第５３話
『うまれたぞ』
『うまれたぞ』
『夜と昼、陰と陽、二つの力を持った女神が生まれたぞ』
『これで光の御方も一安心といったところだろう』
『いーやまだまだ』
『まだ足りぬ』
『まだ……』
『聖戦までに……』
『…………』
神の国を飛んでいた風の神ウィルは、風の精霊達の声を聞いたような気がした。
「何か言ったか？」
ウィルは周りを見たが、声はもう聞こえなかった。
ラーズとオルガ、ティラは新しく生まれた女の子を連れて雲の上の神殿に行った。すでに神誕生を知っていたヒルデリアは、女の子を見て「ルチア」と名付けている。
「ルチアか、かわいい名前だな」
オルガはうれしそうだ。ヒルデリアはしゃがんでルチアを見ていた。ルチアものぞきこむようにヒルデリアを見ている。
「本当に面白い子だのう。そしてかわいらしい。キュリアと比べたらどうだろう。少し小さいかのう。身長はネルと同じくらいか」
人間でいえば、生まれてから2、30年経ったころ、という大きさである。ティラはルチアよりも少し年上といった感じだった。
ガーベラの子供、女の子の中では、今一番背が高いのがグレンの子供ライサ、次がキュリアとルティアナ、そしてネル、イオナとユリアナの順である。この子達に比べると、サーラはまだまだ小さい。
「すごい神器だな。どうやって使うんだろう？」
ラーズはルチアの神器を持ってみていた。黒っぽい石がついた金の錫杖である。ラーズはその石に顔を近づけた。ルチアの瞳のように、その石も角度によって色が変わっている。錫杖も２メートルほどの長さがある。
「この石はなんだ？ あの子の瞳に似てるな」
「さあ、なんだろうな」
アシュランはにやにやしていた。
「知ってるんだろ。教えろよ」
「いや、知らん」
「おいで、かわいい服を着ましょう」
ヒルデリアは手をつないでルチアを連れて行った。
「なあ、どうやって３人でしたんだ？」
ヒルデリアがいなくなったところで、アシュランが二人に聞いた。
「それは秘密」
とラーズ。
「教えろ。オルガ、お前は真面目な顔をして全く……」
アシュランはぶつぶつ言っている。オルガは頬を引きつらせ、「勝手な想像をするな」と言った。ティラはちょっといづらそうである。
神の国に鐘の音が鳴り響いた。
「あの子どっちが引き取るんだ？」
アシュランが二人に聞いた。
「うーん、どっちがいいかな。あの子が昼寝るか夜寝るかによって決まるかな」
とラーズ。
「なるほど。アシュラン、力はどっちよりか分かるか？」
オルガが聞いた。
「半々だな。私にも、あの子の力はよくわからん。もうちょっと育てばわかるだろうが」
「アシュランが分からないなんてことあるのか」
ラーズが言った。
「分からないことだらけだぞ。謎が多いからこそ世の中面白いんじゃないか。すべてわかったらつまらんだろう」
「それもそうか」
広間にアリアスが入って来た。
「わたしよりの子供ができたろ？」
アリアスはうれしそうだ。
「なんかぴぴっときたぞ。ラーズ、お前の子か？」
「私とオルガの子供ができたんだ」
ラーズの言葉にアリアスは二人を見くらべて、「ええ？」とちょっと嫌そうな顔をしていた。
「勘違いするな。もちろんガーベラもいたからな」
オルガはあわてて言っている。
「そうか。びっくりするじゃないか。男か女か？」
とアリアスが聞いた所で、ルチアが戻ってきた。最初と同じようなズボン姿である。上は青に縁取りされた白いチュニック、下も青い縁取りがついた白いズボンだが、腰には青い紐が結んであった。
「どうしてもズボンタイプがいいようで」
ヒルデリアが言った。
「好きなものを着りゃいい。これはこれでかわいい」
とアシュラン。ヒルデリアは最初にルチアが着ていた服をオルガに返していた。
「女の子か？ 髪が２色だ」
アリアスはルチアに近づいてしげしげと見ている。ルチアはアリアスを見上げて両手を出した。アリアスがルチアを抱き上げた。ルチアはにこにこしていたが、やがて左手をあげて、アリアスの頭の上に乗っている輪っかに手をかけてがっと引っ張っていた。
「あ」
皆が同じように声をあげている。
アリアスの輪っかは取れず、ルチアは右手もあげて輪っかに手をかけていた。そして引っ張っている。
「あ、ああ……」
ティラがちょっとあわてたような声を出していた。大人達は注目したまま沈黙し、アリアスは、「面白い子だな」と言ってルチアを抱っこしたままラーズに近づき、ラーズがルチアの手を輪っかから離していた。
ルチアは下に降りると、アシュランが持っていた錫杖を取り、今度は錫杖の先をアリアスの輪っかに引っかけようとしていた。
「こらこら」
アリアスは後ろに下がっている。
「あははは、どうしてもそれが取りたいらしい」
ラーズは笑っていた。
「好奇心が旺盛なんだな」
オルガは微笑んでいる。
「感心している場合じゃないだろう。止めろ」
とアリアス。そこにガーベラがやってきた。
「あ、いたいた。きゃーかわいい」
ガーベラはルチアに近づき、歓声をあげている。
「まるで初めて見るようだな」
アリアスが言っていたのでラーズは、「この服は初めてみるからな」とフォローを入れていた。
「名前は決まった？」
「ルチアだ」
とオルガ。ガーベラは、もちろん３人で仲良くなったことなど知らなかったが、今はルチアの顔や髪を眺めて喜んでいた。ルチアは大きな目で、好奇心に満ちて輝いているようにも見えた。
ルチアが手を出した。
「あ、これ？ はい」
ガーベラが袋を渡した。袋の中はもぞもぞ動いている。
「なんだ？」
アシュランが聞いた。
ルチアが袋を開けて、中身をアシュランに見せた。
「へーこりゃ珍しいな」
「なんだ？」
アリアスも一緒に眺めている。中には７匹の色とりどりのコウモリが入っていた。
「ねえ、ヒルデリア、この子どんな力があるの？」
ガーベラはヒルデリアに聞いた。
「夜にも昼にも強い女神、今はまだそれしかわからぬ。成長すればわかろう」
「じゃあ何々の女神って名称は？」
「そうだのう。昼と夜、昼と夜……うーむ、あえて名前をつけるなら、終日の女神？ 何か良い名前あります？」
ヒルデリアはアシュランに聞いていた。
「終日の女神でいいかな。しばらくは、本人が寝たい時に寝させればいい」
「うちおいでよ」
ラーズが誘うと、ルチアは首を横に振っていた。
「やなの？ オルガのところがいいの？」
と聞くとうなずいている。
「じゃあオルガの神殿にこの子の部屋をつくらなきゃ。かわいいお部屋にしましょう」
ガーベラはウキウキしながら妖精に頼みに行った。
「みんなに挨拶に行かなきゃな」
「そうだな。おいで」
というと、ルチアはコウモリの袋をもったままオルガに寄り添ってきた。オルガはルチアを抱っこした。
（今、すごくラクアの気持ちがわかるぞ。女の子って、すごくかわいい……）
オルガはものすごくうれしかったのだが、表面上は何も感じてない振りをして、ルチアを連れて出て行ったのだった。
「あの子、内に秘めた激しさがありますわね」
ルチアが出て行った後、ヒルデリアが言った。
「それはさっきのでもう分かったぞ」
とアシュラン。アリアスはくっと笑っていたのだった。
こうして神の国に新しい女神が誕生した。聖地にももちろんお祝いの鐘の音が響いている。
オルガ大好きねぼすけは、朝スペードにたたき起こされていた。
「おい、オルガ様に御子様が誕生したようだぞ」
「え？ ほんと？ 男？ 女？」
「女の子らしい」
「やった！ いっぱいコウモリのぬいぐるみを贈ろう」
ねぼすけはうれしそうに起き上がった。
聖地に情報がうまく伝わっていなかったようで、オルガの子供という話とラーズの子供という話が入り交じり、「本当はどちらの御子様？」としまいには神官達が噂しだした。
「オルガ様、ラーズ様、ガーベラ様の御子様らしい」
真偽を問われたアシュランの神官長がずばっと答えた。
それを知った聖地の連中は、「ガーベラ様お盛んね」とは言わなかったが、「ガーベラ様最近すごい。お相手する神々がうらやましい」と男連中はうらやましがった。
（ガーベラ様が……もしかしてまた、というか絶対そのような気がしてきた）
クーガは、なんとなくゆりが子供を生んだような気がして、
（これだけ子供を産んでいたら大神のお気に入りにもなりますよ。そりゃ）
とため息をついていたのだった。
ルチアはオルガの神殿で寝ることになった。今のところはオルガやティラのように飛ぶ能力はないようで、オルガはルチアを寝かせてから出かけ、朝方帰ってきた。その時にはもうすでにルチアはベッドにいなかった。
「どこに行ったんだろう」
オルガはラーズの神殿に行ってみたが、そこにもいなかった。
「私が探すから寝ていいよ」
「そうか？ 大丈夫かな」
「大丈夫だろう。クーリーフンや風の妖精達にも頼むから」
「じゃあ頼む」
ラーズはオルガの神殿の周りなどを探したがルチアは見つからず、通りがかったパティウスにも手伝ってもらい、ルチアを探した。ラーズは「そんなに遠くまで行かないだろう」とオルガの神殿の近くを探していたのだが、
やがて同じようにルチアを探して飛んでいた鳥達によってルチアが見つかった。
「シロ、ルチア、いたのか？」
シロはついてこいとばかりに飛んで行き、ラーズと近くにいたパティウスが一緒に飛んで行った。ものすごく離れた場所まで飛んで行ったので二人は疑問に思ったが、ルチアは切り立った崖山を登っていた。
「？」
ラーズとパティウスは、目をまん丸くしていた。
「え？ ここまでどうやってきたんだろう。瞬間移動が使えるのか？」
とラーズ。オルガの神殿からここまでは、相当な距離がある。
「馬じゃない？ すごいところまで登ってるね」
崖は相当な高さだが、ルチアはもう上の方まで登っている。まるっきり素手で登っているのだから相当な力である。崖の上には大きな龍が一頭いたのだが、ルチアは崖の上まで登ると、龍の背中に乗って、龍は飛んで行った。
「あーらら」
とラーズ。
「ははは、あの子すごいや！」
パティウスは腹をかかえて笑っていた。
「面白いからオルガには内緒にしとこうぜ」
「うーん、まあ、そうだな。パティウス、ちょっとついていって」
「へいへい」
ラーズはオルガの神殿に行き、「近くで遊んでた」とオルガには言っておいた。
「そうか」
とオルガはほっとしていた。
パティウスはルチアの後をついて行ったのだが、とにかくルチアは一つのところにまったくとどまらなかった。龍から降りたと思ったら、虎と遊んでみたり馬に乗ったり、あちこちぴょんぴょん跳ね回り、走り周り、神の国の中を
あっちこっち移動している。
「うーん、すごい体力」
さすがにパティウスもうなっていた。
夕方になると、ルチアは火の神殿までやってきた。ルチアに会ったルティアナは、「どうやってきたの？ あら、泥だらけじゃない」とルチアの足を綺麗にふいてあげた。
「お風呂入ってみる？ 気持ちいいよ」
ルティアナはルチアをお風呂に入れてみた。するとルチアはお風呂が気に入ったようで、それから毎日夕方になると火の神殿のお風呂に入りにくるようになった。
夜、オルガが目覚めてルチアの部屋に行くと、ルチアはベッドの上に座っていた。
「今日は楽しかったか？」
と聞くと、うれしそうにうなずいている。
「そうか」
オルガはルチアの頭をなでなでした。するとルチアはうれしそうな顔をしていた。
「かわいいな」
ベッドの上には７色のこうもり達がいた。まだそんなには飛べないようである。
「私はこれから出かける。おやすみ」
ルチアはうなずいて、ベッドで寝転んだ。
オルガはティラと一緒に神殿を出て行った。
ルチアは目を閉じて寝ていたのだが、しばらくして、何かを感じて目を覚ました。
それは、コウモリが発する超音波である。
ルチアはベッドから降りて神殿を出た。神殿の近くに巨大なコウモリがやってきていた。コウモリが地上に近づいたところでルチアはジャンプしてコウモリの背中に飛び乗り、オオコウモリはそのまま夜空を飛んで行ったのだった。
つづく
１２部
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