第４４話
ゆりは翌朝、食堂で、「みんな見て、かわいいでしょ。オルガ様にもらったの」とコウモリのぬいぐるみを子供達に見せた。
「これ、オルガ様がレーヌにって」
「やったあ！」
レーヌは喜んで受け取っている。
「私は大きいのもらったの。後で見に来てね。かわいいんだから」
ゆりはにこにこしながら椅子に座っていた。レーヌ以外の子供達はシーンとしている。
「何かリアクションしてよ」
「神様の贈り物にしては地味だね」
ナナミが言った。
「まあ、そうだね。でもどうしてコウモリなの？」
ラギが聞いた。
「オルガ様といったらコウモリなんだって」
「そうなんだ」
「まったくつまらないわねえ。こんなにかわいいのに」
「こういうのもらって喜ぶ女性はお母さんくらいだよ。みんなお母さんほど無邪気じゃないから」
ラギが言った。
「これはトーのアイだよ」
レーヌが言った。
「そうよ。愛よねーレーヌ良い子ね」
「えへ」
「ミーはクーのアイほしいな」
とミシェイラ。
「神様の贈り物も特色があっておもしろいね。オルガ様がこういうのくれるなんて想像できないな。微笑ましいよね」
シスは微笑んでいる。
「あやうくオオコウモリがくる所だったんだから。ぬいぐるみでよかったわ」
「僕オオコウモリ欲しいな。でかいのは乗れるんだよ」
ラギが言った。
「どこで飼うの。だめ。それにコウモリは蛇を食べちゃうでしょ」
「そうか。しつけるの無理かなー。本物の方がいいのになあ」
「動物なら天馬がいいよう。母様またもらってきてよ」
ナナミが言った。
「ハロルド様にはいろいろいただいたのでこれ以上はもう無理」
「過去には茶色い天馬が来たんだよね。プリモ喜んでるかなあ」
シスは二匹の天馬を想像していた。
「オスだったらいいね」
ラギはまだプリモの子供をあきらめていなかった。
ある夜、聖地にいるスペードは、また夢にねぼすけが出て来てうんざりしていた。
「しょっちゅう来るな」
「彼女が見たいー」
「見なくていい。それにそう頻繁には来ないし」
「スペード、せっかくだからそこらに小屋でも建てたらどうだい？ いざとなったらそこに彼女を連れ込めばいい。ここじゃあまりに彼女がかわいそうだぞ」
「あほなことを言うな」
などと二人が言い合っていたが、少し離れた所にゆりがやってきていた。
ゆりは前回とは違い、長袖で、胸元もちゃんと隠れている寝間着を着ていた。これで豹にかまれようが胸がぽろりと出ることはない。
「あ、そうだ。手形のお礼を言おう♪」
ゆりは、前回とは違い今回はお礼を言うという用があるので、喜んで大木の方に近づいて行った。
ゆりを見つけた黒豹はすぐに近づいてきてゆりの足に頬をスリスリしていた。
（スペード様より先に、黒豹を恋人にしちゃったりして。なんてね）
ゆりは大木を回り、そこにスペードを発見したが、他にもう一人いた。二人ともゆりを見て驚いている。
「あ、あなたが例の！」
ねぼすけはすぐに気づいてゆりの手を握っていた。
「いやーあなたに会いたかったんですよ」
「ねぼすけ！」
ゆりはぽかんとしていたが、その男に見覚えがあった。オルガの神殿の前で出会った妖精である。
「ねぼすけ、離れろ」
「いいじゃないか。ずっと会いたかったんだからさ」
ねぼすけはにこにこしてゆりを見たが、やがて表情を変えていた。がらっと真面目な顔になり、顔を近づけてゆりを眺めている。
ゆりはきょろきょろと視線を動かしていた。
「おい、失礼なことをするな」
スペードはねぼすけのフードを引っ張っていた。
「ちょっと待てっていいじゃないか。見るぐらい」
ねぼすけはスペードの手を振り払っている。
「近づきすぎだろ」
「もうオレの女呼ばわりなの？」
「そうじゃない。あまり近づくな」
「あなた、面白いですね」
ねぼすけは体を離してゆりに言った。
「あなたの目もキレイですね」
とゆり。男の右目は確かにオルガの瞳に似ているかもしれない。子供の頃オルガを父だと思っていた、という話を聞いたのを思い出した。だが、近くで見つめられるとなんだか怖い。
（名前は、マキ……なんだっけ。６文字くらいの人）
ゆりはすっかり名前を忘れていた。
「神様の加護か何かもらってますよね？」
「はい、よくわかりましたね」
「だれの加護なんですか？」
ねぼすけは微笑みながら聞いた。
「サラディン様の加護です」
スペードは「え？」と驚いている。
「もう一個の方が気になるな。そっちはだれかなあ」
「そっちは内緒です」
「どうしても？」
「どうしても」
二人はしばし、表面上だけ笑い合っていた。
（加護のことは、クーガ様にも聞かれたことなかったような）
「じゃあ、どうして神気をまとってるのかな？」
ねぼすけは顔を近づけて、スペードに聞こえないくらい小さい声でゆりに聞いた。
「それはね、ひみつなんですよ」
「どうしても？」
「はい」
「あなた普通に人間として暮らしてるんですよね？」
「そうですよ」
「うーん」
「いい加減にしろ」
スペードはねぼすけの頭をパンとたたいていた。
「もーそんなに早く彼女と二人きりになりたいのかよ。今日はやろうと思ってるの？」
「思ってないわ。もう行け！」
「へいへい。じゃあさようなら。不思議なお姉さん」
男は消えた。スペードは真っ赤になっていた。
「失礼なやつですいません」
「お友達ですか？」
「まあ、同じ人から妖精になった者同士なので。あいつはねぼすけっていいます」
「ねぼすけ？ それって名前ですか？」
「通称ですね。みんなそう呼んでるんで」
「へー。あ、スペード様、手形ありがとうございました。すごくうれしかったです」
ゆりはなにげに耳に髪をかけている。
「手紙、ちゃんとついたんですね」
「はい！」
ゆりは何かを期待しているようにスペードを見あげている。
「…………」
スペードはそれに気がついたのか、ちょっと恥ずかしげに頭をかいていた。
「今日は私から挨拶をしてもいいですか？」
ゆりが聞いた。
「え？ はあ……」
スペードはちょっと身をかがめて、ゆりはスペードの左耳をあむっと口に含んですぐ離れていた。
挨拶をされると、やはり返さねばおかしい。スペードも同じようにゆりの耳をあむっとかんでいた。
ゆりはかなりうれしそうだったので、「そんなにうれしいですか？」とスペードが聞いた。
「はい、スペード様と挨拶をしあえる仲になったのがうれしいです」
とゆりは無邪気に答えていた。
「あの、豹の男に会うことって本当にないですよね？」
スペードは確認するように聞いた。
「ないですよ。豹の人が城に来ることなんてないですし」
「さっきの挨拶は……５回目以降に会ったらする挨拶なんです。だから初対面ではしないんです」
「そうなんですか。私もうスペード様と５回も会ってたんですね」
「５回……」
スペードはゆりに会った回数を指で数えている。
「ちょうど前回で５回目でした」
「そうですか。よかった」
スペードはほっとした様子だった。
「す、座りましょう」
「はい」
ゆりが草の上に座ると、黒豹はゆりの膝に顔を乗せていた。
（スペード様には私の神気、見えてないのかな。見えなくてよかった）
ゆりがオルガと仲良くなってから、もう三日経っていた。神気もそんなにすごい量ではないはずである。
「あのーなぜ手紙が火の神殿から来たのか聞いてもいいですか？」
スペードは遠慮がちに聞いていた。
「はい、実は私、前に火にまかれたことがあって、その時一族の人が守ってくれたんですけど、その人は死にかけちゃって、その時偶然サラディン様に助けていただいたんですよ。
それで、サラディン様が彼を哀れに思って半分妖精にしてくれたんです。彼は大雨が苦手なので、梅雨の時期は神の国に行ってるんです。それで、彼に手紙を聖地に届けてもらったんです」
「半分妖精……あれ？ 私彼に会ったような気がするな」
「会ってますよ。神の国で、その話聞きました」
「やっぱりそうですか。それで謎が一つとけました。それじゃ、その時あなたもサラディン様の加護をもらったんですか？」
「はい、もう火事になっても焼け死ぬことはないぞっていただきました」
「やけどの跡も残らなくてよかったですね」
「神の国の癒やしの泉にしばらくいたんですよ。その時いろんな神様と会ったんです。アシュラン様ともその時会っていて、その後カードをもらったんです」
「そうなんですか」
スペードは納得した顔付きになっていた。
「それは幸運でしたね。聖地でもいろいろ疑問だったんですが、これですっきりしました」
「そうですか。半妖精の彼、イシュタールって言うんですけど、イシュタールがサラディン様に、私にかわいいって言うように頼んだらしくて、私もあの時はびっくりしました」
ゆりは笑いながら言った。
「そうだったんですか」
スペードも笑っていた。
「……スペード様は、こうやって私に会うの、嫌じゃないですか？」
「嫌じゃないですよ」
「よかった。もう前回みたいな服では来ないようにしますから」
「はあ……」
スペードはちょっと前回のことを思い出したような顔付きだった。
「いつ来るのか全くわからないので、私も困っちゃって。もし裸で寝てたら裸で来ちゃうのかなって。スペード様は夢の中は別の服着てるからいいですね。私も自分で服を選べたらいいんですけど、たまにはちゃんと化粧して、素敵なドレスを着て会いたいですよ」
スペードはふっと笑っていた。
「着飾らなくてもあなたは魅力的ですよ。この黒豹なんてすっかりあなたが好きになっちゃったみたいですし」
黒豹はずっとゆりのひざの上に顔を乗せていた。
「うれしいです。またお手紙も書きますね。こうして会えるなら、返信はしなくてもいいですよ」
周りの景色が変わってきていた。ゆりは立ち上がって、「それではまた、さようなら」と言って、逃げるように走って行った。
黒豹は寂しげな顔付きでゆりを見送っていた。
「無邪気だなあ。あれで本当に王妃様なのかな？ やっぱりお国柄か？」
昔自分がいた豹の国なんぞは、女同士の争いも苛烈だった。気が強くて強い女でなければ、王の寵愛を勝ち取る戦いにも入れない。
（誰かに似てる、と思ったら、あの無邪気な所はリティアに似てるかもな）
リティアのハロルドに対する無邪気な憧れと、ゆりの騎士スペードに対する憧れを比べてみると、確かに似ている。二人とも赤い月とか、一族の本能など無視して相手に憧れているのである。
（まあリティアの耳をかもうとは思わないが……会って５回目にする挨拶か、我ながらうまいごまかし方だった）
スペードは自分で笑っていた。
（まあ、こういうのも面白いかもな……）
スペードは目を覚まし、横に椅子に座っているねぼすけがいたので「わっ」と驚いていた。
「な、何勝手に人の家に入ってるんだ」
「すぐ話がしたくてさ、珍しく早起きしちゃったよ。ははは、彼女とやった？」
ねぼすけはちょっと眠そうである。
「それ、彼女の前で言うな。失礼すぎるぞ」
スペードは体を起こして上にシャツを着ていた。
「冬も裸で寝てるの？ 寒くない？」
「別に」
「彼女さ、神の手がついてるよ。誰か知らないけどね。大神じゃないと思うけど。それなのになんでスペードにご執心なんだろう。意味がわからん」
ねぼすけは眠そうな顔で言っていた。スペードはぽかんとしている。
「神の手？」
「神に抱かれた女ってこと。神の寵愛を得てるのに、君に会いたがるって意味不明じゃないか。普通そういう女は妖精なんかにゃ見向きもしないよ。だってさ、それがその神にばれたら、寵愛を失っちゃうんだからさ」
「ふーん」
スペードはクーリーフンから聞いた話を思い出していた。相手は虹の神ラーズかもしれないとそう思った。
「まあ、別に、彼女とは話しかしないからいいさ。彼女は今まで知り合った女とはまるっきり違うから、ちょっと癒やされる」
「娼婦と一緒にするなと言われるぞ」
「一緒にはしてない。所でお前はどうなんだ。食堂の女の子が好きなんだっけ？」
「そりゃ100年も前の話だよ。今は別に、そうだ。この前さ、神の国でガーベラ様に会ったんだよ。相変わらず胸がでかくていい匂いだったなあ」
ねぼすけはうれしそうな顔で言っていた。
「あれだけでもう、５年は寝てられる。ガーベラ様と夢でいちゃいちゃしよう」
「こらこら」
「子供の頃、オルガ様に頼んでガーベラ様に会わせてもらったんだよ。『ママ』って言ってガーベラ様に抱きついて、どさくさに紛れて胸に触ったりしたけど、ガーベラ様は優しく抱きしめてくれた」
「嫌なガキだな」
「僕はダーナ様よりガーベラ様が好きだ。あの胸にロマンを感じる。僕の寝室には上半身裸のガーベラ様が微笑んでるんだ。それもオルガ様に頼んでいいのを作ってもらった」
「オルガ様、お前に甘々だな」
「僕は未だにオルガ様の隠し子じゃないかと思ってるんだけどね。父も母も絶対違うと言ってたが」
「ねぼすけなら半分神でも喜びそうだな」
「僕はうれしいね。喜んで女神に言い寄っちゃうね。ああ眠い。じゃあね」
ねぼすけは消えた。
「相変わらず捉えどころのないヤツだ。神の寵愛か……」
まさかその神にハロルドまでが入っているとは、スペードもまだ全く気がついていなかった。
さて、神の国である。
土の神サントスはカサンドラの神殿に入り、カサンドラに話しかけた。
「カサンドラ、クーガの誕生日がもうすぐですよ。とうとう千歳になるんですよ」
タペストリーを織っていたカサンドラは手を止めた。
「もうそんなになるのか。早いのう……」
「神殿では盛大にお祝いをするそうですよ。本人は嫌がってるみたいですが。土の神官に探りを入れてもらいました。果物なんかも差し入れる予定ですが、また一緒に行きましょう」
「そうだな。前回行ったのは９００歳の誕生日だったものな。クーガもすっかり落ち着いたな。子供の頃はやんちゃ坊主だったが……」
カサンドラは懐かしくなにやら思い出していた。
「あの子が神の像を破壊していた頃が懐かしい」
「ははは、そういう時もありましたね」
クーガは小さい頃、どうしても聖地から出たかったようで、当時聖地に遊びに来ていたパティウスに、「聖地を出るにはどうしたらいいか」と聞いたようである。
パティウスは、「悪い子になれば出られるかもね」と答えた。
「何をすれば悪い子になれるの？」
「そうだね。あそこにある神の像を壊すとか」
クーガは本当に神の像を壊してしまった。金槌をどこからか持ってきて神の像を破壊しまくったのだ。あちこちのアシュラン像ばかり10体も壊したのだった。
当然怒られた。パティウスも怒られたが、パティウスは、「あれくらいでストレス発散できるんならいいんじゃないの？」などとまったく悪びれた様子はなかった。「壊すのはアシュラン像だけにしときな」、と言ったのもパティウスのようだ。
その後カサンドラが教育係になってくれ、とアシュランに頼まれて、時々クーガの元に行き、様々なことをクーガに教えたのだった。今やクーガは立派な神官なので、カサンドラも感慨深い。
「そろそろヒルデリアも、クーガがここに来ることを許してくれないですかねえ」
サントスが言った。
「クーガの方がそれを望まないのではないか？ 今更他の生き方をしろと言っても無理であろう」
「そうですかね」
「好きな妖精でもおれば話は別だが、アシュランは散々誰かとくっつけようとしていたがな、だれともうまくいかなかったようだ」
「あの子の作り笑いは心が痛いですよ。心の底から笑って欲しいんですけどね」
「そうだな」
聖地、アシュランの神殿でしばしお茶を飲んで休憩していたクーガの元に、訪ねてきた者がいた。
「やあ」
部屋に入ってきたのは子供の神、パティウスである。
「こんにちは、久しぶりですね」
クーガは微笑んだ。
「クーガもうすぐ誕生日でしょ。贈り物をもってきたんだよ」
「なんですか？」
パティウスはクーガに白い袋を渡した。開けてみると、中には立派な金槌が入っていた。
「久々にやんない？」
クーガは笑っている。
「今はやっちゃだめでしょう」
「いいよ。やった後は、僕が石像を処分しといてあげるよ」
クーガはふっと笑っていた。パティウスはいたずらばかりする神であるが、クーガはこのパティウスのことが結構好きである。
「じゃあ、どうしてもやりたくなった時はお願いします」
「まかせて。じゃあね」
パティウスは部屋を出て行った。クーガは金槌を握りしめてみた。かなり高価そうな金槌である。ジェラルド工房から取ってきたのかもしれない。
「あの時はよくあんなことができたもんだ」
クーガは当時よくあんな思い切った事ができたものだ、と子供の頃のことを懐かしく思いだしていたのだった。
つづく
１２部
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