急がないので、すぐ届いたらラッキーである。
「手紙かあ、たまにはみんなに手紙でも出そうかなあ。案外喜ぶかも？」
ゆりは雨で外に出られなかったので、そういう気分になった。
「まずは王様に書こうかな。考えてみれば、王様に手紙なんて書いたことないし、今までの感謝の気持ちを伝えよう」
ゆりはいそいそと手紙を書き出した。
昼には手紙を書き終わり、ゆりはラクシュミにすぐ手紙を持っていった。
「王様、私の気持ちを文章にしました。読んでください」
「？ ああ」
ゆりは恥ずかしかったのですぐに王の間を出て行き、次に恋人達に手紙を書こうとまたペンを持っていた。
するとシャナーンがやってきた。シャナーンは紙袋を持ってきた。
「王妃、街で売っている人気のパンを持ってきました」
「えーとてもうれしい♪ ありがとう」
ゆりは喜んで紅茶を侍女に頼み、パンを食べることにした。丸いパンで、乾燥したラズベリーやら木の実が入っている。
「おいしい！」
シャナーンは、うれしそうに食べるゆりを見て微笑んでいる。シャナーンにとってはゆりの笑顔が最高の報酬である。
「女性に人気みたいですよ。手紙を書いていたんですか？」
机の上には便せんや、インク、ペンが置いてあったのでシャナーンはそう思った。
「そうなの。たまにはみんなに手紙を書こうかなって思って。シャナーンにも書くよ」
「ええ？ すごくうれしいです。でも、恋人を外す、とかいう手紙じゃないですよね？」
シャナーンはちょっと不安そうである。
「違うよ。普通に、日頃の感謝を伝えようと―」
「王妃！」
突然ヴィラが部屋に瞬間移動で入って来て、ゆりはびっくりした。
「王妃、大丈夫ですか？ 熱は？」
ヴィラはゆりの額に手をあてている。
「え？ 何？ 突然」
「今王の間に行ったら、王が『ゆりが死ぬんじゃないか？』って言ってましたよ？」
「え？」
続いて医師のフレイもゆりの部屋に入ってきた。フレイもあわててやってきたようである。
「王妃、具合はどうですか？ 大丈夫ですか？ 熱は？」
フレイもゆりの額に手をあてたり、首に手をあてたりしていた。
「え？ フレイまでどうしたの？」
「王がすごく王妃を心配してますよ。死ぬんじゃないかって」
「なんで？」
「本当に大丈夫ですか？」
ヴィラが聞いた。
「大丈夫よ」
シャナーンは何事かと目をぱちぱちさせている。
「一体何があったんですか？」
ヴィラが聞いた。
「え？ 何もないわよ」
「本当ですか？」
フレイが聞いた。
「何もない。元気よ」
そこにラクシュミがやってきた。
「ゆり、本当に大丈夫か？」
ラクシュミは不安そうな目でゆりを見ていた。
「王様ったら、どうして私が死ぬなんて思ったの？」
ラクシュミはゆりが持っていった手紙を手に持っていた。
「ここに、38年間お世話になりました、と書いてある」
「え？」
ヴィラがラクシュミの横からゆりの手紙を読んだ。
「本当だ。書いてありますね」
手紙はフレイにも渡った。
「確かに書いてありますな」
「それは、これからもよろしくお願いしますねって意味で書いたの」
「紛らわしすぎるだろ」
「えー？」
「愛する王様へ、王様に出会ってもう38年になりますね。３８年間お世話になりました。私はあんまり良い妻じゃなかったけれど、王様は変わらず私を愛してくれて、私は本当にうれしいです。王様に出会えて幸せでした」
ヴィラが手紙を読んだ。
「え？ 『でした』って書いてある？ 間違えちゃった。王様に出会えて幸せですって書いたつもりだったけど」
ゆりは頭をかいていた。
「ゆり、紛らわしいだろ。遺言みたいなことを突然書くんじゃない」
「ごめんなさい」
なんでもなかったのでラクシュミとフレイは安堵して去って行った。
「もー王妃ってば死ぬほど心配しましたよ」
ヴィラはゆりを睨んでいる。
「ごめんなさい」
「どうして突然手紙なんて」
「実はね、聖地にいるスペード様と文通することになったの。でも、私手紙ってアヤコさんにしか書いたことないから、ちょっと文字に慣れようと思って、王様やみんなに手紙を書こうかなって思ったの」
「まだスペードさんのこと諦めてないんですか？」
ヴィラは呆れている。
「スペード様結婚するって聞いたんだけど、本当は違うみたい。彼女もいないみたいだから、とりあえず文通をして、私の存在をちょっとアピールしようかなって」
「アピールしてどうするんですか」
「いえ、スペード様は、もう王妃にぞっこんだと思います。聖地の二日間だけで王妃に恋愛感情を抱いてしまっていると思いますよ。ああ、なんてかわいらしい女性だろうと思ったに違いありません」
シャナーンが絶対そうだとばかりに言っていた。
「そんなことはないんだけど、スペード様、手形を送ってくれるんだー。楽しみだな」
「手形？」
「うん。文を書くのは苦手だから、手形で返してくれるって」
「……それ、聖地流の手紙を断るジョークじゃないんですか？」
ヴィラが言った。
「違うわよ」
「私は、王妃の手形が欲しいです」
シャナーンが頬をピンクに染めて言っていた。
「ほんと？ 私もシャナーンの手形がほしい♪ 今交換しようか」
「はい！」
「ヴィラの手形もついでにちょうだい」
「手形なんてどうするんですか」
「せっかくだから恋人みんなの手形を集めようかな。楽しそうじゃない」
何が楽しいのかヴィラにはさっぱりわからなかった。
ゆりは結局ヴィラとシャナーンに手形を押してもらったのだった。シャナーンはゆりの手形をもらって喜んで去って行った。ヴィラはいらないのかと思ったが、ゆりの手形をちゃんと持っていった。
インクを手につけたので、洗ったのだが、ちょっと手の平が黒くなってしまった。
ゆりは机に二枚の手形を並べて、二人の手形を見比べていた。シャナーンの手の方が小さいかと思っていたが、二人の手の大きさは同じくらいだった。
（手形って結構面白いかも。一番大きいのはイシュタールの手かな。次はだれだろう……ミカエルかな、ハインリヒかも）
「あ、私すごいこと閃いた！」
ゆりは立ち上がっていた。
夕食の時間、ゆりは子供達に、「ちょっとお母さんのアイデアを聞いて」と立ち上がって言っていた。
「今度南の街の教会を建て変えるでしょ？ 神様の手形を展示してもらうってどうかしら。いいと思わない？」
子供達はみんなぽかんとしていた。
「神様の手形？」
ラギが聞いた。
「そう。神様の手形よ。神様の石像とかはどこにでもあるけど、手形って珍しいでしょ？ 神様の存在が生々しく感じられていいじゃない。南の教会はすごい人が作るらしいから、北の教会に展示してもらってもいいと思う」
「手形……へーなんか面白そうだね」
シスが言った。
「どうやって集めるの？」
「一番いいのは、粘土の塊を用意して押してもらうことかなあ」
「日時を指定して神様に来てもらうの、難しいんじゃない？」
ラギが現実的なことを言った。
「まあ確かにそうだけど……面白そうなのになあ。私が頼める神様といったら、ガーベラ、クーリーフン、ラーズ、オルガ、ハロルド、あとはグレン。サラディンはイシュタールに頼んでもらって、これだけの神様の手形があったら、
みんな喜ぶと思うんだけどなあ」
「ジンラ様は？」
ラギが聞いた。
「ジンラ様は私の正体に気づいてないから、頼みにくいな。でもどうやって手形を集めようかな」
「私は見てみたいな。神の国に行く時、粘土を持っていったら？」
ナナミが言った。
「私が移動する時に持ってくの？ それって、粘土と一緒に寝なきゃいけないけど」
ゆりは想像すると、とたんに面倒になってきた。人数分の粘土を運ぶのも、大変そうだ。
「やっぱりやめようかな」
「案は面白かったけどねえ」
とシス。
「僕、ライオネル様の手形がみたいな」
ラギが言った。
「マー、クーのおててだけ、もらってきて」
ミシェイラが言った。
「粘土に押してもらうのやっぱり大変そうだからこの案は却下」
ミシェイラはブーブー言っていた。
「ガーベラ様の手かあ、かわいいんだろうなあ。ガーベラ様の手だけ見たいなあ」
ラギは想像してにやけていた。シスにどうしてそんなことを思いついたのか聞かれたゆりは、スペードと文通することを話していた。
「手紙、ハロルド様に書いてあげたら？ スペードさんってハロルド様のところにいるんでしょ？ スペードさんばっかりかまってたら、スペードさんハロルド様に嫌がらせされちゃうよ？」
ナナミが言った。
「え？ 文通くらいで嫌がらせなんてしないでしょ。神様なんだし」
「そうかな」
「そうよう」
ゆりは言ったが、ハロルドに全部内緒ってのも、ばれたとき面倒なことになりそうではある。
（ハロルドには正直に言っといたほうがいいのかなあ）
とゆりは思っていた。
一方ところ変わって聖地である。聖地は梅雨ではなかったが、今日は小雨が降っていた。今日は巡礼者の数は少なく、手が空いた神官達は神殿の中の掃除をしている。
スペードは屋内の広い神官のトレーニング室で、他の神官とトレーニングをしていた。そこに、声がかかった。
「スペード様、火の神官がスペード様に用があるって言ってますよ」
「火の神官？」
スペードは入り口にいた神官に会いに行き、お辞儀をした。
「こんにちは。実は、あなたあての手紙を預かりました。手渡しで渡したかったので」
「ありがとうございます」
スペードは、封筒を一枚受け取った。裏返してみると表に、「スペード様へ、ゆり」と書いてあった。
「え？」
「返信されるのでしたら、8日以内にうちに持ってきていただいたら、渡すことができますよ」
火の神官が続けて言った。
「どうして火の神殿経由で来たんですか？」
「火の妖精様に頼まれたので」
「どうして火の妖精に頼まれたんでしょう？」
スペードにはさっぱりわからなかった。
「さあ、それは私にもわかりません。8日ですよ。じゃ、お願いします」
火の神官は去って行った。
「どうして8日なんだろう？」
スペードはしばらく封筒を眺めている。うっすらピンク色の封筒で、ちょっと良い匂いがした。
（彼女の謎が増えたな。返信か……本当に手形を送ったほうがいいのかな？）
スペードはちょっと悩んだのだった。
１２月１４日の夜、ゆりは夢で神の国に行く事ができた。クーガに会う前夜のことである。
ゆりはラーズやオルガからも会いたいと言われていたが、今日はどうしてもハロルドに会いたかったので、すぐハロルドの元に飛んでいた。ハロルドは雲の上の神々のサロンで、他の男の神と話している最中だった。
「ハロルド〜」
ゆりは部屋の入り口でハロルドに声をかけた。ゆりが二人っきりになりたいと言ったので、ハロルドはゆりを連れて自分の神殿に行ったのだった。
「子供達はいる？」
「えーと、今日はいないようだな」
神殿の中は静かだった。
「寝室に行こう」
ハロルドはゆりの手を引っ張った。
「その前に、今日はハロルドにお願いがあるの。些細なお願いと、重要なお願いがあります。どっちから聞きたい？」
「え？」
「どっち？」
ゆりは首をかしげて聞いた。ゆりは部屋の椅子に座り、ハロルドも椅子に座った。ハロルドはなんだか怪訝な表情である。
「些細な願いってなんだ？」
「ハロルドの手形が欲しいって言ったらくれる？」
「……え？ 手形？」
「ハロルドの手形を、教会に飾りたいの。信者のみんなはハロルドの手形をみて、ああ、なんて立派な手なんだろうって感激すると思うの」
ゆりは超真面目に語っていた。
「手形なんてどうやってやればいいんだ？」
「そこは天才ジェラルドが考えたら、閃いてくれるんじゃない？」
ゆりはジェラルドに丸投げしていた。
「ちなみに実際に神様の手形を飾ってある教会ってある？」
「さあ、聞いたことがないな。あ、そういや昔、私の拳でめり込んだ神殿の柱が、そのまま飾られていたことがあったな。それくらいかな」
「そうなんだ。じゃあ、ジェラルドにちょっと相談してみてね。じゃあ次に重要なお願いを言うわね」
「…………」
ハロルドはちょっと身構えている。
「前に、次に子供ができたら、好きなだけ海産物をくれるって言ったでしょ？ この前の聖地旅行でそれはかなったので、違う願いに変更していい？」
「なんだ？」
「スペード様と付き合う許可が欲しいの」
ハロルドは目を見開いていた。
「なんだって？」
「スペード様、結婚しないんだって、あれ、誤解だったみたいだよ」
「だれに聞いたんだ」
「本人」
「いつ会ったんだ？」
「スペード様と文のやりとりをして知ったの」
夢の話をするとややこしいので、ゆりはとりあえずそうしておいた。
「……スペードはその気はないんだろ？」
「はっきり断られましたよ。でも、とりあえず、今はスペード様のお友達になりたい。そして、もしかしたらいずれそうなるかもしれないし、一生お友達のままかもしれないんだけど、スペード様はハロルドの所にいるみたいだから、
内緒にして後でばれると大変だろうから、先に話をしておこうと思って」
ハロルドはゆりの思考回路がさっぱりわからなかったのか、頭に手をあてていた。
「お前、執念深すぎだろ。断られたのなら、さっさとあきらめろ」
「心底嫌われたらあきらめるわよ。今は恋人になるとかいう関係はまったくないけど、とりあえず許可だけください」
「……お前、そんなにスペードが好きなのか？」
ハロルドは呆れているのかゆりを哀れんでいるのか、とにかく微妙な顔付きだった。
「スペード様には縁を感じるんだもん」
「じゃあ、私とスペードならどっちが好きなんだ？」
「ハロルドに決まってるでしょ。ハロルドのことは、神の国では夫みたいに思ってる」
「夫？」
ハロルドはゆりの夫の顔を思い浮かべ、「お前の夫は一番つまらん位置にいないか？」と言っていた。
「そんなことないわよ」
「よく私にそんな話ができるな」
「だって、黙っていろいろするのもいやだったから。スペード様がハロルドと全然関係ないのなら黙ってたけど」
ゆりはクーガのことはハロルドに言うつもりはなかった。
「……まあ、実際のところ、本当に子供ができるなら、スペードだろうがだれだろうが、お前にくれてやってもいいくらいだ。子供は本当に貴重だからな」
「じゃあもし彼と仲良くなっても怒らない？」
「ただし、ガーベラでくどくのは反則だからな。くどくのなら、お前自身の姿でくどけ。スペードがお前に本当にその気になったのなら好きにしろ」
「わかった。でもくどくっていったって、実際にそんなに会えるわけじゃないし、取りあえず、文通ができたらいいなって。それで10年くらいしてまた聖地に行って、その時はくどいてみようかな」
「10年って……人間にとって１０年は結構長くないか？」
「いいの。今すぐどうこうじゃないもん。じゃあこの話はもう終わり。寝室に行きましょ」
ゆりは明るく言った。
「この流れでその気になれると思ってるのか？」
「だって、私もしょっちゅうハロルドに会えるわけじゃないし、とりあえず、夫に一番幸せになってもらわないとね」
ゆりはたっと寝室に行ってしまった。ハロルドは頭をかいた。
（相変わらず全く頭の中が読めない。そういやちょっと前にはグレンと付き合う許可をアシュランからもらってたっけ。そういうのが好きなのか？ ……まあいいか）
いくら考えてもばからしいだけなので、ハロルドは寝室に行った。
「ハロルド好き♪」
ゆりはすでにノリノリ気分になっていたので、ハロルドもまんざらでもない気分になってきてゆりを抱いたのだった。
行為が終わった後、ゆりはなんだか気分が悪くなってきた。
「おい、どうしたんだ？」
女神の顔色が悪い。
「うーん……」
「おい」
その時女神の体からふわっと金色のオーラが上に上がり、それは形を作るや下にぽてっと落ちてきた。
「あ！？」
「あ、気分悪いの治った。あ」
ゆりの横に、金髪のカールがかった髪の裸の男の子が寝転んでいた。
「えー嘘、赤ちゃんができちゃった。ねえ、妖精？ 神様？」
「神だ」
ハロルドが信じられないという表情で言った。
「すごーい、やったあ！」
ゆりは座って手をたたいている。
男の子はもう立ち上がることができるくらいの大きさだった。バリアスが生まれた時より少し大きい。男の子の手には、楽器のようなものが握られていた。
「ラッパ？」
楽器は金色で、ラッパみたいな形をしている。
「信じられん……お前、今日は狙って産んだだろ」
ハロルドはゆりに聞いた。
「神様は狙って産めないでしょ」
「さっきの流れで今日子供ができるっておかしいだろ」
「おかしくないわよ。ねえ」
ゆりは子供に言っている。子供は手に持っていたラッパを口にあてるや、「ぶー」とハロルドに吹いていた。
「うるさい」
「かわいい♪」
ゆりは男の子の頭をなでなでしていた。男の子はにこにこ笑っている。瞳は綺麗な青で、かわいい顔をしていた。
「とりあえず、さっきのことは、有効ってことで」
「なんだかすごいペテンにかかった気分だ。だが約束は約束だ。勝手にしろ。本当に狙って産んだんじゃないだろうな？」
「狙えないってば。私も今日できるとは思わなかった。１０年くらいでできればいいなあと思ってた。坊や、お父様にラッパ吹いてあげて」
「ぶー」
「うるさい」
ハロルドは耳に手を当てている。
ラッパは結構な音量だったので本当にうるさかった。
「とりあえず、名前を決めてもらわなきゃな」
「私もいきまーす」
ゆりは雲の上の神殿についていった。
子供を見たアシュランは本当に喜んでいた。子供は下半身だけ布がまかれてアシュランの膝の上に乗っていた。
「ガーベラ、やったじゃないか」
「やりました♪」
ゆりもうれしそうだ。
「この子、何の神だ？」
ハロルドが聞いた。アシュランは子供が持っている楽器をじっくり眺めた。
「ラッパ吹きだな」
「ラッパ吹き？」
「音楽系なの？」
ゆりは意外に感じていた。
「いや、戦い系だ。戦いのファンファーレを奏でる役目。結構重要だぞ。この子が大人になって素晴らしい音が出せるようになれば、序盤から戦いは優位になるだろう。今までお前が妖精達に力を与えていただろ？
それをいずれはこの子がやってくれるわけだ」
「へーそりゃすごいな」
ハロルドは驚いた様子である。
ヒルデリアがあわててやってきた。
「まあ、なんてかわいらしい！」
ヒルデリアは子供を自分の腕に抱いて頬擦りした。
「本当にかわいらしいのう」
「坊や、チューしてあげて」
ゆりがこっそり言うと、子供はヒルデリアの頬にちゅっとしていた。
「まあまあ」
ヒルデリアはデレデレである。ハロルドも微笑んでいる。
「そうだな、名前は……」
神の国で盛大に鐘の音が鳴り響いた。そしてその鐘の音は、聖地にも届くのである。聖地は夜明け前だった。
「神様がお生まれになったぞー！！」
こうなると聖地は朝からお祭り騒ぎである。
「一体どんな神様がお生まれになったんだろう？」
「ハロルド様とガーベラ様の御子様らしい」
これを聞いたハロルド神殿の神官達は皆ガッツポーズである。
「ハロルド様の御子様だ！ やった！ ５人目だ」
「お祝いだ。お祝いだ！」
「ハロルド様もお喜びだろうなあ！」
神官達は涙目で喜び、急いで神殿に行って、ハロルドの大理石の像に向かって「おめでとうございます！」とお祝いを述べたのだった。
翌朝、ゆりは自分のベッドで目覚めた。子供が産まれたので、ゆりもまだドキドキしている。
「まさか今日すぐに子供ができるなんてなあ。ヴァル、ヴァ、ヴァル。バじゃなくてヴァ」
子供の名前はヴァルである。
ゆりは神の国でもアシュランに発音を直されていたのだった。
「ハロルドうれしそうだったなあ……」
（子供が産まれたときのハロルドの喜ぶ顔が、すごく好きだな）とゆりは思っていた。あの顔が近くで見られるのも役得というものである。
―お許しも出たし、夢でスペードさんに会ったら、一気に攻めたらあ？
と声が聞こえて来た。
「いや、いいの。せっかくの憧れの人なのにもったいない。本当は遠くから眺めるだけで満足なの。そうい意味じゃミカエルも憧れ枠の人だな。あ、そうそう、箱の石はどうなっただろう」
ゆりはベッドから降りると部屋の棚まで行った。箱の石は、とうとう二箱目に突入したのである。
「また石かな。それとも他の物？」
新しい箱を開けてみると、二つ、お花の形をした小さなガラス細工が入っていた。
「え、かわいい。やったあ！ さっすがアシュラン様」
石ではなく違う物が入っていたので、ゆりは喜んだのだった。
つづく
１２部
目次