第４３話
あたりには濃い霧が漂っていた。その場に立っていたヴィラは、（久しぶりの感覚だ）と感じていた。
（ディラン殿に会えるかもしれない）
前に進んでいくと、前方に緑の屋根の屋敷が見えてきた。やはりそうである。過去にいるディランと夢がつながったのだ。屋敷の前には誰かが立っていた。緑の長い髪、ディランだ、と思いヴィラは手を振ろうとしたが、そこにいた男の肌にはうっすらと緑の鱗が見えた。出迎えてくれたのは、ディランではなく、ディランの肌に蛇らしい。
ヴィラの横を子供が走って通り過ぎて行き、人化したディランに抱きついていた。どうやら子蛇も出て来たようである。
「あ、やばい」
ヴィラはつい声を出していた。過去にあの話題はまだ伝わっていないはずである。
（子蛇君、あのことはまだ言うんじゃない。秘密だ。言うな）
ヴィラは心の中で訴えたが、子蛇君は親蛇にひそひそ何か話していた。親蛇の方はこちらをじろりと見ている。
「やばい」
親蛇がヴィラに近づいてきた。ヴィラはどうしたものかと横を向いている。すると、親蛇はヴィラに右手を出した。意外である。ヴィラは親蛇と握手をした。するとものすごい強さで手を握られた。
「いててててて」
そしてさらにひねられた。
「いたい。痛いですって」
親蛇はヴィラの手を離した。やはり怒っているようである。
「子蛇ができたって？ おめでとう。だが、オレの方が多いからオレの勝ちだ」
親蛇は無表情に言っていた。
「そうですね」
「ハインリヒは代わりに三発殴っといてくれ」
「無理です」
「情けないぜ」
ディランではなくディランの蛇と話しているのだから不思議なものである。子蛇は親蛇にくっつき、親蛇は子蛇の頭をなでなでしていた。
「ナ、ナナちゃんは元気か？」
「ナナちゃん？ ナナミ様ですか？ 元気ですよ」
「そうか」
親蛇はちょっとうれしそうだった。
「へびっちもかなり元気になりましたよ」
親蛇はうれしそうにうなずいていた。
「本体はあっちだ」
親蛇は左を指している。
「それじゃ」
ヴィラは屋敷の裏手に回ってみた。すると、庭にある白い椅子にディランは座っていた。
「ディラン殿」
「ヴィラ殿、久しぶりですね」
ディランは立ち上がり、ヴィラの両手を握っていた。
「さっき、ディラン殿の蛇さんと話をしましたよ」
「え？ そうなんですか？ 何を話したんですか？」
「ナナミ様は元気かって聞かれました。元気ですよって答えましたよ」
「そうですか」
「アナスターシャ様は元気ですか？」
「元気ですよ。そうだ。最近茶色い子供の天馬が増えましてね。アナスターシャ様が連れてきた天馬と仲良くしてますよ」
「そうなんですか」
「どこから来たのか不思議なんですが、アナスターシャ様は、最初プリモが赤ちゃんを産んだと思い込んでいて、みんなでそんなばかなって言ってたんですが、結局他からやってきたみたいです」
ディランは椅子に座るように促したので、ヴィラは椅子に座った。
「アナスターシャ様はやはりゆり様の御子様ですね。周りを明るくする力がありますよ。教官達なんて、アナスターシャ様に魔力をあげられるものならあげたいって言ってますよ。みんな、姫のことが好きになっちゃってますよ。我々は姫に甘いって理由で教官からは外されてしまって、フークスはぶーぶー言ってます」
「楽しそうでよかったですよ」
「へびっちは元気になりましたか？」
「結構元気になりましたよ。あ、そうだ。ハインリヒ殿は遺跡のことを気にしてましたよ。過去で遺跡の謎がわからないかなって。こっちの時代では遺跡は森になっちゃってまして、森を伐採して遺跡の周りをキレイにしたところなんです」
「アヴィールの遺跡ですか。それが、まだ何もわかってません。始祖様がたの本名が、どこを探してもわからないんですよ」
「なんでも導き手とかいう方が伝えて回っているみたいですよ。妊婦の元に通って、その子供に伝えてるとかなんとか。ハインリヒ殿もそうだったらしいですよ」
「ああ、手紙で読みましたよ。実はうちの巫女様の元に蛇様が通っていたことがあったんですよ。もしかしたら、巫女様の御子様が、呪文を知ってるってことになりますよね」
「そうですねえ。とりあえずは、地下に入る呪文がいりますね。始祖様の名前」
「蛇様はその名前らしきものをフークスに言ったらしいんですよね。でもいきなり言われても覚えてないみたいで、もう一度来ていただきたいんですが」
「なかなかうまくいかないもんですね。まあいずれ謎がとけそうですが」
「だといいですね」
ヴィラは自分達の子蛇が生まれたであろうことは、ディランには言わなかった。
（うれしげに言うのもなんだしなあ、まあ親蛇君にはばれたからいいか）
「あ、そうだ。ムサカ様、ゆり様の恋人になってないですか？」
ディランは神妙な面持ちで聞いた。
「え？ いえ、なってないですよ。カール君はなっちゃいましたが」
「そうですか。カールはなっちゃいましたか」
「王妃は女王様に申し訳ないって言ってましたが」
「陛下はむしろ喜びますよ。カールが役に立つならよかったです」
「さすがにムサカ様を恋人には……」
ヴィラは笑っている。
「そ、そうですよねえ」
ディランも笑っていた。
話はそれくらいで、二人の夢は終わった。
目覚めた後ヴィラは自分の子蛇を見て、
「子蛇君、わざわざ全部報告しなくていいんだよ。空気読んでおくれよ」と言っていた。子蛇はぴくりとも動かなかった。
「全く。お父さんが大好きなんだから。しかしすごく話すようになったな。情けないとか言われてしまった。ハインリヒ殿を殴れる人間はいませんよ。フリット殿の蛇さんならできるかも？」
今のところ、ハインリヒとやりあえそうなのはフリットの蛇くらいである。
城では、朝の身支度を済ませたゆりのところに、ミカエルがやってきた。
「王妃、おはようございます」
「おはよう」
ミカエルはゆりに近づいて軽くキスした。朝から完璧にいい男だったので、ゆりはミカエルを見てちょっとにやっとしていた。
「王妃、愛してます」
「ん？」
「……死ぬほど愛してます。愛しまくってます。本当に愛してる……」
ミカエルは言ってからそのままじっとしている。
ゆりは何かを察していた。
「……ぷっ」
ミカエルは口元に手をあてて笑っていた。
「王妃、きゃわゆい」
「もーハインリヒに何か聞いたでしょ」
ゆりは真っ赤になっていた。
「王妃ってば、私に棄てられたくないあまりにこんな技を開発するなんて……かわいすぎる」
ミカエルはくくくと肩をふるわせて笑っている。
「別にそういうわけじゃないわよ。それで、何をされたの？」
「……ぷっ」
「何されたのよう」
「秘密です。王妃の霊体ちゃんが秘密だっていってるから」
「嘘でしょ！？」
「言ったらつまらないじゃないですか。性欲が回復したら、いっぱい愛してあげますね。私の子供が欲しいって言ったら、ミカミカでてきますよ」
ミカエルはゆりの耳元で言っていた。
「子供もう産んだのにーミカミカ冷たい」
「私自身の子供が産みたいって言ってくれないと」
「言わないもん」
二人は小突きあったりしていたが、それを扉をちょっと開いて見ていたシスとラギは、
「微笑ましいね」
「うん。ミカエルよかったね」
と邪魔せずに去って行ったのだった。
男達があんまり「愛してる」を連発するので、ゆりはついに「愛してる禁止」と男達に告げた。
「えー！ こんなに愛してるのに」
とハインリヒ。ゆりは切なげな表情のミルキダスを見て、
「ミルキダスとシャナーンとカールはいい」
と言っていた。
「差別ですよ。王妃」
とジュノーは不服げである。
「霊体ちゃんはもうでまくっちゃって疲れたって」
「そんなことないですよ。まだ余裕で愛してくれますよ」
「そうですよ。愛してます」
「愛してます」
「すごく愛してます」
男達が時間差でにやにやしているのが気に食わない。
「何してるのかだれも教えてくれないんだもん。ずるいよ。ねえシャナーン、教えて」
ゆりはシャナーンにすりよってみた。
「普通に、口づけとか、ですよ？」
とかいいながらシャナーンはにまにましている。
「絶対嘘でしょ。ミルキダス教えて」
ゆりはミルキダスの腕を振っている。
「えーと……特に変なことは、されてないですよ？」
ミルキダスは男達にじろっと見られていたので言えなかった。
ゆりはカールを見た。カールは目をぱちぱちさせている。
「王妃様は霊体もかわいいです」
「もー」
この場にイシュタールはいなかった。イシュタールは今までの分休みなく働いている。
「あ、そうだ。ディラン殿からの伝言があった。ハインリヒ殿を三発殴ってくれって、ディラン殿の蛇さんから言われましたんで、フリット殿お願いします」
ヴィラはフリットに頼んでいた。
「なんで私？」
とフリット。
「最近ハインリヒ殿を殴れそうなのは、あっちのフリット殿だけなので」
「いえてる」
ジュノーが言った。
「それより、ディランに聞くことちゃんと聞いてくれたか？」
ハインリヒがヴィラに聞いた。
「遺跡のことは、まださっぱりわからんそうですよ」
「がくっ」
「アナスターシャ様は、やっぱり王妃にそっくりですねって言ってましたよ。明るくて、良い子だって」
「そう」
ゆりはうれしそうだ。
「それから茶色い天馬が増えたって言ってたな。プリモと仲良くしてるっていってましたよ」
「えーみたーい。過去にいきたーい」
男達は口をそろえて「だめ」と言っていたのだった。
それから数日後、ゆりは神の国に行くことができた。ハロルドに手のお礼も言いたかったが、今日はとりあえずオルガに会いに行きたかった。部屋に知らない間にオオコウモリがいる夢をみてしまったせいである。夢ではラクシュミに「棄ててこい」と言われて、ゆりはオオコウモリをどこに棄てればいいのか困ったのだった。今思えば、棄てなくても勝手に飛んで行った気もする。
ガーベラの神殿にはだれもいなかった。
（この際、オルガといちゃいちゃしちゃおうかな。ずっと先延ばしにしてたから、さすがに悪いし、そうだ。恥ずかしいからガーベラになりきってやっちゃおう！）
ゆりはそう決意し、オルガの元に飛んだ。飛んだのはオルガの神殿の外で、ちょうど誰かが出てくる所だった。
「あ、ガーベラ様だ！ やった！」
神殿から出て来たのは若い男の妖精である。妖精はゆりに抱きついてきた。
「ガーベラ様、御子様誕生おめでとうございます。ああ、良い匂いだ」
妖精はぎゅっとだきついている。
「あ、ありがとう」
「もっとたくさん頼みますよ。オルガ様の子供もよろしくお願いします♪ それじゃ」
陽気な妖精は名残惜しそうにゆりから離れて去って行った。
いつも神の国でみる妖精とは、ちょっと違うような感じである。服装も人間ぽい。瞳が左右色が違っていた。
神殿の中に入ると、オルガは座ってお酒か何かを飲んでいた。昼間なのに珍しくおきていたようだ。
「オールガ」
ゆりは後ろからオルガに抱きついた。
「ガーベラ」
「ねーオルガ、仲良くしたいな」
「いいとも」
（やった、ばれてない！）
二人はそのまま寝室に行き、ゆりは初めて本格的にオルガと仲良くなったのだった。終わるととたんにゆりは恥ずかしくなって真っ赤になって座っていた。
「ガーベラ、どうしたんだ？」
「えー実は私でした」
ゆりは恥ずかしげにぺこりと頭をさげていた。
「え？」
「恥ずかしい」
ゆりは両手で顔を覆っていた。
「ええー！ 全く気がつかなかった。なんだかちょっと損した気分だ」
「え？ どうして？」
「最初だから楽しみにしてた」
「えー恥ずかしいですよ。そんな楽しみにしないでくださいよ」
「本当に楽しみにしてたのに」
オルガは女神の体を抱きしめた。
「いやじゃなかったか？」
「もちろん、とっても気持ちよかったです」
ゆりはオルガを喜ばせようと恥ずかしかったが言っていた。
「そうか？ よかった」
オルガは結構うれしそうだ。
（無事終わってよかったー）
とゆりはほっとしていた。なにげにベッドサイドの棚をみると、なんだかかわいいものがおいてある。
「あれなんですか？ かわいい」
「ああ」
オルガがそれを取ってゆりに渡した。
「えーコウモリだ。かわいい」
それは羽を広げたコウモリのぬいぐるみだった。外側は黒なのだが、羽の内側は、パッチワークのようないろいろなかわいい布がついていた。コウモリの体部分は黒いタオル地のような手触りのいい布が使われている。目の部分は黒いボタンがついていた。羽を広げているので結構大きい。横幅は一メートルくらいありそうだ。
「あ、すごく良い匂いがする」
コウモリの体部分に匂いがするようなものが入っているようだった。
「これ欲しいか？」
「え？ もらってもいいんですか？」
ゆりはうれしそうだ。
「実は、あなたにあげようと買ってきてもらったんだが、これを大人の女性が喜ぶかなあと思って」
「かわいいですよ。私欲しいです」
「そうか？ 本物のコウモリの方がかわいいがなあ」
「いえいえ、これがいいです」
ゆりはぬいぐるみを抱きしめていた。
「そうか。まあコウモリは蛇を食べるからちょっと悩んでいたが……」
「これ、コウモリの国で買ったんですか？」
「ああ。私があげるならコウモリだろうと言われて」
「夜の生き物だからですか？」
「私の聖獣にコウモリがいるんだ。他には大ガラスとか、黒ネコとか」
「どれも黒いんですね。じゃあ、夜とかコウモリがよってきたりするんですか？」
「ああ。コウモリの国付近に行くと、でかいのが寄ってきて大変だ」
（コウモリと飛ぶオルガ様、吸血鬼みたいでステキ！）
ゆりは一人で妄想していたのだった。
「じゃあこれはレーヌに」
オルガはコウモリのちょっと小さいぬいぐるみも一緒にくれた。
「ありがとうございます。あ、さっき神殿の前で変わった妖精さんに会いましたよ。黒髪で、妖精らしくない服装でしたよ。瞳が左右違ってて」
「ああ、マキシミリアンだろ。彼に買ってきてもらったんだ」
「マキシミリアンさん？」
「彼は元人間なんで、神の国にいる妖精とはかなり違うんだ。私は彼が小さい頃から知ってて、結構長い付き合いになる。彼は右目だけ黒に黄色い瞳孔をしてるから、小さい頃は本気で私を本当の父親だと思ってたんだ」
「えーじゃあ彼は、オルガ様の妖精なんですか？」
「厳密には違うかな。ハロルドのところにいたり私のところにいたり、いろんな神殿を出入りしてる。ハロルドはマキシミリアンが苦手なんだ。あいつが気安く話しすぎるから態度が悪いって。それを私が甘やかしたせいだと言うんだ」
「えー」
ゆりは笑っている。ハロルドに苦手な妖精がいたとは。
オルガは女神の髪に触っていた。
「もう一度しよう」
「え？」
「嫌なのか？」
「え？ いえいえ」
ゆりは、オルガは一度で満足して終わるタイプかな、と思っていた。
（それじゃガーベラの恋人は務まらないかも？）
「ばれちゃったから恥ずかしいな」
「じゃあもっと恥ずかしくしようか。君が上でしよう」
「え！？」
ゆりは予想外の言葉に一瞬硬直し、「いやいや何をおっしゃっているのやら」とオルガから離れていた。
むちゃくちゃ真っ赤になっているので、「確かに面白い」とオルガは言っていた。
「面白がらないでください」
「君はジンラとは昼間に外でしたじゃないか」
「え……あれはその、木がね。不思議な木のせいで………なんでそれを知ってるんですか」
「みんな知ってるぞ」
「やだー」
「ははは、ものすごく真っ赤だ」
「からかうならもう来ませんからね」
「それは困る。寂しい」
「寂しいって……」
ゆりは胸がキューンとしてしまい、オルガに抱きついていた。
「実は私、ずっと前にオルガに口でしちゃった」
「……え？」
「オルガがすっごくその気な時で、私はまだ神様とそういうことあまりしてなかったからそれで、終わらせたの」
ゆりはつい、言わなくてもいいことを暴露していた。
「いつのことかさっぱりわからないが、私は、口でしてもらうの好きだ」
「え」
「してほしいと言ったらしてくれるか？」
「えー……次のお楽しみにしましょう」
「次……どうせハロルドやラーズのところにも行くんだろ？」
「ここにも来ます」
「本当だろうな」
「うん」
オルガはぎゅっと女神の体を抱きしめて口づけたのだった。
ゆりはその後、ぬいぐるみを抱きしめて、人間界に戻ったのだった。
ゆりは自分のベッドで、コウモリのぬいぐるみをちゃんと抱きしめていた。
「オルガ様、やっぱりステキ。ああ、次神の国に行ったらだれのところに行こう。結構大変になってきたな」
みんなに来い来い言われても、体は一つなので悩ましい。
「ま、それもこれも私の魅力っていうか、ガーベラの魅力よね」
ガーベラの姿だから、恥ずかしがってるゆりがかわいく見えているに違いない、とゆりは思っている。
ゆりはコウモリの大きいぬいぐるみをしげしげと眺めた。
「かわいいなあ。本物が来なくてよかった。ぷっ」
オルガとの会話を思い出して、ゆりは笑っていたのだった。
つづく
１２部
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