第５４話
神の国で子供ができた翌朝、ゆりは全くキラキラになっていなかった。なんだか寂しい気はするが、神の国のことは神の国のこととして、気分を切り替えるにはこちらの方がいいかもしれない。
横を見るとラクシュミはもういなかった。
（昨晩王様優しかったな。私のこといろいろ気遣ってる感じ。なんだか申し訳ないわ。あ、そうだ。箱よ。箱）
神の子供が産まれたので、アシュランにもらった箱の石が増えているはずである。
ゆりは自分の部屋に戻り、わくわくしながら箱を開けた。
「やったね。かわいい」
お花のガラス細工は４つに増えている。黄色い花と黒いお花だ。
「順調順調♪」
ゆりはその後レーヌとミシェイラに見せてあげたのだった。
朝食を食べた後、部屋で竪琴の練習をしていると、侍女がゆりに手紙を持ってきた。
「ヴィラ様からですよ」
「ヴィラ？ 珍しいわね」
手紙を開いてみると、「午後一時儀式部屋に来てください」と書いてあった。
ゆりは午後儀式部屋にある椅子に座っていた。するとヴィラがやってきた。
ヴィラはゆりの顔を見て、
「体重が元に戻りましたね。ちょっと痩せてたでしょ」
と言った。
「最近はよく食べてるよ」
「ならいいですが」
ヴィラはゆりの側に椅子を持ってきて座った。ヴィラの顔を見ると、どうも深刻な話っぽい。
「どうかしたの？」
「言おうか言うまいか迷ってたんですが、言うことにしました。赤い月の間のことですよ。怖いことがなかったですか？」
ゆりはどきっとした。
「実は赤い月の間、我々は王に呼び出されて、お説教されたんですよ。それはまあいいんですが、あの時の王はとても怖くて、あの王と対面しているあなたが大丈夫だろうかと、我々はとても心配したんです」
「え、そ、そんなことがあったの？」
ゆりは初めて聞いて驚いていた。
「あ、だからみんなちょっとおかしかったのかな」
「赤い月はすっかり大丈夫だろうと思っていたから我らも驚きましたよ。あなたが、他の誰かをそんなに想っているなんて、我々はだれも知らなかった」
「ごめん」
ゆりは下を向いて謝っていた。
「私も反省してる。だからもう怒らないで」
「怒ってないですよ。ただ、あなたが無事でよかったと思ってるんです。何があったのか私に話してくれませんか。あっちのあなたには聞きましたが、私はあなたの口から聞きたい。あなたの男関係はちゃんと把握しておきたいんです。神様のこととかもすべて」
ゆりは沈黙していた。
「他の男達には言いませんから」
「あのね、言いたくないのは、ヴィラが好きだからだよ」
ゆりは泣きそうな顔になっていた。
「我々に後ろめたいことをしてたから、儀式で愛してるだのなんだの言ったんじゃないんですか？」
「そーいうわけでもないけど……」
「私はあなたの恋人ですが、その前に家臣なんですよ。王は私に、王妃が私に何も話さなかったのはもう信頼していないからじゃないかと、そうおっしゃったんです」
「そんなことないよ。ちゃんと信頼してるよ」
「私は悲しかったんですよ。王妃。私は何を聞いても、あなたを軽蔑することはしません。あなたの恋人を降りるなんて言いません。あなたは我々に、大切な物をたくさんくれたじゃないですか。
だれにもできないことを、あなたはずっとこの国でしてきたんですよ。それなのに、あなたが男と何かしたくらいで、どうして軽蔑できるんです」
ヴィラの目が潤んでいたので、ゆりもつられて泣いていた。
「あなたは我々と体の関係がないのに他の男とそうなってしまったから、我々が怒ると思ってるんでしょう？ そりゃ、それぞれいろいろな思いはありますけど、我々とあなたの関係は、もう、そういうことじゃない。
心はしっかりつながっていたから、あなたは我々の蛇の子供を産みたいと思って産んでくれたんじゃないんですか」
「…………」
ヴィラはゆりの手を握りしめた。
「話してください。王妃」
「うん」
ゆりはヴィラにスペードとのことを話すことにした。ガーベラの計らいで夢で何度か会って、つい体の関係になってしまったが、思いのほかひきずってしまったので、赤い月前にもう会わないようにしたことを話したのだった。
「王様の体にうまく反応できなくて、そしたら王様は、私が他の男が好きなせいだって怒っちゃって、その時、私ガーベラ様のおかげで一族の女に変身したんだよ。そしたら自然に王様を受け入れることができたの」
「怖かったでしょう」
「その時は。でも王様にすごく申し訳なくて、でももう、昨晩も王様と仲良くして、心も正常に戻ったから、大丈夫だから」
「そうですか。よかった」
ヴィラはほっとした表情をしていた。
「実は、他にもう一つ隠してることがあって……クーガ様ともつきあってます」
「はい？」
ヴィラもさすがに驚いていた。
「そっちはアシュラン様に強引に二人っきりにされちゃって、ガーベラの姿でクーガ様をくどいてくれって。クーガ様が城にいる間は何もなかったんだよ？ でも、クーガ様が聖地に帰った後に、びゅっとあっちに飛ばされちゃって。
クーガ様とはガーベラ姿で付き合ってるの」
ヴィラは思ってもいない話だったので、目をぱちくりさせていた。
「クーガ様は、ガーベラに夢中になっちゃったんですか？」
「ガーベラに入ってる私が面白いみたいで……」
「どうやって付き合ってるんですか？」
「偶数月の１５日に向こうに強制移動されてる。でも、ベッドには多分自分の分身か何かがいるっぽい」
「はあ……アシュラン様は、よっぽどあなたが気に入ってるんですね。息子の相手をさせるなんて」
「他にどんな女を紹介しても無理だったからしょうがないって。多分クーガ様も、三年もすれば私に飽きると思うけど」
一年が三年に増えていた。
ヴィラはぷっと笑っていた。
「クーガ様は、あっちの王妃の好みでしょ」
「よくわかったね」
「我らが３９年あなたを見ていて全く飽きないんですから、クーガ様も３年では飽きないと思いますよ。あなたがちゃんとここに帰ってきてくれたのがうれしいですよ」
ヴィラは立ち上がり、ゆりを抱きしめていた。
「心配かけてごめんね」
「赤い月の王は、あなたが美貌の女なんだから他の男に言い寄られるのは仕方ないって言ってましたよ」
「え？」
「あなたがここで楽しくしている分には何をしてもかまわない。でも、赤い月だけはだめだって。王は本当にあなたを愛しているんですよ」
「うん」
「我々もね」
「うん」
ゆりはヴィラの背中に腕を回した。
「あ、そうだ。昨晩ね、神の国でガーベラが子供を産んだんだよ。相手はラーズとオルガなんだけど、なんか３人の力が混じった子供ができたの。それがね、黒と金が混じった髪のかわいい女の子でね」
「ちょっと待ってください。父親が二人いるんですか？」
「うん、ミシェイラみたいな感じ？ 順番にしちゃったらできちゃった」
さすがにゆりも３人でしたとはいいにくかった。
「でもキラキラにはなってないですね」
ヴィラはちょっと離れてゆりを見た。
「もうキラキラにはならないようにしてもらったの。遊んだのすぐばれちゃうから」
「そうですか。残念ですね。でもまあ、あなたはこれ以上魅力的にならなくてもいいですよ。クーガ様とはガーベラでしか仲良くしてないんですか？」
「実は、聖地旅行に行った時に夜這いされちゃった」
ゆりが素直に告白すると、ヴィラはぷっと笑っていた。
「それならいいですが」
「え？ いいの？」
「ガーベラではないあなたも好きならいいです。いろいろ聞いてたらあなたの肌に触れたくなりましたよ。ベッドに行きましょう」
ヴィラはゆりの手を引いた。
「うん」
ゆりはうなずいた。
（しかし、あの人あんな涼しい顔をして夜這いなんてする人だとは……夜のやりとりを想像するだけで面白いな。こっちの王妃は逃げて、あっちの王妃は喜んでそうだ）
ヴィラはついその場面を想像していた。
「クーガ様もこっちに来た時はあなたと二人っきりになって仲良くしたいでしょうにねえ。この前いらした時仲良くしたんですか？」
「ううん。クーガ様はここではそんなことできないって言ってるよ。想像できないでしょ。クーガ様と私なんて。私も自分では想像できない」
「クーガ様もあなたの面白さにはまっちゃったら抜け出せないでしょう。ハロルド様と一緒ですよ。ま、それじゃ他の男の話はもうおしまいということで、王妃様、口づけをさせてください」
「はい」
ゆりはヴィラに抱きついて、ヴィラと仲良くなったのだった。
ゆりはヴィラに全部話したので、気分がとてもすっきりしていた。
（ありがとうヴィラ。なんだかすごくすっきりした。肩の荷が降りたって感じ。これからは、ヴィラには聞いてもらおう）
「何を聞いても軽蔑しない。恋人もやめない」
そう言ってもらってゆりはうれしかった。このことは全員には話せないがヴィラに話して怒ったり責められたりしなかったので、ゆりの心から、恋人達に対する負い目のようなものがかなり消えていた。
それから数日経った１４日の夜、ゆりは自分の寝室でぐっすり眠っていたのだが、夜中にジロウが「くーん」と鳴いていた。
「くーん、くーん」
どうしたんだろうとゆりが目を開けると、目の前にどーんとまぶしい光があった。ハロルドである。
「……こんばんは。まぶしいから朝かと思っちゃった」
ゆりはてへっと笑って座っていた。
ハロルドはベッドに座り、ゆりを横目でじーと見ていた。ジロウはハロルドにひっついて尻尾を振りまくっている。
「お前、私に何か言うことあるだろ」
ハロルドがゆりに聞いた。
「あるよ。スキ」
ゆりは気持ち大きな声で言った。ハロルドはちょっと面食らったような顔付きである。
（照れる？ 照れるかな？）
ゆりはハロルドの照れ顔を期待している。
ハロルドはちょっと照れそうな顔付きになったが、すぐにゆりをじろりと睨んでいた。
「よく言うな。この前は他の男と散々やっただろ。ラーズで満足できないからって、何もオルガを誘うことないだろ」
「いや、私が誘ったという流れじゃないんだけど……」
やはりもうばれているようだ。
「普通４の月は性欲が減退している時期だぞ。お前にはそういう時期ってないのか？」
「今日は減退してる……かな」
ゆりはハロルドの様子をうかがいつつ言っていた。
「ほー今日は珍しく昼間男が相手をしてくれたのか？ ここの男共は性欲がなさすぎるからな。王妃様はいつも欲求不満で大変だな」
ハロルドは上から目線でゆりに言っていたが、ハロルドのこういう嫉妬の裏返しのセリフも何度も聞いていたので、ゆりはまったくこたえていなかった。
「それよりも、あの子なんて名前？ おとなしそうなかわいい子だったなあ」
「おとなしい？」
ハロルドは鼻で笑っていた。
「名前はルチアだ」
「ルチアちゃんかあ。どんな神様なの？」
「それについてもお前に文句がある。あの子は私の子供で産んでほしかった」
「え？」
「あの子が欲しい」
「？？？？」
ゆりは大きく首をかしげて、「え？ 幼女に恋心を抱いちゃったの？」と聞いていた。
「ばか。そういうんじゃない。あの子はすごい。あの体力、力、行動力、全部いい。あの子はがっつり戦い系だぞ」
「はあ！？ 嘘でしょ？」
「本当だ。あれで男だったら申し分なかったが、まあ女でもいい。剣の使い方やら教えたい。オルガに話をするのが面倒だ。私の子供ならよかったのに」
「……信じられない。あの子の何を見てそう思ったの？」
ゆりはルチアに会ったのはちょっとだけだったので、まるで信じられなかった。
「神の国では今日の昼間、妖精達と剣の修行をしていたら、あの子が来たんだ」
ハロルドも、アシュランから「ルチアは面白い子だぞ」とは聞いていたが、どう面白いかなどは知らなかった。一度挨拶された時に会ったが、その時はオルガの後ろにちょっと隠れていて、おとなしそうな子だな、という印象だった。
キュリアは喜んで、「ルチアに楽器を教えてあげよう」などと言っていたが、ルチアになかなか会えないと言っていた。
今日は妖精達にハロルド、ジェイク、風の神ウィルがいた。ウィルはハロルドが呼んだのである。剣と魔法を組み合わせた稽古で、ウィルが近くにいると、妖精達も風の魔法が使えるようになるのである。
ロイがいう「あめのおじさん」ことハートもこの場にいた。額に角があるハートは剣技にも長けているが、魔力も高い。総合力でいえば、スペードよりもハートの方が上である。
ハートは風魔法なども使えるが、風の妖精の助けがあればその威力は倍増し、風の神の助けがあれば、５倍ほどの威力になる。これだけの魔法を聖地で使うことはできない。
「せっかくだから限界ためそうよ」
とウィルがいい、ハートは剣と魔法を組み合わせて他の妖精達とジェイクを相手に戦っていた。妖精達にはハロルドの防御魔法がかかっている。
というわけで、草原は辺り一帯竜巻が起こったかのように風が起こり、草もちぎれ宙を舞っていた。妖精達も空に飛ばされたりと、すごい有様である。離れた所でハロルドはその様を眺めていたが、そこにひょっこりやってきたのが
ルチアだった。
「あ、おい！」
ルチアは竜巻の上にひょりと乗ってぐるぐる空にあがって行ったので、ハロルドが近づいてルチアを連れてきた。妖精達はそれに気がついて手を止めて、草原に風がやんだ。
「危ないぞ。近づいたらだめだ」
ハロルドはルチアを降ろして言った。ルチアの足はどろだらけだった。サンダルははいていないようだ。
ルチアは身振り手振りで何かをハロルドに言っていたが、何を言いたいのかハロルドには分からなかった。
「どうしたんだ？ 迷ったのか？」
というとルチアは首を横に振っていた。ルチアは草原の方を指している。
「僕が通訳してあげよっか？」
側を飛んできたのがパティウスだった。
「ルチアは仲間にいれてくれって言ってるんだよ」
「何言ってる。子供の遊びじゃないんだぞ」
「ルチア、あそこにいる妖精、だれでもいいから投げ飛ばしてきなよ。そうしたら一緒に遊んでくれるって」
パティウスが言うと、ルチアはうなずいて、たっと妖精達に近づいて行った。
「お前、何言ってるんだ」
「まーみてなって」
ルチアは妖精の中で一番体格の良いハートの側まで行き、ハートのズボンのベルトに手をかけて、見事に背負い投げを決めたのだった。ハートは全く抵抗しなかったのだが、大の大人を軽々と投げたのだ。
力はものすごい。妖精達も驚いたが、ハロルドは目をまん丸くしていた。
「すごい力だね」
ウィルも唖然としていた。ルチアはウィルに何かをうったえている。
「よしよし」
ウィルがミニ竜巻を作ってやると、ルチアはその上に乗ってぐるぐる回っていた。喜んでいるようだ。
「どういうことなんだ？ キュリアには、多分できないぞ」
同じことがジェイクならできるが、キュリアには多分無理だろうとハロルドは思った。神だからバカ力、というわけではない。
「あの子毎朝でかい熊を投げ飛ばしてるからね」
パティウスの言葉にハロルドは「は？」と口を開けていた。
「あの子すごいんだよ。朝神殿出るだろ、ひたすら走って、途中で馬に乗ったりもしてんだけど、あの子の遊び場はここらじゃないんだ。はずれの方なんだよ」
「はずれ？ 危ないじゃないか」
「あっちの方がでかい獣やらうようよしてるじゃん。だからいいみたいだよ。龍に乗ったり、熊を投げたり、麒麟に乗ってみたり、もーすごい。あんなかわいい顔をしてるのに、野生にあふれてるよ」
「……なぜだ。なぜ私の子じゃないんだ。ラーズとオルガの子で、なんでそんな子ができる」
「二人が愛し合ったみたいな言い方だね」
「私の子で生まれるはずだったのに、間違えて生まれたとか？」
「それについて、僕の見解があるんだけど聞きたい？」
パティウスはにやっとして言った。
「……なんだ」
「なぜラーズとオルガの力が混じってあの子ができたのかって話。僕はさ、神器はあの時誕生したんじゃなくて、どこかからやってきたんじゃないのかなって思ってるんだよ。
あの子は生まれる予定だったんだよ。神器は、どこかであの子の誕生を待ってた。そう考えると面白くない？ ランスロットもそうだよ。あの槍は、どこかでランスロットが生まれるのを待ってて、生まれたから現われた。
でもさ、オルガとガーベラでもいいと思うんだけどね、そこにラーズの力がなきゃいけなかったのはなぜなんだろう？ ガーベラだって光側、オルガは光側で夜を統べる神、この二人だけじゃ足りないのかな」
近くを鮮やかな色のコウモリが飛んでいた。
「足りないのは色なのかな。それとももっと強い光の力だったのかも。それならさ、アリアスとオルガ、ガーベラでもあの子ができたと思うんだ。その場合、もっとすごい女神になっちゃったかもね。
組み合わせによっちゃ女神の性質が変わったかも。ハロルド、オルガ、ガーベラで生まれてたらどうなっていたかなあ。もっと怪力になってたかな。あの子が生まれる予定ではあったけど、
どういう性質の女神になるのかは、その時にならないと分からなかったのかもね。どういう組み合わせでも、あの子らしき女神は生まれていたと思うんだよ。間違えたんじゃなくて、きっとその時に、生まれる準備が完全にできたんだ。僕が言ってる意味分かる？」
「わからん」
ハロルドはあっさり返していた。
「とりあえず、ハロルド、オルガ、ガーベラの組み合わせだったなら、あのコウモリ達はうまれてないんだろうなあ」
パティウスは、空を飛んでいる七色のコウモリ達を見て言った。
「昼間活動するコウモリなんだってさ。いろいろ考えると面白いよねー。さらに面白いことに、オルガはあの子は昼間女の子達で遊んでると思ってるんだよ」
「え？」
「まさかはずれで遊んでるのを知ったら昼間安心して眠れないじゃん、だからみんなで内緒にしてるの。あの子夜は夜で出歩いてるみたいだけど、それも知らないかも」
「一人で大丈夫なのか？」
「大丈夫だよ。獣も彼女にはなついてるし」
「お前があの子を見守ってるのか？ 大丈夫か？」
ハロルドは不安げである。
「アシュランに頼まれてるんだよ。まだ生まれたばかりだからね。アシュランは、あの子は今は力を持て余しているだけだろうって言ってたよ。しばらくすると落ち着くだろうって」
「ふーん」
ルチアはひとしきり風に乗って遊ぶと、どこかに行ってしまった。その後をコウモリ達がおいかけて行った。
ゆりは、ルチアが熊を投げている、という話を聞いて、（金太郎？）と金太郎の話を思い出していた。
「それでルチアはどういう女神なの？」
「終日の女神というらしい」
「終日？ あ、わかった。だから昼も夜も元気なんじゃない？ 終日元気いっぱい女神ちゃんなんだ」
ゆりはすごく納得していた。
「……それってそういうことなのか？」
「きっとそうよ」
「あー私の子に欲しかった」
ハロルドはまだ言っていた。
「まあまあ、だれの子でもいいじゃない」
「まったく……」
ハロルドは足を組んで膝に肘を乗せ、頬杖をついていた。ジロウはハロルドの足にぴったりひっついている。
「あ、そうだ。ハロルドの手ね、街のおじいちゃんやおばあちゃんがすごく喜んでるんだよ。ありがとう」
「そりゃよかったな」
「ねえ、龍の国では、ハロルドのサンダルはどうやって飾ってるの？ 博物館？ 神殿？」
「しらん」
「一杯あるんでしょ？ 各神殿に一足づつ置いてるのか、それとも、大きな神殿に並べてるのか、知りたいなって思って」
ハロルドは目を閉じていた。
「ねーサンダル」
ゆりはハロルドの服をひっぱっている。
「どうでもいいだろ。どうなってるかなんて知らん。それとも私のサンダルが欲しいのか？」
「え？ くれる？」
ゆりはちょっとほしそうだ。
「お前達には絶対にやらん」
ゆりは頬を膨らませて、「いいもーん。ジロウ君もらったし」と言った。
「こいつはやってないぞ」
「え？ くれたんじゃないの？」
「ちょっと貸してるだけだ」
「やだーもう恋人のように思ってるんだから連れて行かないで」
「恋人って」
「私がしょんぼりしてると寄り添ってくれるんだもん」
「今日連れて帰る」
「やだ、連れて帰らないで」
「じゃあそれなりに私が喜ぶようなことを何かしろ」
ハロルドがわけありげに言っている。
「ハロルドってば神様のくせに」
（本当はガーベラで仲良くしたいんだけどなあ。まあいいか）
ゆりは背中の方からハロルドに抱きついて、
「素敵なハロルド様と仲良くしたいな」
とかわいらしく言ってみた。
「声が小さすぎて全然聞こえない」
「スキスキ大好き」
ゆりはハロルドの耳元で大きめに言った。
「そうか。そんなに好きか。じゃあしょうがないな」
ハロルドはゆりを押し倒していた。
（何がしょうがないのかわからないけど）
黒目のゆりとハロルドが仲良くなった後、蛇の目のゆりが出て来た。
「ねえ、龍の巫女にあげたサンダルってさ、もう会わないっていう意味であげたんでしょ？ だから私達にはくれないんでしょ？ ねえ」
蛇の目のゆりはハロルドに顔を近づけて聞いた。
「知らん」
ハロルドは横を向いている。
「当たってるくせに。違うんだったらちょうだい」
「やらん」
「じゃあ代わりに朝まで一緒にいて」
蛇の目のゆりはハロルドの胸に抱きついた。
「それまで暇だから上に乗れ」
「そんな、軍神様の上に乗るだなんて恥ずかしい」
「今更白々しいぞ」
「じゃあその前に軍神様の太い指で愛撫してください。体が傷つかないように」
「…………」
ハロルドはゆりの背中をなでて口づけた。ゆりの片足を曲げさせて、そのまま腰を寄せている。
「もう、いきなりそんな……」
「さっきあっちとしたから平気だろ」
ハロルドはそのままゆりを抱いて、ゆりの体を上に乗せていたのだった。
ゆりが朝起きると、ハロルドはすでにいなかった。その代わり、ジロウがゆりの横で寝そべっていた。
「あーよかったージロウくーん。ずっと一緒にいようね」
「くーん」
ジロウをなでると、ジロウはゆりの頬をぺろぺろなめている。
ゆりはベッドの周りを探したが、ハロルドのサンダルはなかった。
「もしやって思ったけど、やっぱりなかったか。まあ私は手形ももらったし、ジロウ君もいるからいいけど」
ゆりは食堂で、食事の最中、突然がくんとうなだれてしまった
「お母さん？」
久しぶりにひょっこりと白い赤ちゃんが出て来た。
「あ、クロスだ！」
「クロスくーん！」
「おいでおいで！」
子供達は喜んでクロスを眺め、クロスもうれしそうにしていたのだが、ラクシュミがこの場にやってくると、クロスは驚いたように机の下に隠れて、さっさとゆりの中に戻ってしまった。
「？？？」
ラクシュミも子供達もあれれ？といった感じである。
ゆりが目覚めて、「みんなどうしたの？」と聞いた。
「いまねー」
「あーどうもしないよ」
ミシェイラがいいかけたのをラギが止めていた。
―父様クロスに何かしたの？
ナナミがラクシュミに聞いた。
―いや、なにも
「……みんなおはよう。それじゃな」
「おはようございます。またねー」
ゆりは笑顔で挨拶を返した。
ラクシュミは去って行った。
―クロスどうしたんだろう？
―さあ？
子供達は首をかしげながら朝食を食べた。
どうやらクロスは、赤い月のやりとりのせいか、ラクシュミを怖がってしまったようである。
つづく
１２部
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