第４６話
新しい年が始まった。蛇の国は昨晩から雪が降っていたようで、外の景色は真っ白だった。日の光が照っていたので、その雪も昼にはなくなりそうだ。
ゆりは暖かい格好をしてジロウと一緒に庭園に出た。ジロウはぴょんぴょん飛び跳ねるように庭園を移動している。
「ジロウ君は雪初めてじゃない？」
「ワン！」
そこにロイがやってきた。
「ジロウ君、街まで走ろうよ！」
「ワン！」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「はーい。あ、母様おはよう。今日もかわいいよ」
「ありがとう」
ロイはジロウと走って去って行った。
「街までって何キロあるんだろう。元気よねー」
城からは小さく見える街も、実際に走るとなると結構な距離だ。
「そういや、馬車で街まで行ったことないなあ。馬車、また乗りたいな」
聖地で乗った馬車も、今では良い思い出である。
「今年はどんなことがあるのかな」
ゆりは寒かったので肩をすくめながら城の中に戻ったのだった。
ハザークの塔では朝から眠そうなカーライルが来ていた。「重要な用件があるから来い」とハザークに呼び出されたのである。カーライルは夜通しディーンに付き合って飲んでいたので、もう休みたかった。
昨晩は夜遅くまで男達はみんなで酒を飲み、途中ゆりに聞かせられないような男同士の話に花を咲かせたのだった。カーライルは途中でエルバートに代わり、エルバートが話に参加したりもしていた。
シャナーンやカールは早めに帰り、他の連中は朝方まで付き合っていた。今頃みんな爆睡しているかもしれない。
「それで、重要な用件ってなんだ？」
カーライルが聞いた。
「今年、なんとミシェイラは１０歳になる」
ハザークは真面目な顔でカーライルに言った。
「それは知ってる。去年何回も聞いたぞ。１００回くらいは」
「そうか？ 年が明けたからまた言いたかった。１０歳だ。１０歳。早いもんだな……」
ハザークはしばし目を閉じていた。きっと産まれた時から成長しているミシェイラを想像しているに違いない。
「もう帰っていいか？」
カーライルが聞いた。
「まず１歳の時のミシェイラなんだが……」
ハザークは勝手に話を始めてしまったのでカーライルは帰るに帰れず、途中から居眠りしながらハザークに付き合っていたのだった。
その夜、ゆりは夢でガーベラに会うことができた。ゆりのお願いにガーベラはうれしそうに応じてくれた。男がらみのお願いは初めてだったので、うれしかったようである。
聖地では1の月４日、昼過ぎ、まだ新年のお祝いムードのさなかであるが、ハロルドの神殿に所属している神官見習いのリックが、アシュラン神殿の近くにやってきていた。
リックは背が高く、体つきもたくましい。金色の短髪、エラが張った四角い顔立ちで太い眉、だが、顔の印象は体格の割りにはおとなしめである。戦いが好きそうなタイプには見えない。
リックはぱりっとした剣の模様がついた白い上着にズボン、神官の正装着である。顔は熱があるかのように真っ赤だ。微動だにせずに立っていたリックの元に、手を振って近づいてきた女性がいた。
「はーい」
「あ、あああ、ああ、ガーベラ様、本当に来てくださるなんて」
リックは感動のあまり泣きそうな声をだしていた。
「しー名前は言っちゃだめでしょ」
「すいません」
リックは口に手をあてていた。目の前にいた女性の髪は肩にかかるくらいのストレートだったが、青い色で、耳も大きくとがっていた。瞳も青い。だが、顔はゆりの顔である。声は、なんともいえない愛らしい声だった。
ゆりに似た姿をしたガーベラは、冬らしく、暖かそうなワイン色の上着にベロア生地の青いスカート、青いブーツ姿だった。
「あの、前と少し違いますね」
「最近聖地にこの顔の女性が来たでしょ？ だから少しだけ変えたの。かわいい？」
ガーベラが首をかしげて聞いた。
「さいっこうにかわいすぎます！」
リックは直立不動で言った。
「早く移動しましょう。ここはちょっとまずいの」
「はい、では魔方陣で南の方に行きましょう」
「うん」
ガーベラはリックの腕に自分の手を回していたので、リックはさらに真っ赤になっていた。
「大丈夫？」
「はい」
（オレはもう今日死ぬかもしれない。もう死んでも本望だ）
などとリックは思っていた。
ガーベラの使いがハロルド神殿にやってきたのは昨日のことである。その神官はリックに用があるといい、リックにだけ話をして行った。リックにすれば夢のような話だった。
なんと、明日ガーベラが人の姿で来るので、案内をしてほしいと言ってきたのだ。なぜリックが選ばれたかというと、前回ガーベラが来た時に案内したのがリックだったからだった。
リックは先輩方に、「今までお世話になりました。僕は幸せでした」と遺言のようなことを言っていたので、神官達は「は？」とみなきょとんとしていた。
そんなわけで、リックはガーベラをアシュラン神殿の近くで待っていたのである。
アシュラン神殿の近くはちらほら雪が降っていたが、魔方陣を抜けた先は、雪は全く降っていなかった。
「では、ここから少し歩きますが、いいですか？」
「いいわよ」
（声、かわいすぎる！）
リックははしゃぎだしそうになるのを我慢している。
「あの、この前巡礼に来た女性は、ガーベラ様じゃなかったんですか？ てっきりそうかと思ってましたが」
「違うの。私彼女が大好きだから、彼女の姿を借りてるのよ」
「そ、そうなんですか」
「この辺に来るの初めて、あなたの家はどこにあるの？」
「ぼ、僕はまだ見習いなので、寮に住んでます。みんなで共同で。寮はここからちょっと離れてます」
「そうなの」
似たような家が並ぶ通りを二人は歩いている。人にすれ違うことがあったが、ガーベラを見て驚く者もいなかった。やがて二人はある家の前で止まった。入り口の扉に、「睡眠中」の札がかけてあった。
「ねぼすけさんの家はこちらでございます」
ガーベラは扉の取っ手を持って引っ張ったが、扉は開かなかった。
「リック、開けてちょうだい」
「はい、少々お待ちを」
リックはバカ力で強引に鍵を壊し、扉を開けていた。途中扉はかなりの音を立てていたが、リックはおかまいなしである。今ならガーベラのためになんでもしてしまいそうだ。
「さ、開きました」
「ちょっと外で待っていてね。だれも来ないようにしてくれる？」
「かしこまりました」
ガーベラは中に入り、リックは鍵が壊れた扉を閉めて、その前で立っていた。
ガーベラは薄暗い家の中に入っていき、奥の寝室へと行った。そこにはベッドがあるが、ベッドの横の棚にはいろいろな動物のぬいぐるみなどが置いてあった。
ベッドにはねぼすけが眠っている。ガーベラはベッドに座り、「リアン君おきて」と声をかけた。
ガーベラがねぼすけの頬をぺちぺちたたくと、ねぼすけははっと目を開けてぎょろっとした目を向け、次に目を大きく見開いていた。
「え？ えええ？」
ねぼすけはガーベラに顔を近づけている。
「久しぶりねえリアン君」
ガーベラは微笑んだ。
「ガーベラ様！？」
ねぼすけにはガーベラの姿が見えたようである。
ねぼすけの名前をマキシミリアンとオルガは呼んでいたが、これは、ねぼすけが産まれた時に親がつけた名前である。妖精になるときに名前を変えることになったのだが、その時ハロルドが口を出して、通称は「ねぼすけ」になった。
だがその時ついた名前は「リアン」である。このリアンの名でねぼすけを呼ぶ者もまた限られている。
「ど、どうして、その顔は……」
ねぼすけにはもちろん、今のガーベラの顔に見覚えがあった。ねぼすけは上半身を起こしてちゃんと座った。髪は寝癖であっちゃこっちゃ向いている。そして不思議そうにガーベラの顔をじろじろ見ていた。
「あなたこの顔の女の子と喧嘩したんですって？」
「え？」
「この顔の女の子、私大好きなの。だから喧嘩しないで仲良くして」
ガーベラは微笑んで言った。
「ガーベラ様、あの……彼女達は、あなたに変身できるなどと嘘を」
「嘘じゃないのよ」
「はい？」
「変身できちゃうの」
ガーベラがあっさり言った。
「どうやって変身するんですか？」
「事情は詳しく言えないけど、嘘じゃないのよ？ 彼女達は私に近い魂を持ってるから、許されてるの」
「近い魂？ とてもそうは思えないですが……」
「彼女達は別々じゃだめなの。二人一緒に混じったらガーベラに近くなるの。とにかくね、仲良くしてほしいな」
「……？」
ガーベラは布団の中に右手を突っ込んでねぼすけの足の上を触っていた。
「あの……ガーベラ様……」
ねぼすけはどぎまぎした顔付きである。
「オルガには内緒よ」
「は……あ……ん？」
ガーベラはねぼすけのズボンの中に右手を突っ込んで、なんと下着の上から股間に触れていたのでねぼすけはびっくりして体を揺らしていた。
「じーとして」
「は……い……あ……」
10秒ほどでねぼすけは昇天してしまった。
「リアン君、彼女達と仲良くしてくれる？」
「はい」
ねぼすけは大きくうなずいていた。
「彼女達、ゆりちゃんって言うの。今度会ったらそう言ってね」
「はい」
ねぼすけはまたうなずいていた。
ねぼすけの家の前でリックは人形のように突っ立っていたが、そこに偶然スペードが通りかかった。スペードの家はこの近くにあるのだ。
「何やってるんだ？」
スペードがリックに聞いた。
「なんでもありません。どうぞ行ってください」
スペードがねぼすけの家のドアを見ると、ドアがちょっと曲がっていた。
「ねぼすけの家の中に誰かいるのか？」
「なんでもありません。どうぞ行ってください」
同じセリフである。
「なんだよ。怪しいぞ」
「お願いですから行ってください」
スペードが行こうとすると、中から女性が外に出てきた。その女性の顔を見て、スペードは足を止めている。
ガーベラもスペードに気づいた。
「あら、こんにちは。リック、用が終わったから行きましょう」
「はい」
「じゃあね。スペードさん」
ガーベラはスペードに手を振って、リックと歩いて行った。
「……ガーベラ様？ なんで？」
スペードは不審に思い、ねぼすけの家に入っていった。そしてベッドの上で横になっているねぼすけを発見した。
ねぼすけは惚けた表情で、「ガーベラ様、あなたは最高だ……」などと言っていたのだった。
その後ガーベラは、博物館に行ってみたいといったので、リックはガーベラを博物館に案内した。ガーベラは自分の絵を眺めたりして、リックに「どの絵が好き？」と聞いてみたりもしていた。
「この前ね、気絶したあなたのほっぺにちゅっとしたのよ。知ってた？」
「え？ 本当ですか？」
「本当」
「うれしいです。僕、あの時はしばらく気絶してたみたいで……」
リックは感無量といった感じで泣いていたので、ガーベラはリックの頭をなでなでした。
「リックかわいい」
「ガーベラ様」
「じゃあそろそろ帰るわ。元の場所に連れて行って」
「はい！」
二人は再び魔方陣を抜けた。ガーベラは魔方陣の小部屋をでる時にリックの手をぎゅっと握りしめた。
「リック、またね」
「はい」
ガーベラは手を振って、去って行ったのだった。リックはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて走り出し、海岸まで行ってから海に向かって叫んでいた。
「ガーベラ様、大好きでーす！！」
寒々しい海は結構荒れていたが、リックは陽気に砂浜をスキップしながら帰って行ったのだった。
蛇の国では1の月５日はアナスターシャの３３歳の誕生日だった。本人はいなかったが、ゆりも他の子供達と一緒にお祝いをした。きっと過去でも盛大に祝ってもらっていることだろう。
そして６日の夜、二人のゆりは、夢の中にいた。ふわふわとした雲が宙に浮いている。コウモリのぬいぐるみと同じ匂いがうっすらと漂っていた
「あの時と同じような雰囲気だね」
黒目のゆりが言った。
「そうね。あれからどうなったかなあ」
「さあ」
ガーベラがあれからどうしたか、二人は知らない。
少し離れた所から歩いて来る人物がいた。ラフな黒髪、ねぼすけである。二人のゆりはどきりとしたが、ねぼすけは片手をあげてにこやかに、「やあゆりちゃんにゆりちゃん」と言った。
「え？ ゆりちゃん？」
ゆり達は困惑気味である。
「この前は僕が悪かった。全面的に、僕が悪かったよ。ごめんよ」
ねぼすけはものすごく機嫌よく謝っていた。
「あ、もしかして、ガーベラ様が行きました？」
黒目のゆりが聞いた。
「うん。もう最高によかった。この際と思って三度目までお願いしちゃったよ。ははは」
「三度？」
（……もしかして、ガーベラ様彼とやっちゃったのかな。そこまでしなくてよかったんだけど……）
二人のゆりは同じことを思っていた。
「お詫びとお礼をかねてこれをあげよう。ジャジャン」
ねぼすけは右手に小さい小瓶を持っていた。
「はいどうぞ」
「なんですか？」
黒目のゆりが受け取って聞いた。透明な５センチほどの小瓶だが、中には綺麗な青っぽいマーブル状の液体が入っている。
「夢の処方薬、僕は夢の処方師マスター。普通の人が僕に頼むとむっちゃ高いんだけど、お友達のゆりちゃんには、初回タダであげるよ」
「処方薬って、薬なんですか？」
いつの間にか友達認定されているようである。
「その中には僕が処方した夢の魔法が入っているんだ。スペード用だよ。夜寝る前にそれを飲んで、スペードのことを考えながら寝る。この夢でスペードに会えたら、あいつは君にい・ち・こ・ろ・さ♪」
ねぼすけは親指を立てていた。
「え？」
「えーどんな夢？」
蛇の目のゆりが食いついて聞いた。
「それは見てからのお楽しみだよ。とにかく、その夢はむっちゃすごいから。楽しみにして寝たらいい」
「えーえー」
黒目のゆりは頬を真っ赤にして動揺している。
「なんか楽しそう。私もほしい。でもみんな私にイチコロだからなあ」
蛇の目のゆりは薬をためしたい相手がいなかった。
「いや、あのね、私はまだスペード様とそういうんじゃなくて、今はお友達から……」
「じゃあ私にちょうだい」
蛇の目のゆりが手を出して、黒目のゆりは「だめ」と薬を遠ざけていた。
「ねぼすけ君はスペードさんと仲良いの？ スペードさんの女関係とか詳しい？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「ちょっと！」
ねぼすけは地面にあぐらをかいて座った。
「そんなの聞いてどうするの？ 君がスペードと結婚するってのなら問題だけど、君らはもう結婚してるんだろう？ 逆にあいつが君の男関係を聞いたら、君らは正直に話すのかな？」
「それは……まあそうだけど……」
蛇の目のゆりは頬をかいている。
「単なる遊び相手なら、他を探した方がいいよ。妖精と遊んでみたいってのなら止めないけどね。妖精っていっても、体はそう普通の人間と変わらない。ただ、赤い月には普通に生きてる頃ほど反応はしない。あいつは肉食獣系だから、
昔ほどじゃないだろうが性欲は強い。性衝動が抑えられない時は、娼婦としてる。聖地の人間と遊ぶわけにはいかないと思ってるんだろう」
「あなたも娼婦と遊んだりするの？」
蛇の目のゆりが聞いた。
「僕は夢でいくらでも遊べるから必要ない。あいつは君といると癒やされるって言ってたから、和み系で攻めてるからね」
「和み系、全く想像できない」
「でも、本当にガーベラ様に変身できるなら、ガーベラ様でやったらいいと思うけどね。なんでしないの？」
ねぼすけが聞いた。
「それは反則でしょ」
と黒目のゆり。
「反則かあ、まあガーベラ様じゃ、逆にあいつは逃げるかもね。あいつはハロルド様の子飼いだから」
「あなたは違うの？」
黒目のゆりが聞いた。
「僕は加護だけもらってるだけだよ」
「ガーベラ様といいことしちゃって、オルガ様に悪いと思わないんだ〜？」
蛇の目のゆりは意地悪げに聞いた。
「それについてはだまっといて。お友達でしょ？」
ねぼすけは左右違う目で蛇の目のゆりを見ている。
「なんだかあなた裏切ったら怖そうね」
「怖いよ。夢の中では、僕の方がスペードより強いんだよ。だれだって夢を見ずにはいられない。僕と仲良くしといた方が得だよ。ゆりちゃん」
ねぼすけは微笑んで言った。
「わかりましたー」
と蛇の目のゆりは素直に答えている。実際に、ねぼすけは自在にゆりの夢にもやってきているのだった。もしねぼすけが敵だったならば、簡単に殺されてしまうだろう。
ねぼすけは立ち上がり、黒目のゆりの肩に手を乗せた。
「じゃあゆりちゃんがんばって。あ、それから、あいつが興奮していろいろしてきても、それについての苦情は聞かないからね。君も人妻だから、詳しく言わなくてもわかるよね？」
「はあ」
「じゃあね。バイバイ」
ねぼすけは二人に両手を振って消えた。
「…………」
黒目のゆりは小瓶を見つめている。
「ねえ、早速明日試そうよ」
蛇の目のゆりが言った。
「え？ 試さないよ」
「なんでよ。試さないなら私に試させてよ」
「やあよ」
「じゃあ試してよ」
「えーなんか恥ずかしいし、変な雰囲気になっても困るじゃない」
「いいじゃん。恋人にしたいんでしょ？」
「いや、だからさー男と女って、それだけじゃないと思うんだけど」
「私らが言っても説得力ないわよ」
「そうだけど……」
「ためそうよう。気になる〜〜〜〜」
「私だって気になるけどー……」
「じゃあためそうよ。あなたがやらないなら、私が勝手に試してスペードさんをイチコロにしちゃうぞ」
蛇の目のゆりは冗談っぽく言っていたが、本気でやりそうなところが怖い。
「うーん、まあ、明日一日考えさせて、ね」
「一日だけね」
蛇の目のゆりは、薬が気になって仕方ないようだった。
次の日、黒目のゆりは頭を悩ませていた。
スペードが好きだが、速攻でやりたいとかそういうわけではない。じわじわ文通の１０年計画が、失敗すればおじゃんになってしまう。
（普通に話とかするだけで楽しいんだけどなあ。そこまでやらなくても。和み系か。私ならどんなことで和むかな？）
ゆりは和みといえば何かを想像してみた。
（こたつ、こたつに入って二人でお茶とか和むな。そういう夢、なわけないか。こっちにこたつないし、じゃあなんだ？ かわいい動物がいっぱいいるとか、和む。他には……お花畑でお花がいっぱい、チョウチョ飛んでる。和む。案外すごく綺麗な景色とか……）
ゆりは和む夢をいろいろ考えたが、本当にそういう夢なのかどうかは試してみなければわからない。
（あまりどきつい夢じゃないんじゃないかな。どぎついと和まないし、試してみちゃおうかなあ）
黒目のゆりも、かなり気になってきた。一度気になるとどうしても試してみたくなってしまう。
（案外楽しく話をして終わるかもしれないし。いや、その確率の方が高いかも）
「今夜試してみる」
―そうこなくちゃね。たのしみ〜〜〜
蛇の目のゆりも興奮していた。
ゆりは夜、もらった小瓶の中身を飲んで寝転んだ。味はほのかに甘かった。
ドキドキしすぎて眠れないかも、と思っていたが、案外簡単に眠りについた。薬には眠りの効果もあるかもしれない。
眠りについたゆりは、気がつくと、どこかに立っていた。
「……げっ！」
ゆりは自分の服を見て驚いていた。黒のビスチェのようなものを着ていて、肩もまるだしで胸元も開いている。その下は、黒の三段フリルのミニスカートだった。太ももも半分は出ている。足は裸足である。
「なんじゃこりゃ。えー……」
周りを見ると、気になる建物が目の前にあった。石造りの四角い建物だが、壁の色はピンク色のグラデーションである。正面に扉がない入り口があるが、なんだか怪しい。
「まったく和まないなあ」
ゆりはちょっとがっかりしつつ、なんだかお尻がむずむずすると思い、服の上からお尻に手をあてた。
「え？ あれ？」
手に何かがまとわりついている。 毛が生えた、何かである。
「え？」
ゆりは自分のお尻付近を見た。なんと黒い長い尻尾がそこにあるではないか。
「え！ えええ！？」
ゆりはスカートの中からお尻に直に触れた。なんと尻尾は直接お尻にひっついている。尻尾をひっぱったらお尻が痛かった。
「はー！？ どういうこと！？」
その尻尾はスカートの穴から外に出ているようだ。
「え……ええ？」
ゆりは恐る恐る自分の頭に手をあてた。そこには獣の耳のようなものまであった。そして本来耳があった場所に手をあてると、なんと耳がない。ゆりは獣の耳を引っ張ったが、痛くて取れない。
「コスプレだ……まさかのコスプレ、あれ？ 豹の人って耳ないよね？ これは、豹っていうか、ネコ？ ネコのコスプレ？」
猫の一族は耳も尻尾もあるので、ゆりはそう思った。
「ねぼすけ君は一体なにを考えてるんだか。わけわからん！」
ゆりは建物から誰かが出てくる気配を感じてはっとした。
（もしやスペード様があそこにいるんじゃ！ 逃げろ！）
ゆりはあわてて建物の横に逃げていた。そこで隠れつつちらりと入り口を見ると、やはりそこにいるのはスペードである。
（冗談じゃないわよ。こんな格好見せられない！）
スペードは白いシャツに黒いズボン姿である。頭に手をあててきょろきょろと周りを見ている。ゆりはぱっと隠れて、壁ぞいにそろそろと移動していた。
（逃げよう。夢が終わるまで逃げよう）
どうやら今は、他人の気配を感じる感覚が優れているようだ。それも猫の一族の能力かもしれない。
（今はスペード様がどこにいるかわかる。よし、逃げる。逃げてみせる！）
ゆりはスペードが動くと建物の反対側に回った。一方スペードの方も、誰かがいるのを察したようである。建物の周りを歩いている。次第に動きが早くなってきた。
ゆりは建物の周りを逃げるように行ったり来たりして周り、目の前にスペードがいたので「ぎゃ！」と足を止めていた。
「え？」
スペードはゆりを見て驚いている。
「あれ？ ゆり様ですか？」
スペードはゆりの顔をのぞき込んで聞いた。
「人違いです」
ゆりはそう言って走って逃げた。
「あ、ちょっと！」
（別人です。違います。ゆりじゃありません！）
ゆりは建物から離れて適当に走って逃げていたが、なんと元の場所に戻ってきていた。目の前には建物とスペードが立っている。スペードが後ろを向いてゆりを発見し、近づいてきた。
「ゆり様じゃないんですか？」
「違います」
ゆりは反対側に逃げようとして、すぐにスペードに捕まっていた。
「ええ！？」
スペードはゆりを軽々と肩にかついでいた。
「ちょ、ちょっと降ろしてください」
ゆりは足をぶらぶら揺らしている。
「似てる人にそっくりなんだがなあ。違うのかな」
「違います」
「じゃあ、かわいい猫をいただこう」
「え？」
スペードはゆりをかついだまま建物の中に入って行こうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってゆりです。本当はゆりですー」
ゆりはスペードの肩の上で暴れていた。
スペードはゆりの体を下に降ろした。ゆりは真っ赤な表情である。
「それは一体どうしたんですか？」
「知りません。さっぱりわかりません」
ゆりが話すたびに黒い耳がピクピク動いている。そして黒い尻尾もゆらゆら動いていた。
「くっ……くく……」
スペードはつい笑っている。
「かわいい。むちゃくちゃ和む」
（え？ まじで？！）
ゆりはガーンとショックを受けている。
スペードは両手をゆりの頭に寄せようとしていた。
「な、何をするんですか？」
ゆりはびびって体をそらせている。
「耳に触らせてください」
「だめですよ。何言ってるんですか。耳は、耳は……」
（猫の一族の性感帯じゃん！）
ゆりは自分で自分の耳を押さえていた。
「尻尾でもいいですが」
「そっちもだめです！」
「これは私の願望なのかな。それともあなたの願望なんですか？」
「わかりません」
「ここまでされてしまっては……」
スペードは小声でごにょごにょ言っていた。ゆりはやばい雰囲気になってきたのでまた逃げていた。今は猫の身軽さがあるのか、足も速い。
「追いかけっこがしたいんですか？」
と声が聞こえてきた。ゆりはまた建物の周りに隠れていた。というか、ここにはこの建物しかないので他に隠れようがない。
（今の私なら、永遠に走れる気がする！）
ゆりはスペードの気配を感じつつ反対側に逃げようとしたが、目の前にスペードがいて抱きしめられた。
「なんで？ あっちに気配を感じましたよ？」
「まだやります？」
「やります」
スペードがゆりから手を離した。ゆりはささっと逃げている。
（おかしい。気配を感じたのに違う場所にいるなんて。神速かなんかで動いてるとか？ まさか」
ゆりがそろそろと移動すると、後ろから抱きしめられていた。
「捕まえましたよ」
ゆりが顔を向けると、スペードはちょっと怖い顔付きだった。
「あのー怒ってます？」
「怒ってませんよ。和むなあと思ってますよ」
スペードの声のトーンはいつもより低かった。
（私は全く和みませんが！）
「まだやりたいんですか？」
「はい！」
ゆりはやけになって言った。スペードはゆりから手を離した。ゆりはまた逃げた。
さらに３回捕まえられた。スペードはかなり足が早いようだ。どう逃げても捕まえられてしまう。
「前戯はこれくらいにしないと、時間がなくなりますよ？」
「え？ 前戯？」
ゆりの尻尾がびょんと立っていた。
「さ、いらっしゃい」
スペードはゆりの腰に腕を回してひょいとそのまま運んでいた。
（やばい。なんか狩猟本能に火がついたみたいになってるんじゃ……今更冗談でーすとか言ったら怒られそう）
スペードはゆりを荷物のようにもったまま建物の中に入った。なんと、部屋には大きなベッドがどーんとあった。
（ねぼすけ君、直球すぎるー！）
ゆりは気が遠くなっている。
「猫さんは、後ろからされるのと前からされるのどっちが好きですか？」
「…………」
ゆりは聞こえないふりをしていた。ゆりの体がベッドの上に降ろされた。
「なんか脅えてますか？」
スペードがゆりを見下ろして聞いた。
「あの、なんだか雰囲気がいつもと違うので……」
「あなたの好意がかわいすぎてちょっと昂ぶってます」
「あの、猫好きなんですか？」
「こんなかわいい猫なら好きになりますよ」
スペードはベッドの上に乗っていた。
「……あの……」
スペードは体を寄せてゆりに口づけていた。舌が口の中に入って来た。
「ん……」
スペードの手がゆりの耳に触っていた。
「あ……だめ」
ゆりは両手で自分の耳を覆っている。スペードはゆりの頬をなでながらゆりの首をなめていた。
（ど、どうしよう。ここまで来てそんなつもりじゃありませんとか、言えるわけない。今のスペード様怖すぎる。クーガ様とは別の怖さがある。まさに獣って感じ。せめて、いつもの感じにもどって〜〜〜）
「手をどけてください。挨拶しないと」
「え」
スペードはゆりの左手を握って耳からどけて、耳を軽くかんでいた。ゆりの耳がぴくぴく動いている。
スペードはゆりに顔を近づけて、「お返しを」と言っていた。ゆりは硬直している。
「どうしたんですか？」
「今日は、は、恥ずかしくて……」
スペードはすぐ近くでゆりをじーと見ている。
「もうやめて欲しいですか？」
「え……あの……できれば……」
「からかったんですか？ あなたはそういう女じゃないと思っていたんですが……」
（え……）
「あなたは私に好意を寄せてくれてると思ってたんですが、違ったんですか？」
「ち、違わないです。できれば、もうちょっといつものような感じでいてくれるとうれしいんですけどっていいたかったんです」
ゆりはとてもじゃないがやめてほしいとは言えなかった。
「怖いですか？」
「はい」
「すいません。かなり昂ぶってまして。早く抱きたい」
（やばい、ぞくぞくっとしてきた）
ゆりは顔を少し上げて、スペードの耳を軽くかんでいた。スペードが少し微笑んだ。
「かわいい猫さん、服を脱いでください。私も脱ぎます」
スペードはゆりの上からどいて自分の服を脱ぎだした。スペードのたくましい肌を見ていたらゆりもドキドキしてきた。上の部分を脱いでから、ゆりは胸を隠しながら自分の尻尾をみていた。
「あのーこのスカートってどうなってます？」
「脱がせてあげますよ」
スペードは黒いフリルのスカートのフォックを外して、スカートから尻尾をぬいていた。
ゆりは自分のショーツを見て頬を引きつらせていた。なんとショーツも黒で、しかも総レースである。一体どういう魔法でこんなショーツが出てくるのか。
「かわいいですね」
スペードはゆりのショーツを脱がせ、黒い尻尾をなでていた。
「なんか、尻尾に触られると、ぞぞっとします」
「寝転んでください」
ゆりは言う通りにした。足を広げられて、スペードはゆりの下半身に顔をうずめていた。
ゆりは恥ずかしげに足を閉じようとしていたが、さらにぐいっと広げられてしまった。
（恥ずかしい……）
口で愛撫されていると、ゆりの右胸の上に青い花が出現していた。
「良い匂いがしてきましたね。すごくおいしそうな匂いだ。今日は我慢しなくてもいいんですね」
スペードはゆりの下半身へ指を入れて、動かしていた。ゆりは手で顔を覆っていた。
「気持ちいいですか？ 返答は、聞かなくても分かりますが……すごく感じやすいですね。もういいかな」
スペードはゆりの体の上に乗り、口づけてから、体を挿入していた。ゆりの耳がびくびく動いている。ゆりは顔を横に向けていた。
「声出すの恥ずかしいんですか？ かわいいですね。あなたの体、すごく気持ちいいですよ。匂いと一緒で」
スペードの体温は暖かかった。元のゆりの体と同じような体温である。
ゆりは興奮していたが、声はまるで出せなかった。快楽を感じることをセーブしているかのようである。
「はあ……ああ……」
やがてスペードは体をつなげたまま達していた。
スペードは体を離すと、ゆりの体をうつぶせにしていた。
「よつんばいになってください」
「…………」
ゆりは言われた通りにしていた。スペードは後ろから覆い被さり、再び挿入していた。
（続けざま！）
スペードはゆりの黒い尻尾をなでながら腰を動かしていた。
（なんかやばい）
「あ……」
ゆりは足の力が抜けそうになっている。
「気持ちいいみたいですね。このかわいい猫を、どうやったら連れて帰れるんだろう」
「あ……あ……」
いつもとは勝手が違っていた。クーガの時のように、「私のこと、愛してる？」などと聞くこともできない。
聞いて、愛してると言われるのが逆に怖いとさえ感じていた。なぜそう思うのかもよくわからない。しかも、どうも逆らうことができない。
（一族の関係性？ 猫は豹の下位だから本能的に逆らえないとか？ 本能こわっ！ しかも気持ちよすぎてやばい。何か別のことを考えよう。えーと和む事和むこと……お花……）
胸をなでられて「んー……」とゆりは声が出そうになっていた。
「なんか我慢してるんですか？」
体の奥を執拗に攻められて、ゆりは負けまいと思っていたが、どうにも負けそうである。
「あの、あの、猫の女性の扱いに、な、なれてたりします？」
ゆりはどうしても聞いてみたくなった。
スペードからの返答はなかった。
「あのー、聞こえてますよね？」
「言いたくないです」
「…………」
（やっぱり慣れてるかもしれない。あ、そういえば、ミラの話だと、猫の女性は結構奔放だっていうから、娼館とかにも結構いるかも？ お気に入りの女性が猫とか。実は猫好きとか）
スペードは奥につながったまま、全く動かなくなっていた。
「……あの？」
「娼婦とは遊ばないですよ」
「え？」
「追いかけっこをしたでしょう。娼婦とはしません。あなたが好きだからしたんです」
「……はあ……」
（そういえば前戯とかなんとか……）
尻尾をなでられて、ゆりは背中がぞくぞくっとするのを感じた。
スペードはまだ動かずに尻尾だけなでている。
（もしかして怒ってる？ 早くなんとかしてほしいんだけど）
体の中で、男のものが脈を打ってるのを感じる。
「す、すいませんでした」
ついにゆりは謝った。スペードは再び腰を動かし出した。
「はあ……ああ！」
奥で放たれる瞬間、尻尾を軽くつかまれて、ゆりはいってしまった。ゆりは力を抜かしてシーツの上につっぷしていた。
スペードはゆりの体を上に向かせていた。
「あの、もう十分したと思うんですが……」
「十分満足しましたか？」
「はい」
「私はまだです」
「え」
「私が相手じゃそんなに感じられないですか？」
「そんなことないです。さっきは、すごく気持ちよかったです」
「本当にそうなら、もっと抱かれたいと思うんじゃないんですか？」
「でも、そんな続けざまにしなくても」
「次があるかどうかわからないんでしょう？ あなたが私の元に来てくださるというのなら、もうやめますが」
「…………」
「あなたが悪いですよ。私は高潔ではないと言ったじゃないですか。あなたの理想の男でいてあげたかったですが、こんな誘惑をされてしまっては、無理です」
「……私が悪いです」
ゆりは自分でもそう思っていたので言っていた。
「猫さんの好きな体位でいいですよ」
「え……えーとその前に、ちょっとだっこしてください」
「いいですよ」
ゆりはスペードの胸に体を寄せた。
(この夢はいつ終わるんだろう……そして次からどんな顔でスペード様に会えば……）
スペードはゆりの耳を触っていた。
ゆりの耳はぴくぴく反応し、尻尾もびくっと反応していた。
「かわいい。本当に和むなあ」
（私は和まない〜〜〜）
「このかわいい猫さんはだれにも渡したくないな。また、この姿で会ってください。それから、この姿の時はだれともしないでください」
「はい」
（次はないと思うけど、怖くてないとはいえない）
「本当にかわいい」
スペードはゆりの耳をまた軽くかんでいた。耳の中をなめられて、ゆりはくすぐったかったので体を震わせていた。
あごをあげられて口づけられた。
「どうやって抱かれたいですか？」
「えー……と……」
―上、上
とかいう声が聞こえて来た。
（だまってて！）
「普通でいいです。いえ、普通が好きなので……」
ゆりはあまりにかわいくないと思ったので言い直した。
「そうですか。じゃあ」
スペードはゆりの体をうつぶせにさせていた。
「じゃあよつんばいになってください」
「え？ これがふつー？」
「はい」
スペードはまた後ろからゆりの上に覆い被さっていた。
「今度は我慢しないで声を聞かせてください。あなたが盛りがついた猫のようになるまでやめないですよ？」
「え、盛りがついた猫？ ゴロニャーンとか？」
「それもかわいいですねえ」
スペードは再びゆりを抱いていた。
尻尾を触りながら抱かれるとどうにも弱い。スペードは先ほどよりは激しめに腰を動かしていたのでゆりはすぐに達していたのだが、スペードの方はなかなか達しなかった。
「しっぽやめて」
というと、さらに尻尾を握られてしまった。ゆりはもう手をついていられなかった。
（もう、もう体がおかしくなる。勘弁してください。もう無理）
「ニャンニャンニャンゴロニャン！」
ゆりはギブアップとばかりにシーツをたたきながら言い、スペードはようやくゆりから体を離していた。
「く……くくく。かわいい。かわいすぎる。むちゃくちゃ和む。すごくかわいい」
スペードは大受けして笑っている。
（私は全然なごまん！）
「盛りがついた猫ってそういう意味じゃないんですが、これはこれで……ぷっ腹が痛い。あはははは」
スペードは腹を抱えて笑っていた。
ゆりはシーツに伏したまま悔しげに手を握りしめていた。
（イチコロって、こっちがイチコロにされてるじゃないよー！！！ ねぼすけ君のあほー！）
その後もう一度抱かれて、夢は終わった。やはり獣系の性欲はすごいようである。
朝目覚めたゆりは、体がなんともなかったので驚いた。
「完全に夢ってことなのかな？ 夢すごっ！ ねぼすけ君こわっ！」
（スペード様はどう思ったんだろう……）
ゆりはそれが一番気になった。
（それにしても、本気になりすぎたスペード様怖っ！ 追いかけっこしたのがまずかったんだよ。まさかあれが前戯って、そんなあほな！ もっと本気になりなさ〜いって言ってたようなものだったのか。あほだ。あほすぎる）
わざわざ火に油を注いだようなものだったようだ。いつもとスペードの雰囲気が違い過ぎたので、ゆりは結構衝撃を受けていた。
（普通の時と、赤い月の差みたいなものなのかも）
スペードは怖かったのだが、嫌だったのかというと、嫌ではなかったので、それがまた自分で怖い所だった。スペードの体温は高いので、ひっついてると怖いが落ち着く、という妙な感覚になる。
蛇の一族は皆ゆりよりかなり体温は低く、クーガはそれよりも高いが、ゆりほどではなかった。体の温度が似ているというのは、男と女の相性の基礎的な部分をクリアしているということなのかもしれない。
（そういや、昔はよく、お前の体温がもっと低かったら、とか王様とかハザーク様に言われてたなあ。最近は言われないけど、私と相性がいいのって、本当は肉食獣系なのかも？ 一番は虎、二番豹とか。
もうあっちの男には絶対に会わないようにしなきゃ）
ゆりは肝に銘じていた。
―ねえ……今度猫になったら途中で代わって？
「うるさい」
ゆりは真っ赤な顔でコウモリのぬいぐるみに顔を押しつけていたのだった。
一方スペードも目を覚ましていた。
「なんかすごい夢をみたな。欲求不満かな、オレ」
夢の中でゆりは猫の一族の女性だったので、スペードはそれがまさか本当のゆりだとは全く思わず、スペードの中ではただのすごい夢で終わっていたのだった。
つづく
１２部
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