第４１話
朝ゆりははっと目覚めて自分の横を見た。横には白い手が３つ転がっている。
「夢じゃなかった。夢じゃなかったー！ みんなを呼んで来よう！」
ゆりは寝間着のまま部屋を飛び出して行き、子供達を呼びに行ったのだった。
ゆりの寝室で白い手を見たロイ、ラギ、ナナミ、シスは目を丸くしていた。
「ジャジャーン、すごいでしょ。ね！」
ゆりは自慢げである。
「えーえー？ これだれの手？」
ラギが聞いた。
「わかった。この大きいのはハロルド様じゃない？」
シスがいち早くそれに気づいた。
「正解でーす」
「えー！！！ これ、ハロルド様の手なの？ どうやって作ったの？」
ロイが聞いた。
「手の型取りをして作ってくれたの。すごいでしょ。どうやって教会に飾ろう」
ゆりはすごくうれしそうだ。
「えーすごっ……手形ってまさかこうくるなんて……さすがハロルド様はお母さんを愛してるね。この手からは愛を感じるなあ」
ラギは手をしげしげと眺めながら言っていた。
「子供ができたから超ご機嫌なのよ」
とナナミ。
「そうだよね。子供ができたんだもんね。あとの二つはだれの？」
「ここで問題です。だれの手でしょう」
ゆりはにやにやしながら言った。
「えー？」
ロイは手を持ってみている。
「ロイ、指を握らないでよね。もげるから」
「はーい」
「一つはラーズ様だと思うな。だってラーズ様母様をめちゃ好きだから」
ナナミが言った。
「確かに。じゃあもう一つはだれだろう？」
シスは二つの手を眺めている。
「ジンラ様？」
ラギが目を輝かせた。
「違います」
とゆり。
「じゃあだれだろ。サラディン様とか？ あ、オルガ様？」
「右手がラーズ。左手がウィルの手なんだって。みんな呼んであげて。握手させてあげよう」
ゆりは侍女達も呼んで、神様の手を披露した。
「これがラーズ様のおててですかあ？ すごい」
「えー！ すごい！」
「きゃ〜〜〜ハロルド様、手もたくましい」
「ウィル様ウィル様ウィル様〜〜〜！」
侍女達は感激し、興奮していた。特にラーズファンのゆりの侍女は大興奮していた。そして他の侍女達はハロルドの男らしい手を握り、喜んでいる。
「なんて素敵な手なんでしょう」
「すごいですわ！」
「手だけで本人のお姿も想像できますわ」
「世界広しといえどもこんなに神様の手を集められるのは、王妃様だけですね」
ミラは誇らしげだった。
「でもさ、お母さん、どうしてウィル様の手が来たの？」
ラギが聞いた。ウィルはガーベラの恋人ではないから疑問に思ったようだ。
「確かウィルが通りがかったとか言ってたわよ」
「ジンラ様も頼んで来てよ」
とラギ。
「３つ集まっただけでもすごいでしょ。これ以上くれなんて頼めないわよ」
「ジンラ様の赤ちゃんを産んだらくれるんじゃない？」
ナナミが言った。
「えージンラにはそんなこと頼めない。恥ずかしい」
「なんで？」
とロイ。
「僕はガーベラ様の手がみたいな」
とシス。
「ガーベラ様なら母様が神の国に行った時に自分で型取ったらいいんじゃない？」
とナナミ。
「うーん……ガーベラの美しい手にそんなことしたら怒られそう。３つ集まっただけでもすごいんだからね」
「分かってるよー普通の人間は一個だってもらうの無理だよ」
「まあいずれそういう機会があればね。とりあえず３つも集まったから私は満足。だって手そのものなんだよ。すごく生々しく神様を感じられるじゃない。すごい」
「確かに手ってすごいね。紙にぽんと押した手形よりもこっちの方が迫力があるよね、神様に会っても手だけじろじろ見ることないもんね」
とラギ。
「そうだよね。手に注目することないよね。ハロルド様の手、分厚いね。手首の太さもラーズ様に比べると太くて、男らしくて素敵だな」
とシス。
「ラーズ様の手、セクシーですわ！」
ゆりの侍女はまだ興奮していた。
「すごいですわ〜〜」
「さすが王妃様ですわ」
侍女達はゆりも絶賛していた。
その後ラクシュミやミカエルも神の手を見に来た。ラクシュミはハロルドのゆりへの愛の深さをますます感じ、恐ろしく思っている。
「いつか愛の反動があるんじゃないか？ すごく怖い」
ラクシュミは王の間に戻ってからぶつぶつつぶやいていた。ラクシュミは、「ゆり、いいか。とりあえず、ハロルド様を優先するんだぞ。ハロルド様はすごい神様なんだからな」とゆりに伝え、ゆりは「わかってる」と返事をしたものの、本当にわかっているのかどうか謎である。
「まあ、王妃はハロルド様のすごさをいまいちわかってないですからね。ああいうところが面白いと思っているんでしょう。きっと」
王の間に一緒に戻ってきたミカエルが言った。
「分かってたらハロルド様の神殿に男連れで行かないですからね」
「なんだか心臓がドキドキしてきた」
ラクシュミは胸を押さえている。
「大丈夫ですよ。何かあったとしても、せいぜい何かに変えられるくらいですよ。しかし、王妃の望みをいつも全力でかなえてくださるハロルド様、微笑ましいなあ」
ミカエルは苦笑していた。
ゆりが王の間にやってきた。
「王様、私言うの忘れてたんだけど、ハロルド様に子供ができたのよ。ヴァルっていう男の子」
ゆりはようやくそのことをラクシュミに伝えていた。
「え？ そうなのか？」
「あの手はそのお礼なんですか？」
ミカエルが聞いた。
「まあ、そういう感じかな。まだ子供でね、ラッパ持ってるかわいい子よ。重要な神様なんだって」
ゆりは報告だけして去って行った。ミカエルは指でハロルドの子供を数えている。
「５人目ですよ。王、いずれ、王の子供の数を抜くかもしれないですよ」
ミカエルが言った。
「ありえる。そうか、子供ができたのなら、しばらくはゆりが失礼なことをしても笑って許してくれるかもな」
ラクシュミはちょっとほっとしていた。
「ハロルド様も、王妃がかわいくてしょうがないでしょうねえ」
「だろうなあ。そういえば、たまにあの時の私が夢で出てくるようになった。あの時の私もゆりがかわいくて仕方ないとさ」
ラクシュミは苦笑しながら言っていた。
「えー王も変化があったんですか。すごいですねえ。どんな感じなんだろう」
「お前達は会わない方がいいぞ。あの時の私はゆりにぞっこんだからな。平気で男達に何かしかねないぞ」
「怖いですね。会わないでおきます、しかし肌の蛇と赤い月の不思議ですね。肌の蛇に人格があるだなんて、昔の人も思わなかったんだろうに」
「いや、わざと考えないようにしていた気もするな。みんなゆりへの愛がきっかけででてきたんだから、愛以外で出てくるってのは危険な気がする。この前の儀式で、みんなの蛇は出て来たのか？ ミカミカはどうだったんだ？」
「ミカミカ以外出てたみたいですよ。カールが異様な雰囲気だったんで驚いたみたいですけど」
「カールには刺激が強かっただろうな」
「でしょうね。恋人になりたくないとは言ってないですけどね」
そのカールは、一日に一度ゆりの部屋にやってきて、ゆりの手を握ったり、頬にキスしてきたりしている。儀式で恋人をやめたいと言われなかったので、ゆりはほっとしていた。
蛇の目のゆりは、「ねえ、今度お湯の中で遊びたい」とそっちを誘ったりもしていた。
「いいですよ。遊びましょう」
二人で濃厚なキスを交わしていたら、側にハインリヒがやってきていた。カールはハインリヒに気がつくと気まずそうにゆりから離れて、「それじゃ失礼します」とゆりの部屋を去って行った。
「ばいばーい」
蛇の目のゆりは手を振っている。
ハインリヒは、ゆりの机に並べられている神様の白い手を眺めていた。
「これが手形ですか。さすがハロルド様は立派な手ですね」
ハインリヒは自分の手と比べてみていた。
「あっちの私がみんなの手形を集めてたわよ。ハインリヒもあげたら？ あとイシュタールとハインリヒだけだよ」
「手形ねえ、手が汚れるからやだなあ。それより王妃、他に男ができたでしょ」
ハインリヒはさらりと言った。
「え？ ほかって？」
「私の予想では……クーガ様」
「え？ クーガ様？ なんで？」
蛇の目のゆりはきょとんとして聞いた。
「みんなはスペードさんが怪しいって言ってたけど、私の予想ではクーガ様の方ですね。あの人、最近この国のことを気にしすぎてないですか？ 教会を建て直したいって言ったり、聖地の人がそんなことまで気にするなんて、なんかおかしいでしょ。それで王妃と何かあったのかなと」
「そう？ でも、クーガ様がその件でこっちに来た時私達聖地にいたし、熱々だったら聖地で待ち会わせるんじゃない？ それにもしクーガ様と熱々だったら、聖地、スペードさんと回るかなあ」
蛇の目のゆりはすっとぽけたように言っていた。
「そう、だからいろいろ疑問はあるんです。でもあのクーガ様は見た目通りの人じゃないでしょ。きっかけを作ったのはあなたじゃないんですか。それで黒目の王妃も巻き込まれて、やっちゃった、みたいな。だからなんか黒目の王妃は我らに対して後ろめたいような、そんな気持ちになってるんでしょ」
ハインリヒは分析するように言っていた。
「この城の中で、私達がクーガ様とやっちゃったと？ 私が夜中に忍んで行って？ 私そこまで欲求不満じゃないし、やりたいならハザーク様の所にいくよ」
蛇の目のゆりは笑いながら言った。
「いろいろ疑問はありますが、あなたに聞いてるのは私の優しさですからね。黒目の王妃は嘘がつけないから、問い詰めたらすぐばれますよ？ あなたが素直に白状するなら、黒目の王妃には聞かないでおきます。みんなにも黙っててあげますから、言ってください」
蛇の目のゆりは無言である。
「黒目の王妃に聞いてもいいんですか？」
「もしクーガ様とやりましたって言ったらどうなるの？ 許せないって展開になるの？ それとも、まあいいかって展開になるの？」
「別に怒りはしないですよ。でも、一族以外の男じゃやらずに終わってないでしょ。他の男のものを受け入れて、我らのを受け入れないってのは、ちょっとひどいんじゃないですかね。そんなにしたいなら、我らとすればいいでしょ？」
ハインリヒは真面目な表情で蛇の目のゆりを見ている。
蛇の目のゆりはちょっと宙を見上げ、ハインリヒを見た。
「みんなに秘密にしてくれるなら話してもいいけど、それからあっちの私には何も聞かないなら」
「わかりました」
「ここじゃ話せない。別室に連れて行って」
ハインリヒはゆりを別室に連れて行き、二人はベッドに並んで座った。
「実は、アシュラン様に頼まれたの。クーガ様を落としてくれって」
「へ？」
予想外の名前が出て来てハインリヒは目を見開いていた。
「あっちの私も絶対無理だって言ってたんだけど、ガーベラでくどけって言われて、ガーベラの姿でクーガ様の寝室に飛ばされて、まあ、仕方ないっていうか」
「……アシュラン様、強引すぎですね」
ハインリヒは呆れていた。
「それでその気になられたんですね？」
「ううん。あの人堅物で、ガーベラでも全然その気にならなかったの。でも、ずっと横で添い寝したり話をしてたら愛着がわいちゃったみたいで。それで二ヶ月に一度ガーベラでクーガ様に会うことになったの。神の国でね」
ここではクーガは妖精ってことになってるので、蛇の目のゆりはそう言った。
「アシュラン様は、どうしてそんなことをあなたに頼んだんですか。わざわざ人妻に頼まなくてもいいのに」
「今まで散々女と引っ付けようとしたんだけど、だれもうまくいかなかったんだって。もう私達しかいない、みたいな感じ。そういうわけだから怒らないでよ」
「ふーん」
ハインリヒは疑いの眼差しを向けている。
「どこか嘘っぽいですけどね。でもまあ、嘘にアシュラン様の名前を利用するほど王妃もばかじゃないでしょうから、信じましょう」
「まさかクーガ様のことが気づかれるとはなあ。ヴィラも気がつかなかったのに」
「私もまさかと思いましたけど、他に思い当たる男がいないんですもん。黒目の王妃は素直過ぎて、怪しいとすぐわかっちゃうんですよ。そこがあなたと違ってかわいいところなんです」
「かわいくなくて悪かったわね」
蛇の目のゆりは舌を出していた。
黒目のゆりが気がつくと、ベッドで寝転んでいた。
「あれ？」
ハインリヒがベッドに座っているのが見えた。ゆりは周りを見て、別室の方だと気がついた。
「儀式が終わってすぐなのに、元気だね」
「ここであっちの王妃と話をしていただけですよ。王妃、夜、私の部屋に来てください。迎えに来ますから」
「まだそんな精力があるの？」
「私はないです。ただ、あなたを可愛がりたいだけですよ。セクシーな寝間着で待っててください」
「セクシーな寝間着？ 寒いよ」
「部屋をぬくめておきますから、ね、愛してる男に可愛がられたいでしょ？」
ハインリヒは微笑んでいたが、ちょっと怖い微笑みだった。こういう時に逆らうと、後が怖いというのもゆりは分かっていた。
「じゃあ、可愛がられちゃおうかな」
ゆりはちょっと引きつりながらも言っていた。
「そうこなくちゃね」
ハインリヒはゆりを部屋に戻して、「夜にね」と言って去って行った。
一時は散々ハインリヒの寝室に勝手に移動していたが、最近は落ち着いていた。
「ついでに気ももらっちゃおうかな。セクシーな寝間着……スケスケ？ 無理だな。無難なやつにしとこう」
ゆりが夜、白い寝間着を着て部屋にいると、ハインリヒがやってきてすぐに移動させられた。寝室に来ると確かに暖かい。ベッドサイドに一つランプの灯りが灯っていた。
「スケスケがよかったなあ」
ハインリヒが言った。
「ばかみたいじゃない。これもかわいいでしょ？」
寝間着の裾の方にはいっぱいフリフリがついている。肩も出ているし、胸元は太めのゴムがついているので、ちょっとひっぱれば下にめくれるようになっていた。
「じゃあ可愛がってあげますね」
「うん」
ハインリヒは上半身だけ服を脱いだ。ハインリヒの胸にいる黒蛇達をみたら、ゆりもドキドキしてきた。
「ねえ、金蛇ちゃんは、黒蛇ちゃんのこと、リヒリヒって呼んでるんだけど、どっちも同じ名前だと思う？ それともリヒとリヒ？」
「さあ」
「どっちだろう」
ゆりはハインリヒに近づいて、ハインリヒの肌の蛇をなでた。
ハインリヒはゆりの手を握っていた。
「王妃、儀式では愛してるっていってくれたでしょ？ 今言ってほしいな」
「でも今言ったら、盛り上がりすぎない？」
「いいじゃないですか」
「好き」
「あいしてると言ってほしい」
「愛してる」
ゆりは言いながらも別のことが気になっていた。
「ねえ、何か感じる？」
「何かって？」
「実は、愛してるって言われると、私の分身が勝手に出て何かするみたいなの」
ゆりはつい言っていた。
「分身？」
「私の分身の霊体が出てくるの。ガーベラ様のいたずらでそうなっちゃったの」
「へー愛してる。……愛してる愛してる。愛しまくっている」
ハインリヒは連呼してみた。しばらくし、ハインリヒは「愛してる愛してる。すごく愛してる。愛しまくってる」とまた連呼していた。
「ちょっと……」
「……ぷっ」
ハインリヒはなぜか笑っていた。
「え？ どうしたの？」
ゆりは目をぱちくりさせている。
「くくく……かわいい」
「え？ 何？ 何があったの？」
ハインリヒは笑いながらゆりを見て、「ちょっと言えないですね」と言った。
「え？ なんで？ 霊体に何かされた？ 何かされたの感じたの？」
「愛してる。すごく愛してる。愛してますよ。そんなにしなくても……」
ハインリヒは一人でぶつぶつ言っている。
「何してるの？ ねえ、何されたの？ 教えて」
「秘密。これは面白いんでみんなに共有しますね」
「ええ？ 共有しなくていいよ」
「今から愛してあげますよ」
ハインリヒはゆりの寝間着を下にずりっとずらして、胸に触れたのだった。
ハインリヒはゆりに愛撫しながらも「愛してる」と言いまくり、時々笑っていた。
「言うんじゃなかった」
ゆりは激しく後悔している。
「なんで？ かわいいですよ。王妃の霊体ちゃん」
「何してるか教えてよ」
「私と霊体ちゃんの秘密です」
「ひどい」
「儀式の時はわからなかったけど、意識を集中すると感じるんですよ」
「だから何をされてるのよー」
「霊体ちゃんを見たいなあ。見えないのが残念だなあ。ところで、王妃にも見えないのに、どうしてわかったんですか？」
ゆりはぎくりとした。
「え？ その、ガーベラに聞いて」
「あなたの霊体がでるわよって？」
「そう」
ゆりはうなずいていた。
「ふーん、王妃は面白いですね。おかげで興奮してきましたよ。良かったですね。口でしたいでしょ？」
ハインリヒは下も脱ぎだした。
ゆりは自ら顔を近づけて、手で触りながら口での奉仕を始めた。
「はあ、いいですよ」
ハインリヒは腰を少し動かしていたが、ゆりは嫌がらずに続けていた。
「もっと愛を込めてしてください。……ん……んん……体がぞわぞわしてきた。はあ……ああ……」
ハインリヒはゆりの口の外で達してから、ゆりを抱きしめた。ハインリヒの肌にうっすらと黒い蛇の鱗が見える。
「リヒリヒ好き」
ゆりはハインリヒの背中に腕を回して命いっぱい抱きついた。
ハインリヒは何も言わずにゆりを抱きしめて、指と舌でゆりを何度も興奮させたのだった。
「ゴロゴロゴロ……」
のどを鳴らすような低い音が聞こえてくる。
一体何の音？
頬をべろりとなめられたが、えらくでかい舌のような気がする。ゆりが目を開けると、目の前にでかい黒豹の顔がどーんとあり、ゆりは「ぎゃ！」と声をあげて口に手をあてていた。
え？ ここはどこ？ やばい！
ゆりが寝転んでいたのは草の上である。そして少し離れた所に、大きな木も見えた。
スペード様がいるかも。今日はやばい気がする
なんといっても先ほどまでハインリヒといちゃいちゃした所である。ゆりは自分の体を見て、（あー服を着ててよかったー）とほっとしていた。裸で寝ていたら裸で来ていたのかもしれない。
（裸で来るなんて冗談じゃないわよ。まったく！）
黒豹はゆりの頬に顔をすりすりしてきていた。
やけになついてきている、と思っていたら、黒豹はゆりの体の上に両手を乗せてきた。そして頬をべろべろなめている。ゆりの白い寝間着をでかい手でひっかけてさげようとまでしている。
「ちょ、ちょっと、何するのよ。やめなさい」
ゆりは小声で豹の手を押しのけている。
「ゴロゴロゴロ」
豹もゴロゴロ言うんだーというのんきな状況ではなくなってきた。どうやらこの黒豹は、欲情しているように見える。いや確実に興奮していた。
（げっ！ 下半身が……）
黒豹の下半身が興奮状態になっているではないか。
逃げようとするとますます上にどーんと乗られてしまった。
「お、重い。重いでしょ。どきなさい」
ゆりは小声で豹をしかっていたが、豹はべろっとでかい舌でゆりの顔をなめてきた。
「ちょっともー」
黒豹はゆりの胸元の服をあむっとかんで下に下げようとしていた。
「ちょっと、だめだったら。やめなさいって」
ゆりは服を下げられまいと必死だったが、黒豹はぐいぐい下に下げようとする。
「エッチ、もうエッチ、だめだったら。服に穴が開いちゃう」
ゆりが小声で抵抗していたら、「大丈夫ですか？」と男の声が聞こえて、ゆりははっと横を向いて「ぎゃ！」と悲鳴をあげていた。なんとスペードが近くに立っている。スペードは手で黒豹を横にどけると、黒豹は仕方なくゆりの服から口を離したが、代わりにゆりの首元に頬をすりすりしていた。
「…………」
ゆりにすればあまりにきまずい状況だった。
「大丈夫です？」
スペードがもう一度聞いた。
「はい、あの、誤解しないでほしいんですが、私がこの子を誘ったんじゃありません」
ゆりは寝転んだまま言っていた。
「え？ はあ、そういう誤解はしてないですよ」
黒豹は体をゆりにすり寄せ下半身も引っ付けようとしていたので、スペードはゆりを抱き上げていた。
「あっちに行きましょう」
「はい……」
ゆりの顔は真っ赤になっていた。
（だっこされた。だっこされた。だっこされたー！）
スペードに軽々と抱っこされてゆりは驚くやらうれしいやらである。黒豹はゆりの足に頬を寄せたりしながらくっついてきていた。
いつもの大木の側でスペードはゆりの体を降ろしたのだが、黒豹はゆりの膝の上に顔を乗せてごろごろ言っていた。
「ありがとうございます」
「いえ……黒豹になつかれましたね」
「はい。そうですね」
ゆりは（エッチな子ね）と内心言いながらも黒豹の頭をがしがしなでていた。黒豹はかまわずゴロゴロのどを鳴らしている。黒豹は長い尻尾をぶらぶらゆらしていた。
「あの、また来てしまってすいません」
ゆりはとりあえず謝っていた。
「いえ……」
（今日はどうして来ちゃったんだろう？ さっぱりわからない。私がスペード様に会いたいって思ったときに来られればいいのにい。あんまり来たんじゃうっとおしがられるじゃない。ほら、なんか黙ってるし、怒ってるかもしれない）
などとゆりは思っていた。
「あのう、私やっぱり向こうの方にいってますよ。あまり夢に他人がくるといやじゃないですか？」
ゆりは遠慮がちに言っていた。
ゆりは手紙の返信のこととかも気になっていたが、あまり催促するのもかわいくないだろうと思い、聞けなかった。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですが……」
ゆりが動こうとするとスペードが聞いたので、ゆりはまたちゃんと座っていた。
「はい」
「あなたに聞きたい事はたくさんあるんですが……とりあえず今すごく疑問に思ってることがあるんですが、ゆり様は、生粋の蛇の一族なんですよね？」
スペードはゆりに聞いた。
「え、は、はい」
とゆりは答えたが、生粋の蛇の一族か、と言われると、ちょっと違う。
（しいて言えば、猿の一族？ でも言っても分からないだろうし、私の外見を見てそう思うのもまあ無理はないだろうなあ）
「私の場合、話せば一年くらいかかりそうなほど複雑なんですけど、私の気、とかは蛇ですよ」
「一年もかかるんですか？」
「それは冗談ですが、やっぱり耳とか違うからそう思いました？」
「いえ、耳ではないです」
「じゃあ顔ですか？ 蛇の一族の女性って、だいたい鼻が高いんですよ」
「違います」
「じゃあ足の長さですか？」
「いいえ。匂いですよ。あなたの匂いがちょっとありえない匂いなもので」
「え？ なんかくさいです？」
ゆりはドキドキしながら聞いた。
「いえ、良い匂いですよ。すごくおいしそうな匂いなんで黒豹があなたに盛ってるんです」
「え……」
その黒豹は、今くるりと上を向いて、ぺろぺろゆりの手をなめている。
（おいしそうって、ケーキとかそっちの匂いじゃないよね。もしかして、私が興奮したときの匂いのこと言ってる？！ やばい恥ずかしすぎる。この女何盛ってんだ、とか思われたらどうしよう！ 私の１０年計画が！）
ゆりはゆっくり文通しつつスペードと仲良くなる気だったので、かなりあせっていた。
「あの、私やっぱりあっちに……」
（これ以上軽蔑される前に離れよう）ゆりはそう思い立ち上がろうとしたのだが、黒豹はくるりと体を回転させてゆりの服をあむっとかんだものだから、ゆりの服はずりっと下に下がり、胸がでそうになった。
「ぎゃっ」
ゆりはあわてて胸元を押さえてまたしゃがんでいた。その時ゆりを助けようと思ったのかスペードがゆりを後ろから抱きしめるような格好で黒豹を手で制していた。
「すいませ……ん。ん？」
スペードはゆりの左の耳たぶを軽くかんでいたので、ゆりはびっくりしていた。
（え？ なんか耳かまれた。どういうこと？）
スペードはすぐに離れたので、ゆりは何が起こったのかと胸元を押さえつつスペードに顔を向けた。
「すいません。豹流の挨拶をしたくなってしまって、してしまいました」
スペードは横を向いてちょっと恥ずかしげに言っていた。
「挨拶？」
（豹の挨拶って、なんか恥ずかしい。スペード様はしょっちゅうこんな挨拶を？）
ゆりはその場面を想像していた。
（それって男にもするのかな？）
ゆりは男同士がしているところも想像していた。この世界にはいろいろな一族があって、その一族ごとの文化というものがあるようだ。元の世界でも、挨拶に軽く頬にキスしたりする国などもあったので、
ゆりはそういう文化だと思った。
（豹の一族では恥ずかしいことじゃないのかも。文化の違いってやつね。きっと）
「私も挨拶していいですか？」
ゆりは挨拶をされたら返すのが普通だと思っていたので言ってみた。
「え？ してくれます？」
「はい」
「じゃあ」
スペードは顔を寄せた。ゆりはスペードの右耳をあむっと唇で含んで、ぱっと離れた。
「…………」
スペードは近くでゆりを見ている。
ゆりは真っ赤な顔で、「私はこういう挨拶したことないので、ちょっと恥ずかしいです」と言っていた。
スペードは何か言おうとしていたが、ゆりは周りの世界が白くなってきているのに気づいて、「それじゃ、スペード様、お元気で」と言って逃げるように去って行った。
ゆりは目覚めると、ハインリヒの横で寝転んでいた。
（あーよかったーひっついてなくてよかったー突然いなくなったんじゃ大変だったわ）
ゆりはスペードにひっついていなくてよかったと心底ほっとしていた。
ゆりがごそごそ動いたのでハインリヒが目を覚ました。
「ん？ なんだろう。なぜか獣のにおいがする……」
「え？」
ゆりはそこではっと（あいつだ！）と黒豹を思い出していた。散々くっつかれたので、その匂いがしているのかもしれない。
ハインリヒはゆりを見て、匂いをかごうとしていた。
「あ、わかった。私神の国で、ライオネルの背中に乗ってたから、それだわ！」
ゆりは体を離して言った。
「え？ ライオネル様の背中に乗ったんですか？」
「うん。ちょっとはしゃいじゃって。ライオネルの毛並みをなでまくったりしたの。私部屋に戻りたいな。連れて行ってくれる？」
「いいですよ。体、洗った方がいいですよ」
「うん」
ゆりは別にキラキラではなかったので、ハインリヒも、ライオネルとゆりが寝たというところまでは想像しなかったので、すぐにゆりを部屋に戻してくれた。
「ありがとう」
「じゃあね」
ハインリヒは去って行った。
「あーびっくりする夜だったわ。なんでああいう後に夢で会っちゃう？ でも挨拶されたから怒ってないかも？」
カーテンを開けて外を見ると、今日は雨は降っていなかった。空には雨雲もない。
「イシュタールそろそろ帰ってくるかな？ スペード様、返信してくれたのかなあ。さぶっ着替えなきゃ、それより、体をふきに行かなきゃ」
ゆりは上に何かはおってから着替えを持って、急いで下の浴室に行ったのだった。
つづく
１２部
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