第３８話
「ブーブー」
「お上手お上手」
小さな子供が小さいラッパを頬を膨らませて吹いている。その様があまりにかわいらしいので、それを見ていた女性陣は手をたたいて喜んでいた。子供は褒められるものだから、もっと褒められようとラッパを吹くのである。
「ブー！」
「本当にかわいらしいのう」
「かわいい〜♪」
ヒルデリアもガーベラも、新しくうまれた神ヴァルにデレデレである。
ここは神の国、雲の上の神殿である。
「まったく、なんてうるさい音が」
「よく我慢していられるな」
アシュランの間に太陽の神アリアスと、緑の神ジュライがやってきていた。子供がラッパを吹いている場所からここは離れているのだが、ここまでうるさい音が響いてくる。さすが神器といえばそれまでだが、今のところ低い音が鳴っているだけだ。
「うるさくないのか。アシュラン」
「アシュラン？」
二人が何を言っても椅子に座っているアシュランは無反応だった。アリアスはアシュランの耳を見た。なんと耳に栓がしてある。アリアスはアシュランの耳栓を取った。
「取るな」
「ラッパをここで吹かせなくてもいいだろう」
「まあそういうな。ヒルデリアがご機嫌なんだ。ヒルデリアがご機嫌な間は世界は平和だ」
アシュランはアリアスから耳栓を奪って自分の耳に入れていた。
「ヒルデリアの不機嫌の原因の９割はアシュランだろ」
アリアスが言った。
「全くだ。そんなにヒルデリアの機嫌をよくさせたいなら、上に乗ってやればいいのに」
ジュライはこんなことを言っている。
「ブー」
ラッパの音がもっと大きくなった。アシュランの間にガーベラが入ってきた。ガーベラはヴァルをだっこしている。
「あーみてみて。かわいいでしょ？ 私にそっくり。将来はクーリーフンみたいな美男子になるかもよ」
ガーベラは微笑みながら近づいて来た。「クーリーフンみたいになるかも」と言われてアリアスはちょっと想像していた。確かにヴァルはかわいらしい顔立ちをしている。
「ガーベラ、大きくなったらうちの娘とくっつけよう」
「ブー！」
「いやみたいよ」
ガーベラが冗談っぽく言った。
「違うだろ。了解のブーだよな」
とアリアス。
「ブーブーブー」
「どうでもいいがうるさい。ガーベラ、その子を近づけないでくれ」
ジュライは耳に手をあてている。
「えーかわいいじゃない。ほら」
ガーベラはヴァルをジュライに向けた。ヴァルはジュライに向けて「ぶー！」とラッパをふいていた。
「うるさい！」
アシュランは耳栓をしたまま横を向いていたのだった。
さて、聖地である。
神の眷属が産まれたので朝から聖地はお祭り気分、各神殿でも酒が振る舞われたり、お祝いの品が配られたり、土産物屋などでも割引セールが行われたりしている。
ハロルドの神官達も朝から酒を飲んでいた。他の神官達がお祝いのためにひっきりなしにやってきている。
「ちわーす」
間延びした声とともにハロルド神殿に入ってきた男がいた。
男は紺が混じった黒髪だが、頭をブラシでとかしてやりたくなるほどのボサボサ頭だった。髪は首につくかどうかくらいだが、髪先があっちこっち向いている。中肉中背、たくましい感じには見えない。
外見は大人になったばかりかのように若く、口は大きめ、髪を整えたらもっと見目が良くなりそうなのだが、本人は外見にはあまりかまわないのか、服装もそこらの一般人が家で着ているよりもラフな格好である。
印象的なのはその瞳だった。左目は翡翠のような緑っぽい色なのだが、右目は黒で、瞳孔は黄色だった。そのため、だれもがこの男をみると、ちょっと不思議な雰囲気を感じるのである。
男は神殿の中の大きなハロルド像の前に行き、胸元に手を当てていた。
「ハロルド様、やりましたね。最近すごいじゃないですか。ガーベラ様といちゃいちゃしまくってるんですね。うらやましいです」
男は他の神官達が決して言えないようなことを言って、神殿にあったお祝い酒を飲んでいた。
「ねぼすけさんは本人にも言いそうだから怖いよな」
「いいそうだ」
神官達はぼそぼそ話している。
「いや、言うよ？」
ねぼすけと呼ばれている男が言った。
「言っちゃだめでしょう」
「なんで？」
そこに、裏手から入ってきた男がいた。スペードである。
「あ、ねぼすけ、起きてたのか」
「僕は昨日から起きてたよ。夜の神官に起こされてさ。サクッと問題を解決してきたところさ。そしたら鐘の音が聞こえてね」
「そうなのか。しばらく起きてるのか？」
「夜の神官に頼まれごとをしてるんで。それが終わるまでは起きてるよ」
「そうか。合間にちょっと相手をしてくれるとうれしい」
スペードはうれしそうだった。
「ねぼすけ」は人間から妖精になった男である。剣技の技にもそこそこ長けているが彼の長所はそこではない。夜の神殿には人々が夢相談にやってくることもあるのだが、
その相談の中で、「これはまずい」という夢があると、神官はこの男に解決を頼むのである。ねぼすけは「夢」問題のエキスパートである。
眠るのが大好きで、妖精になったら食事をしなくても生きていられるので用がない時は眠っている。５年でも１０年でも平気で寝ているのである。
スペードのように他の者に剣の指導などもしない。かなり変わっている男であるが、アシュランは彼のことを結構気に入っている。スペードは人間から妖精になるとき名前を変えている。
名付けたのはアシュランである。ねぼすけも妖精の名前があるのだが、名付けの時ハロルドが「お前は『ねぼすけ』で十分だろう」などと言い、本人は「ねぼすけ、いいっすね」などと逆に喜んでしまい、
その通り名になってしまった。「ねぼすけ、それじゃあまりにしまらんだろう」とアシュランはちゃんとした名前も彼につけたが、そっちを使われる方が稀になってしまった。
一応神官の分類なのだが、神官っぽい服装を着たことがないため、神官には見られない。いつもフードがついた上着を着ている。
「相手はハートにしてもらいなよ。君の相手は疲れる」
ねぼすけはそう返した。
「たまにもたないと剣の腕がなまるだろう。それにハートは今聖地にはいない。上に行ってる」
「ふうん」
ねぼすけはスペードの右手に目を向けた。
「なんだい。随分らしくないものをしてるね」
「え？」
「君も春真っ盛りか、よかったじゃん」
ねぼすけはスペードの肩をポンポンたたいていた。
「じゃあご飯をたべてこよっと」
ねぼすけはスペードから離れた。
「ちょっと待ってくれ。話がある」
「食べながらなら聞いてやるよ」
ねぼすけはさっさと移動し、スペードも、「ちょっと出てくる」と瞬間移動した。
ねぼすけが移動したのは聖地の南の方にある、宿通りの側の大きなレストランである。今日はお祝いなのでメニューはすべて二割引だった。
今は食事の時間ではないので、客はまばらである。
「あら、ねぼすけ様いらっしゃいませ」
ウエイトレスの女の子が笑顔で近づいてきた。
「やあ、ミーナちゃん、いつものね」
「はーい。ねぼすけ様のいつもの入りまーす。とりあえずいつものお酒をどうぞ」
「ありがとう」
ねぼすけがお酒を飲んでいるとスペードがやってきた。スペードはねぼすけの向かいに座り、ウエイトレスの女の子に、自分はいらない、という仕草をした。
ねぼすけは妖精なので、食事をしなくてもいいのだが、本人は食べるのが好きらしく、起きるとちゃんと食事をしている。
「いやー５人目ってすごいよね。ハロルド様、今頃ご機嫌なんだろうね。こんなに相性がいいのなら、もっと早くガーベラ様と付き合えたらよかったのにねえ」
「そうだな。なあ、私の右手、何かあるのか？」
スペードは右手を見せてきいた。
「え？」
「オレにはさっぱり見えないんだが、この前ハロルド様にも指摘されて……」
「へえ、見えてないんだ」
パンとスープが運ばれてきて、ねぼすけは食事を始めた。パンをちぎってスープにつけながら食べている。エビと野菜のうまみがたっぷり入ったオレンジ色のスープはこの店の人気メニューである。
「あーうまい」
ねぼすけは幸せそうな顔付きである。
「何があるんだ？」
スペードは再び聞いた。
「花のつぼみさ」
スペードが口を開こうとし、ねぼすけはそれを制した。
「待った。当てさせてくれ。すごい美人に言い寄られてるだろ。相手は……上の御方か？ そこらの女じゃない」
上の御方、とは女神や妖精を指している。
「君の硬そうな外見にだまされたのかな。本性を知ったらがっかりするだろうに。かわいそうに」
とねぼすけは続けた。
「おい」
「君は娼婦しか抱けない男じゃないか。君の娼館通い、彼女は知ってるのかな」
ちょうどウエイトレスの女の子が食事を持ってきたので、スペードは恥ずかしそうな顔付きで、女の子から顔を背けていた。女の子は聞こえないふりをして、ねぼすけの前に皿を並べている。
皿には魚のフライの盛り合わせが乗っていた。女の子は「ではごゆっくり」と去って行った。
「人前でそんな話をするんじゃない。それに、しばらく行ってない」
スペードは小声で恥ずかしげに言った。
「あ、そう」
ねぼすけは添えられていたレモンをフライにかけていた。
「花のつぼみって言ったな。どこにあるんだ？ つぼみだけついてるのか？」
「手首に蔓かなんかが巻き付いて、そこにつぼみが一つついてる」
スペードは自分の右手首をじろじろ眺めていたが、やっぱり見えなかった。
「鈍い君でもさすがに相手の見当くらいはついてるんだろ？」
スペードはちょっと考え込んでいるような表情になった。最近自分に好意を示している女といったら、まず一人しか思い当たらない。
「実は、彼女はオレの夢に出て来たんだ。二回も。その上、１回目は夢の後、気がつくとオレのベッドに一緒にいて、本当にびっくりした」
スペードが意を決したように打ち明けると、ねぼすけは驚いたように目を見開いて、魚のフライをフォークからぽろりと落としていた。そして言った。
「娼婦は卒業したか。おめでとう」
「恥ずかしいからやめろ」
スペードは周りを気にして真っ赤になっていた。
「一緒に酒をのんで彼女を持ち帰ったんだろ？」
「違う。本当に夢で出会ったんだ。彼女は夢を通してやってきたんだ。本人もすごく驚いていた」
「へー、あ、わかった。それだ。それを目印にしてるんだな。それで？ その気の毒な女はどこのだれなんだ？」
「それは言えないが、彼女には何もしてない。だから勝手にそこまで妄想しないでほしい」
「やっぱり娼婦じゃなきゃだめか」
「そういうことじゃない。その言葉を言うなというに」
スペードはこんなところで話したことをかなり後悔していた。
「ちょっと整理させてくれ。彼女が夢に来たのは、オレの目に見えていない、これのせいなのか？」
スペードは自分の手首を指している。
「まあそうだろうね。夢を見つけるには目印がいるからね」
「なら、これを取れば、もう彼女が来ることはないのか？」
「そうなるね。どれ、取ってやろうか？」
ねぼすけが手を出した。
「…………」
スペードはちょっと躊躇しているようだ。
「取れるのか？」
「取れるよ。長い付き合いだから特別に無料で取ってあげよう」
ねぼすけはスペードの様子をうかがうように見ている。
「取ったらどうなる？」
「彼女は夢に来れなくなるだろうね」
「そうか……別に毎日来ているわけじゃないしなあ」
スペードは小声でぶつぶつ言っていた。
「君は彼女とどうにかなりたいわけ？ なりたくないわけ？」
「……それはもう断った」
「それを取らなきゃ、また彼女が夢にやってくるかもしれないけど？」
「話をするくらいなら別に」
「肉食猛獣が話だけで終わるのか？ 付き合わないけどやるだけやりましょうってのはタチが悪いぜ」
「今の所、理性は働いているから大丈夫だ」
「猛獣の理性があてになるか」
「彼女は、大神が気に入ってる女性なんだ」
「へーやり逃げしたらボコられるな。やったら結婚しなきゃいけなくなるな」
「彼女は人妻だ」
「ええ！？」
ねぼすけは驚いて後ろに下がっていた。
蛇の国である。
ゆりは神の国でハロルドと仲良くなったので、目覚めるとキラキラだった。歩くとひらひら花びらが落ちている。
「うーん。王様に言った方がいいかな」
神の子供が産まれたら教えろと言われていたのだが、今日は城の中を歩くのも大変そうだ。
「ムサカ様に会っちゃったら悪いしなあ……シスに伝えてもらうか。ミカエル達にばれるとやっかいだけど、今日は昼間はいちゃいちゃは遠慮したい」
なんといっても今日は１５日である。夜がひかえているので、昼間は遠慮したい気分である。万が一儀式の流れにでもなったら大変である。
ゆりはクーガとのことは男達には秘密にしているので、そっちもドキドキしていた。クーガ一人と最後までしているなんてことがばれたら、男達にどんな目で見られるかわからない。
（今夜かあ……クーガ様、見た目は女なんて興味ありませんって感じなのに、あのギャップはなんなんだ。フリットとフリットの蛇様くらいのギャップがあるわ。やっぱり一族の男じゃないと途中でやめるって無理なんだろうな）
ゆりはそこに気づいた。
（一族の男じゃないから私の言うことも聞くわけない。そういう意味じゃ、儀式で私を抱かなかったラーズはすごい。もしクーガ様と儀式って流れになったら絶対やられるだろうな）
ゆりはそんなことを思いつつ横を向いて、そこにミシェイラが立っていたので「わ！」と驚いていた。
「マーキラキラだよ。かわいい！」
「ありがとう」
「みんなにいう」
「あーちょっとまったあ！ ミシェイラ、見て、ほら２箱目に何かが入ったのよ」
ゆりはあわてて言った。
「えー石増えたの？」
「石じゃないの。違うものが入ってたのよ。なんでしょう」
「なんだろう？」
ミシェイラは横に首をかしげている。かわいらしい仕草である。ハザークがここにいたら、「かわいすぎる！」と親バカぶりを発揮しそうだ。
「ジャジャーン、ガラス細工よ。かわいいよね」
ゆりは箱の中をミシェイラに見せた。ミシェイラは箱の中をのぞいて、目を輝かせている。
「かわいいー！ レーちゃんにも見せる！」
「いいよ」
他の子達がゆりの部屋にやってきた。ナナミとシス、ラギはガラス細工に興味津々である。
ロイとミシェイラ、レーヌは、ゆりからひらひら落ちる花びらを集めていた。
「お母さん、今度はどんないいことをしたの？」
ラギが聞いた。
「実はガーベラが神様を産んだの。ハロルド様との子供よ。ヴァルっていう、ラッパをふく神様。なんか重要な神様らしいよ」
ゆりは適当に説明していた。
「えーすごいじゃん。ハロルド様大喜びだね。これでこの前の聖地旅行、ハロルド様に内緒にしてたこと許してもらえたんじゃない？」
ラギが言った。
「独身を装ってスペードさんを誘惑したこと許してもらえるね」
とナナミ。
「よかったね」
子供達は安心していた。
「ちょっと、なんでナナミがそのことを知ってるのよ」
ゆりはラギを睨んだ。
「つい」
「内緒にしといてって言ったでしょ。それから、子供のことは王様だけ、他には秘密にしといて」
「どうして？ お祝いに何か贈ってるみたいだよ？」
シスが聞いた。
「明日まで内緒でいいの。だって、すぐ贈ったらなんで知ってるんだってあやしまれるでしょ。だからいいの。シス、王様にこっそり伝えてね。私は今日は大人の男には会わない。大人の、男には」
ラギが扉を指した。ゆりも扉を見ると、なんとそこにカールが立っている。扉は半開きになっていたので、入ってきてしまったようだ。
「おはようございます。王妃様、今日、気はいりませんか？」
カールはゆりを見て頬を染めている。
「明日ください。明日、明日よろしく」
ゆりはあわててカールを外に追い出していた。
「本当ですか？」
追い出されつつカールが聞いた。
「うん、明日ね」
ゆりは扉を閉めていた。
その後ミカエルやジュノーがやってきたが、「明日にして」とゆりは断った。
午後にはハインリヒとミルキダスがやってきて、「明日会いましょう」と会わなかった。
夕方にはなんとラクシュミから「今夜来るか？」との誘いがあり、ゆりは、「明日お願いします」とそれも泣く泣く断っていた。
（まさか王様からのお誘いがあるなんて。なんで今夜に限って）
ゆりはラクシュミとも会ってなかったのだが、キラキラだというのを聞いてその気になったのかもしれない。
（しまった。明日の予定がてんこ盛りになってしまった。途中からあさってにすればよかった。まあいいわ。今夜さえ乗り切ってしまえば、明日はどうとでもなる）
ゆりは夜、意を決してベッドにあがった。
（いつ飛ぶんだろう？ 私が寝てから？ じゃあもし眠れなかったらどうなるんだろう？）
などと考えながら目を閉じると、ゆりは次の時にはどこかに落ちる感覚を感じた。
（……無茶速攻で移動された）
ちらりと目を開けると、横にクーガの涼しい顔が見えた。クーガはベッドに座っていた。
「こんばんは。クーガ様、目を閉じたらすぐに来ちゃいましたよ」
ゆりは体を起こしてベッドに座った。
「そうですか。前回よりも、来るの早かったですよ」
とクーガ。
「待ってました？」
「はい」
「むちゃくちゃ心待ちにしてました？」
「はい」
クーガが素直に答えたので、ゆりは自分で言っといて恥ずかしくなっていた。
「言いたいことは一杯ありますが、とりあえずしましょう」
食事でもしましょう、とでも言うかのようにクーガが言った。
「いきなりですか」
「はい」
クーガはベッドにあがり、顔を寄せてキスしてきた。
しばらくキスしてから、「霊体が出ないですね」とクーガが言った。
「前回聖地の宿で出会った時も出なかったですね」
「出ないようにしてもらいました。だって、いろんな男をくどいたら困るので」
「そうなんですか」
「実は、出る方法があるんですが。やっぱり霊体いちゃいちゃしたいです？」
今のゆりは二人のゆりが混じった状態だったので、つい言っていた。
「したいですね」
「クーガ様が、愛してるって言ってくれたら出ますよ」
ゆりがにんまりしていうと、クーガは怪訝そうな目を向けていた。
「何か企んでますか？ これ以上の魔法は勘弁してください」
「本当のことなんです。相手が愛してるって言ったら反応するみたいですよ」
「……愛してる」
すると、ゆりの中からふわっと霊体が出て来た。つられてクーガの霊体も。
クーガの方は、「これはだれだ」とクーガ自身が思うほど、うれしそうな顔をしていた。
「でました？ どうですか？」
「でましたよ」
「私も見たいなあ」
「見ない方がいいですよ。あなたは」
「どうしてですか？」
「どうしてもです」
「あ……なんか感じて来た。クーガ様の霊体速攻で押し倒してます？」
ゆりは足をもぞもぞさせていた。
「こちらもしましょう」
クーガはゆりを押し倒し、二人は仲良くなったのだった。
（うーん、今日のクーガ様やばい。なんか長いし）
二人は長いことひっついたままだった。クーガがなかなか達しようとしないのだ。しかもキスする時間が長い。
「あのーもーそろそろ」
「そろそろ？」
「足がだるくて」
ゆりは両足を広げさせられたままだったので、気持ちは良かったが、いい加減足がだるかった。
「もうちょっと色っぽいセリフを言っていただきたいですが」
「だってえ、じゃあ、早くいって♪ とか？ 恥ずかしいじゃないですか」
ゆりは真っ赤になっている。
「まあいいです。じゃあそろそろ」
クーガは深くつながって達してから、ようやく体を離した。ゆりはだるい足を降ろした。
（ガーベラの体でよかった。妊娠中じゃなかったら、絶対やばい）
「あのークーガ様って、女の子とした後記憶を消したって言ってたじゃないですか。子供ができたことってないんですか？」
「ないですよ。あなた以外の女性の中で出したことはないです」
「そーなんですか」
「じゃあ続いて尋問の時間に移ります」
クーガが微笑んで言った。
「じ、尋問？」
「今日、激しくキラキラしてますね」
クーガは寝転んだまま、片肘をついて言った。
「やっぱり見えてました？」
「昨晩神の国に行ってましたね。それで神様と仲良くしたんですね」
「はい」
「昨晩神の眷属がお生まれになったんですよ。ハロルド様の御子様です」
そーなんですか、知らなかった、というのも嘘っぽいのでゆりは、「かわいかったです」と開き直って言っていた。
「やっぱりあなたが産んだんですか？」
クーガは目を見開いている。
「小さいラッパを持っていて、かわいかったですよ」
クーガは意表をつかれたような顔をしていたが、やがて呆れた顔つきになった。
「あなた、聖地に来た時、よく男連れでハロルド様の神殿に行けましたね。恐ろしい。怒られなかったですか？」
「大丈夫ですよ。ハロルド様は女性を殴ったりしませんから」
「殴られたら死にます」
そりゃそうだ、とゆりは思った。
「あなたは世間知らずなところがあるから気をつけてください。調子に乗っていると取り返しのつかないことになりますよ。神はプライドが高い。気に入られているからとたかをくくっていると、いきなり手の平を返したように寵愛が嫌悪に変わることもあるんですから」
「はい、気をつけます」
「続いてスペードのことですが、詳しく説明してください」
クーガはスペードのことを呼び捨てにしていた。
ゆりは寝転んだまま、あの夜のことをクーガに話した。夢で出会って、気がつくとスペードの部屋にいたことを。
「あの時は本当に助かりました」
「夢をつたって出てくるなんて……漠の一族では恋人同士が夢で出会ったりするようですが、他では聞いたことがないですね」
クーガは考え込むように言った。
「バクの一族？」
「やはりあなたの特殊能力ですね。あなたが彼に好意を抱いているからそうなったんですよ」
「そうですかね。じゃあクーガ様とも夢で出会えたりするのかな」
ゆりはかわいらしく言ってみた。
「でも夢で会ってもすぐやられちゃいそうだから会わない方がいいかも」
「あなたに一つとっても大事なことを教えてあげます」
クーガが改めて言った。
「はい、なんですか？」
「性欲が薄いのは、あなたの一族だけです」
クーガはずばっと言った。
「え？」
「中でも獣系の男は、皆性欲は強いですよ。赤い月も関係ないです。性関係もわりとゆるい。恋愛関係のゴタゴタも多い」
「はあ……」
ゆりはぽかんとして聞いていた。そういえば、アヤコはガットのことを、性欲の塊だと言っていたのをゆりは思い出した。
「でも、あの夜は本当に何もなかったです。私は豹の女性みたいな肉感的美女でもないし、その上人妻ですし、その気になられませんよ」
「私も、最初はあなたに全くその気はなかったですよ」
「…………」
「油断してると食われますよ。それとも、食われたいんですか？」
「え、いえいえ」
ゆりはあわてて手を横に振っていた。ここで「はい」と言おうものならとんでもないことになりそうだ。
「今のところ、ただ文通を申し込んだだけですから。本当にそういう関係じゃないです」
「文通？」
「遠い所にいる男の人と文のやりとりをするのも素敵じゃないですか。クーガ様も私の手紙、もっと欲しいですか？」
「欲しいですよ」
「じゃあまた送りますね。あ、そうだ。私クーガ様の手形が欲しいな」
ゆりはクーガにも手形を要求していた。
「手形？」
「今、私みんなの手形を集めているんです。だから、手形を今度送ってくださいね」
「はあ。手形……」
クーガは自分の手を見ていた。
「じゃあそういうわけで、今日は寝ましょうか」
ゆりが明るく言った。
「何を言ってるんです。もっとします」
「まだするんですか？ クーガ様って獣系？」
「違いますがします」
クーガはゆりの体を抱き寄せた。
「今度は足がだるくならないように、横からしてみましょう」
「よこ……」
クーガは横向きのままゆりのの背中からくっつこうとしていたが、黄金の巻き毛が邪魔すぎた。
「髪が邪魔だな」
クーガは大量の巻き毛をまとめて上の方にあげていた。
（ガーベラ様の美しい巻き毛を邪魔って……）
クーガはなんとか横からゆりにひっついていた。
（次にこうして会うのは２の月かあ……）
偶数月なので、今日が終わると、13の月、１の月と２月飛ぶのである。
「クーガ様、私やっぱり、クーガ様の顔を見ながらのほうがいいです」
「そうですか？」
「さっきみたいにキスしながらがいいな。クーガ様私をスキスキって感じでうれしい」
ゆりは体を離して、クーガに正面から抱きついて足をクーガの腰にからめていた。
「上に乗りますか？ あなたが動いてもいいですよ」
「え？ そんな恥ずかしい」
「この前してたじゃないですか。聖地の宿で」
「え……そーでしたっけ」
どうやら蛇の目のゆりはそういう体勢でしたらしい。
「え、いえ、恥ずかしいので、また今度お願いします」
ゆりは本当に恥ずかしかったのでそう言った。
「あなたは面白いですね。霊体の方は、上に乗ってますけど」
「ええ！？」
「霊体のあなたは途中で入れ替わってるみたいですよ」
「恥ずかしすぎる」
ゆりは顔を隠していた。
一方、スペードは夢で、相変わらず小高い丘の上にある大木の側で寝そべっていた。
そこに「やあ」と声がかかり、スペードははっと上を向いた。片手を挙げていたのはねぼすけである。ねぼすけは昼間とまったく同じ格好だった。フードがある紺色の上着とズボン姿である。
「ねぼすけ」
「相変わらず、同じ夢ばかりみてるねえ」
ねぼすけは周りを見回して言った。
「どうしたんだ？」
スペードは座って聞いた。ねぼすけは他人の夢に入る能力があるのだ。
「いやー例の女の子に会えるかなあと思って、今日は来てないの？」
「来てない」
「残念だなあ」
ねぼすけは、大木の側にある花のつぼみに目を留めた。そして側に近づいてみている。
「ふーん、なるほど」
「なんだ？」
「これ、なんだか気にならない？」
ねぼすけは花のつぼみを指している。
「ああ、ずっとつぼみのままなんだ」
ねぼすけは右足をあげると、がっと花のつぼみを踏みつけていた。スペードははっと目を見開いたが、止める間は全くなかった。
「今どういう気分？」
ねぼすけはぐりぐり花を踏みつけている。
「…………」
スペードは残念そうな、そんな表情をしていた。
「怒るほどでもないか」
声はスペードの後ろから聞こえた。目の前にいたねぼすけの姿は消えていた。スペードは自分の後ろに立っているねぼすけを見上げていた。
「純粋な心を持った人妻かあ。妄想が膨らむなあ。獣の相手にはもったいない。いや、ほんともったいない」
ねぼすけは言うだけ言うと姿を消した。
「なんなんだ……」
スペードはねぼすけの行動がさっぱり理解できない様子である。スペードが踏まれてしまった花のつぼみに目を向けると、つぼみは元のまま、元気にそこにいた。茎もちゃんと立っているし、葉っぱも、元のままである。
「？？」
まるで踏まれてはいなかったかのようだ。
「よくわからんが、まあよかった、かな」
スペードは再びつぼみの横で寝そべっていたのだった。
つづく
１２部
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